1-3
『こんにちは、諸君。君たちは今、自分がおかれている状況を認識できてはいないだろう。そのため、私から説明をさせていただく』
「あんた誰だよ! なんで俺たちをこんなところへ!?」
即座にヒロが声をあげた。
『気づいている者も少なくないだろう。ここは地下迷宮と呼ばれている場所だ』
声の主は、はっきりと認めた。ここが噂の地下迷宮である、と。
「そんなことわかってるよ! いいから、俺の質問に答えろ! あんた何者なんだ!」
『ここに君たちを招待した理由は、他でもない。宝を探してもらいたいのだ。宝は、この地下迷宮のどこかに隠されている』
ヒロの質問に、テレビは一切答えようとしない。いや……そもそも質問が聞こえていないのか? この音声、全部録音されたものなのかもしれない。それなら質問に答えないのも、こっちの様子を気にせず話し続けてるのも当然だ。
「宝? 宝だと?」
「マジで? じゃあお宝は実在すんの!?」
急にキョウジとアカネが元気になった。
『送った招待状にも書いたように、君たちには宝を授けよう。ただし』
『宝を授けるのは、それを最初に見つけた者のみだ。他の者には一切与えない』
「なっ……」
「なんですって!?」
真っ先に反応したのはキョウジとアカネだった。
「行こうよキョウジ! お宝はウチらのもんだよ!」
「ああ! もしかして埋蔵金とかかもな!」
キョウジとアカネは急に走り出した。二人の進んでいく方向を見ると、そこには洞窟のような穴がぽっかりとあいていた。
「あれが迷宮への入口……!?」
あの二人、いつの間にあんなとこ見つけてたんだ!
「ちょ、ちょっと待ちなさいあなたたち!」
レイさんが慌てて二人を止めようとした。が、
「ンだよ! お宝は早い者勝ちだろ!」
「ほっとこーよキョウジ、早くお宝見つけよ!」
二人は聞く耳を持たない。
「そういう問題じゃない! 危険よ! 全員でまとまって行動するべきだわ!」
「バッカじゃないの? そんなことしたらお宝の取り分が減っちゃうじゃない」
「なっ……」
「そんなわけでお先にー。じゃーなノロマども!」
そして二人は洞窟に入っていってしまった。
「俺、止めてきます!」
ヒロも飛び出し、洞窟の中に続く。
「お、おいヒロ!」
『……以上が地下迷宮で注意すべきことだ。それでは健闘を祈る』
プツッ。
テレビの音声が途絶えた。
「あ……やべえ全部聞き逃した」
キョウジたちの騒ぎの間も、このテレビからは音声が流れ続けていた。何を話していたんだろう。『注意すべきこと』って、いったい……?
「きゃあああああああああああああ!!」
「うわあああああああああああああ!!」
「「「……っっ!?」」」
今の声は……アカネとヒロだ!
「ヒロ!」
俺はたまらず洞窟に飛び込んだ。懐中電灯はヒロが持っているため、手探りで進むしかない。しかし、急がねばならない。今の叫び声は……尋常じゃない。何かあったんだ。尋常じゃない『何か』が。
「シュウくん、待って! 一人では……!」
後ろから複数人の足音。レイさんたちだ。でも今は、立ち止まってはいられない。アカネとヒロはまだ叫び続けている。まだ二人の叫び声が聞こえる。……ヒロたちが心配だ。
胸騒ぎがする。
嫌な予感がする。
俺の直感が、何かが異常だと叫んでいる……!
「……そこか!」
明かりが見えた。ヒロの懐中電灯だ。
胸騒ぎは収まらない。
嫌な予感は余計に強まる。
俺の直感が、気づきたくもない異常の正体を訴えかけてくる。
なぜだ。なぜ、叫び声はアカネとヒロの二人分だけだったんだ。
そこにいるはずの、『もう一人』の叫び声が、どうして聞こえてこないっ……!?
