寸説 《不良くんと風紀さん》
「不知火 良太!」
「ああん?」
不知火は名前を呼ばれて不機嫌そうに振り返る。
「なんだ、またテメエかよ。風渡 紀子」
不知火が見た先に居たのは腕を組んで苛立ちの表情の風渡。
「お前はいつになったら真っ赤っかの髪の色を戻してくるんだ! というか最近ブレザー着てないだろ。パーカーは脱いで来い!」
「毎日うるせえな。俺以外にも校則違反してる奴なんてたくさん居るだろ!」
「歩く違反者が何を言っているんだ!」
「誰が歩く違反者だと、テメエ! 上等だコラッ!」
不知火と風渡、二人は毎朝顔を付き合わせては口論する。
それは何故かというと不知火は先生も恐れる学校一の不良で、風渡は真面目で有名な風紀委員だからだった。
朝の挨拶活動が行われる、この学校では、二人の口喧嘩は毎朝の恒例行事と化しており、登校してくる先生も生徒も遠目で見るだけで素通りする。
「ん? もう時間か?」
「テメエのせいで遅刻するだろうが!」
この二人を止められるのはホームルーム前のチャイムだけ。
「風紀委員に指導されていたと言えば納得するだろう」
「俺はな、小学校から一度も遅刻したことねえんだよ!」
「……変なところで偉いな」
「うるせ! 話が終わったんならもう行くぞ!」
「ああ。明日こそはブレザー着てこいよ」
二人が会話するのは朝のこの時間だけ。
これだけ言い合う仲なのだが、不思議なことに他の時間では二人は会話しない。クラスが違うのもあるが、目が合っても互いに何事もなく通り過ぎる。
まるで二人は違う世界の住人かのように。
だが、ある日のこと。
放課後に二人が会話をするときが訪れた。
「認めたらどうなんだ。お前が吸ったんだろ!」
「だから、吸ってねえって言ってんだろうが!?」
指導室で口論しあうのはハゲ散らかった中年の指導教員と不知火。
「嘘ついったって無駄だぞ。俺の目の前でタバコを吸ってただろ!」
「あれは拾ったんだ! 火が付きっぱで危ないから!」
口論は互いに折れずに平行線。
「失礼します。二年一組の風渡です」
不知火の天敵である風渡がノックして入ってきた。
「よく来てくれた風渡。今回の頼みは嘘つきのこいつを何とかしてくれ」
「何とかとは?」
「こいつは俺の目の前でタバコを吸っていたのに認めないんだよ。俺がやっても良いが大事にしたら、こいつを退学にしなくちゃならん。なるべく穏便にな」
指導教員は背凭れに身体を預けると早くしろと顎で風渡を急かす。
この教員はただただ面倒で、そして学校一の不良である不知火の相手をしたくないのだ。
「分かりました。おい、不知火。お前は吸ったのか?」
「何度も言わせるな!? 俺は吸ってねえ!」
「私は初めて訊いたんだ」
「うぜえぞ! 揚げ足取るんじゃねえ!」
「じゃあ、吸ってないんだな?」
「だから! ……は?」
不知火は呆ける。
「どうした? 吸ってないんだろ?」
「あ、ああ」
気が抜けてしまい不知火は大人しく椅子に座る。
「口を開けろ」
「は? 何でだよ?」
「良いから開けろ。顎を外されたいか?」
「わ、分かった」
風渡の凄みに圧された不知火は大人しく口を開ける。
「もっとだ。良しそのまま。うん。もう良いぞ」
風渡は満足そうに頷く。でも不知火にはちんぷんかんぷん。
「間違いない。お前は吸ってない」
だが、不知火にはその言葉だけで十分だった。
「何を言ってるんだ、風渡! こいつはタバコを吸っていたんだぞ!?」
風渡の言葉を聞いた教員が吼える。
「先生、不知火の口はいたって綺麗です。口臭からもヤニ臭さはありません。だから不知火は無実です。」
