第129話「何か不味いかもな」
――カラーファミリー黒組が動き出す少し前のこと。
「ご苦労。まぁまぁいいタイムだったぞ?」
魔王ウル・オーマは命令を完遂した配下にねぎらいの言葉を贈った。
カッソファミリーを襲撃した魔王ウル一行は、語るほどでも無い細やかな抵抗を一蹴、制圧した。逃げ出すチャンスを失い隠れていた幹部クラスのマフィア含め、全員叩きのめしたのだ。
事前の想定どおり何人かは逃げだしたようであったが、さほど問題は無い。元々ウルから見てもマフィアから見てもさほどの価値は無い雑兵レベル。宣戦布告には丁度いい話だ。
「ここのボス殿にも快く協力すると約束してもらったことだ。早速、次の仕事に入ろうか。なぁ?」
「へ、へへへ……なんなりと言ってくださいよ、コボルトの旦那?」
手足をへし折られる――なんて重傷は負わせていない。適当に当て身を食らわせ、気絶させた後コルト製の薬で身体の自由を奪っただけだ。
そんな、僅かでも相手の機嫌を損ねれば何をされてもおかしくないという状況において、カッソファミリーのボスは一切プライドを見せること無く降伏した。情けないと思わなくもないが、弱小団体のボスとしては必要な見切りの速さであるとも言えた。
しっかり細部まで説明し、最強強度となった【悪魔との契約】による服従契約にも同意。対価としてウルおよびウルの配下が契約に同意したカッソファミリーの構成員の命を奪うことを禁じたが、殺さなければ何をしてもいいという極めて強烈な支配関係となっていた。
「お前が知るカラーファミリーの傘下組織……そのアジトの場所を全て漏れなく話せ。地図はあるな?」
「は、はい! おい!」
「へい!」
契約成立と共に解毒された構成員達は、もはや威厳の欠片もない自分達のボスの命令に従い地図を持ってきた。この王都の詳細な地図だ。
その中に、弱小団体が知る限りの情報を記入していく。こんなものが親組織のカラーファミリーの目に触れれば、機密情報漏洩の罪でその場で物理的に首が飛ぶこと間違いなしである。
「ほー……流石に数があるな」
各マフィアアジトの防衛システムや警備の数など、その手の情報はもちろん不明である。だが、それでも場所くらいは流石にわかるとかなりの数がピックアップされていた。
「王都のあちこちにありますな。細かく縄張りを分割して棲み分けているということですか」
「これが敵対組織だったら絶対毎日ドンパチやることになるだろうが、一つの親組織の傘下という広義での同胞だからこそだな」
「これからどうするので? 一つ一つ潰して回るのですか?」
「でも、こんな数一々回ってたら流石にばれちゃ不味い相手にまで僕らの話いっちゃわない?」
カッソファミリーのボスから提供された情報を基に、次の作戦を考えるのはウルとクロウ、コルトの役目だ。残念ながら、今も昔も基本的に人と関わることの無いエルフ組と命令に従うのが本懐のグリンはこういう話には向かないのである。
「基本的には頭を潰せればそれでいい。この手の連中は頭さえ押さえれば手足は言うことを聞くだろう」
「となると、こいつらの親であるカラーファミリーの本拠地へ?」
「でも、この地図にはカラーファミリーの本拠地ってのはないよね? 黒組っていうの以外」
「所詮は下っ端だからな。有事の際の窓口をかねるという黒組とやらはともかく、流石に直接関わりが無い大ボスの居場所なんて知らんのだろう」
辛辣なウルの言葉に、カッソファミリーのボスはヘラヘラと卑屈に笑うばかりであった。悪魔の契約によって嘘偽り隠し事は絶対に不可能なので、彼は本当に知らないのだ。
それを咎められて殺されては溜まらないと、とにかく愛想笑いをするしか彼にできることは無い。
「仕方が無い。ここは手当たり次第だ」
「結局、わかっている場所を適当に襲うってこと?」
「まぁな。全部をしらみつぶしに……ではなく、カラーファミリーを構成している七つの組の本拠地を探るのを最優先とし、判明次第落としに行く」
「承知しましたが……手勢は?」
「何人かはここに残す。こいつらの手綱を握る必要があるし、逃げた奴が仲間を連れて戻ってくるかもしれんしな」
「ただでさえ少人数なのに更に分けて大丈夫? いや、そもそも百人規模の敵にこの数で襲撃仕掛ける時点でアレなんだけど」
「敵の戦力が不明の段階では確かに不安はあるが……まぁ、負けたらそいつの寿命だ。強敵の存在を知るための尊い犠牲というやつになってもらおうか」
