第15話「あれらは好戦的だ」
「……ったく、マスターも心配性だよなぁ。適正二桁前半の雑魚が戻らない程度でさ」
「そう言うな。マスターとして、脅威の出現――その可能性は無視できんだろう」
「にしたってよぉ」
シルツ森林の中、人の領域に近い“浅い”区域に、4人の人間の男が足を踏み入れていた。
彼らの正体は、討魔者。森に入る人間の大多数はハンターであり、彼らもその例に漏れる者ではない。
ただし、魔物から見ると差はないが、人の観点から見ると彼らは通常のハンターとは異なる性質を持っている。彼らはギルド専属のハンタ――ギルドの指令を受けて行動する、ギルド直属の兵隊なのだ。
通常のハンターは、自分の意思で仕事を決める。どんな依頼をこなすかは個人の自由であり、自身の力量により受ける仕事を好きに選ぶ立場であるのに対し、彼ら専属はギルドの指令に従って動く固有戦力という立ち位置なのだ。
「あー、やだやだ。専属なんて、結局雑用係だもんなぁ」
「この仕事が嫌ならば、辞めたらどうだ? 誰も止めんぞ」
「ちぇ、そうはいかないのはわかってるでしょーに」
先程からぶつぶつと文句を垂れている男の名は、グッチ・ダラー。専属ハンターの一人であり、剣の扱いに長ける戦士だ。
実力は十分なのだが、やる気がないような言動が多々ある問題児である。
「……待機しているだけで金が貰えるんだ。悪い商売ではあるまい」
グッチの愚痴に、四人の中で一番大荷物の男が呆れながらため息を吐いた。
専属ハンターになる者の動機は、大きく分けて二つ。
一つは安定した収入を得られるためだ。ハンターは、原則として依頼を引き受け、達成することで収入を得ている。つまり自由に仕事を選べるわけであるが、それは完全歩合制――自分にあった依頼が無ければ無収入になりかねない、不安定な生活なのである。
しかし、専属ハンターは違う。彼らはギルドから指令が出ればすぐに動けるよう、待機していなければならない。つまり待機することも仕事の一つであり、何も仕事が無くとも月々の給料が貰えるのだ。その安定収入を目当てに、不安定な契約ハンターから専属ハンターを希望する者は多い、ということである。
「怠け者はそうかもしれないけどさー。俺はもっとこう、刺激的な生活って奴をさ」
「刺激を求めた挙句、ギルドから借金してギャンブルやらかした男が何を言ってるって話だな」
「自業自得だ」
グッチはダラダラと文句を続けるが、仲間達から言葉によって袋だたきにされた。
専属ハンターとなる動機の二つ目は、身も蓋もない話だが、借金の返済である。
ハンターとしてそれなりの功績と信用があれば、ギルドに借金を申し入れることができる。その借金を返済するため、金額分専属ハンターとして働く、という話である。
これを聞くと、まるでダメ人間の巣窟のようにも感じるかもしれない。しかし、専属ハンターになるにはただの借金に苦しむダメ人間では決してなれないものまた、事実だ。
「そのくらいにして黙れ。そろそろ魔物共の領域に入る。プロならば、口先を動かす前にまず仕事をきっちりとこなすんだな」
「……へいへい」
「と、言っている暇もないようだな」
歩きながら雑談に興じていたグループの中で、一人沈黙を守っていた巨体を誇る男が彼らを制止した。
両腕に不思議な光を放つガントレットを装着したこの男――コーデ・エゴルこそが、今回のチームのリーダーを任されている専属ハンターだ。
リーダーのコーデの一言で口を閉ざした一行だが、その沈黙はすぐに破られた。軽口を叩きながらも周囲を警戒していた、敵の発見、追跡を専門とする男――サッチ・モンテの警戒サインだ。
「ギギ……」
「ゴブリンか。数、伏兵は?」
「目の前に見えている三匹。まだ姿を現していないのが三匹……ただしゴブリンではない。推測だが、コボルトだ」
