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第145話「何が起こっているのだ」

 ――イザーク公国の公爵、シャルロット・イザークよりの緊急発表。

 諸外国に、その報告が届いたのはつい先日のことだ。


 曰く、つい三年前に父親の訃報とともに女公爵として公爵領の主となり、また元々所属していたル=コア王国の不手際を理由に独立したシャルロットは公爵位を退き、後任に魔王ウル・オーマを据えることを宣言。

 また国の名をイザーク公国よりオーマ魔王国に改め、ここに建国を宣言する、という魔王の宣誓文も付属していた。


 魔王、というお伽噺の世界の住民の肩書きを名乗るのは一体どこの誰なのかと諸外国が調査したところ、その結果は想像の外にあった。

 なんと、畏れ多くも悍ましい魔物が魔王を名乗り人の国を支配しているというのだから。公国建国より実は全ての采配を裏で仕切っていた……とシャルロット公爵――元公爵は語っているとのことだが、当然人間勢力はそんなことを信じるはずもない。

 愚かで野蛮で危険で無能。それが、人間から見た魔物であり、王としての能力などあるはずがないのだから。


 いったい、父親の地位を奪い取ったシャルロット元公爵は何を企んでいるのか?

 魔物などというあり得ない身代わりを立て何をしようとしているのか?

 何かとんでもない目論見があるのではないか?


 概ね、魔王ウル・オーマの存在を知らされたル=コア王国上層部の考えはこんなものであった。


「……よりにもよって魔物の国とは、カモフラージュにしてもありえん。何か他に情報は入ってこないのか?」

「いえ……こうなったからには遠慮はいらないと諜報員を送り込んでいますが、一人も連絡が付かない状況です」

「何が起こっているのだ……? マジーの奴も有益な情報を寄越さぬし……」


 ル=コア王国の王、アレストは突然知らされた緊急事態を前に、国の頭脳と言える重鎮達を集めて会議を行っていた。

 とはいえ、前例が無い問題だ。誰もが有用な意見を出せないまま、情報共有を済ませた後から建設的な話は全く出ないまま会議は膠着状態に陥ってしまったのだった。


「……陛下。今はこの魔王とかいう頭のおかしい魔物のことなどよりも、考えるべきはこちらかと」

「ウム……そうだな」


 結局、お伽噺の住民の台頭――という問題は棚上げにされ、彼らは次の問題に目を向けた。

 そう、建国を宣言した魔王国とやらが、彼らが住まうル=コア王国へ宣戦布告を宣言していることだ。


「宣戦布告……というわりに、大義名分が書かれていませんな」

「戦争をする理由として挙げられているのは『魔王を怒らせた罪の償いを求める』という何のことなのかさっぱりわからぬもの。これで戦争などと言われても、まともに相手にするだけ愚かというものです」

「いやはや全く、イザークの血筋は何を考えているのか」


 戦争を行う際、大義名分とはとても重要だ。

 言ってしまえば、それは自国の兵士に『正しいのは自分達なのだから遠慮する必要はない』と武力を振るう事への免罪符であり、また第三者に対して『正義は我にあり。だから邪魔をするな。何なら協力しろ』と牽制とするためにあるのだ。

 もしそこを疎かにすれば求心力は低下し、最悪軍は機能不全に陥ってしまう。また、他国からも正当性のない暴力を見過ごすことはできないと、それこそ宣戦布告そのものを大義名分に使われ敵を増やすことになってしまう。

 にもかかわらず、この具体的な説明も何もない宣戦布告をするような国――そもそも彼らは魔王国の存在を認めていないが――の相手など、する価値はないと早くも侮り始めていた。


