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(前)

年に一度、王都にある聖光神殿で行われる大祭で、神々に舞と楽を捧げる聖乙女は少女たちの憧れだ。


十五歳になって初めて迎えた新年祭で素質を見出された少女たちが国中から聖光神殿に集められ、三年間、修行する。その数は毎年三十名ほど。


その中から、聖乙女に選ばれるのは、たった一人。


だが、たとえ聖乙女になれなくとも、候補に選ばれるのは名誉なことであり、縁起の良い嫁として引く手あまたとなる。


その聖乙女候補に選ばれ、将来を約束されたも同然と無邪気に浮かれてた自分が懐かしい。


聖光神殿に入った途端に、前世の記憶らしきものをよみがえらせ、「ここ、乙女ゲーム世界?!  イケメンよりどりみどり?!」と脳内にお花畑つくったおのれの浅はかさには涙を誘われる。


ふたを開けてみれば、聖乙女を目指す神殿での暮らしは、きわめて厳しいものだった。


推定前世の記憶のなかにあるゲームの設定では、午前と午後、授業は二つだけだったが、実際には、舞、歌、楽器、神聖古語の四種が毎日ある。それらのほかにも教養として古典やら儀礼やら歴史やらいろいろ詰め込まれる。容赦なく。


特に問題なのは舞。午前または午後、ぶっ通しだ。ゆったりとした優美な舞で、激しい動きこそないが、地味に全身にくる。画面の裏側にこんな地獄があったとは。


こんな生活で、攻略なんてまず無理。そんな余裕ない。だが、日々の支えにせめて攻略対象を見るくらいはしたい。


そう思っていたというのに、いない。神殿が生活圏になっているだけあって、むしろ避けることが難しいといわれていた美人神官や新人聖騎士が見当たらない。


ゲームのシナリオ通りならば、女神と見まごうばかりの美貌の神官は楽器指導者として自動的に登場するはずだったが、現れたのは小太りの陽気なおっさん神官。笠と徳利をもたせたくなる風貌だ。


楽しい御仁であり、指導者としては尊敬するが、これはない。


そもそも既婚者、五人の子持ちだ。ちなみに子煩悩で、美人の奥様に似なかった末娘の将来を危ぶんでいる。いや、かわいいと思いますよ、子狸みたいで。


シナリオ通りにうっかり迷子になったところを助けてくれたのは、優男どころかやたら体格のいい聖騎士。


ゲーム内ならぶつかって体勢を崩し、支えようとした聖騎士を巻き込んで倒れてしまうところを軽々と片手で支えてもらい、思わず効果的な筋トレ方法を尋ねてしまった。


胸板の分厚い聖騎士はその場でいくつか教えてくれただけにとどまらず、筋力増強に効果のある干物を分けてくれる約束もしてくれた。いい人だ! でも、互いに名乗り忘れたので約束が果たされるかどうかはあやしい。


エリート文官、別称・腹黒チャラ男は、知り合うための条件が一定以上に能力値を上げること。なんか一生出会えないような気がするが、この苦行、いや修業、いや鍛錬……あれ?……このつらい日々の心の支えにしようと思う。あんまり好みではないけれど、見るだけは見たいではないか!


俺様王子だけは、遠目ながら存在を確認できた。これまたシナリオ通り、というより、伝統にのっとって聖乙女候補たちが初めて執り行う祈祷式に出席した王子は、見た目ならゲームの設定通り。近づいたら目が潰れそうなほどにキラキラしい。なんなんですかね、あの威力は。


ちなみに、名前と外見の特徴ともにデフォルトのまんまの主人公であった自分以外にゲームのキャラだと確信できたのは、今のところライバル役だけだ。


初めて顔を合わせた時には危うく感涙にむせぶところだった、危ない、危ない。


彼女はまぎれもない才女で、人格も優れており、文句のつけようがない存在だった。彼女がなぜ、恋敵にならないのかという謎が解けたのが、現在のところ、一番の収穫だったかもしれない。


彼女には幼なじみの婚約者がいるのである。うらやましすぎる、わたしも彼女のような嫁ほしい。


なぜ彼女をうらやまないのかというと彼女の婚約者というのが、ぶっちゃけ好みじゃないからだ。腹黒インテリ嫌味男なんて、腹黒チャラ男よりも始末が悪い。祈祷式でわたしが舞に四苦八苦しているのを、鼻で笑いやがったあの野郎。


