第171話「生涯の忠誠を誓ったお方の名は」
「……不思議ですね。何故貴方がたがここにいるのでしょうか?」
コルトVS聖人。となりそうだった戦場に現われた第三勢力――魔神会。
その存在は間違いなく人類側、ル=コア王国の切り札だ。しかし、人類である聖人アストラムはそんな彼らに不審な目を向けるのであった。
「何故? 私達が王都にいるのが何かおかしいかね?」
魔神会会長、マジー・ハリケーはアストラムの言葉に自然体で返す。
事実、ここは魔神会が籍を置く王国の首都だ。どうしているのかといえば、むしろ聖人の方が珍しい存在だろう。
しかし、アストラムが言いたいのはそういうことではないのである。
(私の神の首飾りをすり抜けた? どういうことでしょう……?)
アストラムは七聖人の一人。当然、神が与える最上位神器七つの一つを有している。
七聖人、アストラムの首に掛かっている純白の首飾り。人間社会には存在しない未知の金属で作られた首飾りがアストラムが保有する神器であり、その能力は『未来視』である。
残念ながら全ての未来を見通す全知の力……というほどのものではないが、それでも十分に強力。所有者を起点とする『未来で本人が見る光景』は常にその脳裏に浮かび、直接目視していなくともみたいと思えば視点を飛ばして未来を見ることが可能なのだ。
功罪の中には未来予知の類いも希少ながら存在しているが、この神の首飾りが見せる未来の的中率は他を圧倒する。アストラム自身の経験で言えば、神の首飾りが見せる未来が外れることは彼と同格の聖人が介入でもしない限りはまずありえないことであり、的中率99%……というところだろう。
(神の首飾りといえども、同じ神器の力の介入があれば未来が歪むことはある。しかし……たかが魔道士にそんな力があるとでも?)
王国が人類最高と宣布する魔道士集団、魔神会であっても、七聖人からすれば有象無象の一種に過ぎない。
仮に魔神会全員と一人で矛を交えることになったとしても、アストラムを含む七聖人の誰であっても問題なく勝利できると確信しているくらいには存在としての差があるのだ。
そんな魔神会の介入を、アストラムは予知できなかった。アストラムが見ていた未来ではこのままコルトと戦闘になり、撤退しようとするコルトを追い詰める自分……という光景しかなかったのである。
「どうしたのかね? 何か、私達がいると不都合なことでもあるのかい?」
「いいえ……そういうわけではありませんが」
別に魔神会が何をしようが、アストラムをどうこうすることは不可能。その意味で、不都合は無いと正直に答えた。
しかし、信用できるわけではないため、友好的に語りかけてくるマジーにアストラムは不信感を隠さない表情のままであった。
魔神会が登場した瞬間、アストラムの見る未来も変化している。今まで影も形もなかった魔神会が未来の光景に加わっているのだ。
ただし、その光景の中に『魔神会と共闘する自分』がないのがアストラムの疑心の種であった。
(見えない……? 未来では、魔神会はあのコルトと名乗るコボルトと私の戦いを見ているだけ。何も介入しようとしていない。戦うつもりはない? それとも……彼らの未来を、神の首飾りは見通すことができていないのか?)
神器が間違うなどということはあり得ない。それは信仰の否定だ。
しかし、事実として魔神会の未来は見えにくい。それは確かなことである。
「なんだい? 難しい顔をして。聖人様は私達と肩を並べるのなんて嫌ってかい?」
「ええ。正直なところ、信用できないので」
「おや……案外真っ直ぐ言うね。もうちょっと相手を気遣っても罰は当たらないと思うけどねぇ」
くつくつと、マジーは歯に衣着せないアストラムを笑う。
アストラムからすると、神器が示す未来は常時発動型の神託にも等しいものであり、疑うことなど初めから考慮すらしていない。
その未来が『魔神会は味方である』と告げない以上、疑うのはむしろ敬虔な信徒としては当然のことであった。
「ま、年長者として言わせてもらえば、もうちょっと愛想がいい方が世渡りは上手く行くよ。尤も――」
外見だけは若々しいマジーは未熟な若者を諭すように穏やかに語るが、次の瞬間大きく跳躍した。
アストラムに飛びかかった――のではなく、その逆に大きく距離を取ったのだ。
「――警戒心はそれ以上に大切なのは確かだけどね!」
マジーの行動に併せて、魔神会の残り四人も予め決められていた位置へと移動する。
そのポジションは、聖人アストラムを中心に据え円を描くようなものだ。もう少し距離が近ければ、これから袋だたきにしてやるぜと言っているように、五人の魔道士は、護衛の従聖人三人と一人の七聖人を囲んだのである。
「【賢者の功罪・同調魔道】!!」
五人の魔神会が、同時に自分達の功罪を――魔神会に所属することが所得条件である功罪を発動させる。
賢者の功罪・同調魔道。魔神会に所属することで統合無意識から与えられる功罪であり、その効果は『同じ功罪を持つ同胞の力を借りること』である。
すなわち、他の魔神会に属する会員の持つ魔道発動のリソースを一時的に借り受けたり、力を完全に同調させ二倍以上の出力を得ることができる功罪だ。
