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意地悪姫の反乱  作者: 相葉さとり
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第五話 幻の秘薬と奇跡の姫




 お城には様々な噂がある。


<マルスの王城には夜な夜な魔女が実験台を求めてさ迷い歩く>


<王国の姫様は恐ろしい秘薬を操り人を呪い殺す>


<城の庭から夜な夜なすすり泣く声が聞こえる>


<最近夜中になると湖から水音が聞こえるが確認しても誰もいない>


<不気味な魔法使いが昼夜問わず城中を徘徊している>


 それはお城に勤める者達から流される噂なので信憑性が高いが街中に広まるまでに不気味な尾ひれがつきまくり、何が真実なのか分からなくなっている。

 だが噂の中にも真実はある。出なければ噂は出ない。


「・・・魔法使い・・魔女・・」


 会いたい。どうしてもあって縋らなければ。

 噂はともかく実際には優しい人達であることを心底祈る。

 もう他に拠り所とするものがない。だから、どうか。






 あの舞踏会から数日、ティア姫は機嫌が良かった。

 何か憑き物が取れたようにスッキリしている。

 あれだけ泣いていたのにルウドが優しいと言うだけでここまで変われるものなのかとゾフィーは呆れる。

 彼女は複雑そうに見えて案外単純に出来ているのかもしれない。

 全く謎の生き物だとゾフィーは思う。

 そして謎の生き物と言えばもう一人。

何故暑くもないのに冷たい湖で毎夜泳ぐのか?

 意味が分からない。そして彼は熱を出して倒れた。普通の人間なら当たり前の結果である。理解不能だった。


「ところで姫様、例の薬ですが、まだお持ちで?」


「持っているわよ?」


「使われないなら返してください」


「・・・どうして?」


「薬品の管理は私の仕事ですよ。ここでしか造れないような薬ばかりですから他に出回っては大変なのです」


「・・・・」


 姫は困ったようにゾフィーを見る。どうやらまだ悩みがあるようだ。


「姫様、彼に薬は使えないのでしょう?」


「ルウドの心は私にはないわ。私、夢は見たい。だって一生叶わない夢だもの。でもまだ夢を見る勇気はないの。だってあとが怖いもの・・・」


「・・・では使用時期が来たらお返し致しますから一度返してください」


「わかったわ・・」


 ゾフィーは沈んでしまった姫を見てかける言葉もなく困ってしまった。


 白薔薇姫がどれだけ庭師を愛しても彼はずっと気づかない。

 庭師は本当に白薔薇の愛に気づいていないのだろうか?






「ルウド、ホント困るよ、人手がないこの時期に」


「済まない、部下は全員預けるから」


「ルウドでないとダメな仕事一杯あるって分かってる?」


「・・・済まない、明日までには治すから」


「隊長の自覚もってよ本当に。庭師だけが仕事じゃないんだから」


「悪かった・・・」


 高熱で寝込んでいるルウドに散々愚痴ったあと、ハリスはルウドの部屋を出る。

 元々見舞いに来たのだが自分から湖に飛び込んで風邪を引いたと聞かされれば文句の一つも言いたくなる。

 何故そんなことをしたのかと問い詰めても彼は何も言わなかった。

 全く意味が分からない。そういえば彼が湖に飛び込んだのはあのパーティの後だ。

 とするとまたティア姫と何かあったのだろうか?

 ーーー全く困ったものだ。どうして普通に仲良く出来ないのだあの二人は。

 ハリスは自然溜め息が洩れる。

 歯がゆいのは何もできずに見ていることしか出来ない自分だ。


 ハリスは庭園の方へ向かう。城門から城の周囲の警備は元々二番隊の管轄だが隊長のルウドが倒れたのでハリスはこちらの警備まで請け負わされた。

 仕方がないが最近働きすぎだとハリスは思う。

 ハリスは庭園に異常がないかを確認する。

 特に何もない、いつもの普通の光景。ティア姫が意地悪をしていないとこんなにも庭は平和だ。

 その平和がルウドの挙動に掛かっていると思うと複雑なものがあるが。

 ハリスは部下の報告を受けながら庭園の周りをゆっくり進む。

 すると突如、なにかが植え込みから飛び出してきた。動物か、と一瞬思ったがそれが人の形をしていたので咎めようとして言葉を飲み込む。

 ーーー子供だ・・・?

 見たところ十歳前後の男の子。城にも子供は何人かいるがこの子供は明らかに城の子供ではない。

 客人の子供でもない、街の貧民層の子供だ。


「ーーー君!待ちなさい!」


 子供は素早く逃げた。人々の間をすり抜け薔薇園の方へ。


「ーーー侵入者だ!その子供を捕まえろ!」


 警備隊も周囲の客たちも泡立つ。バタバタと庭園が混乱した。





「・・・つまんない・・」


 ティアは薔薇園で一人呟く。

 病気で倒れたルウドの見舞いに行ったのだが、移ってはいけないと部屋にすら入れてもらえなかった。仕方がないので花だけ置いてティアは引き返した。

 何も出来ないのでせめてルウドが気にしているであろう薔薇園で薔薇の手入れをすることにした。

 明るく晴れやかな空の下、穏やかな薔薇園で作業に集中していると何処からか騒ぐ声が聞こえる。


「そっち行ったぞ囲め!」


「早く捕らえろ!」


「くそっ、素早いやつめ!」


「どこへ逃げた!」


「・・・・・」


 うるさい。人が気分良く作業しているのに。

 ティア姫は非常に気分を害し、護衛の兵にクレームをつける。

 姫の護衛は現在、やはり五名の騎士がついている。当然ハリスの差し金だが、ティアの所業の復讐を企むものもいるかもしれないと言われてしまったら黙って受け入れるしかない。


 彼らはティアを囲むようにバラバラに周辺に配置されている。


「ちょっと!庭園が煩いわよ、何事なのか見てきなさい」


「出来ません、我々は姫様の護衛ですから」


「少しくらい離れたって大丈夫でしょう?」


「ただの一時も目を離してはいけないと強く言われております」


「何が起こっているのか気にならないわけ?」


「庭園にも警備は十分に配置されているのです。彼らに任せておけば問題ありません」


「・・・あなた、二番隊?」


「そうですが?」


「・・・そう」


 ティアは渋々作業に戻る。

 部下は上官に習うものである。三番隊は迂闊なのが多いが二番隊は頭が固く融通の聞かないのが多い。

 それを分かった上でこの配置を決めたならハリスはやはり油断ならないくせ者だ。

 一人でブツブツ言っているとさらに声が近づいてきた。薔薇園をバタバタ駆けずり回る足音がする。


「ちょっと!うるさいわよ!何しているのよっ!」


「すすすす、すいません!侵入者が・・、すぐ捕らえます!」


「侵入者?」


「意外に素早くて、すぐに捕らえます!」


 警備兵は慌てて走っていった。

 一体何を追っているのか?動物だろうか?

