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第150話「それなりの対応をしよう」

「俺たちが強者だ! 俺たちに従うのが自然の摂理というものだ!」

「何を言う! 我ら獅子人族(ラーオン)こそが真の強者だ! 我らに従え」

(えぇ……何がどうなってるのこれ?)


 人間からの迫害に対抗すべく、亜人を受け入れる土壌と武力を有する魔王国の庇護を求めてきた牛人族(ギューム)達。

 その指導者であるカウルは困惑していた。恐らくは自分達と同様、人間に対抗する同盟を組むべくこの地へとやってきたのだろう亜人種族が、何故か魔王国の守備兵であろう武装したゴブリン達の軍勢を前に同盟どころかけんか腰に吠えているのだから。


 魔王国とル=コア王国の国境には、人間の進軍を警戒して砦が建築されている。

 元々魔王国以前の公国時代から建設されていたものであり、軍を進められるような開けた土地を塞ぐように石と金属を組み合わせた防壁が作られている。

 工事期間三年と予算の関係で無敵の防壁とは言いがたいが、普通の人間が破るには苦労するだろうという程度の守りは備わっているのだ。

 砦に詰めている武装ゴブリンとエルフの混成守備隊を考慮すれば、ル=コア王国の正規軍が攻めてきても勇者さえいなければ援軍無しに一月は持ちこたえることができることだろう。


 そんな砦を前に、虎人族(フーシン)獅子人族(ラーオン)の若者達は吠えているのである。


「聞けばこの国は魔物如きが統治しているということではないか! 魔物などよりも我らの方が強い! 我らに従え!」

「エルフごときより我らの方が上だ! 我らに付け!」


 唖然として離れた場所からしばらく観察したところ、どうやら『魔王国の王は魔物』という話を聞き、魔物よりも強い自分達が王になってやると血気盛んな種族が吠えだしたらしい。

 庇護を求める平和主義者な牛人族(ギューム)のカウルからすると無茶苦茶だとしか思えないのだが、とにかく血の気が多い種族というものはそういうものなのだ。

 更に支配欲も強く、力で他者を従えることに疑問を持たない文化を持つ野蛮な種族ともなれば、こうなるのは必然とも言えるだろう。


 どの種族も圧倒的に数で勝る人間に敗北を重ね、ボロボロであるはずなのに未だ吠えるだけの元気と自信を保っているのは、ある意味褒めるべき点なのかもしれない。

 尤も、種族としての性能ならば普通の人間は超えているのに敗北を重ねているのは、その野蛮で考え無しの行動理念が間違いなく影響しているだろうが。


「……ほう? 随分と元気がいいな」

「ああん?」

「なんだ貴様は!」


 国境沿いで魔王国の砦を前に立ち往生していたら、ル=コア王国側より集団で何者かがやってきた。

 もしや人間の軍勢かと慌てる牛人族(ギューム)達であったが、その影をよく見てみれば人間とは似ても似つかない。

 見渡す限り魔物魔物……砦を守るゴブリン達と同様、魔物の軍勢だったのだ。


(ま、魔物の国か……普通だったら震えがある光景だな)


 人間達は魔物を舐めており、見る限り虎人族(フーシン)獅子人族(ラーオン)も似たような認識らしい。

 しかし争いを好まない牛人族(ギューム)からすれば魔物は十分凶悪な存在であり、危険視すべき相手だ。

 何せ、他の亜人と比較して牛人族(ギューム)は美味いらしいのである。一応亜人なので人間も捕食対象としてみることは無いが、人間を食う類いの怪物は当たり前のように牛人族(ギューム)を狙うのだ。

 実際に魔物に食われた同胞もおり、牛人族(ギューム)達は人間が声高に叫ぶほど魔物を過小評価してはいない。

 自分達の戦闘力に自信がある肉食獣系の亜人達はそうでもないようだが、一目で普通ではないとわかる魔物の軍勢にカウル達牛人族(ギューム)は無言で距離を取ろうと後ずさるのであった。


「我が名は魔王ウル・オーマ。この国の王だ」

「貴様が王? ならば我と戦え! この国は我ら虎人族(フーシン)がいただく!」

「否! 人間共に鉄槌を下すのは偉大なる獅子人族(ラーオン)の役割だ! 即刻我が軍門に下るがいい!」


 魔王を名乗ったのは、ワーウルフと呼ばれる魔物であった。

 強力な戦闘種族であり進化種ではあるが、熟練した戦士ならば勝てない相手ではない。先ほどから声高に叫んでいる、恐らくは種族代表なのだろう二人からすれば問題なく倒せる相手と見なしたらしい。