これを使えば、本来自分一人では使えないような高位の魔道を使うことができたり、制御できる上限一杯まで魔道を使っていても他者の負担で追加で魔道を発動したりできる。
欠点として、誰かがこれを使うと他の魔神会員が持っている魔道のリソースが削れるので一時的とはいえ弱体化することがあるが……使う当人からすれば極めて強力な魔道の補佐能力といえた。
特に、一方的に借りる形式ではなく、このように事前に示し合わせて同時発動させる場合に最大の効果を発揮する。瞬間的に参加人数分の魔力、出力を持つ魔道の巨人とでもいうべき力を発揮することが可能となる、魔神会の切り札なのだ。
「続けて――[天の道/三の段/五星封陣]!!」
魔神会が同時に発動させたのは、天の道の三の段。天の道は他の系統と比較した三段階は上の魔力を要求される例外系統ということもあり、彼らは今事実上、失われた六の段相当の魔力を放出していることになる。
個人の力量では五の段が限界であり、魔神会として六の段を目指すことが最終目標としている彼らでは到底発動できないはずの魔道だ。
これこそが賢者の功罪の効果。瞬間的に魔神会という一個の生命となることで不可能を可能にしているのである。
「これ、は――」
「悪いけど、封印させてもらうよ。私達の夢のためにね!」
ル=コア王国最大の切り札魔神会は、人類の救世主である聖人に牙を剥いたのであった。
「貴様ら!」
「何のつもり――」
「アンタらも纏めて封印されてな!」
突然の暴虐に、護衛である従聖人達は各々が持つ神器――七聖人の持つものには劣るが、それでも神の奇跡を宿す強力な功罪武器である――を取り出すも、その前に魔神会の封印術式にアストラムもろとも飲み込まれていく。
「か、身体が――」
「うごかな――」
「こっちは伝説に手をかけているんだ。並みの神器にどうこうされて堪るかい!!」
長い魔道士人生を振り返っても、過去に経験の無い大魔道の発動に高揚するマジー。
他の魔神会員と完全な共闘が前提条件となるこの魔道は、理論上使えるとされていても実現したことは今まで一度もなかった。
魔神会とはより魔道の深淵に近づくという目的を持った同志でありつつ、つぶし合う競争者という関係。完全に協力しあうことは今までなかったために、これほどの術の発動を実現したのはこれが初めてなのである。
「ぐあ――」
「封!」
従聖人三人が、天の道の封印術式に完全に囚われ動きを止めた。五星封陣は封印対象を五人の魔道士で囲み、一人一人が放つ帯状の魔力で対象を拘束、封印する魔道。
一度魔力の帯に封じられれば最後、端から見ると時間が止まっているかのように微動だにすることもできなくなる強力な魔道なのである。
「……一つ、いいですか?」
「あん? 余裕だね!」
従聖人達は封印に閉じ込められたが、聖人アストラムは――七聖人だけは未だに完全封印には至っていない。
封印を破ったわけではないが、まだ術に抵抗しているのだ。しかも、問いを投げかける余裕まで見せて。
「何故私達に攻撃を? 私達が貴方たちル=コア王国を救うためにやって来たエルメス教の聖人と知っての狼藉ですか?」
「よく知っているさ。だがね――生憎、私達が真に求めるのは国でもエルメスの神様でもないのさ!」
「なんと不敬な……では、いったい何を求めてこのような大罪を犯すというのですか?」
「私達が求めるのは魔道の深淵――ならば、信仰する対象も当然、魔道の神に決まっているだろう?」
「魔道の神? 聞いたことがありませんね。魔道とは神ならざる者が作り出した異端の力とエルメス教国では伝えられておりますので」
「そうなのかい? 道理で聖人様も勇者様も揃って魔道に関する能力を持つ者がいないわけだ! 昔魔道系の功罪を持つ勇者がいないかって調べて空振りしたのを覚えているよ!」
マジーも強気でアストラムとの対話に応じているが、徐々に額に汗が流れてきた。
本来の自分の力量を超えた魔力を使う魔道。その反動が小さいわけもなく、いつまで経っても封印されない聖人を相手にすることに焦りを感じてきていた。
「事実として、今の人間社会において、魔道の存在は非常に重要なものです。禁じれば多くの犠牲が出るという判断の下、黙認しているだけですよ」
「そりゃ英断だ! アンタら宗教家にもちっとは理性って奴があるようだ」
「当然でしょう。私達は人類のために存在しているのですから。……それで? 質問に戻りますが、魔道の神とは一体何なのでしょうか? エルメスの神々以外が神を騙るというのは、立場上見逃せないのですが?」
「そりゃ悪かったね! 安心しなよ、あの方だって別に神を名乗ったわけじゃない! 私達が勝手に神様扱いしているだけだからさ!」
「それはまた……本当に、何者なのですか?」
「知りたければ教えてやるさ! 私達、魔神会が生涯の忠誠を誓ったお方の名は――」
額に血管が浮き出るほど全身に力を入れながらも、マジーは心の底からの畏怖の念を持ってその名を告げるのであった。
「魔王――ウル・オーマ様さ!」
忌むべき人間の敵。その象徴の名を。
(よし、今のうちに逃げよ)
そんなやりとりなど無視し、いつの間にか軍を撤退させているコルトの事など、もはや誰も気にしていないのであった……。