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第110話「十分人生は楽しんだだろう?」

 現代における、魔道の終着点は五の段とされている。

 その上――六の段は、かつての神と魔王が矛を合わせた時代の伝承……ほとんどが焼け落ち、消失してしまった伝聞や口伝の中にのみ存在が確認されている。

 現代最高峰の魔道士の集まりを自称する、ル=コア王国魔神会が目指す領域もまた、伝説の中の存在である六の段だと定義されている。

 人の英雄が集う国『ガルザス帝国』や神に祝福された光の国『エルメス教国』にも公にはその存在は確認されていない……まさに幻の魔道だ。


 魔神会では何故過去の人類に使えて現代の人間には使えないのかと日々研究が行われているが、その答えは未だ出ず。

 もしこの場に――ウ=イザーク城下町に現代の魔道士が居合わせていれば、正気を保つことは難しかったことだろう。


 今ここに、伝説に消えた術の一端が誕生しようとしていたのだから。


「……クハハッ! いや想像はしていたが、まだまだ今の姿では笑えるほどに稚拙で時間がかかるな」


 本来、魔道とは発動準備からどんなに長くとも放つまで三秒はかからない。というより、それ以上時間をかけているようでは実戦で使いものにならない。

 魔道の構成を見切り分解する魔道解体と呼ばれる技法があるが、これは本来極めて技量に差があるときのみ可能とされている。

 だが、ダラダラと一から構成をゆっくり見せながら作っていては、仮に総合的な技量で勝る相手であったとしても途中で割り込み完成前に分解するのは難しいことではない。

 そういったことの無いよう、一人前の術者にも術の構成を見切られること無く完成までこぎ着けられるギリギリが、三秒というリミットなのである。


 ウルはその前提を、常識を無視し、魔力を右手に溜め始めてから既に30秒以上の時間をかけていた。

 その理由は、二つ。

 一つは神の傀儡である勇者カインに魔道の心得は絶対に無いという確信があったから。

 もう一つは、どれだけ追い詰めてもなお神の聖痕(ゴッドエンブレム)に守られた勇者を殺しきるには、今のウルでは本来不可能なレベルの魔道を使う以外に手がなかったためだ。


「……まだしばらく時間がかかる。技術はともかく、単純に魔力出力が低すぎてかかる時間ばかりはどうしようもないからな……残り少ない人生、お喋りでもするか?」


 鎖で縛られ浮遊する爪に串刺しにされ、心がへし折れた『勇者』カインにウルは優しく問いかける。

 当然、カインはそれに答える気力など無い。彼は――『勇気なき者』なのだから。


「俺は魔道ならば全て……少なくとも知っている術は全て使えるのだが、特に得意なのは氷結系の地の道でな? 魔道にも相性があるが、俺はこれが一番しっくりくるのだ」


 ウルは上機嫌に語る。この後のお楽しみを想像しながら。


「今作っているのは、氷結系の地の道をベースに無の道、命の道、天の道に存在する多種多様な封印術をミックスしたものだ。大罪人に永劫の裁きを下す地獄の氷河を模倣するもので、無の道で肉体を外から、命の道で内から、そして天の道で魂までも瞬時に縛り上げる。その他あらゆる能力を瞬時に凍結させ、閉じ込められてから刹那の時間で肉体の機能を完全に停止させる即死の一撃だ。当然、凍らせたのは良いが内側から砕かれた……なんて間抜けなことは無い」


 それこそが、魔王ウル・オーマ専用魔道と謳われた術。魔王最強の魔道と世界に恐怖をまき散らした一撃である。


「元はしぶとい神を殺すために考案した術だ……神の力の切れ端を渡されたお前であっても、確実に殺しきる……安心するがよい」


 カインはその言葉が理解できない。自分が死ぬ――傷つくことすら、勇者に選ばれたその日から想像もしていなかったのだから。

 自分は死なない。殺すと讃えられる穢らわしい魔物を何百何千何万と殺しても、自分には傷一つ付かない。

 絶対安全なセーフティーゾーンの中で一方的な狩りを楽しむ……それが戦いだと認識していた男には、眼前に迫る“死”が理解できない。


「……フン、時間をかけてもこれが限界か。本来ならば文句なしで十の段に位置する術なのだが……これでは精々が六の段程度の評価だな」


 ようやく形になった魔道を手にしながら、ウルは物足りない様子であった。

 魔力不足で、理想にはほど遠い矮小なもので纏めるのが精一杯だったのだ。たとえそれが現代における魔道士達が夢見る終着点に届くものであったとしても、かつて魔道の極みに立った魔王からすれば落第点だ。

