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第127話「食いついてくるだろうよ」

 ――カラーファミリー。

 ル=コア王国を本拠地とする大規模犯罪組織であり、その活動は多岐にわたる。

 組織の構造は複数の団体の合併によって成り立っており、その役割によって個別に組織を分けている。


 すなわち――

 人、亜人、魔物問わず違法合法あらゆる手段で集められた奴隷の売買を行う『血を支配する者』を示す『赤組』。

 海運業を利用し密輸抜け荷を行い、また非合法な商材を右から左へ流す『流通(うみ)を支配する者』を示す『青組』。

 違法賭博を指揮し、時には窃盗や略奪も行う『黄金を支配する者』を指す『黄組』。

 違法薬物――精製することで緑色の粉となる麻薬の売買、そして依存者による娼館経営などで財をなし組織に忠実な手下を増やす『快楽を支配する者』を指す『緑組』。

 恐喝、脅迫を専門とするマフィアらしいマフィア、『恐怖を支配する者』を指す『黒組』。

 様々な違法行為を交渉、賄賂で真っ白に塗りつぶす『罪を支配する者』を指す『白組』。

 最後に組織にとって不都合な人間を闇から闇へと葬る暗殺、戦闘を専門とする少数精鋭部隊、『命を消す者』を指す異端の『無色』。


 以上、六色と無の七つで組織が形成され、各組織のボスがカラーファミリーの最高幹部となる。最高幹部をまとめて『カラーズ』と呼んでおり、彼ら七人の議会によってファミリー全体の意思決定が成されるのだ。

 マフィアでありながら絶対の最高権力者、ボスが存在しないのは珍しいが、これはカラーファミリーが元々は敵対しあうマフィア組織同士が手を組んでうまれたという由来があるためだ。どちらが上かを決めるのではなく、対等に手を組む方がお互いの利益になると合意した誕生当時のボス達の意向により議会制が取られ、現代に至るまでその構造が続いている、という構成になっているのだ。

 その構成員は傘下組織まで含めれば一万を超え、やろうと思えば国家を相手にしてもそれなりに戦いになる規模である。

 それでも単純な数だけを比べれば流石に国軍よりは小規模団体と言うほかないが……彼らの本当の恐ろしさは頭数ではない。

 国の上層部……王侯貴族にも多くの顧客を持つ彼らは、裏社会だけではなく表社会にも強い影響力を持っており、実際に真っ向からル=コア王国とカラーファミリーが事を構えることになるならば国軍の半数が寝返ることになるだろう。

 貴族達の不祥事、違法行為の大半に関わる彼らは貴族達の弱みを握っているに等しく、またカラーファミリーが与える金銀財宝に合法では得られない快楽はわざわざ脅さなくとも多くの貴族達を傀儡に変えることも可能。

 いわば、無能な王に代わり真にこの国を支配しているのはカラーファミリーである……といって過言ではない組織なのだ。


 そんな、裏の支配者達の一人の下へ一通の知らせが届いたのは、いつもと変わらぬ真夜中のことであった。


「……カッソファミリーが襲撃された?」

「カッソファミリーって……どこだ?」


 連絡を受けたのは、組織の看板を守り誇示する脅し部隊『黒組』であった。

 外敵から傘下の組織が攻撃されたといった場合、まず最初に通すのが黒組なのだ。ある意味でマフィアとしての顔といっても間違いではない黒組はファミリーの窓口を担当している。舐めた態度を取る者には相応の制裁を、立場を理解してそれなりの態度を示す者には寛大な態度を。それが黒組の役割なのである。

 そんな彼らなのだが……這々の体で駆け込んできたチンピラの報告を受けて首を傾げていた。


「カッソファミリー……カッソ……あ」


 要領を得ないチンピラの話によれば、カッソファミリーが襲撃を受けているとのことなのだが、窓口となった黒組構成員はすぐに思い出すことができなかったのだ。

 一応ファミリー傘下であることを証明するバッジは持っていたので身内であるのは確かなのだが、数多くある参加組織の全てを瞬時に思い出すというのは中々に難しい。

 しばらく考えた末、ようやく彼らは答えを思い出したのだった。


「あのスラム街でチンケなシノギをやってるところじゃなかったか?」

「ああ。貧民からカツアゲやってるところか。そういや俺らの傘下か?」


 か弱い貧民からの略奪を主な稼ぎとするカッソファミリーは、黒組の指揮下に入っている……が、やっていることが余りにもチンケなせいか、親である黒組から存在を忘れられていたらしい。


