第182話「これが報酬だ」
「うぅ……ここは……?」
ル=コア王国国王、アレストはズキズキと痛む後頭部からの刺激とともに意識を取り戻した。
彼の最後の記憶は、国民が全員殺意を持って自分を狙ってくると知り急いで逃げようとしたところまでである。立ち去った魔王を追うことなどもちろんせずに、もはや配下も信用できないと一人で逃げ出そうとして――そこで意識を失ったのだ。
「グ……」
「ム……ドラムか」
隣から、同じく意識を取り戻した息子の声が聞こえてきた。どうやらドラムも意識を失っていたらしく、苦しそうな声で目を覚ましていたのだ。
その身体は縄で縛られており、立つことすらできないように地面に転がされている。アレスト自身も同様の姿であり、自由になるのは口だけという状態だった。
「あっ! なんでまだ生きてんだよ!」
「は?」
地面に転がったまま、開口初っぱなから物騒なことを言うドラム。その態度から、アレストは自分が何故意識を失ったのか、そして何故後頭部が痛むのか。その理由を悟ったのであった。
「キ……キサマ! 私を襲ったのか!?」
「――ああそうだよ! 平民をちまちま一万人も殺すなんて現実的じゃねぇ! だが王族を殺せば一発でゲームクリアってことならやるに決まってんだろうが!」
怒り心頭に叫ぶアレストに、ドラムは開き直って不貞不貞しい態度で答えた。
魔王の提示したゲームのルールからシンプルに考えれば、自分と同格以上の人間を手にかけるのが一番確実なゲームクリアへの道だ。そして王都にいる王族はアレストとドラムの二人だけ。となれば、まずはこの二人で殺し合いが起きるのは当然の流れであり、まず逃げることを第一に考えたアレストよりもドラムは一歩先に行ったとも言える話である。
もちろん、血の繋がった親を自分の生存のため躊躇無く殺そうとする人でなしであること前提の作戦であるが。
「アンタをぶっ殺してこれで後は逃げるだけだと思ってたのに……何で生きてんだよ! 死ねよ! 息子のために死にやがれ!!」
「グ……ググッ! 黙れこの親不孝者が! キサマこそ、国王たる父を救うため自ら犠牲になるくらいのことを言ってみろ!」
「うるせぇ! 俺がこの一日どんな思いをしてたかわかってんのか! 城に隠れようとすれば衛兵が槍を持って俺を探していやがるし、街に隠れようとすればゴミ共が殺気立った目で探していやがる……俺は王太子だぞ! ふざけやがって!」
「喧しい! 何で私はキサマを王太子になどしてしまったのか……今となっては後悔しか無いわ!!」
長男びいきで息子を溺愛し、堕落し腐っていても叱ることすらしなかった父親と、欲望のままに腐り果て人に迷惑をかけることしかしてこなかった息子。
そんなどうしようもない親子のどうしようもない罵り合い。身体が自由であれば殺し合いに発展したこと間違いなしの、ある意味非常に面白いショーを繰り広げる王族親子であった。
「ククク……ゲストのお目覚めか。中々貴重な体験をしてきたようで何よりだ」
「っ!? お、お前は……!」
散々罵り合っていたところで、楽しそうな声が聞こえてきた。
目覚めて早々親子喧嘩を始めたので周りが見えていなかったが、冷静になって辺りを見渡してみるとそこは屋外――空の下であったのだ。
空模様は夕暮れ。もう間もなく日が完全に落ち、夜になる頃合いである。すなわち、ゲームの終わりだ。
だからだろうか。背後に大勢の配下を控えさせている声の主――魔王ウル・オーマが楽しそうに笑っているのは。
「間もなくゲーム終了だ。お前達は残念ながら、クリアとはいかなかったようだな?」
その言葉を受けて、王族親子の顔から血の気が引いた。
父王を気絶させただけで殺したと勘違いし後はひたすら逃げていただけのドラムも、ゲーム開始早々気絶させられたアレストも、当然クリア条件は満たせていない。
このままでは殺される。それを理解し、二人は同時に叫ぶのだった。
「た、助けてくれ! 何でもする! 金ならいくらでも!」
「地位も名誉も好きなだけくれてやる! 国民の命が欲しいのならばいくらでも好きにしていい! だから、私だけは!」
人間、追い詰められた時にこそ本性が出るという。ならばこそ、これがこの二人の本性なのだろう。
死を受け入れ、自ら命を捨ててでも国に殉じたルドルフ公爵の親戚とは思えないと、ウルも呆れる醜さであった。
「俺は契約を守る。条件を満たせなかったのならばやることは一つだ」
「――で、でもまだ制限時間じゃないだろ!? だったら今から――」
芋虫のように地面に転がることしかできない有様で、残り僅かな時間内にポイントをクリアすることなど不可能。
しかし、縄さえ解いて貰えればとドラムは魔王に訴えるが、残念ながらそれに頷いてくれることはない。
