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意地悪姫の反乱  作者: 相葉さとり
9/29

第九話 騎士隊長コールの災難日誌



「ーーーーーなんだこれは・・・?」


 街警備隊に配属されている王宮騎士隊長コールは苦い顔でそれを見つめる。





 本日昼、城から二番隊の騎士が二人、こそこそとやって来た。

 何でもティア姫の指図で例の重篤患者に姫の薬を含ませてやって欲しいと。

 周囲の医師達の手前、余り宜しくはなかったが確かに今のところ姫の薬ほど効果のあるものがなく手立ても見つかっていない。

 医者は頑張っているが毎日のように息を引き取るものが出てきている。

 これは緊急を要する事態で、姫の薬はやむを得ない手段だった。

 コールは知っていたから尚更の事、死者が出る度ずっと悩んでいた。

 実のところ、どれだけ姫に助けを求めたかったか知れない。

 姫は知るべくもないが、それが手元に来た。

 コールはそれを迷わず使った。

 あとで問題になるだろうが、今それで助かる命がある。それで良かった。


「有難う」


 コールはそれを持ってきてくれた騎士達を労った。


「お役に立てて良かった。姫様にもその言葉、伝えておきますね」


「・・・・」


 騎士達は分かっていると言う様ににこにこと呟く。


「ところで私達、お使いも頼まれたのですが・・・」


 騎士がお使いリストをコールに渡す。


「私達も余り街に詳しくはないのでその様な物がどこにあるのか分からないのです。コールさんこの街出身ですよね?詳しいですよね?」


「・・・この街出身だが・・。それは余り関係ないな。どこで手に入るんだこんなもの・・?」


 ありえない。ちなみに姫のリストの最後の文面にはルウド隊長の字で「無理なら無理でいいんだよ」と書いてある。

 さすがルウド隊長、フォローが優しくて泣けてくる。

 姫の買い物リストは容赦なかった。


 1、不死鳥の卵の殻

 2、火山の硫黄の中の石灰

 3、鉱山の中の銅板

 4、伝説の不死の剣と世界一固い盾

 5、大量の銀食器

 6、猛毒を持った蝮の牙(出来るだけ大量)




「・・・ええと、まずは無難なのから。銀食器はそれ専門の店に売っていますよね?」


「ああ、売っているな。というか城にいくらでもあるだろう?」


「食事用ではないから、わざわざ街で買い求めるようですよ」


「店に注文しておけばすぐにでも喜んで城に届けてくれるだろう」


「では次に無難なのは、蝮・・・ですね」


「猛毒を持った蝮なんて噛まれたら確実に即死だが?」


「・・・・」


 しかも大量、不可能だ。


「・・・先に聞くべきだったが。こんなものどうする気だ姫は?」


「薬を造るそうです」


「ーーー薬。全く懲りない姫だ。また得たいの知れない薬品を造って人に害を及ぼすのか。何故城で止めなかったんだ?」


「姫自らここに来ると言われていたので」


「それでか・・。しかしこれは無理だろう」


 むしろ嫌がらせとしか思えない。


「ルウドさんもいいと言っているし、やめた方がいい」


「いえしかし、あとが怖いです」


「・・・・・」


「あとで役立たずと謗られるのも嫌ですし」


「・・・・」


 騎士二人は顔を見合せうんうん頷く。


「我らがやらねば姫自ら蝮に挑みそうですし」


「・・・・」


 真面目な上に姫の恐怖が根元まで浸透している彼らは諦めることを考えない。

 全く面倒なことこの上ない。


「蝮は後にして、この銅板はどうでしょう?銅を製造する技術者を当たれば少し分けて貰えるでしょう」


「鉱山でなくても銅板ならいいのか。なら骨董屋で事足りないか?」


「そうか、鉱山で取れた銅板ならいいんだ。なら話は早い」


「これも注文すれば城に届けて貰えるな。良かった」


「なるほど。つまりそのように考えればいいわけだ。火山の硫黄から出てきた石灰であればいいのだから、石灰を扱う業者を当たればいいんだ」


「伝説の不死の剣と世界一固い盾。これも骨董屋だな、注文ついでに見てこよう」


「不死鳥の卵と蝮の牙は呪術屋か薬屋っぽいな。当たってみるよ」


 騎士達は早速ふた手に別れて動き始めた。


 ーーーーしかし本当にこれでいいのか?

 コールは思ったが口には出さなかった。

 大体姫の造る薬などろくなものではない。

 材料など姫の気が済む程度に適当に集めておけばよい。それで薬が成功しなかったとしてもそれは材料のせいではなく姫の力量の問題だ。

 大した知識もなく遊び半分で魔法使い気取りで薬品などを造ったところで結果はたかが知れている。

 姫様のお遊びに付き合わされる騎士達の苦労を思うと何も言えない。






 翌朝、城門に送りつけられてきた荷物を見てティアは眉をひそめた。


「・・・なにこれ?」


 昨日買い物を請け負った騎士達も物を検分する。

 大きな段ボール箱が五つ。騎士達はそれを開けて中を見せる。


「姫様、銀食器です。五十ほど揃えました。十分でしょう?」


「・・・そうね・・・」


「こちらは石灰です。勿論硫黄から抽出した代物です。箱一杯ありますよ」


「・・・・・」


 そんなにいらない、とはさすがの姫も言えなかった。


「そして不死鳥の卵。百個ほどありますよ。蝮の牙は毒と牙が別々になってしまいましたが問題ないですよね?」


「・・・まあそうね・・・」


 何だか胡散臭いが黙っていた。


「銅板は形がバラバラですけど結構仕入れました。運が良いことにその店に伝説の剣と世界一固い盾もありましてね。なんとか譲って貰いました」


「・・・・そう、ご苦労様、魔術師の塔に運んでおいて」


「はいっ」


 騎士達は使命を果たしたとばかりに顔を綻ばせた。

 その彼らが持ってきたコールの手紙をティアは開く。

 余りいいことが書かれていないのは最初から分かっていたが、ティアは内容を見た途端嫌な顔になった。



{一体何を企んでおいでなのかは知りませんが、あなたの気まぐれな買い物のお陰で騎士隊全員の給金の一年分の出費が出ました。無茶苦茶ですよ。例の件に関しては是非お礼を言いたいところですがあなた、やっぱり馬鹿でしょう?何も考えずに気まぐれに適当に事を起こせばろくでもない事にしかならないと強くご忠言申し上げますよ。ほんとにいい加減に学んでくださいね?}




