第八話 真実の書
昔々、このマルス国のお城には魔女がいた。
昔と言うのは一体どのくらいかは分からない。だが魔女がいた、という証拠が残っている。
{魔女ロヴェリナの記述書}
この書物にはありとあらゆる魔術と薬品に関するレシピが記されている。
お城の入り組んだ地下通路の偶然迷い込んだ部屋で見つけた。
鍵のないこの部屋は誰も入れるはずのない部屋だったはずなのにティアが見つけ、扉に触っただけでドアが開いた。
その理由は分からない。だがそれ以降ティアが触るとドアが開き、現在その部屋はティアの研究室となった。
夕食後、部屋に押し込められるティアは抜け穴を通り、この研究室で研究をする。
十の頃見つけた分厚いロヴェリナの記述書は現在でさえもまだ難しくてほとんど解読できないでいる。
数年前に父に頼んで取り寄せてもらった<世界単語辞典>と照らし合わせて学習する毎日である。そしてどうしても分からないことはゾフィーに聞く。
ゾフィーは何でも答えてくれる。それなら最初から聞いた方が早いが彼は余り詳しく話したがらないので無理には聞けない。
それより何より自分で学ばなければ身に付かない。
ティアは別に魔女になりたいわけではない。
ただこの魔女に興味があり、この不思議な記述書をすべて読みたかった。
魔女ロヴェリナはどんな思いでこの記述書を記したのだろうか?
十の子供でも読める最初の一文。
その一文がティアの興味を引き、引き込まれる文となった。
<我が愛しき子供達へ。最愛の者を救う最高の術をここに記す>
ロヴェリナという人はどんな人だったのだろう?
先祖なら家系図に載っているものと調べたが居なかった。歴史のどこかに関わっているかもしれないと始祖の時代から調べているがまだ見つかっていない。
ーーーー時間が無さすぎる・・・
ティアは息を洩らす。
結婚より大切なことが沢山ある。やらねばならないこともやりたいことも沢山あるのに時間が無さすぎる。
ティアは記述書を捲る。そしてある一文に目が釘付けになる。
「ーーーーこれは・・・」
魔女の記述書は素晴らしい。本当に困っていると救う術を教えてくれる。
それをすべて解読さえ出来ればそれは無敵の書となる。
「これはゆゆしき事態だわ。何故こんなことになっているのかしら?」
朝、魔術師の塔でジルの報告書を読んだティア姫は言った。
さすがは二番隊の精鋭、彼は仕事も早くティアの知りたい情報を的確に流してくれる。
「・・どうされましたか、姫様?」
「ゾフィー、どうもこうもないわよ。街の件よ。毒の件で隔離三十二名、死亡者五名、重体二十六名、快方一名。何なのよこれ?」
「毒への対処がまだ出来ていないと言うことでしょうか」
「その上にまだ街にその疑いがある病人がいるらしいわよ。街役人はどうする気なのよ?」
「皇子にも報告が入っている筈ですから対処すると思いますが」
「重病の病人は待っちゃくれないわよ。快方一名ってパティーのお母様よね」
「そう思いますが・・・」
「とにかく毒と分かっている重症者にはあの薬使えるでしょう?」
「ですから王の許可が・・・」
「そんなのお兄様にどうにかして貰うわ。何よりも優先すべきは重体者の処置よ。私が街へ降りて薬を届けてくるわ」
「それはいけません」
「一人で外に出てはいけないと言うのでしょう?でも方法はいくらでもあるのよ?何もこそこそ出掛けなくても堂々と出掛ければいいんだから」
「・・・・」
「お兄様にも許可をとってくるわ。反対なんか絶対させない。ちゃんと護衛をつけて出掛けるならゾフィーだって反対はしないでしょう?」
ティアは即座に立ち上がり塔を出た。
第一皇子パラレウスはこのところ頭を悩ませていた。
先日朝、ハリス隊長から苦情が来た。そして夜、ルウド隊長から苦情を長々と言われた。
さらに本日朝、ティア姫が厄介を持ち込んできた。
「何故君はそんな情報を持っているのかな?」
「隠したって無駄よ。火の無い所に煙は上がらないんだから!」
「そんな事は知らなくていいと何度も注意したはずだが?」
「無理よ、もう知っちゃったもの。現状もね」
パラレウスは困った。
ティアにはどう頑張って隠そうとしても彼女が知ろうとすればあっさりばれてしまう。
ティアはその術を持っている。全く手に追えない。
「ティア、知ったからといって君に出来ることはないのだよ?」
「あるわよ!あるから言っているんじゃない!お父様にゾフィーの薬を使う許可を取ってくださればいいのよ!そしたらみんな助かるじゃない!」
「そんな簡単にはいかない。薬は薬師に任せてあるから」
「じゃあ重症者も皆助かるのね?」
「医者も薬師も尽力している。だからこれ以上上の者がとやかく言うべきじゃない」
「じゃあ駄目だったら仕方がないと言うこと?皆手を尽くしたのだからしょうがないって?助ける手だてがあるのにそれに目をつぶって?」
「・・・ティア、君には君の、僕には僕の、彼らには彼らの立場がある。彼らの役目を侵害して信頼関係を損ねるべきではない。僕は命令を下す側の人間なんだ。
君もお姫様ならお姫様の役割を果たすべきだよ」
「・・・私の役割」
「良い国の皇子と結婚して国と国との架け橋になること」
「・・・・・現状を見て見ぬふりはできないわ。それに・・・・」
ティアはぼそりと呟いて部屋を出ていった。
皇子は息を吐く。
ティアが引かない以上また厄介が起きそうだ。
「私はまだ真実をみつけていない」
ティアは一体何を捜しているのだ?
