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第153話「第二段階へと駒を進めよう」

「緑病……なんてくだらない話はどうでもいいとして、こっちは深刻か……」


 ル=コア王国第二王子、シェイカーは自らの下へと運び込まれる書類に目を通して暗い顔で呟いた。

 魔王国との戦争が開始してしばらく。未だに彼が生まれ育った祖国は侵略者に対して鉄槌を下すどころかその準備すら整わず、無抵抗に民を殺され領土を侵されるという最悪以下の結果しか出せていない。

 奇襲同然に攻め込まれて最初の防衛戦となったエ=シブラムの陥落まではまあいい――それも国境線を固めるべき領土をスカスカのまま放置していたという致命的な失態の結果だが――として、その後も魔王国は速度重視の少数編成で王国の領地をぐるりと回るように辺境の村々から落としている。

 中央でふんぞり返る貴族達は辺境の農村がいくら落とされても大した問題ではないと高をくくっているが、このまま魔王国の横暴を許せばやがて王国にとって心臓とも言える農耕地帯まで押さえられることになるだろう。現時点でも食料生産能力が一日おきに激減しているという由々しき事態なのは変わらないが、今以上を許せば未来に起きる決戦に致命的な問題を引き起こしてしまうのは間違いない。


(散々時間をかけてかき集めた兵士が、いざというとき全員空腹で立つこともできません、なんて出来の悪い喜劇でもない脚本だ。いや、それどころか……)


 シェイカーは最悪の想定として、このまま食料の生産を獲られ、更に供給を止めるべく各国との交易ルートまで潰されるという未来を考える。

 その結果待っているのは、人間の誇りにかけて残虐な魔物達と戦うどころか、食料を奪いあい人間同士が殺し合うという滑稽な劇だ。そもそも魔王国との戦いにすらならないというのがシェイカーが出した結論である。


「最後に待っているのは、食料を失ってもなお飽食を止めない貴族と飢えた平民達による泥沼の戦いというところかな? 何とも、化け物が好みそうな脚本だ」


 自分で考えた筋書きに吐き気がすると言いたげな顔をするシェイカー。

 しかし、このまま手をこまねき続ければそんな笑えない話が現実になりかねない。だが……


(緑病に関してはただの自業自得。いよいよとなれば流石に父でも動くだろう。だが、本当に注目すべきなのは貴族達の命令無視だ)


 次にシェイカーが手にした書類には、各地に飛ばした指令がちっとも遂行されないという旨がダラダラと遠回しに書かれたものであった。

 そのほとんどは緑病……つまり麻薬中毒症状でそれどころではないからというものだが、それに隠れるように極少数ながら真っ向から王命に逆らっている者達がいるのだ。


(どこかの派閥が邪魔をしている? 帝国派閥か? いや、しかし……)


 これが反王派閥というのならばまだ理解はできるのだが、不思議なことにそういうわけでもない。

 彼らは皆、ここ数年の間に何らかの不慮の事故により当主が死亡したことにより急遽その子供が当主の座に着いたりといった経歴のある者達で、現当主となってからはどこの派閥にも属さないはぐれとして生きている者達だ。


(一体何を考えている? 変わり者が少数出てきた程度に思っていたが、何かしらの思想で統一された隠れた派閥だったのか?)


 今の王国で派閥に所属しないということは、つまり出世のチャンスや中央への影響力を全く持てないということだ。権力の腐敗が進んでいるとはいえ利に聡いのが貴族の証であり、だからこそ彼らは自分達のパイを横取りしようとする第三者の介入を嫌う。古い血族に礼儀を示さない新参者を嫌うのは権力者達共通の認識であり、裸一貫で成り上がろうなどと貴族社会で考えたところで全力で潰されるのは自明の理だ。

 故に、貴族ならば誰もが中央で権威を持つ大貴族の派閥に入ろうと努力するのが当然。それなのに、何故かここ数年で派閥に入ることを拒否し、場合によっては脱退するはぐれ貴族が増えている。

 シェイカー自身、今までは既存の権力に拘らないという価値観を持った者が現れ始めたのかもと、新しい世代の流行程度にしか思っていなかったのだが、この戦争時に至って王命無視などいう大罪に躊躇がないとなればそんな軽い話ではないといえるだろう。


(もし既存の反王派閥……貴族派閥とは異なる思想の派閥が形成されており、その存在を隠蔽してきたとなればどうだろう? その目的は? 何故国が攻められているという状況下において国を見捨てるような真似をする?)