「・・・・・」


 ティア姫にはっきりここまで言えるのはルウド以外では彼くらいだ。

 コールの言いたいことは分かるが悔しいものは悔しい。

 なにか一矢報いてやらねば気が済まない。






 魔法使いの塔に何やら胡散臭いダンボール箱が運び込まれた。

 塔は見かけの大きさよりわりと狭いのでゾフィーは内心迷惑だと思った。

 が、姫の荷物だと言われれば文句は言えない。

 調剤部屋に入れられたそれをしばらく眺めて、姫が来てから箱を開ける。


「姫様、何ですかこれ?」


「買い物リストの結果よ。やっぱりちょっと無理があったかしら?」


 ゾフィーは姫の書いたリストを見る。

 一目見て無理なのは分かる。

 それを騎士達は知恵を絞って何とかこれを集めてきたのだ。

 文句など言えようはずもない。

 姫は箱から物を出してテーブルに並べ、ゾフィーを見る。


「・・・ねえゾフィー、これでいいと思う?」


「何を造るつもりだったのですか?」


「最強の万能薬。どんな病にも効くという」


 ロヴェリナの記述書、あの厄介な書物に書かれている。

 姫にあれを持たせてしまったことが最大の元凶と言える。

 しかしあの書物には真実しか書かれておらず、材料が間違いなく本物なら万能薬も出来上がる。


「・・・姫様、諦めてはどうでしょう?リストに書かれた通りの本物の材料など無理ですよ」


「そうかしら?銅板とか石炭はいいせんじゃない?」


「この卵、なんの卵ですか?こんなに沢山どうするのです?」


「・・・使わない分は調理場行きね」


「伝説の剣や盾がその辺にぞんざいにないですよね普通」


「何かすごく高く売りつけられたみたいよ?」


「足元見られたのでしょう。骨董屋とはそういうものです」


「じゃあこのマムシも・・・?」


「酒に漬けたマムシですか。何に使うのでしょうねえ・・」


「・・・・」


 紛い物ばかりでは話にならない。

 ティア姫は拍子抜けした。


「もう少し何とかならないのかしら。せめて伝説の剣と世界一固い盾」


「・・・そ、それは簡単に手に入るものでは」


「どうして?剣と盾なら勇者か騎士が持っているものよ?そうだわ!騎士が持っているはず!案外すぐ近くにあるはずだわ!」


「・・・・」


 姫は諦めない。そして止まらない。

 ゾフィーはすべてを諦め、止めずにただ姫を見守る。






 姫は騎士宿舎の奥にある騎士訓練場に向かった。

 ここには警備隊、騎士隊など、城の兵が集まり様々な訓練をする場だが余りティア姫は近づかせてもらえなかった。

 見るだけでもルウドがダメだと言ってろくに近づけない。

 しかし正当な理由があるならルウドも怒らないだろうとティアは結論付けた。

 どちらにしろ今ルウドはいない。護衛をハリスと変わってしばしの休憩に行っている。

 煩いルウドが居ないうちに色々事を済ませようと思っていた。


「・・・姫様、その方向は・・・」


「用事があるのよ、いいでしょう?」


「え・・まあ、ハイ・・」


 ハリスは黙って着いてくる。

 訓練所は中と外がある。天気のいい日は大抵外の柵の囲われた中で訓練している。


「こらお前達!早くからバテるな!それでは私の訓練にならんだろうが!」


「そ、そんな勘弁してください。病み上がりなのに何でそんなに元気なのですか、ついていけませんよ!」


「私の訓練相手にもならんとは弛みすぎだ!だらけるな!立て!」


 柵の中を見ると一人と十名が対していた。しかし十名のほとんどが地に伏している。


「・・・あらルウド・・」


 ルウドが一人で十名の相手をしている。


「訓練所からの要請で少しでも兵を鍛えてくれと言われていたのです。それでこの所弛みぎみだと感じたルウドが気分転換に体をほぐしているわけです」


「ふうん、でも病み上がりのルウドにすら敵わない兵って・・・」


「隊長ですからあれくらい当然なのです。彼らが弱すぎるわけではないのです」


「そう、まあ別になんでもいいわ」


 ティアはルウドに見咎められないよう通りすぎようとした。がーーー、


「ルウドさん素敵!流石ですね!」


「本当に、すごいです!強くてかっこいいなんて最高!」


 柵の入り口に何故か女の子達がいた。何故かタオルを持って待ち構えている。


「ーーーーちょっと、なによあれ?」


 ティア姫に聞かれたハリスは狼狽える。


「ええと、その、あれはですね、お、応援団です!ああして励まされると男は張り切るものですから!」


「・・・何でルウドの応援よ?普通負けてる方の応援でしょう?」


「そっちの応援もしていたと思いますっ!」


 ハリスの苦しい言い訳を聞き流してティア姫は真っ直ぐ女達の方へ方向転換した。


「あっ、ひ、姫様・・・」


 柵の入り口にいる女二人は真っ直ぐにルウドを見ている。


