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第130話「迂闊だったな」

 ――魔王による黒組襲撃より少し前のこと。

 カッソファミリーのアジトに残された二人のエルフには少々気まずい空気が流れていた。


「しかし、見張っていろと言われても……」

「改めて考えますと、ウル殿の契約で縛っているこの人間達が反抗することは不可能。万が一の可能性の警戒……に、なるのでしょうか?」


 ミーファーとシークーはカッソファミリーのアジトに残ることとなり、何をすればいいのか首を傾げることになった。

 注意すべきは、応援を呼んで反撃に出るだろう外部からの敵だろう。既にこのアジトに仕掛けてあったトラップは復活させており、襲撃があってもそれを使い迎撃することは可能だが、元々敵が仕掛けたもの。解除方法など当然知っているだろうことを思えば、敵は自力で撃退する他ない。

 だが……それも、敵が来ない限りは何もすることがないということであった。


「ええと……最近、どうです?」

「いえ、私はその……毎日訓練に明け暮れています。ミーファー様はいかがお過ごしですか?」


 二人きりになり、何となく気まずくなり――なお、卑屈に笑うカッソファミリーの人間達の存在は無視している――フワフワした会話を行う若いエルフ二人。

 実はミーファーとシークーは、ここのところ訓練と勉強ばかりで共にいることが少なく、出会ったとしても他に誰かが一緒にいることばかりで二人きりになる機会が無かったのだ。

 主従の関係であると同時に意識しあう若い異性同士、何となく気まずくなっているのであった。


 魔王には理解できない空気を出しつつも、二人は人間達の監視をかねて一晩をカッソファミリーのアジトで過ごしたのだ。

 そして、次の日のこと――


「……ミーファー様」

「ええ。来ましたね」


 カッソファミリーアジトの側に、事前に張り巡らせていた魔道の警戒網が人間の集団を察知した。

 予想したとおり、正式な手順による罠の解除を行い、本拠地へなんの障害もなく入ろうとしているようだ。


「かなりの数がいます。場合によっては撤退も考えるべきでしょう。ウル殿も、ここで無意味に負けるよりはいいと認めてくださるはずです」

「わかったわ。いざとなれば隠し通路から。戦闘の指揮は任せて大丈夫よね?」

「無論、お任せください」


 戦闘を行うのは決定事項として、死んでもこの場を死守する必要はないと確認する。

 所詮は偶々目に付いたから落としただけの拠点。ここを失ったからといって何か致命的な問題が起こるわけでもなし、自分達の命を優先すべきだ。

 お互いの認識をすりあわせた後、シークーはおろおろしているカッソファミリーの人間達で号令を出した。通常ならば族長ミーファーの命令をシークーが聞くところだが、戦闘の指揮となると話が変わる。ここはエルフ軍の戦闘隊長であるシークーが指揮権を持つのが当然だ。

 

「敵襲だ。各々、武器をもって迎撃せよ!」

「え……でも……」

「あ、相手は俺たちの親(カラーファミリー)ですし……しかも俺らへの救助部隊だし……」

「お前達の王はウル・オーマ殿……魔王陛下であると誓ったはずだ。それを破るならば、脳みそを爆破されるのと魂を奪われるの……どちらがいい?」

「へ、へい! すぐに出撃します!」


 三年間の調教……もとい教育の成果か、あるいは元々持っていた人間への憎悪のせいか、シークー達に人間への容赦は無い。

 従わなければ殺すとはっきり宣言をし、カッソファミリーの構成員を自分の兵として運用することを決定する。


(森の中と違い、地下の人工物の中というのははっきり言って相性が悪い。まずは人間同士をぶつけ、敵の戦力を分析する)