 それでも、人形を一つ破壊する程度ならば十分なものが仕上がっているのだが。


「ではお別れだ。所詮はまがい物であり、地獄にも天国にも行けないが、まぁ……十分人生は楽しんだだろう?」

「ま……待って……」

「お前は、今まで殺してきた魔物達を前に待ったことがあるのか?」


 完成した魔道を、ウルは容赦なく解放する――


「[地の道の重ね/六の段/氷結地獄(コキュートス)]」


 現代において、魔道を五の段が限界としているのには理由がある。

 それは、六の段からはただ力を込めれば良いというものでは無いためだ。複数の魔道を同時に発動し、反発させること無く一つに融合させる超高難易度の技法を習得して初めて至れる領域……それが六の段。

 千年の時を隔てて、魔王の最強魔道が現世に蘇った――






「……フム。街の半分か。想定どおりだが、あまりの貧弱さに我ながら情けない」


 ウルは氷漬けになった街を見下ろし、そう呟いた。


 魔道解放の瞬間、ウ=イザークの街は極限の冷気に包まれた。

 ウルを中心として、街の半分に相当する広範囲が巨大な氷塊に飲まれたのである。

 巻き込まれた生命の中で、生存しているものは術者本人と()()()()()()皆無。理不尽にして無慈悲、古代における魔王の代名詞であった殺戮が、ついに現世にて行われたのであった。


「……今ので魔力も、穴蔵から奪った分まで含めてほとんど空っぽか。まぁ、この後十分に補充させてもらうがね……勇者殿?」


 ウルは奪った命の数を数えることには興味を示さず、一人の人間に目をやった。

 恐怖に引きつった表情のまま、永遠の呪縛に囚われた男を……。


「ただ殺したのでは、神共が人形に植え付けた力は逃げ出すだけだからな。殺す前にこのくらいのことをしなければ……食えん」


 神の聖痕(ゴッドエンブレム)は、ある日突然人間に宿る。そして、その回収もまた神の指先一つで行われる。

 もし宿主が死亡すれば即座に神の許へと戻るように予め作られているため、実質神の消費はゼロ。分け与えた力が失われる心配などする必要なく多数の人間にばらまくことができる。

 そんなことをされては、いつまで経っても勝利は掴めない。何せ、宿主にしている人間はどこにでもいるその他大勢の一人であり、殺したところで人材としての価値は最低レベルなのだ。

 だから、勇者を殺すときは神の力ごと封印する手段を取らねばならない。千年前よりわかっている定石に従い、ついでに多くの人間を巻き込んでやったというだけ。


 魔王ウルからすれば、今更感動も何もないいつものことでしかない。

 ようやく魔王らしい活動ができて、少々ストレスの発散になったくらいのことは思っているかもしれないが、今殺した人間達のことなど既に魔王の頭の中には無い。


「お前の中にある力……全てもらうぞ」


 ウルは氷塊に触れ、仕込まれた封印術を操り中のものを引き出す。

 それは巻き込まれた大勢の人間の魂であり、現代の勇者に与えられた神の力であった。


「……ウム、やはり薄いな。本来の手順である契約をすっ飛ばして、無理矢理封印して捕食しては味も栄養価も大きく落ちてしまうのは変わらんか……」


 その分、量は取りやすい。そんな感想を残しながら、犠牲者達の魂を貪り喰らう。

 悪魔は契約を通さねば魂を得ることができない……それはウルも変わらないルールなのだが、このように魂すら縛る魔道を駆使すれば無理矢理捕食することも可能になるのだ。それなりのデメリットもあるので、このようなことが無ければまず行わない方法であるが。

 それによって魔力を回復したウルは、最後にメインディッシュだと神の力に手を伸ばす。与えられるのではなく、奪い喰らう。二度と神の元へは戻れないよう、胃の腑で溶かし尽くし血肉に変える。