「ルウドさん素敵!あのクールな所がいいのよね。何故いつまでも独身彼女なしなのかしら?」


「それがねえ、質の悪い女になつかれているって専らの噂よ?なんかもう迷惑だって言っても絶対離れないんだそうよ?」


「わあ、かわいそうルウドさん。お払いとか紹介した方がいいかしら?」


「厄払いじゃどうにもならないわよ?やっぱり彼を守れる女じゃないと」


「そうねえ、それが一番だわ。ランジール守備隊とか作って女を追い払ったらどうかしら?」


「いいけど公になるライバルが増えるわよ?」


「・・・そうねえ・・」


「ちょっとあなた達・・・」


 ティアは呆れた声で赤毛と黒髪の女達に声を掛ける。見たところ城で働く者の様だが。


「こんな所で何をしているの?」


 ティアと年も変わらそうな二人は何だか偉そうな娘を見て目を白黒させる。


「ーーー私たちは休みよ。どこで何をしようが勝手よ。今日は久しぶりにルウド隊長が訓練所に来ると言うから見に来たのよ。仕事柄中々姿をお見かけ出来ないんだもの」


「あなたこそ何なのよ?」


 ティアの格好は今動きやすい庭師用の服なのでとても姫とは認識されない。特に姫の顔など知らない下働きには分からない。

 格好は庭師なのだが雰囲気や所作が庭師とは思えない風情なので二人は不審そうにティアをじろじろ見る。


「見たことないわこんな人。どこから来たの?」


「どうでもいいわよそんなこと。ところで何そのタオル」


「勿論ルウドさんに渡すのよ。汗を拭いてもらおうと思って」


「私も飲み物を用意したのよ。これで顔見知りになろうと」


「・・・へえ・・・」


「あなたは何も用意していないわね?彼を見に来たのでしょう?駄目ね、全然」


「・・・・・」


 何故か二人に勝ち誇ったように嘲笑われた。






 訓練所の中に入り、責任者に会った。勿論彼は姫の顔を知っているので突然の到来に冷や汗を流す。


「・・・ひ、姫様、どうされましたか?何か私どもに不手際が?」


「用件で来たのよ。欲しいものがあるの。伝説の剣と世界一固い盾。騎士なら持っているのではなくて?」


「・・・・え?」


 責任者は困ってお付きのハリスを見た。ハリスは何故か首を横に振る。


「ええと、伝説の剣とは具体的にどのような?」


「・・・・・」


「その、あの、世界一固い盾というのはですね、もうないものなのです。大昔、とある国に現存したそうですがその材料が消えてしまったそうで」


「・・・・」


「申し訳ありませんが我が国にはそのようなモノは恐らく・・・」


「・・・そう、無いの。分かったわ。お邪魔して悪かったわね」


 姫は大人しく引き下がった。

 責任者は何だか分からないが肩を撫で下ろす。

 だがすぐに外での騒ぎを耳にして慌てて外に飛び出した。






「いやあああああ!何?なんなの?なんとかしてええええ!」


「なんなのよあの女ああああっ、やああああっ、何で体が勝手に動くのよおおおおお!」


 二人は踊っていた。ただひたすらぐるぐると回りながら。


「誰か助けてええええ!なんとかしてええええ!」


 二人は泣きたくなった。

 兵達はおろか、ルウド隊長まで踊る二人を見ている。

 とても恥ずかしいが身体が止まらない。

 こんな注目され方は嫌だ。何故かあの女が去った後に急に身体が踊り出したのだ。

 目の端に映るルウド隊長が呆れたように首を横に振っている。

 これはもう絶望だ。きっとおかしな女と思われているに違いない。


「あの女よ!あの女が何かしたのよおおおお!」


「いやあああああ!」


 ルウド隊長が目を逸らしてあらぬ方向へ早足で去っていった。


「そんなああああ!」


 誰もこれを救うことはできず、ルウド隊長が戻ってくるまで二人はひたすら踊り続けた。






「・・・姫様、幾らなんでも見知らぬ娘さん二人に悪さなんて」


 ルウド隊長に躍りを止める薬を渡してからゾフィーがぼそりという。


「あの二人ルウドに色目使おうとしていたんだもの。叩き潰しておかなきゃ」


「・・・・」


「ルウド、私の知らないところで割りと人気あるのよね。由々しき問題ね」


「・・・それくらい多目に見てあげましょうよ?いいじゃないですか、憧れるくらい」


「私の知らないところで手を出されるのは不愉快だわ」


 恐い。こんな姫に好かれるルウドに果たして幸せは来るのだろうか?


「それにしても世界一固い盾、現存しないんじゃどうしようもないわね。昔はあったから造れたのね」


 ティアはがっくり肩を落とした。

 万能薬が出来ないなら他に方法を変えなければならない。

 薬を捜すにしても時間が掛かりすぎる。


「とにかく今はゾフィーの薬を街で使えるように許可を取らなきゃ。それが一番の近道だけど、その件はお兄様が動いてくれないとお父様は聞いて下さらないのよね。まずお兄様を動かすには・・・」