 動物くらいで何をやっているのだ?


 薔薇園の周囲を見回すとバタバタと警備が走り回っている。


「ちょっと!いい加減に・・・!」


 薔薇の隙間から現れた子供と目があった。


「・・・・・」


「・・・・・」


「・・ちょっと、薔薇の枝を荒らさないでよ。薔薇園は遊び場じゃないのよ?」


「・・・、ええと、ご免なさい。遊んでいる訳じゃないんだけど・・・」


「どうでもいいわ、とっとと薔薇園から出ていきなさいよ」


 子供は困ったように通路へ出た。土の上でせっせと枝の手入れをするティアを眺める。


「・・・あの、お姉さんは城の人?」


「そうよ?」


「魔法使いの塔って知ってる?」


「知ってるわよ」


「そこに用があるんだけど・・」


 ティアはそこでようやく顔をあげて子供を見る。


「何よ、あなたゾフィーのお客様?」


「・・・うん、そうなんだ、お客なんだ」


「なら早く言いなさいよ、案内するから待ってなさい」


「ほんと?有難う!」


 ティアは片付けを済ませると薔薇園から離れる。


「そういえばあなたどこから来たの?城の子ではないわね?」


「うん、街から、大切な用で」


「・・・へえ・・」


「ーーー姫様、お待ちください!」


 周囲を護っていた護衛達が慌てて追いかけてきた。


「姫様っ!護衛を置いていかないで下さい!・・・なんですその子供?」


「ゾフィーのお客様よ?ちょっと塔に案内してくるだけよ?」


 子供はティアの後ろに隠れる。


「まさか不審者ではないでしょうね?」


「ゾフィーのお客だって。私一人で十分よ」


「いけません、我々も着いて行きます。それが仕事です」


「・・・分かったわよ」


 珍しそうに眺める子供を連れてティアは歩き出す。その後ろから騎士がぞろぞろ着いてきて、それはもうとても目立ち人々の注目を浴びた。


「ーーーー姫!」


 庭園を過ぎたところでハリスが駆け寄ってきた。


「ちょっとハリス、何とかしてよこの状況!恥ずかしいったらないわ!」


「それより姫様、その子供は先程から捜している不審者です。お引き渡しを」


 子供は素早くティアにしがみついた。


「・・・ゾフィーのお客じゃないの?」


「そうだよ!俺は魔法使いに用があるんだ!連れていっておくれよ!」


「・・・連れて行けばいいんじゃない?」


「いけません、その子供は城内に勝手に忍び込んできた不審者です。子供であっても許すわけにはいきません」


「許さないって、どうするのよ?」


「侵入経路を吐かせた後、城外へ追い払います」


 子供はティアにしがみつき、必死で訴える。


「お姉さんお願いだよ!魔法使いのところへ連れて行ってよ!」


「さあ姫様、お引き渡しを」


「・・・ゾフィーに会わせるくらいいいんじゃないの?」


「ダメです、なにか良からぬ事を企んでいるかもしれません」


「・・・ただの子供でしょ?」


「俺悪いことなんか考えてないよ!魔法使いに用があるんだよ!お願いだよお姉さん!お役人様!」


 ハリスは困ったように姫に張り付いている子供を見る。

 護衛達が姫から子供を剥がそうとするがなかなか剥がれない。


「こら!離れろ子供!この方をどなただと思っているのだ!」


「何が姉ちゃんだ無礼な!子供とはいえ許さんぞ!」


「汚い手で姫にさわるな!なれなれしいぞ!」


「何なんだよおお、姫ってお姉さん?何者だよ?」


「この国のお姫様だ!無礼は許さんぞ!」


「ええええっ?」


 驚いた子供がようやく姫から剥がれた。護衛の一人が子供を拘束する。


「さあ隊長、どうぞ」


「わあやめろ!俺は諦めないぞ!」


「・・・ゾフィーに会えば大人しく帰るのよね?」


「そうだよ!だから頼むよ!」


「ハリス・・・」


「・・・わかりました。ただし我々も着いていきます。そして用件がすんだらすぐに城から出て貰います」


「それでいいわよね?坊や」


「坊やじゃない、俺はパティーだ」


「・・・そう、分かったわ、私はティアよ」


 さらに連れが増えてしまいうんざりしながらティアは塔へ向かう。

 大の男が何人もぞろぞろと着いてくるのでティアはとても目立った。

 だが庭師姿の姫を見ても、誰もそれをティア姫と認識するお客はいなかった。






 本日快晴。この所気候が随分いいので魔法使いゾフィーはふらりと森へ薬草摘みに出掛ける。

 この時期は薬草だけでなく木の実なども沢山生っていて動物達も見かける。

 明るく賑やかでいい。

 ゾフィーはお昼前に出掛けようと準備していざ出掛けようと扉を開けたところで足止めされた。

 外へ出るとちょうど姫と騎士達がぞろぞろやって来た。


「ゾフィー殿、お出掛けの所申し訳ない」


「ハリス隊長まで、どうかされましたか?」


「実は、この子供が・・・」


 何故か子供を抱えたハリスが歯切れ悪そうに子供を差し出す。

 子供は目を輝かせてゾフィーを物珍しげに見て叫ぶ。


「魔法使い!すげええ!ホントにいたんだ!」


「何ですかこの子供は?」


「ゾフィーに用があるんですって」


「姫様、街の子供ですね。よくここまで連れてこれたものだ」


 非難めいた視線をハリス隊長に向けると彼は何気に目を逸らした。


「聞いてあげるくらいいいでしょう?ゾフィー」


「国専魔法使いは街の用事を引き受けることは出来ないのです。だから聞くだけ無駄です」


「分かってるけど・・・折角だし・・」


「こういうものをいちいち通していてはきりがないでしょう?大体国専魔法使いが街の事に手を出しては街の者の立場がありません。そういうけじめはきっちりつけなければ」


「・・・・」


 姫が黙ってしまったので子供が慌てて暴れだす。


「そんな堅いこと言わずに助けてくれよ!魔法使いは何でも出来るのでしょう?どんな病気だって治せるはずだ!だから助けてくれよっ!」


 子供の必死の懇願に大人達は押し黙った。

