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第105話「俺も賛成だぞ」

 魔王ウルが持つ契約の功罪(メリト)悪魔との契約(デビルズサイン)】。

 その発動条件は契約を結ぶことに同意させることであり、契約書を読ませる、能力について解説するというのは解呪されないよう術を強化する補足に過ぎない。

 そして、契約者に魔王ウル自身を含む必要もない。両者合意の上ならば、第三者として契約に介入することも可能なのはウ=イザーク領主とその娘の契約に介入したことからもわかるとおりだ。

 自身を含めない契約に対して功罪(メリト)を発動させる場合は、契約の承諾方法が功罪(メリト)で作った悪魔の契約書へのサインに限るという条件が追加されるが、大した問題ではない。

 何しろ、通常はあからさまに怪しさ全開の漆黒の契約書を作るウルであるが、別に極普通の紙質に偽装した契約書を作ることも不可能ではないのだから。


 故に――ただの書類へのサインであったとしても、そこに魔王の意思が介入しているのならば功罪(メリト)発動の条件を満たす。

 領主エリストと聖女アリアスの間に交わされた契約書――


『領主エリストはシルツ森林領域への進入許可を出す、聖女アリアスはシルツ森林そのものへの破壊行為を禁ずる』


 ――その作成者が魔王ウルであったならば、それを破った罰……魂の略奪が執行されることになるのだ。


「な、にが……?」


 先ほどまでの、眠羽蟲の催眠音波とは比較にならない根源的な恐怖が聖女アリアスを襲った。

 本能が訴えかける。この力に抗えなければ、取り返しの付かないことになると。


「アアァァッァァアアァァァァッ!!」


 聖女らしからぬ悲鳴染みた雄叫びを上げたアリアスは、全ての守りを解除した。

 同時に、解き放たれた魔力を総動員して謎の力を――聖女の魂を侵そうとする邪念に抵抗するためフル活用する。

 悪魔との契約(デビルズサイン)は対象者が契約のことをより深く知っていれば強度を増す功罪(メリト)。アリアスは自分が悪魔との契約に同意していたことすら知らない状態であったため、強度としては最低の状態であると言える。

 如何に魔王の功罪(メリト)とはいえ、現状では魔力的に大きく劣る相手が本気で抵抗すれば、力技で解呪されてしまうことのなるのは時間の問題だろう。

 それを本能で察しているからこそ、聖女としてなりふり構わず魔王の呪術に抵抗しているのだ。


「全ては、王の計略のままに……か」

「あ……」


 だが、内部への抵抗に力を裂くということは、生身を守るために使うべきエネルギーがなくなるということ。

 先ほどまでのいかなる攻撃をも無力化する最強の鎧を失った中身は、貧弱な人間の身体。そんな隙を、魔王軍が……ケンキとカーム、そしてアラフが見逃すはずもない。


「ぐふっ!?」

「抵抗できない相手を嬲る趣味はないが、絶対に殺さず捕えよというのが命令なのでな。それなりに痛めつけてから眠ってもらおうか」


 ケンキの豪腕……かなり手加減を込めた拳が聖女の顔面に突き刺さる。

 神に仕える者として相応しい美貌を誇っていた顔が無残に歪み、そのまま吹き飛ばされて地面をゴミのように転がるのだった。


「……あの力がなければ一撃で終わりか。アラフ、後は頼めるか?」

「ええ。【女王蜘蛛の功罪(マスターメリト)傀儡の巣(マリオネット)】……今なら抵抗できないでしょ?」


 地面に倒れ、それでも抵抗する余地も無く必死に魔王の呪術に抗う聖女アリアスに無数の糸が付着する。

 その支配の功罪(メリト)にも抗わねばならないのに、抵抗する余力がない。自らの肉体の支配権が失われる絶望を、魂の支配権だけは渡さないと抵抗しながら噛みしめるしかないのだ。


「後は、私自らが生成した麻痺毒をたっぷりと流してあげる。いくら化け物でも、これだけぶち込めば指一本動かせないってくらいにね」


 そう言って、アラフは……人と蜘蛛の身体を持つ化け物は倒れた聖女に近づき、腕を取って噛みついた。

 大毒蜘蛛としての能力も進化の過程で得ているアラフは、体内に毒を生成する能力も持っている。功罪(メリト)で肉体の支配権を奪われた挙句、大量の毒を流し込まれ、更には今も眠羽蟲の羽音で意識を削られ続けている。