 シークー達……というよりも、エルフが本領を発揮するのは自然の中。自然皆無の人工物の中での戦闘は不得意と言わざるを得ない。

 その不利を認識し、慢心はしない。この三年、ウルのトレーニングを受けて実力を飛躍的に伸ばした自負はあるが、だからこそ油断しないだけの心も得ている。

 慢心は死に繋がる。それもまた、魔王との生活で魂の芯にまで刻まれた教えの一つなのだ。


「地下への通路は狭い。そこで足止めしろ」


 カッソファミリーのアジトは地下にあり、地下道は一人で通るのが精一杯の横幅しか無い。

 これは敵襲の際、一度に襲いかかってくる敵の数を絞る意味がある構造であり、罠を解除されても活きている防衛手段だ。

 それを利用し、カッソファミリーを肉の壁として敵の侵攻を塞ぐ。


「あん? なんだテメェら?」

「見たところここのメンバーだな? なんで邪魔する?」

「す、すいやせん! でも……こうするしか無いんです!」


 黒いスーツに身を包んだ襲撃者に対し、迎え撃つカッソファミリーのメンバーは惨めなものだ。

 如何にも本意ではありませんと言いたげに腰が引けており、放つオーラも粗末なもの。ナイフを構えるだけで何かをするわけでもない姿に、敵も何か察したようであった。


「人質でも取られたか?」

「不憫には思ってやるが……どんな理由があれ、俺たち黒組に得物を向けるってことがどういう意味かはわかっているな?」


 ナイフを構えるカッソファミリーに対し、階段の上を取る黒組を名乗る男達は徒手空拳の構えを取った。

 どうやら、甘い組織ではないらしい。事情を察して攻撃の手を緩めたり一度引くといった行動を見せてくれれば楽だったのだがと、シークーは敵の視界に入らない階段の下で小さく舌打ちをする。……それなりに魔王の悪影響が出ているようだ。


「ま、死なない程度には加減してやる」

「あ――ぶぼっ!?」

「それ以上の加減はしねぇがな」


 黒組の男の姿がブレると共に、カッソファミリーの男は吹き飛ばされて階段を転げ落ちる。それに巻き込まれて何人か一緒に落ちていくが、単純な戦闘力では話にならない差があるようだ。


(中々速いな。やったことはただの右ストレートだが、並みの人間では反応できないクラス。人間基準で評価するなら、中堅どころに指をかけたハンター……というところか?)


 先頭を行く黒組の男は雑兵だろう。威力偵察を兼ねた捨て駒であり、さほど重要な立場にいる男ではないのは間違いない。

 それでこのレベルだというのならば、マフィアという人種の実力を些か上方修正すべきかと思いながら、シークーは手にしたメインウェポンである弓に矢を番えた。


(命は取らん。だが足を取らせてもらう――)

「あ――ぐあっ!?」


 シークーが放った一矢は、黒組の男が放った拳を遥かに凌駕するスピードで飛び、狙いどおり正確に左足を射貫いたのだった。


「グ……下に射手がいる! かなりの腕だ!」


 左足を矢で貫かれながらも、背後の味方に大声で情報を伝える黒組の男。

 かなりの訓練を施さなければできない行動であり、それだけでもカッソファミリーのチンピラとはレベルが違うと確信できるものだ。


(このレベルが100人以上と考えると……危険だな)


 敵の勢力の脅威を認識し、撤退を考慮すべきかとシークーは本気で考え始める。

 些か以上に、敵を侮っていた。魔王ウルからすればこの程度何とかしろというレベルなのかもしれないが、確実に勝つと言える相手ではないことは確かであった。


 そんな時――


(ッ!? 背後!)


 咄嗟の直感で、シークーはその場から前方に飛び込み前転して離脱する。

 次の瞬間、シークーが立っていた場所に一本の投げナイフが突き刺さった。


「誰が……!」


 カッソファミリーが命を捨てて裏切ったのか。シークーは速やかに下手人を確認すべく反転すると、そこには――


「これはこれは……思ったよりも数倍は腕が立つようで」


 いざという時の脱出ルートにと考えていた、隠し通路から執事服の男が姿を現したのだった。


「ミーファー様!」

「ええ!」


 カッソファミリーアジトにおけるこの攻防戦。

 防衛側のシークーは、カッソファミリーのチンピラを盾に前方からの攻撃を防ぎつついざとなれば隠し通路から逃げる算段であった。

 だが、侵攻側であるカラーファミリー『黒組』100名と、執事服の男――王太子ドラム配下の執事バトラーは、そんな思惑を嘲笑うかのように隠し通路から侵入してきたのだった。


 シークーは自らの予測と考えの甘さを痛感しつつ、より危険な後方へ構えを取ることにしたのであった。

 後方に下がらせていたミーファーを自ら近くに呼び寄せると共に、同時にバトラーへと攻撃を仕掛ける。


「[地の道/三の段/岩剣連弾]!」

「天の型・剛射ッ!」


 ミーファーが放ったのは、この地下にはいくらでもある土や岩を操り無数の剣を生み出す魔道。

 シークーが放ったのは、力一杯引き絞った威力重視の矢だ。


「なんと――!」


 エルフ二人が放った技は、勇者や聖人が絡まない限りは人間の世界ではほとんど見ることの無い威力のものだ。

 流石のバトラーも驚いた様子であったが、しかし慌てること無く舞踊を思わせるほど滑らかな動きでそれらを打ち落としていくのだった。


「えっ――」


 三の段の魔道。魔王基準では初心者用であるが、現代基準では才ある者の中でも更に秀でた者だけがたどり着ける一種のゴールだ。

 一から魔王の価値観で育てられたコルトのような魔物勢はその偉大さを理解していないところがあるが、一応現代基準の文化で育ったミーファーはその価値を十分に理解しており、この領域に至った今の自分が全力を出せば勝てる者はそういないことを確信していた。