「……ま、そういうことなら無視って訳にはいかねぇな」


 ようやく思い出したと満足げに頷いた黒組の男は、続いて表情を変化させる。

 先ほどまでは格下のチンピラにも寛大な笑みを浮かべていたのだが、打って変わって獰猛な牙を剥く獣を思わせる形相となる。

 温度差の激しい百面相は脅し用の特技の一つだが、それは決して演技だけではない。どれだけ小さかろうがチンケだろうが、カラーファミリーの一員である組織が攻撃されたのだ。それを許してはファミリーそのものの沽券に関わる。それだけは許せないと、黒組の男はカッソファミリーのチンピラを引き連れて黒組アジトの奥へと進んでいった。


「お前、運がよかったな」

「へ?」

「本来ここは、お前らみたいな下っ端にも教えているような囮用のアジトだ。幹部衆もボスも本来ここにはいない」

「え?」


 当たり前だが、マフィアのボスともなれば多方面から命を狙われる立場だ。もちろん最強のマフィアであるカラーファミリー七人のボスの一人を狙うというのはかなりリスクのある話であるが、だからこそ一発逆転を狙うバカは常にいる。

 故に、七人のボス――カラーズの居場所は超極秘事項。当然、カッソファミリー如き三下が教えてもらえるアジトにいるはずがない。

 そんなことは考えたことも無いという表情のチンピラはあっけにとられているが、黒組の男は話を続けた。


「今丁度、このアジトにボスが視察に来てくださっている。本来ならそれなりの手続きが必要なボスへの報告をその場でできるんだから運がいいだろう?」


 にやりと笑う黒組の男が目指す先は、偶然立ち寄っていた彼らのボスの部屋。黒組のボス――すなわち、最高幹部の一人の居場所である。


「お疲れ様です。至急、ボスのお耳に入れたい話が」


 黒組ボスの部屋の前まで来た黒組の男は、扉越しに深々と頭を下げて挨拶をする。

 扉の前には当然ボスの警護を担当するボスの側近達が控えており、まずは彼らに話を通すのが筋だ。


「何事だ?」

「はい、うちの傘下のカッソファミリー……4番スラム街を塒にしているファミリーが襲撃されたとのことです」

「襲撃だと? ……そいつからの情報か?」

「はい……おい」

「へ? あ……ひっ!?」


 流石に一国の陰の支配者、その上澄みというべきか、黒組の者は一人一人に貫禄がある。

 それに対して、カッソファミリーの下っ端チンピラはいっそ浮いているというくらいに覇気が無く、ついつい彼を見る黒組の者達の目が鋭くなった。

 そんな殺気に、普段から弱い者いじめ以外やっていないチンピラが耐えられるはずもない。さっさと話せと圧をかける視線を受けながらも、しどろもどろになるばかりであった。

 それでも助け船を出すことは無く、ただ話し始めるのを鋭い目で待ち続ける。このままでは永遠に針のむしろだと理解したチンピラは、語彙力に欠ける説明ながらも一度入り口で行った報告を繰り返すのだった。


「……エルフの男女と魔物の少数? どういう組み合わせだ?」

「どこぞの組が奴隷を鉄砲玉に使ったのでは?」


 チンピラの報告によれば、カッソファミリーのアジトを強襲したのは小柄な魔物が二、三匹にエルフが二人。他に誰かいなかったかは不明という何とも頼りない情報であった。

 ともあれ、魔物もエルフも人間からすればそれは奴隷種族だ。確実に背後に誰かいるのだと推察し、姿を隠す敵のことを想像する。

 そんなとき――


「おもしれぇ話してるじゃねぇか?」

「ボス――お疲れ様です!」


 部屋の中で話を聞いていたのか、興味を持った様子の黒組統括――ノワール・カラーが姿を現した。

 浅黒い肌に無数の切り傷を残し、白髪を短く刈り上げているその風貌はまさに『堅気ではない』。年齢にして既に50を超える古株であるが、眼光一つで素人はもちろん、修羅場をくぐり抜けてきたつもりの自称腕自慢など一瞬で黙らせることができる脅しのプロである。

 なお、ノワール・カラーというのは本名ではなく代々の黒組ボスが名乗るコードネームであり、特にカラーの名は七人の『最高幹部(カラーズ)』を示す記号である。


「俺様の常識じゃ、魔物奴隷も亜人奴隷もとても人間様に刃を向けるような気合いなんてねぇ。そんな常識を無視して奴隷共を鉄砲玉に使えるように調教するとなりゃ……その辺の木っ端組織にできることじゃぁねぇな」


 ノワールは扉越しに聞いていた話から、敵の規模を推察する。

 通常、亜人にせよ魔物にせよ、人里に連れてくるまでに徹底的に心を折るのが普通だ。人間よりも劣る種族とはいえ最下級の魔物でも牙や爪を持ち、人並みの腕力もある彼らはその気になれば人間を殺すことも不可能ではない。

