第三話 白薔薇姫と三人の求婚者
山と湖に囲まれた小国マルスには三人の姫がいる。
聡明でたおやかな姫アリシアと明るく活発で愛らしい姫ミザリー、そして白薔薇のように清楚可憐と噂されるティア姫。
特に目を引く特産物などない田舎の国だが三人の王女は国に誇れる宝とも言える。
その宝が欲しくて他国の王子達はこの国の王に様々な交渉を持ちかけているが王は子供達には各自で相手を見つけさせる主義らしい。どの国にも同じような返答をしたそうだ。
すなわち、姫が欲しくば自分で当人に交渉し、承諾を得よと。
なので自らこの国に来て姫にお会いするしかない。
手紙や贈り物など意味がないのだ。それくらい皆しているし、実際姫が手紙を読んでいる可能性も低い。
いくら高価な贈り物をしても名前すら認知されていない可能性が高い。
だから彼はこの国に来た。
現在王の子供達は王子を筆頭に婚約者となる相手を捜すため、月に一度はパーティがもようされ、身元の確かな客人の長期滞在を許されている。
とはいえ彼とて余り長い滞在は出来ないがせめて姫に認知される位の結果は出して国へ帰りたい。でなければ訪問の意味がない。
ーーーーーしかし・・・・
彼は深いため息を吐く。
この国へ来て三月、いまだに目的の姫に会うことができない。
自ら何度も姫の部屋へ訪問しているがいつもいない。何故か姿すら拝めない。
何度王に接見を求めたいと思ったが、この件に王も王妃も一切協力しないから自らの力で何とかするようにと訪問の際に言われた。
この条件を飲めないなら姫を諦めなければならないそうだ。
この城のどこかにいるはずなのだから自分の足で捜し回るしか術がない。
次のパーティこそは白薔薇姫様の相手となりたい。
三人の皇子達はすでに城に入っていた。ほぼ同時期にティア姫への求婚を申し込んできて、同時期に城へ来た。
王への謁見もほぼ同時期。
マルクス=トゥエルグ エルグ国第三皇子
カイン=リィオン ギイ国第五皇子
バルト=エルガルド エルガルド第六皇子
年も同じ十八歳の彼らはライバル心むき出しだ。
誰が先に姫の心を射止めるかと賭けまでしている。
城内でも彼らの噂が流れ、密かに賭けまでするものが現れたが、実際彼らはまだ姫の姿まで捉えていない。
王の助けも得られず困った三人は宛がわれた客室で相談する。
「姫が見つからないのではどうにもならないだろう?パーティの席には現れるだろうがそれでは遅すぎる」
「やはり王族のどなたかに助けていただいた方がよいのでは?」
「それはルール違反だ。だがその辺にいる護衛隊達に助言を求めてはどうか?」
「もう聞いたが分からないと言われた。この国の者はどうも姫の求婚者達に対して非協力的だ」
「しかしなぜこうも姫は捕まらないのだ?もう三ヶ月以上捜し回ってもお目にかかっていないと言うものにも会ったぞ?」
「もしかして我々は迷惑がられているのか?」
「分からない。我々の事を知っているのかも分からない」
「ここまで来て姫に一目も会えずに帰るなど恥さらしなことは出来ない」
「全くだ、何としてもパーティまでにお会いしなければ」
「しらみ潰しに当たるしかないな。これはもう運しかない」
「結局自分の足しかないのか・・・」
皇子達はため息を落とす。
国を繋ぐ政略結婚ならば簡単に姫を手に入れることが出来た筈なのにこの国の王族は恋愛結婚をさせると言う。
恋愛結婚がこんなに厄介だとは思わなかった。
三番隊長ハリスは護衛任務で薔薇園にいた。すると何人もの男達が別々に声を掛けてきた。
「ハリス隊長?こんな所で何を?」
「スティア殿下、いえちょっと・・・」
あちこちで護衛任務をするハリスは姫を捜して右往左往する彼とは時折話す仲となっていた。彼もまたティア姫目的なので滅多なことは言えないが。
「殿下はやめて下さいよ?スティアでいいです」
金髪二十歳の青年が爽やかに笑う。好青年だ。
「ここにいると言うことは休憩ですか。私はティア姫を捜しながら散歩です。もう何度ここを通ったことか・・・」
