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第1話「悪い魔王」

今回は魔物主人公。前世も今世もあらゆる点で人間時代が一切無い純魔物主人公であり、人間に対してあらゆる意味で同族意識なんて欠片も持ってない男が主役となります。


残酷な描写注意。


※コミカライズ連載中です!

~エルメス教のよい子の絵本 わるいまおうのおはなし~


 今からずっとずーっと昔、世界には悪い魔王がいました。今のように人のために尽くす魔物の王様ではない、人に攻撃するとっても悪い魔王です。

 悪い魔王は怖い魔物を引き連れ、人間達を苦しめたのです。

 人間達は悪い魔王に怯え、毎日泣いていました。しかし、悪い魔王はとても強いので誰も逆らうことはできません。

 そんな人間達の涙を見て、ついに救いの手を差し伸べてくれる方々が現れました。そう、エルメスの神様です。

 五柱の神々は奇跡を起こし、人間達に力を授けてくれました。皆さんも知っている、勇者の誕生です。


 勇者達はその聖なる力を以って魔物達を倒し、ついに魔王をも追い詰めたのです。

 悪い魔王は、最後まで神様達の罰を受け入れることなく暴れましたが、ついに勇者達と神様の前に倒れました。

 その悪い魂は神様の手によって浄化され、神様の世界で罪を償うために封印されました。悪い魔王に人々が苦しめられる日々はエルメスの神様のおかげで終わりを迎えたのです。


 その後、人々は神様のお力を借りながら少しずつ繁栄していきました。今の平和な暮らしを手に入れたのです。

 私たちは忘れてはいけません。私たちを救ってくださった、エルメス五柱への感謝を……。


~~~~~~~~~~~~~


「ねぇお母さん」

「なんだい? ジル」


 さる農村での出来事。幼い息子に母親が絵本を読み聞かせている、どの家でも見られる平和な光景。

 裕福ではないことを示すように少し痩せ気味の母親が読み聞かせているのは、彼女が子供の頃から使われている一冊の絵本。

 エルメス教と呼ばれる世界最大宗教が発行している、五柱の神への感謝を謳う内容だ。神によって授けられた恩恵は数多くあるが、その中でももっとも偉大な奇跡とされる『魔王討伐』。今の世にも存在する勇者が最初に現れた戦いであり、現代より千年以上前の史実を元にしているとされている。

 とはいえ、仮に史実だったとしても、魔王の恐怖など祖父母の代ですら知らない世代だ。今でも領域支配者(ルーラー)と呼ばれる大きな魔物の群れのボスが魔王を名乗ることはあるが、人の世界を脅かし世界を制した魔王など、大半の人間にとってはお伽噺の世界の住民であり、子供のしつけに名前が出される程度の存在であった。


 現代の魔王と呼ばれる存在など、英雄の踏み台か、さもなくば偉大な神と人間の威光にひれ伏す共存(どれい)生物にすぎないのだから。


 だからこそ、ジルと呼ばれた小さな少年がこんなことを言い出すのも不思議な話ではないのだ。


「お母さん、そのマオウっていうのは、悪いやつなの?」

「そうだねぇ。エルメス様に裁かれた災厄……凄く悪い奴だよ」

「ふーん、じゃあ、僕マオウをやっつける勇者様になる!」


 勇者になる。神に選ばれた聖戦士になる。

 それは幼い少年ならば誰もが憧れ、口にする言葉だ。善も悪もよくわかっていない少年は、ただ無邪気に勇者になると夢を語る。

 勇者になれるのは、神に選ばれ恩恵(ギフト)と呼ばれる異能を授かった者のみ。それを得るには文字通り神に選ばれる幸運が必要であり、狙ってなれるものではない。

 しかし、そんな現実を語って聞かせるような無粋をすることはしない。母親は、ただただジルと呼ばれた少年に優しく微笑むだけであった。


「ところでお母さん」

「どうしたんだい?」

「そのマオウっていうのが悪い奴の名前なの?」


 やっつける相手の名前くらいは知っておきたい。ジル少年は、昨日読んだ騎士様の物語で言っていた台詞からそんなことを考えた。

 母親はまだまだものを知らない我が子を慈しむように頭を撫で、首を横に振るのだった。


「魔王っていうのは……なんて言えばわかるかねぇ。称号とか肩書きとか……そんなものなんだよ」

「しょーごー?」

「うーん……例えば、村長さんだ。村長さんのお名前は?」

「バルバさん!」


 身近な例えで説明しようと話を振った母親の言葉に、ジル少年は元気に答える。

 正解、と子供の頭を撫でた後、母親は役職や肩書きについてジル少年にわかるように教えるのだった。


「……じゃあ、マオウっていうのは名前じゃないんだよね?」

「そうそう」

「じゃあ、マオウはなんていうお名前なの?」


 ジル少年は無邪気に母親に問いかける。