 ゾフィーは薬草を集めるための籠を背負う。


「ゾフィー、森へ行くの?」


「はい、姫様もご一緒されますか?」


「私はまだ薔薇の手入れがあるの。ちゃんとしないとルウドに怒られるわ」


「それは大変ですね」


「ちょっと!何で無視するんだよ!こっちは頼んでるんだよ必死で!」


 ゾフィーはハリスに抱えられている子供を仕方なく一瞥する。


「話にならん。病気なら街医者に頼め。ハリスさん、とっとと城から追い出してください」


「はい」


「ではみなさま、私は森へ行ってきます」


「どうぞ、行ってらっしゃい」


 ゾフィーは最早子供など眼中にもなくとっとと森へと歩き出す。

 後ろで何か子供の叫ぶ声がしたが意に介さなかった。






「くっそうっ!何なんだよあいつ!ホントに魔法使いかよ!見かけ倒しじゃないのかよ!信じられねえ!」


「信じられんのはお前だ小僧。よくも国一番の魔法使いに街医者の仕事など持ってきたものだ。お前の要求など通る道理もないだろう」


 ハリスは子供を抱え、城門へ歩き出す。


「何なんでだよ!くっそうう!困ってる街人への情けもないのかよっ!」


「話にならない。魔法使いをなんだと思っているのだ。これだから子供は困る」


「姉ちゃん!お姫様!助けてくれよっ!母ちゃんがワケわかんない病気で困ってんだよっ!死んじまったら俺一人になっちまう!」


「ゾフィーはお医者じゃないわ。それはきちんとした街のお医者に見てもらうべきよ」


「ーーーーっ、それが出来ないから頼んでるんだろっ!」


「姫様、昼食前に薔薇の手入れを済ませてしまうのでしょう?もうすぐ昼食の時間になってしまいますよ。子供は私に任せて薔薇園にお戻りください」


「そうね、でも無責任な感じするけど?」


「そんなことはお気になさらず。この子供が不法侵入者なのですから」


「・・・そうね、お役に立てなくてご免なさいね坊や」


「坊やじゃない!」


 ティア姫は困ったように子供を見てから騎士達と共にそそくさと薔薇園の方へ去っていった。

 ハリスは城門へ向かう。


「最悪だ!期待はずれもいいとこだ!何だこの城、偉いくせに優しい奴なんか誰もいない!最低だ!」


「無礼なことを言うな。道理を外れたことをしておいて偉そうに何だ。最初から門前払いのお前をわざわざ魔法使いのところまで連れて行ってくださった方に対してそんな言い方しか出来ないのか。非常識で最低なのはお前だ。二度と来るな。元より二度とお顔を拝謁できるような身分でもないのだからな」


「ーーーー!」


 ハリスは容赦なく子供を門外に放り出した。門番にもきっちり子供を中に入れてはならないと釘を刺した。






 西の小国マルスは山と湖に囲まれた地であり、他国からの侵略からも高い山と広い湖によって守られている。

 大昔始祖がこの地に入り土地を開拓しここに城を造った。この城を中心に近隣に街を造り村が出来、小国が出来上がった。

 山では時折温泉が堀当てられて他国に目を掛けられるほどに有名になった。

 さらに山の食材と湖の魚が大変美味しく、マルスは保養地として最適の国と言われるようになった。

 だがいくら山に守られていると言ってもこの田舎に目をつけ手に入れたいと思う国もある。手に入れようと思えば簡単に侵略できそうな国なのだ。

 実際過去何度か侵略目的で兵を連れて山を越えようとしたものがいた。

 しかし今までは山を越えてこの国へ到達する前に冬が来て、兵は山越えを断念した。

 運が良かった。今まではそうやって山に守られてきた。

 だが他国の驚異は消えたわけではない。

 王族はいつも国の為に周囲の国の情勢には目を配っている。他国に情報屋を派遣したり、国兵達の腕を磨いたり、国内外警戒は怠らない。

 他国人を招いて交流を図ることも大切だ。

 その中に紛れ込んでいたスパイ、彼女の所在は未だ不明だった。


 第一皇子パラレウスは昼食の席で吐息を吐く。

 様々な方向から調べを進めているがあまり成果はない。

 先日訪れたティア姫目当ての他国の皇子達と交流を図ろうとしたがその前にティア姫のせいで国へと逃げ帰ってしまった。

 ティア姫は他国の皇子にも容赦がない。困ったものだと皇子は常々思っている。

 そのティア姫をふと見ると彼女はフッとため息を吐いて呟いた。


「街って、どんなのかしら・・・」


「・・・・・」


 姫の呟きを聞いてしまった一家は戦慄した。

 今まで街に興味など示さなかった姫が何故突然そんな事を言い出すのだ?


「ひ、姫、いきなりどうして街を気にするのだ?」


 動揺しながら問う王にティア姫でなくミザリー姫が答える。


「城内だけでは飽き足らずとうとう外にも破壊と混乱を起こしたくなったのよね。ティアの悪名を広める為には外にもでなきゃダメよね」


「ミザリーったら。そんなわけないでしょう?ティアもルウドが見てないからって危ないことしちゃダメよ?」


 アリシアがにこやかに宥める。兄の不安は増大した。


「ティア・・・」


「何よちょっと呟いてみただけじゃない。大袈裟ね。午前中にゾフィーの所に街の子供が訪ねてきたのよ」


「街の子供?何の用で?」


「母親の病気を治して欲しいって。それはお医者様の仕事だからお断りして帰って貰ったけど」


「・・・・」


 そんな個人的用件で魔法使いに会えるわけがない。それを問い質すのはティアにではなく警備責任者にであるのでパラレウスはそれ以上突っ込まなかった。


「・・子供の件は仕方ないと思うの。お医者は街に沢山いる筈だし。

 でもゾフィーでなければどうしても助けられない場合は?ゾフィーは国専魔法使いだから街の人たちは助けてはいけないの?」


「それが王家との誓約なのだよ。そしてその誓約が魔法使いの身柄を守っているのだよ。国が保護しているからこそ他国人や悪しき者達も迂闊に手が出せない。どんなことでも可能な魔法使いはどんな悪しき事にも利用可能だからな。