どうも得たいの知れない妹で困ると皇子は悩む。
魔術師の塔へどかどかとやって来たティア姫は魔法使いゾフィーへ堂々と言い放った。
「私は行くわ!誰が反対しようがどうしようが絶対行くからね!」
ゾフィーは怯んだ。姫の護衛で張り付いているルウドも困った様子で姫を見ている。
「毒は消せるの!今すぐに毒消しを飲ませれば皆助かるのよ!とりあえずはあの薬を使うわ!」
「・・・姫、皇子の許可は・・?」
「体面気にして動かない人の言うことなんて聞くものですか!助かる命があるのに助けないなんて最悪よ!もう待てないわ!こっそり街に行って重症者に薬を飲ませてくるわ!」
「・・・・姫・・」
無茶である。だがこの姫は危険すら省みず突き進んでいこうとする。
反対するものがいれば倒してでも先に行く。そこに壁があれば破壊する。
姫が持つ手札が姫に力を与える。
ーー何故こんなことになったのだ?
ルウドもゾフィーも大変困った。
普通のお姫様は部屋で大人しくしているものだ。姫の姉アリシア様のように。
「お待ちなさい、姫」
「何よ、ルウド。止めたって無駄よ?」
「別に止めはいたしませんが、薬を届けるのなら別に姫が行くことはないでしょう?兵に届けさせなさい」
「でも、こっそり飲ませるのよ?簡単にいかないわ」
「騎士隊の兵ならば街の牢へ入り薬を飲ませるのは容易いですよ。街をろくに知らないあなたよりはね?」
「・・・・」
ティアは黙ってルウドを睨む。
「それともあなたは私の部下が信じられないとでも言うのですか?」
「・・・分かったわよ、任せるわよ。ついでに幾つか買い物も頼むわよ」
「・・・・・」
ティアは買い物リストをルウドに渡すとあとはゾフィーに頼み、調剤部屋に籠ってしまった。
「・・・ルウドさん」
「仕方がない。姫には街にだけは出てほしくないんだ。その為の多少の妥協はやむを得まい」
ルウドは買い物リストを見て眉を潜める。
「・・・どこにあるんだこんなもの?」
外の用件は騎士達が果たしてくれるようなのでティアは研究に専念することにした。
材料は外で調達して来てくれるのでいいが問題はまだ解読できていない文書などがあるところだ。
ただちに資料を集めて解読に取りかからねばならない。
ゾフィーの調剤部屋にも本がある。しかしここの本はゾフィーの集めたゾフィー好みの本。一応調剤系の専門書もあるが余り役に立たない。
ロヴェリナの記述書は完全な魔法薬の専門書。だからこそ難しい文書や専門用語がずらずらと並び、素人では到底解読出来ないようになっている。
だがティアは諦めない。そもそも記述書の研究はもうかれこれ六年も続けている。
少しは理解しているつもりなのだ。
だからこそ例の万能薬を見つけた。
「急がなきゃ!時間が足りない!」
バンとドアを開けると廊下にいたゾフィーとルウドと目が合った。
「ーーーー行くわ!」
「・・・姫様、どちらへ・・?」
「調べものをするわ。まず資料集めよ!」
「・・・?」
ゾフィーは困った顔で姫を見送り、ルウドは分からないままに姫に付き従う。
「お兄様!書庫で捜し物をさせていただくわよ!」
突然バンとティアがドアを開け、皇子の書斎に入ってきた。そして無遠慮に捜し物を始めた。
「・・・ルウド・・・」
続いて入ってきたルウドを責めるように見るとルウドは困ったようににが笑う。
「申し訳ございません。たぶん、すぐすむと思いますから・・・」
別にルウドが謝ることでもないが彼は済まなそうに部屋の隅で姫を待つ。
「ティア、何を捜しているんだ?」
「ん、いろいろ」
「・・・・・」
色々ってなんだ?
