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第159話「相手より強くなること、だ」

 ウル魔王軍の人事はどのように決まるか?

 日々拡大を続けるウル魔王軍であるが、その追加人材は大まかに育成組と雇用組に分けられる。

 雇用組は、最近で言えばカラーファミリーの人間達や魔王国を頼ってきた亜人種達のように、外部から魔王ウルの傘下に入った勢力のこと。

 育成組はここ数年の間に生まれ、教育と訓練を施している魔物達のような身内に当たる若手のことになる。


 そんな彼らであるが、魔王ウルはその出自によって特別差別も区別もしないことを明言している。徹底的な実力主義であるウルは、一から育てた人材だろうが外部からの新参者だろうが能力の上下以外に興味を示さないのだ。

 その前提で、彼らがどこに所属することになるかは『個人の能力』と『本人の希望』で決まることになる。

 具体的には真っ向からの戦闘好きならばケンキ戦闘軍に所属願いを出し、調薬作業が好きならコルト薬毒軍に、工作の類いが得意ならばグリン工作軍にという具合だ。

 そこである程度適性による篩いはあるが、基本的には本人の希望が最優先される。ウルとしても、やりたいことをやるのが一番効率が良いという考えがあるためだ。


 そんな仕組みの関係上、コルトの率いる配下は皆戦闘には消極的で後方支援に満足している穏健派が多い。

 それでも魔物である以上いざという時は戦うことはできるし、訓練もしているが、血の気の多いケンキ軍の兵士などと比べるとどうしても不安が残るのは事実であった。


 だから、コルトはこのオ=ネカリワ攻略を命じられた際に一計を案じた。

 軍と軍で戦う事になった場合、恐らく単純な戦闘力が高いケンキ軍と、集団戦闘に慣れているカーム軍は問題はない。しかし戦闘の指揮は机上の学問止まりであり、兵士の個の能力で考えても満足行くものではないとコルトは自分と自分の軍の力を客観的に評価している。

 そこで……初手から、自分達にできる最善手を打つことにしたのだ。ほんの僅かでも常識とか良識があればやらない手段……風上から毒ガス攻撃という、人間同士の戦争であれば一発で戦犯認定間違いなしの攻撃を。


「いやマジでエグい。俺でもここまではやらん……」


 白い煙に包まれたと思ったら、バタバタと倒れていった人間達の大将である勇者カマバは心の底から進軍してきた魔物達に引いていた。


 勇者カマバは、元は街の不良であった。腕力にものを言わせて弱い者から金品を強奪する。もう少し規模を大きくすればその辺の賊と何ら変わらない生活を送っていたチンピラであり、悪いことをやったことが人生の自慢という手合いのクズである。

 そんな彼が勇者に選ばれてしまうのだから困ったものだが、その自他共に認めるクズであるカマバから見てもこれはあんまりな所業だ。

 普通、思いついてもやるかよと、自分の喉を掻き毟る格好で苦しそうに死んでいる多数の兵士達を見下ろしながら頬をひくつかせているのであった。


「そんなに酷いかな……?」


 そんな悪魔的所業を実行に移した、悪魔に育てられたコボルトのコルトは、予め解毒剤を服用させている自分の配下に『まだ生きているのがいたらトドメさしておいて』と一切の慈悲無く命令を下し、自分は勇者に向かって構える。

 呼吸器系に異常を生じさせ、窒息死させるというかなり強烈な毒ガスを使ったのだがピンピンしている男を前にどうしたものかと考えながら、コルトは目の前の人間をどう倒そうかとため息を吐いた。


「いや酷いだろ。初手無差別殺人は俺でもやらねぇよ?」


 もしかしたら、これ俺が人生で初めてやる善行になるんじゃないか……などと勇者カマバは考える。

 目の前の一見人畜無害に見えるコボルトを殺すことは、この先の人類にとって大きな助けになるのかもしれないと思って。


「何言っているの。いきなり毒やら薬やらで相手を苦しめて皆殺しにするなんて、人間がよくやることじゃない」


 勇者の言葉に、コルトは不機嫌そうに答える。その脳裏に浮かぶのは、今もなお消えない群れの仲間達が殺された光景だ。

 この手の武器で人間を殺すのは大罪で、魔物やその他の動物を殺すのは合法。そんなルールが通用するのは、人間社会だけだろうと憤りながら。

 それに、害虫駆除なら初手で薬散布くらい極普通の手法だ。例えば、蜂の巣を見つけたらとりあえず殺虫剤を吹きかけるだろう。ならば、危険な害獣である人間の駆除に同じことをすることに何の不思議があるのかというのがコルトの主張であった。