「ヒロ! いったい何が……!」
そこにあったものは、俺の想像を遥かに超えていた。
「あ……ぁあ……」
そこにいたのは、アカネとヒロ。そして……
「う、ぁ……え……?」
さっきまでキョウジ『だったもの』。
「うう……うわああああああああ!!」
壁から突き出た何本もの槍に貫かれ、大量の血を垂れ流して……絶命したキョウジだった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
あれから俺たちは、洞窟の中から元いた広間まで戻ってきた。しばらくの間、誰も何も言わなかった。いや、言えなかった。
俺がアカネとヒロに追いついた後に、すぐユミとレイさんも追いついてきた。そして、キョウジの死体を見ることになった。レイさんは悲鳴を無理やり押し殺したようだったが、対照的にユミは他の誰よりも大きな悲鳴をあげた。ほぼ半狂乱になり、この広間まで連れ戻すのにも一苦労だった。……無理もない。それほどまでにキョウジの死は、凄惨で、唐突だった。
「……なんだよ、これ」
ヒロが声を絞り出すように呟く。
「なんなんだよ、いったい」
ヒロの問いには誰も答えられなかった。答えられる可能性があるとすれば、それは……。
「ちくしょう! なんとか言えよ、おい!」
ヒロがテレビをぶん殴った。しかしテレビは沈黙を貫いたままだ。
「ヒロ、やめろ。そのテレビの音声は多分録音されてたものだ。何を聞いても答えないよ」
「……くそっ」
ヒロは諦めて座り込んだ。ヒロ自身もわかっていたんだろう。自分のやってることが無駄な行いだってことは。でも、それでも殴らずにはいられなかったんだ。
人が一人、死んだ。
そしてその元凶は、このテレビだったのだから。
「このテレビがお宝の話なんかしなければ、あんなことには……!」
ヒロの言葉が静まり返った広間に響き渡る。誰も、一言も発しない。特にアカネは、終始俯いたままで、顔を上げようともしない。
「テレビ……そうだ、テレビだ!」
ヒロが突然立ち上がり、俺の方を見た。
「シュウ。テレビの音声は、なんて言ってたんだ? ほら、お宝の話の後もなんか言ってただろ」
ヒロの言う通り、あの後もテレビは何かを話していた。しかし、その内容を告げることはできない。
「……聞き逃した。その、キョウジ達の方に気を取られちまって」
そう、俺はテレビの話を聞いていなかったのだ。今思えば、あまりにも愚かな行いだった。大事な情報源を無視するなんて……明らかな失敗だった。
「……そう、か」
ヒロが落胆を隠そうともせず、また座り込んだ。
「ぁ……あの……」
ユミがおずおずと手を挙げた。
「あたし……最後まで聞いてました。テレビ……」
「な……本当か!?」
「頼む、教えてくれ!」
俺とヒロが同時にユミに反応した。
「は……はい」
ユミはそれに驚きながらも、自分の聞いたありったけの情報を俺たちに教えてくれた。それをまとめると、
・この地下迷宮は入り組んでおり、その名の通り迷路のようになっていること。
・位置は学園のちょうど真下にあるということ。
・この迷路のどこかに宝があるということ。
・出口も迷路の中のどこかに存在しているということ。
そして……
・迷路のところどころに、『罠』が仕掛けられているということ。
「罠、だと……?」
「……あんた」
今までずっと俯いていたアカネが顔を上げ、血走った目でユミを睨みつける。
「なんでそれをもっと早く言わないのよぉ! あんたのせいでキョウジは死んだのよ! あんたがキョウジを殺したんだわ!」
「ひっ……」
「アカネさん、やめろ! あんたら俺らの話も聞かずに飛び出しただろ!」
「何よ! 自業自得だとでも言いたいの!?」
「いや……それは……」
再び広間を沈黙が支配した。それを破ったのは、今まで傍観を貫いていたレイさんだった。