「・・・ルウド・・」
「私にも分かりかねます」
「ルウドなのに・・・」
「私だからと言って姫の全てを知っているわけではありません」
「そうなのか・・・?」
幼い頃より実の兄より慕っている彼にはティアは秘密一つもないものと思っていた。
それは結構意外だ。
すると捜し物に集中していたティアが突然怒り出す。
「お兄様のばか!何考えているのよ!ルウドが私の全てを知っているわけ無いでしょう?いやらしい想像しないでよ!」
「・・・いや、そういう意味ではないが。君こそ何考えているんだ?」
言い返したらギロリと睨まれた。お姫様なのにこれでいいのかと時々疑問に思う。
「もう、いいわよ。お兄様、何冊か借りていくわよ」
そして慌ただしく出ていった。
ティア姫が次に訪れたのはアリシア姫の部屋だった。
アリシア姫は相変わらず部屋でのんびり過ごしている。
「あらティア、どうしたの?ルウド付きで」
退屈をまぎらわせるものが来てアリシア姫は嬉しそうだ。
「相変わらずねお姉さま、よく飽きないものね」
アリシア姫は一日のほとんどを部屋で過ごす。勉強や趣味の読書など。
もちろんお客様の相手や婚約者との逢瀬もある。
「あなたが全く懲りないのと同じね」
クスクスと笑うアリシア姫にティア姫は憮然とする。
「・・まあとにかく、お姉さまの書庫で捜し物をさせていただくわ」
「いいわよ、あなたの望むものがあるのかは分からないけど。あ、でも何冊かおすすめの本を貸してあげる。読んでみると面白いのよ?騙されたと思って読んでみて?」
「・・・・」
アリシア姫のお勧めの本とは恐らく殆どバリバリのロマンス小説。
笑える前にティアは眠くなる。
「・・・私よりルウドの方が楽しく読んでくれそうよ?そうね、先にルウドに貸してあげる」
ティアはそそくさと隣室の書庫へ入っていった。
残されたルウドは不満そうに書庫に繋がるドアを見る。
ロマンス小説などルウドだって興味ない。
「ルウド、ティアを待つならここに座って。そんなところに立っていないで。私の書庫は広いから時間がかかるわよ?お茶でもどうぞ」
「申し訳ない、有り難うございます」
ルウドは大人しく座り、アリシア姫にお茶をいれてもらう。
「これお勧めの本よ。あなたが読んだ後でいいからティアにも読ませてあげてね?」
「はい」
ルウドは目の前の二冊の本の表紙をじっと見る。
本自体余り読むのは得意じゃない。ロマンス小説なら子供の方が好きではないだろうか?
ルウドはこの本をパティーに押し付けることを思い付いた。
その間アリシア姫はルウドの向かいの椅子に座り、興味深くじろじろとルウドを眺める。
「・・・なんです・・?」
「丁度良い機会だから是非聞かせて貰うわ。ルウド、ティアとどこまでいっているの?」
「・・・どこもいっていません」
アリシア姫は残念そうにルウドを見つめる。
「固いわね、ダメよそれじゃあ。お父様が大変心配しているところだけど、欲しければ今のうちに奪い取っておくべきよ?私はあなたとティアの味方だからね。
お父様があなたとティアを離そうと画策しだす前にけして離れられないように契りを結んでおくべきだわ」
固いルウドもアリシア姫の爆弾発言に顔色が変わった。
「ーーーーーななななな、何言っているんですかっ!そんなこと出来るわけ無いでしょう?大体そんな仲ではありません!変なこと言わないで下さい!私はただの騎士です!姫を守る立場の私にそんなことする資格がありますかっ!無茶言わないで下さい!ティア様は、お姫様らしくどこかの国の皇子様と結婚してこそ幸せになれるんですっ!」
「ーーーーへえ・・・」
アリシア姫が呆れたようにルウドを見ている。
「あれだけティアを愛しておいて、今さら途中で手放すなんて本当に出来るのかしら?」
「ーーーーーっ、あああ、アリシア様はっ、少しロマンス小説の読みすぎでは無いですかっ?私がティア様を・・・何てあり得ないでしょう?ななななな、なぜその様な妄想を膨らませるのですかっ!ありえないっ!やめてくださいっ!」
「そう?でも余りに痩せ我慢が過ぎるとふとした時にプツリと箍が切れて感情が押さえきれなくなって一気に・・・何てことがあるかもよ?」
「ななななな、何言っているのですかっ・・」
ルウドは真っ赤になって首を横に振り続ける。
「あり得ない妄想はやめてくださいっ!」
「・・・・私の妹なのに、そんなに魅力無いのかしら?」
「・・・・・」
「お姫様だからってどこかの皇子と結婚するのが幸せって訳ではないわ。あの子は自分で幸せを見つけていく子だもの。あの子の幸せがどこにあるかなんて本当はあなただって知っているはずでしょう?」
「ーーーーそれでも、あり得ません。素性の知れない私ごときがティア様を愛するなど・・」
アリシア姫にさんざん遊ばれながら待っているとしばらくしてティア姫が出てきた。
なんだか元気をなくしていたが目当ての本を幾つか持っていた。
「一度部屋に戻られますか?この本を置いていかなければ」
「そうね、これを置いてからまだお父様のお部屋とお母様のお部屋と、一応ミザリーお姉さまの部屋にも行くから」
それなりに分厚い十冊の本は重い。二人でわけて持って、ティア姫の部屋のテーブルに置いて息をついた。
「しかしこの辞典、教材、歴史書。何を調べるのですか?全く予想つきませんが」
「良いのよ、知らなくて。ルウドなんかに教えてあげない」
「・・・何か機嫌悪いですか?私何かしましたか?」
「ーーーーそうね、何もしてないわ」
ティア姫が冷ややかに言い、部屋を出て王の私室へ向かう。
ルウドは怪訝そうについていく。
空気が悪い。なんだか部屋の温度が下がったようだ。
ティア姫は王の執務室にある書庫で目当ての本を捜している。ルウドは部屋の隅で待っていた。
王は執務をしていたが姫が来たので手を休めてソファーに座り、お茶を飲む。
「・・・・・」
ティアは無言で書庫をあさっている。ルウドは無言で立っている。
二人とも無言なのに部屋の空気が嫌に冷ややかなのは二人のせいだと分かる。
王はゴホンと咳払いしてルウドに目を向ける。
「・・・ルウド、体はもういいのか?」
「はい、お陰さまで。もうあのようなことは無いよう気を付けます」
「ああそうだな。騎士隊は大変なのだから体に気を付けねば」
「肝に命じます」
「・・・ティアも勉強家なのは良いがほどほどにな?疲れは肌の大敵だぞ?」
「そうですね」
「・・・・・」
気のせいか声色までも冷たく感じる。
なんだか寒くて王は温かい紅茶を口に含む。
「・・・ルウドもどうだ?」
「いいえ、アリシア様のところで頂きましたので」
「・・・・・」
寒い。何なのだ?この二人は?また喧嘩したのか?
