この小説は削除された可能性があります。
『かつらさん、日間一位おめでとうございます!』
目を覚ましてパソコンを立ち上げると知り合いからこんな文面のLINEが届いていた。
マジカ!? そう思いながら連載中の拙作をチェックするがポイントもアクセス数もいつもと同程度しかない。
『日間一位ってなんですか? 俺の【ニートだけど異世界でゼロからやり直す素晴らしい無職転生生活】はいつもどおりの順位なんですが……』
返事はすぐにきた。
『え? 新作の短編が日間総合のランキング一位でしたよ。まさかあんな出だしから……おっと、これ以上はまだ読んでない人もいるでしょうし』
グループでも半数くらいの人が既に読んでいたようで、口々に称賛の声が入ってくる。
俺は眉をしかめてパソコン画面を睨んだ。ドッキリかな? 新作の短編なんて書いては……いや……書いた?
昨日……日付を見る。いやもう一昨日か。どうも二〇時間近く眠っていたようだ。知り合いと久しぶりに飲みに出かけ、その後だ。家への帰り道、何かすごいアイデアが来たと、酔った勢いで何か書き始めたところまではおぼろげながら記憶にある。
もしかしてそれを投稿までして、日間一位取っちゃったのか?
「とりあえずランキングを確認してみるか」
しばらく前に小説家になろうのトップ画面はジャンル別に取って代わられ、日間総合は操作をしないと見れなくなった。
だが総合ランキングに移動した俺の目に入ったものは――
『日間ランキングベスト5
1位 この小説は削除された可能性があります。』
「は?」
『削除されとるやんけ!』
『かつらさん、一体何を書いたんだ』
『衝撃作っていうか問題作だったし、削除もまあ理解できる』
『削除は運営のやりすぎだとは思うけど』
『タグもなんもなかったし、R15タグがないのが問題視されたのかも?』
『ありそう』
『えー、読みたかったなあ。ちょっと原稿ここに上げてよー』
みんなも削除に気がついたようだ。
運営から削除されると小説情報を含めて、一切合切が消されてしまう。つまり削除された小説のタイトルやら作者やらも一切不明。ただそのランキングの位置になんらかの小説があった事実だけが、次のランキングで順位が変動するまで残るのだ。
つまり俺が書いた小説だという証拠はない。
しかし原稿はPC上には残ってるはずだ。しかしそれらしいファイルも見当たらない。
「あっ」
小説家になろうにはオンラインで執筆の出来るツールが付属している。書き上げたらそのまま投稿できてそこそこ使い勝手もいい。
「そういえばオンラインで書いてた気がするな」
つまり書き上げた原稿はパソコンにはない。
『なろうの執筆ツール使ったから原稿残ってない……』
『草』
『草』
『草wwwww』
『ま、まあ何か事故って原稿消すなんてよくあることだし、思い出して書けばいいんじゃないか?』
『一昨日めっちゃ飲んで帰ったじゃない? その酔った勢いで書いたから内容は一切覚えてない』
『草』
『えー? そんなことある?』
それがあるんだ。
『俺の短編ってどんな内容だった?』
聞けば何か思い出すかもしれない。
『あー、内容か。説明しろって言われると難しいな。現代ものともファンタジーともSFとも言えるし、事象が複雑に絡み合って、それが収束していく様子は芸術的でさえあったよ』
『わかる。いま思い返しても意味がわからない部分が多かったけど、とても興奮したのだけは間違いない』
『うんうん、これは歴史を変えると思ったね。日間一位も当然だよ』
それじゃ一切わからん。
『ほんとに覚えてないの?』
『覚えてない。誰かログとか取ってない?』
『ないねえ』
『ぷーぷるさんがキャッシュ取ってるかも……』
『じゃあタイトルは?』
『暗号か適当にキーボード叩いたみたいな文字列だった』
『そうそう。あっうぇぴふぉghrをいあ みたいな?』
『それじゃ検索しようがない』
『草』
狐につままれたような話だが、まあなくなってしまったものは仕方がない。切り替えてこう。
LINEグループではまだ会話は続いていたが連載している小説がいまは佳境。飲みに行ってたっぷり寝た分取り戻さないと。
おっと、編集さんからメールが来てるな。
『桂様、日間一位おめでとうございます!
