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第135話「まずは様子見」

「どうだい、あのお嬢ちゃんは?」

「かなり危険な状態ですね。全身の血管が破れています……常人であればとっくに死んでいるかと」

「治せるか?」

「最善は尽くしますが……」

「そうか。なら、できる限りやってくれ」


 黒組御用達、裏社会専門の医者が集う闇病院。

 本来公共のサービスなど受けることなどできない犯罪者を専門として扱う、表社会に居場所がない医者というものは一定数存在している。

 そんな者達の中には怪我の絶えないマフィア御用達として裏社会で生きる闇医者の道を選ぶ者も多く、ここは闇医者達が働く病院なのである。

 そこに、黒組統括ノワール・カラーが連れてきたエルフの少女――ミーファーが運ばれてきた。

 自らが発動した限界を超える四の段の行使により肉体が内部から破壊され、生死の境を彷徨う重傷となったミーファーの命を救えと、闇医者達は遥か高みの上位者であるノワールに命令されたのだ。


(正直、かなり難しい……成功率は高めに見積もっても5%未満というところか……)


 マフィアに飼われ生きている闇医者達には、マフィアの最高位であるノワールの命令に背くことなどできない。

 だが、それでも努力はするがとしか言えないのがミーファーの状態だったのだ。


(緊急で行った術前検査では、命に関わる血管に幾つも損傷を確認。内臓も幾つかやられている……最低限の生存だけを目標としたとしても、どこまで命を繋げるか……?)


 王国の医療技術は良くも悪くもない。魔道に頼らない医療技術で言えば小国よりはマシだが大国の中では劣っている方……というところだろうか。

 そんな医療界の中でも、表舞台を追放された彼らの腕前は高い方ではない。中には何かしらの事情で自ら表舞台を去った天才的な腕前を持つ医者も存在しているかもしれないが、そんな才能と力があるのならばマフィアに飼われるような立場に甘んじることはないだろう。

 ……つまり、この闇病院の医者達は揃いも揃って『中の上』が上限というところということだ。


(ここには医療設備は充実しているが……私の手にはとても負えん……)


 マフィアが金に任せて準備しただけのことはあり、医療設備だけで言えば国立の大病院にも劣らないものがある。

 しかし、それも使う医者の腕前が並みでは限界がある。普通の刀傷や銃創くらいならばともかく、魔道による自爆というダメージを回復するにはとても届かなかった。


(せめて、魔道士でもいてくれれば……)


 王国の魔道に頼らない医療技術は可も無く不可も無く。

 では魔神会を筆頭とする魔道士を優遇する政策を取っている王国の強み――傷を癒やす魔道ならばどうか?

 結論から言えば、軽い怪我に限っては五大国の中でも上位に位置するが、重傷患者は難しい。というのも、治癒の魔道とは他の魔道に比べても難易度が圧倒的に高いのだ。


 例えば刃物で斬られた、という傷を治すとしよう。単純に傷を塞ぐだけならばそう難しくはない。命の道を使い、自己治癒を活性化させ傷口を塞げばいいのだから。


 しかし、である。

 もし肉と皮だけが再生され、血管などは千切れたままになったらどうなるだろうか?

 繋げたとしても、もし血管が肉に潰される形で再生してしまえばどうなるだろうか?

 血管をクリアしたとして、内部で零れた血が体内に溜まり続けるようなことになればどうなるだろうか?

 全て解決したとしても、刃物が骨まで傷つけており、骨の破片が体内に刺さったままになったらどうなるだろうか?

 皮も肉も骨も血も全て解決したとしても、刃物から刃こぼれした破片や外部から入り込んだ砂や石が残っていたらどうなるだろうか? 


