ハイ、ワカリマシタ
1年前、とある優秀な科学者がとんでもない研究結果を報告した。
『地球はあと300年で滅びます』
地球の核がー、水の汚染がー、陸地面積がー、二酸化炭素濃度がー、とどうのこうの言っていたが、詳しいことは専門的過ぎてよく分からない。
当然大騒ぎになった。
そして、地球から別の惑星に避難し、地球の回復を待つこととなった。
そのため、避難先の惑星を探すチームが結成された。
俺はその避難先の惑星を探すチームの1人。
チームといっても、ロケットを作成する部門と、どういうルートで探索するのかを決定する部門にお金も人員も割かれ、実際に宇宙を旅して惑星に直接足を踏み入れる人間はたった1人と決められた。その唯一の探索要員が俺である。
政府も無茶苦茶なことを言うもんだ。
地球の運命がかかっている(らしい)というのに、他の国より先に探索に出て成果を上げてこいと。準備期間が短いから費用もあまり用意できないとかで、最低限の人数でやりくりしろと。
本当に地球の運命がかかっているなら、他の国と争っている場合じゃないだろう。協力しろよ。
本当に地球の運命がかかっているなら、出来る限りのことをしろよ。金ケチってんじゃねーぞ。
大した給料も出さないくせに、地球の運命のために最大限の努力をしろ!とか言われるが、正直気が進まない。そもそも俺が選ばれたのだって、体が丈夫で、免疫力が高くて、メンタルも強いと判断されたからだけである。
商社で働いていたのに、国のためだ!とかで、勝手に休職させられて、勝手にチームに加えられた。正直、商社で働いていた時の方が給料は良かったし、休みもきっちり取れていた。
きっと、この仕事が終わって元の仕事に戻ったところで、もう昇進は無理だろう。
元同僚にも『どんまい(笑)』とか言われて嘲笑われた。悔しくてたまらない。
せめてこの職場(といったらいいのだろうか)に馴染めたらいいのだが、なんせ探索要員は俺1人。
さらに、周りは専門家ばかり。さっぱり話が合わない。
元々、探索要員は地球滅亡のメカニズムはよく分かっていなくて良い、というより、よく分かっていない方が良いらしい。
先入観の無い人間の率直な感想も必要なのだとか。それもよく分からない。
ともかく、俺の仕事は、惑星に行って、素直な感想を述べて、土とか水とかを採取すること、らしい。
今は用具の使い方とか、ロケットに乗る訓練ばかりしている。
仕事はつまらんし、周りとも話ができない。しかも国の命令だから辞められない。
さっさとこの仕事終わらんかなあ、と思っていた時だった。
「やあ、やっと君の出番だ。準備はいいかな?」
肩をポン、と叩き、声をかけられた。
ああ、いよいよか。
宇宙に出発する前に、最後の説明を受けた。
惑星に着いたら、軽く散策して、感想と水の有無、生物の有無をボタンを押しながら説明する。
どの惑星に行くのかは地球からの操縦で決めるので、何もしなくて良いが、いくつの惑星を巡ることになるか、いつ帰還できるかは不明である。
「そんな…」
いつ戻ってこれるか分からないなんて、俺の人生どうなるんだ。
不安から絶句していると、説明していた人がにっこりと笑っていつもの言葉を吐いた。
「国のためだ。我慢してくれ。」
「ここで拒否したら、どうなるかは分かっているな?」
・・・・・・・
俺は窓から外を眺めた。
満点の星空。
小さくなっていく地球。
普通ならここで感動するところだろうが、俺は大きなため息をついた。
そもそも天体に興味は無いし、今後の自分の人生設計がめちゃくちゃになったことを考えると、落ち込まずにはいられない。
「何で俺がこんな目に。」
口からはため息と愚痴しか出なかった。
それから俺はいくつかの惑星を巡った。
その度にボタンを押して通話(だと最初は信じていた)したのだが、思っていたものと違った。
俺がいくら感想を述べても、説明をしても、『ハイ、ワカリマシタ』と機械的な返事しか返ってこない。
何度目かで、これが録音音声を流しているだけであることに気がついた。
「馬鹿にするのもいい加減にしろよ!?」
気がつくと、俺はボタンを握りしめて叫んでいた。
『ハイ、ワカリマシタ』
いつもの音声が響く。
俺は真面目に仕事をするのが馬鹿らしくなって、感想も説明も述べずに、ロケットに戻ろうとした。
すると、ロケットから警告音が鳴り響き、ドアが閉まってしまった。
『感想、説明ヲ報告シ、水、土、空気ヲ採取シテクダサイ』
けたたましい警告音と共に流れてきたメッセージ。
「人を馬鹿にするのも大概にしろー!!」
俺は叫んだが、それを聞いている人間は誰一人として存在しなかった。
その後も探索は続いた。
ロケットは勝手に動いて惑星を巡る。
惑星に着いてもロケットから降りようとしなかった時は、水が入っているタンクが開かなくなり(ロックがかけられたようだ)、命の危機を感じて降りざるを得なくなった。
惑星に着いた地点から見える景色だけで適当に感想を述べた時は、感想を述べなかった時と同じ警告音が鳴り響いてロケットに乗り込めなくなった。
正直、もう何年経ったのかも分からない。
ただ、地球に帰りたかった。
人間とまともに話がしたかった。
こんな目に合わせた奴らに、一言文句が言いたかった。
早く、丁度良い惑星を見つけて帰りたい。
次の惑星はどこだろうか。
疲労と期待と不安、諦めも胸に秘めつつ、辿り着いた惑星へ降り立った。
「ここは…」
俺は思わず絶句した。
とても地球とよく似ている。
何だか懐かしさも感じた。
思わず、歩いてみる。
水がたくさんある、海のような場所。
気がたくさん生い茂る、山のような場所。
そして、家のような建造物が立ち並ぶ平地。
ただ、建造物は屋根のようなものが存在せず、どれも一様に焦げたような色をしていた。
「すごい、ここなら避難場所にできるぞ。」
俺は胸を高鳴らせながらボタンを押した。
「おい、ここはすごいぞ!水もある、自然もある、何と建物まであるんだ!何らかの文明がある!きっと俺たち人間のような生き物がいるはずだ!」
『ハイ、ワカリマシタ』
「何だよ、いい場所が見つかったんだ。早く俺を地球へ帰してくれよ!なあ!」
『ハイ、ワカリマシタ』
「お、言ったな!?言ったからな!?絶対だぞ!?」
『ハイ、ワカリマシタ』
興奮しながら俺は歩いた。
何だか見たことのあるような街並み。きっと地球と似たような生物がいるに違いない。
だが、どれだけ歩いても生物が見つからなかった。
「何で何もいないんだ?おかしくないか?」
2時間ほど歩いたところで胸がざわめき始めた。
ふと、ある建物が目に止まった。
焦げたような色、屋根が無い。だが、確かに見覚えがあった。
「嘘だろ?」
俺は建物に足を踏み入れた。
中は焦げた何かで埋め尽くされていたが、奥に部屋が1つ見えた。
恐る恐る近づき、ドアを開ける。
機械が自動的に動いている。
だが、その機械も、電池切れ間近を示すランプが明滅していた。
俺は宇宙服のヘルメットを脱ぎ、ボタンを握りしめて、震える声で話しかけた。
「なあ、これはどういうことだ?」
「「ハイ、ワカリマシタ」」
ボタンと目の前の機械は、ただ返事をするだけだった。