「ひ、姫様?」


 ティアは突然立ち上がる。


「その方向がいいわ。ゾフィー、増産の準備、しておいてよ?必ず許可をもぎ取って来るわ」


「え?姫様?」


 ティアは勢いよく塔を出ていった。

 ゾフィーは困った。

 あれは毒だからむやみに増産など出来ないというのに姫は諦めない。

 ゾフィーが一人で悩んでいると外からドアが開き、誰かが入ってきた。


「ティア様!居るなら出てきなさい!」


 廊下に出るとルウド隊長が居て怒っている。


「ルウドさん、姫なら今出ていきましたよ」


「失礼、ゾフィー殿。一足違いで逃げられましたか。全く姫の暴挙は・・・」


「今用事で出ていきましたがすぐに戻ってくるでしょう。その、娘さんがたは?」


「何とか助けて謝って許して貰いましたよ。全く、食事をおごる約束をして怒りを収めて貰いました」


「そ、そうですか・・」


 それはまた娘さん方に新たな災厄をもたらしそうだ。


「食事の件は姫には黙っているべきです。あとが怖いですから」


「姫のせいなのですが。まあそうですね・・・」


 姫の暴挙の原因はルウド隊長にあるのだが、こうもルウドの周辺で騒ぎばかり起こればさすがに彼も何となく察したかもしれない。






「お姉さま、お願いがあるの」


「まあティア、なあに?珍しいわね」


ティアはアリシア姫に頼むことにした。ティアでは到底腰を上げそうもないあの兄も姉の言うことなら聞くかもしれないと考えた。

 ティアは事情を大まかに話した。


「お姉さまからお兄様へ進言してくださればきっと動いてくださるわ。だから、お願い」


 しかしこの姉に頼むということにも一つ問題があった。


「あなたの言いたいことは分かったわ。街の問題だもの、そんな事になっているなら知らない顔は出来ないわね。すぐに動かなければね」


「ええそうよ、お姉さま・・」


「なら私の出す条件をあなたが受けてくれるならすぐにでもお兄様のところへ行くわ」


「・・・・・」


 やはり、と思った。この姉はけしてただでは動かない。いつも条件を出す。


「お姉さま、ことは急を要するって・・・」


「そう、なら条件を飲んでちょうだい。簡単なことだから」


「・・・・・」


 ティアはアリシア姫の条件を聞いて、黙って頷いた。


「じゃ、すぐ行ってくるから待っていて」


 アリシア姫は部屋を出ていった。






「お兄様、少しよろしいかしら?」


「おやアリシア。なんだい珍しい」


 執務中の皇子は顔を上げてアリシアを見た。アリシアは仕事の邪魔をしないよう、通常この部屋には来ない。

 皇子はアリシアをソファーに座らせ、自分も向かいに座る。


「ティアの事なんだけど・・」


 アリシアが事情を話すとパラレウスは困ったように笑う。


「とうとうこの手で来たか。全く困った妹だ」


「それなんだけど、このままではまずいわよ。やっぱり薬の許可を取らないと」


「魔法使いの薬を使うことは出来ないと君も知っているだろう?」


「でももう使ってしまったわ。あの薬で助かったという実例が出てしまっているの。なのに何もしなかったら街には王家への不信が起こり、ほっておいたら暴動が起こるかもしれないわ。

 街人を助ける術を王家が持っていることを知っている人達がいるわ。まだまだ毒の被害者が出ているのでしょう?だから急いで対処しないと」


「そうか、分かった。では父に許可を取ってくる」


「余計な差しで口を挟んでごめんなさい」


「いいんだ。説得を頼んできたのはティアだろう。あ、そうそう、ティアにはこれを呑むに辺り条件があると言ってくれ。何、簡単なことだ」


 皇子は引き出しからある封書を差し出した。


「妹に条件なんて、悪い人ね、お兄様」


「なんだい、君だって条件出したんだろう?」


「どうだったかしら、ふふふっ」


「悪い姉だ、ともかくこれを受けてくれさえすればいいんだと言っておいてくれ」






 魔法使いの塔に戻ってきたティア姫はよろよろと椅子に座り打ちひしがれた。


「・・・姫様?」


「ゾフィー、直に許可が下りるから、準備して、急いで造ってちょうだい・・・」


「えええっ?本当に?わ、分かりました・・・でもどうして?」


「姉、から兄、に頼んでもらったのよ。それには個人的にはすごく理不尽な条件をつけられたのだけど・・・やむを得なかったのよ・・・。そんなに難しい条件ではなかったけど、ちょっと我慢すれば済むことだけど・・・」


「・・・?」


「あの二人っ・・、普通条件なんかつける?実の妹にっ!そういう人達だって知っていても悔しいいっ!」


 ティアはとりあえず傍にあったお茶をぐびぐび飲んだ。


「そもそもこれはお兄様の仕事じゃない!何で私がこんなハンデを背負わなければならないのよ!理不尽よ!すごく理不尽だわ!」


 ゾフィーは訳が分からなかったが黙って調剤室へ入った。

 代わってルウドが入ってきた。


「姫様、やっと見つけた。何をやっているのですかあなたは?全く落ち着きのない」


「ルウド・・・・」


「先程の二人は大変お怒りでしたよ。何故あんなことをしたのです?理不尽と言えばあなたの行動すべてが理不尽に満ちていますよ」


「ルウド・・・ッ!」


 ティアは突然ルウドに飛び付いた。


「・・・ひひひひ姫っ?」


「私を守って!」


「ーーーーはっ?」


「兄姉何て鬼よ!所詮自己の利益を得られなければ無償奉仕なんかしないのよ!血縁なんて誰も信じられないわ!信じられるのはルウドだけよ!」


「・・・・?」


「みんな大嫌いよ!私のことなんかどうだっていいんだわああああっ!」


 ルウドは全く意味が分からずにティアに抱きつかれたまま凍りついた。






 時刻は昼、街警備のコールは食事を済ませ、詰め所で休んでいた。

 上からの指令を聞き、ほっとした穏やかな午後。うつらうつらしていると部下が何やら慌てて手紙を運んできた。


「たたたたた、隊長!大変です!お城のお姫様から、隊長宛の手紙です!一体何が?」


 姫に免疫のない部下が目を剥いていた。

 普通お城のお姫様が街警備などに手紙を出す理由はない。元々城の騎士だと知っていても姫様と個人的な手紙を交わすことなど考えられない。普通なら。

 手紙をコールに渡した部下は何故か目を輝かせてみている。


「・・・なんだ?」


「お城のお姫様と手紙を交わす仲なのですか?すごいです!さすが隊長!」


「そんな仲じゃない、誤解だ」


 コールは煩わしげに部下を下がらせてから封書を見る。

 ティア姫からだ。先日の返答だろうか?