 そんなことにならぬように誓約はあるのだよ。

 だが私が許せば彼は街人を助けることが出来る。姫が心配しなくともよいのだよ」


「そうですか・・」


 ティア姫は納得し、食事を早めに切り上げる。


「・・・ティア?何故そんなに急いでいるんだい?」


「お兄様、ルウドの様子を見てくるのよ。もう治ったかしら?」


「ああ姫や、病気の男にあまり近づくとうつされるぞ」


「気を付けるわ、お父様。じゃあお先に」


 慌ただしく部屋を退出していった。


「・・・またルウドか・・・」


 王の苦々しい呟きが静かな昼食の席に虚しく響いた。





 王家は庶民に優しくない。

 当然だ、身分はおろか生活基準が違う。

彼らのような高貴な者達には労働者階級の貧民層の苦悩など知る由もない。当たり前の様に搾取するだけだ。

 だから最初から期待などしていない。でも魔法使いに直接懇願すれば何とかなると思っていた。


「くそう、やっぱり簡単にはいかねえ・・」


 わかっていた。だけど諦める気はない。何回でも魔法使いの塔へ行く。

 城門の真正面からは当然入れて貰えないが実は森から城内へ入れる抜け道がある。

 子供一人が入れるくらいの小さな抜け道だが子供のパティーには十分抜けれる。

 パティーは再び魔法使いに会う為塔へと向かう。






 ティアは兵舎のルウドの部屋まで見舞いに行った。

 だが部屋に入り口で護衛達に止められた。


「いけません。病気が移ったらどうするのです。それにお姫様が兵の部屋に入るなどとんでもない。ダメです。隊長からも言い含められております」


「・・・兵ってルウドじゃない。ちょっと様子を見るだけよ?悪さなんてしないわ」


「とにかくダメです。伝言だけ伝えておきますから」


「・・・・」


 結局姿を見ることも出来ずに追い払われた。

 ティアは渋々引き下がり、進路を魔法使いの塔に変えた。


「つまんないわ」


 護衛を五人ほど後ろに引き連れて塔に着くと魔法使いはまだ留守だった。


「・・・暇だわ」


 とりあえず護衛はその場においてティアは鍵を開けて塔へ入る。いつでも自由に部屋に出入り出来るようにと鍵をもらっていた。


「姫様・・・」


「邪魔しないでちょうだい」


 護衛は塔の中まで入ってこない。塔に入って一人になってようやく息がつける。

 護衛はいらないと言っても誰も聞いてくれない。どこに行っても見られているし口うるさいし、ティアは少々嫌気がさしていた。

 誰の目も届かないどこかで自由に羽を伸ばしたい。窮屈な生活を強いられているとその願望が強くなる。


「全くなんとかならないかしら・・・」


 城内で好き放題する分には寛容な魔法使いも外へ出るとなると途端に態度が変わる。

 ルウド張りに頑強に反対する。

 何故そんなに反対するのか街に出たことがないティアにはさっぱり分からない。


 廊下を歩いて調剤室のドアを開けようとしたとき、二階からガタリと物音がした。


「・・・・」


 ネズミにしてもちょっと大きな音の気がする。

 ティアは怖いもの見たさで階段を上がる。二階に上がると物置の部屋の方からギシギシと音がする。


 ティアはゆっくりドアを開ける。滅多に開けないドアはギイイイ、と不気味な音立てて開いた。


「・・・・あ」


「・・・げっ、ねえちゃ・・いやお姫様・・・」


 例の子供が何故かいた。


「あなたどこから・・まさか窓?」


「そうだよ、木を伝って登ってきたんだ」


「危ないわね。残念だけどゾフィーは留守よ?」


「待つよ、ずっと」


「待っても無駄だと思うわ。規則だから」


「何でだよ。王族だからって魔法使い独り占めかよ。国民の為に使ってもいいだろう?」


「そう言って国民全員が魔法使いを利用したらどうなると思うの?悪いことに使おうとする者もいるかもしれない。だから王家が保護しているのよ」


「わざわざここまで来て頼んでいるんだよ。ちょっと助けてくれてもいいだろ?」


「そういう例外を作るとまたそういう者が現れるわ。大体あなた、何故魔法使いに頼むのよ?」


「・・魔法使いは何でも出来るのだろう?母ちゃんの病気だって簡単に治せるんだろう?」


「知らないけど、聞いたこともないわ。そんな風に治しているところも見たことないし」


「魔法使いなんだから出来るはずだ!」


「そんな風にゾフィーを見たことはないわ。魔法使いだからって何でも出来る訳じゃないと思うわ」


「・・・じゃあどうしろって言うんだよ」


「街のお医者を呼べばいいんじゃない?」


「それが出来ないから魔法使いに頼んでいるんだ」


「どういうこと?」


「街の医者は高い金を取るんだよ。貧乏人は見てくれないの!うちは母ちゃんと二人暮らしだから毎日食ってくだけで精一杯なんだよ。今は母ちゃんも寝込んじまって働けないし、俺一人じゃどうにもならねえ。死んでいくのをただ見てるくらいなら出来ることはしたいじゃないか!」


「・・・・」


 ティアはなんと言っていいか分からない。

 そもそも生まれてこのかたお金に触ったこともない姫様にはお金がないと医者に診て貰えないと言う現実も理解できない。貧民層の暮らしなど全く想像も出来ない。


「まあお姫様には分からないだろうけどさ。分かって欲しいとも思わないし。

 でも俺必死なんだよ、このままじゃ俺一人になっちまう。だから助けて欲しいんだ」


 ティアも勿論勉強はしている。国の地理、歴史、労働者階級の暮らしなど知識として学んではいる。

 だが実際見たことはない。街の人達の暮らしなど話に聞くだけだ。


「・・・」


 幾ら知識を詰め込まれてもティアは実情をまるで知らない。

 まるで自分が世間知らずの空っぽな姫様のような気がしてティアは何だか悔しくなった。


「何よバカにして!私だって街に降りれば現状の把握くらい出来るわよ」


「お姫様はいいんだよ。何が出来るわけでもないんだから。俺は魔法使いに頼んでるんだ」


「私だって多少の薬は造れるわよ!調剤だってしてるんだから!」


「でも医者じゃないだろ?ワケわかんない病なんか治せるもんか!」


「そんなの見てみなきゃ分からないじゃない!簡単に決めつけないでよ、失礼な子ね!」


「お姫様に何も出来るもんか。見るだけ無駄だ」


「偏見だわ!何よ子供の癖に頭固いわね!」


「そんなに言うなら街へ降りてみるかよ!絶対不可能だって理解すればいいんだ」


「ーーー行くわよ、私にだって出来ることはあるはずだわ!」


「出来ないって分かったら早々に引き下がって魔法使いに頼んでくれよな」


「ーーーいいわ、私から魔法使いを動かすようにお父様に頼んであげる!」






「ティアが城外に興味を示してしまった。くれぐれも外には出さぬようにしっかり見張っていてくれよ」


 早々に呼び出されて不安げな皇子に釘を刺された。

 姫が外に興味を持ったのはそもそも子供の侵入を許した警備のミス。つまりハリス隊長のミスになる。

 ハリスは汚名返上の為に警備強化を部下に命じ、警備の穴を捜しがてらティア姫の様子を見に行く。


 姫はルウドの宿舎から追い払われて魔法使いの塔へ行ったと言う。

 塔の入り口に着くと姫の護衛が五人、入り口に立っている。


「姫は中にいるのか?」


「はい、ゾフィー殿はまだですが」


「そうか」


 ということは塔にいるのは姫一人。

 中を覗いても物音一つしないのでハリスは何だか不安になった。


「・・・ティア様?」


 物音どころか気配すらしない。本当に姫はいるのか?