 シェイカーは、謎の勢力の存在を仮定し、その目的について考える。


(国王の命には貴族派閥といえども真っ向から逆らうことはない。舌先三寸で誤魔化すか過大解釈して王派閥の力を削ごうとするだけだ。しかしこいつらは真っ向から命令無視。仮にも国王を頂点とした王国貴族としては絶対にあり得ない。最悪、王命無視の罪でお家断絶からの極刑とてありえない話ではない。今問題になっていないのだって、緑病の一件で命令無視が多発しているから目立っていないというだけだ)


 これを許せば王政の崩壊を意味する大問題だ。しかし、嘆かわしいことに今の王国はその大問題を大問題として認識することすらできていない。

 シェイカー自身が何とかするべく動くべきかとも一瞬考えるが、すぐに無駄だと頭を振る。シェイカー……第二王子に許されるのは情報を集めるところまで。それ以上のことをすれば「王太子である兄の立場を脅かそうとしている」と勘繰られて邪魔をされるのがオチだ。

 父王への進言も無駄だろう。父であり国王であるアレストは、今もなお魔王国との戦いとの最中であるにもかかわらず爆発した醜聞の火消しに奔走しておりシェイカーの言葉を聞く余裕などなく、それでなくとも貴族達の反発を買うことを恐れシェイカーを冷遇するに決まっているのだ。


(嫌な予感がする……一体、何故このタイミングで国内の統率がここまで乱れる……?)


 第二王子は考える。考えるだけでそれ以上のことはしない。

 そんな有様では、魔王の悪意を止めることなど叶わない。


 今彼がすべき最善の行動は、余計なしがらみも立場も忘れて問題の解決に全力で当たることに他ならない。

 将来の玉座を持たない第二王子とはいえ、数少ない良識ある貴族たちならば第一王子にして王太子のドラムの放蕩っぷりと合わせて彼を支持する者もいるはずなのだ。

 そんな者たちを束ね、目先の利益しか見えていない、見ようともしない愚かな貴族――実家族含む――を処断する。そんな苛烈な革命こそが、今の腐りはてた王家に生まれた奇跡ともいえる彼に期待されるべき役割なのだ。

 もちろん、実際に行動に起こしても成功する保証などない。ただ無意味に国を割り余計な被害を出すだけで終わるかもしれない。

 しかしそれでも、彼は動くべきなのだ。取り返しがつかなくなる、その前に……。



(当初の想定よりも遥かに上手くいっているな。今のところは何一つ不満がないとは)


 魔王国に存在する、魔王の居城。元イザーク公爵の会議室にて、大きなテーブルの上に広げられた地図を見ながら魔王ウルは満足そうに頷いた。


 この地図は、ウ=イザークに保管されていた王国の機密事項である王国全体の地図を元に、更に使い魔の魔道などを駆使し情報をアップデートした魔王国製の地図である。


 地図とは侵略を行う際に極めて重要な情報であり、大半の国では詳細な地図とはそのまま軍事機密扱いとなる。地形、街の位置、距離、街道の有無などなど、一つ一つが軍を動かすための重要な手掛かりとなるからだ。

 太古の魔王ウルの時代では上空からの観測魔道などが発達していたこともあり、あまり重要ではない……というよりも、隠すことなど不可能なので機密扱いから外れていたが、技術が衰退した現代においては違う。それ相応の地位のものでなければ、超大雑把に大体の位置と方向がわかるくらいの地図しか手にすることはできないようになっているのだ。


 その常識を踏まえて魔王国が作成した王国地図を評価するなら、王国の情報部が発狂してもおかしくはない精密さを誇っているといってよい。

 元々イザーク公爵が持っていた地図ですら機密情報の塊であり、それが流出しているのは魔王国の成り立ち上、ある程度は仕方がないと王国も諦めているだろうが、そんな王国でも想定していないほどの追加情報がこれでもかと盛り込まれているのだ。

 なお、そのついでに制作を命令した者の趣味としか思えないおすすめ飯処情報までちゃっかり網羅している辺りにトップの職権乱用が感じられた。


「コルト、ケンキ部隊による敵国領土の農村襲撃は順調すぎるくらい順調に進んでいるようですね」


 そんな地図に、ウルの前で小さな円錐型の駒を置いていくのが、護衛兼全体作戦指揮を任されたカームである。本来遊撃部隊である彼女の軍勢だが、群れを率いて戦うことに最も長けているということもあり、現在は増え続ける魔王軍全体の指揮官を任されているのだ。

 最前線に立つケンキと、後方で全体を見通すカーム。元三大魔の二体は、今もなお魔王国軍部の双璧なのであった。

 なお、四足獣型の魔物である彼女に小さな駒を奇麗に置くことは普通にはできないので、無の道による念力で駒を操るという方法をとっている。


「小さな農村ばかりとはいえ、攻略が順調なのは僥倖だ。王国からの反撃は?」

「グリンからの報告によれば、未だ混乱状態のまままともに軍を纏めることができていないようですね。王国に根を張っているカラーファミリーの撹乱工作も順調のようです」

「元々国を犯罪組織に半分乗っ取られていたような有様だ。カラーファミリーを使えば土台をひっくり返したような混乱を与えられるとは思っていたが、想像以上に奴らは有用らしい。最初の作戦、離反工作は順調と評価していいようだな」

