1-8 (完結編)
みんなに『真相』を話してから、もう一週間が経った。俺は電車に乗って、ヒロの家に向かっていた。
……今日はヒロが東京にいる、最後の日だ。
「よおヒロ」
「なんだよシュウ、来るなら先に言ってくれよな」
「明日からもう北海道だろ? 最後の日くらい、な」
「なんだ? 支度でも手伝ってくれんのか? でも大丈夫だぞ、ほとんど終わってるし。引越の準備は完璧だ」
「そっか。まあでも少しお邪魔させてもらうよ」
「たりめーだ、上がれ上がれ」
ヒロに促され、俺はヒロの部屋へと入った。ここに来るのもずいぶん久しぶりな気がする。どちらかと言うと、ヒロが俺の家に来ることの方が多かったしな。
「それで? なんでまた急にウチに来たりしたんだよ」
「いや……まあ、ちょっとな」
「なんだよ?」
「お前に話しておこうと思ってさ」
「何を?」
「知りたいだろ? 今回の事件の真相」
「真相って……地下迷宮での一件か? あれならこの前、お前がみんなに真相を話したじゃんか。全部ユミの幽霊の仕業だったって。あれで全部解決だろ?」
「いや、そんなことはないさ」
「なに?」
「だってあれ、嘘っぱちだもん」
「なにぃっ!?」
「あの時、俺はみんなに嘘をついたんだ」
「な、なんでそんなこと……?」
「話す必要はないと思ったんだ」
「はー、なるほど。それじゃあなんで俺には話してくれるんだ?」
「これで最後だからな。じゃあ始めるぜ。事件の時間は終わった」
「あ、ああ……」
「さあ。謎解きの時間だ」
俺とヒロは真っ正面に向かい合って座っている。ふと様子を窺ってみると、ヒロは俺の言葉をじっと待っていた。それを確認してから、俺は口を開いた。
「まず核心を突いてしまおうか」
ヒロがゴクリとツバを呑み込んだ。
「鷹野 由実は、生きている」
「……え?」
「ユミは生きてるって言ったんだ」
「そんな……じゃあ、あの骸骨は!?」
「誰のものかはわからないけど、少なくともユミじゃない」
「なんでそんなことわかるんだ!?」
「ユミが行方不明になったのは、俺らが骸骨を発見する二週間前……いいか、ヒロ」
「人の体は、二週間じゃ白骨化しない」
「あっ……!」
「大体おかしいだろ? 幽霊がテレビから音声出すとか、罠を操るだとか……おとぎ話かっつーの。あと、ユミがキョウジの死体を見た時の反応は演技には見えなかった。それにジェニーが言ってたぜ。骸骨の着てた服は、最近のものだって。あの服は確かにユミのものなんだろうな、ユミの父親もそう証言してる。……でも、骸骨自体はあの服なんかよりもずっと古いものだ。白骨化してるぐらいだからな。つまり、あの骸骨はユミだと見せかけられたもの……偽装されたものだったのさ」
「じゃあ、あの骸骨は何者だったんだ? 一体誰の死体だったんだよ?」
「それはわからない。だが、ここで大事なのは骸骨が誰かってことじゃない。『あの骸骨はユミじゃない』、これだけで十分だ」
「それなら、俺たちが見たユミはなんだったんだ? あのユミが幽霊じゃないのなら、どうして消えちまったんだよ? 俺は確かに見たぞ、あいつが消えたのを」
「……キョウジがユミを突き落としたのは、本当だろう。でもユミは死んだわけじゃない。助かったんだ」
「じゃあなんなんだ! あの事件が、ユミのキョウジへの復讐じゃないとしたら、一体なんだったんだよ!」
ヒロが声を荒げた。でも俺は、それを冷たく見つめる。
「……知りたいか?」
「あ?」
「本当に知りたいのか?」
「何が言いたいんだよ」
「本当は、知ってるんじゃないのか?」
「…………なんだと?」
「もういいよ、ヒロ」
「この事件の首謀者……俺たちをあの迷宮に誘い込み、キョウジを殺したのは……お前だ、ヒロ」
「……っ!」
「ついでに言うなら、俺たちを地下への入口へと誘ったあの地図と手紙。あれを用意したのもお前だな。他の人たちを地下へ突き落としたのも。そうだろ」
