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第146話「全ては人類の平和のためです」

「魔物が建国? 冗談でも許されることではないぞ!」


 ――人類最強国家、エルメス教国。神の奇跡に頼り縋って生きる人類を纏める旗手であり、最も強い奇跡の力を宿す国。

 神の奇跡を体現する聖人が所属する唯一の国であり、その筆頭である七聖人を始めとする超戦力は他国に追随を許さない。

 その国是は神の教えを守り、神の威光を世界に知らしめること。全ての法、全ての理念はただそのためだけに存在する、エルメス教の総本山である。


 そんなエルメス教の支配者はもちろん『神』であるとされるが、実際に神々があれこれ細かい指示を出すわけではない。

 というより、神々がその意思を直接人間に伝えることはまずないのだ。よほどの緊急事態が起こったとき神の言葉が神託として降りてくるとされるが、エルメス教国誕生以来1000年間、それが現実になったことは数えるほどしかないのであった。


 よって、普段は人間によって管理、運営をされることとなる。

 その業務は他の国同様多数の文官、武官が集まり様々な業務に従事しているが――その頂点に君臨する、国の意思決定機関こそが『神殿議会』である。

 神殿議会とはエルメスの神々――エルメス五柱を崇める各神殿の五人の神官長による議会のことだ。

 すなわち――


 恵みの神・トープル。

 癒しの神・シルビア。

 鍛冶の神・アトラ。

 知恵の神・マール。

 戦いの神・ガラハド。


 この五柱を崇める神官達のトップということである。

 なお、エルメスとは神々の総称であり、神々が住まう地――天界の名であると聖典には記されている。

 エルメスの地に住まう神々、で五柱を総称してエルメスの神々と呼ばれているのだ。


「そう吠えるな。まずは、神々への祈りを捧げるべきだろう?」


 知らされた情報に苛立ちを隠せないガラハド神殿の神官長だったが、それを諫めるようにマール神殿の神官長が両手を重ねる祈りのポーズを取った。

 それに従い、他の四人の神官長も祈りのポーズを取る。

 崇める神の違いから諍いが起こることもあるが、同じ人類を守護し導くエルメスの神々のシモベであることには変わりない。信仰という強い絆で結ばれた五名の神官長達は、それぞれが老齢でありながらも力強い生命力に満ちた目をしているのであった。


「……さて、では改めて議題に移ろうか。今日も議長は私で構わないね? 語るべきことは、先ほどガラハド長が述べたとおり、魔物の国の建国の宣言があったことだ」


 神官長達はその全てを神に捧げることを誓った身であり、その証として自分の名を捨て去ることになっている。

 その代わりとして、崇める神々の名を借りるのだ。いわば、神の名代として活動するということであり、その名を呼ぶときは神の名前に神官長、もしくは長とだけつけることが慣習である。


「全くもってけしからん。本当に魔王なるものが誕生したのならば即刻浄化、もし悪党が魔物の名前を使ってこのようなことをしているのならば即座に異端審問にかけるべきであると主張する。すなわち、魔王国を自称する土地への速やかな攻撃こそが最善だ」


 開幕から声を荒らげるのは、やはりガラハド長だ。

 戦いの神ガラハドを崇める長というだけのことはあり、彼は皺の多い老人でありながらも好戦的で血気盛んな性格をしていた。

 ガラハド神殿の信者達は苛烈な性格の者が多く、たとえ人間であっても神の教えに背くような異端者は斬って捨てるべきであるという考え方をしており、この場でもその考え方そのままの主張を行っていた。

 その辺りは『どんな悪人であっても人間である限りは慈悲の心を忘れてはならない』と教えるシルビア神殿の信者とは相容れない部分である。癒やしの神シルビアを信仰するだけのことはあり、博愛主義者が多いのだ。

