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第13話「説明しなければならないのは」

「歓待の準備をしろ……ですって?」


 シルツ森林の一角に存在する大蜘蛛の巣。群れを率いる者である人頭蜘蛛(アラクネ)は怒っていた。

 アラクネが所有している能力の一つである、糸を使った通信。それを用いて、彼女は配下の様子を安全地帯にいながら探っていた。この糸とは物質的なものだけではなく、魔力で編まれた物体透過能力を有するものもあるため、障害物だらけの森の中に向かわせた手下に付けておいても問題なく機能するのだ。

 とはいえ、糸によって得られるのは音声のみ。視覚的な情報は得られないため、配下に無事戻ってきてほしかったのが本音だった。

 しかし、願いも虚しく送り出した配下は全滅。何が起こったのかはわからなかったが、全員死亡したことは支配者として正確に理解していた。


「……水蛇ではない。しかし、領域支配者(ルーラー)級の力を持った者であるのは間違いない」


 アラクネは、湖の領域支配者(ルーラー)であった水蛇のことを知っている。故に、糸の先から聞こえてきた自称支配者の声が水蛇のものではないことをすぐに理解できた。

 また、その相手はかなりの力を持っていると彼女は予測する。なんと言っても、自らの配下をあっさりと殺し尽くしてしまったのだから。


 アラクネから見て、送り出した配下はそこそこ強い。無論自分には遠く及ばないが、その辺の雑魚モンスターに比べれば互角以上に戦えるはずだ。

 何せ、領域支配者(ルーラー)たる自らの眷属なのだ。支配地から得られる魔力の一部を分け与えられている領域支配者(ルーラー)の配下は、それだけで凡庸な魔物よりも確実に格上の存在だと言える。しかも、隊長として任命したのは進化種である大毒蜘蛛。彼女の群れの中でも希少な上位個体だ。

 どのような能力を使ったのかは糸による音声通信では把握できないが、配下達が絶命する際に何かが燃えるような音や、重い物が落ちてきたような音をアラクネは聞いている。

 すなわち、水蛇が支配していた湖を瞬く間に侵略し、支配してしまった相手はかなりの重量のものを持ち上げられるような怪力と、炎を操る能力を有しているということになる。ピラーナ達も大蜘蛛同様熱や炎には脆かったため、湖を攻略できたという事実とも合致するのだ。


「……これは不味いわね」


 憤る心を落ち着かせ、状況を分析した結果、アラクネは怒りより先に感じるべきものがあると判断する。

 得られた情報から分析するに、今アラクネは――そして彼女が統括する大蜘蛛の群れは、非常に危険な状況にあると判断せざるを得なかったのだ。

 今までは、お互いに防衛を得意とする者同士が隣接していたため、攻められるということがなかった。攻めてきたのならば返り討ちにできると自信を持って構えていることができた。

 だが、そこに未知の敵が出現してしまったのだ。それも、自分と同格であると認めていた水蛇の領域を攻略できるような強さと、他者の支配地を制圧しようとする好戦的な相手がだ。

 このままでは、湖を自分の支配下に置く――などと言っている場合ではなくなる恐れがある。最悪の場合、逆に自分が殺され、支配領域を奪われることにも成りかねないのだから。

 アラクネは決断を迫られていた。このまま攻めるのか、それとも――


「……いいわ。来るなら来なさい」


 しばらく考えた末に、アラクネは答えを出した。敵が好戦的な種族であると言うのならば、攻めさせてやればいいと。

 水蛇を破った相手に過信は禁物だが、自分から攻め込むよりは巣の中で待ち構えた方が勝率が高い。そう判断したのだ。


「全員、警戒しなさい。炎で燃やされる事も考えて、少しばかり巣を弄るとしましょう」


 アラクネは大蜘蛛達を操り、戦いに備える。

 知恵を持つ魔物であるアラクネだからこそ、弱点を突かれるとわかっているのならばそれ相応の対策を準備することができる。

 何も、炎を操る敵が現れるのは今回が初めてではない。自分の巣を焼き払い、破壊しようとする危険種族――人間との戦いを、彼女はここまで生き延びてきたのだから。


 ――もっとも、まさか自分の配下が為す術無く死んだのは事前に仕掛けられた罠のせいだとか、警戒している相手が少数の弱小種族の集まりであるなどとは、想像もしていないのだが。



 一方、隣接する魔物の領域からの先兵を撃退した弱小種族の集まりことウル達は、緊急の作戦会議を開いていた。


「第一陣は撃破。ここから考えられる敵の次の行動。わかる者はいるか?」

「うーん……僕なら逃げる」

「……まあ、それも選択肢の一つではある。未知の相手が現れたと察し、さっさと逃げ出すというのも立派な決断の一つだ。だが、他にはあるか?」


 コルトとゴブリン達はウルに集められ、一カ所に固まって座っていた。

 ウルは彼らと向かい合うように一人立ち上がって話をしており、その隣にはいつの間にか作成されていた、地面に固定された木の板が置かれている。そこにこれまたいつの間にか作成していたらしい塗料――原材料は森に自生している花と湖の水――を使って文字を書いており、司会進行兼書記を務めているのだ。