 そんな危ない存在をそのまま連れ歩くわけにもいかない。そのために、まずは何があっても人間に刃を向けることができなくなるまで徹底的に痛めつけるのだ。

 その性質上、通常ルートでいくら奴隷を仕入れても武力としては使えない。調教の過程を省略できる従属の首輪を使ったとしても、テロなどに悪用されないようセーフティーが付いており人間への攻撃命令は出せないようになっている。

 それを可能にするとなれば、それように調教できる特殊なノウハウを持つか、違法改造された従属の首輪を用意できる裏ルートを有するかなり大規模な組織が背後にいる……と考えるのが自然であった。


「そんな大規模な組織でうちに喧嘩を売るっていうと……?」

「三年前ならあそこがあったんですが……今となると……?」


 カラーファミリーはル=コア王国裏社会最強の組織であり、特別警戒すべき敵対者もいない闇の独裁者である。

 厳密には数年前までカラーファミリーに匹敵……とまでは言わないが二番手と言っていい商売敵がいたのだが、構成員の一人の裏切りを発端とする騒動で壊滅してしまった。

 たった一人の裏切り者にいいようにやられ、弱ったところをカラーファミリーに襲撃されてしまったのだ。

 それによって組織は壊滅し、その残党程度ではとても条件に見合わないのであった。


(そういや、あそこの壊滅のきっかけだったな……あの若造)


 ノワールは話の流れで一人の男……敵対組織を裏切った男のことを思い浮かべた。

 人とは思えない狂気を目に宿したその裏切り者は、その能力と容赦のなさをカラーファミリーの中でも少数精鋭部隊である『無色』に買われ、構成員として迎えられた。ノワールの同胞となったのだ。

 更に在籍して僅か二年と少しで多大な功績を積み上げ、今では『クリア・カラー』の名と共に『無色統括』の地位を与えられている。

 ノワールとしても今では自分と肩を並べることとなった若造のことは記憶に新しく、そんな今は関係の無いことを思い浮かべ、そして頭から消すのだった。


「考えられるとしたら……国そのものかもな」

「ボス……それは……」


 現状、闇社会でも早々用意できないようなルートを有する組織として条件に該当するのは、ル=コア王国そのものくらいのものであった。

 国の特権、権力を駆使すれば特殊な調教師を都合することも、調教試験に合格しない奴隷魔物を街中に連れ込むこともできることだろう。

 しかし……何故そんなことをする必要があるのか、そして何故末端とは言えカラーファミリーの傘下組織を襲撃しなければならないのかという疑問は残る。

 何せ、カラーファミリーからしても、腐敗が進む国の支配階級はお得意様なのだから。


「まず有り得ねぇが……ちと探りを入れてみるか」

「では、返しは?」


 返し――報復をどうするのかと、黒組の男は問いかける。

 普通ならば、どんな理由があれファミリーに刃を向けるような愚か者には死と恐怖を以って償わせる。それができなければマフィアなどやってられない。

 だが、ノワールはあえてその当たり前にストップをかける。長年裏社会で死を身近に感じてきた勘が、何かを訴えてきているのだ。


「準備だけしておけ。だが俺様が合図するまでは待機だ」

「わかりました。若いのを中心に準備だけはさせておきます」

「おう。それと……あの王子様に連絡入れておけ」

「王子……ドラム王太子ですか?」

「おう。もし国がらみで俺らに喧嘩売りに来たってんなら、何かしらリアクションがあるだろ。あのお坊ちゃんなら引き摺り出すのもそう難しくねぇし、もし断るってんなら一気に臭くなる。……何よりも、手土産があるからな」


 そこまで言って、ノワールは話の流れにすっかり置いて行かれ、ノワールの放つ威圧感に飲まれて目を白黒させているカッソファミリーのチンピラに目をやった。


「お前さんの話じゃ、襲撃者の中にはエルフが……それもメスがいたんだな?」

「は、はい! 間違いありません!」

「あの好色王太子様は、亜人にご執心だからな。エルフのメスを見つけたとなれば、もし無関係なら一も二も無く食いついてくるだろうよ」


 そこまで語ったノワールは、これ以上話すことは無いと自室へ戻っていった。

 すぐさま黒組の男達もボスの命令を遂行すべく動き出し、そして――


「お、俺はどうすれば……?」


 帰るべきアジトを襲撃され、助けを求めた親組織からはこれ以上用はないと無視されたチンピラは、心細そうに誰か声をかけてくれるまで棒立ちになるのだった。

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