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第172話「少々戯れてやろうか」

 時は半月ほど前、オ=ネカリワが落ちネカリワ公爵ルドルフが自爆したという情報が国に届きしばらく経ったころに遡る。

 その当時、魔神会は会員による集会を行っていた。議題は、魔神会新会員認定に関して、である。


「ジル坊はうまくできるかね?」

「さてね。しかし、やれないとは言い切れないのではないか?」


 魔神会は十人の超級魔道士――四の段に到達した魔道士で構成される。

 しかし、数年前の原因不明の不幸により――現時点では、恐らく魔王を名乗る魔物にやられたと推測される――魔神会員アズ・テンプレストの死亡により欠員が出ている状態だ。

 魔神会の威信を保つためにも新しい会員を迎えたいところであるが、力のない魔道士にこの称号を名乗らせるのはそれこそ本末転倒。人材不足に悩んだ結果、彼らが選んだのは『才能のある若者を末席に迎えられるレベルまで鍛える』であった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、その時魔道士としての適性ありとして魔道士教育課程に組み込まれたジル・ノーム、という少年であった。

 才気あふれる少年に魔神会の面々がそれぞれ教えを授け、早数年。規格外の速さで知識と実力をつけたジル少年も今は13歳。少年と青年の境に入った年頃であり、発育のいいタイプであったらしい彼は背も伸び幼さを残しながらも頼りがいを感じさせる男へと順調に成長している。

 そんな彼が現在到達しているのは四の段。すなわち、世界最高峰と謳われる魔神会の一席に座る資格を有しているということになる。

 はっきりいえば、これは天才と称して何一つ過言ではない。本来、魔神会の一員になるだけでも天才以外にはたどり着けない領域であるのだが、その天才であってもこの域に来るまでに早くとも二十代後半にはなるものであり、如何に最高の環境で学ぶ幸運を得たと言っても普通なら後十年以上はかかると魔神会の面々でも思っていたのである。


 そんな規格外の天才児は、今魔神会の一員となるべく最後の試練を受けに王都から離れていた。

 功罪(メリト)すら持つことができる魔神会という席に座るには、ただ四の段が使えればいいというだけではない。四の段を使えるようになったうえで、かつそれを使いこなせる実力があることを示さねばならないのだ。

 そのためにはそれなりに危険で過酷な試練を受けねばならず、それは王都の中ではできないためジルは単身試練を受けるために旅立っているのである。

 監視役すらないが、この試練には不正の心配など欠片もないので問題はない。最終的に『魔神会の功罪(メリト)を習得する』ことができれば合格であり、イカサマのしようがないのだ。

 戦時中に何を悠長なと思う者もいるかもしれないが、むしろ危険な時勢ならばその方がいい。より危険で困難な旅を成功させたという実績こそが魔神会の格を高めてくれるのだから。


「これで魔神会十席が埋まればいいな」

「やはり、欠員が出ているというのは見栄えが悪い」


 魔神会の功罪(メリト)は同じ魔神会員同士の協力にある。実際に協力することはないのが現実だが、やはり最大の効力を発揮するのは魔神会が十人揃っているときだ。切り札の完成のためにも、お互いに潰しあいも辞さない関係とはいえ十人の席次は必要なものなのである。

 そんな会話を、魔神会9名で行っていた時であった。魔神会の会員以外は決して開くことのできない魔神会専用の会議室『魔神の間』の扉が開かれたのは。


「なに?」

「まさか、もう?」


 魔神の間は歴代魔神会が施した強力無比な魔道で守られており、資格保有者以外には決して開かないようになっている。

 そして、今この場にはその資格保有者全員が揃っており、外からは決して開くことはないはずだった。

 その可能性があるのは、今彼らが話題に上げていたジル少年だけ。どれだけ早くとも後一月弱――常識で考えれば半年はかかる試練をもう突破してきたのかと、9人の目は驚きで扉に吸い寄せられるのであった。


「雑な守りだな。もう少し防犯対策を考え直した方がいいぞ?」


 しかし、そこにいたのは彼らの脳裏に浮かんでいた少年ではなかった。

 そこにいたのは、立派なガタイで全身毛むくじゃらの獣。二足歩行する獣――コボルト進化種の魔物であったのだ。


「な、何者だ!」


 仮令(たとい)王都が落ちても魔研は落ちない。何があってもこの魔神の間だけは永久不滅である。

 心の底からそう信じていた魔神会の面々にとって、その光景は異常としか言いようがなかった。

 普段から余裕綽々で、自分は選ばれた才人なのだという自負を隠さない魔神会の全員が、驚きを露にして立ち竦んでいるのだから。


「我が名はウル・オーマ。魔王である」

「ウル……オーマ? それは、確かネカリワで爆死したんじゃなかったかい?」


 単身魔神会の心臓部まで乗り込んできた魔物――魔王ウルは名乗りを上げた。

 その名乗りに、流石は年の功というべきか一番に精神を立て直した会長、マジー・ハリケーは内に秘めた魔力を高めながらも己が知る最後の魔王に関する情報を口にした。


「ふむ……ルドルフ、だったな。あの男の覚悟は見事なものだった。惜しいのは力がないことだ……あの程度の爆弾では流石に死ねんよ」


 ウルはネカリワ公爵ルドルフの自爆により爆風に飲まれた。……が、瞬時に自分を守る結界を展開し、更におまけの作業まで行う余裕があるくらいには簡単な作業であったのだ。復活直後ならばまだしも、今のウルを殺すには部屋一つを吹っ飛ばす程度の爆薬ではあまりにも不足である。

