第168話「魔王国攻略を命じる」
「今こそ悪逆たる魔王国へ攻め込むときですぞ!」
ル=コア王国軍事会議。このひと月、ただ貴族たちが集まって何も決めないまま終わることを繰り返してきた時間の無駄は、この日急転直下の動きを見せていた。
国王はもちろん、第一、第二王子も参加している軍事会議は主戦派が怒涛の勢いを見せていたのだ。エルメス教国から訪れた二つの超戦力。七聖人を二人も自軍に加えたという自信が、彼らの動きを大きく変えたのだ。
「現状ではジリ損。どこかで攻めねばならなかった以上、今がそのときですぞ!」
つい先日まで『魔王国への反撃に兵を割いたら自分たちの安全が危うい』と引け腰消極論ばかり唱えていた貴族たちも、こぞって主戦派に回っていた。
やはり、人類の切り札である勇者すら超える希少性、世界に七人しかいない最上位の聖人が二人もいるという事実が彼らに余裕と勇気を与えているのだ。もしかしたら、慢心と蛮勇かもしれないが。
「では、編成はどうしますか? 攻撃目標は?」
大多数が賛成に回ったことで、ル=コア王国の方針は自分から攻める、という方針で固まった。
となれば、次に決めなければならないのはどこを誰が攻めるか、である。
「聖人のお二人はこちらの指揮下に入ってくださるのでしょうか?」
「いや、こちらの考えもある程度は聞き入れるとのことだが、最終的には独自の裁量で動くつもりらしい。お付きの従聖人も同様だ」
「まあ、国の威信そのものと言っても過言ではない聖人が簡単に従うはずもないか」
「あくまでも協力者として来ているということだから、守りにつくか攻めに向かうかくらいはこちらの指示に従ってくれるだろう。現場判断は向こう任せになるだろうが」
「しかし軍の指揮権は我が国が持たねばなりませんぞ」
「然り。そこをあやふやにすれば、教国に不要な借りを作ることになります」
突然強大な戦力が手に入ったことで、貴族たちは強気になっていた。
既に魔王国との戦争には勝利した気分であり、後は戦後の利益を如何に手にするか、に話はシフトしていくのであった。
「やはり、奴らの拠点を制圧したという武功は我が国が持つべきだ。その大手柄をエルメス教国に持っていかれれば、後でどれほどの要求が来るかわからん」
「では、聖人の御二方と従聖人の方々は王都の守りについていただくということで?」
「世界最強の称号を持つ七聖人のお二人に守っていただけるとなれば、王都の守りは鉄壁などという言葉では足りない完全無欠のものとなることでしょう。いかがですかな、陛下?」
貴族たちの方針がまとまったところで、上座に座っているアレスト国王に話が振られた。
ここまでの会議で、国王はまともに発言していない。場の流れに任せて見ていただけだ。それは臣下を信用しているというよりは、数年前から始まった数々の失策により失墜している信頼をこれ以上落とさないための保身という意味合いが大きい。
とにかく、必要な場面以外は口を開かず、責任を最小限に抑える。それが今の国王にできる精いっぱいなのである。
「聖人に守りについてもらうというのは賛成しよう。この王都の民を守り切る最善の手であると」
「では、それによって浮いた手勢を魔王国へ向かわせましょう。攻撃目標は首都と公言しているウ=イザークですかな?」
「それよりもネカリワ奪還を優先すべきでは? あそこさえ機能を取り戻せば今の苦境を一気に打開できます」
「しかし、将を失い敵陣が浮足立っているのならば、まさにチャンス。下手に後回しにして魔物どもの統率が戻る時間を与えるのは愚策かと」
「では――」
王の最小限の言葉を受けて、貴族たちは攻撃のことを言い出す。
しかし、まとまらない。誰一人として、決定的なところを避けて話すため、肝心なことが決まらないのだ。