いつもいつも懲りない二人である。
しかし余り仲が良いのも王としては不安なのでこれでいいかもしれない。
そもそも嫁入り前の姫を、姫が想っている男の前に差し出していること自体不安で仕方がないのだが今更それを言っても仕方がない。
いつでもどうぞ、という状況をルウドが耐えてくれることを祈るしかない。
「そういえばお父様」
「うん、何だ?」
ティア姫がじっと見てくる。
「ルウドのお父様と友人だったのですよね?」
「・・ああ、そうだよ」
「ならルウドのご両親の事、知っているのよね?」
「・・・え・・?まあ少しは・・」
王は更に寒くなった。何故姫はそんなことを聞くのだ?
「知っているなら教えてよ?」
「・・・え?何故そんなことを聞くんだい?ルウドの父親は庭師だと知っているだろう?」
「お母様は?私見たこと無いけど」
「お前が生まれた頃に亡くなっているからな」
「どんな方だったの?」
「ええと、ルウド同じ銀髪の、とても美しい人だった」
「どこの国の方?」
「・・・それは知らない。姫、その話はもうやめなさい。姫には関わり無い話だ」
「でもルウドには関わりあるでしょう?」
見るとルウドが深刻な顔でじっとこちらを見ていた。
王はなんだか頭痛がしてきた。
「もうそれ以上は知らない。姫よ、そんなことを聞いてどうするのだ?なにか変わることがあるのか?」
「だってルウドが!素性が分からなければ嫁も取れないって!」
「・・・・・」
「・・・ティア様、私そんな事言っていませんから」
「・・・・」
ティア姫がルウドを睨む。
空気が更に冷え、緊張感が辺りを支配し、王は嫌な汗が流れる。
「・・・姫さえ片付いたら私だって普通に結婚しますよ。普通の相手と」
「・・・私じゃどうしてもダメって訳ね・・」
ティア姫は持っていた数冊の本を投げつけて部屋を出ていった。
ルウドは投げつけられた本を手に持って部屋を出ようとドアに向かう。
「・・・陛下、いつかその話、私には聞かせて下さるのですか?」
「・・・いいや、必要ないからな」
「・・・・・」
今現在、ルウドの父母の素性を知るものは恐らく王しかいない。その彼が話す気がないのならやはり秘密は永遠となる。
突然やって来たティアはいきなりミザリー姫のおやつをやけ食いし始めた。
「ティア!ああああっ、私のおやつううう!後で食べようと楽しみに取っておいたのにいいいっ!」
「何よっ!どうせまたどこからか出してくるんでしょ!出しなさいよっ!全部食べてやるっ!食いつくしてブクブクに太って嫁になんか行けない醜い体になってやるっ!」
「ティア!そんな無茶な!数時間でそんなに太らないわよ!お腹壊すわよ!」
「知るものですかああああっ!もっと出しなさいよっ!おかわりっ!」
「何よおっ!やけ食い?また喧嘩したのね件の彼と。今度はなんと言われたのよおお・・」
「私なんかと結婚できないって!相手にならないって!絶対あり得ないことだって!」
ティアはおやつを頬張りながら涙を流す。
いくらミザリーでも件の彼の言葉がどれだけ彼女を傷つけたかくらい分かる。
ミザリーだってそんなのは耐えられない。
ミザリーはティアの背をさすりながら優しく言う。
「辛いならもうやめたら?あなたなら良いお相手がいくらでも見つかるわよ?」
「いや、他になんて考えられない」
「彼を諦めれば楽になれるわ。きっと別の相手があなたを幸せにしてくれる。あなたの傷を癒してくれる」
「ルウドでなければ意味がないわ。ルウドしかいらない」
「・・・・・」
実のところミザリーにはあの男のどこが良いのか未だにさっぱりわからない。
冷たいし、口うるさいし、顔が怖い。
あの男に会って最初からなつく人間などそうそういない。
いつも傷つけられているティアが何故未だにあの男が良いというのか理解できない。
ミザリーにはそれ以上かける言葉がなかった。
ティアが諦められないならどうしようもない。
結局ティアは部屋にあるおやつをすべて食いつくし、泣き終えてから出ていった。
一体何をしに来たのか謎だった。
王妃ロゼリアは部屋で刺繍をしていた。
するとティア姫がやって来た。
「失礼しますわお母様、私資料を捜していますの。書庫を捜させてください」
「いいわよ、ティア」
王妃は微笑む。
ティアはなかなか王妃の部屋には来ない。珍しくもやって来た姫はなぜか目の下が腫れていた。またどこかで泣いていたのだろうか?