 そこに魔王の功罪(メリト)まで加わったとき――人類の切り札を、初めて無力化したと言える状態になるのだ。


「ふぅ……全く勝った気がしないな」

「武力で言えば、大敗だったものね。結局、王の作戦が巧く嵌まったというだけ。自惚れることもできない散々な戦果だったと戒めにするくらいが丁度いいわ」


 完全に全ての力を奪われ倒れた聖女を見下ろしながら、ようやく終わったとケンキとカームは己の不甲斐なさを自嘲する。

 もっと、力を付けねば王の配下に相応しくないと、己の魂に誓いを刻みながら。


「……さ、後はこの人間を王の下へ運びましょう。最後の仕上げに必要ということだったから」

「そうね。念のため、私の糸でガッチガチに固めておくわ。その後は任せるわね」

「ええ。最速で王の下へお届けしましょう」


 その後、魔王の計画で必要となる『生きている状態の聖女』は、速度にかけて右に出る者はいないカームが運ぶ手筈となっている。

 その間の森の守護を担当するのはケンキ率いる鬼軍団。残るもう一人の怪物……勇者の相手は魔王ウル一人で十分であるとの宣言があり、対勇者のため追加戦力を送る予定はない。

 最強の王を信じ、魔物の軍勢はそれぞれ次の役目のため動き出すのであった……。



(焚きつけられた民衆と、それを鎮圧する公爵軍……戦況は圧倒的に公爵軍優位だが、数の暴力でそこそこの被害が出ている、というところか)


 反乱の火に沈み行くウ=イザーク城下町を見下ろすように、街のシンボルであり公爵家の威光を知らしめるために作られた塔の頂上から、魔王ウルは戦況を観察していた。


 戦況は、当然のことながら公爵家の私有軍隊である海の騎士団(オーシャンナイツ)が圧倒的有利。数こそ煽りに煽った民衆の反乱軍の方が多いが、組織力にも個の力の差も覆しがたいものがある。

 唯一、ウルの命令でこの反乱に協力している元ア=レジルギルドマスターのクロウが参戦している戦場だけは圧倒しているが、一人の武功で補える規模の反乱ではない。

 今起きているのは、まさに魔王好みの街一つを飲み込む人間同士の殺し合いなのだから。


(どっちが勝とうが結果は変わらんが、できればなるべく民衆に被害を出してほしいところだな。その方が、よりこの地に上質な怨念が満ちるというものだ)


 邪気、邪念、恨み、憎しみを糧とする悪魔であるウルからすれば、このような争いごとは調理の過程の一つといえる。

 なるべく派手に、なるべく過酷に、そしてなるべく収まらない怒りと憎しみをばらまいてもらうのが理想である。その果てに欲しいものが手に入れば、それこそが最良の結果と言えるだろう。


(……おっと、向こうでは聖女様が契約違反か。ダメだなぁ……どんな肩書きだろうが、契約を破るのは)


 高みの見物を決め込んでいたところ、功罪(メリト)より目下のターゲット……聖女アリアスへの執行権限を得た知らせが入る。

 自らの配下はしっかりと自分の仕事を熟したようだと、後でたっぷり奢ってやろうと思いつつ能力を発動する。功罪(メリト)越しに見える現場の様子から見ても、後は配下が上手くやるだろうと聖女の問題は片付いたとウルは頷いた。


「さて……ここからは俺の仕事だ。そろそろ舞台へ上がってもらうとしようか、勇者様よ?」


 ウルは、ニヤリと邪悪に笑ってこの街で最も立派な建物――公爵の城を見上げるのであった。



「ふわぁぁ……反乱?」

「はい。騒がせて申し訳ありませんが、庶民共が突然とち狂いましてな」


 公爵所有の別邸、現在は勇者カインに貸している屋敷にて、カインは気怠げなアクビをしていた。

 カインは公爵から提供された宿に寝泊まりし、酒と美食を貪り、提供された女を味わう生活を送っている。

 今日もその例に漏れず、上半身半裸でベッドに寝ていた。だが、緊急だと訪ねてきたエリスト公爵によって惰眠を邪魔され、不機嫌さを露わにする勇者カインであった。


「それ、俺関係ある?」

「無論関係はありません。とはいえ、私も勇者殿の快適な暮らしを約束しましたからな。何はともあれまずは報告と、少々お願いが……」

「なに? 俺にその反乱を収めてくれって話?」


 下手に出るエリスト公爵を見て少しだけ機嫌が回復したカインは、ようやくベッドから出て立ち上がった。

 下半身こそちゃんとズボンを履いているが、上半身は裸。とても中年男に見せるべき姿ではないが、カインは全てを見下すように、普通の人間にどう思われても関係ないと言わんばかりにその裸体を晒す。

