1-7 (解答編)
あれからもう三日が経った。地下迷宮での出来事はできるだけ秘密にしようと取り決めたにもかかわらず、あの事件のことは既に学園中で噂になっているようだ。おおかた、アカネあたりが言いふらしているのだろう。
俺のところにもたくさんの生徒が話を聞きに来る。特に、噂好きの女子が多い。
「ねえシュウくん、地下迷宮行ったって本当?」
「詳しく話聞かせてよー」
「人が死んだって聞いたんだけど……」
また来たな、ミーハー女子ども。こういう質問にも慣れっこになってしまった。こんな時は俺は一切耳を傾けずに、さっさとその場を立ち去ることに決めている。
「ちぇー。やっぱりダメかー」
「シュウくんはガード固いよねー」
「前から無口キャラだったけど、なんかますます無口になったよね」
やかましい。コミュ障に何を求めてるんだてめーら。大体な、今俺は急いでるんだよ。待ち合わせに遅れそうなの。
「……なんとか間に合ったか」
学園のほぼ中央に位置している図書室。俺はここで、ある人と待ち合わせをしていたのだ。
「すいません、遅くなりました」
「ギリギリセーフよ、許してあげるわシュウくん。でも今度からはもう少し余裕を持って来てくれると嬉しいかな」
「気をつけます……レイさん」
氷川 麗……レイさん。俺の待ち合わせ相手は、地下迷宮で知り合ったこの先輩だ。
……そう、レイさんは生きていたのだ。
「本当に運が良かったのよ。落とし穴が想像よりもずっと浅くて、落ちても全然平気だったの。ちょっと怖かったけどね」
警察に地下迷宮を調べてもらった時、罠の存在を教えるためにヒロが警察に付き添った。その際、当然レイさんの落ちた落とし穴も調べることになった。スイッチはヒロが探し出して押したらしい。再び口を開けた落とし穴を覗き込んで見ると、落とし穴の底でうずくまっているレイさんがいた、というわけだ。
「はい、お願いされてたものよ」
レイさんは俺に新聞のコピーを手渡した。明久学園の図書室は、かなり昔までの古新聞を保存してある。そこで俺はレイさんに、あることを調べてもらったのだ。
「本当はコピー禁止なんだけど……ま、生徒会の権限ってことでなんとかなったわ」
これは地下迷宮を出た後でわかったことだが、レイさんは生徒会役員だった。それで転校生かつクラスメイトのジェニーに学園内を案内したりしていたらしい。そんな経緯でジェニーと知り合い、今回地下迷宮に誘われることになったのだそうだ。
「で、どうでした? レイさん」
「ビンゴよ。実はあたしも気になってたのよ……鷹野 由実って名前、どこかで聞いたことあった気がしててね」
俺はレイさんに、ユミについて調べてもらっていた。地下迷宮の中で、ユミという存在はあまりにも怪しすぎた。ペアで来いと言われているはずの地下迷宮に一人で来たり、迷宮での正しい道を完璧に当てたり……だからユミについて調べることは、何かの手がかりになると思ったのだ。
「コピーを見てちょうだい。二週間前の記事だけど、それで間違いないわ」
「鷹野 由実……彼女は明久学園の生徒でも何でもない。彼女は、二週間前にこの辺りで行方不明になった女の子よ」
俺が渡されたのは、鷹野 由実という少女が行方不明になったという事件の記事だった。
「なるほどね……行方不明、か。それも二週間前……」
こんなことかな、とは思っていたが。じゃあ、やはりあの骸骨は……。
「警察にはユミの話はしたの?」
「ヒロがしたはずです。たぶん、あの骸骨の身元確認もそろそろ終わるんじゃないかな」
「……そう。ねえ、シュウくん」
「なんでしょう?」
「あなた、もしかしてこの一件について何か仮説があるの?」
「……さあ、どうでしょう。レイさん、これありがとうございました」
コピーのお礼を言い、俺は図書室を後にした。
「ハイ、ジェニー」
ちょっと気取って外国風の挨拶をしてみたりしたが、反応は芳しくなかった。
「あ、こんにちは……って、なんだシュウじゃない。何の用よ」
この金髪腹黒美少女は、他の生徒の前ではまだネコを被っている。だが俺は既に彼女の本性を知っているため、ジェニーもわざわざ可愛く返事をしてくれたりはしない。
「ちょっと聞きたいことがあって……地下迷宮でのことなんですけど」