「ティア、またルウドと喧嘩したの?」
「・・・いいえ、喧嘩じゃないわ」
「じゃあどうしたの?一人で悩んでいないで聞かせてちょうだい?」
昔からティアは王妃に遠慮する。部屋にもなかなか近づかない。
原因は分かっているが王妃には寂しいことだ。
ティアは仕方なく本を捜すのをやめて王妃の向かいにある椅子に座る。
「・・・ルウドが、私との結婚はあり得ないって。私なんか相手にならないって。分かっているけど・・・知ってるけど・・・、聞きたくなかった・・・」
「まあ・・・」
傷ついた姫を痛ましそうに王妃は見る。
「身分とか、立場を考えて言ったのね」
「・・・あんなに否定することないじゃない」
「そうねえ・・・」
王妃は言葉に窮した。
そもそもティアはルウドに全く愛されていないと思っているが、王妃から見れば目に入れても痛くないほどルウドはティアを愛しているようにしか見えない。
口でなんと言おうとも行動の全てがティアを愛していると言っているようにしか見えない。
ティアは知らない。しかし周囲の人間でそれを知らないものはなかなかいない。
王妃は姫の横に座り、髪を撫でる。
「ティア、彼を諦めるの?」
「諦めないわ」
繊細で真っ直ぐで可愛い三番目の娘。
姫が幼い頃にうっかり病気になってしまったせいで姫との時間をルウドに渡してしまった。
仕方がなかったとはいえその空白の時間を何度も後悔した。
ティア姫を取り戻した頃には既に姫の心はルウド一色だった。
母に会えたことよりルウドに会いたいと泣かれたときが一番悔しかった。
「ルウドを、そんなに愛しているの?彼がどんなものでも?」
「愛しているわ」
全身全霊で彼を愛している。そんな姫に何を言えようか。
「・・・お母様、彼がどんなものでも、ってどういう意味?ルウドの事、何か知ってる?」
「いいえ、知らないわ」
「ほんとうに?」
「ええ、知らないのは本当よ」
王妃はにこやかに言う。心当たりがあったとて子供たちにはけして話すことはないだろう。
王妃の書庫から何冊か本を借りて部屋に戻るとルウドが待っていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・ルウド、私調べものするから、部屋を出ていても良いのよ?」
「私は護衛ですよ。姫の側を離れません」
「じゃあルウドの好きなロマンス小説でも読んでいることね。これで少しは女心を勉強すると良いわ」
「・・・・・」
困惑顔のルウドは黙って本を手にとり、椅子に座る。
黙って本を開き、ページを捲る。
「・・・・?」
なんだか様子の違うルウドに不審を覚えながらもティアも調べものに集中する。
集中しだすと傍のルウドの事など吹き飛んでただ欲しい文字だけを追い捜す。
夏の朝、少しの暑さと涼しさを感じながらティア姫と二人静かに勉強する。
平和で穏やかなひととき。こんな日があるのも良い。
このところバタバタしていたし、ルウドは病み上がりだ。
疲れも相まって気だるい身体を休めてただ本を読むのに集中するのも一時の休息となる。
本など滅多に読まない上に恋愛小説。
文字を目で追っているだけで眠くなった。
「ーーーーあきれた・・・」
寝息が聞こえて顔を上げるとルウドが眠っていた。
本を読み始めて数分もたっていない。
ティアはルウドに毛布をかける。
どうやらロマンス小説は合わなかったらしい。ルウドも眠くなる口のようだ。
今は冷ややかな青い目もぞんざいな口も閉じられている。
「ルウド、愛してる・・・」
ルウドの唇に口づける。
眠っている時にしか出来ないのが悲しい。
彼がその唇で愛の言葉を囁いて、ティアに口づけてくれる時は本当に来ないのだろうか?
ティアはルウドが持っている本を取る。本が開いてその中の文字が見える。
「ーーーーーえ?」
文字の中に知っている名を目にした。
ティアはペラペラと本を捲る。
これはただの空想の世界であるロマンス小説。
本当であるはずがない、名前の一致はただの偶然だ。
だがそれでもティアは本を食い入るように見つめる。
閉じることは出来なかった。
{破滅の王を愛した魔女ロヴェリナは王と共にどこまでもその熱い刃で国を切り刻み続けました}
それは破壊の王を倒し、国を救う勇者の物語。
その国は鉱物を資源として成り立っていた。
鉱物とは金、銀、銅、鉄、更には世界一硬いと言われるその国特産の石まで。
鉱物はあらゆる武器の材料となる。
他国はその国を欲し、付け狙い、利用する。
長きにわたりその国を守り続けた王は疲れていた。
「あんな物があるから人の欲が増す。あんな物があるから戦が絶えぬ。あんな物があるから永遠に悩みが消えぬ」
すべてを無に帰してしまえば連綿と続いたこの柵から逃れられる。
王は自らの苦しみから逃れるために決意した。
ーーーーこの国のすべてを壊す。
強固な彼の意思は誰の言葉も通さず、そして煉獄の時代が始まる。
勇者は数年前、国を捨てた。
何故なら勇者は戦を嫌い、その戦の元凶となる凶悪な武器を造る国を憎んでいたから。
だが今、勇者は国へ戻ろうとしていた。
王が国を壊し、暴れているとの噂を聞いた。
ーーーあの王が?まさか?なぜ?
