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第148話「汚らしい!」

第五章開始となります。

「魔王国とやらが宣戦布告を宣言してから10日が経ちましたな」

「相手が魔物では戦争回避の努力もなにもない。早々と仕掛けるべきでは?」

「然り。魔物ごとき華麗に圧倒し、今こそ我らル=コア王国の力を諸外国に示す好機でありましょう」


 ル=コア王国軍事会議。国王アレストを上座に置いての貴族たちによる『対魔王国』戦略会議が開かれていた。

 突如建国を宣言した魔王国と開戦して既に10日が経過している。本来の人間同士の戦争ならば、宣戦布告を受けたとしても『我々は戦争を回避すべく最大限努力した』とアピールするためお互いにその気がなくとも長々としたやり取りが発生するものなのだが、今回は相手が魔物を名乗っているためその過程は全て省略。魔王国の宣戦布告が放たれると同時に開戦であると王国側は認識していた。

 魔物という種族そのものを圧倒的格下と見下しているからこその判断だが、それは正しかったと言えるだろう。

 仮に和平の使者など送ろうものならば、確実にその首を刎ねられていただろうから。


「やはりここは陛下の軍を用いて魔王国を制圧すべきでは? 元を正せばあそこは我が国の領土。それを陛下自らの手で取り戻してこそ、その威光が知れ渡るというものです」

「何を言うか。どこの世界にいきなり陛下の手を煩わせる臣下がいるか。ここは地理的に近い領地の者たちに対処を……」


 貴族達の話し合いとは、つまり足の引っ張り合いである。

 今『国王の軍を差し向けるべき』と主張しているのは貴族派閥。正体不明の敵勢力に王の勢力をぶつけさせ、共倒れを狙う算段だ。


 ル=コア王国の上層部は四つの派閥に分けられる。


 国王アレストを神輿とする『国王派閥』。

 国王に次ぐ権威を持つ大貴族を中心とする『貴族派閥』。

 教会の教えに心酔し、ひいてはその総本山であるエルメス教国のシモベとして動く『教会派閥』。

 裏取引により隣接する敵国である帝国に情報を流す『帝国派閥』。


 この四つがそれぞれの思惑をぶつけ合い、お互いの足を引っ張り合う……それがル=コア王国上層部がいつもやっている会議の正体なのである。


「やはり、教国に助けを求めるのが最善なのではないでしょうか? かの国以上に魔物相手の戦いに精通した者はおりませんぞ」

「いや、既にエルメス教は我が国に食い込みすぎている。ここで更に魔物相手に手助けを求めるようなことになれば、我が国には統治能力が無いと判断され属国にされかねませんぞ。助けを求めるのならば、むしろ隣国である帝国の方がいいのではないですかな?」

「何をいうか! 帝国はあろうことか、我らへの嫌がらせのためだけに魔物の国を認めるなどという不届きな宣言を出しているのですぞ!」


 彼らは既に魔王国との戦いの火蓋が切られていることを自覚している。

 だというのに、何故10日間もの貴重な時間を何もしないでここで延々と口論を続けることに費やしているのか?

 その答えは、お互いの足の引っ張り合いに忙しくて何も具体的なことが決まらないからだ。どれだけ悠長に構えたところで人間である自分達が魔物風情に負けるはずも無いという根拠の無い楽観論に支配され、備えるために使うべき時間を無駄にしてきたのだった。


 その愚かしさの代償は、既に支払われているとも知らずに。


「緊急報告! エ=シブラムより伝令が到着しました! 陛下にお目通りを願っています!」

「なんだ騒々しい。礼節も守れんのか」


 突然会議室へ飛び込んできたのは、城に仕える軍人だ。

 要人が集まるこの部屋には当然多数の警備が立てられており、彼はその内の一人である。


「申し訳ありません! ですが、伝令の様子に緊急性が高いと判断いたしました!」


 通常、こういった王侯貴族が取り仕切る会議に割り込む場合、色々と面倒な手続きを経た上で場の最上位――この場合で言うとアレスト国王が入室を許可してからということになる。

