第138話「僕の仕事は終わり」
「ええい! 鬱陶しい!」
黒組統括、ノワール・カラーは苦戦を強いられていた。
コンクリートで作られた病院の待合室は、いつの間にか異界のジャングルのような有様に変貌していたのだ。
人間の世界では絶対にあり得ない、牙の付いた触手を振り回して人肉を食らおうとする食人植物がそこら中で暴れ回り、ノワールを、そして倒れている黒組の組員を捕食しようと蠢いているのだ。
「植物には、相性が悪いんだがな……!」
ノワールの功罪、恐怖の目は意思を持つ生物の恐怖心を視界を媒介として煽り、動きを止める能力だ。
つまり、恐怖を抱くような感情を持たなかったり、そもそも眼球が存在しない植物系の魔物には効果がない。植物系の魔物は外界の情報を視力とは全く異なる方法で得るため、目を使う異能は役に立たないのである。
ならば功罪に頼らない戦法を、と言っても、短刀を武器とする戦闘スタイルもまた多少の傷では怯みもしない相手との相性は悪い。人体を破壊するには十分な武器なのだが、この手の相手には不向きな武器であると言える。
敵の戦闘スタイルを観察し、最も力の発揮できない戦法を取る。ある種の理想論を忠実に実行するコボルト――コルトに悪態を吐くのは止められないことだろう。
(他の人間を倒している間に観察した限りでは、近づかせなければ問題はない。一番怖かったのは相手の動きを止める能力だけど、目を見ることが条件……って推測、当たっていたかな?)
病院の一室をジャングルに変えたコルトは、自分の推測が当たっていたかとほっと息を吐いた。
コルトは元々臆病だ。ウルに鍛えられ、今では接近戦もそれなりに熟せるようにはなったが、それでもできれば敵に近づきたいとは思わないし痛い思いをしたいとも思わない。
肉を斬らせて骨を断つ戦術も死ぬよりはマシという状況ならやる覚悟はあるが、できれば肉も骨も傷つけることなく勝利したいと思っている。
その性質を、魔王ウルは矯正しなかった。勇敢、あるいは蛮勇と呼ばれるような性質を植え付けるよりも、その生来の臆病さを磨く方針をとったのだ。
結果として、コルトは臆病者最大の武器――観察力が磨かれた。怖いから考え、怖いから備え、怖いから最悪を想定する。その上で、最善を考える思考力とほんの僅かな勇気を持たせることができれば……臆病者は、勇者よりも恐ろしい戦士に変わるのだ。
(乾燥植物魔物はまだ残っているけど……この部屋のサイズでこれ以上出すのは逆効果だよね? あんまり派手にやるなっていわれてるし、後は自前の魔力で補えばいけるかな?)
コルトが部屋のジャングル化に使ったのは、乾燥植物魔物とそのままのネーミングを付けられたコルト自身の研究成果の一つだ。
元は聖なる森の植物魔物であり、これを捕獲してゆっくりと乾燥させる。普通の植物ならばドライフラワーになるだけだが、生命力の高い植物魔物はその条件で乾眠と呼ばれる状態に移行する。
こうなると、一般成人男性よりも巨大であった身体を掌サイズの球になるまで縮小させ、干からびたまま生存する。水がなくなっても生存するために獲得した能力であるが、これを利用することで持ち運び可能になるわけだ。
後は、コルトが開発した植物活性薬を二、三滴振りかけることで一瞬で活性化し元のサイズへと戻る。同時に、先ほどまで干からびていた――つまり極度の飢え状態なので、周囲にいる生命体に襲いかかる獰猛な兵士として利用できるというものである。
乾眠状態では高温から低温まで当然のように生き延びる耐久力を持っているが、魔力も抜けているため魔道への耐性は無いに等しく、命の道で予め操っておくことで味方は襲わないように仕向けることも可能。コルトはそのコントロールまで薬品に込めておく――植物活性薬に魔化を施す――ことで、自分の魔力を全く消費せずに兵隊を用意することに成功したのであった。
この乾燥植物魔物以外にもコルトが常備している手札は色々あるが、ノワールが相手ならこれが最適と判断し、初手から大量の植物魔物を復活させて一室をジャングル化してしまったというわけである。
「ク――テメェら、いつまで寝ていやがる!!」
植物魔物は倒れている黒組も捕食しようとする。植物魔物に倒れた相手を攻撃しない――等という紳士的な考えなどあるわけもない。
それを阻止しようと、ノワールは体内の魔力を全力で活性化させ蔓を斬り払っているのだが、それがただでさえ消耗した身体に負荷をかけることになっている。
何とか黒組の組員には自分の身体くらい自分で守れと言いたいのだが、怒鳴っても叩いても意識を取り戻さない配下達相手ではただただ徒労に終わっているのだった。
「どんなに叫んでも、後二時間は起きないよ?」
「なにぃ……?」
「気絶させるついでに睡眠薬打っておいたから、薬物耐性が極端に高いってんじゃなければ簡単には起きないから。……で? どうする? 降参ならいつでも受け付けるけど?」
コルトの常識では、最優先されるのは群れ。自分一人生き残るのではなく、より多くの数を生かすことがコボルトの本能だ。
それに当てはめれば、コルトが用意したこの状況は最悪の一言。仲間を守るために無理をしなければならず、結局体力が尽きて全滅するという最悪のパターンになるよう誘導したものだ。
コルト自身も誰かの悪影響を感じる自分の性格に些か何か言うべきかと思わなくもないが、戦場においてはこれでいい。相手が嫌がることを徹底的にやり続けた方が勝つ。それが勝負事というものだ。