「ああ……で、何かしら?」
「迷宮で何が起こったかは知ってますか?」
「一通り聞いたわ。罠のこととか、キョウジのこととか」
「そうですか……じゃあ質問です」
「あなたはどうやって、あの広場にたどり着いたんですか?」
「あの広場って……出口の広場のこと? 骸骨のあった……」
「そうです」
「どうやってって……普通によ。最初の広場の入口から入って、迷宮を進んで、出口の広場に着いたわ」
「途中で行き止まりとかはありましたか?」
「それはもちろん。だって迷宮よ?」
「その割りにはずいぶん早くに広場に着いてましたね」
「……あたしは宝を独り占めしたかったの。迷宮の中ではずっと走ってたわ」
「罠とかは?」
「一つもなかった。よっぽど運が良かったのね……日頃の行いのおかげかしら?」
「……わかりました。ありがとうございます」
「そうなのよー! もうマジ死ぬかと思ったわ。でもウチは生き延びた。最後まで諦めなかったのよ!」
アカネは取り巻きの女子たちに、地下での自らの武勇伝を語っていた。よく言うぜまったく……一番ビビってたのはあんただろうに。
「アカネさん」
「何よ……ってシュウ。どうかしたの」
邪魔するな、と言わんばかりに睨みつけられた。
「ちょっとこっち来てください」
「今いいとこなのよ」
「そこを何とか。そんなに時間は取らせないんで」
「……わかったわよ。ちょっと待ってなさいよあんたたち」
取り巻きに命令してから、アカネは俺のとこまでやって来た。周りの生徒が何事かとこちらを見ている。『あのアカネを呼びつけるなんて、一体あの死にたがりはどこのどいつだ』という視線を一身に浴びつつ、俺はアカネを連れて人気のないところに移動した。
「……で? わざわざこんなとこまで連れてきて、一体何の用よ」
「アカネさん……気を悪くしたらごめんなさい。キョウジさんのことで聞きたいことがあるんです」
途端にアカネの顔つきが変わった。
「シュウ……あんた」
アカネがギロッと俺を睨みつける。でも、ここで引き下がるわけにはいかない。
「お願いします。どうしても必要なことなんです」
「ここ最近……特に今から二週間以内で、キョウジさんの様子がおかしかった時とかありませんでしたか?」
「……」
「……」
無言で睨むのやめてくれ。怖いから。
「……はあ。わかったわよ、教えてあげる」
やれやれ、と息を吐きながらアカネは答えてくれた。
「確かにキョウジには、そういう時期があったわ」
「ホントですか!?」
「ええ。そうね……あんたの言う通り、ちょうど二週間前くらいのことよ。『やっちまった……やっちまった……』とかブツブツ呟いてたわ。何のことかまでは知らないけどね」
「……ありがとうございます」
俺はお礼を言って、アカネに背を向けた。
「ちょっと、待ちなさいよシュウ! あんた一体何するつもりなの!? こんなこと聞いて、どうするつもりなのよ!?」
「……嫌なんですよ」
「え?」
「このまま……謎のままは、嫌なんです」
そう言って俺は、今度こそその場を立ち去った。
「シュウ!」
ヒロが走って俺の方に近づいてくる。何かわかったのだろうか。
「ヒロ、どうした?」
「いいか、聞いて驚くなよシュウ」
「ユミの親父さんが、あの骸骨を自分の娘だって……鷹野 由実に間違いないって証言した!」
「……っ!」
「着てた服が、ユミの着ていたものだったらしい。それが決め手だったみたいだな」
「そうか……」
「あと警察に確認したんだけど、やっぱりあったぜ目撃証言。お前の言った通りだ」
完璧だ。これで、ピースは全て揃った。
「シュウの方はどうだったよ?」
「ばっちりだ。たぶん間違いない……これが真相なんだ」
「そうか……じゃあ、明日みんなに説明しようぜ。俺がみんなに招集かけとくから、シュウは話すことまとめといてくれ」
ヒロはそう言って走り去った。
そしてこの日、俺は一晩中悩んだ。
みんなに真実を話すべきか否か。
そして……決心した。
次の日。
「みんな集まったぜ。それじゃシュウ、頼んだ」
「ああ。みなさん、今日集まってもらったのは他でもありません。あの地下迷宮での一件……その真相を、お伝えするためです」
誰も何も言わない。みんな、俺の次の言葉を待っている。俺は大きく深呼吸してから、話し始めた。
