第165話「残りの食べ残しは」
「うわ、これでも硬いのね……」
策を弄し、勇者に一撃加えることに成功したコルト。
しかし、そのダメージは微々たるものである。正真正銘かすり傷、血を数滴垂らさせたという程度のものなのであった。
「へ……へへへっ!」
他の勇者と違い、荒事に慣れている勇者カマバは血にも耐性がある。強者との戦いに慣れてはいないが、かすり傷程度なら動揺することはない。
むしろ、ここまで追い込まれてもなお無敵を証明する自分の力に酔うばかりであった。
「無駄だったなぁ!」
「――グッ!?」
より強く踏み込んでいた分、今度は反撃を避けることができなかった。
勇者の馬鹿みたいに高い魔力任せの、型も技術もないパンチ。しかしそれでも強力であり、コルトの軽い身体を軽々と吹き飛ばす。
準備に準備を重ねて全力で繰り出したコルトの攻撃はかすり傷で、咄嗟に手を出しただけのパンチとも言い難い適当な攻撃は大ダメージ。
これは明確な両者の戦闘力の差であり、決して覆ることのない生物としての差を示している結果であった。
そして、勇者カマバに殴られるとはただ痛いだけの話ではない。
「クックック……ついに殴ったぜ? この意味、わかってるよなぁ?」
痛たたたと、頬を押さえるコルトに勇者カマバは勝利を確信した笑みを向ける。
勇者カマバに殴られたものは粉砕される。それが彼の功罪であり、その発動条件を満たしてしまったのであった。
「さあ、くたばりやがれ!!」
意気揚々と、勇者カマバは功罪を発動してコルトに死を与えようとする。
逃れようのない必殺。それが、コルトに迫っていた。
――無論、功罪を発動できれば、であるが。
「……あん?」
「痛いなもう……本当に、なんであんな手打ちでこんな威力出るの……」
コルトは演技ではなく死にそうなダメージを受けたと涙目になっているが、功罪によって崩壊する様子はなかった。
いったい何故、と勇者カマバは目を見開くが、その答えは自分の身体の内側からやってくるのであった。
「グ、おっ!?」
「ああ良かった、上手くいって。もしかしたらこのままあの世行きかと本気で走馬灯見たよ……」
突然、勇者カマバは身体が張り裂けそうになるほどの痛みを全身から感じた。
あまりの痛みに叫ぶことすらできずに転げまわる様は、いったい何事かと事情を知らない者ならば戸惑うだろう。
当然、事情を何も分かっていない勇者カマバ自身、自分に起きている異常事態を把握できずに混乱するばかりであった。
「聞こえているかわからないけど……キミに種を植えさせてもらった。目に見ることもできない、極小サイズの寄生植物の種をね」
「あ、がぁぁぁ!!」
「この種は体内に侵入すると同時に対象の血管に侵入、血流に乗って全身に散らばるんだ。大抵のものなら魔力だけで無力化できるだろうけど、今回使った寄生魔草の種は魔力じゃどうにもならない。だって、宿主からその魔力を吸収して爆発的に成長するって植物だからね。どれだけ魔力を注ぎ込んでも成長するだけだよ」
コルトは骨に罅くらいは確実に入っている自分の顔に応急処置の魔道を使いながら、一人今回の作戦の全容を明かしていく。
「仕掛けたのは一度目の植物魔物をけしかけた時。実は、あの時の植物魔物の中に寄生する奴を混ぜておいたんだよ。蔓で拘束しつつ種を植え付ける奴を」
コルトが最初に出した植物魔物は、寄生型と呼ばれる危険性の高いものであった。
蔓に極小種子を吐き出す器官が付いており、蔓で巻き付けた相手に種子を付着させるのだ。
一度でも蔓に絡まれれば最低でも1000を超える種子が付着しているのは間違いないとされ、早急な身体の洗浄を求められることになる危険指定植物である。
「種子の状態からでも表面に生えてる毛を使ってある程度自立移動できてね。極小さい傷口とかからでも体内に侵入する。それこそ、本人でも気が付くことのない小さなかすり傷とか出来物の跡とかからね。といっても、体内に入っただけだとまだ発芽はしないんだけど」