 ……残念ながら、とても歴戦の勇者とは思えない、どこにでもいそうな中肉中背の身体をさらけ出しているのだ。


「できれば――」

「それはダメですよ」

「そのとおり。如何に公爵様の要請でも、それだけはダメです」


 勇者カインの力で反乱を収めてくれ。そう言おうとした公爵の言葉を遮るように、部屋の隅から二人の女性の言葉が被せられた。

 彼女達の名は、ミミとリエネス。勇者の接待係(なかま)であり、同時に国より匿名を受けたエージェントである。


「あれ? ミミとリエネス。いつからそこにいたの?」

「街が騒がしくなりましたので、一先ず連絡に」

「大急ぎで来たんだよ? お兄ちゃん?」


 すっとぼける二人であるが、実のところずっと近くに待機していた。

 彼女達の役目は勇者の監視と制御であり、誰がなんと言おうとも側を離れることはない。流石に夜の寝室まで同行するということは勇者に求められない限りはしないが、部屋の外で待機するくらいのことは当然の職務である。


「そして、公爵様。ファルマー条約に基づき、いかなる理由があっても勇者様のお力を民衆へ向けることは許されません」

「ム……それはもちろん存じていますとも」


 勇者の――神の力は人類を守るためにある。その大義名分を以って勇者や聖人といった規格外の戦力を受け入れている関係上、権力が力で民衆を抑えるための道具に使ってはならない――という国際条約が存在している。

 もしこれを破り、人間の反乱を勇者の力で収めるとなれば、それは勇者の力の悪用と見なされる。そうなれば他の勇者や聖人が『堕ちた勇者』の討伐に赴くこととなり、下手をすれば街の一つや二つはあっさり消し飛ぶ大事件に発展する。

 もちろん、それを指示した国もまた周辺諸国からの一切の信用を失い、下手をすればついでに侵略されかねない。そんなことにならないよう、勇者という規格外の兵器を人間同士の争いに持ち出すことは絶対に許されないのである。


「確かに、勇者様のお力はたかが民の反乱に持ち出すのは過剰すぎる。ですが……お力を振るうまではいかなくとも、一言そのお言葉をいただけませんかな?」

「言葉?」

「はい。神に選ばれし英雄のお言葉となれば、少々冷静さを失った民を諫めるには十分なものかと」

「ふーん……」


 エリストの提案は、ファルマー条約のグレーゾーンと言えるものであった。

 確かに、条約が禁じているのは勇者の力の使用。戦うことなくあくまでも『諫めるだけ』ならば違反とはならないだろう。

 しかし、そうなれば民衆からすれば勇者という無敵の戦力が公爵側についているという構図となり、結果的に勇者の力で民を脅すに等しい行いであるとも言える。

 神の戦士はあくまでも中立であれ……という大前提からすれば、そもそも口出しすることそのものがアウトと言えるだろう。


「いいじゃないか。俺も賛成だぞ勇者殿?」

「あ?」

「何者!?」


 公爵の要請をどのように断れば角が立たないかとエージェント二人が考えていたら、不意にこの場にいなかったはずの第三者の声が彼らの耳に入ってきた。

 咄嗟に声の主を目掛けて、確認する手間も惜しいとそれぞれ隠し持っていた飛び道具を放つミミとリエネス。

 しかし、そんなものに意味はないと、見えない力で空中にてたたき落とされる。そんな力の持ち主が偶然迷い込んだ一般人であるはずもないと、警戒を露わにする二人であった。


 それとは対照的に、誰が相手でも自分の敵ではないと熟知しているカインは、余裕綽々という態度で声の主へとゆっくり振り返る。


「誰? 俺の部屋に無断で入るとか、死にたいの?」

「神の人形でありながら俺を知らぬか。なるほど……質が悪いな」


 勇者に劣らぬ傲慢さを放つ侵入者の正体は――一目でわかるほどの邪気を放つ、獣人型の魔物であった……。

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