「ゴブリン三匹に、コボルト三匹ね」
「それと、同じグループではないだろうが、少し離れた場所にもゴブリン数匹の気配……があるな。何かを捜索しているかのような動きだ。マナセンサーでも確認できる」
専属ハンター達の前に、ゴブリンの群れが現れた。狩るべき敵を前に、四人の纏う空気は自然と鋭いものとなっていく。
対して、ゴブリン達は少し驚いた様子ながらも「ギギギ」とうなり声を上げて手にした粗末な木の棒を振りかぶる。交戦の意思表示だ。
「……ダラー。お前一人で十分だな? 残りの者は挟撃、奇襲に備えて待機だ」
「へいへい。ったく、人使い荒いなー」
「……ギ?」
魔物が敵意を見せているにもかかわらず、前に出たのは不思議な輝きを持つ剣を抜いたグッチ一人。
そんな敵に対してゴブリン達は不思議そうに首を傾げるが、すぐさまその思考する考えを捨て、殴りかかる。ようは敵を殺せばいいのだからと。
「ゴブリン三体……ね。コボルトは参加しないのかな?」
三匹同時に飛びかかってきたゴブリンを前にしても、グッチに怯む様子は無い。それどころか、茂みの裏に隠れているコボルトに注意を払う余裕まで見せていた。
「ま、どっちでもいいけどね」
光が走った。ゴブリン達からすれば、その程度の感想しか持てなかっただろう。
グッチが一度剣を振った。ただそれだけで、自分達全員の首が落とされたのだから。
「……こんな奴らに功罪武器なんて使うな。力の無駄遣いだ」
「いいじゃん。こっちの方が早いし」
宣言通り、グッチは一人でゴブリンの群れを全滅させた。否、それだけではない。
ゴブリン達が倒れると同時に、がさがさと茂みが揺れる音と共にコボルトが姿を現したのだ。ゴブリン同様、首を失った姿で。
「これで全部っしょ?」
「……そうだな。周囲に敵意は感じない」
魔物の領域であるシルツ森林を行くのに、魔物と遭遇するのは珍しくはない。
しかし、最下級の魔物とはいえ、ここまで簡単に処理してしまえる力を持つハンターはそうはいないだろう。
専属ハンター。それは、ギルドが認めた実力者。有事の際に動かすことができる、つまり緊急事態に対応できると判断されるだけの力を持つ者だけが名乗ることを許される、実力を証明する肩書きでもあるのだ。
適正危険度――討伐可能な魔物の力量を大まかに示す評価基準で言えば、最低でも二桁中間。数値にして50以上の力を持つ、魔物狩りのスペシャリストである。
「では、魔石の回収後、引き続き先を目指す。組織立った行動をしているというのならば、恐らくは領域支配者クラスの魔物の指令を受けているのだろう。警戒は怠るな」
「了解」
「もしかして、その領域支配者が今回のターゲットかもしれませんね」
「可能性はあるが……領域支配者が自分の領域から出ることは希だ。この辺りはハンターによって駆除が頻繁に行われていることだし、支配権は魔物にはないはずなんだがな……」
首を失ったゴブリン達は、手慣れた作業によりあっさりと解体され、価値ある部分――魔石だけが抜き出される。
作業を行ってる一人以外は警戒兼情報の整理に勤しみ、その姿からはまさにベテランの風格が感じられた。
残りの死体は、やがて森に生きる何かの糧となるだろう。いつものことだと、ハンター達は眉一つ動かさないまま森の奥を目指す。
目的である、二桁前半の力を持つハンター達を殺した可能性のある『脅威』の発見を成すために……。
◆
一方、森の中で浅くも深くもない中間にある、ピラーナの湖。
その畔では、今日も魔王ウルの指導の下、魔道の鍛錬が行われていた。
「き、きつい……」
「まだまだだ。この程度で音を上げていては先に進めん」