そう。攻撃に移るとして、いったい誰が攻めるのか――という最大のポイントに誰も触れようとしないのである。
もし『誰が魔王国へ攻め込むのか』という議題を口にすれば、言い出しっぺがやれと言われかねない。この場にいる全ての貴族が『自分は聖人に守ってもらい、その間に誰かが魔王国を何とかしてくれればいい』と考えているのだから話が前に進むはずもなかったのだ。
彼らが果敢に攻め込む、などと口にするのは勝利が確定している場面だけ。もし戦って敗北することなどあれば『魔物に負けた貴族』というレッテルと共に失脚しかねないし、下手に強気な発言をした結果自ら出陣なんてことになれば戦場で命を散らせてしまうかもしれない。そんなことは誰だってご免なのであった。
(ここで軍を率いて魔王国を打ち倒せば大手柄。今後の議会でも大きな発言権を持てる。だが……)
(敵の残存戦力は不明。加えてネカリワを落とすほどの戦力を保有しているとなると……)
(ここはギャンブルにでる場面ではない。誰かが勝利を確定させたあたりで援軍としてさらりと関わるくらいでいい)
聖人は政治的な都合で攻撃に回したくない。しかし自分の責任で戦場に出るのは嫌だ。
そんな堂々巡りで、せっかく進み始めた流れはまたもや停滞してしまうのであった。
――そんなときであった。一人の男が名乗りをあげたのは。
「よければ、私が軍を率いて魔王国を攻めたいと思いますが、いかがでしょう?」
「なんと……!」
「殿下、本気ですか!?」
声をあげたのは、ル=コア王国第二王子、シェイカーその人であった。
誰も一番肝心なところを避けて話が進まない中、立候補者が出たのは大きい。これで、どちらにしてもこの話題に触れるしかなくなったのだから。
だが――
「それはいけませんぞ殿下!」
「そうですそうです! 大切なお体に万が一のことがあったらどうしますか!」
即座に反対意見が出る。
声をあげたのは、第一王子派閥の貴族――ドラム王太子を未来の王として担ぐ一派だ。
もし、シェイカー第二王子がこの王国の歴史を振り返っても前例がない未曾有の問題を解決するほどの功績を残せば、王位継承権をひっくり返される恐れがある。既にドラムが立太子しているとはいえ、単に長男というだけであり特別大きな功績があるわけでもないドラム第一王子派閥よりも、シェイカー第二王子派閥が強くなってしまうかもしれないのだ。
そうなれば困るのが彼ら第一王子派閥。今までも、シェイカーが何かやろうとするたびに全力で潰してきた貴族たちなのであった。
(私が手柄をあげるリスクは避けたいだろう。ならば、自分が名乗り出るしかない……違うか? 兄上?)
シェイカーは想像通りに動く貴族たちを内心で嗤い、ちらりと実の兄――ドラム王太子を見る。
ここで黙ってしまっては『ドラム王太子よりもシェイカー王子の方が勇敢』という優劣が付く形になってしまう。それを避けるためにも、ドラムは名乗り出なければならないはずなのだ。
(ネカリワには勇者もいた。その勇者すら音沙汰がないということは、魔王軍の戦力はこちらの想定を遥かに超えていると考えるべきだ。そこに飛び込むなど自殺に等しいが、これ以上結論を先延ばしにしても自分たちの首を絞めるだけ……ならば、兄上にお任せしたいところだな)
シェイカーは、弟であるというだけで全てを諦めた人間だ。しかし、決して野心や欲望がないということはない。
自分が王位に就く、などという野望のために国を割るほど愚かではないというだけで、国のためになるならば動く気力くらいは持っていた。
「…………」
(どうした? まさか、だんまりを決め込むつもりか?)
ここは動くしかない、という状況を作り上げたシェイカーだったが、ドラムは沈黙していた。
自分の評価を貶めてでも、リスクを避けるつもりなのだろうか? それとも、この戦いでシェイカーが戦死すると読んでいるのか?