 千年ぶりの珍品に対する神への冒涜(しょくじ)を終えたウルは、新たに腹から湧き出てくる力を感じて笑うのであった。


「クククッ……! 元が弱すぎるだけだが……人形一体分で全回復以上か。いや全く、もっと力を蓄えねばこの先、話にならんな」


 今の力では、神本人が出てきた時に対応することは不可能。

 神々の性質上それはあり得ないと理解しているものの、本当に倒すべき敵に今の自分では全く届いていないことを実感した上で、ウルは今いる場所から死角となっている場所へ目をやるのだった。


「隠れるつもりなら、匂いも消しておけ。意味がない」

「キャッ!?」

「そんな!?」


 魔王の鎖を操り、ウルはずっと隠れて勇者との戦いを見ていた人間を引きずり出す。

 ウルは知らないが、その人間の名はミミとリエネス……国家より勇者の監視とコントロールを命じられているエージェントである。


「監視か。この人間の動向を探るのがお前らの役目だな?」

「ク……放せ!」


 彼女達は動揺している。当たり前だろう。

 性格や素行は最悪でも、武力としては間違いなく世界最高峰に位置する勇者が、たかが魔物に殺されたというのだから。

 元々、彼女達は勇者カインが魔物を討伐した後、そのまま人間相手に暴行を振るったりしないかを警戒してこっそりとついてきただけだ。途中で功罪(メリト)を使って民衆に被害を出しただけでもレッドカードであったが、戦場のレベルが高すぎて介入することができなかった。故に黙って見ている他なかった……そんな彼女達は、こんな状況は想定も覚悟もしていない。

 勇者をコントロールするための技術と知識を学んできた彼女達であるが、勇者が敗北したときの対処法など考えたことすら無いのだから。

 今彼女達がやるべきなのは、ただ一つ。謎の魔物に勇者が敗北したというあり得ない情報を、国へ――世界へと伝えることだった。


 そんな思いも虚しく、首を鎖で締め上げられている状況から逆転する策は無いのであるが。


「残念ながら、お前らに仕事をさせるわけにはいかない。だが、今は殺す気もない」

「な……に……?」

「この木偶人形の監視役ということは、他の模造品のこともそれなりに情報を持っているんだろう? 殺すつもりなら最初から氷結地獄(コキュートス)で纏めてやっている」


 匂いによって隠れてついて来ていた二人のことを、ウルは最初から把握していた。

 戦力としては計算に入れる必要が無いとここまで放置していたが、ここでの出来事を外に漏らすことは許容できないし、貴重な情報源になり得る人間を逃すつもりはない。

 このまま眠ってもらって後でたっぷり尋問した後、最後は穴蔵に放り込むつもりだ。


「お前達が仕事をすると、今後の計画に狂いが出るんでな。大人しく落ちろ」

「ぎ……あ……」

「何せ、この()()()()()()()()()()()()()()()なんだからな」


 クククと嗤い、ウルは意識を朦朧とさせる彼女達に語りかける。

 優秀な彼女達が、その言葉の意味を理解して絶望するように。


 ――そう。今この世界で、この氷結地獄(コキュートス)と呼ばれる超大規模魔道による攻撃を行ったのが目の前の魔物であることを知っているのは、彼女達二人だけ。

 そして、それによって勇者カインが死亡したことを知っているのも、彼女達だけ。


 ならば、その状況で第三者がこの惨状を見ればどう思うだろう?

 人間に屈し従うことしかできない、魔物という奴隷種族にこんな真似ができると思う人間などいるだろうか?

 いるわけがない。論理的に考えれば、こんな巨大な力を行使できるのは一人だけ……勇者カインその人しかあり得ない。

 強すぎるが故に、街の半分を滅ぼした大規模破壊の犯人は……勇者しかあり得ないという状況になってしまうのだ。


(ダメ……私達が、伝え、ない、と……)


 そんな使命感を持ったまま、ミミとリエネスは意識を失った。

 だらりと脱力した二人の身体を、ウルは無の道で持ち上げて運ぶ。

 後は適当に縛ってコルトにでも任せれば良い。そんなことよりも、計画の最後の一手……聖女との対面が待っているのだから。

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他力本願英雄
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです [一言] どこか人間側に覚醒というか魔物の進化に相当する強化システムがあるとか書いてあった気がするがそれらしいヤツが未だ出てこないな。 いやワザワザ描写してないだけでギルドマス…
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