 しかし、そこで母親は困ってしまった。絵本には『わるいまおう』とは書かれていても個人の名前は載っていなかったのだ。

 エルメス教最大の敵であり、史上もっとも邪悪な存在。それが魔王という存在に対する評価である以上、穢れた名前など残す必要など無いためだろう。

 だから、母親は適当に誤魔化すことにした。魔王の名前を知ることができるのは、勇者様だけなんだよ、と。


 幼いジル少年はそれで素直に納得し、そんなことを話している内に眠くなってしまったのか、徐々に静かな寝息を立て始める。

 母親は、息子の寝顔見ながら幸せを噛みしめ、絵本を仕舞いながらも神に祈る。

 神の慈悲によって成り立つ、人の世の平和に感謝しながら。

 この世から邪悪な魔物がいなくなり、幼い我が子がすくすくと成長できるような更なる平和が訪れることを願いながら。


 神の世界に封じられたとされる究極の厄災――魔王が本当に滅んだのか。そんなことを、想像すらしないまま。



 人間達は、人間に逆らう魔物のいない世界を願っている。全ての魔物が人間にひれ伏し、人間のために尽くす世界を理想としている。


 しかし、そんな人間達の願いは所詮人間だけのものだ。


 魔物と呼ばれる異形の者たちも、また生きている。人の世界では排除して当然の害獣であろうとも、生きているのだ。

 ここは人間の世界でシルツ森林と呼ばれる自然の要塞。人間の手はほとんど入っていない、獣と魔物が暮らす木々の世界だ。


「イマ、カエッタ」


 そこに、とある種族が暮らしていた。

 外見は犬というのが一番近い。しかし普通の犬と違うところは、二足歩行で歩いているところだろう。

 身長は130センチメートルほどであり、成体でも人間の子供と同程度の体躯しかなく、いかにも脆いという印象を与えるくらいに細い。少々違うが、二足歩行する不細工なチワワと言ったところだろうか。

 それはこの世界で犬頭人(コボルト)と呼ばれる亜人種の魔物だ。

 コボルトは文明はほとんど持たず、原始的な武器を使うのが精一杯。族長階級にいるコボルトは辛うじて服と呼べなくも無い布きれを身に纏っているが、これは森にやって来た人間が捨てたものを拾ったものである。

 彼らに一から衣服を作成する技術など無いため、族長などの特別なコボルト以外は自前の毛皮のみであった。

 

「エサ、トッタ」

「クエ」


 コボルトは、片言であるが言葉を喋ることができる。

 彼らはもちろん建築技術など持たないため、住処にしているのは見つけられれば自然の洞窟、無ければ穴蔵だ。

 食性としては、本来の好みは肉食なのだが、森の魔物の中では最弱に分類される彼らが狩りを成功させることはほとんどない。

 そのため、普段の栄養源は虫や草である。雑食であり何でも食べられるコボルト達は贅沢を言うこともなく、大人達が持ってきた食料へと子供コボルト達が群がっていく。

 この群れは総勢40匹ほどで形成されており、内訳は子供は10匹ほど、オスが20匹のメスが10匹ほどである。コボルトの群れとしては極平均的な規模だ。

 コボルトはその戦闘能力の低さの代わりに、鋭い嗅覚を有している。そのため、小鬼(ゴブリン)などの種族から死んでも構わない偵察兵として使われることもあり、コボルトのみで作られた群れはそこそこ珍しい。


 彼らが他種族に囚われることもなく独立を保っていられる理由。それは、そんなコボルトの子供の中の一匹にあった。


「またギチ虫?」

「ナンダ? クワナイノカ?」

「食べるよ。でも、ギチ虫は普通に食べるよりも中の腸を取った方がいいよ」


 他のコボルトが何とかカタコトで喋る中、その子供コボルトは一人流暢に言葉を操っていた。

 この子供コボルトの名前はコルト。突然変異としか言い様がない、知性に溢れた犬の亜人だ。


「コルト、オマエ、カワッテル」

「カワッテル、コト、イイコト。モット、トクベツ、ナレ」

「うん」


 コボルトには理解できない思考能力を持つ少年を、大人達は期待を込めて鼓舞する。

 特異な存在が何故受け入れられるのか。その答えは、コルトの傍らにあるものが示している。


「これを見ると、人間達の狩りにはまだまだ秘密があるみたい。それさえわかればもっと獲物を獲れるはずなんだ」


 コルトの傍らには、森で死んだ人間の荷物から手に入れた本が置かれていた。普通のコボルトであればゴミとして放棄するほかない書物という叡智を、コルトは自らの物にしようとしているのだ。

 とはいえ、コルトは文字が読めない。コボルトも大昔はより優れた文明を持っていたとされ、先人からの継承により言葉は辛うじて伝わっているが、文字に関しては完全に失伝しているのだ。そのため挿絵を頼りに予測するほか無いが、それでも他のコボルトと比べれば異常と言えるだろう。その知性の高さは、流暢に紡がれる言葉一つ聞くだけでも理解できた。