「それは否、だなぁ」
ニヤニヤと見下す魔王に、ドラムの牛乳の膜よりも薄い忍耐はあっさりと破れた。
「何でだよ! ゲームの途中でこんな拘束するなんてルール違反だろ!」
「ルール違反? 何故だ?」
「何故って……当たり前だろ!」
「俺が記し、お前達がサインした契約書のどこに『ゲームの最中魔王サイドが妨害、干渉することを禁じる』なんて項目があるんだ?」
「は……?」
「覚えておけ。悪魔との契約を交わす際は、言葉の一つ一つに細心の注意を払うべきだとな」
この殺人ゲームは、人間サイドがメインで行われるものである。しかし、魔王サイドが何かしたとしてもそれをイカサマ、ルール違反とするルールは一切組み込まれてはいない。
ルールに記されていない行動は全て合法。それが悪魔のルールである。
「無駄な叫びを終えたところで……時間だ」
「あ……」
ドラムが叫いている内に、日は沈んだ。それでもなお街中で人間が人間を殺す声が止まることはないが、もはや全てが手遅れだ。
「契約に従い、条件をクリアし契約を果たした人間の命は今回に限り保証しよう。そして、満たせなかった違反者には罰を与える――」
魔王ウルは右手を挙げ、邪気に満ちた顔で自らの能力を解放した。
「【悪魔との契約】――発動!」
その瞬間、バタバタと王都中の人間が倒れ伏した。
誰一人殺すことができないまま倒れたもの、殺せていてもポイントが足りなかった者達の魂が一斉に抜かれ、その魂が王都の空を覆い尽くしたのだ。
その光景は魂を視認できない者には理解できないものであるが、見える者、あるいは感知できる鋭さを持つ者ならば震える光景であろう。
万を超える魂が、一点に向かって吸い寄せられるその光景は、その悍ましさとは対極の幻想的な美しさを描いているのだから。
「ついに、ついに発動されるか!」
そんな光景を見えないが感じることのできる人間の一人、マジー・ハリケーは感極まった様子で震えていた。
その声を聞いて、何故か未だに魂を抜かれることなく転がされているアレストは『自分が最も頼りにしていた魔女が裏切っていた』という事実を知り、崩れ落ちるしかなかった。
魔道士の運用こそがル=コア王国最大の武器であり長所と思っていた自分は、とことん無能な王だったのだと理解して。
「さて――今回は食用ではないのでな。勿体ないが、魂の使い道はこいつらの為に使うとしよう」
復活以来最大の魂を得た魔王ウルは、そのまま捕食したいという本能を抑え、続けて背後に控えさせていた部下――コルトとケンキへ合図を出した。
「承知しました」
「これでいい?」
二人は布に巻かれた人間大の何かを持っていた。コルトの方は子供サイズ、ケンキの方は大人サイズだ。
二人はそれを地面に置き、布を払っていく。すると、中身は――
「る、ルドルフ……?」
「テムの遺体はリーリの協力ももらって可能な限り修復しておいたよ」
魔王ウルを巻き込んで自爆したはずのルドルフ公爵の遺体と、激しい損傷を修復された貧民の少年テムの遺体が丁重に地面に置かれた。
どちらの遺体からも腐敗臭はなく、凍らせることで腐敗を防いでいたのだ。ここに来る前に解凍され、今ではつい先ほど死亡したと言われても疑わない状態になっていた。
「な、何をするつもりだ? 何故ルドルフの死体が……」
「この男には見所があるのでな。是非欲しいのだ。それに、こっちのガキにはやらねばならないことがあるが故、無理矢理にでもたたき起こす必要があった。だからついでにこいつにも起きてもらうことにしたのだ。そのために、自爆の際俺だけではなくこの男の身体の損傷も最低限になるように守る真似までしたのだからな」
魔王ウルはルドルフが自爆する際、自身の身を守るために結界を張るほか、更にルドルフの身体も保護していた。絶命はするが遺体は綺麗に残る。そのくらいのダメージになるように調整した保護を。
「さて――次に、運び込め」
『御意』
次のウルの合図で、沢山の魔物達が荷物を運び込んできた。
その中身は金銀財宝の類いだ。この王都中からかき集めてきたのだろう、王侯貴族達が合法違法問わず懐にしまい込んでいたのだろう財宝の数々を、ウルはゲームで混乱している街を良いことに片っ端から強奪させてきたのである。
「それは国宝の――ど、どうするつもりだ!」
「それは俺の金! 俺の宝だろ!!」
運び込まれた財宝の中には、アレストやドラムの見覚えのある物も数多くあった。当然、王城の宝物庫もがっつり荒らされたらしい。
そんな、元持ち主達の声になどウルは全く取り合わず、粛々と準備を整えた。
「これでよし――では、始めるか。各員、しっかりと見て学べ」
これから始めるのは、間違いなく魔王ウル復活以来最大最高の魔道行使だ。