シェイカーは兄の考えを読もうとするも、ドラムは結局何も言うことはないのだった。
「……よろしい。では、シェイカーよ。お前に魔王国攻略を命じる。戦力として王国軍より部隊を預けよう。そして、シェイカーと共に戦いに赴こうという勇気ある貴族はいるか?」
結局、シェイカーの目論見は外れ、誰も立候補者がいないということで父王より魔王国攻略の責任者に命じられることになってしまった。
いったいどういうつもりなのかと内心で焦るも、こうなってしまってはやっぱり嫌ですなどというわけにもいかない。
シェイカーは、丁寧なお辞儀と共に王命を承りましたと宣言するほかないのであった。
◆
「……本当に、遅くなってしまったわね」
「突然問題が多発してしまったからね。誰のせいでもない、気にしても仕方がないさ」
一方、ル=コア王国王城の客室に二人の人間が腰かけていた。
聖女アリアスと、聖人アストラムの二人だ。
なお、その護衛を任される立場である従聖人達は部屋の壁際に控えて周囲を警戒している。
「本当ならば開戦と同時に参加したかったところなのですが……」
「国同士の政治的な判断というやつは面倒だ。そこに関わっても碌なことはないし、僕らは僕らで緊急の仕事が入ってしまったんだからやむを得ない話だよ」
エルメス教国から派遣された、七聖人に名を連ねる二人。
その一人、聖女アリアスはさっさと魔王国と王国との戦争に参加したかったと不満を口にし、温和な雰囲気の優男という風貌の聖人アストラムはそれをなだめていた。
早い段階からエルメス教国の意思決定機関、神殿議会によってこの戦争へ王国の助っ人として派遣されることが決まっていた二人なのだが、いろいろと事情が重なり今まで参加が遅れていたのだ。
というのも、当初は王国側から『たかが魔物退治くらい我が国だけで十分』と拒否されており、その説得が済み――魔王国にいいようにやられて王国が大損害を受けたともいう――いざ出陣、となったところで更なる問題が発生した。教国の国土内で何故か魔物や邪精霊の発生が重なり、それを聖女アリアスが偶々感知し浄化に飛び出すという事態が何度も発生し、足止めを食っていたのである。
発生していた領域が聖女アリアスの管轄だったので仕方がないのだが、突如この世で最も浄化されている地であるはずの教国でこのようなことが起きるのは明らかに不自然。その原因を究明するまで七聖人を動かすわけにもいかないと、ズルズル長引きひと月もかかってしまったのである。
結局、魔物の発生原因は不明ながら事態は沈静化したため、完全に浄化されたものとして出陣したのだが、今でも教国のお偉いさんたちは首を傾げているだろう。
まさか七聖人が虚偽報告などするはずもないし、と調査を続けながら。
「……ところで、私たちの仕事はどっちになると思いますか?」
「守りか攻めか、ということかい?」
「はい。私としては――」
「攻めに回りたい、だろう? でも、残念だけど僕らは守りに回されることになるよ」
「アストラムが言うならそうなんでしょうね」
「うん。具体的には、今から3分48秒後に王国の使者が入ってきて王都の守りを任せたいって言ってくるさ」
「……では、それまで待ちましょうか。今のところ、王国側の意向にはできるだけ従うことにしているわけですし」
聖女アリアスは、その妙に具体的な数字を聞いても特に疑問に思うことはなく用意されたお茶を口にした。
以前この国に布教活動のため滞在していたときに比べ、明らかに品質が落ちているお茶を。
(……兵糧攻めは効果的に機能しているようね。時間稼ぎした甲斐はあったってところかしら? この分じゃ、いっそ大軍連れてきた方が効果的だったかもね)
不穏なことを考える聖女アリアスの異変に気がつく者は誰もいない中、聖人アストラムの予言通りの時間に王国の使者が扉をノックした。
そして、彼らは使者の要望に素直に頷き、王都の守りにつくことを約束したのであった……。