 彼らは知らないのだ。魔王という存在の理不尽さを。気まぐれに突然破滅を告げる悪逆非道の権化こそが、魔王ウル・オーマという厄災であるという事実を。


「ともあれ、攻めてくるというからには対抗策を練る必要がありますが?」

「問題は無いでしょう。我らの力を以てすれば、如何に元イザーク公爵の領地とはいえ赤子の手を捻るも同然」

「それに、わざわざ敵は魔物を自称してくれているのです。なんなら勇者を派遣して潰してしまっても条約違反にはならないのでは?」

「おお、それは名案ですな。国と国との戦争ではなく、魔物退治となれば勇者の力を存分に振るってもらうべきでしょう」


 会議に招集された貴族達は、ここぞとばかりに口を開く。

 彼らの心中は共通している。どうせ大した問題ではないのだから、ここで意見を出すだけで貢献とし、実際に自分達の身銭を切るような真似はせずに済ませたい。何なら王家だけを矢面に立たせることで弱体化を狙えるのではないか――というところだ。


「……残念だが、勇者の投入は時期尚早だ。件の事件があった以上、簡単に頼るわけにはいかん」

「おや、例の勇者暴走事件ですか」

「まさに、今問題となっているイザーク公爵の城下町で勇者が暴走し虐殺を行ったというアレですかな?」

「最終的には同行していたエルメスの聖女が後始末をしたとのことでしたか」


 三年も前のこととは言え、重箱の隅を突きあう国際関係においてはまだまだ忘れるのは早すぎる事件だ。

 勇者の取り扱いに失敗して国際的に強く責められたというのに、ここでまた安易に勇者を人間が住まう国との戦いに投入することなど、ル=コア王国としてはできるはずもなかった。


「では……その聖人様にご助力願うのは? 我が国の勇者を使うのは問題でも、エルメスの聖人がやる分には問題ないかと思いますが」


 そう発言したのは、エルメス教国派とでも言うべき貴族であった。

 ル=コア王国は一枚岩ではなく、国王派閥、各貴族の派閥、果ては他国と繋がりがある派閥などその内情はグチャグチャだ。そして、他国派閥は何か理由をつけて他国の力を借りるように誘導し、借りを作らせようとするのがいつもの流れであった。

 そうして借りを作り、国際関係を有利にしたいというのが他国の考え。彼ら他国派閥は愛国心で話していますという建前で他国と通じ、その手伝いをすることで内密に褒美を受け取っている裏切り者(貴族達)である。


「いえ、聖人とて決して安全とは言えません。それよりも、その魔王国は帝国との国境線に現われることになります。ならば帝国の者達からも他人事ではないはず。ここは帝国の軍事力を利用するのが得策ではないですかな?」

「それは帝国に頭を下げて助けてもらうということか? とんだ愚案だな」

「これは心外ですな。私はあくまでも、この国が傷つかない最善を探っているつもりですよ?」


 お互いに仮面を被りながらも欲望をぶつけ合う、醜い言い争い。

 ル=コア王国で貴族が集まれば遅かれ早かれこうなるといういつもの光景であり、こうなればもう建設的な意見など何も期待はできず、ただお互いの足を引っ張り合うだけの無駄な時間が流れるばかりである。

 結局、お互いの主張は潰されあい、他国との協力関係を築くという路線は早くも頓挫することとなった。


 魔王ウル・オーマが事前に予測したとおり、ル=コア王国は来る魔王軍との戦いを自力で、しかも勇者抜きで行うという結論を出したのであった……。



「まったく……一体何がどうしたというのだ」


 王達がお互いの足の引っ張り合いをしている時、本来そこに参加し国のために知恵を絞るべき立場の男――王太子ドラムは不機嫌を隠さないまま自分の屋敷に戻っていた。


「本当に……いったい何が起こっているのだ!!」


 会議に参加することもなく自分の屋敷で高級酒を飲んでいたドラムは、苛立っていた。

 その理由は、手に入るはずだった女エルフが見ることもできないまま行方不明になり、更に信頼を寄せていた部下――バトラーまで音信不通。更に便宜を図ってやっていたマフィアにまで連絡が付かず、聞かされていたアジトはもぬけの殻となっていたことだ。