「そのとおりかと」


 魔王軍は戦争を開始して以来、本格的な進軍をまだ行ってはいない。

 コルトとケンキを中心とした少数部隊を送り込み、戦力を持たない農村を襲っているくらいだ。その速度こそ尋常ではないが、やっていることの規模だけならその辺の山賊と変わりはしない。


 何故そのような作戦を取っているかと言えば、やはり真正面から数と数の戦いをするのは流石に不利であると怒る魔王であっても認めざるを得ないからである。

 腐っても、ル=コア王国は五大国と称される大国の一つ。質はともかく数だけは多い。金食い虫となる専業軍人を持つことを嫌い、有事の際には農民に武器を持たせて軍の体を整えるような弱兵だらけの張りぼて軍団であるが、それでもやはり数というのは脅威なのだ。

 ゾウですら、数を揃えた蟻に殺されることだってある。個の強さでいえば圧倒しているからと油断して正面対決を挑めるほど、今の魔王軍は万全ではない。まして、脆弱な現代の人間の中にも、想像を超える使い手が混じっている可能性だって十分にある。

 それを、魔王ウルは思わぬ不覚を取った王都潜伏作戦で教訓として学んだのである。


「大軍で挑めば敵もしがらみを忘れて団結せざるを得ない。だが、自分達に直接被害が出ない小規模の被害となればくだらん政治を優先する。まったく、愚かなことだ」


 数で劣る魔王国が大国であるル=コア王国と対等以上に戦うにはどうしたらいいか?

 その答えとして、ウルが出した答えは単純なもの。敵を弱らせ味方を強化する、という基本に忠実なものだ。

 カラーファミリーを使い王国の貴族たちを封じ込め、その隙に王国の食料供給……兵糧を奪う。更にそうして得た食料を自軍の強化にそのまま回し、各地の亜人部族に情報が流れるように操作し誘導した兵を養うのに充てる。

 敵は飢えて弱り、味方は数を増やし体力を充実させる。大雑把だが、これが魔王国の基本方針なのである。


「緑組を潰したことで麻薬の中毒患者共が使い物にならなくなり、赤組の持つ奴隷狩りの情報網を基に亜人部族を誘導。更に黄組が持つ貴族共とのコネを使い離反させ、青組の持つ密輸、輸送ルートを使い食料その他を秘密裏に魔王国に流す。いやまったく、元々別の目的で手に入れようとした割にはいい仕事をするではないか」


 ウルはご満悦という笑みを浮かべ、今も王国の食糧を運んでいるはずの地図上の道を指でなぞった。

 その手の裏工作に大活躍のカラーファミリー。武力担当の黒組を懐柔し、精鋭の無色統括を目の前で滅ぼされたマフィアたちをウルは悪魔との契約(デビルズサイン)で完全に縛っているので裏切られる心配ない。

 魔王の怒りに触れれば未来の破滅は確定であるが、期待に応えれば相応の飴を出すとも契約に記載しているので、今では彼ら自身も張り切って仕事をしてくれている。元々利に敏く計算高い人間たちなだけのことはあり、出すものは出すと言われれば案外順応しているようであった。


「俺がメインで進めている軍の強化は今のところ順調だ。やはり亜人の取り込みに成功しているのが大きいな」

「新兵たちは今急ピッチで魔王国の兵として恥ずかしくないレベルになるように鍛えています。どうしても突貫工事になりますので完全とはいきませんが……」

「別に雑兵に100点は求めん。最低限邪魔にはならんという程度でも十分意味はある。今はとにかく数優先だ」


 数こそが最大の頼りである王国軍を分断させ数の暴力を封じ、その隙に自軍の規模を大々的に拡張する。

 どうしても周囲に情報を流さないようにこそこそと動かなくてはならなかった頃と違い、堂々と表舞台に出た以上はド派手に軍拡が行えるのだ。質はともかく、魔王軍の兵の数はシルツ森林に住まう魔物だけだったころや、そこにエルフを加えただけだった時代とは比較にならない規模へと成長しているのであった。


「作戦はこのまま継続。同時に、今のところは大人しい近隣諸国へのけん制もかねて、第二段階へと駒を進めよう。王国攻略作戦最大の関門にな……」


 ウルはそう言って、地図の上に更に駒を一つ足す。

 その場所にはこう書かれてあった。国内外の流通を司る街道の中心となる大都市、貿易都市オ=ネカリワと……。

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