(……なんて言っても、単純な実力じゃ勝ち目ゼロだよね。事前の情報じゃ、ケンキが全力でぶん殴っても傷一つ付かないらしいし)


 コルトは自分の攻撃力でどうにかできる相手ではないことを最初から認めている。

 ケンキ、カームが至っている進化の領域は第三段階。三度の進化を経て至る、大魔と呼ばれる強大な戦力だ。

 それに対し、今のコルトが行ける進化は第二段階まで。仮に窮地に陥り奇跡的に更なる進化に至る――なんて物語のようなことが起こってなお、その領域にいるケンキ達を凌駕する勇者には遠く届かないだろう。

 個の戦闘力という意味ではまだまだ未熟者であり、真っ向勝負で勝てる可能性はゼロ。コルトのいかなる攻撃も、神の聖痕(ゴッドエンブレム)に守られた勇者を傷つけるには届かないだろう。


 ならば――


(……自分より強い敵を倒すとき、その方法は大きく分けて三つある、だっけ)


 呼吸を整え、コルトは勇者カマバから目をそらさずにウルの教えを思い出す。

 自分よりも強い敵に勝利しなければならない場合、その方法は大別して三つ。

 一つは相手よりも更に強くなる。100の力を持つ相手を200の力で対応できるくらいに自らを高めること。それができれば世話はないという当たり前の話だ。

 一つは相手の短所を攻めること。100の力を持っていても、一面から見れば10や20の力しか発揮できない苦手分野、弱点を探し、そこでの戦いを強制すれば50の力でも勝利は可能になる。

 最後は相手を弱らせること。100の力の持ち主でも不眠不休で飲まず食わずの生活を長期に行っていればその力は10にも満たないようになる。そこまでは望めないにしても、意図的に相手の力を弱らせて自分と同じところまで落とせれば勝利することは可能だ。


 この三つの中から、コルトが選ぶべきなのは――


(弱点を探しつつ、弱らせるってことで!)


 勇者はその強大な魔力により守られ、体内の魔力を空にするほど全力で力を解放するなんてことをしない限り毒物に対しても強い耐性がある。生半可なものでは自己治癒能力であっさりと無効化されてしまうのだ。

 しかし、何事にも限度がある。普通の人間ならば致死量の猛毒を流し込んでもピンピンしているとしても、その100倍1000倍の量を打ち込めば流石に効果ゼロということはないはずだ。

 この世に無敵はない。体質的に影響を受けても問題がない――内臓に異常を発生させる毒をいくら飲まされてもその内臓がそもそも存在しない種族、なんてことでもない限り、完全な耐性などありえないのだから。


「[地の道/三の段/濃霧隠れ]」


 手元の水分を元に霧を作り出す魔道を発動させる。当然、媒介に使った水はただの水ではなく、毒入りだ。

 事前に解毒剤を服用しているコルトには影響ないが、多少は効果があるだろうと期待するコルトであった。


(隠れながら、じわじわやるしかない。当たったら死ぬか……普段なら絶対にしないけど、こういうときはウルのイジメトレーニングにも感謝だね!)


 コルトは気合を入れ、毒霧の中に身を潜める。

 そして、身に宿した魔力を解放するのだった。


進化樹形図(ソウルツリー)励起――第二進化、不屈の犬頭人(コボルトサバイバー)


 生命力と生存能力に特化した進化を自らに施し、コルトは生き残るための戦いを始める。



「ヌンッ!」

「無駄だってんだよ下等生物が!」


 ケンキの大剣が勇者マッカスを捉えるが、見えない壁でもあるように跳ね返される。勇者の持つ神の聖痕(ゴッドエンブレム)が齎す強靭な魔力防壁だ。

 いわば垂れ流しているだけの魔力に渾身の一撃を弾かれているも同じ状態。筋力はともかく、魔力量が違いすぎるからこそ起こる現象だ。


(ここまでは聖女の時と同じ、想定の範囲内か)


 自分と敵の距離を測るのは、格上との戦いにおいて必須。ただ我武者羅に暴れればいいという話ではないのだから。

 その思いで、ケンキは以前聖女と戦ったときの全力に等しい戦力で勇者に挑んでいる。かつての屈辱が、正しく認識された現実であることを再確認するために。


「ったく……あまり手間を取らせるな!!」


 対する勇者マッカスは苛立っていた。

 一見して、力任せに暴れる以外のことができない風貌の大鬼が、見事な動きで自分の――達人回路(マスターシステム)に支えられた勇者の攻撃を紙一重で回避しているためだ。

 勇者である自分が死ねと命じれば潔く死ぬべきだ。貴族である自分に刃向かうことなど万死に値する罪である。そのどちらも満たしながら呼吸をするような身の程知らずの愚者など存在していてはならない。

