1-4
「迷宮に、入るしかない」
俺はみんなに、そして自分に言い聞かせるように言った。逃げ道はそこしかない。
「で、でもあそこには罠があるじゃない!」
「ここにいたら死ぬだけだ」
「……そうね、行きましょう。ここにいたら潰されちゃうわ」
「い、イヤよ! ウチは行きたくない!」
アカネがなおも叫ぶが、
「死にたいのか!?」
俺の一喝で、ふらつきながらも歩き始めた。
「ったくよ……どうなってんだ!?」
ヒロが怒号をあげる。
「なんだってこんなことしやがるんだよ!?」
「たぶん、広場で待つって選択肢を潰すためだ……俺たちをここに閉じ込めた誰かさんは、何が何でも俺たちをこの迷宮に入れたいらしい」
「この罠だらけの迷宮にか!?」
悪態をつきながら、全力で走る。天井が頭のてっぺんに触れるか触れないかというところで、俺たちは広場を抜け、迷宮の中に飛び込んだ。なんとか間に合ったようだ。
メキャッ。
すると、広場の方から何かが潰れる音が聞こえてきた。
「あ……テレビが」
そう、テレビが吊り天井に押し潰されたのだ。これで、俺たちが今ある以上の情報を得られることはなくなった。
「迷宮に逃げ込んでなかったら、俺たちもああやって潰されてたんだ……ゾッとするぜ」
ヒロが呟く。確かに、危ないところだった。吊り天井は完全に下がりきり、迷宮の入口を塞いでしまった。迷宮の入口で、俺たちはただ立ち尽くす。
「で、どうするよ。シュウ」
「どうするも何も、道は一つしかないだろ」
「……この迷宮を、進むってことか?」
「たとえ助けが来たとしても、この吊り天井が下がったままじゃ俺らを救助できない。迷宮内の出口を見つけて脱出するしか、方法はない」
「でもそれは危険だわ、シュウくん」
レイさんが俺とヒロの会話に口を挟んできた。
「この迷宮には、罠がある。それも人を殺せる罠よ。それがこの迷宮中に仕掛けられているらしい……それをどうやって回避するつもり?」
レイさんの言うことももっともだ。でも、進まなきゃならないのも確か。なら、俺ができることは一つしかない。
「俺が先頭に立ちます」
「シュウ!? 何言ってんだお前!」
「大丈夫だよヒロ。あの罠は自動で作動した。ってことはたぶん、床にスイッチか何かがあるんだ。身体より先に足を出すようにして歩けば大丈夫さ」
「んなこと言い切れるか、バカ! 危険すぎる!」
「……わかってる。でも、誰かがやらなきゃいけないんだ」
「じ、じゃあそれでいいじゃない! 本人がそれでいいって言ってるんだから!」
「アカネさんまで……!」
「その子に任せましょうよ!」
「でも……でも!」
ヒロが顔を歪めながら俺を見つめる。もしヒロが先頭に立つといったら、俺も同じような顔をしたかもしれない。
「……本当にいいの? シュウくん」
レイさんが俺の顔を覗き込む。こんな美人に心配されるなら、本望ってもんだ。
「ええ。迷宮に入れって言い出したのも、僕ですしね」
「……はあ。わかったよシュウ。ったく、言い出したら聞かないんだから……じゃあ俺がしんがりを務めよう」
ヒロがため息交じりにつぶやく。どうやらわかってくれたみたいだ。
「い、一番後ろはウチよ!」
「一番後ろが一番安全とは限らないんですよアカネさん。後ろから何か来たら、真っ先に死ぬのはしんがりだ」
「あ……じゃあいいわ」
「よし、じゃあ俺とヒロ以外の三人の順番は……え?」
進む順番を決める段階になって、ようやく俺は気づいた。いや、むしろなぜ今まで気づかなかったのか。
あの目立つ金髪美少女がいないことに、どうして気づけなかったのか。
この場には……『五人』しかいない。
「……ねえ、ジェニーは? ジェニーは、どこ?」
レイさんも異変に気づいたようだ。そう、ここにはジェニーがいない。最初に広間にいたのはキョウジを含めて七人。そこからキョウジが欠けたから、残っているのは六人のはず。
しかし、ここには五人しかいない。
ジェニーの姿が、どこにも見えない。
「くそっ……ジェニーを最後に見たのはいつだ!? 誰か、覚えてないか!?」
誰一人として、何も言わなかった。なんてこった。いつの間に、誰にも気づかれないうちに、ジェニーが、消えた……?
