第16話「情報が足りん」
「なあ、いくらなんでも、ゴブリン多くねぇか?」
シルツ森林を進む、専属ハンターの一行。その中でも直接戦闘能力に長けた剣士、グッチ・ダラーが僅かな疲労を感じさせる声で、自らの剣で首を落としたゴブリンを前に、嫌そうに口を開いた。
彼らが『三人組のハンターが帰還しない原因の調査』という任務を命じられ、森に入って既に半日が経過している。
可能ならば救出、死亡していた場合は遺体の発見、それもできなければ遺品の回収。それすら不可能である場合、何か痕跡の発見――それが彼らに課せられた任務の内容である。とにかく、ハンターとして一人前と認められていたはずのチームが、危険度の低い依頼で生命の危機に陥った原因を探るのが目的なのだ。
とはいえ、もし森の中の底無し沼にでも嵌まったのならば、発見は不可能。あるいは、この区域には生息しないはずの大型生物に丸のみにでもされていたら、やはり発見は不可能だ。
危険生物の場合はその調査を行うことになるが、何れにせよ、それらの痕跡がないのならばもう諦めるしかない。
現状、求めていた痕跡を発見することはできていない。ならばそろそろ帰還する頃合いだといってもいい頃ではあるのだが、明らかに森に異常が見られるためそういうわけにもいかなかった。
シルツ森林を歩けばほぼ確実に遭遇すると言われる下級モンスター、ゴブリン。その出現自体は何もおかしなことではないのだが、平時に比べて明らかに遭遇する数が多いのだ。
「ゴブリンの異常発生……これが例のハンターが消息不明になった原因か?」
「いや、それは早計だろう。数が増えると言うよりは、活動的になっていると考えた方が自然な動きだと思うが」
「ぶっちゃけ弱いしな。いくら二桁前半程度のへっぽこ共でも、この程度のゴブリンが多いくらいで死にはしねぇだろうよ」
森の異常について、各々が意見を出し合う。
流石というべきか、専属ハンターとして認められるだけの実力と、そこに至るまでの経験は確かなものだ。安直な結論に飛びつくこと無く、推理により事実を浮き彫りにしていく。
「恐らく、ゴブリン共は上位者の命令で動いているのだろう」
「ゴブリンに命令できる魔物って言うと……噂の『赤の巨人』か?」
「オーガ系列のモンスター。それ単体でも二桁中頃の危険生物だが、領域支配者として森の魔力を得ているというあれか」
「『風の牙』、『死招きの羽音』に並び称される、シルツ森林の支配者の一体か……」
シルツ森林を狩り場とするハンターの間では、有名な話がある。
森の支配者――三体の超危険生物の話だ。
曰く、シルツ森林には何体もの領域支配者が存在するが、その中でもとびきり強力な力を持つ三体の魔物が覇を競っている。
人間の間で『森の三大魔』と呼称されるその支配領域は、それぞれが並の領域支配者級の5倍以上の力を有しており、その三体だけで森の7割を所持している、と。
その危険度は、推定三桁。それがどれほどなのかと言えば、危険度の基準として、以下のような認識が一般に知られていることからわかるだろう。
一桁の魔物ならば、一般人でも狩猟可能。
二桁前半の魔物ならば、訓練を積んだハンターがいれば狩猟可能。
二桁半ばの魔物ならば、優れたハンターがチームを組めば狩猟可能。
二桁後半の魔物ならば、優れた武装を揃えた極めて優秀なハンターが複数人いれば狩猟可能。
魔物は誕生から様々な過程の果てに、通常ではありえない速度で進化する。それこそ、代を重ねる必要すら無く別の種族、そう表現してもおかしくはないほどの変態を起こすほどに。
これは、体内に極めて優秀なエネルギー機関である魔石を有しているため起きる現象であるとされ、魔物というだけで危険生物と認定される理由の一つだ。
だが、それでも大半の魔物の強さは危険度二桁が限界とされている。
故に、適正危険度二桁後半ともなれば、十分以上に一流を名乗ることができる力の持ち主と言える。
