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第126話「問答無用で制圧せよ」

「マフィア共の(ねぐら)はほぼ確定だ。これから落としに行くから準備しろ」

「いきなり何事?」


 ウルは新しい三人の犠牲者を引き連れ、一度拠点とした宿に戻ってきた。

 耳の穴から爆発する寄生虫を植え付けられる恐怖と絶望に三人のマフィアは顔を引きつらせ、この世の終わりのような顔をしているが……ウルに関わった者は種族問わず一度はこういう顔になるため、他のメンバーは気にもしていなかった。


 もっとも、前置きなしの命令には流石にツッコミを入れるコルトだったが。


「出かける前にも話したとおりだ。裏取りの結果、情報に間違いは無かったとひとまずは思っていいだろう。あいつらもこいつらも同一の虚偽情報を握らされているパターンもないわけではないが……そこまで考えていたら何もできないからな」

「えーと……一度話を整理すると、これからマフィアって組織の人間を潰しに行くって話だよね? 目的は情報収集の人材確保」

「そのとおり。まずはカッソファミリーとかいう小規模団体を制圧し、その縁から一気に本丸まで攻め込む。カッソファミリーとやらは情報を集めた限りではさほど問題は無いが、親組織のカラーファミリーとやらは未知数な部分も多い。もしかしたらそれなりの強者もいるかもしれんが、まぁその辺を見定めるのも目的の一つだな」

「カッソファミリーってのがどのくらいなのかを自分の身体で確かめて、部下の力量から親玉の力を推測しよう……って意味でいいのかな?」

「最近は話が早くて助かるぞ小僧。とはいえ親玉の方が極端に強いとか、こいつらが極端に弱いってこともあるから参考程度だがな」


 ウルはそこまでで話を切り、改めて命令を下す。


「まずは小手調べとしてカッソファミリーを制圧する。距離はここからそう遠くないので、心の準備その他はこの場で済ませろ」

「……留守を守る者は?」

「不要だ。別にここを落とされてもさほど困らんし、今回のメンバーの実力を知るためにも全員出撃とする。何か不服は?」


 ウルは全員を見渡し、何か意見が出るか数秒待つ。

 特に反対意見が出ないことを確認した後、魔王の号令がかけられた。


「では行くぞ。人間の悪党との戦いというのも、中々新鮮でいいものだ」


 魔王の旗印の下、魔物、エルフ、人間の混成部隊が動き出す。哀れな囚われの人間達を案内として。

 元々拠点とした宿がカッソファミリーの縄張りであったこともあり、歩いてもアジトまで時間はかからない。すぐさま辿り着いた先は、スラム街にある他のぼろ家と一見代わり映えしない建物。何でも、カッソファミリーは極普通の廃墟の下に地下室を作り、そこを拠点としているらしいのだ。


「何ともまぁ、青空が見えない場所だな」


 裏の人間らしい偽装……とも言えるが、マフィアなどと堂々と名乗るわりにはセコいアジトである。

 これではウ=イザークの街でただ集まっていた自称反乱軍の不良グループと何も変わりはしない。今では彼らもウルの策略のついでに民衆の代表のようなポジションを与えられ表舞台で四苦八苦しているので、現時点の評価を比べるなら彼ら以下だろう。


「さて……先陣は誰が?」


 地下に拠点を構える犯罪組織。事前に構成員から聞き出した情報で既に判明していることだが、予備知識なしでも『何か罠がある』くらいの発想は浮かぶだろう。

 具体的には、カッソファミリーのアジトはまず入ってすぐの部屋に下っ端が何人か待機しており、身内以外の人間が入ってきたら脅して追い返す。仮に下っ端を武力行使により排除した場合――つまり正当な手続きを踏まずに地下への扉を開いた場合、トラップが作動する仕掛けが施されている。

 まずは床に設置されている地下室への扉を仕掛けの解除なしに開いた場合、毒矢が飛び出してくる。それを何とかして入り込むとそれなりに長い一本道となり、地下なので当然通気性皆無の空間を進むことになる。そこに毒ガスを撒く仕掛けになっているのだ。

 彼らの居住空間までは届かないように計算されているが、一度発動すると自分達も換気が済むまで外に出られなくなるという中々に不便な仕組みである。確かに侵入者の排除だけを考えれば有効な手段かもしれないが、もう少しなんとかならなかったのかとウルも苦笑する仕掛けだ。


(俺が行けば話は終わるが……それでは芸があるまい)


 仕掛けの全てを知っているウルが先頭を行けば何の問題も無く解決できる。仮に情報源となったマフィア達が知らされていない奥の手、第三の罠があったとしても対処する自信があった。

 しかし、罠があると知って先頭を進むのは王の役目ではない。戦場において誰よりも前を行き味方を鼓舞するという在り方もまた王道であることは認めるところであり、実際にウルはその手の無謀は好むところであるが、流石にカナリアの真似事は話が違うだろう。


