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迷宮学園  作者: 大神純太
地下迷宮の謎
6/20

1-6

「……落ち着いたか、シュウ?」

「……ああ」

 あれから、どれくらい時間が経っただろう。俺はまだ、レイさんの落ちた穴の辺りに座り込んでいた。

「……そうか。で、どうする? これから」

 ヒロの言う『これから』ってのは、さっき俺とレイさんが話してた抜け道についてのことだろう。だが、その前に話さなきゃいけないことがある。

「……この落とし穴」

「ん?」

「この落とし穴の場所は、既に俺が安全を確認した場所だったんだ。それなのにこの罠は俺が最初に通った時は作動せず、なぜかこのタイミングで作動した」

「……お前の勘違いじゃないのか? 実はまだ確認してなかった場所なんじゃ……」

「いや、それはない。あれを見てくれ」

 俺は落とし穴から少し先に進んだところを指差した。

「俺の渡した毛糸……じゃあ、やっぱり」

「ああ。俺はあそこまでは安全を確認してた。その目印としてあの毛糸を置いといたんだ」

「じゃあ、どういうことだ? なんで罠は作動した?」

「……さっき」

 俺は一度言葉を切った。声が震えているのが自分でもわかる。

「さっき、お前のところまで走って戻った時……かすかだけど、『カチッ』って音が聞こえた」

 ヒロの表情が硬くなる。

「たぶん、俺がスイッチを押したんだ」

「なに? おいシュウ、それどういう意味だよ?」

「俺が床に仕掛けてあるスイッチを踏んじまったんだ。その結果、落とし穴が作動した」

「でもそこは、既に安全を確認してたんだろ? それなのに……」

「スイッチを押す強さが関係してるのかもしれない。最初は慎重に進んでいたから罠が作動しなかったんだ。そしてさっきは俺が走ってて、スイッチを強く踏み込んだから作動した」

「いや、でも……」

「俺がっ!!」

 自然と大きな声が出た。叫ばずにはいられなかった。

「俺がレイさんを……殺したんだ……!」

「……まだそうと決まったわけじゃない。レイさんだって生きてるかもしれないだろ」

 ヒロの慰めが心に刺さる。

「シュウ、しっかりしろ。今はここから出ることを考えるんだ」

「……ああ。そうだな」

 口では言ってみたものの、心は全然切り替わってない。でも、それでも俺らは進むしかない。ヒロはそう言っているのだ。

「いいかシュウ。今の話が本当なら、かなりヤバいぞ。認識を改める必要がある」

「……危険なのは、先頭としんがりだけじゃないってことか」

「そうだ。今の話だと、スイッチとは離れたところで罠が作動したってことだろ」

「つまり、どこで罠が作動するかはわからない」

「お前がスイッチを踏んだとしても、後ろの俺らが罠の餌食になったり……その逆で、俺らがスイッチを踏んでお前が犠牲になる、ってことも考えられる」

「はは……なんつー場所だよ、全く」

「とにかく、全員が慎重に進むしかないよな。それとも例の抜け道ってのを探すか?」

「……いや、やめておこう。さっきは作動しなかったスイッチを、もう一度踏んじまうかもしれないんだ。それにこの感じだと、入口からキョウジのところまでに罠がなかったかも怪しい」

