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迷宮学園  作者: 大神純太
明久学園七不思議
9/20

音楽室のポルターガイスト-1

「……平和だ」

 俺はあの事件以降なんのトラブルに巻き込まれることなく、すこぶる平和に暮らしていた。

「シュウくーん! シュウくんってばー!」

 いや……そうでもないか。あいつの存在を忘れていた。

「なんだよ……入部はしないって言ったろ」

「いいじゃなーい。幽霊を見たことあるなんて貴重な人材、見逃すわけにはいかないよ! 是非ともシュウくんには、我がオカルト研究部に入部して欲しい……いや、シュウくんは入部するべきなんだよ!」

 幽霊というのは、もちろんユミのことだ。俺がレイさんやジェニーに話した『真相』は、またしても学校中で噂になっていた。どうせまたアカネが言いふらしているのだろう。

「ウチは幽霊を見たのよ! 本物の幽霊を!」

 とかなんとか言ってるのが容易に想像できる。しかし、よくもまああんなふざけた『真相』を信じてくれるものだ。……信じてもらえなきゃ困るってのも事実なんだけど。

「だから入部はしないって。オカルトとか興味ねーんだよ」

「でも幽霊をナマで見たんでしょー? それなら少しくらい、話を聞かせてくれるだけでも……」

「い、や、だ。じゃーな」

「えー! ちょっとシュウくん、待ってよー!」

 このさっきから付きまとってくる女子は、岡崎 真紀。明久学園オカルト研究部部員で、幽霊の噂を聞きつけてから、俺にオカ研に入れ入れとしつこく付きまとってくるのだ。あまりにもしつこいので、コミュ障の俺でも普通に会話ができるようになってしまった。だからと言って入部はしないけどな。

「俺、レイさんに呼ばれてるんだよ。邪魔だからついてくんな」

「レイさんって、氷川 麗さんだよね? 一緒に地下迷宮に行ったっていう」

「なんで知ってんだ……って、そうか。俺以外の人もオカ研に勧誘したってことか」

「そうなの! でも氷川先輩は生徒会で忙しいっていうし、アカネ先輩は怖いし、ジェニファー先輩はよくわかんない外国語喋って逃げちゃうし……シュウくんだけだよ、話を聞いてくれるのは! だから入ろ、オカ研!」

「入んねーって……てかジェニーは日本語ペラペラだぞ」

「ウソっ!? あたし騙された!?」

「まあ、あの人はな……はは」

 ジェニーは可愛い顔してるけど、意外と腹黒だからな。お宝目当てに、こっそり一人だけ姿を消すなんてお手のものだ。ちなみに俺が頑なに入部を拒んでいるのは、本当は幽霊なんて見ちゃいないから。ユミが生身の人間だってことを知っているのは、この学園の中では俺だけだ。だからこそユミは幽霊だったってことになってるわけだが。

「……って、もう生徒会室じゃねーか。お前まさかこの中までついてくる気じゃないよな」

「え? ダメなの?」

「当たり前だろ!」

「いいじゃん別にー。氷川先輩から幽霊の話が聞けるかもしれないしー」

「あのなぁ……」

「失礼しまーす」

「お、おい! ちょっと待っ……!」

「あら、シュウくん……と、あなたは確か岡崎さんだったかしら?」

「マキでいいですよー。それで、あの地下迷宮の話とかー、幽霊の話とかー、いろいろ聞かせて欲し……」

「お前は黙ってろ。それでレイさん、俺に何か用ですか?」

「ええ、ちょっとね。正確には、用があるのは私じゃないんだけど」

 レイさんが、傍らの女生徒を示した。見たことのない人だ。少なくとも俺は初対面。その女生徒は訝しげに俺を眺め、静かに言った。

「レイ、この子がそうなの?」

「ええ、そうよ。大丈夫、頼りになるわ」

 レイさんがなんか褒めてくれてるが、あいにく俺はそれどころではない。初対面の女の人だ……緊張してきた。

「あ、あの……あなたは?」

 おずおずと名前を聞いてみたりして。

「レイの友人の音田 美香。音楽部部長よ。ちょっと相談に乗って欲しいことがあるのよ……地下迷宮での幽霊騒ぎを解決した、かの有名な霧島 修介くんにね」

「……有名? 俺が?」

「あら知らないの? 三年生であなたを知らない生徒はいないわよ」

……なんだって?