 一見すると治っているような状態にはできるが、後々問題になるのは間違いないだろう。治癒の魔道とはそれらの可能性を全て潰し、必要なものは全て回復し不要なものは一切残っていないと確信できるだけの人体に対する知識があって初めて使えるようになる術であり、通常の魔道とは全く毛色の異なる技術が求められる……ということである。

 そんなことを考える必要が無い軽傷の治癒に限れば使い手はそれなりにいるが、今回のミーファーのような重傷者を治せる者など魔神会にすらいないかもしれない。

 故に、魔道士がいても何も変わらない。しかし、それでも闇医者達は自分には無い奇跡の担い手を願うのだった。


 ――無論、いくら祈っても神は人の願いなど叶えることはないのだが。


「――至急、手術室へ患者を。我々の最善を尽くすぞ」


 結局、彼らにできることは『精一杯頑張る』だけだ。マフィアの望みを叶えられないとどうなるかわからないが、それでも最善は尽くしましたと言い訳できる程度の仕事をする。

 彼らの頭の中には、それしかないのであった……。



「……ん? アンタか」

「はい。首尾はどうでしょうか?」

「正直難しそうだねぇ……ありゃどうやって責任逃れするかしか考えていない目だ」


 手術室へ消えた闇医者達を見送ったノワールに、バトラーが声をかけてきた。

 この病院へ到着してすぐに姿を消していたが、いつの間にか戻ってきたらしい。


「……アンタの大将への連絡は済んだのかい?」

「はい。殿下には一通りお伝えしましたとも」


 鎌をかけるようにノワールから問われたバトラーは、何も気にしていないという様子で笑顔を見せながら答えた。

 バトラーは王太子ドラムの従者。彼がノワールと行動を共にしている理由は、今治療を開始した女エルフ――ミーファーを王子が欲したためだ。

 結果的に瀕死の重傷を負ってしまったとはいえ、目的を果たした以上はバトラーには報告義務があり、それを果たしたということだろう。

 仮にも王太子の依頼を受けている形となっているノワールとしても、ターゲットを連れ去るわけにもいかないので黒組拠点の一つであるこの闇病院を教えるしか無かったわけだが……バトラーはちゃっかりそれも含めて主に報告したのだとその笑顔から察するノワールであった。


「……来るつもりかい?」

「でしょうね。死ぬ前に使いたい……と仰られるのではないかと」

「趣味がいいとは、言えないねぇ」


 バトラーの澄ました表情から繰り出された言葉に、ノワールは僅かに顔を顰める。

 裏社会の人間としてそれなり以上に非道、外道と呼ばれることに手を染めたこともあるノワールだが、それでも最低限の人としての良識までは捨てていない。

 王侯貴族、というマフィアなどとは比べものにならない外道の温床と同じところまで落ちる気はない……という、せめてものプライドであろうか。


「私はノーコメントとさせてください。自分の意見を口に出す立場ではないですので」

「その言葉自体が答えなような気もするがね」


 バトラー自身、立場上感情を表に出さないだけで思うことはあるのだろう。少なくとも、自分の主人と同じ趣向の持ち主ではないようだ。

 上が腐っているからこそメシが食えている裏社会の住民としては、次期国王が魂の芯まで腐っていることは歓迎すべきこと。しかしそれでも一国民として『この国の未来は大丈夫なのか』なんて思ってしまうのは止められないのであった。


 そんなとき――


「――おや?」

「……妙な気配だねぇ」


 黒組統括ノワールと、謎の執事バトラー。

 共に腕に覚えがある二人のみが、僅かな空気の変化を感じ取った。


「おい」

「へい!」

「裏口を見てこい。妙な気配がある」

「わかりやした」


 ノワールは待機していた部下の一人に様子を見に行かせる。

 具体的な言語化はできないが、胸騒ぎがする。その勘はいつだって修羅場を乗り越える助けをしてくれた頼りになるものだと知っているノワールは、自らの直感を疑うこと無く行動に移したのだ。