 心の底からそう信じている勇者マッカスからすれば、全く無意味とはいえ自分と戦いなお倒れないなど重罪に等しい。それどころか、紙一重とはいえ無傷を保っている魔物の存在など、視界に入れるだけで血管が千切れそうになる大問題なのである。


「もういい――功罪(メリト)の解放を許可する! 【格差の功罪(ランカーメリト)従属紋(コントロールマーク)】!!」


 苛立った勇者マッカスは、神に与えられた功罪(メリト)の種より発現した自らの真の能力を発動した。

 元々、殴り合いなど貴族のやることではないと、まともに戦うことそのものを嫌っている勇者マッカス。そんな彼から見て、もっとも手っ取り早く片を付ける方法だったのだろう。

 功罪(メリト)発動宣言と共に、勇者マッカスの右の掌に彼の家を示す家紋が浮かび上がるのだった。


「さあ、服従しろ!」


 【格差の功罪(ランカーメリト)従属紋(コントロールマーク)】。腐敗した権力への執着心が形になったこの功罪(メリト)の能力は、右手から出るマッカスの家紋を刻印した物を操るという能力だ。

 ただし、それは人間を操るという類の能力ではない。人を従えるというのが正しい権力の形であるが、そんなものはわざわざ貴重な功罪(メリト)の枠を使わなくとも口頭で命令すればいいというのが勇者マッカスの深層心理での結論であった。

 その思いから、この功罪(メリト)は『言葉では操れないもの』を対象に支配する能力として発現することになった。

 右掌に触れたものに家紋を刻み込み、それが『マッカスと意思疎通の取れないもの』である場合は自由に操ることができる。

 例えば――無機物などだ。


「飛べ。我が命に従い目の前の愚物を殺せ!」


 勇者マッカスが懐から取り出した短剣に家紋が刻まれ、魔力に包まれた短剣は宙に浮かんだ。

 従属家紋(コントロールマーク)を刻まれた物体には勇者の莫大な魔力が付加され、ただの短剣であってもその辺の城壁くらいならば切り崩す破壊力を有する。そして持ち主などおらずとも自立して動き、勇者マッカス自身は一歩も動くことなく戦うことが可能となるのだ。


「――速い!」


 高速で飛来する短剣を何とか回避するケンキだが、回避と同時に反転、短剣は獲物を求めて飛び続ける。


「ほらほら、もっともっと速く動かないと捕まるぞぉ?」


 勇者マッカスはゆったりと歩きながら、近くに倒れている人間軍の兵士の剣に手を当て、操る。

 それを繰り返し、瞬く間に浮遊する剣が増えていく。その全てが高速でケンキに向かって飛んでいくのだった。


(速い上に、動きもいいな。これは、支えきれん――)


 従属家紋(コントロールマーク)で操る物体は全てマニュアル操作だ。その全ては勇者マッカスの意志――というより、達人回路(マスターシステム)によって制御されている。

 つまり、一つ一つが歴戦の達人が操るに等しい剣捌きということであり、いくら修行を積み成長したとはいえケンキ一人で相手にできるものではなかった。


「グッ!?」


 ついに、一本の剣がケンキの右肩に突き刺さる。巨体のケンキからすれば刃渡り短く傷は浅いが、込められた魔力はケンキの魔力を大きく削っていく。

 このままでは、いずれ全身ハリネズミになって死ぬことは避けられない。ならば特攻をと仕掛けても、渾身の一撃でも有効打にならないのは既に証明されている。

 それを理解している勇者マッカスは、ニヤニヤとケンキを見て腕組みしている油断っぷりだ。


 そんなとき、ケンキという大鬼が取るべき手段はなんだろうか?

 格上の力の持ち主を相手にしたとき、その対処法として己の戦闘力こそを何よりの誇りとするケンキに相応しいのは――


「相手より強くなること、だ。――進化樹形図(ソウルツリー)、励起!」


 大鬼、ケンキは第三進化に至った大魔。そこから先の進化となれば、おおよそ人と神が支配する時代になって以来そう何体も確認されていない領域だ。

 その脅威を称して災害級。危険度換算で四桁に届き、局所的な自然災害とも称される第四進化階級へと、ケンキは自らの片足をねじ込む。


「……退化とは遠回りに見えて素晴らしい技術だ」

「あ?」

「おかげで、本来ならば選べないような極端な道すらも選択することができる!」


 ケンキの赤い身体が更に燃え盛るばかりに紅色に染まり、紅く輝く。

 肩に負った傷を覆い隠すような進化の光と共に、ケンキの存在が書き換わる――

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