「……」
「あの日、お前は昇降口での待ち合わせに来るのがずいぶん遅かったよな。俺を待たせてる間に、みんなをあの『穴』で待ち伏せして、突き落としてたんだ」
ヒロは何も言わない。じっと俺の言葉に耳を傾けている。
「待ち合わせを裏山じゃなく昇降口にしたのも、みんなを突き落とすのを俺に見られないようにするため。そして最後に、足を滑らせたフリをして俺を地下へ引きずり込んだ。これが地上でのお前の行動だ」
ヒロはまだ何も言わない。俺はここぞとばかりに畳み掛ける。
「地下にテレビを仕込んだのも、迷宮で罠を作動させてたのもお前だ。吊り天井はもちろん俺らを迷宮に追い立てるためと、テレビを破壊して証拠隠滅をするため。キョウジとアカネが迷宮に飛び込んだ時、真っ先に追いかけたのはお前だった。あれはキョウジを罠で殺すためだ。先行してたジェニーが罠にやられなかったのは、お前がそばにいなかったから。罠を作動させるスイッチは、迷宮に仕掛けられてたわけじゃなく……お前が持っていたんだろ? お前、迷宮に入るためにやたらと荷物持ち込んでたから、その中にリモコンでも入れてたんだろうな。レイさんが落とし穴に落ちた時に俺が聞いた『カチッ』って音は、俺がスイッチを踏んだ音なんかじゃなかった。お前がスイッチを押した音だったんだ。それに出口の広場で、ジェニーが開けられなかった扉を、お前はいとも簡単に開けた。お前が鍵か何かを持ってたからだろ?」
ふう、と俺は大きく息を吐いた。一気に喋りすぎた、少し疲れちまった。
「……目的はどうなる? 俺には、お前たちを地下迷宮に閉じ込める目的がないだろ」
そんな俺を休ませまいとしたのか、ついにヒロが口を開いた。
「それにキョウジを殺す理由も、レイさんを落とし穴にハメる理由だってない。そうだろ?」
あくまで自分は閉じ込められた側だって口ぶりだ。だが、その返しは想定内だ。
「お前の目的の一つは、間違いなくキョウジの殺害だ。だから本来、地下に突き落とすのはキョウジ一人で十分だった」
だが、と俺は続ける。
「お前には必要だったんだよ。あの迷宮内で、一定の人数が必要だった。そして、キョウジ以外の余分な犠牲を出す必要があった。だからお前はカムフラージュとして、余分な人間を招いた」
「……何のことか、よくわからないな」
「順を追って説明しよう。まず、レイさんを落とし穴に落とした理由だが……これはお前の狙いがキョウジであることを隠すためのカムフラージュだった。だから殺すほどの罠にはせず、そこまで深くない落とし穴に落とした」
「カムフラージュで、たった一人しか罠にハメないのか? カムフラージュ役が一人ってのもずいぶん少ない気がするが」
「お前にとって、ジェニーの動きが予定外だったんだろ。ジェニーの予定外の先行がなかったら、もう一人くらい罠にハメてたはずだ」
「ジェニーがいなくたって、罠にハメる相手くらいいただろう」
「いや。キョウジ、ジェニー、レイさん。この三人が欠けたことで、迷宮内の人数は四人になった。……お前には、迷宮内の人数を四人にしなければならない理由があったんだ」
「……だからカムフラージュとして他に誰も罠にハメることはできなかった、そう言いたいのか? なら、その理由ってやつを教えろよ」
「迷宮後半の丁字路さ。あそこを通る時は、必ず四人でなければならない」
「……なぜ?」
「多数決だよ。お前が多数決に必ず勝つために、人数は四人がベストだった」
「四人での多数決で、どうして俺が勝てるんだ? 俺一人で多数決には勝てないぜ」
「お前だけなら、勝てない。でも二人なら……お前とユミの二人なら、勝てる。お前たち二人が同じ方向を選べば、多数決に負けることはない。引き分けまでは必ず持ち込める」
「お前とユミは最初からグルだった。手を組んでいたんだ」