 コールはとても嫌な予感がしたが仕方なく封書を開ける。


{ごきげんよう、コール。昨日は愉快なお手紙を有り難う。長々と何年も街に居座っておきながら私の提示する材料の一つも満足に集められないなんて無能と思うしかないのかしら?例えどれだけ高価な代物でも偽物ではただのゴミね。かなり適当に集めたみたいな材料だけど何かに使えればまだまし、でも使えないから悪いけど処分ね。勿体ないから貴方のところへ送り返していいかしら?まあ例の件は兄がようやく動いたからどうにかなりそうだけど、その件の為に私はある代償を支払うはめになったわ。あなたのせいよ。あの材料さえ集まっていればゾフィーもビックリの最強の万能薬が造れたのに。一生恨み続けるわ。そして無能な騎士のあなたは一生城へは戻れずにその狭い部屋で生涯を終えるのよ。そうやって呪ってやるわ。ふふふふふ、嫌なら例の材料、もっとまともなのを用意なさい}


 コールは机に両手をついて打ちひしがれた。

 テーブルの上に置かれた手紙の文字は怒りのままに書きなぐったようにしか見えない。


「なんだこれは・・?」


 先日の返しくらいあるかと思っていたがこれはそのようなものじゃない。

 報復?仕返し?腹いせのやつあたり?

 コールは一気に気分が落ち込んだ。

 これはやらなければどんな報復がなされるか分からない。


「・・・まともな材料って何だ?」


 少なくとも怒りのティア姫の気が済むものでなければならない。






 コールは考えた結果、とりあえず例の骨董屋を訪ねることにした。

 暇そうな部下を二人ほど付き合わせて店を訪ねると、店は閉店していた。


「・・・・・」


 余程怪しいものを売っていたらしい。最近来た客に相当高く売り付けてトンズラしたようだ。

 この事実を騎士達に言うべきか?いや、言えるはずもない。

 コールは困った。あとはどこへいけばいいのか?