分からないから真実を確かめに生国へと帰還する。
国は酷い有り様だった。
国境を越えるとすぐにその有り様を見ることが出来た。
王が他国との交易をことごとく禁止し、武器、防具はおろか、薬品、食料、衣料、民の生活に必要なものすべてを途絶えさせた。
国境には警備隊が配置され、国の者全ては国を出ること叶わず、入国した他国人すら出ることは難しくなった。
そして勇者が国の内部へ入れば入るほど、恐ろしい噂を耳にする。
王が夜狩りと称して村や街を毎夜滅ぼしている。暁の魔女を使い、技術者達を焼き払っている。
城に近付き噂を耳にする度に勇者は泣きたくなる。
ーーーーそんな人たちではない!
国中の民にそう叫びたかった。
勇者にとっての王は優しくて強くて憧れだった。勇者にとっての魔女はいつも幸せそうに笑っていて、とても美しい賢者であり、尊敬していた。
何もかも信じられない。
そして勇者は城に入り、その真実を目にする。
目にした途端勇者は遅すぎたと思った。
「・・・あら、遅かったわね」
魔女ロヴェリナは相変わらず悠然と微笑む。
だがその手には一振りの剣。剣先に伝う鮮血が床に落ち、絨毯に染み込む。
「・・・何故・・?」
その傍らに倒れている王は既に息絶えていた。
「・・・彼は疲れていたの。もう許してあげて・・?」
「・・ロヴェリナ・・?」
「ごめんね、私には何も出来なかった。無力で、彼の苦しみを取り除くことも、救うことも出来なかった・・・」
「・・・分からない。どういうことだ?」
王は強かった。苦悩など微塵も感じさせなかった。
「人は弱い生き物よ。そして彼は優しすぎた。いつも、たった一人ですべてを抱え込んで王であり続けようとした。すべての罪を背負って彼は逝こうとした」
ロヴェリナは剣を捨てる。彼を貫いた、最上の国宝。
そして動かない王を抱える。
「・・・彼を愛しているわ。一人でなんて逝かせない。私は彼の望みを叶えてから、共に逝くわ」
「ロヴェリナ!」
ロヴェリナは呪を唱え、魔法を発動させる。
王と魔女の周囲に光と風が舞う。
何が起こるか本能的に悟った勇者は二人に近づくことも出来ずに必死で叫ぶ。
「ーーーーやめろ!やめてくれ!頼むからやめてくれ!」
「ごめんなさい。貴方には後の苦難を背負わせてしまうけど、でも、それでも貴方の思うように生きて。貴方の思うように後処理をしてください」
「ーーーー嫌だ!やめろ!私を残していかないでくれ!何でだ!分からない!ロヴェリナ!ロヴェリナ!」
二人を取り囲むように眩い光が床から天井へと走り、瞬間二人の姿が光に消える。
「ーーーー父上!・・・母上・・・!」
誰も居なくなった部屋で勇者はただ一人、崩れ落ちる。
ーーー遅かった・・・何もかも・・。
何も分からないうちに、勇者は一人ぼっちになった。
その後、王を貫いた宝剣を持った勇者が人々の前に現れたとき、人々は煉獄の終焉を知り、勇者を褒め称えた。
そして勇者は生まれ変わる国の礎として、王となる。
王となってから、父王と魔女の最後の望みを知った。
鉱物の国であった筈のこの国から、鉱物が綺麗さっぱり消えていた。
消えるわけがない。どこかにあるはず。
人々が躍起になって捜したが結局一欠片も見つからなかった。
それが魔女ロヴェリナが己の命の全てを使い、全身全霊を持って行った最大最強の魔法だと言われている。
{そして王となった勇者は国に長く賢治をしいて、戦のない平和な世界を創り、賢帝と呼ばれながら人の世を去る。
国を滅ぼさんとした破滅の王と魔女ロヴェリナはその後もあしき道標として歴史の中に名を連ね、長い時の中で埋もれ忘れ去られていった}
称賛を浴びた勇者は幸せだったのか?
王に付いていった魔女は幸せだったのか?
それは誰も知らない。どこにも書かれていない。
ただ、悲しかった。どうしようもなく切ない感情がティアを支配する。
「ーーーー酷い・・・!」
これはただの物語。空想の産物。
真実ではないと分かっている。だが、それでも酷い。
この名は偶然の産物かもしれない。だけど、よりにもよって魔女ロヴェリナの名を悪しき者として使い、こんな悲しい物語を造り出すなんて。
「ーーーー許せない・・・!」
ティアは悔しくて涙が止まらない。
こんなのは真実じゃない。どこかの作家が造り出した妄想だ。
こんなのは嘘だ、いい加減なことを書くなとその作家を吊し上げてやりたいがティアも真実を知らない。
知らなければ何も言えない。
<ロヴェリナの記述書>
書かれている筈の真実がティアの手元にある。
力がなくてティアにはまだそれを解読できない。
うっかり寝入ってしまった。目覚めて慌てて身体を起こすとすぐ傍の足元にティア姫がいた。
姫は身動きもせずにじっと本を読んでいた。
「・・・・」
見ると自分の手に本がない。では姫が持っているのがそれだろう。
ーーーーティア姫が、ロマンス小説を食い入るように読んでいる。
「・・・ひ、姫様・・?」
そして何故か、ボロボロと泣き出した。
ルウドは硬直したまま動揺する。状況がよく分からない。
ーーーーティア姫が、ロマンス小説を読んで泣いている・・?
