第118話「閑話・魔王の休暇」
「……………………………………」
黙々と、黙々と毛むくじゃらの手を器用に動かしカチャカチャと何かを解体していく。
「………………魔石を加工して動力源に、か。無駄の多い仕組みだな」
些か乱暴な手つきで人間の世界で流通している魔道具を解体しているのは、魔王ウル・オーマその人であった。
ア=レジルを制圧してからずっと、ウルは様々な仕事があり自由な時間は取れなかった。僅かに空いた時間があったとしても、自身の鍛錬や配下の修練に充てていたのだ。
しかし、ウ=イザークを攻略し、悪意の影を取り戻したことで動かせる手が大きく増えたことで、ある程度纏まって自由な時間を取る事も可能になってきた。
そこで、そんな時間を使い、魔王の役目ではなくウルの個人的な趣味……魔道具作りを久しぶりにやってみようとしたのである。
場所はウ=イザーク城下町の一角……ウルの支配領域として便利に使う区画にするため、シャルロット新公爵最初の仕事として修繕工事の予算を組んだ場所である。
勇者の暴走――ということになっている魔王の暴虐により住民が全滅した区域でもあるため、無関係の住民が入ってくることはまずないだろう。
(魔道具のエネルギーを魔石に依存。それでは魔物狩りも盛んになるわけだ。知識としては既に知っていたことだが……こうしてじっくり見てみると、中々この機構の考案者とは趣味は合いそうだ。合理性という意味ではそりが合わんが)
人間の作る魔道具のエネルギー源は、魔物から抉りだした魔石を加工したものが使われている。
この魔石とは、魔物にとって第二の心臓のようなものであり、ハンター達は魔物を狩ったならば必ずこの魔石を抉りだして懐に入れる。荷物の都合で死体を放置することはあっても魔石を放置することはあり得ない……と、誰もが当たり前に考えているくらいには人間にとって重要な資源なのだ。
だが、魔物からすると心臓を抉りだして埋め込んだ道具である。
魔石はあくまでも心臓の『ようなもの』であって、本当に心臓というわけではない。実物は鉱物のような形状、性質を持っている物体なので内臓的なグロテスクな印象は受けないだろうが、それでもかなりエグいことをしていると言えるだろう。
「生物の内臓を利用した道具は割と沢山ある。まぁ、発想としてはわからなくはないけどな」
動物の内臓を利用した道具というのは、何も悪魔的な発想……というわけではない。
動物の死体を利用した道具などいくらでもあり、毛皮や骨を材料とする道具など日常的に使われているものだ。その延長と考えれば、特に責められるような発想というわけでもないだろう。
中には爆弾の材料として動物の内臓を加工した入れ物を利用したりと言ったケースもよくある話であり、総じて人間界の魔道具の理念そのものは魔物からすると気分が悪いという以上の問題は無い。
「まぁ、俺ならもっと効率のいいエネルギーを動力にするがな」
以前ア=レジル攻略の際に捕え、穴蔵に落とした技術者が自慢していた洗脳系の魔道具もそうだが、魔王ウル・オーマからするとこの時代の道具ははっきり言ってレベルが低いものであった。
技術者ではなく王であるとは言え、ウルの魔道具作成――魔化技術は専門家顔負けのものがある。厳密に言えば道具の作成能力自体は素人の日曜大工レベルであるが、魔化の分野に限れば一流の職人も裸足で逃げ出す練度だ。伊達に長く生きてはいない。
「千年かけて技術の進歩どころか劣化しているというのは気に入らんが……どれ、まずはこいつを軽く改造してみるとするか」
技術とは進歩するものであり、常に最新こそが最強であるべきだ。
だと言うのに、千年の空白を持つ魔王の技術よりも現代の技術が劣っている。それは一人の技術者として落胆以外の何物でも無い事実であるが、支配者としては楽と言えば楽である。
何せ、現代の技術書をざっと見た限りでは失伝してしまっている数々の技法を再現するだけで、大きなアドバンテージとなるのだから。
「動力源は使用者供給型にするか? いや、それよりもまずは自分用と考えて領域供給型にする方が便利だな」
ちょいちょいと、ウルは手を器用に動かして魔道具の心臓部と言うべき場所を組み立て直していく。
圧倒的なスピードで魔道具に印された魔道陣を書き換え、施された魔化を初期化しては新しく組み替えていくのだ。
現代に生きる人間の魔化技術者が同じことをやろうとすれば、優に半日は取られるだろう複雑怪奇な仕組みを数秒で刻んでいくウルは、ものの数分でその手を止めるのだった。
「……フム。まともな材料を使うのは久しぶりだったが、まぁまぁ悪くないタイムだ」
ウルは側が些か歪んでいるが中身の完成度は別物と化した完成品を眺めながら、まだまだ腕は衰えていないなと自画自賛する。
復活して以来、ウルが作ってきた魔道具は木の枝や木の盾に無理矢理魔化を施すといった間に合わせばかりであり、とても作品と呼べるものではなかった。
そもそも普通の魔化技術者では、そんなただの木の棒に魔化を施すなど不可能としか言いようがない超高等技術なのだが、完成品の質だけで比べるなら普通の魔化武器よりずっと落ちるだろう。
そんな鬱憤が溜まっていたのだが、今作ったのは一般に魔道具を作る素材として合格点が与えられるものを使っている。人間が作った魔道具を再構築しただけなので異界資源を使った最高級品とはいかないが、ウルの腕と合わせればかなりの出来と言えるだろう。
「……ウム。ちゃんと動くな」
ウルは自作した魔道具を起動させ、その性能のチェックを行う。
自分が作ったものに限って動作不良などあり得ないという自信はあるが、それはそれとしてチェックは大切だ。
