ピエロは常に笑ってる
私はピエロだ。
数年に一度公演のために街にやって来るサーカスの一員みたいに真っ白く顔を塗ったりはしないけれど。
それに彼らみたいに大勢を楽しくさせるなんてそんな難しいこと、私にはできない。
私はたった二人の、姉と幼馴染の少年を笑わせるためだけのピエロなのだ。
私がピエロであることを自覚したのはもう5年くらい前のこと。
だがそれは私が気付くよりも前からすでに役割として私にいつでも付きまとっていた。
姉はお姫様で、幼馴染の彼は姫を守る騎士様の役。そして私はピエロの役。
姉と私は同じ父と母から産まれたのに、こんなにも違う役を背負って生きていくのだ。
お姫様になりたかったわけではないけれど、それでもそれはあまりにも理不尽だと訴える機会さえももらえなかった私が得たのは相棒のジョンだった。
真っ白くて指通りのいい毛をすぐに泥で汚してしまうような少し間抜けな、ピエロの私にはピッタリな相棒。
そのくせ自分の立場を弁えて、私と共にいつもおどけてみせるのは賢いからなのか、もう何年も付き合っているのにその心が読めない。
彼こそピエロに相応しいのではないかと思いこそしたものの、やはりピエロの役を背負うのはジョンではなく私なのだ。
身分をわきまえずに手を伸ばす愚かな道化師には固い仮面が必要なのだ。
たくさんの仲間とともに各国を回り歩く彼らみたいに顔を白く塗りつぶすだけでは足りない。14の時に父から与えられた、神聖なる大樹の身を削ぎ落として作った分厚い仮面でなければいけないのだ。
神のご加護があるその面は取れることなく私をピエロでいさせ続ける。
姉はいつだって楽しそうに笑ってみせる。
そして「幸せね」と彼と私とジョンに微笑みかけるのだ。
彼は必ず「そうだな」と答えるものだから、私もジョンも役目通りに賛同してみせる。役割を演じるだけが仕事の私たちは幸せでも何でもないけれど。けれども姉の気分を害さずに笑っているのがピエロの仕事なのである。
ピエロの仕事が終わればいつだってジョンと私が帰るのは暗く閉ざされた部屋で、私は一体何の罪を犯したのだろうかと考えてしまうのが常であった。
そこにいる時間を少しでも減らしたくて私はピエロであり続けた。
何年も何年も。
ある日そんな私に転機が訪れた――姉が亡くなったのだ。
それは避暑へと向かう道でのことだったらしい。
土砂崩れが起きて回り道をしたところを山賊に襲われたのだと父から聞かされた。
そして彼は娘の死を悼む表情さえも見せることなく、彼女の妹であり、死んだ姫君と瓜二つの顔を持つ私に告げた。
「アリシアに成り変われ」――と。
死んだ姉は影武者だったことにして、彼女の死はうちうちに処理されるらしい。
「ええ、お父様」
ピエロを演じ続けた私は長きにわたり装着していた木の仮面を外し、そして父にお姫様に瓜二つのその顔で微笑んで見せた。
そしてその日から私の役目はピエロから姫に変わった。
幼い頃から木の仮面の下で笑顔を貼り付け続けた私が姫にすり替わろうとも父と母、そして彼以外の人間は誰も気づくことはなかった。
そして姫から影武者へと役目を変えられてしまった女のことなど忘れて、私を上っ面だけの言葉で褒め称えた。
彼らにとって必要だったのはお飾りの姫君で、中身などどうでもいいのだろう。
だから私もそれに応えるように笑みを絶やすことはしない。
今の私は姫君の面を被っただけのピエロだ。
笑う以外の表情の作り方を忘れてしまった哀れなピエロはいつまでだって笑い続けることしかできないのだから。