ならば、三桁の魔物とは何か? それが出現した場合に必要な戦力は? その答えは――常識の枠組みを超えた英雄がいなくては勝ち目が無い、歴史に名を残す厄災、である。
現在の人の技術で作れる最高の武器を以てしても、常人に討伐可能なのは二桁まで。三桁の怪物が相手の場合、もはやどんな兵器を持ち出しても常人では手に負えないとされているのだ。
そんな怪物を倒そうと思えば、人類が世界の覇権を握る最も大きな要因である、神の恩恵を持つ勇者や聖人を連れてくるか、さもなくば多大な犠牲覚悟の物量戦を挑むしかない。しかし莫大な力を持つ勇者は簡単に呼べるものでは無く、数の暴力に訴えれば討伐できたとしたとしても敗北に等しい被害が出ることだろう。
そんな怪物が潜む森。
世界の大半を人間が支配しているこの時代においてなお、この森が魔物の領域として恐れられ、今も残っている理由。それこそが、伝説の領域に足を踏み入れている怪物が三匹もいるからなのである。
ちなみに、一般に領域支配者級と呼ばれる魔物で精々が危険度二桁半ばである。
「もしこいつらが『赤の巨人』の配下だった場合、まさかかの怪物が人の領域に出ようとしているのか?」
「領域支配者共はより良質な支配地を得るために、森の奥に向かう。浄化された人の領域では魔物は弱りこそすれ強くなることは無いからだ……というのが定説だったはずなんだがな」
「仮にそうだとした場合、それなら件のハンターが全滅しても何もおかしくはない。巨人本人はもちろん、その配下にも二桁半ばから後半級がいるという話だからな」
もし、ハンターの間では有名な超危険生命体が人間の領域に出ようとしているのならば、それは決して無視していい案件ではない。
ハンターズギルドの役割は、あくまでも狩猟。その存在意義は魔物を狩りその資源を入手することであり、人類の防衛はまた別の組織、国家戦力である軍の役割だ。
しかし、当然のことながら、ハンターだから危険生物は無視します――等と言うことはできない。そんな危険な魔物に奇襲でもされれば自分達の身も危ない以上、当然森には常に監視の目を置いてある。
更に、人の眼だけではなく、人類の叡智が生み出した装置の一つである魔力探知機を利用した自動警戒網により、一定以上の力を持つ魔物の接近は確実に感知できるようになっているのだ。
故に、もし三大魔が動き出した等ということがあればそれを感知できないはずが無い。だが、その前段階として、弱い配下を人間の領域に送り込み、領域を拡大しようとしているのならば発覚が遅れる可能性はあるのだった。
「……確証は無いが、森の三大魔の本格侵攻か。もしかしたら、マスター・クロウの懸念はそれか?」
「結論を急ぐな。まだ何の確証も無い」
推理が飛躍しそうになったところで、リーダーのコーデが待ったをかける。
現状、事実として認められるのはゴブリンの活動が活発化していること。ただそれだけであると。
「我々の役目は情報を集めること。集めた情報から推論を出すことではない」
「……ま、そりゃそうっすね」
リーダーの制止に、不吉な方向へと向かおうとしていた話が霧散する。
彼らはハンター。狩るものであり、机を囲んで議論を交わすものではないのだから。
「念のため、もう少し森を巡回しよう。何か見つけた場合、撤退を優先する」
「逃げるのかい?」
「そうだ。繰り返すが、我らの目的は情報。満足な準備ができていない状態での交戦は避けるべきだ」
「強敵とは……ですね」
既に何匹ものゴブリンとコボルトを葬っている上で、戦わないとは言わない。
しかし、未知の魔物が出現した場合は逃亡を前提とする。それをチーム全員に理解させた。
「我々まで死亡し、情報が途絶える。それがギルドにとって最悪の展開だ」
「俺らにとっても最悪だがね。……ま、俺なら三大魔相手でも簡単には負けるつもりないけど」
グッチはリーダーの言葉に頷きながらも、不遜な笑みを浮かべる。
自分の力に自信がある戦闘系ハンターとしては、言わなければならない言葉だったのだ。いかに相手が強いとは言え、自らの腕一つで生きている者として、戦わずに敗北を認めていては未来は無い。
