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第116話「閑話・国家運営下準備」

本日より更新再開いたします。

またしばらくお付き合いください。

『これより貴様らには馬車馬がドン引きするくらいには働いてもらうが、文句はないな?』


 ブラック企業もそこまでは言わないという言葉から話を始めたのは、正真正銘の悪魔ウル・オーマその人であった。


「……今日より、貴方がたには私の下で働いてもらうことになります。急な革命に動揺していることでしょうが、私と共にこの産声を上げたばかりの国を支えてもらえますか?」


 悪魔まる出しの言葉を聞いていたのは、シャルロット・イザーク。

 ル=コア王国より独立を宣言し、新国家イザーク公国の公主として君臨することとなった女支配者だ。

 しかし、彼女自身にその意思はない。悪魔との契約に基づき、表に出ない魔王の代弁者として人間達を支配する役を命じられた彼女の正体は……人類の裏切り者である。


 そんな彼女は今、『適当に翻訳しろ』という命令に従っていた。できないわけではないだろうが人間向けに言葉を飾ることを面倒くさがった魔王の言葉を、当たり障りのない表現に変えるのが今のお仕事というわけである。


 その言葉を聞いているのは、上質な衣服を身に纏う人間達……貴族である。


「もちろん文句などありません」

「我々は貴方に忠誠を誓いましょう」


 頭を下げる人間の貴族達。彼らは消息不明ながらも確実に死んでいると公的に認められている、前公爵エリスト・イザークに仕えていた元ル=コア王国貴族達――代官だ。

 イザーク公爵家の領土は広大であり、いくら何でもその全てに前公爵エリスト一人で目を光らせることはできない。そこで、彼の部下である貴族達が彼の代役として町や地方単位での支配を行っていたということである。

 イザーク公爵領が独立を宣言した際、その支配下にあった代官達も巻き込まれる形でル=コア王国より離脱を宣言することになった。彼らには代官としての地位を返上し、無職無役の貴族としてル=コア王国に残る道もあったのだが……一度甘い蜜を吸った人間にそんな未来は許容できない。


 なによりも、彼らはエリストが選んだ代官……すなわち、行っていた悪事の片棒を担いでいた人間である。

 そんな人間が突然後ろ盾を失ったまま国に戻ることなどできるはずもなく、何としてでもイザーク公爵家の庇護下に入ろうとするのは当然のことであった。


「父は様々な悪事に手を染め、民の怒りを買い、聖女様にさえ諫められることとなりました。これからは、民のため、決して父の二の舞にならぬよう努力していこうと思います。何か異論はありますか?」

「異論などあろうはずがありません。我ら一同、シャルロット様へ忠誠を誓った身です」


 この場に揃った代官達は、皆内心など欠片も表に出さない笑みを浮かべて頭を下げた。

 しかし、表情から心を読むことができなかったとしても、何を考えているかなど考えるまでもないだろう。


『大方、お前のような小娘の目などいくらでも欺ける……という程度の考えしかあるまい。頭の中はお前をどう騙して今までどおりの生活をするか……だけだろうな』

(わかっています。それで、これからどうするのですか?)


 シャルロットを背後から操る魔王が嗤う。


 彼らは皆、エリストの指示に従い不正に手を染めていた汚職役人。エリストの死は青天の霹靂だったとはいえ、だからといって彼らが改心する理由など一つも無い。

 むしろ、利権の大本を握っていたエリストの代わりに何も知らない小娘が立つというのならば彼らからしても好都合というものだ。何の実績も無い小娘に頭を下げるのも、大国の国王すら越える発言権を持つ聖女アリアスの後ろ盾があるシャルロットに表立って逆らうことはできないという理由もあるが、それ以上にいざという時に責任を被せられる操りやすい駒が手に入ったという理由の方が大きいだろう。


 そんなこと、言葉にされずとも理解していると思念で答えたシャルロットは、魔王の次の指示を待つのだった。


『簡単だ。一つ署名してもらえ。これからは、クリーンでクリアな政治を心がけましょうって清廉潔白を誓うサインをな』

「……皆さん、これよりイザーク公国を支える者として、誓いを立てたいと思います。これからは不正をすることなく、正しき政を……その誓いを立ててください」


 魔王の言葉を自分なりの表現で示し、シャルロットは一枚の紙を――血判状を取り出した。

 大陸共通の文化と言うべきものだが、こうした団結の際、組織の結束を示すものを作るのはよくやられることである。

 特に政治を司る貴族の集まりの場合、彼らが誇りとするその血を使った誓いを作るのは定番であった。


「なるほど、無論構いませんとも」


 貴族達を代表するように、一人の壮年の男が前に出てきた。

 紙切れに書かれている誓い文――不正をしない、民衆を不当に傷つけないといった極々当然の内容――を確認した後、自分の名前を記す。そして、一緒に用意されていたナイフを手に取り、僅かに親指を傷つける。