 故に、ここは配下に先頭を行かせ、お手並み拝見といきたいところであった。


(今の面子は俺を除いてコルト、クロウ、シークー、ミーファー、グリン。こういう仕事に一番適しているのは間違いなくグリンだが……)


 定石で考えれば、潜入技術を中心に磨いてきた暗鬼グリンこそが相応しい。罠の設置、解除を専門とすべく鍛錬を続けてきたグリンならば最適な行動を取れるだろう。

 しかし――それでは確実すぎて面白みが無い。


「できるとわかっている奴にやらせても成長にならんか……よし、コルト、お前が行け」

「え? 僕?」

「どうも毒物が中心のようだからな。罠の類いは専門ではないとは言え、慣れたものだろう?」

「……まあ、森の異界生物に比べたらマシだろうけど……了解。危険手当で研究費増えない?」

「出来高制で考えてやる。無様を晒せばカットするがな」

「……鬼、悪魔、外道」

「鬼ではないが悪魔で外道ではあるぞ? ……そら、とっとと行け」


 結局、駆り出されることになったのはコルトであった。

 コルトもシルツ森林やここ数年で新しく支配下に置いた領域の探索に赴く事が多く、下手な人間の罠などより何億倍も危険な『魔王ウルの領域』を命懸けでクリアしていきた実績がある。毒物の扱いにも長けていることから、なんとかなることだろう。

 それでもナチュラルに危険に放り込んだ挙句、報酬は成功報酬のみの罰金ありという宣告にぼそりと文句をいうコルトであったが、生半可な嫌味など魔王には通用しないのである。


「はぁ……お邪魔しまーす」


 命じられたコルトはこれ以上の問答は時間の無駄と諦め、真正面からマフィアのアジトの扉を開いた。


「あ?」

「コボルト?」

「誰の飼い犬だ?」


 当たり前のような顔をして扉を開けたコルトに対し、中でカードゲームに興じていたらしいマフィアの下っ端達は訝しげな目を向けた。

 この場所にファミリーの人間以外が来ること自体まずないことなのに、やって来たのは妙に整った服装をしたコボルトとなるとどう対処すればいいのか困惑するのも無理は無い。


 そんな人間達に時間を与えても、恫喝で追い返すくらいの返答しか期待できないためコルトはさっさと行動に移るのだった。


「[無の道/二の段/多念拳]」

「ぶばぼっ!?」


 コルトが発動した無の道によって作られた魔力の拳。部屋で屯していた人数分用意されたそれは、同時に全ての標的の頭を打ち据える。

 それで終わりだ。熟練した戦士でもなければ魔道士ですらないただのチンピラの戦闘力など、こんなものである。


「えーと……次は地下室だっけ?」


 予めウルから教えられていた『捕えたマフィア達から聞き出した情報』を思い出しながら、床にあるという扉を探す。

 多少はわかりにくいように偽装されてはいるが、あると知っていれば素人でも発見するのはそう難しくはない。コルトもあっさりと目的のものを見つけ、しかし地下への床扉に近づくこと無く、先ほど発動させまだ維持している魔道の手を操作した。


「無理矢理開けると中から毒矢らしいけど……これなら関係ないよね?」


 念力の手でこじ開けられた扉から、情報どおり毒矢が飛び出してきた。しかしターゲットであるコルトは扉から十分離れて安全確保しているため、虚しく矢はぼろ家の壁に突き刺さるだけであった。


(毒のタイプは……うん、気化したりする奴じゃないね。傷口から入らなきゃ意味ない奴だ)


 念のため壁に刺さった毒矢を観察し、現状における危険性が無いことを確認するコルト。

 続いて、地下への通路の安全確保だ。


「[無の道/三の段/障壁通路]」


 コルトは両手を開かれた床扉にかざし、そこから薄く広く魔力を放出する。

 これは魔力の通路を作る魔道であり、障壁を中を通れる通路状に展開することで成り立つ。そこまで強度があるものではないがその分長く延ばすことができ、猛毒の煙などを発する植物の群生地などで自分の安全を確保するためによく利用しているものだ。