 故に、優しげな風貌の老婆であるシルビア長は困ったような目でガラハド長を諫めるのだった。


「ダメですよ、そのように簡単に異端審問だ攻撃だなどと言っては。人は皆神の子。剣の前に心で語りかけるのです」

「そうですね。殺してしまえば失われるばかり。平和を保つことこそが神の意志なのですから、無益な殺生はよろしくないでしょう」


 シルビア長に同調したのは、教義に共通点の多い恵みの神を崇めるトープル長であった。

 神官長達の中では比較的若く、多生白髪が目立つ初老の男性だ。豊穣神の側面を持つトープルを崇めるため、壊すよりも生み出すことを重視する傾向があった。


「ムゥ……では、お前達はどうなのだ?」


 いつも自分と対立する二人の説得は面倒くさい。

 そんな心の声が聞こえてきそうな表情で、ガラハド長は残りの二人へと水を向けるのだった。


「俺は中立とさせてもらおう。魔物の国とやらを企てた何者かの生死に興味はない」


 続いて発言したのは、鍛冶の神を崇めるアトラ長だ。長いひげを蓄えた逞しい身体の老人であり、手にも顔にも鍛冶仕事で付けられた火傷の跡が無数に刻まれている。

 アトラ神殿は崇める神が鍛冶神であることもあり、他の四神殿とは価値観が根本的に違う。一言で言えば職人肌の者が多く、自分の仕事に有益でない話には興味を示さないのである。

 全ては職人としての自分にとって有益か否か。それ以外で物事をみないのだ。


「……まあ、私も中立とさせてもらおうか。といっても、議長という立場上私は常に中立なのだが」


 最後に意見を述べたのは、知恵の神を崇めるマール長だ。

 大きな帽子と眼鏡がトレードマークの女性であり、この中では群を抜いて若く見える。外見年齢で言えば20代でも通用するだろう。

 が、それはその余りある知識を総動員したアンチエイジングの結晶であり、実年齢は神殿議会に相応しいものである。王国の魔神会長は魔道によって若さを保っているが、マール長は魔道に頼らない独自の手法を使っているとのことである。本人曰く、神の奇跡とのこと。

 なお、彼女に対して年齢のことを口にした者は翌日から行方不明になるというのはエルメス教国で有名な都市伝説だとかそうじゃないとか。


「どちらも投票棄権ということで、まずは正しい情報を求めるということでいかがでしょうか?」


 五人全員の意見が出そろったところで、嬉しそうにトープル長がそうまとめた。

 問答無用の攻撃ではなく、穏便な情報収集から。全ての事情を把握した上で、神の代弁者として正しい判断をしようということである。


「……仕方があるまい。しかし、情報収集と言ってもどうするのだ? 魔王国……元は公国、その前は王国の公爵の領地だったと記憶しているが、何人か諜報員は送っているのだろう?」


 神殿議会は多数決で物事を判断する。それぞれが異なる神を崇めているのだから意見の食い違いはよくあることであり、より多くの神の賛同を得た者を正とすることにしているのだ。

 故にガラハド長は矛をいったん収めたが、それならそれでどうするのだと諜報を含めた国家としての情報管理を担当する知恵のマール長へ話を振った。


「そうだね。昔から諜報くらいはしているよ。しかし公爵時代はともかくとして、公国になってから諜報員達は口を揃えて『異常なし』しか報告がないんだ。悪政が改善され平和になったのならいいことだと思ってたんだけど、こうなると怪しくなってしまうね。一応不定期に諜報員を増やしたり交代させたりはしてたんだけど、結果は変わらずでね。もしかしたら、今回の事件を起こした首謀者が高い隠ぺい能力を持っていたということかな?」

「お前のところの諜報員を欺いたということか? それは……警戒に値するな」


 五大国最強の名は伊達ではない。直接的な武力はもちろん、諜報員などの裏仕事担当とて他の国よりも勝るものがあると彼らは自負している。

 それがそんな結果に終わるとなると、決して油断できる相手ではないと神殿議会は警戒心を一段と高めたのだった。


「そこで、情報収集の場として彼らの宣言を利用することを提案したい」

「宣言……この、ル=コア王国への宣戦布告文か?」

「そのとおり。本来ならば魔物が人間の国に攻め込んでくるなどということになれば我らとしては助力するのが当然なのだが……」

「当のル=コア王国が拒否しているのだろう? ご丁寧に宣戦布告文など出されたら国としての面子が絡むのは理解できるが……」


 流石のエルメス教国も、助けを送る相手が拒否している状況で大規模な戦力を送る事はできない。

 それでは武力侵略の汚名を着せられることは避けられず、人類の平和と安寧を望むエルメス教国が人類同士の戦争の引き金を引くことなどあってはならないのだ。


「……それにしても、宣戦布告文としては随分変わっていますね」

「普通、第三国へ送る宣戦布告文ってのは大義名分を掲げて『自分達が正義である。だから協力しろ』かそこまでは言わなくとも『余計な手出し無用』と言うのが目的だろう? しかしこれではまるで……」