「だな。先に進もう」

「……おいヒロ。やっとエンジンかかってきたみたいだな。ようやく頭が働いてきたみたいじゃんか」

「あたぼーよ。俺を誰だと思ってやがる」

「……ふふ」

「へへっ」

 ヒロと軽口を叩き合う。おかげで、少し気分が明るくなった。


 でも、状況は何一つ変わっちゃいない。


 生きて地上に戻れる保証はどこにもない。


 抜け道なんて希望は、死の恐怖で塗り潰された。


 それでも、歩くしかない。


 この死の迷宮をクリアする以外に、生き延びる術はない。




「全員、慎重にな。誰かがスイッチを押したら、別の誰かが犠牲になる可能性もあるんだ」

 ヒロが呼びかけるが、誰も答えない。

「……行こう」

 沈黙に耐えられなくなった俺が、先陣を切る。進む順番はさっきまでと変わらない。ただ、レイさんがいなくなっただけだ。

「……」

「……」

「……」

「……」

 みんな何も言わない。当然だ、たった一歩で自分、もしくは他の誰かが死ぬかもしれないのだ。みんな肉体的にも、精神的にも疲れ果てていた。




「……分かれ道だ」

 慎重に進んでいるおかげか、罠にも遭遇しない。そのまましばらく歩いていると、道が右と左に分かれている丁字路にさしかかった。

「どっちに行く?」

 とは言ったものの、判断材料なんて何もない。

「じゃあ……多数決な」

 多数決で、俺は左、他三人が右だったので右に進んだ。

「この迷宮、どこまで続いてんだよ……」

 罠が作動してないってことは、俺たちの取っている行動は間違いではないということだろう。今までの犠牲によって得られた教訓は正しかったのだ。

「……また丁字路か」

 多数決をとる。今度はアカネが右、あと三人が左だった。

「……」

「……」

「……」

「……」

 物音一つしない迷宮の中を、俺たちは神経を張り詰めながら歩き続けた。

「……丁字路だ。多数決とるぞ」

 俺とアカネが右、ヒロとユミが左だった。

「同数だ。どうする?」

「ぁの……」

 ユミがおずおずと喋りだした。

「左の方がいいと思います」

「なんで?」

「なんでって言われても……その……」

 ユミはなぜか口ごもる。

「……まあいいや。どっちにしろ確率は同じだしね」

 ユミの提案どおり、左に進む。

「はあ……いつまで続くんだろうな。俺はもう疲れたぜ、シュウ。腹も減ったしな」

「大丈夫かヒロ? 少し座って休むか? 非常食でも食べてさ」

「ダメよ!」

 急に発せられた大声に、ユミの身体が跳ねる。俺もちょっとビクッとした。

「座った拍子にスイッチが押されたらどうすんのよ!」

「……わかりましたよアカネさん、このまま進みましょう。悪いなヒロ、非常食は歩きながら食ってくれ」

「おーけー……気にすんな」

 そして俺たちは、再び歩き出す。




「はぁ……はぁ……」

 ヤバい。みんなかなり消耗してる。神経すり減らしながら歩き続けて、もう何時間経っただろう。俺たちは幾度の丁字路を曲がり続けてきたが、行き止まりに当たったことは一度もなく、罠も一切作動しない。俺たちはよっぽど運が良いらしい。多数決ってすごいな……いや、多数決というよりはユミのおかげか。多数決で同数になった時、俺たちは常にユミの選んだ方向に進むことにしたのだ。正直どっちの道を選んでも構わなかったから、妙にはっきり主張してくるユミに従っていただけだったが……いつの間にかそれが、暗黙のルールになってしまった。

「……んなことはどうでもいい。それよりも、この迷宮だ」

 一切休憩を入れず、かなりの長時間歩き通しでいる。みんな、とっくに限界は超えているのだ。

「そろそろ終わってもいいだろ……」

 そんな風に、今日何度目かもわからない悪態をついた時だった。

「……お」

 目の前に曲がり角が見えた。丁字路ではなく、ただの曲がり角だ。

「……」

 無言でそれを曲がる。すると、奥に広場らしきものが見えた。

「なんだ……あれは」

 逸る心を抑えつつ、俺はゆっくりと通路を進む。

「えっ……! 何よあれ! もしかして出口!?」

 後ろからアカネの声が聞こえる。どうやらアカネも曲がり角を曲がり、広場が見えたようだ。出口……そうかもしれない。今まで広場なんてものは、迷宮内にはなかった……最初の広場を除いては。あの広場が入口だったのだから、今度の広場が出口でも何もおかしくはない。



「うわああああああああああ!?」



「なっ……ヒロ!?」

 突然、後ろからヒロの声が聞こえてきた。慌てて振り返るが、見えるのはアカネの姿だけだ。曲がり角を曲がっていたのは、俺とアカネだけだったらしい。ユミとヒロは、まだ曲がっていないだけなのだろうか。……ちゃんと、曲がり角の向こうにいるのだろうか。