 要するに、一言で言ってしまえば、彼らは青空教室をやっているのだ。敵の侵攻に対する作戦会議と、ついでに文字の学習も兼ねているのである。もっとも、使っているのは現代では失われた魔王国時代の古代文字であるが。


「……もっと激しく攻める?」

「そうだな、ブラウ。偵察部隊が失敗したのならば、今度は本命の部隊で攻撃。それもあり得るな」


 コルトに続いて発言したのは、ゴブリンの内の一匹だった。ブラウと呼ばれた彼は、初歩とは言え魔道を習得し、大蜘蛛をその術で殺した功績を挙げた者だ。

 ウルはゴブリン達を区別するため、名前を与えることにした。しかしただで魔王たる自らが名を与えてやるのも癪だったので、条件を付けたのだ。すなわち、魔道を習得した者に名を与えると。

 区別する必要があるのは、最低でもそのくらいの働きができるようになってからだ――と宣言して。


「……反撃に、備えるのでは?」

「うむ。ロット、それもまた正解だな」

「……ねえ、ちょっといい?」


 もう一人の魔道を習得したゴブリン、ロットもまた自分の意見を述べる。

 ウルはその意見に頷き、肯定する。そして、現状、考えられる可能性はその三つくらいだろうと話を打ち切った。

 ――と、そこでコルトが待ったをかけるのだった。


「どうした小僧?」

「あのさ、ブラウにロット……賢くなってない?」

「そうですか?」

「変わらないと思うが」

「いやいや、明らかに変わってるよ! ちょっと前までギギとかガガとかしか鳴けなかったのに喋ってた時点でおかしいけどさ、それでもカタコトだったよね!?」


 今まで黙って聞いていたコルトだったが、流石に耐えられなくなったようで力強く叫んだ。

 コルトの言葉通り、ついこの間まで言葉すら知らなかったゴブリンが、いつの間にか流暢に言葉を操っている。それはどう考えても異常事態だろう。

 魔道を習得したブラウとロットの二人以外の五人のゴブリン達には変化がないことからも、その異常性ははっきりとわかる。

 そんなコルトの叫びに答えたのは、本人達ではなく、軽く頷いたウルであった。


「その二人の知性に急激な進化が見られた理由ならば、推測は付くぞ」

「え? また怪しげな洗脳教育でもしたの?」

「それではカタコトが限界だったよ。俺が無理矢理植え込んだのではなく、恐らくは功罪(メリト)によるものだ」

功罪(メリト)……って、何度か聞いたけど、そういえば詳しく聞いてなかったよね? 何なの、それ?」


 コルトはそういえばと思い出したように質問した。

 今までウルが何度か口にした言葉――功罪(メリト)。そのニュアンスから「特殊能力とかそんな意味かな?」と何となく思っていたコルトだったが、その詳細を詳しく知りたいと尋ねたのだ。


功罪(メリト)か……本格的に説明すると長くなる。が、知っていた方がいい知識だ。現状の危険性把握は問題なくできているようだし、せっかくの機会だ。解説しておこうか」


 ウルはコルトの質問に少し考えた後、話の主題を変えることを宣言した。

 現状、攻めてきた敵がどう動くのかは未知数。好戦的な類いであれば更に戦力を送り込んでくる、慎重な性格ならば警戒して様子見するだろう――と予想する程度のことしかできない。

 ウル個人としては、初手に偵察を送ってくるその手法から、恐らくは慎重なタイプであろうと推測している。ならば、稼いだ時間を使って少しでも自軍の戦力を整えたいと考えているのが正直なところだった。


「まず、功罪(メリト)について知る前に、説明していかねばならないのは――」


 ウルは自軍の強化を目指し、その叡智を授ける。全ては、己の野望を果たすために。


 しかし、そんなウルの道を妨げる者は、森の魔物だけではないのだ――



 ア=レジル防衛都市。ル=コア王国に所属する都市の一つであり、魔物の領域であるシルツ森林の目の前に建設された街の名前だ。

 その名の通り、魔物の領域であるシルツ森林を見張るために建設され、森に住まう魔物との戦いに備える前線基地としての役割を有している。

 住民はおよそ3000人ほどの小さな街だが、その性質上住民の大半が戦闘員であり、非戦闘員も鍛冶屋を初めとする戦闘員のサポートを担当する者がほとんどだ。まさに戦うための街と言えるだろう。