 それを無視した警備に会議室に集まった貴族達は派閥無関係に白い目を向けているが、しかし警備もそれどころではなかった。


 何故ならば、何か重要な情報を持ってきたはずの伝令が、1分後にはその役目を果たすこと無く命を落としかねないのだから。


「伝令は瀕死の重傷! 全身より出血が見られ、肌より血の気も失せ死人のように真っ白になっております! 彼の最後の忠義を、どうかお聞き届けください!」


 国に仕える軍人として、警備の男にもプライドがある。

 自らを奮い立たせるプライドが、自分と同じ境遇であり死の直前までその誇りを貫こうとする伝令の男の意地を無駄にしたくないと叫んでいるのだった。

 自分の役目を、命を賭けて貫き通す。その覚悟の尊さを、王侯貴族と呼ばれる貴いらしい血筋の者達に理解できれば……の話であるが。


「……まあよい。入室を許可する」


 アレスト国王は、顔に嫌悪感を貼り付けながらも許可を出した。

 もっとも、彼からすればたかが伝令の命と忠義などどうでもいい。ただ、ここで情報を無駄にするのは勿体ないという理性が、自分を敬うための手順を無視されたという怒りに辛うじて勝っただけである。


「じ、じづれい、しばす……」


 許可を受けて入ってきた伝令兵の姿に、集められた貴族達は息を呑んだ。


 事前に知らされたとおり、彼の身体は傷だらけであった。その命の灯火も、風前の灯火と言えるだろう。

 片目は抉られたのか空洞になっており血液が流れ出すだけの場所となり、顔にも手にも足にも数え切れない裂傷が見られる。更に内出血を起こしたためか、青紫色に変色している打撲後も数多く見られる。左腕に至っては、二の腕辺りから千切れ落ちている有様だ。

 戦場の死体でもここまで酷い状態のものにはそうはお目にかかれないほどであり、どちらかと言えば拷問を受けた犠牲者といった方がしっくりくる状態である。むしろ、よく今生きているものだと驚いてしまうほどの重傷であった。

 これではどんな医者を連れてこようが、治癒の魔道に優れる一流の魔道士を連れてこようが、助けることは不可能だとこの場の誰もが確信するのであった。


「エ=シブラムが、魔王軍の攻撃を受げ、壊滅……領主様、捕えられ、ぜんめ……つ……」


 そこまで言い残して、伝令の男は血に伏した。

 王城に相応しい高級な絨毯に血が染みこみ、彼の命だったものもここに落ちていくようであった……。


「ど……どういうことだ!?」

「全滅だと!?」


 貴族達の反応はどれも似たようなものであった。

 部屋に充満する血の臭いに顔を顰め、むき出しになった肉、骨、内臓に嫌悪感を露わにしながらも『軍が全滅』という想定もしていなかった言葉に場は動揺に包まれていた。


「エ=シブラムには警備網を敷いていたはずだろう!?」

「シブラムの領主が領軍を使って防衛するという話だったはずだ!」


 この無意味に過ごした10日間、王国が行ったのは魔王国との最前線となる街の領主に『敵が攻めてきたら撃退しろ』と命令を出しただけだ。

 それだけで、彼らは何も問題は無いと思っていた。誇りある王国の兵が魔物に負けることなどあり得ない――と、戦闘経験どころか前戦に立つハンター達すら軽視していた貴族達は当然のように考えていたのだ。


 そんな貴族達を、冷たい眼で観る一人の男がいた。

 ル=コア王国第二王子、シェイカー・アレスト・プライド・ル=コアだ。


(エ=シブラムといえば、ウ=イザークと隣接するため外部からの攻撃に対して全く備えをしていない領……公国独立後はシブラムこそが国境になるのだから軍備を整えよと再三忠告していたはずだが、最後までなあなあで誤魔化していた場所だったな。そんな場所に国防を託しても何の役にも立たないことなど自明の理だろうに)


 シェイカー第二王子は、父であるアレスト国王と兄であるドラム王太子の放蕩ぶりを見て育ったためか、どこかこの国の王侯貴族らしくない現実的な視点を持つ男に育った。

 しかし長男を溺愛する父の決定を揺るがすことはできず、次期国王の座を約束されたドラムに比べてシェイカーの価値はグッと落ちる。

 仮にも第二王子という肩書きがある以上シェイカーを邪険にするような貴族はいないが、しかし未来の権力に届かない彼の言葉に本心から耳を傾ける者もいない。

 といっても、いずれは公爵家を起こすかどこかの貴族家に婿入りするか、あるいは宰相の地位にでも就くかといった明るい未来は十分ある。なのだが……いずれにしても『あの兄の下では碌なことにならない』と自分の人生に諦めの感情を抱いてしまっており、様々な考えが頭に浮かんでも黙して語らず、ただそこにいるだけの存在に成り下がっているのが現状であった。