「まず確認しておきたいのは、今回の事件で命を落としたのはキョウジさんただ一人だったってことです」
アカネの顔が曇る。
「もう知ってる人もいるかもしれませんが、地下迷宮にあった骸骨はユミだと確認されました。父親がそう証言したんです」
「じゃあ……あのユミは何だったのよ。ウチらが見たあのユミは、一体なんだって言うの?」
「ヒロが、ユミが消えたのを見ました。まるで幽霊のように消えた、とも言ってます」
「まさか……本当に? 本物の幽霊だったっていうの?」
「……ええ。彼女は二週間前に行方不明になりました。そして恐らく、その原因がキョウジさんだったんだ」
「原因……どういうこと?」
「目撃証言がありました。ユミが行方不明になった日、ユミとキョウジさんが一緒に歩いてたらしいんです」
「じゃあ……」
「アクシデントなのか故意なのかはわからないけど、たぶんキョウジさんがユミをあの地下迷宮に突き落としたんだ。そしてユミはあの地下迷宮に迷い込み、最後にはあの広場にたどり着いたものの……そこで力尽きた」
「でもあの広場、出口があったじゃない」
「最初にあの広場にたどり着いたジェニーは、扉を開けられなかった。扉を開けるのに何かしら条件があるのかもしれない。とにかく、ユミはあの場所で死に、キョウジさんへの復讐のため……幽霊になった」
「……シュウくん。あなたもしかして、こう言いたいの?」
「この事件は、ユミがキョウジに復讐するためだけに起きた……ということ?」
「そうです。その証拠に、キョウジさん以外誰も死んでない。恐らく、罠の発動は迷宮に仕掛けられたスイッチによるものじゃない。ユミの意志で発動させてたものだったんだ。警察の人も言ってたよ、『スイッチなんかどこにもない』って」
「なるほど……だから一人で先行していたジェニーは罠に遭遇しなかったのね。ユミの狙いはキョウジだけだったから」
「じゃあ、あたしが落とし穴に落とされたのはなんなのかしら。あたしもユミに恨まれてたってこと?」
「レイさんが落とされたのは……たぶん、ユミはあなたをあのままにしておくのはマズいと思ったんでしょう。あの迷宮がカタコンベであると見抜いたレイさんなら、いずれユミが幽霊であるということを見抜いてしまうかもしれない。だから死にはしない罠で、一旦退場させた」
「……ふーん。幽霊から危険視されるなんて光栄だわ。でもシュウくん、それならそもそもあたしたちを地下迷宮に突き落とす必要がなかったんじゃないかしら? あたしたちを突き落としたのも、幽霊の仕業なのよね?」
「ま、まあそうでしょうね」
「ユミの狙いがキョウジだけなら、キョウジだけを落とせば良かったんじゃないかしら」
「それは……ユミの目的は、もう一つあったからですよ」
「もう一つ?」
「そう……自分の亡骸を、見つけてもらうことです」
「あ……」
「レイさんとジェニーは知らないだろうけど、幾度となくあった丁字路……俺たちは、全部ユミの言った通りの方向に曲がったんだ。そしたら、一度も行き止まりになることなく広場まで行けた」
「ユミは道を知っていたから……」
「そう、俺たちを自分の亡骸の場所まで案内したんだ。そして、俺たちが亡骸の目の前にたどり着いた瞬間……消えた」
「じゃあ、あのお宝があるって言ってたテレビは?」
「あれもユミなんじゃないかな。罠を作動させられるくらいだから、テレビだって思いのまま操れるでしょう。あの『宝』っていうのはつまり……」
「自分の骸骨だった、ってことね」
「そういうこと。最初の吊り天井は、俺たちを先に進ませるためのもの。そして、俺たち全員……キョウジさんとレイさんを除いてですけど……が、骸骨のある広場にたどり着いた時、出口の扉が開いた」
「……なるほど」
これが、俺の語った『真相』だ。
ところどころ穴だらけで、ツッコミどころ満載だったが……とりあえずみんな納得してくれたみたいだ。
俺は昨晩、決心した。
『みんなには真相を話さない』と、決心した。
話す必要はない……話すべきじゃないと思ったから。
でも、あいつには話さなきゃいけない。
あいつにだけは、話さなきゃいけない。
本当のことを……『真相』を。
(次回、完結編)