いつもその手の本には目もくれない姫が?一体何が起こったのか?
「ティア様?」
「ーーーー許せないわ、こんなの・・・」
姫はスッと立ち上がり、本を持ってバンとドアを開けて出ていった。
一瞬呆けたルウドも慌てて後を追う。
のんびり静かに午後のひとときを過ごしているとどこからか慌ただしい足音がして、案の定ティアがバンと騒々しくドアを開けて入ってきた。
アリシアは眠気が一気に吹き飛んだ。
「お姉さま!この本は何なの?」
何故かティアが怒っている。しかし目は赤い。
「もう読んだの?すごい、やるじゃないティア」
ロマンス小説など眠くなるとティアが普段から言っているのを知っていて貸したのだ。
まさかすぐに読んで持ってくるとは思わなかった。
「読んだわよ。なんなのよこれ!酷い絵空事じゃない!」
「・・・・ティア、ロマンス小説ってそういうものよ?でもそれはあなたでも読みやすい物語だと思ったのだけど?」
「問題はそこじゃないわ!絵空事の物語に実在した人物の名前があるってことよ!しかも悪し様に書かれているのよ!」
「・・・ええ?私も読んだけど全然知らないわ?」
ティアはアリシアの前に本を広げて出し、指差す。
「ーーー魔女ロヴェリナ。彼女は間違いなくこの城に、居たのよ!それを証明するものがあるの!」
「えええ?そうなの?すごいわね。でもどうして?」
「知らないわ。それに知っているのは名前だけ。だからこの物語も嘘っぱちよ。ここに書かれている名も偶然かもしれないわ」
アリシアは柔らかく微笑む。
「偶然でしょう?この本の作者は他国人よ?この名を知るわけがないもの。なのにどうしてティアはそんなに怒っているの?」
「許せないわ!例え嘘でもこの名を使って悪し様に本を書いて!世界中に流れているのでしょうこれは?」
「おそらく。だから?」
「・・・お姉さま、ご自分の身内と同じ名の者が嘘っぱちでもこんな悪し様に書かれて世界中に流されたら腹が立たないの?真実ではない話をいい加減に書かれて悔しくないの?」
「・・・それはどうかしら・・?」
「もしこの方が私達の遠いご先祖様だったとしても?」
「それは、いやねえ。真実を公表して汚名を晴らしたいかしら」
「それよ!そういうことよ!そうしなければならないわ!」
だから何なのだ、とアリシアはティアをじっと見た。
ティアはアリシアをじっと見据える。
「真実は私が見つけて見せる。だからお姉さま、この本がどこから来たのか教えてちょうだい」
特に反対する理由もなかったのでアリシアは正直に教えた。
<フレデリック=ネオ 年齢性別不詳 出身ロレイア王国
王国歴五百十六年初版発行 代表作「勇者ディーンの栄光」 同年「勇者と暁の魔女」発行>
「覚えておくわ。絶対に許さないから」
部屋に戻ったティアは呟き、調べ物に集中する。
ルウドも黙って椅子に座り本を取る。
ーーー魔女ロヴェリナ。
ティア姫が何故か怒り狂っていたが理由は分からない。
・・・・しかし・・?