「思い返せば、ユミはずっと怪しかった。ユミは最初から最後まで、ブレることなく怪しかった。それはもうあからさまに怪しかった……だが、その怪しさこそが、お前の仕組んだ罠だった。ユミを怪しく思わせること、それ自体がお前の罠だった」
「おい、はっきり言えよ。何が言いたいんだ」
「ペアで来いと手紙には書かれているはずなのに、なぜかユミは一人で来ていた。もうこの時点で、お前の罠は始まっていたんだ」
そう。『一人だけペアを組んでいない』という、とびっきりの怪しさを、第一印象から俺たちに植えつけた。
「そして、地下迷宮の丁字路。どっちに曲がるかは多数決で決めるように誘導するつもりだったんだろ。あそこでお前とユミは、常に同じ方向を選び続けていた。だから多数決には必ず負けなかった。そして引き分けになった時は、ユミに意味深な発言をさせて、そっちに進むように俺たちを誘導した。だから多数決は四人でやらなきゃいけなかったんだ。三人だとあからさまだし、五人だと多数決に勝てないからな」
そしてこれが、地下迷宮に呼ばれたのが七人だった理由でもある。ヒロの中では、多数決で四人、キョウジ一人、カムフラージュの被害者役で二人、計七人という計算だったはずだ。ユミを際立たせるため、俺たち招待客にペアを作るよう指示していたことも考えると、これがベストな人数だったのだろう。
「こうしてお前は、ユミの怪しさを強調した。そして最後に、ダメ押しの『ユミが消えた』だ。進む順番を決めた時、お前はしんがりを選んだな。そしてユミがその一つ前。これで後ろ二人がユミとお前で固められた。こうすることで、最後の曲がり角でユミが『消える』のを目撃するのがお前だけになる。罠が仕掛けられてる迷宮だ、隠し部屋だってあるんじゃないのか? お前はそこにユミを入れ、『消えた』と言い張った」
「……まだ大事なことを聞いてないぞ。どうして俺とユミが手を組んで、お前らを巻き込んでまで、あの迷宮でキョウジを殺さなきゃならないんだよ」
「ヒロ……俺な、ユミを最初に見た時から、ずっと思ってたことがあるんだ。俺はどこかでこの子と会ってるって……俺は、この子を知ってるって……そう思ってた」
「……」
「そしてわかったんだ。この既視感の正体が何なのか。レイさんが言ったように、行方不明のニュースで見たのかとも思ったけど、そうじゃない。俺は本当に会っていたんだ……ずっと昔に」
「ヒロ、お前と出会った当初……お前がまだ『鷹野 宏樹』だった頃に、会っていた。お前の妹の、鷹野 由実とな」
「お前の親が離婚したのって、確か親父さんの暴力癖が原因だったよな。お前の母さんはユミも引き取ろうとしたけど、親権を勝ち取れなかった。だからユミは、暴力癖のある父親のもとで暮らすことになった。そして……」
「ユミは父親からの虐待を受けることになった」
「ここからは想像だけど……二週間前、ユミは家出したんじゃないかな。そして、キョウジと出会った……」
「もういいぜ、シュウ。……そこから先は、俺の担当だ」
「……ヒロ」
「お前の言う通りさ……俺がキョウジを殺した。俺が首謀者だよ」
「じゃあ、お前の目的はやっぱり……」
「ああ、そうだ。俺の目的は、ユミを、あのクソッタレな父親から救い出すことだよ」
「二週間前……ユミが家出した時、実は俺と待ち合わせてたんだ。深夜二時くらいだったかな。んで俺がユミを迎えに待ち合わせ場所に着いた時、偶然ユミがキョウジにぶつかって、『穴』に落ちていくのを目撃した……俺の見た限り、キョウジはユミにぶつかったことも、ユミが『穴』に落ちたのも気づいてなかったみたいだけどな。で、俺は急いでユミの落ちた『穴』を調べた。それであの地下迷宮と『穴』を見つけたのさ」
ん? 今、何か違和感が……まあいいか。俺はヒロに先を促した。
「調べたって……中に入ったってことか? で、罠のスイッチとかを入手した?」
「いいや、これにはまた別の事情があってな。どうも俺の母さんは、親父……鷹野 孝一と結婚する前はお妾さんだったんだと」
「お妾さんって……つまり愛人ってことか?」