 しかし――


「その必要はないな」

「っ!? ぐばっ!?」


 部屋から出て行こうとした部下が、扉ごと吹き飛んだ。

 信じがたいことに、この闇病院――黒組の構成員で固められた要塞の最奥、ボスがいる手術室手前のこの場所まで既に侵入者は入り込んでいたのだ。

 その事実を認識したノワールとバトラーは、即座に戦闘態勢に入る。これは、決して油断していい相手ではないと理解して。


「……匂いはこの先だな。通してもらおうか?」

「魔物……それも進化種? 随分な大物が街中に出たもんだねぇ……」


 扉を吹き飛ばして入ってきたのは、獣人系進化種ワーウルフ。

 更にその後ろからぞろぞろと、コボルト、エルフ、人間とよくわからないメンバーがなだれ込んでくる。

 何が何だかわからなかったが――ノワールは、今まさに自分の命が危険に晒されていることを理解し、いつものことだと笑って短刀を構えるのであった。


「……二人ほど毛色の違うのがいるな。あれか?」

「ええ……あの二人に、ミーファー様は……!」

「おや、誰かと思えばエルフの兄ちゃんか。お仲間を連れてリベンジにでも来たのかい?」


 圧倒的な存在感を放つワーウルフばかりを見ていたためノワールは気がつかなかったが、よくよく見てみればエルフは一度戦った男であった。

 それなりに重傷を与えたはずなのにピンピンしている様子を訝しく思うものの、感情は表に出さない。マフィアの大幹部として、そのくらいの腹芸は当然こなせる。


「うーん……これは正直予想外」


 期間限定の味方、バトラーもこの状況には困惑している様子であった。

 まだ短い付き合いであるが、この男は常に余裕を崩さない。何事にも動揺せず、余裕を持って行動する姿を意識して見せている節があった。

 そのバトラーでも、ここまで迫られたことには驚きを隠せなかったのだ。敵意も殺意も隠したとしても、それでもここに来るまでの間相当数のマフィアを蹴散らしただろう戦闘音や衝撃を一切関知できなかった……など、普通に考えれば絶対にあり得ないことなのだから。


「……ミーファーはあの奥の部屋だな。予想よりも生命力の低下が激しい。これは、あまり悠長にしている暇は無いか」

「そんな!?」

「命令だ。あの二人と、周りの雑魚を足止めしておけ。割り当ては……ふむ。シークーが短刀の男、クロウが執事服の拳士、コルトがその他大勢だ」

「ん? 僕が雑魚担当?」

「この二人は多人数を相手にするには向いていないからな。ただ、怪我人の救助が目的である以上広がるタイプの毒は使うな」

「わかった」

「私としても、リベンジの機会をいただけるなら文句はありません。ですからウル殿、何卒ミーファー様を……!」


 エルフの男――シークーは、ウルと呼ばれたワーウルフに懇願する。

 未知のワーウルフに治療中の女エルフをどうにかする能力があるのかと気になるノワールであったが、今はそれを気にしている場合では無いと余計な思考を削ぎ落とす。


「……個人的には、一番強そうなのを当てられるのはあんまり良くないんですが……割り切りますよ」


 唯一の人間、クロウと呼ばれた中年の剣士は片手に小ぶりな刃物を持ち、バトラーに向けて構える。

 襲撃者一味の思惑に乗るべきか否か一瞬迷うも、ノワールとしても情報が全くない以上特に取るべき手があるわけでは無い。ならば自身の相手が一度倒した相手というのも悪い話ではないと、自身の対戦相手に選ばれたエルフ、シークーへ向けて短刀を向ける。


「フム……これは、一対一を二カ所でやる感じになりますかね?」

「そうだねぇ……向こうさんの関係はわからないが、こっちは即席コンビだ。下手に連携なんて目指しても不利になるだけと諦めて、分断するとしようか」


 バトラーとのタッグは諦め、個人で戦う作戦をとる。

 配下の黒組構成員ならばそれなりに連携を取る自信はあるが、実力には大きな差があるため下手に合わせるのも危険だ。

 ノワールはカラーファミリーの中でも最古参に当たる古株であり、その実力は最高幹部カラーズの中でも一二を争う。武闘派集団である無色の新参者を除けば一位確定といっても過言ではないのだから、足手まといは不要なのだ。


(いざとなれば逃げるが最善だが、まあ……まずは様子見と行かせてもらうかねぇ)


 捕らえた女エルフ、ミーファーの魔道の腕は惜しいが、現状そのまま死ぬ可能性の方が高い女に自分の命を懸ける意味は薄い。

 こうして奇襲をかけられてしまった以上、まずは撤退して態勢を立て直すのが定石。そんな、冷静さはしっかりと残したままで、ノワールは侵入者がどう動くのかを見定めようと腰を落として構えるのであった。

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