「ちなみに二年生の間でも話題になってるよー」

横からマキが追い打ちをかけてきた。

「……嘘だろ」

 なんでそんなめんどくさいことに。地下迷宮絡みでこれ以上面倒に巻き込まれるのはごめんこうむりたいんだけど……。

「それで、うちのシュウくんに相談したいことってなんですか?」

「おい待てオカルト研究部。いつから俺はお前の所有物に……」

「実はね……」

「ミカさん。そのまま話を進めないで下さい」

 しかしミカさんは俺の言葉など全く聞かず、相談内容を口にした。


「シュウくんに相談っていうのは……ポルターガイストについてなの」


「ポルターガイスト?」

「もしかして……『音楽室のポルターガイスト』のことですかー?」

「そう、まさにそれ。本当に困ってるのよ」

「なんだよマキ、知ってるのか?」

「え、シュウくんこそ知らないの? 明久学園七不思議」

「ああ……なるほど」

 そう言えば、この明久学園にも七不思議があったんだった。というか、俺はそのうちの一つのせいでエラい目にあってるわけだが。

「しょうがないなぁ、教えてあげるよ」

 マキは自慢げに七不思議について教えてくれた。


『音楽室のポルターガイスト』


『滑走する白骨標本』


『体育館の五人目の幽霊』


『開かずの教室』


『いなくなったミサキちゃん』


『血まみれ先生』


 そして……


『地下迷宮』


 これらが明久学園の七不思議、らしい。

「へえ……」

「で、ミカさんは音楽室のポルターガイストを見たんですか!?」

 マキはいつの間にかペンとメモ帳を取り出していた。なんなんだこいつ。

「見たというか……私たち音楽部は、最近合唱をやっているんだけどね。練習を始めると、そのたびに棚から物が落ちてくるのよ」

「落ちてくる……ねぇ」

「ポルターガイストだ! やっぱり七不思議は本当だったんだー!」

「幽霊を見たことあるシュウくんなら、信じてくれるわよね? それで、なんとかして欲しいの」

「えー……っと」

 正直全く信じていない。

 ユミは幽霊でもなんでもないし、ポルターガイストなんて……ありえない。

「……信じてくれないのね。じゃあ今日の放課後音楽室に来て。実際に見ればわかってくれるでしょう」

「え、あの……」

「ミカさん! あたしもついて行っていいですか!? オカ研として見逃せません!」

「構わないわよ。証人はたくさんいた方がいいから」

「やったー! ありがとうございます!」

「じゃあまた放課後ね、シュウくん。音楽室で待ってるわ」

「期待してるわよシュウくん。今度ポルターガイストの話、私にも聞かせてね」

「あ、ちょ……」

 ミカさんたちはそのまま行ってしまった。

「…………ええ……? マジで……?」

俺の呟きは、誰にも聞かれることなく、静かな生徒会室に溶け込んでいった。




「あれ、ミカさんいないねー」

 放課後になり、俺とマキは音楽室前に来ていた。先輩の頼みごと、しかもレイさんが絡んでることもあって、さすがにほっぽり出して逃げるわけにはいかない。渋々俺はマキと一緒に音楽室を訪れたのだった。