「コール隊長、骨董屋で何を探すつもりでしたので?」


「うーん、珍しい剣とか盾とか卵とか、薬の材料になるような素材だな。困った姫様がご所望でな」


「・・・姫様がそのようなものを?」


「趣味なんだ。それで見つからなければ自分で捜し回るだろうから警備隊や騎士達も困ってな」


「そ、それは大変ですね」


「うん、だから何でもいいから珍しいものが必要なんだ」


「それでは街外れの道具屋へ行ってみては?森の薬草なども取り揃えている旅行者用の店なのです」


「そうか、よし行ってみよう」






「あ、いらっしゃいませ」


 街門前にある店に入ると十歳位の女の子が出てきた。


「君だけかい?」


「うん、店番よ。父さんと母さんは出稼ぎだから」


「それで店が回るものなのか?」


「うん、大したもの置いていないから。ここで売るのは薬と情報。あと旅人が売っていく変わった置物だよ」


「なるほど、旅人用の店だな。情報まで売っているのか」


「なあにお兄さん、見たとこお役人様みたいだけど情報が欲しいの?」


「いいや、何か珍しい置物かな。ああ、あと薬草なども何種類かもらおうか」


 あどけない顔の少女は不思議そうにコールを見上げる。


「お兄さん、魔法使いには見えないけど?調合とかするの?」


 コールは笑みを漏らす。少女は鋭い。


「いいや、頼まれものでね。何か良い材料があったら教えて欲しいんだけど」


 少女はますます怪訝な顔になる。


「お役人様、もしかして城の人?お城に魔女がいるって噂、やっぱり本当なんだ?」


「・・・まあいるね、もはや隠し立てする気にもならないよ」


「ふうん、苦労しているのね」


 コールは苦笑するしかない。


「魔女が喜びそうなものはあるかな?なんか万能薬の材料とか言っていたけど」


「ええええ?それって本物の魔女?万能薬なんて早々作れるものじゃないわよ?材料なんてその辺に転がっているわけないじゃない」


「そうだよねえ。いやどうせ無駄だから。それらしい間に合わせでいいよ」


「そんな、間に合わせだって難しいわよ。魔女を怒らせたら石にされちゃうんじゃない?」


「まあ呪われはするかなあ・・・」


「お兄さん、ちゃんと貢ぎ物しないとダメよ。魔女は執念深くて怖いのよ」


「うん、気を付けるよ。有難う」


 少女は店内をうろつき、飾ってある商品の一つを取る。


「これはどうかしら。金の卵の欠片なんだけど。薬の材料にはなりそうよ」


「・・・・そ、そんなものをどこで・・?」


「旅人が置いていったのよね。二束三文でもお金になるなら買ってくれって。かわいそうだから買い取ってあげたの」


「そうなんだ・・」


「こっちの毒蛇の牙もねえ、かわいそうで買い取ってあげたけど使い道に困ってねえ」


「両方貰うよ」


「ありがとう、これで何が出来るのかしら?魔女って不思議ね」


 コールは薬草と瓶を二つ貰って銅貨を一枚少女に渡す。


「お兄さん、高すぎるわ。元々二束三文にもならない品よ?」


「いいんだ、今それしか持ち合わせがないから」


「それでも高いわ、そうだわ、一つや安い情報を提供してあげる。それで何とか帳尻が合うわ」


「そうか、有難う」


 少女はあどけなく微笑み、情報を一つくれる。

 コールはお礼を言って店を後にした。


<裏の商人が毒を街に持ち込んで売買しているらしい>


 あくまで噂だという少女の情報はコールに焦りと困惑をもたらした。

 魔女の薬など問題ではない。


「隊長、いいもの手に入りましたか?」


「ああ、急いで帰るぞ」


 コールは部下達と一度駐屯所に戻り、すぐに荷物を持って城へ向かう。

 裏商人の話はどうしてもすぐに皇子に報告せねばならない。






 城へ入り、皇子への報告後に魔法使いの塔へ行った。

 手紙だけでは埒が明かない。無茶な要求ばかり突きつけられては迷惑極まりない。

 ティア姫の前に荷物を置いて、コールははっきり断りを入れる。


「迷惑ですからもうこんな下らない用件で騎士を振り回さないで下さい」


「・・・ちょっとお使いを頼んだだけでしょう?まともに手に入れることも出来ないくせに偉そうに何なのよ?」


 分かっているのかいないのか、ともかくその言葉にコールはプツリと切れた。


「どこの世界にこんなあり得ない材料があると思っているのですかっ!こんな物が街に気安く売っていたら世界は波乱の地になりますよっ!」


「そんな大袈裟な。確かに勇者の剣と盾は難しいかもしれないけど」


「難しいどころかあり得ません!どこの勇者がそんなもの持っているのですか!そもそも勇者がどこにいるのです?」


「ええ?いないの?詰まんない」


「ほんとに馬鹿ですかあなたはっ!大体不死鳥の卵ってなんです?そんな生き物が本気で現存すると思っているのですか?空想世界の産物でしょう?」


「ええ?ほんとにいないの・・?」


 コールは本当に泣きたくなった。常識はずれにも程がある。


「ゾフィーどのも何とか言ってください!この馬鹿姫どうにかしてください!」


 ティア姫も曇りのない目でじっとゾフィーを見る。


「本当に無いのゾフィー?魔法使いなんだし、本当のとこ知っているわよね?」


「・・・大昔はあったのですよ?大昔はね・・?」


 ゾフィーは姫に甘い、とコールは思う。

 姫は難しい顔をして何か考える。


「大昔のばかりね。やっぱり今では無理なのかしら?」


「姫様の持つ記述書自体が遥か大昔に作成されたものですよ。今ではとても手に入らない材料ばかりです。翻訳すら古代文字で、解読するのは大層難儀なものだと最初から知っているでしょう?」


「でもなんとか読めるわ。古代文字は調べれば何とかなるもの。それを現代仕様に翻訳しても実際の精製となると無理があるのね」


「ええと、姫の目的はそれではないでしょう?ならそれでいいではないですか?」


「代用品でどうにかならないかしら?」


「そんな簡単に代用できる代物はありませんよ」


「八方塞がりね・・・」


 コールは途中から話が分からなくなった。


「・・・・」


 記述書?古代文字?解読?

 何をしているのだこの姫は?全く賢いのか馬鹿なのかよく分からない姫である。


「ーーー失礼します、姫様」


 コールが難しい顔で姫を見ていると警備隊らしい男がやって来て姫にメモを渡した。

 ティア姫はメモを見て目を見開く。


「ーーーーー・・・これは・・!」


「どうされました?」


「大変な由々しき事態が発生したわ!コール着いてきなさい!」


「ええ?」


「冗談じゃないわ!いくわよ!」


「・・・・?」


 困ってゾフィーを見ると困った顔で首を横に振られた。






 時は夕刻。空が茜色に染まる頃。

 ルウドは街の食堂にいた。食事を約束した娘さん二人と一緒である。

 一人では何を話していいか分からないと言うのでハリスも着いてきた。


「しかしルウド、よく来れたな」


「姫は調べもので忙しいから余り周りの状況を気にしていないんだ。少しくらい大丈夫だろ」


「まあ、そうだな。たまにはいいよな。息抜きも必要だ」


 テーブルの向かいでそわそわしている二人の娘さんは沢山の料理が運ばれてくると嬉しそうに目を輝かせる。


「ルウドさん、こんなご馳走、何か申し訳ないわ」


「うん?お詫びだから全く気にしないでいいんだよ」


 赤毛と黒髪の女性は顔を見合わせ、それからルウドを見る。


「お詫びなんて。ルウドさんは助けて下さったのでしょう?お詫びの意味が分かりません」


「・・・いいんだ、気にしないでほしい」


 ハリスはにが笑うしかない。

 ルウドは現場を見ていなかったがハリスはバッチリ見た。

 ティア姫が娘さん達に例の薬を散布するのを。

 原因がティア姫と悟ったルウドが責任を感じて二人を食事に誘った。

 これを知ったとて姫は自業自得と言うしかない。


「まあまあ、せっかく女性との晩餐なのだから。お詫びなんて気にしないで楽しくやろうよ。

 私も誘ってくれて嬉しいよ。美しい女性達との食事なんて久しぶりだ。私はハリス、よろしくね」


「知っていますわハリス隊長。城の隅々まで有名ですもの。そんな有名人と知り合えるなんて夢みたい。

 私ジェンと言います。こっちの赤毛はローラ」


 皆で仲良く乾杯をして食事を取りながら話をする。

 二人はやはり下働きらしい。主に城内の家事炊事の下っぱなので外に出ることは滅多にない。


「久しぶりの休みに稽古場を見に行ったら訳の分からない目に遭ったけど今があるからこれは幸運なのかしら」


「あの女さまさまよね。でも何だったのかしらあの女?」


「はっ、もしや噂の幽霊かしら?昼間でも出るってもっぱらの噂よ?」


「・・・そんなに噂になっているのかい?」


「見たって言う人が何人もいるのですよ」


「・・・害はないのですよね?」


「ええ、見ただけです。証言では絶世の美女だそうですよ」


「へえ、それは是非お目にかかりたいねえ。ルウドも思うだろ?」


「・・・ああそうだな、本当に幽霊ならな・・・」


 ルウドは歯切れが悪い。そういえばそんな噂を以前していたような?