現在、ウル達は魔道未習得――経絡の活性化が済んでいない者は、引き続き魔素水によりウルの魔力に身体を慣れさせる訓練。魔道の習得を完了した者は、魔道を実戦レベルで使えるように訓練をしていた。
訓練の内容は人それぞれであり、それぞれの適性に合わせてウルが指導している。魔道四道の内、天の道は例外というべき存在であるため、現在教えているのは『地』、『命』、『無』の三種類。更に、ウルは短い時間で戦力としての体裁を整えるため、適性のもっとも高い系統一種類に特化させて訓練をさせている。
コボルトの天才少年、コルトの魔道適性は、無の道。俗に言う念力を使う系統であり、現在コルトは手を使わずに軽い物を動かしたり、相手を上から押さえつけることで動きを封じるような使い方が可能となっている。
しかし、無の道は単純な効果であるだけに、通用しない場合は全く役に立たない。要するに魔道という腕を使い普通に殴ったり掴んだりする系統であるため、パワーで負けている場合、使い方を工夫しなければ嫌がらせ程度にしか使えないのだ。
今のコルトの魔道では「少し動きにくくなる」程度の負荷をかけるのが精一杯であり、はっきり言ってあまり役に立たない。数の有利があるのならば、足止めと割り切ってその間に仲間が仕留める、という戦術は成り立つのだが、どんな勢力から見ても明らかに数で劣っているウル一派にその作戦は使えない。
先日の大蜘蛛偵察隊との戦いでは、予め罠により数を削れていたこと、そして敵勢力が初めから少数の偵察部隊だったからこその活躍なのだ。
「魔道の出力……パワーを上げるのは一朝一夕ではいかん。地道な鍛錬のほかないのだが、生憎そんな時間は無い。元々力で勝負するタイプでもないことだし、その多少はマシな頭を活かせるよう、器用さを上げる方向で行くべきだ。それは納得したはずだろう?」
「そりゃ、そうなんだけどね……!」
コルトは額から汗――は犬獣人系統のコボルトなので流れないが、ハァハァと舌を出して熱を放出しながら神経をすり減らしている。
現在、コルトが行っているのは、ざっくりと言えば工作である。せめて武器防具の一つくらいは欲しいと、石で木を削り盾のようなものを作成しているのだ。
ただし、手は一切使わずに念力のみで。無の道の鍛錬は、精密な作業を行うのが一番手っ取り早いとはウルの教えである。
「グ……あ、欠けた」
「集中力が足らん証拠だ。慣れれば一人で何十人分もの作業を行えるようにもなる便利な修行なのだし、まあ、頑張れ」
コルトが尖った石を駆使し、頑張って削っていた木の板。しかし力が強すぎたらしく、バリッという音と共に砕けてしまった。
こんなに脆いのに盾としての機能を果たせるのかと不安になるものだが、無いよりはマシとコルトはまた集中すべく自らの経絡に力を通わせていく。
お手本のつもりなのか単なる嫌みなのか、自分の周囲に無数の道具を浮かせ、怪しげな道具を量産していくウルを横目に見ながら。
(あの桶とか、こうやって作ってたんだね……。確かに、できるようになれば便利そう)
実用性をこれでもかと見せつけられれば、嫌とは言えない。実際に可能であることも確かなのだとコルトは自分に気合いを入れる。
また――
「……ん? ブラウ、些か弱くなっているぞ?」
「す、すまぬ」
「ロットは逆に、強すぎるな。それでは定着せん。いかんせん素材が貧弱だからな」
「も、申し訳ありません」
魔道を習得したゴブリン、ブラウとロットもまた修行兼工作に勤しんでいた。
知性の功罪により、他のゴブリンに比べてブラウとロットは通常のゴブリンとは少し異なる変化が起きていた。
進化と言うほどの差ではないが、表情に個性が出てきたのだ。本能に従うだけの下等生物から、頭で考えることを知った生物への変化というべきだろうか。主な変化としては身だしなみを気にし、清潔感が感じられるようになってきたのだ。