「吸った後に歯でも磨いたんだろ!」
「先生は不知火が"タバコを吸っていたところ"を見ていたんですよね? つまりその場で喫煙を注意した。その後に彼に歯磨きをさせたんですか?」
「そ、それは」
教員は目が泳ぎ出す。だが、不知火を認めると彼を指差した。
「言い方が悪かったな、風渡。すまんすまん。正確に言うと吸っていたんじゃない、"吸おうとしていたところ"を注意したんだ」
「吸う前だったから口が綺麗だと?」
「そうだ」
教員は微笑む。だが、その笑みからは善良を感じられなかった。
「なるほど……では一つお聞きしてよいですか?」
思案していた風渡が口を開く。
「先生はライターですか? それともマッチ? まさかのチャッカマン?」
「何が訊きたいんだ?」
妙な質問に教員は不機嫌そうに顔を歪ませる。
「いえ、私には縁がないので詳しく知らないんですが。タバコには"点火するもの"が必要ですよね?」
「それはそうだろうな」
教員の言葉に我が意得たり、と風渡は笑う。
「では不知火に出してもらいましょう」
風渡の視線に気付いた不知火は笑い返す。
「良いぜ! そんなに疑うってんなら調べてみろよ! 何なら裸になっても良いぜ!」
立ち上がり、どや顔をする不知火。
「……分かった。お前は犯人じゃない。すまなかった」
教員は敗北を悟り、素直に謝罪した。
「ふん。だから言っただろうが。このクソセンコー ぐほッ!?」
ハゲ頭を見下す不知火の鳩尾に腹パンがめり込む。
「何しやがる!」
「お前が紛らわしいことをするからだ。先生だって勘違いする」
「勘違い? そいつは俺を犯人に仕立てあげようとしてたじゃねえか!」
「不知火、今考えるべきはそこじゃない」
風渡は肩を落とす教員に向き直る。
「先生、確かに不知火を犯人にするのは早計でした」
「ああ、本当にすまない」
「いえ、先生は不知火に謝罪しました。ですので、もう止めにしましょう。今度は先生が務めも果たしているということを話しましょう」
風渡の言葉に教員は顔を上げる。
「ど、どういうことだ、風渡?」
「犯人は不知火ではない。では、誰がタバコをポイ捨てしたか。先生方は喫煙時は校門の外に出る規則だと聞いています。ですが今回は学校の敷地内。つまり犯人は学生。そして不知火の話と、先生が彼がタバコを吸っていると勘違いした理由はタバコにまだ火が点いていたからではないのですか?」
「ああ、タバコには火が点いていた」
教員の言葉に不知火も頷く。
「犯人は不知火と先生が来る直前までタバコを吸っていたことになる。だが、不知火が来ても吸っていただろう。不知火は不良だ。吸っているところを見られても告げ口する可能性は低いだろうし、したとしても不知火の言葉を信じる先生は少ないと思う。だが指導教員である先生は違う。だから犯人は慌てて逃げた」
風渡は教員に微笑む。
「先生が喫煙を止めたんですよ。自分を誇ってください。あなたは大人として、そして先生としての役目を果たしていたのですから」
風渡の言葉に教員は泣き崩れた。
「なあ、どうして助けてくれたんだ?」
不知火の疑いが晴れた下校時、彼は風渡に訊いた。
「俺は不良だ。犯人だったかもしれないのに、どうして俺の言葉を信じてくれた?」
下駄箱で靴を履き替えていた風渡は小首を傾げる。
「私が風紀委員だからだ」
「風紀委員は俺たち不良の敵だろ!」
不知火の言葉に風渡は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「勘違いするな。風紀委員は学校の風紀を守り、生徒を正しき道に進ませる組織だ。決して不良が嫌いだから指導するのではない。不良を善良にするための指導だ。まあ、お前みたいな善良な不良も居るみたいだがな」