「ーーーおや、どうしましたハリスさん?」


「・・・ゾフィー殿」


 背中に荷物を抱えてゾフィーがようやく帰ってきた。

 入り口に集まっている警備隊を眺めて首を傾げる。


「ティア様が居られるはずなのですが気配がなくて・・・」


「おや、そうですか?」


 ゾフィーは入り口に荷物を置いて中に入る。


「姫様?居られますか?ティアさまーーーー?」


 客室と調剤部屋を覗いて入り口に戻ってくる。


「居りませんね」


「ーーーーえ?」


「どこかへお出掛けになったのでは?」


「そんな馬鹿な!ここでずっと張っていたのに!」


「出口など他にどこにも・・?」


 警備隊が焦り出す。一体どこに消えたのか、全く見当がつかない。


「出口など二階の窓しかないですしねえ・・・」


「姫様一人でそんな所からの脱出は無理だ!これは本当に誘拐じゃ・・?」


 警備隊の男六人がおろおろと動き回る。しかし当てが全くない。

 ハリスは蒼白になった。

 ルウドが居ないこの時にこんな事態が起こるとは!

 王家にもルウドにも顔向けが出来ない・・・!


「・・ぞ、ゾフィー殿・・・」


「ハリスさん、落ち着いてください。調べてみますから。近くにいるならわかりますから・・・」


「ホントに?さ、さすが魔法使い・・・!」


 ハリスは笑うが顔がこわばる。

 この所のストレスは半端ないものがある。


「さ、中へどうぞ。気分を落ち着かせるお茶など入れて差し上げましょう」


「有り難うございます」


 魔法使いの気遣いにハリスはホロリと泣きたくなった。





 ゾフィーは警備隊にお茶を出してから隣室へ行き、水晶を出して探し物を始める。

 ティア姫の持ち物であるハンカチを水晶の前に置き、集中して丸い球を覗くと何故かそこには雑踏が映った。


「・・・・?」


 沢山の人が行き交う雑踏。市場があり、商人がいて、宿屋がある。

 そこは街の中だ。城の外のとある街である。


「・・・・?」


 ゾフィーは渋い顔になった。

 ティア姫が一人で街になど出る筈がない。やはり何者かに誘拐されたのかもしれない。

 これは由々しき事態だ。

 ゾフィーは即座に隣室へ戻り警備隊に報告する。


「ティア姫は街です。やはり何者かに誘拐されたのかもしれません。急がねば姫を見つけられなくなります」


「なんですと!」


「急いでください!市場や商人が見えました。あれは中心部の広場辺りだと思います」


「わかった!有り難うゾフィー殿!姫は必ず見つけ出します!」


 ハリスと部下達が意気込んでばたばたと出ていった。


「・・・・」


 水晶には街が見えた。だから街に行ったと報告したがゾフィーはどうも得心がいかない。

 この塔に堂々と侵入者が入り込み、姫を誘拐するなどとは。

 曲がりなりにも魔法使いの住み家であるこの塔には防犯設備が整っている。

 侵入者が現れればゾフィーがすぐに分かるようになっている。

 そしてこの塔の鍵を持っているのはティア姫とゾフィーのみ。

 ゾフィーは階段を上がり二階へ行く。二階はゾフィーの部屋以外全く使われていない物置だ。

 その使われていない部屋を開けると埃が舞う。窓付きのその部屋の窓が開いているせいで床の埃が舞い上がる。


「・・・」


 開けた覚えもない窓の下、埃だらけの白い床には足跡がくっきり残っていた。

 一つはティア姫のだろう。だがもう一つティア姫より小さな足跡がある。


「・・・・」


 ゾフィーはとても嫌な予感がした。






 街は広い。そして色々な格好をした人が沢山いる。


「わあ、果物が一杯、あれは何をしているの?」


「売ってんだよ、見たことないの姉ちゃん?」


「聞いたことはあるけど見たことはないわ。まああんな魚まで?どこから取ってくるのかしら?」


「海か湖だろ。あのでかいのは海かな」


「海って見たことないわ。湖はあるけど」


「超箱入りだな姉ちゃん。それでよく医者の真似が出来るなんて言ったな」


「お医者の真似は出来ないわよ。でも見てみないと分からないじゃない」


「負けん気だけは一人前だな」


「あなたに言われると腹立つわ」


 パティーはクスクス笑いながらも足早に先へ進む。ティアもあちこち珍しげに見回しながら後について行く。

 とりあえずフード付きマントで顔を隠しているもののティアはとにかく目立つ。

 街ではあり得ない艶やかな金髪も白い肌も見られればどこぞの男から足止めを食らう。

 分かっているから顔を隠させているのだがそれでも目立つのか振り返るものがちらほらいる。

 二人は足早に広場を通り抜け細い路地に入る。路地を過ぎて家ばかりが立ち並ぶどこか寂しげな雰囲気の道に入れば人影すらも疎らになる。


「・・・パティー、まだ先なの?」


「そうだよ、うちは貧民街のぼろ屋だよ。この通りのアパートの住民より貧乏なんだ。この辺はまだ学生やら単身者が暮らす地域だよ。そんなに不穏じゃない」


「・・・・」


 何だか不安を見透かされた気がしてティアは押し黙ってパティーの後を進む。

 しばらく歩いていると声を掛けられた。


「おや、パティーじゃないか?何やってるんだこんなとこで?」


 学生だろうか?二十歳前後の男がからかうようににやにや笑いながら寄ってきた。

 パティーは男を睨み付ける。


「通りかかっただけだろ、わざわざ声かけんなよ。急いでるんだ」


「ヘエ、連れがいるから?なにそいつ?女?お探しの医者か?」


「違うよ!関係ない!絡むなよ!」


 男はにやにや笑いながらティアに近づき手を掴み、じろじろ眺める。


「何するの!離しなさいよ!」


「ヘエ、気が強そうだ。それになんかすげえ手え綺麗だな」


「離して!」


「離せよバカ!やめろよ!」


「へへへ、どんな顔してんだ。フードとれよ」


「ちょっ・・・!」


 男はティアのフードを外して固まった。息を飲んでまじまじとティアを見つめる。

 余りに驚いて掴んでいた手が離れた。

 パティーが前に出てティアを庇う。


「・・・す、すげえ美人、あり得ねえ。どこから連れてきたんだパティー?」


「お前なんかが触ったらすぐさま首が飛ぶところからだ!」


「へ、へへ?なんだよそれ?まあいいや、お姉さん、せっかくここであった縁だ、ちょっと付き合ってよ」