「な、なに!? どうしたの!?」

 アカネもヒロの声に反応し、来た道を引き返そうと走り出そうとした。

「ダメだアカネさん! 走るな!」

「あっ……」

 俺がとっさに叫び、アカネを制止した。走ったせいで罠が作動したらたまったもんじゃない。ヒロのことも心配だが、これだけは譲れない。

「ゆっくり、行くんだ」

「わ、わかったわよ……」

 俺たちはゆっくりと、そして慎重に、ヒロのところまで戻った。

「ヒロ!」

 曲がり角を曲がると、そこには……ヒロが立っていた。

「なによ……あんた、なんともないなら返事くらいしなさいよ」

 ……いや。正確には。



 ヒロ『だけ』が、立っていた。



「……ヒロ」

 ヒロは、呆然と床の辺りを見つめている。俺はもう一度、ヒロに呼びかけた。

「ヒロ。……ユミは、どこだ?」

 そうだ。ここには、ユミがいない。あの大人しげな少女が、どこにもいない。やがてヒロが、その口を開いた。

「……き」

「き?」

「……消えたんだ」

「消えた……?」

「なんか……急に。『もう十分』とかなんとか言って、すうって……風景に、床とか壁に溶け込む感じで……」

「罠とかじゃ……ないのか?」

「わかんねえよ……ホントに急に、消えた。『落ちた』とかじゃない、『消えた』んだ」

「それ……なんだよ。意味わかんねえよ、それ」

「だから、わかんねえって言ってるだろ! まるで……まるで、そう! 幽霊みたいに……消えたんだ」

「幽霊……だと?」

「とにかく……消えたんだよ」

「そんなバカな……」

 到底信じられない話ではあるが、ユミが『消えた』のを見たのはヒロだけだ。俺には何も言えることはない。

 結局ユミが消えた理由はわからないまま、俺たちは再び歩き始めた。しばらくすると、さっき俺とアカネが見た広場にたどり着いた。

「ここが……出口か?」

「そう、なのかな……」

「……ひいっ!」

 突然、アカネが悲鳴をあげた。

「な、なんだ? どうした?」

 アカネは、無言である方向を指差した。その方向を見ると、俺にもアカネの悲鳴の理由がわかった。悲鳴をあげるのも無理はない。そこにあったのは……。



 女の子の服を着た、骸骨だった。



「こ……これ……なんだ?」

 明らかに異様だった。なぜ、こんなところにこんなものがあるのか。

「なんだって、見ればわかるでしょ。骸骨よ、ガイコツ」

 俺たちが戸惑っていると、横から冷静な声が聞こえてきた。この声は……

「ジェニー! どうしてここに!?」

「……もう隠す必要もないか。あたしはね、あのテレビからお宝の話を聞いた時に、誰よりも早くこの迷宮に入ったのよ」

「誰よりも早く……?」

 それはつまり、キョウジとアカネより早くという意味か。なんてこった、キョウジたちの騒ぎの時には、既にジェニーは迷宮内に入ってたのか。

「まったく、お宝目指して大急ぎでここまで来たっていうのに……迷いに迷ってたどり着いたここには、あんな古びた骸骨しかない。着てる服は新しそうだけど、大した値打ちはないでしょうし。本当に無駄骨だったわ。せっかくお宝が手に入ると思ったのに」

「……あんたも宝を独り占めしようとしたクチか」

「そうよ、悪い? ところで、人数がずいぶん減ってるみたいだけど……何かあったの?」

 この女、可愛い顔してとんだ腹黒じゃないか。なんか、だんだん腹が立ってきた。

「知りたいか、ジェニー。ああ教えてやるよ、今まで何があったか! それはな……!」

「待てよシュウ、今はそんなことどうでもいいだろ。まずは……あれだ」

 ヒロが指差したのは、広場の一番奥。そこには、扉のようなものがあった。

「扉……? まさか!」

「ああ、きっとそうだ。……出口だよ」

 ついに。ついに俺たちは、ここまでたどり着いたんだ。

「さあ、早いとこ脱出しようぜ。こんなとこ、もううんざりだ」

「開かないわよ、そこ」

 ジェニーが口を挟んでくる。

「あたしがとっくに試したもの。でも扉は頑として開かなかったわ。やめときなさい、試すだけ無駄だから」

「そんな……」

 しかしヒロは、ジェニーの言葉を一切聞かず、扉に手をかけた。すると……


「……開いた」


「嘘!? そんな、さっきは確かに開かなかったのに……!」

「階段だ……地上への階段だ! やったぞ、外に出られる!」

「や……やった。やったぞぉ! ついに、やったんだ……!」

 俺たちは、ついに出口を見つけた。地上に戻った俺たちは、すぐに警察と救急車を呼んだ。そしてすぐに地下迷宮を調べてもらった。もちろん、罠のことは厳重に注意した上で。まだわからないことは多いけれど、とにかく俺たちは生きて帰ってきた。



 ……でも。それだけじゃ、終われない。



 どうしてこんなことが起きたのか。誰がこんなことを仕組んだのか。それを暴いてやらないと、俺の気がすまない。



 手がかりは既に出ているはずだ。今までの出来事に、ヒントがある。あとは、足りない情報を集めるだけ。



 真相を……暴いてやる。




(次回、解答編)

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