 ハリスは話題を変えることにした。


「そういえば君たちは剣に興味が?せっかくの休みに稽古場なんて珍しい」


「まあ、おほほほ、それなりには・・・」


「・・・失礼、ルウドを見に来ていたのでしたね」


 そしてたまたま通ったティア姫に目を付けられた。


「ハリスさん、嫌だわ、そんなにはっきり仰っては」


「・・・私、ですか?」


 ルウドが怪訝そうに二人を見る。


「特に何も面白いことはしていませんが?」


「・・・・ルウド」


「ふふふ、ルウドさんも有名なんですよ?知りませんでした?」


「・・・さあ?何で有名なので?」


 何故かルウドは不安そうに二人を眺める。二人は楽しそうにコロコロ

笑う。


「面白いわルウドさん。心配するほど悪い噂ではないですよ?むしろ銀髪が素敵とかクールなところがいいとか、大体王族を警護する強い騎士さんじゃありませんか。人気があって当然です」


「そうなのですか?」


 姫にばかり目を掛けているルウドは周囲の自分の噂には全く無頓着なようだ。

 照れたように笑うルウドを見て、女性達の評価はさらに上がっていそうだった。






 もちろんこの楽しそうな光景をティアは見ていた。

 街へ出てはいけないと言う騎士達の制止も聞かず無理矢理数人を引きずってこの食堂へやって来た。

 緊急事態だからと付き合わされたコールは呆れて帰りたかったが姫をこのまま放置することも出来ずにここにいる。


「姫様、帰りましょうよ?」


「ふざけないで、あれを放置して帰れるものですか!」


 ふざけるなとはこっちが言いたい。


「ルウド!私に食事なんて奢ってくれたこともないのに通りすがりの女に!悔しいいいいっ!」


 嫉妬と独占欲もほどほどにしてもらいたい。


「何よルウド、鼻の下伸ばして嫌らしい!何喜んでるのよ!あの女ども色目なんか使って許さないわ!どうしてやろうかしら!」


 ほっておいてあげて欲しい。そうでないと店に被害が出て大事になる。

 どう宥めて城に返すべきかと考えていたら、ふと遠くの席のハリス隊長と目があった。

 状況を見てハリス隊長は真っ青になった。


「・・・あらハリスさん?何か顔色が?どうかなさったの?」


「へ、いえなんでも、ふ、あははは、あ、ちょっと所用を思い出しました。すいません少しだけ席を離れますね。すぐ戻ります」


「・・・ハリス」


「ルウド、少しだけだから。ちょっとくらい場を取り持ってくれ」


「・・・ああ」


 なんだか不安そうなルウドを残してハリスは席を離れた。

 そして彼らの目に付かないところからコールのいる席へこっそり向かう。






「・・・姫様、何なさっているのですか?」


「見て分かんないの?」


「お願いですから帰ってください・・・」


「ふざけないで」


「・・・・・」


 ハリスが哀願するような目をコールに向けると、彼は黙って首を横に振った。


「ねえ、あれ、ハリスのせい?」


 恐ろしげな姫の声にハリスは慌てて首を横に振る。


「ちちちちち違いますよ!ルウドの誘いです!もとはといえば姫のせいですからね」


「ーーーなんですって?」


「女性二人に意地悪したのはあなたでしょう?責任を感じたルウドが代わりにお詫びの食事に誘ったのですよ?」


「・・・・・」


「その邪魔をしたらルウドの顔を潰すことになりますよ?だから、さあ、見つかる前にお帰りください」


「・・・・・」


 ティア姫はとても不服そうだが何とか引き下がった。


「・・・ハリス、ちゃんと見張ってなさいよ?ルウドが女の臭い付けて帰ってきたら、あなたの息の根も止めるからね」


 背筋の凍るようなことを言って姫は帰っていった。

 それからハリスは席に戻ったがもう食事が通るような状態ではなかった。






 女性達と別れたあと、なんだか切羽詰まった様子のハリスにどこかへ付き合わされた。

 付いていって入った店は宝飾店だ。


「何か買うのかハリス。まさかあの二人にプレゼントか?」


 ルウドは呑気に笑う。


「違う。プレゼントするのはお前だ、ルウド。さあ選んで買え!」


「・・・なんで私がそこまでせねばならんのだ?」


 不服そうなルウドにハリスは現実を突きつける。


「ルウド、姫にばれたぞ。城に戻れば怖いことになる。土産くらい買って帰らないと姫の機嫌が直らないぞ?」


「何でばれたんだ?それよりなぜ私がそこまでしないといけないんだ?」


「理不尽でも何でもそれ一つで姫の機嫌が直るなら安いものだろう?いいから姫が好きそうなのを選んで買え。用意しておいて損はないから」


「・・・・」


 仕方なくルウドは安物のネックレスなどを買った。

 姫の悪さの為に大変な出費になった。全くもってついてない。






「ーーーー・・・遅いわ」


 ティア姫はイライラしていた。

 普段この時間はとっくに部屋に戻っているのだがとてもそんな気になれず魔法使いの塔にいた。

 ゾフィーは調剤室から出てこない。今部屋にいるのはティアとルウド待ちのパティーと心配で姫から目を離せないコールだった。

 部屋にいるもののパティーとコールは姫を見ないようにしている。

 ぼんやり待っているとほんとに時間が長い。その間もルウドが女達とよろしくやっているのかと思うと気が気ではない。


「・・・何してるのかしら。食事なんてそんなに掛かるわけないじゃない。晩餐だって三十分掛からないのにいつまでもノロノロと。いい加減にして欲しいわ。待っている人の事は考えないのかしら。何考えているのかしら?」