 普通のコボルト達は、最初は自分たちとは違う事を考えるコルトを不気味がった。しかし、コルトが頭を使うことで生活を快適にしようと努力し、実際に成果を上げたことで今では大きな期待を寄せているのだ。

 普通にやっていたら一月に一度も肉を口にすることはできないコボルトだが、コルトが罠の概念を書物から学習したことで、一月に二回は獲物が捕れるようになった。

 コルトの罠は所詮素人仕事であり、到底優れているとは言えない。だが、コボルトによっては革命だったのだ。

 コボルト達は元々、自分たちの暮らしに満足してはいない。豪華な邸宅――といった欲望などは想像もしていないが、外敵に常に怯える生活からの脱却を常に願っている。

 故に、コルトの存在は希望なのだ。種族として弱いと断言できる自分たちに勝利を与えてくれるかも知れない、知恵という武器を持つ子供。コボルト達はコルトがこのまま成長し、やがてコボルトを率いる王になってくれるのではないかと願っているのだ。

 他の種族に負けない強いコボルトを作ってくれるのではないかと、心から祈っているのだ。


「メシ、クッタラ、カリ、レンシュウ」

「コルトノ、ワナ。モット、シカケル」

「うん。それじゃあ、まずは丈夫なツタを拾ってこよう」


 コルトはギチ虫と呼ばれる黄色い小さな虫を分解しながら答える。

 ギチ虫とはその名の通りギチギチと鳴く、コボルトの主食である比較的食べられる部位が多い虫だ。今までは苦い汁が出てくるだけの虫を渋顔でかじるしか無かったのだが、料理と呼ばれるほどではないにしろ、食材を加工するという概念を考案したコルトのおかげで随分食生活は改善されていた。

 それも信頼と尊敬を集める理由の一つであるコルトのワナとは、植物のツタを利用した落とし穴だ。穴を掘るのは比較的得意であるコボルト達が大きな穴を掘り、その上にツタと葉っぱで蓋をする原始的な落とし穴。

 少し知恵の回るものならば簡単に見抜ける程度の拙いものだが、嵌まれば本来コボルトでは到底手に入れることのできない獲物を捕ることも可能。コボルト達にとっては革命そのものなのだ。


 大きい獲物を捕り、食す。獣としてこの上ない幸せな未来を夢想するコボルト達。

 そんな幸せを砕く絶望の使者は、すぐ側まで迫っている。現実というものは、運命というやつはどこまでも残酷だ。

 運命を司る神は、魔物の敵なのだから。



 そんな地上の森からは見ることもできない異空間。想像するほか無い未知の空間に、根源的な恐怖を起こさせる咆吼が響き渡った。


『――グオォォォォッ!』


 怒り、ただただ強烈な怒り。上も下もない隔離された空間に、ただ聞いたものの魂を震え上がらせる咆吼が響き渡る。

 肉体すら失った、魂だけの王。神々が形成した結界の中に封じられ、本来ならば十秒もあれば消滅するような攻撃を千年以上受け続ける、魔の王の怒りが世界と世界の狭間に満ちているのだ。


『神共……この俺を、舐めるんじゃない!』


 咆吼の主は、人間達からその脅威を忘れられた古代の災厄――魔王。

 魔王は敗北し、国を失い、命を失い、自由を失った。

 されど魔王は決して折れない。消滅して当然の地獄に放り込まれてなお、ただただ次の勝利を虎視眈々と狙い続ける。

 肉体があればともかく、魂だけでは絶対に抜けられない神の牢獄を抜け出す機会を、ずっと窺っている。


 そんなことを、延々と続けた。その不屈の闘志に一切の陰りを見せることなく。


『もうすぐだ。もうすぐ、俺は現世に舞い戻る……!』


 魔王の魂は弱っている。精神力こそ揺らがぬ強さを保っていても、事実として神の攻撃を受け続け、本来のものに比べれば比較にもならないほど小さく弱々しいものになっている。

 だからこそ、魔王は確信していた。今の自分ならば、本来の力とは比べものにならないほど弱ってしまった今の自分ならば――神の牢獄にほんの少しだけ空いているような小さなスキマから抜け出すことができるのだと。

 弱った今の自分では、牢獄を抜け出しても直に消滅してしまう。だから、そうなる前に肉体を確保しなければならない。

 都合良く自分の魂と適合できるような肉体を発見し、憑依する必要がある。魔王に全てを捧げると契約をするほどに切羽詰まった相手を探す必要がある。

 自分の身体を捨ててでも叶えたい願いがある者を、探し出す必要がある。


 そんな奇跡を、必ず起こしてみせると魔王の魂は牢獄の中で輝くのだった。


『我が名はウル・オーマ……不滅にして無敵の、魔王である……!』


 唯一残された、自らの名。そのプライドに懸けて、必ずや復活を遂げると……。

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