 ドラムは下自民を相手に自分から連絡を取るような真似はせず、いつも有益な情報を自分から献上しに来るのが当然であると信じている。

 それでもドラムから何か依頼――命令をする必要があるときは配下に命じるだけで、自分で手を動かすことなどない。それが王太子として生まれたドラムのやり方だ。


 しかし、相手はマフィア。すなわち犯罪者であり、まさか王太子ともあろう身分の男が堂々と関係性を表ざたにするわけにはいかない。

 流石のドラムもそのくらいの分別はつくため、連絡方法は足が付くことのない裏ルートを使わねばならないのだが、その手のルートは情報漏洩を恐れて定期的に変更されてしまう。そして最近のマフィアとの連絡はバトラーに任せていたため、今のドラムには連絡の方法がなかったのだ。

 結果、こうして苛立ちながら一人酒を飲むくらいしかできないのであった。


「まったく腹立たしい……俺のメスエルフはどこに消えたのだ!? 俺の忠実なシモベは何をやっている!! 犯罪者風情が何故この俺を放置する!!」


 世界は自分の支配下にある。どこの誰だろうが自分に服従し、自分の欲望を叶えるため命を懸けて努力すべきである。

 何故ならば、自分こそがル=コア王国の未来の王だから。ドラムは本気でそう信じており、故に自分の思う通りにならない現状には怒りしかないのであった。


「クソ……そうだ。こんなときは、気分転換をしようではないか」


 しばらく酒の力も借りて怒りを露にしていたドラムであったが、一人でイライラし続けることに虚しさを感じたのか、ふと思いついたように呟いた。

 こんなときは、趣味に走る――多種多様な種族の女をいたぶるのが一番だと思いついたのだ。


「元々亜人種の奴隷狩りをするつもりだったのだ。エルフは手に入れそこなったが、まだまだ欲しいコレクションはいくらでもある……」


 ドラムは鬱陶しいから離れていろと命じていた使用人を呼び出すべく、手元のベルを鳴らした。

 すると、隣の部屋で待機していた使用人達が素早く入ってくる。バトラーに比べると劣るが、王太子付きの使用人となれば十分優秀な部類だ。


「狩人に依頼を出しているが、把握しているな?」

「はい。バトラー様から一通りは伺っております」

「そうか。なら、そのルートに依頼内容の変更を送れ」


 狩人とは、所謂魔物狩りのスペシャリストであるハンターのことではない。

 奴隷狩り、と呼ばれる奴隷売買を行う人狩りのことであり、その大半はカラーファミリー“赤組”の息がかかっている犯罪者だ。

 魔物奴隷は合法でも、人間を力づくで奴隷にするのは違法行為。例外として犯罪奴隷、借金奴隷という『法の下で』奴隷という身分を与えられた者はいるが、そういった者には『法』という最低限の人権というものが保障されている。

 故に、合法では満たせないモノを求める有力者が多いのはいつの時代も変わらない。法の威光を無視できる非合法奴隷というのは、常に闇の中で一定の需要があるものなのだ。


「黒組との連絡はつかないが、赤組とのルートなら問題はない。そして変更内容だが……狩りの範囲を広げろと命じよ」

「範囲を、ですか?」

「元々獣人種あたりを狙って辺境を探るように話をつけていたが、もう一匹二匹でこの苛立ちは収まらん。多種多様なメスを大量に仕入れるのだ! 報酬はその分出すと伝えろ!」

「……承知しました」


 国民の血税の使い道がこれか、と善良な者が見ていればため息を吐きたくなるような光景。

 しかし、彼らにとってはいつものことだ。国のために税金を使うとは、すなわち王族貴族の欲望を満たすために使うということ。

 彼らにとって国とは自分達(特権階級)のことであり、税を納める平民など国の構成に入っていない、絞れば絞るだけ労働力を吐き出す奴隷でしかないのだから。


 こうして、何も知らない王太子の思い付きでル=コア王国周辺に隠れ住む亜人種族たちの安寧が脅かされることになった。

 奇しくも、それは人間と真っ向から戦う宣言を行った異形の軍勢にとって、人の世界から弾かれた者達と交流を持つための都合のいい『窮地』となっていく――。

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