 どうせ、何を言っても理解されないのだからと。


(軍隊とは金食い虫だ。シブラムの領主も平時ではただの無駄である軍隊を抱えることを良しとせずにいた。今回も、大方端金で雇える傭兵やその辺の農民に武器を持たせて取り繕ったというところだろう)


 (ちち)王太子(あに)に何を言っても無駄だと諦めているが、しかしそれでも思考を止めることができないのもまたシェイカーという男の本質であった。

 せめて王族として最低限の役目は果たそうと、シェイカーは今後公国が敵に回った際最前線となるシブラム領の状態の確認と忠告をしていた。

 しかし、それらの労力は全て無駄であったらしいと、シェイカーはもう何度目かもわからないこの国の貴族達へのため息を吐くのであった。


 そんなシェイカーの憂鬱は的を射ており、シブラム軍は格好だけ安物の量産品で飾り立てた農民兵が大半の烏合の衆であり、魔王軍を前に戦いとも呼べない蹂躙劇の憐れな被害者を演じることしかできなかったというのが事の真相である。

 そんな中で、よくもまあ伝令兵が王都までたどり着けたものだと驚いてしまうくらいには酷い有様だったのだ。


「全てはシブラムの領主にこそ責任がある!」

「あの者は確か、貴殿の派閥であったな! この責任をどう取られるか!」

「何を言う! それを言うのならば隣接する領地の救援はどうなっているのだ? 確かあの辺りは――」


 貴族達は、死亡した伝令兵からの報告からの衝撃から立ち直ると同時に責任のなすりつけあいを始めた。

 しかし、責める側も責められる側も、結局は同じ思考を共有していた同士だ。

 栄えある王国が魔物に負けるはずがないという、その慢心と呼ぶのも憚られる愚かな思考を。

 言ってしまえば、王国貴族達に全員にこの事態の責任があると言えるだろう。


 もっとも、彼らにそれを受け入れるだけの器など当然無いのだが。


「ええい! 汚らしい! さっさとその死体を片付けろ!」


 結局、建設的な意見が出ないまま貴族達は八つ当たりのように血の臭いに顔を顰めながら、命を捨てて走ってきたはずの伝令兵にそんな言葉を吐き捨てた。

 まるで、こんな情報を持ってきたコイツが悪いと言わんばかりに。


 そんな貴族達の態度に、伝令兵と同じ立場の警備兵達は決していい気分ではないだろうが、それでも表情には出さずに粛々と死体を運び出していく。

 ここで何か不満を態度に出せば、八つ当たりで殺されるのは自分達なのだと知っているから。


「……では、今後の指揮は軍部元帥に一存するということでよろしいのか?」

「うむ。それが妥当だろう。我が国の精強なる軍の活躍を期待する」


 その後、結局対魔王国の責任者に軍部の最高責任者が当てられることになった。

 流石に、現実として敗北の可能性が1%でも見えてしまった以上、もう安全に手柄を挙げようとかあえて敵対派閥を負けさせようとか、そんなことを言っている場合ではないということくらいは理解したらしい。


(軍部は当然国王……父上の派閥だ。上手く行けば国王派の力が強まるだろうが……フンッ)


 シェイカーは何も期待しない眼で貴族達を見据える。

 親の七光りと実家の権力、金とコネだけでのし上がってきたようなのが大半の軍上層部に何を期待できるのかと。

 ……もっとも、何の力も言葉も持たない彼の意思など関係なく、会議はお開きとなるのだった。


「……ん?」

「どうした? 何か言いたいことがあるのか?」

「いえ……何でもありません」


 一瞬、運び出される死体から何かが出てきたような気がした。

 そんな違和感を、気のせいだろうと無視しながら……。

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他力本願英雄
― 新着の感想 ―
[一言] 再開うれしいです ありがとうございます
[良い点] 5章来た!ありがとうございます。ついに国との戦争に本格突入ですね。 各国の思惑も絡んできて、寒天さんが管理する情報量も大陸規模にアップ!……頑張ってください コミカライズも魔王様がどん…
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