「い、いやよ!」


「つれないこと言うなよ?」


 男が再びティアの腕を掴もうとしたとき、恐怖におののくティア姫の目の前でいきなり男の顔が真横に吹っ飛んだ。


「・・・?」


 男は壁に激突して気絶した。

 そしてティアの目の前には黒髪の男。腰に剣を下げている。

 彼は何故だか下を向いて激しく息を切らしていた。


「・・・・っ、はあっ、冗談じゃない。全く冗談じゃないですよもう!」


「あ、有り難う・・・」


「何だってこんな目に・・・全然笑えませんよ・・・」


「・・・ええと・・?」


 なんだろうこの人?とじろじろ見ていると男に腕を掴まれた。


「ちょっとあなた?」


「目立ちますからフードを被って顔を隠して。何故こんなところに来たのですか?ほんと冗談ではありませんよティア様」


 顔をあげた彼の顔は明らかに怒っている。


「・・・あ、あら久しぶりね、コール。そう言えば街警備に飛ばされていたのよね?」


「・・・自ら志願したのです。ほっておいて下さい」


 彼は王宮警備隊五番隊隊長コール=メイスン。訳あって現在街警備に配属されている。


「何故ここにいるのかしら?」


「王宮から速報が届いたのですよ。ティア姫が街にいるから即座に捕まえてくれと」


「・・・素早い対応ね」


「誘拐ですか?見たところ自分から出てきたようですね。またルウド隊長の雷が落ちますよ?さ、今なら黙っていて差し上げますから帰りましょう?」


「まだ目的地に着いていないわ。ここで引き返したら出てきた意味がないでしょう?」


「何なのですか?」


「この子の家まで行くのよ。病気のお母様がいるのですって」


 コールはパティーを見て眉をひそめる。


「意味が分かりませんが?お見舞いに?」


「私だって出来ることがあるかもしれないでしょう?」


「ほんとは魔法使いに見て欲しかったんだよ」


「・・・姫様、おやめください。移ったらどうするのです?」


「移る病気じゃないと思うわ。だってこの子は元気でしょう?」


「姫様が行って何が出来ますか?」


「行ってみなきゃ分からないわよ?」


「・・・・」


「・・・・」


 二人は火花を散らし睨み合う。

 無駄だと言ってもティア姫は聞かないので結局コールが折れた。

 パティーの後について二人は足早に歩き出す。


「用事を済ませたらすぐに帰るのですよ?街に居られて何かあっても私責任取れません。と言うかあなたに何かあったら私もう城に戻れないではないですか。全く冗談じゃないですよ?」


「分かったわよ、うるさいわね」


「それからこの件はもう黙っていて差しあげません。ルウド隊長にも包み隠さず報告します。黙ってお叱りを受けてください。私は知りません」


「・・・いいわよ別に。ルウドの病気が治ったら報告しても。今報告すると高熱でも駆けつけて来そうだからやめて欲しいけど」


「隊長、そんな状態なのに。こんなことして。姫様・・・」


 非難の視線を受けてティアは嫌そうに顔を背ける。


「お見舞い行っても移るからダメだって会わせても貰えないのよ?どうしろって言うのよ?」


「・・・ああ、なるほど・・」


「何それ?どういう意味よ?何か癪に障るわね?」


「病気の時くらい安静が必要ですものね」


「それって私が邪魔ってこと?失礼ね!」


「大人しくご自分の部屋で隊長の回復を願ってお祈りでもしていればいいものを」


「祈って病気が回復するなら誰だって祈るわよ」


「ちょっと愛が足らなすぎませんかね?」


「ーーーっ!余計なお世話よもう黙んなさいっ!」


 コールは黙った。黙ったが目と口が笑っていた。

 ティアは大変不愉快になった。







 貧民街はティアの想像を超えて鬱蒼としていた。

 所々に人が寝転がり、建物も黒く汚れている。何だか空気も何かに汚染されているように薄暗い。


「ーーーーここだよ、俺んち」


 古い小屋のような一軒家をさしてパティーが言う。


「入りなよ。ーーー母ちゃん、帰ったよ」


 中に入ると部屋の隅にパティーの母親が横たわっていた。

 寝台と言うには余りに粗末な板の台。毛布ではなく藁がかけられている。


「ーーーパティー、何でこんな・・・」


「だから金無いんだって。なんとか食い物を手に入れるために家にあるものは全部売り払っちまった。もう薬買う金もない。医者にも見て貰えない。原因が分からないんじゃどうすることも出来ない。だから・・」


 原因が分かってもこんな子供に何が出来るのか?

 こんな環境を当たり前に話すパティーを見て、ティアは息が詰まる。

 なんと言えばいいのか分からない。

 事はティアが考えるような簡単なことではなかった。


「ティア様?もう帰られますか?」


 後ろを見るとコールが労るような目で見ていた。

 ティアが何も分かっていなかったと言う事を彼は知っていたのだろう。


 ーーー私は何も出来ない・・・。


 固まってしまったティアを見てパティーが笑う。


「・・・住む世界が違うんだから気にしなくていいよ。何も出来なくてもお姫様を恨んだりしないよ。いいから、もう帰りなよ?お城の人が心配しているよ」


「ーーーー・・・っ、み、診るわよ!その為に来たんだから。私だって出来る事・・・」


「負けず嫌いだなあ・・・」


 ティアは動かない足を動かして寝かされているパティーの母親の傍へ行く。

 彼女の目は虚ろで、意識があるかないかのギリギリの状態のようだ。


「・・あのっ、私ティアと申します。魔法使いではないですけど弟子みたいなもので、少しだけ医者の知識もあるので診させて下さい。分からないかもしれないけど後で教えてもらう事も出来るし・・・力になれるかは分からないですけど・・」


 彼女が微かに微笑んだ気がしたのでティアは泣きそうになった。

 魔法使いの塔から道具を色々持ってきた。道具箱を開けてランプを取り出す。


「暗くちゃ分からないからちょっと明るくしますね」


 ランプをつけると明るい光が部屋全体とパティーの母を照らす。

 ランプを照らしても彼女の顔色は青白く暗い。目の下が青黒く唇は紫。時々指や足が痙攣し、口内から異臭がする。


「・・・・」


 この症状は。病気なのだろうか・・・?

