第14話「それを取り戻すのが」
がっつり説明回です。
大蜘蛛の一族と人間の勢力、二つの勢力から狙われているウル率いる少数勢力は、引き続き講義を続けていた。
講義の内容は、功罪について――である。
「まず、功罪について知る前に教えておかねばならないことがある。それは、統合無意識の存在だ」
「こみゅーん?」
「そう、魔物も動物も……人間も区別なく、自我を持った生命体全ての無意識が集合したもの。魂の集合体と言い換えてもいい」
生徒の一人であるコルトはウルの説明に首を傾げるが、構わずに話は進められる。
「この世界に存在する以上、魂を持つならばこの統合無意識と繋がっている。それは俺も、お前達も例外ではない」
「えっと、繋がるとどうなるの?」
「以前にも話したが、この世のあらゆる全ては魔力を有している。そして、魔力を自在に操る条件である経絡の活性化を行っていなくとも、意識の流れにより魔力は動く。これは理解しているな?」
「う、うん。要するに、あれだよね。身体に力を入れると魔力もそれに従って動くって奴だよね?」
「そうだ。そこから考えれば解るとおり、全ての生命体の意識には魔力が流れているということだ。となれば、当然無意識の集合体である統合無意識にも個々の魔力が少しずつ流れていくことになる」
ウルは説明用の木の板に、統合無意識と書いた大きな円を描く。そこに、無数の矢印を書き足し、多くの力が流れてくる図形を記した。
「一人一人から供給される魔力の量は、大したことはない。それこそ認識するのも困難なほどに微量なものだ。自然回復に紛れてしまうほどにな。だが、世界に住まう全ての者から逐一供給があるとすると……」
「す、凄い量になるんじゃない?」
「ああ。桁違いの魔力の塊となる。統合無意識に蓄積された魔力がどこに保存されているのかは、少なくとも俺が知る限り判明してはいないが、そこに莫大な力があることは間違いない。それを踏まえて功罪について説明するとしよう」
ウルはそこまで喋ると一旦言葉を切り、座っている生徒を見回す。
ここまでの話に付いてこられているのは、コルトと名を与えられたブラウにロットの三人のみ。他のゴブリン達はいまいちよくわかっていないと顔に出ていた。
この辺りは現時点の知性の差であるとウルは特に責めることはなく、わかっている者だけでも知識を身につけられるように話を続ける。
「功罪とは、統合無意識から引き出される力のことを言う。意識の流れに魔力が乗っており、一人一人が統合無意識と繋がっている以上、統合無意識の魔力が個々に分配されることもあるということだ」
「その、ものすごい魔力が?」
「もちろん全てではないがな。統合無意識に蓄えられた総量からしてみれば0.1%にも満たない量であろうとも、十分すぎる力となる。ただし、魔力を得られると言ってもだ、通常の食事や呼吸で手に入れることができる自分自身の魔力とは少々扱いが異なるのだ」
「それは、どのような意味なので?」
「これも前に話したと思うが、魔力は人によって性質が異なる。自然の中に存在する特色を持たない魔力……魔素を体内に取り込んだ瞬間、それは個人用に特化された魔力となるわけだ。では、全ての生命体の共有魔力である統合無意識ではどうなると思う?」
「どうって……自分の物でもあるけど、他人の物でもあるって事になるから……」
魔力とは、保有する本人のみが安定した状態で蓄積することができる。
他人の魔力を体内に入れた場合、どうなるのか。その結果を文字通り身体で理解している三人は、ウルの話を心から理解できた。
では、統合無意識に存在する魔力――自分を含めた大勢の魔力が集まったものは、どうなるのか。その答えを、コルト達は持ち合わせていない。故に、予想を口にするしかなかった。
「自分の物でもあるから、問題なく手にできるんじゃない?」
「いえ、他者の成分が多すぎるため、反発するのではないでしょうか?」
「自分が過去に提供した分だけ戻るのかもしれん。そう考えれば、拒絶反応が起こらないことにも説明がつく」
コルト、ブラウ、そしてロットの三人は意見を述べる。コルトはともかく、今までのゴブリンの知性からは考えられないことだった。
「各々の考え方は正しい。その上で言うと、半分正解で半分間違いだな」
「と言うと?」
「そもそも、統合無意識から力が流れ込む条件とは何か? それは、大勢の無意識から『認められること』だ」