 ぶつぶつと呟いても埒が明かない。

 ティアはイライラが収まらず席を立ってうろうろし始める。


「もう帰ってきたかしら。門に入ったかしら。ちょっと見てこようかな」


「ーーーー姫様、落ち着いてください」


「落ち着いてなんかいられないわよ。私のルウドが変な女にひかかったらどうしてくれるのよ?」


「何があなたのですか?隊長だって遊びたい盛りなのに姫のせいで自由恋愛も出来ないのですか?不憫すぎます」


 姫がギロリとコールを睨む。


「ルウドはそんなことしないわよ」


「子供の相手ばかりでさぞ不満でしょうねえ」


「・・・・」


 爽やかに笑うコールと睨み合う。

 そんな二人を困ったようにパティーはただ見ていると外から声が聞こえた。


「パティー、いるのか?遅くなって済まない」


 待ち望んだルウドの声に、ティアが誰より早く反応した。






「ルウドーーーっ!」


 こんな時間にティア姫が塔から出てきて驚いた。

 しっかり抱きついて何故か臭いを嗅ぎ回られる。


「なっ、何してるんですか?こんな時間に何故居るのです?」


「ルウドを待っていたのよ!遅かったじゃない!何してたのよ?」


「何って・・・別に。休みなんですから何しようが勝手でしょう?」


「しら切るんじゃないわよ!女と会っていたのは分かっているんだから!」


「・・・だ、だからって何故あなたにそれを責め立てられなければならないんですか?」


「何よ私に黙って出かけて!私の知らないところで私に言えないような事をしてたのね!最低!すごく心配していたのに私の事なんか思い出しもせずに自分だけ楽しくしてたのね!酷いわ!信じられない!ルウドの馬鹿っ!」


 そしてとうとうティア姫は泣き出した。


「もうルウドなんか信じられない!変な女に引っ掛かって外でいかがわしいことしてたなんてーーーー!」


「ーーーー・・な、何言って・・・?」


 無茶苦茶である。泣いて喚く姫を見つめてルウドは途方に暮れた。






 夫の浮気を責める妻を地でやる姫を見てパティーもコールも言葉が出なかった。

 ルウドが助けを求めてこちらを見ているがどうにもならない。


「・・・ルウドさん、姫様部屋まで送らなきゃ。俺先に宿舎へ戻っているから」


「・・・・ああ、そうだな」


「わ、私は出直すとしよう。今日はもう帰るよ・・・」


 コールは疲れたようにその場を離れる。

 本来の目的も忘れてただ姫に振り回される一日だった。やはりあの姫に関わるとろくなことはない。

 見捨てたルウド隊長には悪いがもう姫に関わるのは真っ平だった。






 ーーーー皆に見捨てられてしまった。

 ルウドはただ星を見て途方に暮れる。

 何故自分は今こんな状況に陥っているのだろうか?今日私は何か悪いことをしたのだろうか?

 分からない。何が何だかさっぱり分からない。


「・・・・・・」


 浮気とか言われて泣かれても大体困る。これをどうしろというんだ?

 泣き出した姫。迂闊に抱き締めることも出来ない。


「・・・ひ、姫様。そろそろ部屋に戻りましょう。私のことなどどうでもいいじゃありませんか?」


「良くなんかないわよ!ルウドの馬鹿!どうして私だけがダメなのよ?いつもいつも私ばっかり心配して、どれだけ愛しても何一つ答えてくれなくて。しかも何?私の目の前で他の女の物になってあなたは幸せになるの?そんな酷いことして私に何をどう幸せになれって言うの?そんなの耐えられるわけないじゃない!」


「・・・姫、そんな酷い事、しませんから」


「ーーーー嘘つき、嫌い・・・」


 ルウドはたまらずティア姫を抱きしめた。

 どんな理不尽でも、傷つけてしまったと思うと堪らなくなる。


「私はティア様好きですよ、ずっとこれからも・・・」


 耳元で囁くとびくりと姫の肩が震える。


「子供を慰めるみたいに言わないで。どうせ女として愛してもくれないくせに」


「・・・・」


 姫の翆緑の瞳が切なそうにルウドを映す。

 ルウドは内心焦った。


「・・・と、とにかく今日は姫の不始末を片付けただけですから他意などあるわけないのです。もうあんな、よその娘さんに害を及ぼすようなこと、やめてくださいよ?あなたのせいで酷い出費ですよ全く」


「・・・本当にそれだけ?」


 ルウドは懐から小箱を取り出す。


「帰りに買い物をしていたから遅くなったのです」


 小箱の中を開けて、姫に差し出す。姫は驚いて箱の中身とルウドを見比べる。


「・・・これ?」


「姫様へのお土産です。その、安物ですが」


「なんで・・・?」


「・・・ハリスに付き合って行った店に姫様に似合いそうな物があったので」


 ハリスに言われた通りの言い訳を言うと姫が何故かまたポロポロ泣き始めた。


「・・・・姫様?」


 ティア姫は小箱を抱き締め嬉しそうにルウドを見て微笑む。


「ーーーー嬉しい、有難う・・」


 安物の適当に選んだものをこんなに喜んでもらえると思わなかった。

 もっと高いものにすればよかったと愛しい姫の笑顔を見た瞬間、悔やんだ。






「・・・あそこで手を出せないのがルウドだよねえ。私だったらとっくに手を出してるよ」


 森の影に隠れていたハリスが呟く。

 一緒に覗き見していたコールとパティーは黙って見ている。

 実際、あの姫を間近で見ていてあんなに思いを寄せられて手を出さないなんて信じられない。普通の男なら絶対出してる。

 何故ルウドが耐えられるのか、本当に耐えているのか、それは当人にしか分からない。


「でもルウドさん、また森で頭冷やすのかなあ・・・」


 それは確実にありうる。

 三人は溜め息をつく。

 夜の森は、夏であっても冷え込んでいた。





 <第九話終了  第十話へ続く>












 









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