過去にやらかした経験もあるためか、その辺の常識はある魔王であった。
「やはりこういった道具は一つ手元に置いておきたいからな」
誰に聞かせるためでもなく、自分の作品が意図したとおりに動く姿に満足する声を漏らすウル。
そのまま、ウルは魔道具の成果を口に運ぶのであった。
「やはり自動湯沸かし器は生活必需品だ。これで茶を入れるのが楽になる」
無駄に高度な技術を使い、生まれ変わった魔道具……その正体は、起動させれば内部に入れた水を自動的にお湯に替えてくれる湯沸かし器であった。
非常に平和的で生活臭が漂う道具であるが……あると便利である。一々火を付けて沸かさずとも勝手にお湯になってくれるというのはあると結構便利で、ウルも封印以前の生活では自室に必ず置いておいたものであった。
「後はもう少し巨大化させれば風呂を沸かすのも楽になるか……まだまだ城の使用人には姿を見せられんし、シルツ森林の方に一つ置いてみるかな」
意外ときれい好きなウルは、風呂も好んでいる。
同じ原理でより強力な魔道具を作れば簡単に風呂を沸かすことも可能であり、給水ポンプ辺りも一緒に作ればボタン一つで風呂を沸かす家庭用魔道具も作れるだろう。
そうして考えてみれば、まだまだ日常生活に欲しい道具というのは山のようにあるなとウルは一度目を閉じ――
「……やるか。復活以来、文明的な暮らしというやつからどうしても離れていたが……やはり、王として最低限のものというものはある」
ウルはそう呟き、肩を軽く揉んで気合いを入れた。
配下の魔物達に文明を教え、生活水準を上げる努力こそしてきたが……まだまだ、王に相応しいものは揃っていない。
それを王自らが整えるというのも何かおかしな話ではあるが、趣味と実益を兼ねた遊びの延長というのならば悪い話では無いだろう。
「ガラクタは仕入れてきたことだし、偶にはジャンク再生というのも趣がある」
そう言って、ウルは自分の隣に作られた山を見た。
そこには、人間の世界で売られている魔道具が積まれていた。そのほとんどは持ち主がいなくなった遺留物を勝手に持ち出したものであり、今回ウルが魔道具作成の材料に使えないかと適当に拾ったものである。
そのどれもが、ウルが発動した究極魔道氷結地獄の威力を受けて機能を停止させたゴミなのだが……元々、一から作り直すつもりのウルには余り関係が無い。
「どれ……全盛期の切れ味を取り戻すつもりで、遊ぶとしようか」
魔王ウルの作る魔道具は、太古の世界ではどれも超が付く希少品として少数のみ世に出回っていた。
単純に趣味活動としてやってきたこともあり、元々数は少ない。その上ウルは自分が欲しいと思ったものを自分用に作るだけなので、世に出るのはどれもウルが使って飽きたか上位互換バージョンを作ったかで捨てたゴミしかなかったのだ。
そんなものでも、史上最高の魔化技術を持つウルの作品には高い需要があり、目玉が飛び出る値段で取引されていたものだ。
「やはり冷蔵庫と冷凍庫は必須だな。久しぶりに氷菓子を食ってみたいし、やはり水も酒もキンキンに冷やした方が旨い。あ、それと空調を整えるタイプもいるな。調理器具も用意すればメシの質も……いや、その前に防犯装置の方が優先か?」
珍しく、本当に珍しく邪気の無い笑みを浮かべるウルは、気の向くままに手を動かしていく。
そこに使われる技術は、どれも現代では失伝した伝説に謳われるものばかり。もしこの光景を魔化職人が見ていれば、相手が魔王であることなど忘れて弟子入りを求めて頭を地にこすりつけることだろう。
そんな逸脱した技術をフルに使い、魔王は自らの欲望を満たすべく次々とオーパーツ染みた生活便利道具を量産していくのであった。
「あいつらも最低限、このくらいはできてほしいのだがな……」
ウルは、自分の技術を教えている現代の配下達のことを思う。
最初に比べればかなりマシになったとはいえ、まだまだウルの求める水準には至っていない。
魔化技術班の班長を任せている七色の小鬼長のロットを初めとした魔物職人達も頑張ってはいるのだが、彼らが一年かけても今ウルが秒速で作り続けているような作品の一つも作ることはできないだろう。
そのくらい、魔王ウルの技術は常軌を逸しているのであり……だからこそ、基準が厳しくなってしまうのであった。
「人間の職人共は根本の技術に失伝が多すぎるし、かといって俺が知らないような最新の技術発想もほとんどないようだし……国の産業として魔化道具を組み込もうとは思っているのだが、まだまだ難しいかもしれんな。商売として実用化するには一年はいるか……?」
わざわざ他人のための商品を自らの手で作るつもりなど欠片もないウルは、配下達の技術力ではまだ現代の商戦を勝ち抜けるようなクオリティの製品を揃えるのは難しいかと独りごちた。
だが、せっかくの趣味の時間に仕事のことを考えるのは不健康だと、頭を振ってそんな思考を外に出すのだった。
「そんなことよりも、今を楽しむとしよう……後30分くらい遊べるな。どれ、せっかくだから調合用のアレでも作ってみるか?」
一通り思いつくものは作ったウルは、最後にふと思い付いたものを作ることにした。
薬品を調合するときに使う道具であるそれは、コルト辺りに使わせれば更に技術の発展を期待できることだろう。
個人的な趣味の延長である調薬にも使えるだろうし、中々いい考えだと公務開始前の最後の作業を始めるのだった。
「やはり遠心分離機は無いと不便だからな。まぁ腕力でも似たようなことはできるから必須ではないが」
こうして、魔王の僅かな休みは過ぎ去っていくのであった……。