「そう。で、その相手がなんと、我らが明久学園の理事長、明久 裕一郎だ。んでもって俺は、そいつとの間にできた子供らしい。だから正確には、ユミは義妹なんだよねー」
「なっ……じゃあ」
「そう。俺は理事長の息子ってことだな。認知されてないけど。で、実は俺『穴』を見つけた時にすぐ理事長に連絡したんだ。もう藁にもすがる思いよ。父親だったら助けてくれるかなーって、そんな淡い期待に賭けた。そしたら、理事長は地下迷宮のことを知ってたっぽくてさ。俺の話を聞いてすぐ、迷宮について詳しく教えてくれたんだ。そして、俺がユミを救出するためにスイッチやらリモコンやらを貸してくれた。それを借りた俺は、すぐさまあの『穴』に飛び込んでユミを助けに行った
「なるほど。理事長の助けがあったのか」
「……でもその頃にはもう、ユミも完全に無事ってわけにもいかなくてさ。打ちどころが悪かったんかなー……記憶喪失になってたんだ」
「記憶喪失……!?」
「そう。だからあいつ、俺のこともお前のこともわかんねーんだよ。これ知った時かな、キョウジを殺してやりたいって思ったのは。んで、俺とユミは二人であの迷宮を突破したってわけ。まあ突破といっても、罠とかは俺が作動させなければいい話だし、単純に迷路を攻略するのに苦労しただけだけどな」
「そして……ゴール地点で骸骨を見つけたんだな」
「その通り。そこで思いついたんだ、この骸骨をユミってことにすれば、ユミは親父から逃れられるんじゃないか? 記憶も失ってるし、新しい別の人間として生きられるんじゃないかってね」
「全部、そのための工作だったんだな。俺たちを迷宮に閉じ込めたのは、あの骸骨を見つけさせるためだった。そしてそれを、鷹野 由実のものだと主張させるためだった……」
「親父の方はユミの服着せときゃ誤魔化せると思った。娘を娘と思ってねーからな、あいつ。ただ、もし他にユミを見たとかいう目撃証言がいたら困るだろ。だってユミは死んでるはずなんだから。でもユミの幽霊がいたってことになれば、目撃されたユミは幽霊だったってことにできるかもしれない。そういう狙いもあったんだ、一応」
……なるほど。もしかしたらその狙いはアカネあたりがなんとかしてくれるかもしれないな。あの人、地下迷宮でのことさんざ触れ回ってるらしいから。
「ところで、ユミには何も話してないんだよな? 今回のこと」
「ああ、もちろん。あいつには何も気にせずに新生活を送って欲しいからな。……それももう、無理になっちまったけど」
「……? なんでだ?」
「なんでだって、お前にバレたからだよ。こうなったらユミが死んだなんて言い通せないだろ」
「ああ、なんだそんなことか。大丈夫だ、俺は誰にも言わないから」
「……は?」
「警察にも言わない。黙ってる」
「は……はあっ!? じゃあお前、今日何しに来たんだよ!?」
「何って……答え合わせ、とか?」
「な、なんだよそれ! お前、俺がどんだけビビりながら話を聞いていたと思って……!」
「まあまあ。……それよりさ」
「あ?」
「ユミのこと、頼むな」
「……当たり前だ。そのために助けたんだから」
「はは……そりゃそうだな、悪い。じゃあ俺帰るわ。たまには連絡よこせよ」
「あ、ああ……じゃあな、シュウ。元気でな」
「おう。ヒロこそ……元気で」
これこそが、真相。
鈴宮 宏樹が計画し、俺が暴いた……義妹を助けるための茶番。
俺には、ヒロを警察に突き出すことなんてできなかった。
……これ以上、ユミを傷つけたくなかったから。
あの子は怯えていた。
記憶を失くし、右も左もわからないままヒロの計画通りに動いた。
ここでヒロまでいなくなったら、彼女は本当にどうしようもなくなる。
そんなの、ダメだ。
だからこそ、ここで止めておこう。
真相を知るのは、この世で二人。
鈴宮 宏樹と、霧島 修介……二人だけだ。
それだけで……十分だ。
(第一章 完)