だが、彼女と仲が悪くないところをみると、隠しキャラと同じで、実はツンデレなのかもしれない。


ちなみに隠しキャラは、 攻略対象4人のルートをフルコンプすることで新たな攻略対象として登場するのだが、まず出会うことはないと確信している。


主人公であるわたしに「突然いなくなった幼馴染」など存在しないからである。再会しようがないし、いたとしても先王の隠し子という、きなくさい存在だから会えるような気はしない。


老いらくの恋というやつで、ついうっかり先王が侍女に手をつけてしまって生まれたのが隠しキャラ。孫とほぼ同年齢。すごいな、先王。もし存命だったならばその心境をうかがってみたいところだ、手討ちにされかねないけど。


ついつい現実逃避して思索にふけってしまったが、まだ舞の練習は続いている。


いつまでこの姿勢をキープすればよいのだろう。そろそろ聖杖を掲げる腕が限界です。


あ、落ちた。


無常にも滑り落ちた聖杖は派手な音を立て、即座に指導する神官から叱責が飛んできた。


こんな舞台裏なんか知らなくてもよかった。本当に勘弁してください。


そんなこんなで苦行いや修行を続ける日々の中。


ここは、推定前世の記憶内にある乙女ゲームの世界に似て非なる世界である。


そう結論を下したのは、筋肉質な聖騎士に再会し、その名前を知ったとき。


彼は攻略対象だった。細身で優美な騎士様であるはずの。


まるっきり別人だ。


彼には体力が足りないと資質に悩む要素が、互いに励まし合ってフラグを立てる余地がない。みっちり筋肉が詰まってる。脳まで筋肉詰まってるかもしれない。


いや、いい奴ですよ、時々、憧れの男前な幼馴染について延々と語り続ける悪癖以外は。もののはずみで幼馴染の話になると、壊れたかのように止まらなくなる。


絶賛、礼賛、もはや崇拝。


ちなみに、ぜひその幼馴染を紹介してくれと言ってみたら二つ返事で了承された。よし!


さらに、ゲームのキャラ設定から逸脱しているのは聖騎士だけではない。


俺様であるはずの王子だって俺様要素は皆無。月に一度、国の安泰を祈祷する儀式に参列し、穏やかな笑顔で神官たちに声をおかけになる姿はまぶしすぎて直視できない。


寿命が延びると拝んでいたお年寄りたちの気持ちがよくわかる。つい一緒になって柱の陰から拝んでしまった。


さらに、相変わらず美人神官は姿を見かけるどころか噂ひとつ聞かないし、ステータスは上がってきていると推測されるもののエリート文官らしき人物との接触はない。


やはり、ここはゲームの世界とは違う。どんなに似ていようとも別物である。プレーヤーの選択の結果として分岐する前からすでに分岐したパラレルワールドかなにかに違いない。


となれば、明るい未来をこの手につかむためにも腹をくくって聖乙女を目指し、努力するのみ。脱落さえしなければ、未来は開ける。


決意を新たに、聖騎士から分けてもらった干物をかじりつつ体力づくりに励み、なんとか倒れることなく日々の課題をこなして一年も過ぎたころだった。


ある令嬢から面会の申し込みがあった。


その名前から、一瞬、ライバル役の令嬢かと思ったが、わざわざ面会を申し込むはずがないので別人だろう。なにやら聞きたいことがあるという。心当たりは何もないものの舞の練習をさぼれるので、喜んで面会室へと向かった。


案内の神官のあとに続いて部屋に入ると、同じ年頃の少女が待っていた。


質の良い上品な衣装に身を包んだ令嬢は一目で下っ端田舎貴族の自分より上位の家の人間だと見て取れた。そこそこに整ってはいるもののどちらかといえば地味な顔立ちに、見覚えはない。初対面だ。