 そんな街だからこそ、とある組織が存在する。対魔物の専門家である魔を狩る者――討魔者(ハンター)を纏めるハンターズギルドだ。

 ハンターズギルドは国家の垣根を越えて――無論、所属する国の影響を一切受けないかと言われればそんなことはないが――世界各地に存在する。

 しかし、安全な都市にあるギルドはほとんど事務員しか常駐していない。魔物を狩るのがハンターの仕事であるため、必然的にその拠点は魔物の領域の側ということになり、多くのハンターは危険な場所にこそ存在するということだ。


 そんなハンターズギルドの支部の一つ、レジル・ギルドの責任者(ギルドマスター)の名を、クロウ・レガッタ・イシルクという。

 マスター・クロウは下級貴族の三男坊であり、家を継げないその立場を理解し、若い内からハンターとして身を立てることを決意。そのまま一線で活躍した元ハンターだ。

 その実力は確かなものであり、引退後はこうしてマスターとしてギルドを一つ任されるほどとなっている。

 自分の実力を認めさせた益荒男であるのだが、一人ギルドマスターの部屋で書類を睨め付けている今の姿には、陰りが見えているのだった。


「……5日か」


 マスター・クロウが手にしている書類は、ギルドの構成員――ハンター達の個人情報が記載されている。

 どんな依頼をいつ受けたのか、達成したのか失敗したのか、といった内容だ。その中でも、マスターとして最も見たくない情報である「消息不明」の項目に三人分の名前が書かれているのだった。


「出撃目的は、シルツ森林のコボルト族の討伐と魔石の入手。単体では一桁級、集団を相手にするとしても二桁前半……こんなに時間がかかるわけがない」


 マスター・クロウは、森に入ったきり帰還しない三人組のハンターについて頭を悩ませていた。

 三人のハンターが出発してから、既に5日が経過している。仕事を果たすまでに必要な時間予測は、どんなに不運が重なっても2日。現状行方不明扱いだが、ハンターとしての経験上、死亡したものとして考えるべき状況だ。

 ハンター達の親とも呼べるマスターとして、それを認めるのは辛い。個人としては『どこかで傷を負って救助を待っているのかも』という希望的観測に従い捜索隊を出したいとも思っているが、マスターとしての立場はそれを許さないのだ。


「クソ、何故彼らは帰還不能になった? 一人は希少な魔道士だぞ。ギルドでも将来有望株だったというのに……何故コボルト如きの討伐に失敗する? 何が起きた?」


 マスター・クロウは書類を睨み付けて呟いた。

 その三人が受領した依頼は、最弱の称号を与えても問題はない魔物であるコボルトの狩猟。ハンター達が使う危険度という尺度で言っても『一般人でも倒せる』レベルである一桁級の雑魚であり、訓練を積んだハンターが不覚を取る相手ではない。

 無論、魔物の領域に入る以上、不測の事態に遭遇したということは十分あり得る。コボルトには負けなくとも、偶々勝ち目のない強敵――危険度二桁後半級と遭遇してしまった、などのケースだ。

 だが、マスター・クロウの立場からすると、それを不幸な事故で片付けるわけにはいかない。魔物の習性として、より強い者が森の奥に陣取るというものがある。魔物の領域は中心に行くほど良質な魔力を保有する土地となっており、強い者ほど奥へと向かうのだ。

 故に、人の領域の側には弱い魔物しかいない。そのはずなのだが、何かの拍子に強大な魔物が外に出てきたのならば緊急事態だ。

 魔物など人間の奴隷か家畜程度にしか思っていない人間が大半ながらも、マスター・クロウのように対魔物の経験が豊富な人間は、魔物の脅威を正しく理解しているのである。

 その危険性を理解できるが故に、マスター・クロウは頭を悩ませているのであった。


「マスター・クロウ。そろそろ会議のお時間です」

「ム……そうか。もうそんな時間か」


 そうこうしているうちに、秘書が自分を呼びにやって来た。会議へ向かうため、マスター・クロウは一度考えを中断して立ち上がる。

 これから、ギルド幹部との定例会議だ。丁度良いので、そこでこの一件を協議し、対策を練るとしようと考えたのだ。


(具体的な対策としては……偵察隊の派遣か。三人が向かったと思われるポイントへ偵察能力に長けた者を派遣、想定外の危険生物が存在していないかの調査。可能ならば三人の救助――あるいは遺体の回収といったところだな)


 マスターとして話を持っていく方向を歩きながら練り、プランを組み立てていく。

 人間による森への攻撃は日常茶飯事のことだが、今少し毛色の異なる者たちが動き出そうとしていた……。

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他力本願英雄
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[一言] > 「自らで来い……ですって?」 前回は、歓待の準備をしておけ、とは言われたものの、誰もアラクネに自ら来いとは言っていないような
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