負けた奴が悪い、と配下の命を平然と死地に放り込む暴君ウル・オーマ。その対象に自分自身も含めているというのだから質が悪い話だ。
そう言われては何も言えないと、クロウとコルトは諦めてため息を吐いた。
「一番戦力が多いだろう黒組とやらは俺が担当する。もしかしたらそれで必要な情報は全て手に入るかもしれんが、下っ端に教えているアジトなんてまず間違いなく重要情報は置いていないだろう。期待は薄いな」
「ま、十中八九囮用の罠兼用だよね」
「ほぼ確定でリスク無く侵入者の迎撃を行うことを最大の目的としているでしょうが、お一人で大丈夫なのですか?」
「俺一人ならどうとでもなる」
自信満々といった様子の魔王にそれ以上何を言うこともなく、おおよその作戦がほぼ独断で決定されたのだった。
「ここに残すのは……フム。シークーとミーファーでいいか」
「我々を?」
「異存はありませんが……」
「何か理由あるの?」
「いや別に。誰でもいいんだが、制圧した拠点で中も外も見張るとなるとどうしても最低二人はいるからな。それで二人組を作るなら誰かとなれば、まぁお前らでいいだろう?」
その意見には特に反論も出ないまま、各々は新たに判明したマフィアのアジトへと散っていった。
単独で制圧できればそれでよし。それが難しい強敵がいるのならば、情報を持ち帰ることを優先して深追いはするな。
ウルから出た指示、あるいはアドバイスはそれだけだった。何とも大雑把なものであるが、これは一つの事実を証明している。
この三年をかけて鍛えたお前ならば、この程度の仕事は簡単にこなせる。その信頼の証……なのかもしれないと各自は自分に都合良く解釈して自分を鼓舞しながら、彼らは単独でマフィアに殴り込みを仕掛けに出発したのである……。
……………………
………………
…………
「……ここか」
それなりの時間をかけ、ウルは唯一判明しているカラーファミリー本部の一つ――といっても十中八九ダミーだと予測しているが――黒組アジトへと辿り着いた。
流石に王都と言うだけあって街の中を移動するだけでもそこそこの距離はあり、一応隠密行動ということになっている現状ではあまり派手な動きもできない。
普通に二本の足を使い、目立たない速度で歩いた結果既に日が昇るくらいの時間となっていた。
(奇襲に適している時間かと言われれば微妙なところだが……まぁ、夜中ならば寝ているほど礼儀のいい連中でもあるまい)
カチコミの美学的なものに反しているような気もするが、まあいいかとウルは黒組アジトの扉にそっと掌を置いた。
そのまま、足から力を練り上げ、一見してただ触れているだけの掌に強烈なエネルギーを送り込み――扉を吹き飛ばす。
「なっ!? 何事だ……?」
中で受付をしていると思われる黒いスーツの男が、唖然とした様子でプロらしからぬ隙を晒したまま吹っ飛んできた扉の残骸を唖然と見つめる。
凄まじい轟音を伴って吹き飛んだ扉は内部の部屋の壁にめり込んでおり、そこに込められた力の強大さが理解できる。
今はまだ最下級のコボルトの姿を取っていてなおこの力。今の自分の力を試すつもりで一番力を込めにくいやり方を選んでみたつもりだが、まあまあだとウルは結果に納得するのだった。
「こ、コボル……ト?」
ようやく意識が現実に戻ってきたらしいスーツの男は、次にこのとんでもないノックを行った下手人を視界に入れ、またもや唖然としてしまう。
いかに三下にも場所を教えている囮をかねているとはいえ、ここは黒組アジト。当然防御面でもそれなりの金は費やしており、入り口の扉は分厚い鉄製の代物だ。拳はもちろん、魔道銃を持ちだしても簡単には破れない簡易的な要塞と言っても過言ではない。
それを成した相手が非力さの代名詞とも言えるコボルトとなれば……自分の目が信用できなくなっても無理は無いだろう。
「入り口に一人だけだと? 随分不用心だな……?」
「はひゅっ!?」
そんな隙を晒している敵が落ち着くのを待ってやる理由など、もちろんない。
ウルはその場から配下にも伝授した高速移動術『魔王流地の型・瞬進』を使いスーツの男を通り越し、すれ違い様に男の後頭部に裏拳を叩きつける。最低限の手加減はしたが、打ち所から考えてそのまま絶命してもおかしくはない一撃を受けた男はそのまま意識を手放したのだった。
(入ってすぐに矢か銃弾でも飛んでくるかと扉を鉄砲玉代わりに使ってみたが……何もなしか?)