 戦士としての能力で族長に選ばれたわけではないカウルからすれば『できれば戦いたくない危険な相手』と本能が訴えかけてきているのだが、虎と獅子は止まらなかった。

 とにかく声高に自らの強さを叫び、魔王国を自分に寄越せと詰め寄ったのだ。


 当然、そんなことをすれば背後に控えている魔王軍が間に割り込むのだが。


「そこまでだ」

「それ以上近寄ることは許されん」


 王を守るべく立ち塞がったゴブリン達に、二体の獣はうなり声を上げる。

 そんな亜人達をみて、魔王ウル・オーマはフンッと、鼻で笑うのであった。


「お前達のような者が出てくるのは想定の範囲内だが……想像以上に礼儀というものを知らんな。俺はマナーだの礼節だのというものには興味がないが……身の程知らずを見逃してやるほど寛大でもない」


 魔王は少々の敵意と共に、亜人達を睨んだ。

 ここまで吠えておいてそれだけで逃げ腰になるほど臆病ではないだろうが、それでも前に出た二人の亜人は表情を引き締めた。

 本能で理解したのだろう。目の前にいる魔物は、魔物だからと舐めてかかっていい相手ではないと。


「俺が相手をしてやるのも悪くはないが……あまり気楽に挑めると思われても癪だな。よし――タッカー! ベル! 来い!」


 魔王ウルは空を見上げて叫んだ。

 いったい何をしているのかと亜人達が訝しげに見ていると……空から、二つの影が降りてきたのであった。


「「お呼びですかい、陛下?」」

「敵でも来ましたかしら?」


 姿を現したのは、全く異なるシルエットを持つ二体の魔物。


 鋭いくちばしを持つ二つの頭を持つ巨大な怪鳥――ケンキ率いる戦闘軍所属の隊長位を授かる双頭大鷹(オルトホーク)のタッカー。

 大きな鳥の胴体から人間の女性を模した上半身が生えているアラクネ系の魔物――カーム率いる遊撃軍の隊長位を授かる人頭鳥(デミハーピィー)のベル。


 どちらも修行ついでに魔王ウルが配下であるケンキ、カームを単身領域に突入させた末に服従させた魔物であり、元領域支配者(ルーラー)の能力を買われて隊長という役職を与えられた魔物だ。

 現在は、この国境を守る砦の責任者を任されており、空から外敵の接近を警戒している。もちろん、元々彼らの配下である鳥系の魔物も空から警戒しているため、この砦の守りを地上のゴブリン達だけだと油断した者は痛い目を見ることになるだろう。


「敵ではないが味方でもない客人だ。もてなしてやれ」

「「ほう? 丁重に迎えればいいですかい?」」

「さてな? その価値があるかを見極めるのが今回の命令だ」

「なるほど……では、私達なりに丁重な対応とさせていただきますわ」


 二体の魔物――元とはいえ領域支配者(ルーラー)である進化種。強大な力を持った二体の怪物が、亜人達に向かって笑みを向けた。捕食者の笑みを。


(うわぁ……怖)


 争いを避けてきた牛人族(ギューム)としては、進化種の魔物のコンビを相手に戦うなど冗談ではない話だ。

 虎人族(フーシン)獅子人族(ラーオン)の代表二人は進化種を相手にする覚悟くらいはあったのだろうが、そんなものカウルには永遠に縁が無い。とばっちりを受けないように隅っこで小さくなっていようと、仲間達に声をかけようとする――


「客人は……三人でいいだろう。各種族の代表は前に出るといい。実力を示せばそれなりの対応をしよう」

「……さん?」


 魔王ウルがこの騒動の代表として求めた数は『三』だった。

 虎人族(フーシン)の代表と、獅子人族(ラーオン)の代表。合わせて二人のはずなのに、なんでそんな数字が出てくるのかなとカウルの全身から冷や汗がドバッと噴き出してくる。


「砦の施設に訓練場を兼ねた闘技場がある。そこで相手をしてやれ」

「では、私がご案内しましょう――【翼の功罪(ウィングメリト)慈悲の羽ばたき(ストームボックス)】」

「なっ! ちょっと、ま――」


 人面鳥(デミハーピィー)のベルが鳥の胴体にある巨大な翼を動かすと、そこから突風が吹き荒れ虎人族(フーシン)獅子人族(ラーオン)の代表……そしてカウルを包み込み空へと跳ね上げた。