「何だそれ。まるで正義の味方じゃねえか」
風渡は学校指定のバックを肩にかけると不知火に微笑む。
「そうだ。私は、正義の味方になりたいんだ」
「なあ、友野」
「なんだい、不知火くん?」
ある日の教室での休憩時間。不知火は数少ない友人である情報通の友野に声をかける。
「か、風渡の好きなものって分かるか?」
「風渡さん?」
友野はシャキーンと眼鏡を正す。
「珍しいね。君が他の不良ではなく、風紀委員の風渡について訊くなんて」
「ちょっと、な。恩があるから礼をしたくて」
恥ずかしげに言う不知火に友野は笑う。
「君はやはり、良い不良だ」
「別に、義理堅いだけだ」
「情報をあげるのは構わないよ。安くしておこう。僕と君との仲だからね」
「助かるぜ。今日の学食で良いか?」
「ああ、助かるよ。今日は好きな定食があるんだが、人気で食べられるか心配だったんだ。持つべきものは怖い顔の友だね」
「言うようになったな」
二人は楽しげに笑った。
事件は唐突に起こった。
「風渡が拐われた!?」
不知火は下駄箱で絶叫した。
「す、す、す、すみません! 殺さないで!?」
相手の女生徒が涙目で腰を抜かす。
「い、いや。悪かったな。大声出しちまって。それで、どうして風渡は拐われたんだ?」
女生徒は目を泳がせていたが、一度深呼吸すると意を決する。
「私、見ちゃったんです。学校でタバコを吸ってる人」
女生徒が言うにはこうだ。
校舎の影で三人の男子生徒がタバコを吸っているところを目撃したらしい。だが、相手の方も女生徒に気付いて口封じとして暴力を振るうぞ、と脅してきた。そこに助けに現れたのが風渡だった。風渡のおかげで女生徒は助かったが、風渡本人は捕まってしまったらしい。
「逃げるときに風渡さんが言ったんです。『不知火と違って最低なクズ共だな』って。それで不知火くんの名前が頭から離れなくなって」
「それで俺のところに来てくれたんだな。ありがとう」
「ううん。私は怖くて風渡さんを見捨てたんだもん! 最低なのは私だよ!?」
ついに女生徒は泣き出してしまう。
「それは違う」
不知火は女生徒の肩を叩いてやる。
「お前はタバコを吸ってる奴らを良しとしなかった。だから脅されたんだろ?」
「そうだけど!」
「よく戦った。お前は自分を誇れ。後は俺に任せろ!」
『情報あったよ』
「おう。いつもサンキューな」
『良いんだよ。僕も風渡さんには恩があるから』
女生徒から犯人の正体を訊いた不知火は友野に頼んで情報を集めていた。
『放課後に堂々と連れ去るなんて馬鹿なのか、自信があるのか』
「ただの馬鹿ならぶん殴るだけだ。だが、違うかもしれない」
『どうして?』
「話を聴くとどうやら犯人共は風渡を待ち伏せしていた可能性が高い。『やっと来たか』って言っていたらしいし。前回バレて風紀委員の監視がキツくなった場所で大声で駄弁りながらタバコ。わざとらしいだろ?」
『確かに。だとしたら気を付けてくれよ。僕が手助け出来るのはここまでだから』
「ああ、じゃあまた明日」
不知火は電話を切ると目の前の建物を見据える。
「まさか、学校の近くに廃屋があるとはな」
森の中の最近、住まなくなったのか、まだ綺麗な廃屋だった。
中に入ると、いくつかの家具と、ひろーいスペースがあるだけ。
その中心に手足をロープで縛られた風渡が倒れていた。
「風渡、おい起きろ!」
不知火は風渡の身体を揺するが目を覚まさない。口に張られていたガムテープを剥がしてやり、呼吸を確かめる。