「認められる?」
「ああ。全員の共有所有物である魔力を個人所有にする資格がある――言い換えれば、自分の物として性質を塗り替えることができる。それができるものが統合無意識からの力を得ることができるのだ」
「……?」
「お前達の予測通り、統合無意識の魔力自体は自分の魔力とは全く異なる物。そのままでは吸収することなどできはしない。だから、まず自分の力に書き換える必要があるのだ。それを成すために絶対に必要なのが、認められること。この力はあいつの所有物だと無意識達に認めさせることができるかが鍵となるのだ。何せ、魔力は意識の流れに乗るのだからな」
ウルの説明は続く。魔力とは意識の流れに乗るものだと繰り返した上で。
統合無意識とは、無意識の集合体。すなわち、統合無意識を形成する多くの意識に「こいつは凄い力を持つ権利がある」と認めさせることができた場合、その意識の流れに乗って魔力が供給されることになるのだ。しかも、判断するのは無意識であるため、意地やプライド、個々の主義などに一切左右されることのない純粋な評価が下されることとなる。
その際、保有者である統合無意識が記録しているその者個人の魔力性質に合わせ、魔力の性質が変換される。所有者と認められるためだ。
更に、その無意識の認識に合わせて魔力性質が決定するため、本人が保有できるという点に加えて、もう一つ特性を持つことがある。その者が残した伝説や功績、果ては罪――そこから想像される『あいつならきっとこんなことができる』という認識に従い、本当にそれが可能となる魔力が得られるのだとウルは結論した。
「総括すると、善悪問わず何かしらの功績を持つことで多くの無意識に『こいつはこんなことができるんだろう』と思わせることができれば、本当にそれができるようになる。特殊能力の域に至るまで行けば、それこそが功罪と呼ばれるものだ。今回ブラウ達が急激に知性を高めたのもその一つだと推測できる」
「ふむふむ」
「この時代の事を俺は知らない故、何故かはわからん。だが、恐らく今の時代の者の多くはこう思っているのだろう。『魔道を操れるものは、賢い』と。『魔道が使える』という功績を残したことで統合無意識の一部の所有権を得ることができ、魔道が使えるならば会話くらいはこなせて当然と認識された結果、言語能力と思考能力の上昇という功罪を習得したと推察されるわけだ」
「じゃあ、もしかして……」
「小僧もまた魔道を習得した。故に、この二人と同程度の魔力を統合無意識より受け取ることはできているだろう。初めから言語を操るくらいの知性は持ち合わせていたが故、わかりやすく表に出ていないだけでな」
ウルは知らないことだが、この世界において、魔道を扱えるのは一部エリートだけだ。その素養がある者は子供のうちから専門の教育施設に入れられ、一般庶民では得られない様々な知識を得ることになる。
そのイメージにより、魔道を習得した者には庶民が想像する程度の知性が与えられることになる。それが功罪というものだ。
もっとも、魔道を習得したというだけならそれなりに数がいることもあり、言葉を話せる程度以上の力を得ることはできないが。
「ああ、ちなみに、この場合の『言語を操れる』というのは、言い換えれば『意思疎通が可能』と捉えてもいい。実際、知識としては未知の言語を操る俺とも普通に話ができているだろう?」
「え? ウルって、僕らと言葉違うの?」
「というか、この場で違うのは小僧だけだな。ゴブリン共の言葉は俺の教えたものだから。……ま、難しいことは考えなくても良いから、とにかく会話できるだけの知性があれば異なる言語も統合無意識を通して自動翻訳される……と思えばいい」
「じゃあ、ピラーナ達の言葉が理解できないのは……」
「あいつらは会話というほどのものができるほど賢くない上に、全体で見れば少数だからな。当然、統合無意識にもその意味は未登録であり、翻訳不可だ。実際、俺がピラーナ語を使ったときは俺の言葉でもわからなかっただろう?」
ウルの言葉になるほどと頷く生徒達を見渡した後、ウルは改めて功罪の説明に戻った。
「功罪の身近な例を挙げれば……この湖の元主である蛇がいたな。あれは恐らく、水の領域の支配者として君臨したことで『水を操ることができる』という功罪を得たのだ。類似品も多いポピュラーなものだと言えよう」