 これは攻撃を目的としたものではなく、風を利用した移動術なのだが……そんなことはカウルには関係ない。

 いったいどうして、戦う意思などこれっぽっちも無かった自分が巻き込まれているのか。もはや自分の優れた危機察知能力に頼るまでも無くわかってしまうその答えを、カウルは必死に考えないようにしながらも突然の空の旅を強制的に堪能し、そして――


「ぞ、ぞくちょー!!?」


 仲間達の悲痛な叫びをBGMに、戦いの舞台へと引きずり出されてしまうのであった。


……………………………………

………………………………

…………………………


「さて……ルールを決めようか。まず、条件として三対二の勝負だ。亜人軍三人と魔王軍二人だな。そして、亜人軍には特に制限を求めない。殺せるのならばこの二人を殺しても俺は何も文句は言わん。そして、魔王軍の二人は亜人を殺すことを禁じる。武器の使用は特に制限を設けないが、砦を破壊するような大規模破壊は双方禁止としようか」

「「俺たちだけ殺しなしですかい?」」

「客人相手だ。そのくらいのサービスはしなければな。何か問題はあるか?」

「いいえ、あるはずがありませんわ。そうよね?」

「「まあな! もっとハンデ付けてもいいですぜ?」」


 突然攫われた三人の亜人が唖然としている間に、魔王軍は好き勝手なことを言っていた。

 徐々にその言葉の意味を理解してきた亜人側――カウルを除く――は、自分達の力が見くびられていると怒りを露わにし頭に血を上らせる。

 その思い上がりを正してやろうと、望みどおり殺してやろうとそれぞれの武器を抜いたのだった。


「あら……トラさんは短剣? 渋い武器ね」

「「ライオンの方はハンマーかよ! 見た目どおりにパワータイプって感じだな!」」


 虎人族(フーシン)の代表が構えたのは、小ぶりなナイフ。ガタイからは些か不釣り合いな武器だが、自分の腕力があればそれで十分という自信の表れなのかもしれない。

 対して、獅子人族(ラーオン)の代表は見た目どおりの重量級武器。直撃すれば痛いでは済まないこと間違いなしの鈍器を背中の包みから取り出したのだった。


「八つ裂きにしてくれる……!」

「挽肉にして食ってやろうか……!」


 虎人族(フーシン)獅子人族(ラーオン)も、好戦的な亜人種族だ。

 その代表選抜方法は、間違いなく部族の中で最強の武力の持ち主であること。その二人が殺意剥き出しとなると、危機察知能力で選ばれたカウルとしては震えが止まらなくなる光景だ。


「……貴方は武器を持たなくていいのかしら?」

「え? いや、僕は違くて……」

「「無手の使い手ってことか! そりゃ楽しみだ!」」


 どうやら、魔王軍の二体も好戦的な性格らしい。

 武器を持たない――持っていないだけ――のカウルを素手の格闘戦術の使い手と誤解して、ケラケラ笑い戦いを心待ちにしているようであった。


「テメェらは武器を持たねぇのか?」

「ええ。私には必要ないから」

「「俺が武器持つように見えるか?」」


 対して、魔王軍二人も武器は持たないようであった。

 最も、人型の上半身を持つベルはともかく、企画外のサイズであるといっても頭が二つある以外は鳥そのもののタッカーに武器を持つことは困難だろうが。


「闘争心大いに結構……説明の間に、お前達のお仲間も到着したようだ。そろそろ始めるとするか?」


 闘技場でお互いを挑発している中に、観客席に三種族の亜人が次々と入ってきていた。

 どうやら、魔王ウルの命令でゴブリンが誘導してきたらしく、自分達の族長の戦いを見せるのが目的であるようだ。


(……これ、もう戦うしか無いやつ? 殺されないだけでもマシだと思わなきゃいけないのかなぁ……?)


 カウルはもう逃げることもできないことを悟り、せめて大怪我だけはしないように立ち回ろうと後ろ向きな決意を固めた。

 肉食獣達の激突に巻き込まれた草食動物は、その屈強な肉体を小さく小さく縮めて戦場に立つのであった……。


「では――初め!」


 魔王の号令と共に、カウルの人生最大の試練が始まる――。

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他力本願英雄
― 新着の感想 ―
[気になる点] 牛が可哀想、この主人公って勘違い系だったっけ? いままでが面白かっただけに今回の話は期待できないですね。
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