七匹の中で二番目に大きな身体を持つブラウの得意系統は、命の道。生命操作を得意とし、一時的に肉体を変化させたり、植物や動物を操ることを可能にする系統である。
ブラウの場合は、特に植物操作に強い適性を示している。先天的なものもあるだろうが、産まれてからずっと森で暮らしていた影響もあるだろう。
現在の力量では、既に成長した木を少しだけ形状変化させ、操るのが精一杯である。だが、熟練すれば一粒の種から大樹を瞬時に作成できるようになる……かもしれない資質を持っている。
今はその魔道を使い、コルトが工作している武具の材料を少しでも取り出しやすくなるよう植物変化を行っている。
「ロット。魔化作業は力を込めるのではなく馴染ませることを意識しろ」
「はい」
そして、その丁寧な物腰を見ればゴブリンに対する印象を一変させるだろうロットが得意とするのは、地の道。自然界の力を操る魔道であり、特に冷気を操ることに適性を示している。
何故そうなったのかを推測すれば、生まれ持った資質以外で言えば……魔素水式の鍛錬が寒かったのかもしれない。
今はその術を用いて、魔化と呼ばれる技術の習得と模倣を行っている。これは魔道を物に込める技術であり、コルト作の木の盾――客観的に評価すれば、削り出した木の板――に魔化を施し、少しでもましな武具にランクアップさせようとしているのだ。
魔化の技術はもちろんウルが教えたものだが、あまり本格的なものではない。
ウルは魔王であり職人ではないが、魔道に関してはかなりの知識がある。とはいえ、ド素人相手にいきなり高度な術を任せることは流石にできず、かつて支配していた国ならば幼子にも教えていたというレベルの初歩の初歩を実践してる段階だ。
いずれは専門の職人を支配下に入れるか、最低でも現代の育成ノウハウを手に入れたいと思っているのはウルの本心である。
(……湖から見て、東の領域の蜘蛛共は一先ず籠城を選んだ。北西方面は周辺の中では特に大きな支配地……恐らくはオーガの領域であり、いつ攻め込んできてもおかしくはない。とはいえ、今は捜索段階のようだがな)
ウルは配下の仕事に逐一修正を入れながら、頭の片隅でこれからのことを考える。
まだコルト達には教えていない魔道により周辺の偵察まで一人で行っているウルだが、はっきり言って、現状は厳しかった。
罠と奇襲によりこちらの脅威を大きく見た大蜘蛛は一先ず自陣に引きこもったが、いつ敵対関係に陥ってもおかしくはないオーガはこちらを探している段階。一応、この湖に自分達がいることを知られないよう細工はしているが、いずれは敵対関係となるだろう。
だが、当初の想定ではもっと効率的な捜索が行われると思っていたのだが、どうやら想定以下の組織力しか無かったらしく、交戦状態となるにはまだ時間がかかりそうだった。
残る目下の危険は、南。すなわち――
(……誰の支配領域でもない地域。すなわち、魔物以外の存在が幅を利かせているのだろうな)
ウルは南から現れるだろう敵を想像し、その瞳の中にほんの僅かに嫌悪の炎を宿す。
領域支配者となり土地を支配するのは魔物の特権。魔物以外の生物がどれだけ力を誇示しても、土地の力を得ることはできない。
すなわち、支配者のいない領域とは、魔物が支配できない土地ということであり、魔物以外の存在が生息している場所だということなのだ。
「……あれらは好戦的だ。恐らく、最初に攻め込んでくるだろうな」
「ん? どうしたの?」
「何でも無い。そんなことよりも、もっと集中しろ」
ウルは内心の考えを配下に見せないように心を隠し、再び指導に戻る。
南に住まう勢力……この時代に蘇り、最初に食い殺した生物が、すぐにでも攻めてくるだろうと予感しながら。