まさか。
あの、吊り天井の、下敷きに……?
「レイさん! ユミ! 広間に戻ってから、ジェニーの姿を見ましたか!?」
「……言われてみると、あの時には既に姿を消していた気がするわね」
「あたしも、見た覚えはないです……」
「じゃあ……その前は? 俺がアカネさんとヒロを追っかけて迷宮に入った時、ジェニーは来てましたか?」
「追いかけては……来てなかったわ、確か」
「なら、その前にはどこにいました?」
「そこまでは……ごめんなさい、覚えてないわ」
「ぁ……あたしも、覚えてないです……」
あまりはっきりとした情報は出てこない。いつからジェニーはいなくなっていたんだ……? くそっ、わからない……。
「とにかく、先に進むしかありません。もしかしたら、迷宮の中で合流できるかもしれない」
自分でもその可能性は低いと思いながら、俺はみんなを促した。ジェニーのことはわからないが、とにかく今は前に進むしかない。
話し合いの結果、前から
俺、レイさん、アカネ、ユミ、ヒロ
の順番で進むことになった。
しばらくの間は気軽に進むことができた。キョウジが死んだところまでは、罠が無いという確信がある。もしそこまでに罠があったとしたら、キョウジが死ぬのはその場所になっていたはずだからだ。キョウジを突き刺した槍……あれが、この迷宮の最初の罠に違いない。
「……いよいよか」
最初の曲がり角が近づいてきた。ここを曲がると、そこにはキョウジを突き殺した槍の罠があるはずだ。
「シュウ、これ持っとけ」
「ん?」
ヒロが渡してきたのは、懐中電灯と毛糸の玉だった。
「なんだよこれ。懐中電灯はわかるけど、この毛糸は何に使えっていうんだ?」
「そいつを垂らしながら歩くんだよ。そうすれば一度来た道がわかるようになるから、迷宮の中でも迷いにくいはずだ」
「なるほど。ほんっとに準備いいなお前」
「な? 時間かけてこの迷宮探検セットを用意してきて良かったろ?」
「はいはい、すごいすごい。じゃあ……行くぜ」
俺は毛糸をしっかりと持ち、意を決して曲がり角を曲がった。
「……う」
キョウジの死体は、いまだに槍に貫かれたままその場にあった。槍が壁から突き出たままのところを見ると、一度作動した罠はもう二度と作動しないらしい。
「……よし」
込み上げる吐き気を押さえつけて、槍の合間をくぐり抜けるようにして向こう側に行く。
「え……ここ通るの!?」
「他に道は……よいしょ……ないですからね」
「そうよアカネ。ここは行くしかないわ」
「う、うう……」
さあ、ここからだ。ここからが本当の勝負。
「シュウくん、気をつけてね」
後ろからレイさんが声をかけてくれた。
「……はぃ」
それに答える俺の声が震える。くそっ、しっかりしろよ俺。
「……ふう」
大きく息を吸い、呼吸を整える。後ろを振り返ると、みんなが俺が進むのを待っている。こんなところで立ち止まってはいられない。
「……じゃあ、行きましょう」
「ええ。慎重にね、シュウくん」
「ウチは生きるわ……なんとしてでも生き延びてやる」
「……」
「シュウ……死ぬなよ」
各々が決意を固めた。そして俺たちはついに……この死の迷宮へと、足を踏み入れたのだった。