想定していたよりもずっと無防備な警備体制に、逆に警戒心を強めるウル。
もっとも、普通は……裏社会の犯罪者であっても、客人が来ることもある建物に入って一秒で殺しにかかるような物騒な仕掛けは普通用意しないのだが。
そんなことをするのは『俺を訪ねておきながらこの程度の罠に対応できない方が悪い』と言い切るどこかの魔王くらいである。
(……誰かが隠れているということでもないな。奥の方からバタバタと慌てたような人間数名の叫び声。今の騒ぎを聞きつけて奥から出てきたのか?)
最低でも、入り口に数名は待機させて奇襲に備えるべきだろう。
ウルはそう思うが、どうもこのアジトは本当に最も警戒しなければならない入り口の警戒をたった一人に任せていたようだ。
国家最大の闇組織である油断……と考えるにしても、あまりにも無防備すぎる。何か、自分の知らない問題が発生しているのかもしれないとウルは考えた。
「テメェ、どこの回し者だ!?」
「ここをカラーファミリー黒組のアジトと知ってのことかコラァッ!!」
奥の部屋からぞろぞろと数が出てくるが……そのいずれも、ウルの目から見て合格点を出せるほどの強者は見当たらない。
強者ほど力を隠すことも上手いとは言うが、こうしてわかりやすいくらいに威嚇しておいて力を隠しているもなにも無いだろう。少なくとも、武力という点においては落第の人間ばかりが集まっていると判断して問題は無いようだった。
(囮のアジトは数あわせで十分ということか? いや、数を武器にするなら少なすぎるな……)
たった一人のコボルトを相手にすると考えれば十分だが、仮に敵対組織が襲撃を仕掛けてきたという状況を想定するなら明らかに不十分。それがウルの正直な評価である。
今姿を現している人間達も、精々10人強と言ったところ。この人数では街で喧嘩をするくらいならばいいが、マフィアとしての威厳を保つのは難しいだろう。
「……何かがあって主力がお出かけ中、というところかな? 貴様らはさしずめ、役立たずの居残り組というところか?」
「何だとコラァッ!? 魔物の分際で!」
ウルの安い挑発に怒りを露わにする黒組の男達だが……しかし怒りにまかせて踏み込んではこない。
一見ただのチンピラにしか見えないが、流石に生粋の雑魚チンピラであるカッソファミリーのようなものと黒組を名乗ることを許された男達ではレベルが違う。
怒りに飲まれているような態度はほとんど演技であり、頭の中では冷静に目の前の『コボルトの姿をした何か』の正体を見極めようとしているのだ。
「……少しだけ、評価を改めよう。後は――」
ウルは再びその場から消え、一瞬で男達の懐まで『瞬進』で移動する。
「――修行を積むことだ」
無音で行われる超速移動術に対応することはかなりの難易度であり、これができるかできないかで戦いのステージが一つ変わるくらいには重要な技。その分難易度が高く、復活してから大幅に弱体化した身体で使えるようになるまで数年かかってしまったが、ようやく今の身体でも使えるようになった全盛期のスピード――の1%未満を使い、存分に黒組の男達を制圧するのであった。
「……これで終いか? 本当にあっさりだったが……これは、何か不味いかもな」
あまりにも簡単に終わりすぎた戦いから、ウルは何か嫌な予感を覚えた。
ここの戦力の大半がどこかへ出払っていると仮定する場合、ではどこへ行ったのか?
これが自分には何の関係も無い話ならば問題は無いが、つい最近黒組傘下のカッソファミリーを襲撃したのだ。そのことでここの戦力が移動しているという可能性は十分にあり、その場合危険なのは――
「――ウル、殿……」
「……シークーか。随分ボロボロだな」
「申し訳、ありません……。ミーファー様が、連れ去られました……」
――考えを巡らすウルの元へと血反吐を吐きながらやって来た、エルフの戦士シークー達である……。