 結果として、ウルは無傷であの爆発をやり過ごし、そのついでに人間社会から姿を隠すことにしたのだ。

 ネカリワとイザークを押さえたことで陸路、海路のどちらからも他国からの物資が入らなくなり、国内生産も軍を使って順次潰す。そうして食糧危機を演出する際、せっかくならば根拠のない自信により『自分たちの生活は安泰』だと思っている愚かな人間が自分たちの窮地に気が付くのを少しでも遅らせたかった。一日対処が遅れるごとにこちらが有利になると考えていたウルは、今姿を隠せば持久戦に持ち込んでも『それは魔王が死亡ないし重傷を負ったからだ。我々は勝利目前なのだ』という自分達に都合が良い説へと人間たちが流れると読んだのである。もちろん、そんな楽観論で流されない者は事前に弾く工作を行うこと前提であるが。

 ともあれその読みは一月後に見事的中し、ル=コア王国の余裕を完全に奪い去ることになるのだが、それはこの場においては関係のない話である。


「そうかい。ま、私にはどうでもいいけどね。それで……どうやってここに入ってきたのかね? 誰の手引きだい?」


 ありえないことをありえないと素直に受け止め、その上で『魔王ウル・オーマが魔神の間に入るにはどうすればいいか』を検討したマジーは一つの答えを出していた。

 ここに入る扉を開けられるのは魔神会の会員のみ。ならば、自分以外の8人の中の誰かが裏切り、この魔物を中に入れたのだと推測したのである。

 全員が顔を突き合わせて話をしていたといっても、ここにいるのは全員が超一流の魔道士。隙を見て魔道を使い扉を開くくらいのことならば、誰だって可能だろうと思って。


 しかし、残念ながらその予想は外れであった。


「手引き? 自分で鍵を開けて入っただけだが?」

「鍵を……? この扉は魔神会によって封印されているんだ。資格無き者は絶対に入れ――」

「あぁ。特定の条件を満たすもの以外を拒むタイプの封印魔道がかけてあったな。だから、ちょっと術式を弄って俺も条件対象者の一人と認識するように書き換えただけだ」

「書き換え、だと……?」


 ウルがやったことは単純明快。既に勇者は王都から撤退し、聖人もいないこの街に侵入することなど容易いとカラーファミリーの手引きで単身潜入し、数々の魔道で守られたこの魔研に正面から不法侵入しただけだ。

 魔道の技術において、魔王ウルを超える存在など魔道誕生以来存在しないのだから。


「難しい話じゃない。何でもありの功罪(メリト)と違って、魔道は規格化され一から十まで理論で成り立っているものだ。だからその構成を読み解けば理論上、この世に解除、干渉できない魔道封印はない」

「バカな……! ここは魔神会の本拠地だよ! どんな魔道士だろうが解除どころか読み解くことすら不可能なプロテクトをかけてある! ましてや書き換えなんて――」

「だから言っただろう? もう少し防犯には力を入れた方がいいと。確かに外部からの干渉を防ぐための仕掛けや読みにくくなるようにダミー情報なんかも入れていたようだが、あの程度ならば目玉を抉られていても読み解ける」


 ウルは、自分のやったことは偉業でも何でもないできて当然のことだと嘯いた。

 それは魔王の基準で言えばただの事実であるが、魔神会の面々からすれば信じがたい妄言である。

 実際、彼らもまた魔神会の一員と認められる前に『当時の魔神会の研究資料を盗む』などなど、様々な理由で防犯システムに挑んだことがある。それは決して褒められた動機ではないかもしれないが、そういった試みは魔研の伝統行事であり、今も昔も格上の魔道に挑み力を磨くのが恒例なのである。

 そういった過去から、この魔神の間の守りの強度も彼らは熟知している。今となっては正式な権限で入室可能であるが、仮に権限無しだった場合、自分の実力ではこの扉を開くことはできない、という事実を。