 その自分の魔道を、シークーの矢とまとめて拳でたたき落とす。それがどれほどの偉業なのか、ミーファーはそれを理解し硬直してしまった。


「ほう? スゲぇもんだな」

「いえいえ。ちょっとした曲芸ですよ」


 バトラーと共に隠し通路から現われた浅黒い肌に多くの傷跡を持つ男――黒組統括ノワールは、その動きを素直に称賛する。

 はっきり言って、武闘派である黒組の中にも今のバトラーと同じ動きができるものはいない。それほどの離れ業であり、ますますこの執事の得体の知れなさに警戒心と好奇心が刺激されていた。


(それに、あっちの姉ちゃんも三の段の魔道だと……?)

「――ハッ!」

「おや、剣ですか」


 一方、シークーは今の一連の動きを見て遠距離攻撃では効果が薄いと判断し、武器を剣に持ち替えて接近戦を仕掛けた。

 しかし、接近戦こそは相手の土俵。本来弓矢を扱い遠距離戦を得意とするシークーからすると、むしろ不利な戦いだ。

 それでもこの距離を選んだのは――


「お逃げくださいミーファー様! こいつは強い!」


 ――ミーファーを逃がすため、バトラーを足止めするためであった。


「でも!」

「悩んでいる暇はありません! 急いで!」


 ミーファーはシークーを置いて逃げることに躊躇するも、それを一喝する。

 しかし、気持ちの問題を置いておいても逃げるのは簡単ではない。


「おっと、そう簡単に逃げられると思われちゃ俺様達も形無しだねぇ」


 逃げ道となる隠し通路を塞ぐのは、バトラーだけではない。

 黒組の長、ノワールを筆頭とするボスの親衛隊が構えているのだ。これを突破するのは並大抵のことではないだろう。


「人間共! ミーファー様の道を切り開け!」


 そのためのコマとして、シークーは即座にカッソファミリーを使うべく叫ぶ。

 しかし動きは無い。この期に及んで命令違反……死ぬとしても親への忠義を尽くすつもりなのかと一瞬人間達の方で視線をやると、そこにはピクピクと痙攣するように立ち尽くすカッソファミリーの一同がいたのだった。


(動けないのか? 何らかの毒? いずれにせよ、これでは――)


 動かないのではなく動けない。これならば、魔王との契約には違反しない。

 契約で定められたのは『命令に逆うことを禁ずる』であり、彼ら自身は別に命令に反する意思を持っていないのだから。

 これで、シークーの手駒は己自身のみとなった。それを理解し、忌々しいと敵が塞ぐ隠し通路を睨む。


「――ここの隠し通路は、一方通行だと聞いていたのだがな」


 カッソファミリーの隠し通路は、出る専用である。

 元々逃げ道として作られているのだから当然だが、外から中に入ることはできないような仕掛けとなっており、何をやっても内側からしか開かない仕組みになっていたはずなのだ。

 だからこそ、シークーも敵の侵入経路を正面のみに限定して考えていたのだが……


「確かにそのとおりですが……開かないなら壊してしまえばいいだけのことですよ。場所さえわかっているならね」

「俺様もビックリの強引な突破方法だったがね。まさか拳だけで壁が爆発するとはさ」


 バトラー達は、事前にカッソファミリーの生き残りから聞いていた隠し通路の出口――何の変哲も無い一般家屋の壁に偽装されている――を破壊してここまで来たのである。

 開かないならば壊す。道理であるが、実行に移すのは中々に難しいことである。


「迂闊だったな……」


 シークーとしては、それは想定しておくべきことだったと自分の甘さを激しく呪う。

 ここの防衛を任された以上、あらゆる可能性を考慮して当然。少なくとも、あの抜け目ない魔王がここにいたならば隠し通路を自分達の逃走ルートと決めつけること無く対策していただろう。

 そんな自分の間抜けでミーファーを危険に晒すなど許されることではないと、シークーは剣を持つ手に全力で魔力を流し込むのだった。


「頼らせていただきますよ――風斬、解放!」


 シークーの剣より、エルフのそれとは異なる魔力が噴き出した。


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