「そんなことがあるんだ……あ、だったらさ、ウルも水を操ること、できるの? 今は支配者なわけだし」
「魔道を使う方法でならば、可能だ。が、功罪は会得してない。あの蛇を倒した魔物――という功績により供給される魔力量は増えているのだが、功罪として発現はしていない。魔力を得るだけならばともかく、能力として発現するのは結構条件が厳しくてな。あの蛇の場合、種族的に水との親和性が高いことも大きかったのだろう。水中で巧みに動き、時には口から水鉄砲を撃つなど操ることもある水魔が進化したという過大解釈の結果なのだろうな。その点、俺は現状水辺に住んでいるというだけだから水に関する功罪を得るということはないわけだ」
「あー、確かに、そう言われるとそうだね」
水を支配する者と認識されているわけではなく、あくまでも水辺に住んでいるだけ。今のウルは統合無意識から見てそういう立場だ。
仮に水辺に住んでいる、あるいは水の中に入ったというだけで水を操る功罪を習得できるのならば、水遊びをしたことさえあれば誰しもが会得できるということになってしまう。領域支配者だからという要素を重ねても、今度は水があれば領域支配者全員その功罪を習得できるのかという話になってしまい、やはり特別なものとは言いがたい。
特別な功罪を得るには、それ相応の元となる能力が必要となる、というわけである。
ウルはそこまで話すと、一旦話を終えた。今教えるべきことはこのくらいだと判断したのだ。
「功罪に関しては、一先ずこんなところでいいだろう。理解できなかった者用に説明すると、凄い奴は凄い力が与えられるということだ。お前らも魔道の習得さえできれば最低限の知性は得られるだろう……ということだけ理解しておけ」
途中から完全に置いて行かれていたゴブリン達向けに、ウルは簡潔に纏める。今の彼らに理解できるのはこれが精一杯である。
「さて、以上のことを踏まえれば、残るゴブリン共にも魔道を習得させるのは急務だ。同じ雑魚でも最低限の作戦を実行する知性があるかないかで、駒としての性能は大きく変化する」
「酷い言いようだね……」
「否定したければ実力を示してみろ。何なら、自信がついたら俺を殺しに来ても構わんぞ?」
ウルは話を纏めると共に、不敵な笑みを浮かべて全員を挑発する。自らを殺すほどの力が身についたと思えるのならば、文句なく合格であると。
もっとも、とうのゴブリン達にその意思は今のところない。多少知性と力を得たところで、埋めがたい差がある。あの水の領域支配者との戦いを知る以上、それもまた理解できるためだ。
「……さて、いまだ未習得の雑魚共は引き続き魔素水漬けだ。もちろん、今後を考えてイメージトレーニング代わりの集中は続けるように。それと、小僧とブラウ、ロットの三人は俺についてこい。魔道の四道の内、天の道を除く、無の道の『念力』、地の道の『自然操作』、命の道の『生命操作』の初歩の初歩の初歩を習得したわけだが、今のままでは不意打ち程度にしか使い道がないからな」
「あ、うん。わかったよ」
「わかりました」
「了解」
より深い術を会得するためには、より多くの知識が必要となる。
そのための第一歩を理解した三人は、更なる力を得るため魔王の教えを受けるべく動き出した。
「……そういえば、ウルは自分のことを魔王って言ってたけどさ」
「その通りだが、それがどうした?」
「いやさ」
――魔王って称号の功罪は、ないの?
コルトがそう質問すると、ウルは一瞬虚を突かれたかのような表情になり、すぐに「クククッ」と小さく笑った。
「今はほとんど残っていない。それを取り戻すのが、当面の目標だな」
とだけ言い残し、後は何も言わずに進んでいくのだった。
ほぼ説明回だったので、読むのが面倒くさかった人向けの超大雑把な説明。
要するに『人より優れていると証明できるようなことをやると魔力をプレゼント! 特に希少価値が高かったり能力が規格外だと特殊能力のおまけ付き!』ってのがあらゆる分野に適用される世界ということです。
素人よりも能力が高い、程度でもしょぼい供給は受けられますが、強力なのを望むなら世界屈指の何かしらを達成する必要があります。
善行悪行による差はなしなので、犯罪検挙率世界トップの警官にも世界で最も被害額の大きい詐欺師も受け取る能力には違いがありますが等しく対象となります、ということです。