「とにかく、これからどうするのかを考えましょう」
「そうですね。座り込んでるだけっていうのもアレですし」
俺もそれに同意する。このまま何もしないってわけにもいかない。
「とりあえず、外部と連絡が取れませんかね。携帯とかで」
「それはもう試したわ、シュウくん。残念ながらここは圏外よ」
圏外……ってことは、ここは地下の結構深いところなんだろうか。電波も届かないなら、声だって届かないだろう。
「じゃあ、外に助けを求めるってのは難しそうですね……」
「そうなるわね」
「ううん……そうだヒロ。俺たちが落ちてきた『穴』から、なんとか脱出できないかな?」
「あの『穴』をよじ登るってことか?」
この中で一番体力がありそうなのはヒロだ。ヒロならあの『穴』をよじ登って外に出られるかもしれない。
「ようし、いっちょやってみるか」
ヒロは腕まくりをして、俺らが出てきた『穴』に手をかけた。
「ふっ……よし。お、意外といけるかも……?」
ヒロはそんなことを呟きながら登っていった。しかし、しばらくすると。
「ぅぅううわああああああ!」
ごろごろと、『穴』から転がり落ちてきた。
「ダメだシュウ、途中ですっごく傾斜がキツいところがある。あれはさすがに登れねーよ」
「そうか……」
となると、完全に手詰まりだ。広間からの脱出は不可能。しかし助けを呼ぶこともできない。完全に、閉じ込められた。
「……なあ、ユミ。テレビは、『出口は迷路の中にある』って言ったんだよな?」
「は、はい。確かに言ってました」
「……なるほど。俺たちをここに閉じ込めたやつは、どうしてもあの地下迷宮に入ってほしいみたいだな」
出口は、迷宮の先にしかない。ここから出たければ、迷宮に入るしかない。そういうことだろう。
「ウチはイヤよ。ここから動かない」
俺の独り言をどういう意味に取ったのか、アカネは俺を睨みつけながら自分の主張を述べた。
「ここで待ってればいつか助けは来てくれるわ。命を捨ててまでお宝なんか欲しくないし、ここにいれば安全でしょ」
「……あたしもアカネに賛成ね」
それに続いて、レイさんが意見を言う。
「わざわざ危険に晒されなくたってここからはきっと出られるわ。あたしたちがいなくなったことはいずれ地上も気づくだろうし、捜索はされるはずよ」
「でももし助けが来なかったら?」
俺がそれに言葉を挟む。
「ここが誰にも気づかれなかったらどうするんです?」
「どっちにしろ、少しここで様子を見ましょう。まだ誰か来るかもしれないし」
「……わかりました」
確かに、レイさんの言う通りだ。ここは大人しく助けを待つべきなのだろう。そういえば、ヒロが水と非常食を持ってきてたな。あれがあればしばらくはここにいられるだろう。
……そうだ、ヒロは? ヒロの方を見ると、ヒロは難しい顔をしてユミと一緒に座り込んでいた。何かを話しているようだ。ヒロはキョウジの死の瞬間を目の前で見てしまったんだ、あいつのショックだってバカにならない。今はそっとしておいてやろう。
ゴゴゴ……
「……ん?」
なんだ? 今、何か聞こえたような……気のせいかな。
ゴゴゴゴゴゴ……
「な、なにこの音?」
「何よ! なんだってのよ!」
みんなが急に騒ぎ出す。みんなにも聞こえているようだ。
「気のせいなんかじゃない……! 何の音だ!?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「……天井だッ!」
ヒロの声を受け、みんなが上を見上げる。すると、広間の天井がどんどん近づいてくるのが見えた。
「こ、これ……吊り天井か!?」
「つ、潰されるぅ!」
「ひいい!」
「そんな、いったいどうしたら……」
みんなが口々に絶望の声をあげる。まずい、このままでは全員潰される。迷っている暇はない。これしかない。生き延びるには、こうするしかない……!
「……迷宮に、入るしかない」