「はあ、まあ、何と言っていいか・・」
「お気になさらず。私は諦める気はありませんから。必ずティア姫様を見つけて見せます」
「・・・・」
スティアはめげることなく薔薇園を通過していった。
ハリスが困った顔で彼を見送っているとひょっこりティア姫が薔薇の隙間から顔を出した。
頭に帽子とタオル、虫に刺されないようにバッチリ庭師の格好をしている。
誰もこんな姫を想像できない。見つかるわけがない。
姫は薔薇の手入れをしていたのだが何だか苦々しい顔をしてハリスの側に来た。
「またあの男?しつこいわねえ。困るのよ」
「・・・何か顔を会わせてはまずい理由があるのですか?先程の三皇子はともかくスティア殿下はもういい加減シロだと思いますし会って差し上げてもよろしいのでは?」
「ほんと差し出がましいわねえあなたは。ほんと煩い」
「・・・嫌ならルウドに代わりますよ。薔薇園の管轄はルウドでしょう?」
「やめてよ、薔薇の手入れなんかしていたらすごい口挟まれるに決まってるでしょ。気晴らしなのに冗談じゃないわ」
「まあそれはそうですねえ・・」
「・・・とにかくあの人には会えないわ。別件でヤバイのよ。もういい加減諦めてくれないかしら。あなた何とかならないの?」
「なりませんし、出来ません。彼もまた私などより身分の高い王子さまですから」
「厄介の種をすべて追い払う方法はないかしら?」
「滅多なことをするとあらゆる方向からお叱りを受けますよ?」
「何とかならないのかしら?」
「お相手さえ見つかればあとは静かになりますよ。アリシア様のように」
「・・・・」
「・・・すいません、余計な事言いました」
ティア姫なら気持ちに踏ん切りさえつけば相手など簡単に見つかるだろう。
だがそれが出来ないから彼女は苦しむのだ。
薔薇園でティア姫を捜し回った後、スティアはやたら目立つ男達を見る。
金髪、茶髪、黒髪、賑やかにも我先にと周囲にティア姫の情報を聞き回り迷惑をかけている男達はどこかの国の皇子だろう。
スティアとしてはライバルが増えて尚更焦る。彼らのあの騒ぎならティア姫を見つけてしまいそうな気がする。
先に見つけられたらどうしよう?やはり彼ら同様派手に捜し回った方が得策なのだろうか?
「どうかなさいましたかフィリップ殿下」
「ルウド隊長」
ぼんやり派手な人達を見ていたスティアに声を掛けてきたのは二番隊長だ。
ティア姫を捜していると彼にも何故かよく出会う。彼は貴人の護衛が仕事なのでどこにでもいる。
「・・・私は何か間違っているのでしょうか?これだけ捜してもお目にすらかかれないなんて」
「・・・ああ、ええと」
「もっと派手に捜し回った方が良いのでしょうか?このままではあの派手なライバル達に先を越されてしまう。
私などこの通りただの冴えない皇子だし、特出する所など一つもないから、だからこそ誰よりも早く姫様とお知り合いになりたかったのに」
「・・・・そんな、冴えないなどと、その様なことはけして・・」
「いいえ、いいのです。やはり私の様な冴えない皇子は父の言う通りの妻をめとるしか術はないのです。
恋愛結婚をさせると言うこの国の方針に憧れて父に猶予を貰い挑戦権を頂いたわけですがやはり私などには勿体無い権利だったのです。
でもせめて噂高い白薔薇姫様には一目でもお目に掛かりたかった」
「・・・諦めてしまわれるのですか?」
「諦めたくはありませんがもうそれほど時間は残されていません。次のパーティが終わったら一度国へ戻らねばなりません。国で状況を聞かれて進展がないと知られたらもうここには来られなくなります」
「・・・・」
ルウド隊長が心配そうにスティアを見ている。
基本的に騎士達にもこの件の協力は仰げない。そもそも彼らには貴人達の警護と言う重要任務がある。
「・・・ティア様は元々それほど外へ出るタイプではありません。たまに外へ出ますが大体室内で研究です」
ルウドが周囲を気にしながら声を潜めて言う。
「・・・研究、ですか?」