「授業が延長でもしてるんだろ」

 そう言いながら、俺は何気なく音楽室のドアノブを捻ってみた。

「……あれ、開いてる」

「え?」

 うっすらと扉が開いた。中から、何かの楽器の音色が聞こえてくる。

「誰かいるのかな?」

「入ってみよう!」

「お、おいマキ! ちょっと待て!」

 マキを追いかけ中に入ってみると、そこには女生徒が一人立っていた。今の今まで演奏していた楽器から口を離し、俺たちの方に目を向ける。

「……あなたたち、誰? 何してるの?」

「えっと、きみは……」

「あたしは澤野 梨華。音楽部二年」

「そ、その楽器は?」

「見ればわかるでしょ、フルートよ。毎日一番に来て練習してるの。それよりあたしの質問に答えて……」

「あら、シュウくん。マキさんも。ごめんね、授業が延びちゃって……リカもいつもいつも熱心ね。練習前に一番に来てるし、練習後も最後まで残ってるし」

 ミカさんがようやくやってきた。

「部長。誰ですかこの人たち」

「知らない? 霧島 修介って」

「霧島って……あの噂の? じゃあもしかしてポルターガイストの件で?」

「そうよ」

「へえ……」

 なんかリカが俺を睨んでくる。あれ、俺なんか悪いことしたっけな。

「幽霊を見たって言って調子乗ってる人でしょ。知ってるわ」

「なっ……」

 なんかディスられた。

「ちょっと。シュウくんはそんな人じゃないよ」

 なんか良くわからんがマキがフォローに入ってくれた。

「……」

「……」

 マキとリカが睨み合う。なんだこれ。

「そろそろ部員が集まってくるわ。シュウくん、とにかく練習を見てちょうだい」

「……はあ」




 しばらくすると、音楽部員が集まった。その数、全部で二十人ほど。そして、合唱の練習が始まった。

「……へえ」

 合唱は、素人の俺から聞いてもなかなかのものだった。まず声量がハンパじゃない。二十人程度の部員が、全力で声をぶつけてくるイメージ。しかもこの音楽室の中では、声がよく響く。おかげで迫力も二割増しだ。この分なら体育館などの広い場所でも隅々まで響き渡ることだろう。そう実感できるほどに、音楽部の合唱は大迫力のものとなっていた。

 ……でもなんだろう。何か違和感を覚える。なんだか……わずかだけど、ノイズが混じっているような。そんな感覚を、俺は覚えた。

「……あ! シュウくん、あれ!」

「え? ……あっ!」

 マキが指差した方を見ると、棚の上の方で何かが揺れている。そしてそれが……落下した。

「やべっ!」

 俺はとっさに手を伸ばし、その何かをキャッチした。

「ふう……危なかった」

 合唱が中断され、ミカさんが俺の方に駆け寄る。

「シュウくん、大丈夫!?」

「あ、はい。なんとか」

「……これでわかったでしょう。これがポルターガイストよ」

「きゃー! ポルターガイストは本当にあったのね! 大発見だわ!」

「ちょっと静かにしててくれ、マキ……そういや、何が落ちたんだろう? これ、なんだ?」

「それはトロフィーよ。去年の合唱コンクールで準優勝した時のものね。キャッチしてくれて助かったわ」

「へえ、準優勝ですか。道理で上手な合唱だと思った」

 そんな話をしながら、俺はトロフィーをじっくりと観察する。仕掛けとかは……なさそうだ。まあ、当然か。そんなあからさまなことがしてあれば、誰だって気付けるだろう。わざわざ部外者の俺に助けを求めることもない。

「……さて」


 成り行きでここまで来てしまったが、こうなったら乗り掛かった船だ。オカルトなんざ信じちゃいないし、これ以上こういった面倒事に巻き込まれないようにするためにも、このふざけたオカルト騒ぎを叩き潰しておきたい。オカルトそのものの存在を否定してしまえば、俺にこんな面倒が押し付けられることもなくなるだろう。


要するにだ。


 俺はこの怪現象……ポルターガイストとやらを、なんとかして解明しなければならない。


 ポルターガイストなんてあるわけない。


 それを、証明してやるとしよう。



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