「……文句があるならかかってこい、とでも言いたげな文面ですね」


 魔王国より送りつけられてきた文書に書かれていた内容を簡潔にまとめると、


『ル=コア王国が気にくわないから破壊する。脆弱なクズ国家の崩壊に文句がある奴は死にたければかかってこい』


 という、通例など真っ向から無視する強気なものであった。

 ここまで舐められてはル=コア王国とて簡単に他国に援助を求めることなどできないだろう。しかも、嘘か本当かは別にして敵は魔物を自称しているのだ。

 今の世で、魔物が怖いから助けてなどと言うようでは国としての面子が立たない。その気持ちは神殿議会にもよくわかるので、まずル=コア王国の顔を潰さないことを第一に考える必要があるのだった。


「エルメス教国としては、この事態に何もしない、というわけにはいかないよね。しかし軍隊を送り込むわけにはいかない。あくまでも友好国として最小限の人数を派遣する、くらいが妥当だと思うけどどうかな?」

「そうですね……私はそれでいいと思います」

「では人選は? 聖人を送るのか?」

「少数となれば個の力に優れる聖人……特に、七聖人を送り込みたいところですね」

「しかし多くは派遣できませんよ? 最低でも四人はかの“禁忌の地”の守りについてもらわないと……」

「となると、不測の事態への備えも考えると七聖人を二人……ということでどうでしょうか?」

「そのくらいが無難なところか。護衛として更に数名従聖人を付けるといいだろう」


 神殿議会の協議の結果、エルメス教国からは最小限の人数のみが派遣されることとなった。

 しかし、それでも一人で軍勢に匹敵するとされる聖人を数名派遣するというのは十分巨大な戦力であり、彼らからすると何の不安要素もない決定である。


「それで……従聖人は誰でもいいとして、七聖人からは誰を送る?」


 従聖人とは、神々から特別強力な神器を預かる七聖人以外の聖人を指す呼び名であり、一般に聖人と言えばこちらを指すことが多い。

 無論、聖人に選ばれるだけのことはありその戦闘力は並みの兵士の比ではない。


「それでしたら、私の神殿より数年前にル=コア王国へ宣教に赴いていた子がおりますので、彼女に任せてはどうでしょうか? 実は、この一件を聞いた本人から自分に任せてほしいと言われていまして」

「数年前に派遣となると……聖女アリアスかな? 確か、彼女は旧公国設立前に起こった勇者暴走事件を解決した張本人だったはずだ。旧公国建国の後ろ盾にもなっていたはずだし、この一件とも無関係とは言えない。何が起きたのかを一番知りたいのは彼女だろうし、丁度いいんじゃないかな?」

「そうですね。もし何かあれば自分の手で解決したいでしょうし、面識があるならやりやすいでしょう。でしたら、相性も考えてもう一人は私の神殿から出すということでいかがか?」


 七聖人派遣に立候補したのは、シルビア長とトープル長だった。

 どちらも穏健派の神殿であり、この争いでの被害を最小限に抑えることを考えているのだろう。


「……ま、ここでワシらが揉めるのも阿呆らしい。それで文句はない。連携を考えれば、従聖人もそっちの神殿から出すということでいいのか?」

「承知しましょう。全ては人類の平和のためです」


 こうして、エルメス教国からは二人の七聖人と数名の従聖人の派遣が決定した。

 その筆頭となる聖女アリアスの異変には、未だ誰も気がついてはいない。

 信仰という何よりも強い絆で結ばれている彼らにとって、身内を疑うという発想そのものがないのだから……。

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