「気絶しているだけか」
安心して一息吐く不知火。
カシャリとシャッター音がなる。
振り返ると、女生徒が言っていた三人の不良とーー
「いーけないんだ~。不知火が風渡を襲ってる~」
ニヤリと嗤うイケメンの男子生徒だった。
「まさか風渡で不知火が釣れるとは」
「誰だテメエ?」
「あれ~? 僕のこと知らないのかな? 隣のクラスの天宮だよ。天宮才斗」
「ああ、思い出した。万年二位の天宮か」
不知火の言葉に天宮はチッと舌打ちする。
「まあ良いさ。明日から僕が一位だから。邪魔な風渡と犯人役の不知火には消えてもらうし」
天宮は笑みを深めると顎で不良たちに命令する。
不知火は拳を固める。
「ああ、抵抗はしない方が良いよ。君が来る前に風渡の全裸の写真撮ったんだ。バラ撒いちゃうよ?」
「!?」
天宮の手にはスマホ。
不知火は悔しくも拳を下ろした。
「へえ~。来ないんだ。もしかして不知火は風渡のことが好きなの? ウケるんだけど!」
ギリッと不知火の奥歯が鳴る。
「二人揃って消えろよ」
不良たちが不知火に襲いかかった。
「ん、お?」
不知火は無事だった。
「本当にクズ共だな」
風渡が不知火の前に立っていた。その右手はアイアンクローで不良の一人の顔を掴んでいた。
「お前どうやって!?」
あまりの出来事に天宮は呆ける。
「ロープの縛りが甘かったから無理矢理ほどいた。まったく、妙なものを嗅がされた。クロロホルムか?」
風渡は頭をふらつかせる。
「風渡、無事だったのか?」
「助けに来てくれたのか、不知火?」
「そりゃあ拐われたって聴いたから」
「ありがとう」
風渡が嬉しそうに笑う。不知火も笑みを溢す。
「安心してるんじゃないよ、お二人さん」
ひきつった嗤いの天宮。
「こっちには写真があるんだ! 大人しくしてろ!? さもないとーー」
天宮がスマホを掲げたときだった。
扉が吹っ飛んだ。
「お嬢、無事ですか!?」
「誰だ姐さんを拐ったのは!」
「締め上げてやらあ!」
中に雪崩れ込んできたのは数人の、いかにも【や】の付く男たち。
「皆来てくれたのか」
「当たりめえじゃねえですか! お嬢の危機とあれば何処へでも!」
「【極風組】はいつもお嬢と共に!」
「【極風組】って。風渡、お前!?」
銃声が鳴り響く。
「え?」
天宮は自分のスマホを見る。
「あれ~。俺のスマホ、画面に穴なんてあったかな~」
チャキンと拳銃が天宮に向けられる。引き金に指を掛けていたのはーー
「天宮、私の何の写真を何するって?」
風渡は微笑む。背筋が凍るほどの黒いオーラで。
あの後、【極風組】の助け(裏の権力)で不良たちは停学。そして天宮はというと、
「とっとと荷物を運びなさい、この駄馬が!」
「は、はい! 女王様!?」
ドSの生徒会長にパシられていた。
「な、なあ。どうしてアイツはああなったんだ?」
「生徒会が人手が欲しいと言っていたからな。ちょうど良いと思って」
「退学にさせなかったのは? 警察沙汰だってあり得た」
「悪を立ち上がれなくなるほど滅するだけが正義の味方じゃない。私がそう思ったから」
それに、と風渡は不知火に微笑む。
「これからは私を守ってくれるんだろ、不知火”新風紀委員”?」
「ああ、任せてくれ!」
帰宅する二人の学校鞄で揺れる青とピンクでペアになる、こぐまのストラップが今日も二人を見守っていた。
【極風組】を呼んだのは友野で、実は彼も構成員の息子だったりします。そして生徒会長も風渡の従妹だったり。
不知火と風渡の物語はここで終わりですが、再び二人を登場させられたらなと思います。