「勉強、ですね」
スティアはルウドを見てパッと顔を綻ばせる。
「有り難うございます」
この騎士は時折そう言うヒントをくれる。そういえば薔薇が好きなのだと言うヒントも彼がくれた。
スティアは嬉々として走り出す。もちろん城内にである。
彼を見送りふと横を見ると泣きそうな顔の部下と目があった。
「たたたた、隊長!なんて事を・・・。こんな事、姫が知ったら・・・」
「協力はしてない。少々ヒントを出すくらい何でもないだろう?このままでは埒が明かない」
「隊長はあの方を密かに応援しておられるのですか?」
「好青年じゃないか、何か問題あるか?」
「・・・いいえ!でも、余り大っぴらに協力しない方が・・」
「うん?わかっているよ。他の皇子達にも示しがつかないからな」
「そうですよ、また姫様の怒りを買いますし・・・」
部下は疲れたようにとぼとぼと所定の位置に戻っていった。
ルウドには彼の心も計り知れない。
そして目線を三人の皇子に移す。彼らにはある嫌疑がかかっているが今の所誰も疑わしい行動を起こしていない。
相手が他国の皇子だけに迂闊な事は出来ない。
「・・・」
ルウドはふと薔薇園の方に目を向ける。何故か薔薇が気になったので庭園で任務中の部下を一通り見回してから薔薇園に向かう。
「・・・これは・・」
ルウドの手掛ける美しい薔薇園が数ヵ所いびつに変化している。
枯れた枝が切れているのはいいが若枝まで切られている。
一体どれだけ水をやったのか知らないが水の重みで薔薇の花弁が幾つか落ちている。落ちた薔薇が泥でぐちゃぐちゃだ。
ルウドは息を洩らす。こんなことをするのは一人しか心当たりがない。
「・・・全くあの姫は、ろくなことをしない」
ルウドは直ちにティア姫の捜索に向かう。ティア姫には今ハリスが着いているはずだ。
「ティア姫!どこです!ハリス、姫はどこへいった?」
姫の部屋をバンと開け、中を見るとハリスしかいない。
「・・君が鬼のような顔をして歩き回っているから雲隠れしてしまったよ」
そのルウドの後ろから例の皇子達がわらわら現れハリスの顔が曇る。
「ティア姫はどこにいるんだ?」
「居ないじゃないか?」
「近くにいるのか?」
「・・・皇子さま方・・・」
鬼のような顔をしたルウドがティア姫を呼びながら歩き回っているので何事かと後からついてきたのだ。
「ここは姫様の部屋か?」
「そうは見えないぞ?嫌に質素だ」
「隠れ家とか?」
「・・・・・」
「・・・ルウド、姫は当分出てこないだろうから。今は諦めた方がいい」
「そうするよ・・・」
ルウドは肩を落とす。そして皇子達を引率して庭園へ戻る。
「全く冗談じゃないわ。ほんっとルウドは呆れるほど分かりやすいんだから。悪戯じゃないのにちょっと薔薇を弄っただけで怒るのよ?もうちょっと寛容になれないのかしら?」
「・・・ティア様、怒ると分かっているなら触らなければいいでしょうに・・」
「そんなことより今度の作戦、どうしても助手がいるわ。どこから調達しようかしら?」
「お願いですからそんなことを相談なさらないで下さい」
魔法使いゾフィーは困る。姫を止めれば姫に恨まれるし、姫を止めなければ後で騎士達から恨み辛みを聞くはめになる。どうしようもないので知らぬ存ぜぬを貫くしかない。
「・・それに騎士を調達してはいけませんよ?彼らは今大変忙しい状態なのですから」
それと言うのも何やら嫌疑が掛かっている三人の皇子の動向を誰かしらが見張らねばならないからだ。しかも彼らは姫捜しに躍起になって城中を動き回る。
人手をどれだけ調達しても手が回らないのは彼らの方だ。
「全く迷惑な話ね、早く諦めて帰って欲しいわ。その前に全て吐いて貰わないといけないけどね」
「曲がりなりにも他国の王子さまですからくれぐれも程ほどに願いますよ?」
「まあゾフィー、私はいつもそのつもりよ?」
「・・・・」
その時、入り口のドアを叩いて誰かが呼ぶ声がした。
「魔法使い様、いらっしゃいますか?」
おや、この声は?