ルウドは今度こそちゃんと本を読もうとページを捲る。
真剣に読み続けているうちにどこか部分的に違和感を覚える。
昔、どこかで、これと違う物語を聞いたことがあるような気がする。
だがただそんな気がしただけなのでルウドはそれ以上考えなかった。
ーーーー静かだ。とても静かだ。
それと言うもの現在、ティア姫とルウドが仲良く部屋で勉強中だからだろう。
いつもは雑談すらせず気を張っている警備隊達も姫が城内なので少しばかり気を抜いて雑談などしている。
他国のお客様などがいる庭園、薔薇園、ホールなどの警備隊達もあの二人がいない平和で穏やかな空間を満喫しているようだ。
この平和がいつ消し飛ぶか分からない。そしてあとあとどんな弊害が起こるのか、想像もつかない。
だが今、彼らは考えないよう努める。この平和な時間がもったいない。
静かで穏やかな夏の朝。
魔法使いゾフィーも気分転換で森へ行く。
湖のほとりに座り、持ってきた釣りざおを出し、釣りをする。
木々に囲まれた森は暗くて涼しい。
幽霊が出ると噂の森には滅多に人は近づかないがゾフィーにとっては都合が良かった。
鳥や獣の声しか聞こえない森はとても癒される。
釣竿を垂らしながらのんびり森を満喫する。
いつも余裕のない騎士達にもこの様な空間があると良い。以前教えたがいわくつきと言われる森にはなかなか近付きたがらないようだ。
知っていても余り構わないものも若干一名いたが。
ゾフィーは引っ掛かった魚を湖に放す。
一応釣りだが釣れても魚は取らない。そもそも食べない。
ポチャン、と魚が水に飛びこみ波紋が起こる。
「・・・・・」
ゾフィーの後ろからクスクス笑う声が聞こえる。
ゾフィーは嫌な顔をしてゆっくり後ろを見る。
木陰には金髪の女性が佇んでいる。何が楽しいのか知らないがこちらを見て微笑んでいる。
「何なのですか一体?」
「あら冷たい、久しぶりなのに・・・」
そろそろと近づいてくる彼女の姿は透明で、後ろが透けて見える。
「・・・あの場所から出てこないようにとあれほどお願いしたのにも関わらず」
「だって退屈なんですもの。封印が解けて出られるようになったらそれは出るわよ勿論」
「大変迷惑なんですが。あなたのお陰で幽霊城だと言う噂まで蔓延していますし」
「・・えええ?お城の噂なんてそんなものよ?どこにでもあるわよ、気にすることないわ」
「あなたが大人しく封印の間にいらしてくだされば噂は噂のままなんですが?」
「目が覚めちゃったのよ?封印が解けたから。誰のせいだったかしら?」
「・・・・・」
ゾフィーのせいである。
王宮の地下に隠されていた封印の間。元々魔法使いが封印した部屋なので封印を解く鍵は魔法使いでなければ持たない。
そもそもこの王宮にそんなものがあるなど、誰一人知らなかった。
封印は六年ほど前、偶然ティア姫が解いてしまった。
原因はゾフィーの魔法。この城に住まう契約の証としてティア姫に祝福と保護魔法をかけた。
その際ティアに移ったゾフィーの魔法があっさりと鍵を開けてしまったのだ。
「目が覚めてからずっとあの狭い部屋に閉じ込められっぱなしなんて、折角目覚めた意味がないでしょう?あの可愛らしいお姫様と一緒に色々なものを見たいわ」
困る。だからゾフィーは封印を戻す術を捜しているのだが未だに見つからない。
「・・・あなた幽霊なんですから。今の人たちの妨げになるような事はやめていただきたい」
「邪魔なんてしないわ。見守っているだけよ」
嬉しそうにゾフィーを見つめ、微笑む瞳は湖よりも深い青。
重い歴史を背負っている筈の幽霊さんは妙に明るくて軽い。
「幽霊なんだから何も出来はしないし・・・」
全くその通りだ。ならば何故あんな封印を施して今現れた?
聞きたかったが何だか怖いので聞かないでいた。
「もう六年たつのね。あの二人を見ているのが楽しくて、時間も忘れてしまうわ。なにか切ない恋物語を見ているよう。昔を思い出して笑ってしまうわ。
あの二人、これからどうなるのかしら?ああ楽しみ!」
やめてくれ、とゾフィーは思う。
何故幽霊に娯楽の対象にされなければならないのだ?当事者二人が知ったらさぞ心外に思うだろう。
「・・・あのですね、私も一応曲がりなりにも魔法使いの端くれです。今は契約の為薬品類しか造りませんが。私でも出来ることがあると思います。あなたの望みを言ってくだされば」
「まあ、それって早く成仏して消えてくれって事?私幽霊なのにそんなにお邪魔かしら?」
「そんなこと言ってません!そうではなくて、ですね・・?」
慌てるゾフィーを楽しげに見つめて彼女は微笑む。
「安心してゾフィー。別に恨み辛みで現れた訳じゃないわ。ただちょっと、少し、どうしても確かめたい事があったから。眠るときは自分の意思で眠るから安心して」
「・・ロヴェリナ様・・・・」
世界最強にして、最凶と呼ばれた魔女。
最悪の歴史に名を連ね、いつか埋もれて消えた人。
伝承、伝説、おとぎ話、物語、空想、妄想、虚言。
長い時を得て、凶相の魔女は空想の産物となる。
しかし、魔女の一族はけして忘れることはない。
悪しき汚名を着せられて、世界から追われて酷い目に遭わされ、苦しめられた一族なのだから。
風がざわめき、木の葉が揺れる。
「お姫様には何も言っていないのね?」
「必要ないでしょう?あれは知るべきものではない」
「お姫様はすごくやる気だけどね」
「冗談ではないですよ、断固阻止します」
「・・・大切なものを守るには力も必要だと思うけど?」
「お姫様には必要な力ではありません」
「そう・・・」
魔女は何故か残念そうだ。
「まあいいけど、あの子がここにいるなら何も問題はないものね?」
そう呟き魔女は消える。
いつでも自由自在に出没出来るのが嫌だ。どこで見られているか分かったものじゃない。
「・・・・」
ゾフィーは空を見上げる。木々の間から差し込む光が眩い。
ーーー魔女ロヴェリナ。
六年前いきなりゾフィーの前に現れた。
魔女の望みも目的も分からないまま。
彼女は何故かこの城を楽しそうにうろつき回って未だにいる。
まさか幽霊が彼女だとはゾフィーは誰にも言えない。
原因が自分なだけに言えるはずもなかった。
<八話終了 九話へ続く>