コミューンに認められるには、まず何よりも自分自身を信じることが絶対条件なのだから。
故に、コーデもリーダーとしては眉をひそめるが、個人としては特に何を言うことも無く話を纏めることとした。
「では、引き続き探索を続ける。マナセンサーは常に起動しておけ」
「了解」
警戒、探索を本職とするチームメイトのサッチに、コーデは念を押す。いつ三大魔が出現してもおかしくないと想定した身としては、当然だとサッチも頷いた。
マナセンサーを使えば、探索範囲内の魔力反応を察知することができる。こうした危険地帯の探索を行う際、不幸な事故に遭遇する確率を飛躍的に抑えた画期的な発明だ。
マナセンサーはそのように認識され、事実として多くの者が重宝するセンサーなのだが、一つだけ欠点がある。
マナセンサーを動かす動力は、やはり魔力なのだ。それ故に、起動には魔石を使うか使用者からの供給が必要なのだが……どちらにせよ、コストがかかるのである。
戦闘が起きた際に、魔力が切れましたではそのまま死に繋がってしまう。かといって、魔石は安いものではない。魔物を狩ればいくらでも手にできる消耗品――という訳にはいかないのだ。
魔石には多量の魔力が蓄積されている。それ自体は確かなのだが、マナセンサーを始めとする魔化製品の動力源として利用する場合、機械に適合するよう調整しなければならない都合上、一度街に持ち帰り職人の手で加工しなければならないのである。
それ故に、マナセンサーを持っていても普段は起動させないハンターは多い。
本来は常に起動状態にして周辺警戒を行うべきなのだが、コストを抑えるためケチってしまい、結果として大惨事に陥るケースは多々あるのだ。
「……とりあえず、センサーの探知範囲に警戒すべき反応は無いですね。小粒な奴ならチラホラいますけど、まあ雑魚です」
「雑魚は一先ず放っておけ。襲ってこない限りはな」
「俺もそろそろ飽きたしな」
戦闘員であるグッチもこう言っている以上、サッチは雑魚モンスターがいないルートを選び、方角を決定する。
そのまましばらく歩いていると……先導していたサッチが急に立ち止まった。
「どうした?」
「いえ、地面に違和感が……ちょっと待ってください」
警戒のハンドサインを出したサッチに、コーデは何事かと確認を取る。
サッチは、リーダーの質問に、その場で屈みながら答える。索敵担当――すなわち、罠の専門家でもある経験と勘が何かを訴えているのだと。
「……落とし穴、ですね。中々上手く隠してある」
「罠だと? この辺りにそんな知性を持つ魔物がいたのか?」
「確か、この辺には罠を使う魔物……大蜘蛛の巣があったと思いますがね。しかし、奴らの罠は自前の糸を使ったもの……落とし穴を使ったって話は聞きませんね」
「……もしや、コボルトのものではないか? 有名な話ではないが、確かこの辺りに罠を使うコボルトが出現すると聞いたことがある」
サッチが発見したのは、落ち葉で偽装された落とし穴だった。
罠を使う魔物がいないわけではないが、サッチは落とし穴を使う魔物、というものの話を聞いたことは無かった。
そんな疑問に答えたのは、今回の探索メンバー最後の一人、サポーターのシエン・フォルだった。
サポーターとは、その名の通り補助を専門にするものであり、討伐した魔物の解体から荷物持ち、野営地の設置など、様々な活動の補佐を行う者である。
要するに雑用係であるが、サポーターなしでの討伐は生存率が全く違う。様々な雑務を引き受けてくれる者がいなければ隙を晒す機会が大幅に増え、体力も消耗する。依頼の達成には欠かせない重要な役割なのだ。
だが、人間とは誰しもが華々しい活躍を夢見るもの。故に、縁の下の力持ちに徹してくれる優秀なサポーターは、ある意味どんなハンターよりも希少であると言える存在だった。
しかも、シエンは専属ハンターとして認められるほどの腕の持ち主。サポーターを見下す愚か者であっても一目置くしかない希少な人財なのである。