寄生植物は、相手の体内に侵入した後発芽の準備に入る。
しかし、その後実際に発芽するまでは一週間ほど時間がかかり、それまでは宿主も寄生されたことに気がつけないほど無痛なのだ。
それこそがこの寄生植物の恐ろしいところであり、自分が寄生されていることに気がつかないまま拠点に帰ってしまい、一緒に暮らしてる同族にもばらまいてしまうという二次被害を引き起こすのだが……戦闘という目的から考えると、流石に遅すぎる。
「だから、命の道で発芽を促すなり成長促進薬を打つなりしないといけないんだよね……まあ、本来は適当な雑魚に寄生させてから逃がすってのが本命なんだけど」
寄生即発芽、というように品種改良できればそれでよかったのだが、寄生植物の本命は時間差を利用した集団感染。その改造は持ち味を殺すことになると、コルトはあえて採取したままのものを使用している。
そのため、一工夫必要であった。血管を巡る種子を刺激するため、ほんの僅かでもいいから傷を付け、そこから薬を流すという工程が。
「これ、実は先端が注射針みたいに改造してるんだ。想像以上に硬いからどうしたものかと思ってたけど、上手くいってよかったよ。大気散布でもいけたかもしれないけど、速効性は直接注射が一番だし」
コルトはまだ展開している魔刃の爪を見せる。
よく見ると、爪の先に小さな穴が空いており、そこから事前に仕込んだ薬品を注入できるようになっているのだった。
「な、舐めるなよ……マ、達人回路! 何とかしろ!」
勇者カマバは状況の悪さを理解し、達人回路を起動した。
勝利は自分の力で、等という信念、自分が不利になればあっさりと投げ捨ててしまうものであったらしい。
しかし――
「お……? そ、そうか! 魔力を放出しちまえばいいのか!」
達人回路は寄生植物に対抗するため、体内の魔力を急速に放出し始めた。
寄生植物の栄養は宿主の魔力。それを阻止するためには、体内の魔力をゼロにしてしまえばいいのである。
「あー、そうだね。僕もそうやったよ」
勇者カマバ――達人回路の対応を見て、コルトは素直に感心したと頷いた。
実は、この寄生植物の被害はコルト自身で体験済みである。というか、未知の植物を採取すべくシルツ森林や聖なる森での採取活動を行うのはコルトの仕事の一つであり、その過程で大半の毒物その他の被害は自分の身体で体験済みなのである。
寄生植物や寄生虫の類いも同様であり、コルト自身が被害を受けた上で対応に困ったものを武器として採用しているのだった。
「後で除草剤を用意しないといけないけど、発芽を止めるだけならとにかく体内の魔力を捨てるのが一番だよね……寄生植物だけなら」
「ぐぼっ!?」
魔力の放出を行った勇者カマバは、血を吐いて倒れた。
確かに寄生植物の種は停止したかもしれないが、その代わりに体内にこれでもかと入れられた毒物の無力化が行われなくなったのだ。しかも未だに大気中にも猛毒が充満しているのだから、毒対策を止めるなど死に直結する悪手なのである。
体内に魔力を持っていなければ耐えられない毒物と、体内に魔力を持っていては成長する寄生植物。このコンボは、単純に強いだけならば勇者だろうが聖人だろうが確殺するコルトの切り札の一つなのであった。
「ウルから聞いてるけど、達人回路ってのはあくまでも戦闘用の疑似思考回路……って奴なんでしょ? ヤバいものを植え付けられないように立ち回ることはできても、既に手遅れの状態から治療するところまではカバーしていないって聞いてるよ?」
「ガ、は……」
「今のキミに選べる道は二つ。毒殺か寄生植物に食われるか、だけだよ」
「グ――アアッ!!」
「あ、寄生植物を選ぶ? 毒物きついもんねー」
結局、体内を猛烈な勢いで破壊する毒物に耐えかねた勇者カマバは達人回路を解除し、毒物の解毒に魔力を補充した。
と、同時に再び寄生植物の成長が始まる。瞬く間に根を伸ばしていく寄生植物は勇者カマバの全身に根を伸ばし、やがて皮膚を突き破りその姿を表に出すのであった。