しかし、人間はコボルトではない。人間の中には群れを囮にして自分だけは救われようとするという、コルトには理解できない行動パターンを持つものもいることは知識として知っている。
果たして、ノワールと呼ばれる人間はどちらなのかと、コルトは植物魔物の隙間から観察する――
「――舐めるな、魔物が!」
自らの強みを完全に殺す戦い方を前に、ノワールが取ったのは――力業だった。
齢50を超える高齢ではあるが、未だ現役のマフィア。脅し担当として武力は必須であると今も鍛え続けているその肉体は、現役を引退して鈍っていたギルドマスター時代のクロウなどより活力に満ちている。
その結果功罪まで会得したその肉体の性能は、当然高い。そして、ボスとしての高い矜持もしっかりと持ち合わせている。
故に、ノワールは黒の長として身に宿る魔力を全力で解放し、一時的に身体能力を高めることで植物魔物を真正面から粉砕し、仲間を守ろうとしたのだ。
(うわ……だから功罪持ちはいやなんだよなぁ……理屈を理解していなくても経絡を使いこなしてくるから)
獅子奮迅の大暴れを見せる人間を見たコルトは、潰された分を補充できるだけの乾燥植物魔物を投げながらも次の対応を考える。
魔王ウルと一騎打ちを行ったクロウの様に、功罪持ちは経絡の使い方を知らずとも高い身体強化を行うことができるケースが多い。経絡をコントロールできる先天的な才能を持っている者は魔道士としての才があると見なされるが、魔道の上位互換である功罪の持ち主が魔道士にできることができないはずがないのだ。
(このまま持久戦で疲労狙い……いや、スタミナ不明の相手に、しかも敵地でそれはないか。短期決戦狙いだと……はぁ……)
コルトは次に取るべき手を考えた末、心の中でため息を吐いた。
どうやら、リスクを覚悟しなければならないようだと。
「地の型――」
「んあ!?」
「瞬進」
魔王ウル直伝の高速移動術を使い、コルトは今まで徹底的に距離を保っていた戦い方から一転、ノワールの懐に飛び込んだ。
ノワールにぶつかる一歩手前での急停止。少なくともシークーにはできないレベルで瞬進を使いこなしてみせるコルトは、そのまま不意を突かれて手が遅れているノワールを攻め立てる。
「進化樹形図起動――薬毒の犬頭人」
コルトは獣人型の進化形態へと姿を変える。以前使った犬頭人の妖術師は魔道を使うことに特化した形態であったが、この姿は用途が異なる。
所詮は一次進化形態なのでパワーはそこまでではないが……代わりに、体内で自身の血液を素材に薬物を生成する種族的な能力を有している。それを爪や牙から相手に送り込む接近格闘を前提とした進化だ。非力なコボルトがそれでも前戦で戦うにはどうしたらいいか……という答えの一つとも言えるだろう。
「筋弛緩剤、投与」
薬毒の犬頭人は様々な薬品を自分の血液を材料に作りだす恐ろしい種族だが、そこに正しく恐ろしく学んだ薬学の知識が加わるとどうなるか?
ただ適当な毒物を作る野生の獣とは異なり、最適最善にして強力な薬物を用意することができる、ということである。
能力を使うと血液を消費する分体力が削れるのが難点であり、できれば事前に調合した薬を用意する方がいいのだが……一撃の奇襲、という意味を突き詰めるならそれが最善なのだ。
「ぐ……?」
コルトは露出していた首元を爪でひっかいただけだ。力を込めず、速度のみを追求した無の型の攻撃であり、付けられたのは浅いかすり傷だけ。
薬毒の犬頭人となったコルトにとっては、それで十分。かすり傷から打ち込まれた薬物は瞬時にノワールの身体を巡り、神経を狂わせ身体の動きを強制的に止めてしまう。
自らの神経や肉体を強制的に動かす魔道や功罪の持ち主ならばこれだけでは足りないが……ただ功罪を持っているから高い出力で動ける、というだけの人間ならば、これでチェックメイトだ。
「グ……う……」
カラン、という金属が床に落ちた音が響いた。
ノワールはどうやら例外側の人間ではなかったらしく、何とか一矢報いようと握った短刀を落としてしまったのだ。
そのまま倒れ込み、最後の抵抗だと憎々しげに姿を変えたコルトを睨むことしかできないようであった。
もちろん、眼を使う功罪で最後の足掻きをさせないよう、コルトはその眼の憎しみを意図して見ないようにしているが。
後は、動けないまま配下共々植物魔物達に食われるのを待つばかり、だが――
「……機能停止、ここまででいいよ」
コルトは魔道を発動し、植物魔物達に停止命令を出した。
そのまま無の道で薬を散布し、元の乾燥状態に戻していく。コルトの仕事は敵の無力化であって殺害ではない。人間を殺すことに躊躇いや良心の呵責などはもちろんないが、そもそもの目的がこの人間達を傘下に収めることである……という大前提を、コルトは忘れてはいないのだ。
「これで僕の仕事は終わりとして……ウルはどうなったかな?」
退化の輝きと共に肉体をコボルトに戻したコルトは、周辺のジャングル化を戻したことで周囲の状況が見られるようになった。
すると――
「……うわぁ」
「クククッ! 想像以上に良い腕だな、人間!」
「全く――これほどの使い手に出会ったのは、これが初めてですよ!」
かなり分厚く作られた壁を粉砕し、いつの間にか外に出ていたらしい二人。
壁の穴からは、実に楽しそうに超接近戦闘を楽しむ魔王が見えたのであった。
「あー……また、ウルの悪い癖が出てるなぁ……」
魔王ウルがどんな戦いをしようが構わない――最後に勝利することを疑ってはいないため、コルトは何も言うつもりはない。
しかし、やはり臆病な自分としてはなんだかなぁ……と、言葉にできない思いを溢すのであった。