「ついでに[地の道/二の段/大気生成]」


 通路の安全性を完全なものにするため、コルトは新鮮な空気を魔道により生成し、自身の作り出した障壁通路に流し込む。これで呼吸の心配は無い。

 この通路に仕掛けられている毒ガスとやらがどんな手段で通路に撒かれるかはわからないが、床も壁も天井も魔力でコーティングしてしまえば無力化できるだろうという考えだ。


「ねえウル、こんなもんでいい?」

「ま、合格だな。地下室とやらへの距離と設計は把握できたか?」

「うん。突き当たりの扉まで通路伸ばしたから全部把握してるよ。その先はまだわからないけど」

「フム……ならば、先に進むとするか。クロウ、お前はここに残って退路の確保と警戒だ」

「わかりました」


 敵地に侵入する場合、退路の確保は必須だ。もし背後から挟撃されれば最悪の結果にもなりかねないため、そこの警戒は怠らない。

 傲慢で自信家な魔王ではあるが、しかし敵を侮ってやるべきことをやらないのは彼の美学に反するのである。


「念のためその人間達に先行させる?」

「そうだな……おい」


 コルトの提案で、更に万全を期するため通路の先導は寄生虫を植え付けられたマフィア達となった。

 自分達のアジトへ強襲を仕掛ける敵のために動くなど、どう転んでも碌な未来は待っていないが……既に命の全てを握られている彼らに逆らうという道はない。


「くそ……」

「何でこんなことに……」


 カッソファミリーの捕虜達は、絶望という言葉が相応しい表情のままコルトが作った道を進む。

 その姿だけを見れば非常に哀れで良識のある者ならば救いの手を差し伸べたくなる姿だが、彼らも暴力で人を虐げ搾取する道を自ら選んだ悪人。それぞれに事情なり歴史なりはあるだろうが、同情の余地はない。


「……特に何事も無く到着したね」

「途中でガスを出しているのだろう管が潰れていたくらいだな」


 不幸中の幸いというべきか、下っ端マフィアには知らされていない防衛機能は存在していなかったようだ。

 鉱山のカナリア代わりに使われたマフィア達は何事も無く彼らの拠点に到達した。


 後は扉を開けば――何も知らない裏社会の無法者達の歓迎を受けることだろう。


「作戦はシンプルだ。問答無用で制圧せよ」


 ウルは後は扉を開けるだけというところまで来たところで、それだけ告げた。

 交渉や降伏勧告は不要。とにかく力を示せ……という命令である。


「殺しは極力無し。今作戦の目的は手駒の補充だからな」

「とにかく動けなくすればいいんだね?」

「そうだ。説得はその後ゆっくりすればいい……できれば一人も逃すこと無く情報も遮断してやりたいが、仮にも犯罪組織のアジト。抜け道や緊急避難用の通路くらいはあるだろう。もちろん発見次第潰すが、今回は多少なら逃げられても構わん」

「え? いいの?」

「まさか裏社会のならず者が公的な治安維持組織に助けを求めることもあるまい。逃げた場合に助けを求める先は、十中八九こいつらの上――カラーファミリーとやらだ。傘下組織が襲撃されたとなれば、次は自分達かもと警戒させる宣戦布告代わりになる」

「……なんでわざわざ警戒させるの?」


 コルトはウルの話に素直に疑問を投げかける。どうせ攻撃するなら待ち構え警戒している相手よりも油断している方が絶対に好都合だろうという意図を込めて。


「ただ駆除するだけならアホらしい行動だが、今回は手駒に加えるのが目的だからな。下手に『油断してなければ』とか『卑怯な手を使われただけでまともに戦えば』とか、そんな言い訳の余地を残すと後が面倒なのでな」

「……勝てることが前提なんだね」


 力の差を理解させるためには万全の準備を整える時間を与えた方がいい、という魔王の理論。

 年月を経て成長してきたといっても、一度形成された心の根っ子は変わらないコルトからすると『相手が万全だろうが勝てて当然』と胸を張って言うウルのような自信よりはどちらかというと恐怖の方が勝ってしまうのだが、言っても聞かないのはわかっているのでため息を吐くだけで終わらせる。


 他のメンバーに異論は無い。自宅へ帰るかのような気楽さでマフィアの拠点の真の扉を潜り、そして――


「あん? なんだテメェら――」

「行け」


 ――蹂躙が始まる。

 カッソファミリーは中小規模の組織。戦闘員とされているものも常人の域を出ず、三年の年月をかけて魔王の教えを受けた今のコルトに、グリンに、シークーに、ミーファーに敵うはずも無い。

 コルトは先ほどのように数を重視した魔道で人間達の意識を狩り取り、襲いかかってくる相手は小回りを生かした体術で制圧する。

 グリンは影に潜み背後より一撃。ただそれだけを繰り返すことで何もさせずに制圧。

 シークーはミーファーを守ることを最優先に立ち回りを考え剣を手にし、ミーファーはシークーを信じてその精度を飛躍的に高めた魔道を放つ。

 ウルはその様子を後方で採点する試験官のように観察しながら、逃げ出そうとする人間を魔道で縛り上げる。


 せめてもの抵抗か、一番の使い手であったらしい巨漢が深めに被ったエルフ二人のフードを払いのけ顔を晒させるくらいのことはできたものの、強襲より僅か5分。

 カッソファミリーのアジトは、魔王ウル率いる僅かな兵の手によって陥落したのであった。

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