「マジかよ? コボルトって、そんな頭いい種族だっけ?」
「カタコトとはいえ、言葉を操る知性を持つ魔物だ。もしかしたら、そのくらいはするのかもしれんな。シエンの情報に間違いはあるまい」
グッチとコーデも、シエンのもたらした情報に驚きこそすれ疑うことはない。
ハンターたる者、常に未知を既知とすべく行動すべし。無知は死に直結する以上それは当たり前の心構えだが、特にサポーターは情報収集も役割の一つであるため、有する情報量は他のメンバーとは桁が違うのだ。
それこそ、小さなコボルトの群れに産まれた特殊なコボルト一匹の噂まで拾っているほどに。
「と言っても、そのコボルトの罠は人間の眼からすれば稚拙そのもの。こんな立派なものではないという話でしたけどね」
「とすると、そのコボルトが進化でもして、知性を増した……という可能性もあるな」
「ええ。少なくとも、少し賢い魔物……という次元の話ではないですね。これ、見てください」
念入りに罠を調べていたサッチが、冷や汗を流しながら落とし穴から少し離れた場所を指さした。
一見すると、そこには何も無い。罠に関しての素人である他の三人では、指摘されてなお発見することができない巧妙な罠がそこにあるのだ。
「何があるんだ?」
「落とし穴を発見後、当然侵入者は落とし穴を迂回して進みます。その迂回路に、落とし穴以上に発見が難しい罠を仕掛けてあるんですよ」
「二重トラップ……なるほど、少し賢い程度ではないな」
「しかも、その罠の仕組みが洒落にならない。……あれ、魔道トラップですよ」
「魔道……だと?」
サッチの言葉に、ここに来て初めてコーデは驚きの表情を見せた。
魔道とは、人間社会において極一握りの才能を持つ者だけが習得できる技術であり、一介の魔物風情が使えるものではない。事実、専業ハンターチームである自分達の中にも、魔道士は一人もいないのだから。
こんな場所に魔道を利用した罠があるということは、人間の魔道士が介入している、あるいは魔道の技術を模倣できるほどに高度な知性を持った驚異の魔物が存在する……という証明なのだ。
「……それで、どうします? よくできているとは言っても、所詮は素人レベルでの話です。仕組みこそ驚異的ですが、この程度の罠ならまぁ、俺がいればどうとでもなりますが?」
「そうだな……」
ここで、コーデは決断を迫られる。リーダーとして、チーム全体の方針を決める必要があるのだ。
通常ではありえない、魔道の罠を使う何者かが生息している。そこまでで満足して帰還すべきか、更なる情報を得るべく進むべきか。そのどちらかを選ばねばならないのだ。
「……進もう」
「いいんですかい?」
「ああ。落とし穴一つでは、流石に情報が足りん。罠となれば……それも魔道の罠となれば、件のハンターが消息を絶った原因にも成りかねないし、最低でもこの罠の主を知りたい。三大魔が魔道まで習得しているとなれば重大な問題であるし、もしかしたら森を隠れ蓑に何らかの犯罪組織が活動している恐れもある」
「了解。それじゃ、罠のある方へ案内しますよ」
一行は、再び歩き出した。魔道の罠とはいえ、罠の専門家であるサッチならば発見、解除は容易だ。
進むのは、罠がより多く仕掛けられている方角。何故ならば、この罠群は、獲物を捕らえるために仕掛けられたものではない。外敵から身を守るために用意されたものだ。
上手く作ってこそいるが、専門家の眼を以ってすれば、罠を仕掛けた意図を見抜くくらいわけはない。故に、罠のある方へと進めば出会うことができると判断したのだ。
罠を仕掛けることで身の安全を守ろうとしている、森に住まう何者かに……。
流行に反発するようで申し訳ないですが、この世界では移動の補助役や雑用係やってくれる人は一般的に重要認識されてます。
そりゃ任務中重い荷物抱えて不味い保存食囓り、街中でも雑務に追われる日々送るよりも身軽に行動できて体力回復もスムーズにでき自分の役割に集中させてくれるサポート役を重宝しない理由ないし……。