覚えのない声にゾフィーが首を捻る。
「はじめてのお客様かな?姫?」
姫を見るとうんざりした顔をしていた。
「私はいないって言っておいて」
彼女はすぐに隣室に隠れる。
何だろうと入り口に行きドアを開けるとやはり新顔の青年が立っていた。
「ええと、ご用ですか?」
「はい、こちらにティア姫はいらっしゃいますか?私はスティア=フィリップと申します。ぜひ姫様に接見をお願いしたいのです」
「ああ姫様のお客様ですね。どうぞ。姫様はいませんが」
「そうなのですか。・・お邪魔します」
相手は皇子様なので無下にも出来ず、客室に案内してお茶を入れる。
彼は物珍しげに辺りを見回す。
「魔法使いの塔とはこの様なものですか。初めて見ました。もっと書物や薬品が沢山あるのかと思っていましたが」
「ここは客室なので。この塔には色々な相談を持ちかけてくる方々がおりますので調剤部屋などは別にあるのですよ。
この塔は私専用に頂いたものですが一人で住むには有り余るほど部屋があるのです。全く使わずに埃を被っている部屋もあるのですよ」
「なるほど。しかし国一番の魔法使いなのでしょう?このような所に一人で寂しくないですか?」
「一人でも寂しくはないです。しかしここに来てからと言うもの一人の時の方が少ないのでむしろ一人静かに暮らしたいと思う時もある位です」
「そんなに賑やかなのですか?今日は誰も居ないようですが?」
「ええ、そんな日もいいですよね」
「・・・私お邪魔でしたか?申し訳ない」
「いいえ、どうかお気になさらず、ごゆっくりしていって下さい。姫はいませんが」
「・・・ティア姫様にはどこに行けばお会いできるのでしょう?そんなにどこにでも移動する方ではないとお聞きしたのにお会いできない」
「・・・最悪パーティでお会いできると思いますが」
「もし姫様にお相手がいたら話すことも出来ないままに終わるかもしれない。
国へ帰ればいい物笑いの種だ。自分で巻いた種ながら何一つ出来なかった事を父に報告すれば失望される。仕方がないのですが・・・」
ゾフィーは彼が気の毒になってちらりと調剤部屋の方をみるがそのドアの隙間からティア姫にぎろりと睨み付けられた。
「そういえば魔法使い殿は当然姫をご存じですよね?」
「ええ、はい。ゾフィーとお呼びください」
「ゾフィー殿、ティア姫はどのようなお方なのでしょう?どれだけ噂が横行しても真実が全く見えてこない。
恥ずかしい話、ここに三月もいるのに姫の話が全く耳に入ってこないのです」
「ええと、噂の通りの清楚可憐な白薔薇姫で・・・」
「噂通りなのですか?この城の人達はどうも何かを隠しているような気がしてならないのですが?」
「ええええ?そんなことはないですよお・・」
「何か気になるんですよねえ・・」
スティア皇子ににこにこ微笑まれながら圧力の様なものをかけられてゾフィーは冷たい汗をかく。
と、その時調剤部屋のドアが開いてティア姫がずかずか出てきた。
髪を縛り上げ眼鏡をし、マスクをつけて白衣を着ている。調剤中だったようだ。
手によく分からない薬品を持った彼女は皇子の前に立ちはだかる。
「ーーーあなた、ティア姫に会いたいのなら会わせてあげるわ」
「・・・えっ?あなた様は?」
「私はアリシア。ただし条件があるわ。ティア姫に会いたいなら黙って私の助手になると約束なさい」
「私はパーティが終われば帰らなければならないのです」
「その間まででいいわよ。何も言わずに黙って言うことを聞くのよ?」
「ーーーわかりました」
「・・・・」
ゾフィーはぶるりと身を震わせる。
どうしよう?部外者が姫の助手となってしまった。
何も知らず彼は姫の手先となって悪事を働くのか?これは問題ではないのか?幾らなんでもまずいのでは?ルウドさんに知らせた方が?
「ーーーゾフィー、余計な事吹き込んだらあとが怖いわよ?」
「ーーーーーー!」
ティア姫に睨まれてゾフィーは黙りこんで頷いた。
「じゃあ黙って私に着いてきなさい」
アリシアがそう言うので黙って後に付いていく。
彼女は今までスティアが知らなかった細い小道や近道をよく知っていて城に精通したものと言うことは分かった。
さらに王宮の深部を当たり前のように進んでいくのでやはり王宮の者なのだと認識した。
ーーーアリシア?第一王女なのか?しかし随分噂と違うような・・・?