 これは本物の医者でなければ判断できない。


「・・・ねえパティー、この辺りにお医者はいる?」


「貧民街に医者はいないよ。商売にならないもん」


「あのね、やっぱり医者に一度見せた方がいいと思うの」


「だから医者は見てくれないって」


「・・・でもこの症状は、お医者でなければ判断できないけど・・・。見せるだけでも・・・。ねえコール、どうにかならない?」


「・・・駐在所の牢医者でよければ。でも中心街にいますから呼ぶには時間がかかりますよ?その人を動かすのも難しいでしょう?」


「お願い、急いで連れてきて。私では判断できないの」


「姫様はどう思っているのです?一応お聞きしますが」


「・・・・」


 ティアはパティーにも聞こえないようコールの傍へ行き呟く。


「毒、だと思う」


「・・・すぐに呼んできます。姫はここから動かないで下さいよ?」


「勿論よ、ちゃんとあの人見てるわ」


 コールは頷いて即座に走っていった。

 ティアは彼女に付いて看病を始める。


「・・・姉ちゃん、母ちゃんどうなのか分かった?」


「ーーー私、お医者じゃないから。でも多分、お医者に見せれば何とかなるかもしれない」


「お医者・・、でも俺お金・・・」


「お金なんてあとでどうにでもなるでしょう?お医者に見せさえすれば助かるなら何とかしても見て貰わなきゃ」


「それはそうだけど・・・」


「それに駐在所のお医者は国から給料貰っているのだからそんなに高い訳ないと思うわ」


「それは分かんないけどさあ。助かるならまあいいや」


「・・・・」


 パティーは笑ってそう言うがティアは笑えない。

 彼女の状態は素人目に見ても悪い。もう時間の問題かと思うほどに顔色も悪く、動く力もない。

 毒はとっくに彼女の身体を蝕み、生きているのが奇跡のような状態に見える。

 この彼女にティアはどうしていいのか全く分からなかった。


「・・・もうすぐお医者様が来るからどうか頑張って」


 手を握って声をかける。微かに彼女の指が震える。

 ーーーー私は何にも出来ない・・・


 薬の勉強はしている。ゾフィーに付いて薬品の造り方や効能なども覚えて実験なんかもして・・・。

 でもその薬が外に出回ることはない。ティアだけでなくゾフィーの薬もけして公にされることはない。それはけしてしてはいけないと言われている。


 ーーーお医者はまだなの?

 コールはついさっき出ていったばかりなのにとても時間が長く感じる。

 握っている彼女の手が次第に体温を失っていくような気がしてティアは背筋が冷え冷えとして焦りを感じる。


「・・・間に合わないかもしれないな・・」


 呟いたのはパティーだ。ティアはぎょっとして子供を見る。


「何を言うのよ?もうすぐ医者が来るから・・」


「もう五日も前からこんな状態だったんだ。お金もないしろくに食べ物も食べてないし。どんどん悪くなる。母ちゃんに何が出来るかって俺ずっと考えた。でも、出来ること、あんまりないし・・・姉ちゃん、何か俺に出来ることないかな?」