その貴重な機会を逃すことなく自らの成長へと繋げるように、ウルは魔王国の守りを任せていたアラフを筆頭とする面々まで通信を繋ぐことでこの場の様子を見せる徹底ぶりであった。
「――[天の道/十の段/冥界との取引契約]」
発動させるのは、魔道最高位の十の段。しかも天の道であった。
その消耗は、到底邪爪狼鉄人レベルの魔物でカバーできるものではなく、発動の前段階でウルの中にある魔力はごっそりと抜け落ちなおも取られ続ける。このままでは魔道不発で終わるだろう。
(魔道陣解放。魔力を回収)
そこで、ウルは丸一日休むことなく領域から吸い上げた魔力を貯蔵しておいた魔道陣から魔力を回収し、それを使い魔道を発動させるべく魔力を流す。
これは本来の実力を超える術の発動のために使う技術であるが、流石に丸一日がかりの術の行使となると中々見られるものではない。
コルトもマジーも、魔道の心得がある者達はみな魔王ウルを固唾を呑んで見つめるのであった。
「――第一節、冥界王招来」
魔道の第一段階が完成し、ウルは空へと目をやった。
周りの者もそれに釣られて上を見ると、そこにはぽっかりと穴が空いていた。空を抉り取ったかのような穴からは、未知の空間が広がっているのが見て取れた。
『――魔の王の呼びかけに応じよう』
「久しいな、冥界王。最後にお前へ連絡を取ったのは……五千年ほど前か?」
『余に時間の感覚は無い。して、用件は?』
空間の穴からは、この世のものではない声が聞こえてきた。
聞いているだけであの世に引きずり込まれそうになるその声に、強者も弱者も関係なく魔王を除く命ある者達は身体が震えてくるのを感じていた。
「人間の魂を二つ、現世へと戻せ」
『対価は?』
「人間の魂一万。それと、欲望が染みついた財宝を用意した」
『――承認しよう。対象者は誰だ?』
「ここに転がっている死体の中身だ」
『了解した』
声の主と魔王との間に取引が成立し、更に魔道を続けるべくウルは術を組み上げる。
「――二節、冥界門招来」
ウルがやったのは、魂が還るための道を作ることだ。本来、魂とは現世から冥界への一方通行。よほどのことがない限り逆流することはなく、生から死へ流れるだけなのだ。
それを覆す死から生への道を作るならば、その入り口は当然――
「グ、オボロォォォアガケィカアィアゲナスァナ!?」
「バ、ベギジャジィアヘアヤザゴァエアウオィア!?」
意味不明な謎の音を口から突然出し始めた王族親子――生きた人間そのものである。
冥界の瘴気、と呼ばれる死そのものと言っても過言ではない闇を口から吐き出す王族親子は一瞬で絶命し、その肉体は冥府へと繋がる門となった。
この門は、呼び出したい死者と血縁関係にある方がいいとされている。近しい存在の方が、数多さまよう冥府の魂達の中から目的の相手が通りやすい門になるのだ。
それが用意できない場合、次点としてあげられるのは対象者の死に関わった存在。つまり殺した張本人である。ウルは宣戦布告から今までにあった時間を使い王都を調べ上げており、テム少年を殺したのが王太子ドラムであることを突き止めていたのだ。
だから、ルドルフの魂を呼ぶ門に親戚のアレストを、テムの魂を呼ぶのに殺人犯のドラムを選んだのである。
そして、一瞬で絶命するからといって、決して楽に死ねるという意味ではない。
命ある者が冥界の瘴気に触れることはこの上ない苦痛であり、一瞬であったとしても時間の概念を持たない冥界から漏れ出る瘴気相手では何の慰めにもならない話なのだ。
それに、こんな歪な死に方をしてしまえば……その一瞬のうちに味わった無限の苦痛を超える苦しみを、その魂で受けることになるのは間違いない話である。
そんな未来が決定された二人の口から広がる瘴気は正しく円形の門となり、術は完成した。
「――終節、死者招来」
開かれた門から、二つの魂が戻ってくる。それぞれが自分本来の肉体へと宿り、そして――
『契約は成立した。両名を死より解き放とう』
冥界の王の力により、死者から生者へと属性を返られた二人の肉体は鼓動を再開し、死滅していたはずの脳細胞も完全に再生。
カハッ、と呼吸を再開した二人は、現世へと戻ってきたのであった。
『対価を受け取る。――さらばだ』
冥界王と繋がってた空中の穴は塞がり、同時に万の魂は消失し、並べられていたはずの財宝は砂へと変化していった。
死者蘇生の奇跡。それが、現代へと蘇った瞬間であった……。
「……ガキ」
「……え?」
蘇ったばかりでまだ意識がはっきりしていないテム少年のもとへと、ウルは一人歩いていった。
そして――
「お前は仕事を果たした。これが報酬だ」
一枚の金貨を指で弾いて横たわるテムの腹の上に落としたのであった。
これにて、魔王ウルによる王都侵略の全てが完了したのである……。