それも、大樹か何かかと勘違いするほどの巨大さに急成長して。
「うわ……吸った魔力によって大きさが変わるけど、流石勇者……すごいねこれは」
蔓が無数に絡まり合い、大樹の幹にも見間違うほどの屈強さを持つサイズまで成長する。
その宿主となっている、勇者カマバの口から大元を伸ばしながら。
「……これはまた、ギリギリだな」
「あ、ウル」
勝敗が付いたところで、魔王ウルが最後の戦場に姿を現した。
樹木の一部になっている勇者の姿を見て、ウルはさほど関心なさそうにコルトに問いかけた。
「勇者は殺さず倒せと言っておいたが、あれは生きているのか?」
「それは大丈夫だよ。寄生するって都合上、宿主を可能な限り生かそうとするから。……まあ、あのサイズまで成長するとなるともう数分の命だろうけど」
「なるほど。まぁ、数分あれば問題ない。こうなると封印がちと手間だが……それくらいは俺が対応するとしよう」
他の二人の勇者とは違い、大分個性的なオブジェに改造された勇者カマバは対個人用の凍結封印魔道で包むのは少々苦労するが、そのくらいのことで弱音を吐くほど魔王の肩書きは安くはない。
即席で魔道を組み替え、標的に合せた改造を施す。魔道士として頂点に立つ技量が無ければできないことを、魔王ウルは当たり前のことだと言わんばかりの余裕顔でやり遂げてみせるのだった。
「――封印完了。中々頑張ったではないか。正直、お前が勝つ可能性は三割以下だと思っていたがな」
「そう思っているならもっと早く助けに来てくれない!? あんな化け物の相手させられて何度走馬灯見たと思ってるの!? どうせ、ずっと見てたんでしょ!?」
魔王の言い草に、コルトは力の限り不満を訴えた。
今回、コルトが勝利したのは数々の策とえげつない小道具を駆使してこそのものだ。単純な戦闘力だけで比較するなら戦おうと思うこと自体が間違いというほどの差があり、余裕があったなら助けに来てほしかったというのが嘘偽りの無い本音なのであった。
なお、当然の如く魔王ウルがコルトの戦闘が始まったときから今までずっと監視していたのは紛れもない事実である。
「もちろん、本当にヤバかったら助けに入ったさ。当然ではないか?」
「とっても胡散臭い笑顔と信用できないお言葉どうもありがとう……それで? これからはどうするの?」
「とりあえず、お前は下がって治療を受けるのだな。実は結構重傷だろう?」
「あー……うん。正直に言うと、今にも倒れそう」
いつものように軽口をたたき合うウルとコルトであったが、実はコルトの身体は限界ギリギリであった。
そりゃそうだろうという話なのだが、圧倒的格上である勇者と一対一で戦うという時点で精神に尋常ではない負担がかかっている。更に、一発まともに受けているのだから下手をすればそれで死んでいてもおかしくはないダメージだ。
野生に生きる者として、身体が弱っているときほど元気に見せるのはコルトにも宿っている本能。ウルからの戦士としての教えもあり、ダメージなんて大してありませんという顔と態度を取っているが、それこそがコルトが限界ギリギリである証なのであった。
「後の雑兵狩りは部下に任せろ。残りの食べ残しは俺が始末しよう」
ウルはそう言って、最大の守りであった三人の勇者を失ったオ=ネカリワの都市を愉快げに見る。
後は、抵抗できなくなった獲物を捕食するだけの簡単なお仕事だ……。
◆
「……想定してなかった、わけではないのだがな」
オ=ネカリワ都市長室。その主であるルドルフ公爵は、戦場の様子を監視させていた兵からの報告を受け、ため息を吐いた。
人類の希望であり切り札。最終兵器である勇者の敗北。それも、本来あり得ない勇者三人という規模を以ってしての敗北だ。
それは、王国の権力者として、人類の一人として決して軽視していい結果ではない。目の前に迫る魔王軍を人類存続を脅かす規模の災害であると認めるしか無い事実だ。
「私も、覚悟を決めねばならん、か」
覚悟を決めた目で、王家の傍流は人類の未来を守るために最後の手段に手を伸ばす――