「はじめまして」と互いに名乗りあい、挨拶が終わると、案内の神官は席を外した。


扉が閉まったのを確認してから、令嬢は口を開いた。


「やはり生身の『主人公』を目の前にすると感慨深いわね」


暗緑色の目でしげしげと見つめられ、かっぱーんと思わず口を開けてしまった。


「え? 同じ?」


「そう、同じ推定前世の記憶持ち。よかったわ、見込み通りで」


転生者という確実な裏が取れなかった―取りようもなかったので、いささか危ぶんでいたらしい。


それから、令嬢は攻略対象の一人、エリート文官の妹だと明かし、他の攻略対象について一通り調べたことを教えてくれた。


彼女の兄であるエリート文官は、心に負った傷がごく軽いものなので腹は少々黒いが、女性不信ではないこと。


俺様王子は別の転生者によって婚約のきっかけとなる事件がことなる展開をみせ、性格が矯正されたこと。


美人神官はそもそも神官籍にあるもののなかに該当者がいないこと。


新人聖騎士は出自も名前もゲーム設定通りだが、外観と性格が著しく設定と離れていること。


「その理由なんだけど……ああ、ちょうど着いたみたい」


神官に案内されて新たに登場したのは、いくつか年上と思われる若い女性だった。


令嬢がにこやかに案内の神官に礼を述べて、さっさと追い払った。無言の圧力の使い方がすばらしい。


やや緊張した表情で入室した女性は、このあたりでは見かけない浅黒い肌に黒髪をもち、男物の軍服らしきものを身にまとい、見るからに筋肉質な、かつ、めりはりのある体型をしていた。


腹筋割れていそう。


そんなことを考えていたら、いきなり女性は床に両手両膝をついた・・・驚いた拍子に土下座という言葉を思い出した。この世界にはない謝罪スタイルである。


「すまない! あんなことになるとは思わなかったんだ!」


何事かと令嬢に視線で助けを求めると、彼女は軽く肩をすくめ、簡潔に説明した。


「幼なじみを確実に聖騎士に仕立てようと頑張って指導していたら、筋肉つけさせすぎたそうよ」


「申し訳ない」


聖騎士の幼馴染と判明した女性は土下座のままがくりとうなだれた。


「ただ純粋に乙女ゲームの舞台を見てみたかっただけなんだ・・・」


つまりはこの人も転生者ということだ。


そして、聖騎士の幼馴染……あれ? 女性だったの?!


聖騎士の口から聞いた、容赦ない鍛えっぷりと、あの心酔ぶりに、ものすごい体育会系イケメンを想像していたというのに。女の子にモテるっていってたし。


「幼なじみに片手で投げ飛ばされるって言ってたんですけど……」


「ああ、獣人の血を引いているから、そのくらいは軽いな」


いや、重そうですけど、筋肉……。その前に、ごく自然に投げ飛ばしていることを肯定している…。


「ともかく申し訳なかった。知らなかったんだ、干物が筋肉増強効果を持つなんて」


聖騎士が分けてくれた干物は、人気と効果のとても高い筋肉増強食材だったことが判明した。聖騎士の幼馴染さんは、女の子にあの干物をやるなんてと怒っていたが、幸いムキムキにならずに体力がついたので感謝していると伝えておいた。投げ飛ばされては、かわいそうだ。それに。


「もとより優男は好みじゃないですし、問題ないです」


「……よ、よかったぁ」


ほっと息を吐いて脱力した幼馴染さんが、がばっと顔を上げた。


「それじゃ、誰が好みなんだ? 協力する! 全面的に協力する!」


金色に見間違うばかりに、明るい茶色の目をきっらきらに輝かせている。


「わたしも協力するわ。王子と兄では、どちらがお好み?」


優美に微笑みながら令嬢が言葉を添える。


「あ、オニイサマ、見てみたい! 王子はこの間、神殿で見ることできたけど、エリート文官はまだ見てないんだ」


「うちの兄でよければいくらでもどうぞ。女性になら喜んで会うわ」


うふふと笑う令嬢がなんか怖い。


「優男は好みじゃないんで…」


そっと目をそらしながら再び申告する。


「あら。お兄様も王子も、あの聖騎士ほどじゃないけれど、そこそこ鍛えてらしてよ?」


「王子様はキラキラし過ぎて同じ人間とは思えませんし、ぶっちゃけ腹黒は苦手です」


「そうなの? 残念ね、いっそ逆ハー狙いでしたら全面協力しましたのに」


「とんでもないことおっしゃいますね?!」


どんな度胸があれば王太子なんて恐ろしい存在を逆ハー要員にできるというのだ。


「……優男が好みじゃないってことは、今のあいつは好みってことなんだよな?」


なんだか、目をきっらきらに輝かせている人がいるーっ?!


「なるほど。フラグもちゃんと回収していらっしゃるものね」


なぜか頷く令嬢。


「え?フラグ回収なんて……」


わが身を振り返って愕然とした。


してるかもしんない…。


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