 そこから流れる血を自分の名前の下に判子として押し、一人分の署名が完了だ。


 他の貴族達も次々とサインと血印を押していき、こうしてイザーク公国の初代政権が誕生したのだった――







 ――と、いう出来事があってから一週間ほどが経った。


「フム……今日も一人引っかかったな。早速行ってくる。留守は任せるが、何かあったら悪意の影(デビルズシャドウ)に言えば俺に伝わる」

「わかりました」

「護衛は私に」

「うむ。俺の影に入れ」

「御意」


 人間の国を陰から支配する、その構想に従い着々と準備を進めている魔王軍は、多忙であった。

 これからは個として強いというだけではなく、より組織的な強さを求められることになる。そう何度も奇襲奇襲で成功するわけもなく、いずれは人類国家と真正面から総力戦をしなければならないときは必ず来るだろう。

 そうなれば、今の魔王軍など所詮少人数のちっぽけな団体に過ぎず、瞬く間に数の力に押しつぶされるのは想像に難くない。

 正式に、毅然と魔王の国を復活させるためには、どうしてもより大きな力が必要だ。そのためには……人材と金、である。


(今のあいつらじゃ、武力はともかく金勘定は無理だからな)


 こつこつと教育を続け、最近は貨幣というものの価値を理解できるようになってきた魔王軍の構成員達であるが、所詮そのレベル。

 海千山千の貴族や商人達の相手などできるはずもなく、仮に戦闘もとい銭闘でもやらせれば百戦百敗は確実だろう。

 そのため、資金集めの類いにはそれに慣れた人間を使いたいというのが本音だ。


 ウル本人が直接商売に乗り出せば失敗するとは限らないが、他にもやるべきことは山のようにあり、何よりも王である自分が細かい金勘定に一喜一憂するのは相応しい姿とは言えないというプライドがある。

 王とは無理難題を押しつける側であり、暴君であることを自負する魔王としては金とは湯水の如く使い倒すものであり、コツコツ貯めるものではないのだ。


「と、いうわけで――俺の人形として、しっかり働いてもらわねばな」

「な、なんだ貴様!? 怪物――」

「税金の着服および公金横領。架空の工事を報告してその費用を懐に入れているな? ついでに、妻子持ちのくせに娼婦に入れ込んで隠し子までこさえているか……まぁ、俺としては数が増えるに越したことはないから別にそれはいいのだが」


 目的地へ到着したウルは、あきれた目で目的の男――新公国の血判状のサインした貴族の一人を見下ろす。

 ここは代官として着任している貴族の屋敷であり、当然厳重な警備が敷かれているが……大本である公爵家の警備すら問題にしなかった魔王からすれば、いつでもお入りくださいと看板が立てられているとしか思えないくらいのガバガバ警備だ。

 この屋敷も完全に掌握した後は、警備システムを見直す必要があるだろう。現在進行形で『魔王流の要塞化』を施している公爵城の改築が完了してから、の話だが。


「だ、誰かいないのか!? 怪物が入り込んでいるぞ!」

「音消しの結界張っているから何を叫んでも無駄だ。さて……とっとと始めようか。【魔王の功罪(ウルズメリト)悪魔との契約(デビルズサイン)】」

「ぐぉ……!?」


 ウルは貴族の言葉を聞くつもりもなく、さっさと契約違反の罰を与える。

 魔王の支配下にて、不正を働くことはまず不可能だ。事前に交わした契約に違反すればどんな些細なことでも術者であるウルにそれが伝わるのだから、隠蔽などできるはずもない。