「・・・祈るしかないわ・・」


「・・・何にだよ?」


 パティーの笑みが泣きそうに歪む。

 ただ母親の手を握り、祈るしかない。


 ーーーこのままでは間に合わない・・・。

 少し、ほんの少しだけでもこの毒を和らげることが出来れば・・・。

 術はあるが実際それを試したことはない。

 本物の病人にティアの薬を使うことなど考えられない。使い方を誤れば死に至るような危険薬を本物の病人に使えるわけない。


「・・・母ちゃん・・・」


 ティアの見立てがあっているかどうかなど本物の医者でなければ分からない。

 間違っていた場合、ティアが彼女を殺してしまう。


「・・・・・」


 彼女の手にもう力はない。目に光をともしていない。体温も次第に失っていく。


「母ちゃん。死なないでよ、俺を独りにしないでよ」


「ーーーーっ・・・!」


 もう間に合わない。ティアは限界だった。

 死んでしまったらすべてが手遅れだ。そのくらいなら・・・


「ねえちゃ・・・?」


 ティアは彼女の頭を起こし、持っていた液体を一滴口に含ませた。


「・・・・・」


「何を・・・?」


 彼女を寝かせてしばらく様子を見るとささやかだが落ち着いた呼吸が聞こえてきた。


「母ちゃん?」


 苦しそうに歪んだ顔が少し和らいだ気がする。


「・・・・・」






 それから一刻ほどしてようやくコールがお医者を連れて戻ってきた。

 医者はすぐに病人の状態を見る。


「ーーーこれは、毒だ。どこからか少しずつ採取して少しずつ侵食されていったな。これはもう末期。よくこんな状態で生きていたものだ」


「・・・お医者様・・」


「しかし彼女は生きている。しかも回復の兆しがある・・」


「それじゃ、母ちゃんは・・・?」


「奇跡的に命を取り留めている。坊や、患者に何かしたか?毒を中和させる何かを飲ませたとか?」


「・・あ、さっき姉ちゃんが何かの液体を飲ませてた!」


「・・・・」


「すげえ!姉ちゃん、さっきの何?魔法使いの秘薬?」


「ただの毒消しよ・・」


 ティアは顔をこわばらせて呟く。パティーは喜んでいるが医者もコールも深刻な顔をする。


「ーーーーティア様、帰りますよ。お医者様あとはよろしくお願いします」


 コールはティアの道具を纏めて、ティアにフードを被せると腕を取る。


「すぐ帰るんだ、あなたはここにいてはいけない」


「コール・・」


 コールに引っ張られて外へ出ると馬車が待っていて驚いた。

 問答無用で馬車に押し込められ、コールも乗り込む。


「急いでだしてくれ」


「はい」


 すぐに馬車が走り出した。


「ちょっと!こんな強引に!」


「とんでもないことをしてくれたな。魔法使いの秘薬を使うとは」


「・・・ただの毒消しだってば」


「何でもいい、問題は国のお姫様がそれをしたと言うことだ」


「ーーーだって・・・」


「言い訳はいい。ただ一度の間違いがあらぬ誤解を生むことになる。助けを求めれば姫様が無償で助けてくれると思う連中が出てくるぞ」


「・・・・」


「慈悲深い姫様に助けを求めに城に人が押し寄せる」


「そんなつもりじゃ・・・」


「お姫様は奇跡の薬を持っているのだと言う輩が出てくるぞ」


「ただの毒消し・・・」


「死ぬはずの人間を生き返らせたんだ。それですむ筈がない。魔法使いの秘薬を持つお姫様が街で人を助けた。奇跡だと騒がれても仕方ない」


「そんな大袈裟な・・まさか・・?」


「何故街へ出たんだ。危険だと言われていたろう。しかも一人でノコノコと。皆に心配と迷惑をかけて」


「・・・・」


「くれぐれも言っておくが自分は間違っていないとか、人を助けたのだから良いことをしたなんて思うなよ。大人しく医者を待っていれば良かったものを、余計なことをして要らぬ混乱を招いた。ティア姫がした事はそれだけだ」


「ーーー・・・そんな言い方・・」


「軽はずみな行動もほどほどにして欲しいよ全く。城内だけでは飽きたらず街の中にまで面倒をかけて。・・・・何か反論はあるか?」


「・・・・・」


 コールが怒っている。怒ると口が容赦なく悪くなるのが彼の特徴である。

 ハリスやルウドのようにティアを甘やかしたりしない。


「・・悪かったわよ・・」


「本当にそう思うなら当分城の奥に籠って大人しくしていることだ」


「・・・・・」


 ティアは黙った。口を開けば毒舌コールに責められるので大人しくすることにした。






 城門を潜ってようやく馬車が止まった。

 馬車を下りると警備隊が数人駆けつけてきた。


「ティア様!良かった!本当に無事で良かったーーー!」


「本当に!もうどうしようかと!腹を切ってもすまないとこでした!」


「隊長に何て言ったらいいのかと、絞殺されても何も言えないような気がしました」


「こんなっ、こんな事って・・・!」


 まんまと護衛の目を掠めて街へ出たティアはばつが悪そうに護衛達を見る。


「ーーーーごめんなさい、悪かったわ・・」


 護衛達は泣いている。駆けつけてきたハリスは困ったように彼らを一瞥し、姫に目を向ける。


「・・・ティア様・・・」


「ごめんなさい」


「ごめんで済んだら警備は要らないだろ。いつもいつも問題ばかり起こす姫だな」


 言ったのはティアの後ろに来たコールだ。


「コール、久しぶり。姫を確保してくれて有り難う」


「連絡が入った時はもう寿命が縮み上がりましたよ」


「私なんかほんと死ぬ覚悟したよ・・」


 二人は何故か明るく言う。とりあえず姫を確保したことで安堵したようだ。


「ーーーああ姫様、詳細はじっくり聞かせていただきますのでそのおつもりで」


 ティアに向けたハリスの目はさすがに笑っていなかった。


「コールにも話を聞きたいがどうする?」


「報告書でいいか?街の様子が気になる」


「わかった、ごくろうさん」


 そうして周囲はバタバタと慌ただしく動いた。

 ティアはガッチリ警備隊に連れられて、罪人のごとく連行された。






 連行された先は意外にも魔法使いの塔だった。


「・・・ティア様・・・」


「ゾフィー、ごめんなさい」


 皆に心配をかけてしまった事は悪かったのでとりあえず謝る。


「・・・まあ無事ではあったわけですし」


「しかし何故こんなことになってしまったのか、原因を追求せねば」


 ハリスと護衛達は客部屋を借りて姫を座らせ尋問を始める。


「さあ姫様、そもそも何故街へ出ることになったのです!」


「・・・だってあの子が、私には何も出来ないって。・・・出来なかったけど・・・」


「あの子?」


「ゾフィーに助けを求めてきた子供。お姫様じゃ役に立たないって」


「・・・・」


「命を取り留めることが出来たわ。でもそれでコールにすごい怒られた。お姫様は余計なことしちゃいけないんだって。奇跡を起こすと後が怖いって」


「・・・・」


「私街に出て、どれだけ物知らずだったか思い知ったわ。お姫様だから何も知らなくていいって色々隠されてきたのね・・・」


 ティアの知っている世界は城の中だけ。その他の世界を実際見に行こうなどと思った事もなかった。話を聞いて満足しているだけ。

 当たり前のように守られて育って、それが普通と思っていた自分が特別なお姫様なのだと実感した。






 落ち込む姫にハリスはかける言葉がない。

 姫の脱走の原因が侵入者の子供なら、侵入を許した警備隊のミスだ。

 しかも姫は知らなくてもいいことを知ってしまった。


「・・・姫様・・」


「ねえ、ルウドは知っているの?」


「いいえ、まだ言ってません。せめて熱が下がってからでないと、また熱を出されても困りますし」


「そうね・・」


「とにかくもう二度と一人で外へなど出ないで下さい。姫が大人しく護衛に守られていて下さるなら黙っていて差し上げてもいいですが」


「・・・ルウドに黙っていてくれるの?ほんとに?」


「そうですね、この約束を守ってくださるなら」


「わかったわ、約束するからルウドには黙ってて」


 ハリスは笑みを浮かべる。


「そんなにルウドが恐いですか?」


「違うわよ、心配されるのが嫌なのよ」


「そうですか、ではルウドが起きてくるまでにいつもの姫様に戻っていてくださいね?」


 ハリスは席を立つ。早急に警備の見直しが必要だ。

 あとを警備隊に任せて外に出るとゾフィーが佇んでいた。


「ゾフィー殿・・」


「姫はどうでした?」


「落ち込んでいましたね。貧しい街の様子を見たのでしょう。そこの人々も」


「また街を見に行くと言うかもしれませんね。私の責任ですね・・」


「いいえ、子供の侵入を許した私の責任です。姫は、まあしばらくは大人しくしていて下さりそうです」


「そうですか・・・で、その子供は?」


「・・・・」


 侵入者の子供はもちろん捕らえる。もう街でコール隊長が捕らえているだろう。

 要らないことを子供が街の人々に吹き込む前に口を封じておく必要がある。


「全く子供一人に・・・」


 気がつけばもう夜空。星を見つめてハリスは思う。

 ルウドのいない一日はよその子供に掻き回された一日だった。

 ルウドが寝込んでいたから姫も普通に大人しかったのに。

 真面目に働いているのに何だか報われない・・・。

 ハリスは疲弊して深く息を吐いた。




 <五話終了  六話へ続く>














 










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