編集部でも話題になってまして、連載版にするか書き下ろしを追加して書籍化しないかとの要望が出されております。ぜひともご検討ください』
マジカ。どうするのこれ?
運営さんにログ残ってないかな? 問い合わせてみるか。
運営さんからもメッセージが届いていたが、文面はどうやら削除した時に送る定型文のようだ。内容からは何が問題だったのかは一切読み取れない。
他にも何件かメッセージが来ていたが、まずは運営さんに返信返信と。削除された小説のキャッシュなりログなり残ってませんか。もしあれば送ってください、と。
返答は一〇分もしないうちに来た。
『作者様ご本人により削除された情報を残しておくことは著作権上の問題があり、ログやキャッシュを含めてすべて消去されます。また運営による削除も同様の操作のため、一切の情報は残っておりません』
マジかー。
で、問題は編集部からのメールもだが、運営に問い合わせている間にチェックした他のメッセージだ。
二件は他の出版社から書籍化のお誘い。むろん消えた短編のだ。
超大手ミリオンやアニメ連発漫画雑誌からの漫画の原作にしないかとの連絡もあった。しかもアニメはもちろん映画やドラマのメディアミックスも考えているとのこと。
『運営にもログ残ってないって』
『むう』
『それでうちの編集さんから消えた短編に書籍化のお誘いが来てたwww』
『思い出して書くんだ!』
『無理。ほんとに覚えてない』
『草』
『あと他の出版社から二件書籍化依頼と超大手週間漫画雑誌からも漫画化の話が来たwww』
『草』
『超草』
『どうしよう?』
『読者さんがログ持ってるかも?』
『活動報告で聞いてみる』
活動報告に消えた小説のことを書くと反響がすぐに来た。だが結果から言うと誰も小説のログは持ってなかった。長編だとダウンロードしてから読む派が一定数いるのだが、一話限りの短編だとそんな手間をかける意味もない。
『万策尽きた』
『万策尽きるの早い。早すぎない?』
『実際は三策くらいな件』
『超大手週間漫画雑誌で連載してヒットすると原作料やコミック印税やなんやかんやでうん億円いくぞ』
『あの短編なら間違いなくミリオン行くね』
『がんばって思い出すんだ!!!』
『君たち読んだんだよね?内容思い出して書き出してよ』
『それがいまいち正確に思い出せなくて』
『焼き肉奢るから!』
『うーん……』
『誰も、作者ですら覚えてない小説が日間一位。ホラーか?』
数億円。一応プロにはなったものの、自作品はこれまで鳴かず飛ばずで貧乏生活を続けている。降って湧いたこのチャンス、ぜひともものにしたい。
『で、編集とか漫画化の話とか実際問題どうするの?』
『正直に話すしかないのでは?』
『ログも残ってません。何書いたか本人も覚えてません』
『草』
『数億円の案件が露と消えるのか』
絶対に嫌だ!!!
『飲み会で俺、どんな話してた?』
『そうだなあ……』
飲み会での会話を思い出せる限り再現してもらう。それと帰り道での電車でひらめいた何か。読んだ人が思い出した小説の断片。
もう少しで何か思い出せそうだ。
たしかに俺が書いたという手応え。
オファーをくれた編集さんたちには正直に話して、短編を再現するからと待ってもらうことになった。
急がなくていい。時間をかけていいから完璧なものにして欲しい。いつまでも待っているとの温かい言葉を頂いた。
そういえばあの時はたっぷりとアルコールが入っていた。飲めば何かわかるかもしれない。
だがもう少し。だが何かが決定的に足りない。
酒量は徐々に増え、酒に溺れた。アルコール中毒にまでなった。当然いままでの連載もストップしたが、数億円の稼ぎを捨て去ることなどできなかった。
そしてちょうど一年後。
心配された作家仲間に誘われての飲み会。気分良く酔って家に戻った。何か掴んだ気がしてパソコンを立ち上げ、勢いのまま書き上げる。
投稿までして気分良く寝た翌日。パソコンを立ち上げた画面には――
『この小説は削除された可能性があります。』
ループ物だった
酒は飲んでも飲まれるな!更新が止まりがちな拙作、
【ニートだけど異世界でゼロからやり直す素晴らしい無職転生生活】もよろしくお願いします!
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