 そして、莫大な魔力で魂を守ることができる聖女と違い、所詮はただの人間でしかない一貴族が魔王の功罪(メリト)に逆らえるはずもない。

 一瞬で魂を抜かれ、空っぽになった身体から力が抜けて倒れ込む。


 本来ならば、後は食料にするか不死者(アンデッド)の素材にでも使うかなのだが……今のウルには、別の選択肢があった。


「【魔王の功罪(ウルズメリト)悪意の影(デビルズシャドウ)】……その器に入れ」


 影より自身の魂を分けた悪魔を呼び出したウルは、影の悪魔に魂が宿らない肉体へ入ることを命じる。

 その命令に影は逆らうこともなく、素直に入っていき――


「……う、ム」

「問題は?」

「ないな。では、これからは私がコーラル・アイアンテイルとして尽くすとしよう」

「そんな名前だったか? まぁいい。では、任せるぞ」


 立ち上がった貴族――コーラルは、不遜な態度でウルに頷いた。


 これぞ、悪意の影(デビルズシャドウ)第二の使い方。悪魔との契約(デビルズサイン)とのコンボ技だ。

 通常、取り憑いた相手の魂と融合することでその価値観を歪める悪意の影(デビルズシャドウ)だが、相手の人格を思うように操るといった使い方はできない。

 しかし、何かしらの手段で魂を抜き取り空っぽになった肉体に取り憑けば、それは純度100%ウル自身の意思を宿した肉体ということになる。

 この手順を踏めば、相手の身体を自由に操ることも可能というわけだ。魂こそ空っぽだが脳みそはそのままなので、記憶の読み込みも肉体が思い出せる範囲でならば可能であり、乗っ取りに気がつかれることはまずない。

 本人不在で魂と肉体の同調率が0%になってしまい、戦士として活用することは難しくなるという欠点はあるが、情報収集や文官の補充には最適の使い方である。


 こうして、ウルは自分に忠実に従う――というよりは自分の手足の延長という感覚で手駒を増やしていった。

 血判状という名の悪魔の契約書にサインした貴族達は、ほぼ全員がその誓いを破り、次の瞬間には魔王に肉体を奪われ魂を貪られることとなるだろう。

 そして、その手の不正を働く役人というのは、使い方が碌でもないというだけで能力自体はあるものだ。特に自分の欲を満たせる……金銭を貯めることに関しては一流のものが揃っている。

 悪意の影(デビルズシャドウ)の影響を受けた個体の能力はあくまでも本人の能力に依存するため、そこは重要なポイントである。


(国の運営は傀儡にした人間を使えばとりあえずは問題なかろう。不正に()が漏れる問題を解決した以上、その性能は人間の中では屈指のものだからな)


 元々、能力だけで言えば優秀な肉体から人格を剥ぎ取り利用するのだ。そこに悪意の影(デビルズシャドウ)経由で魔王の悪知恵まで与えられるのだから、政治に使う駒としての性能は及第点となるだろう。

 更に、そんな優秀な人材が不正の類いを一切行わず、馬車馬ですら同情するくらい熱心に働いてくれるのだから……もう支配者としてはこれ以上無いくらい有り難い存在だ。


(さて……直近の事務は影の分身に任せていることだし、俺は聖女に減らされた戦闘用の手駒でも増やしに行くか)


 身体に宿さずに直接悪意の影(デビルズシャドウ)のまま動かせば、完全にウルのマニュアル操作で動かせる。

 それを利用し、今この瞬間も一人で何十人分もの仕事をウルは熟している。正直なところ、こういった細かい作業は本来配下がやるべきことであり、王である自分はもっと大雑把な方針を決めるだけで後は勝手に動くというのが理想なのだが、現実はまだまだそこまで追いついていなかった。


 今はそのためのシステム作りの途中なのだ。そう自分を慰めて、新公国で一番馬車馬のように働いている自分を見て見ぬ振りする魔王であった。


(前の戦いで手に入れた綺麗な死体は山ほどあるし……フム。気晴らしにあの術式を試してみるかな?)


 凍結封印により巻き込む形で殺した人間達の死体を思い出し、せっかくならと半ば趣味と化している魔道の研鑽もついでにやろう。

 そんな楽しみを思い浮かべながら、魔王は闇に消えていく。


 新公国の裏側は、真っ黒を通り越した暗黒であった……。

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他力本願英雄
― 新着の感想 ―
[良い点] コミカライズ!!おめでとうございます!!
[一言] 連載再開待ってました! そしてコミカライズおめでとうございます
[良い点] コミカライズ決定&更新再開ありがとうございます!めでたい!
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