「……信じられないね。この中に裏切者がいるってほうがよっぽど納得できるよ」

「別に信じる必要もない。そして、裏切者がいてもいなくても俺の提案にも関係はない」

「提案?」

「あぁ。……確認するが、魔神会と名乗るお前らの目的は魔道の研鑽である。これは正しいか?」

「当然さね。私たちの目的は、より上位の魔道……六の段への到達。それ以外の全ては細事さ」


 マジーは何の迷いもなくそう語る。魔神会とは、ただそのためだけに存在する組織であると。

 ……もっとも、魔神会の中にはそのコネクションや権力を最大の目的としている者もいるので、その極端な思想が全員の総意というわけではないが。

 とはいえ、マジーの答えはウルにとって満足いくものであったようで、楽し気に軽く頷くのであった。


「よろしい。ならば、我はお前たちに契約を持ちかけよう」

「契約?」

「あぁ。俺が差し出す対価はお前たちの魔道の向上――たかが六の段で満足するという低すぎる志を改善してやろう」

「……何を言っているんだい? 究極の魔道である六の段を――」

「貴様らに求める対価は、全面的な服従だ。今まで培ってきた技術、知識を全て俺のために使え。契約を受け入れるならば、我はその対価として貴様らにこの国を落とした暁に最上位魔道――十の段を見せてやる」


 十の段。それは、伝説の中からすら失われた、古代魔王国時代における魔道の終着点。

 尤も、その時代の魔道士たちからすれば、今は十の段までしかない――というだけであり、より高位の魔道を開発しようと躍起になっていた通過点でしかなかったものでもあるが。

 とはいえ、子供か酔っぱらいのほら話でもなければ出てこない単語に、魔神会の動きは一瞬止まる。

 そして、魔王の言葉を脳内で受け入れた瞬間――その反応は二つに分かれるのだった。


「じゅ、十の段って……」

「ぶははっ! 何言ってんだこの魔物ごときが!」


 侮蔑の感情を露にしてウルを嗤うのが四人。

 彼らは魔神会として六の段を目指しつつも、最大の目的は自分がトップであること。いわば、他者との比較、相対的に最高の魔道士となり地位と権力を得ることを目的としている者達だ。


 そして――


「十の段の実演……?」

「それが叶うなら何を投げ出してでも手にしたい権利だが……」


 残る五人が、突然差し出された宝を前に半信半疑となっている者達である。

 この五人は、正しく魔道を極めることだけを目的としている変人たちだ。その魔道を使って地位や名誉を得ようなどといった考えはなく、ただ未知の術を知るという知識欲、探求欲だけで魔道を進んだ結果魔神会までたどり着いた者たちである。


 前者四人は魔神会になるために魔道を磨いた者達で、後者五人は魔道を磨くために魔神会に所属している、という関係だと言えばわかりやすいだろうか。

 その反応を見て、ウルは手に入れるべき人材なのか利用すべき生贄なのかの判別を行うのであった。


「ククク……まあ、大ぼら吹きで頭がおかしいとはいえ、この魔物がこの場まで踏み込めるだけの何かを持っているのは事実。となれば、捕えて洗脳するのが最適だとは思わないかね?」


 嗤い終えた前者四人のうちの一人が前に出てきた。

 彼の名は、ガオス・ルーン・ラゴス。魔物の支配、洗脳を行い労働力を確保するとともに、効率のいい異界資源入手法の確立を目的とした異界学の権威である。

 今では領域支配者(ルーラー)級の魔物すら支配下に置く技術の確立にまで至っており、異界のコントロール技術開発の時計を大きく進めた男として様々な部署にもコネがあり、また助手として多くの弟子を持つことでも知られる男である。


「お前は?」

「魔物ごときに名乗る名はないとも。さて――では、私の忠実なシモベにしてあげようじゃないか」


 ガオスは異界学の権威という肩書を持つ魔神会の一員。

 となれば、その能力は他者の洗脳、支配という系統に傾いているのである。


「[命の道/四の段/強制隷属]」


 魔王ウルに対して、ガオスは精神支配系の魔道を発動する。

 この魔道を受けた知的生命体は自由意志を失い、術者の傀儡となる。これを魔化によって定着させたのが一般に流通している『従属の首輪』である。


「洗脳魔道か……後悔するなよ? 別に抵抗するほどのことでもないがな」

「抵抗できない、の間違いだろう? さあ、その魂をしょうあ……?」


 高らかに術を完成させようとしたガオスの動きが突然止まった。

 何か虚空を見つめるように焦点が合わなくなり、そして――


「う、ぼ……?」


 突如、理性というものを失ったかのように狂った目をしながら倒れ伏してしまう。


「あひゃがらかけごききキキキッ!?」


 地面に倒れたまま、意味不明な狂った叫び声を上げつつ悶え苦しむガオス。

 そのまま、彼の心臓は狂乱の中でゆっくりとその鼓動を止めていくのであった……。


「後八人……さて、口で言っただけでは対価が本当に支払われるのか疑問に思う気持ちはよくわかる。故、これより少々戯れてやろうか、魔神会殿?」


 将来的には人造異界を作ることも実現させるのではないか、と期待されていた一人の研究者は、あっさりとこの世から退場したのであった……。

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