アリシア王女は慎ましくたおやかな姫と聞いている。だがそもそも噂などと言うものは早々真実を突くようなものではない。
「ーーーあっ、テ・・・?」
アリシアは通りがかりの可憐な娘さんの口を塞いで壁に彼女の身体を押し付けた。
「・・・なっ、何するのよテ・・・」
「私はアリシアよ」
至近距離で凄まれた娘さんはビクついて首を縦に振った。
「何してるの?また何か面白い・・・うっ!」
アリシアは問答無用で何かの液体を娘さんに吹き掛けた。
「あっ、きゃあああああああっ!」
娘さんは突然激しく回転し、踊り出した。
「いやあああああああっ!」
「いくわよ」
「えっでも彼女・・・?」
「突然踊りたくなったんでしょう?よくある事よ、ほっておきなさい」
踊る彼女を見捨ててとっとと歩いていくアリシアの後に慌ててスティアも続く。
アリシアは廊下を進んである部屋に入り、さらに室内の庭園に出た。
「言っておくけど遠くから一目見るだけだからね?」
「え、そんな、ご挨拶だけでも」
「駄目よ?あなた状況分かってるの?ここはティア姫の私室よ?彼女の自由な空間なの。
そんな私的な場所に突然踏み込んでくる男なんか絶対許されないわ。見つかったら捕まって即刻国外追放よ。
何をどう正当化しても罪は罪よ、絶対許されないわ」
「・・・こっそり見るだけで我慢します」
「王女と話したいなら正式な手続きを踏まなきゃね」
アリシアの後に続き、小枝を掻き分け木陰からこっそり姫様の姿を覗く。
ティア姫は噴水近くでお茶を飲みながら読書に耽っていた。
「さ、もう見たからいいでしょ、行きましょ」
「え、そんな、もう少し」
読書に耽る彼女は全く動かない。
「・・動かないのに何なのよ?」
しばらく姫に見とれているとティア姫はふと顔を上げた。視線をこちらの木々に目を向けると本を置いて席を立つ。
「やばいわ、ばれたみたい。逃げるわよ?」
「・・・えっ、ハイ・・」
すかさず二人は逃げた。何か後ろから声を掛けられた様な気がしたが振り向くことも出来なかった。
二人はそのまま魔法使いの塔に入った。
「さあ、ティア姫に会えたのだから私の助手になってもらうわよ?」
「それはいいのですが、先程の方は本当にティア姫様ですか?」
「ーーーなんですって?」
「何だかイメージと違う様な・・・?」
「会ったこともないのに噂だけで想像して勝手言わないでよ」
「・・・そういえばそうですね。すいません」
「パーティまで時間がないわ。あなたには沢山働いてもらうわよ。黙って言うこと聞くのよ?」
「パーティに何か計画が?」
「そうよ、準備で忙しいの」
なんだろう?余興だろうか?それは楽しみだ。
「何でも致します。どうぞ好きなだけ使ってください」
余興と聞けば気分が綻ぶ。スティアは嬉しげに言う。
彼女の後ろで魔法使いがおろおろと困っているのも気付かずに。
ルウド=ランジールはティア姫を捜していた。
魔法使いの塔に居なかったのであとは姫の部屋か薔薇園くらいしか思い付かなかったが何処にもいない。
「ティア姫を見なかったか?」
常駐警備をしている兵達に聞いても誰も見ていないと言う。
姿だけで十分目立つはずの姫が誰の目にも触れずに移動するなんてあり得ない。
前々からおかしいと思っていたがもしかすると我々には知らない姫独自の通り道があるのかもしれない。
それは警備上問題である。
ルウドは周囲の警備状況を確認しながら王宮の奥へと進んでいく。
ティア姫の部屋の方へと歩いていくとどこからか奇声が聞こえた。
「いやああああああ、だれかああああ」
「・・・ミザリー様、何をしておいでで?」
「ルウドッ、助けて!ティアにやられたのよおおおおおお!」
ミザリー姫は息を切らしながらも激しく回転し躍り狂う。
「止まらないのよおおおおお!」
「すぐに薬を持ってきますから」
ルウドは慌てて魔法使いの塔で薬を貰ってミザリー姫に吹き掛けた。
「あああ、はあはあっ、あの子!また何か悪いことたくらんでるわよ!どこかの男の人と組んで何かする気だわ!」
「・・・そうですか・・・」
「ルウド!止めなきゃ!捕まえて締め上げるのよ!あなたにしか出来ないわ」
汗だくのミザリー姫を部下に任せてルウドは先を進む。
アリシア姫の部屋に着いたので様子を見るべく中に入る。
「あら、ルウド。ティアならさっき来ていたわよ?声をかける前に逃げていったけど。何かもう一人いたみたい。何しているのかしらあの子?」
「・・・・」
ルウドは部屋を退出して城の庭園に向かう。庭園にはハリスがいた。
「ハリス、何をしているんだ?ティア姫の護衛はどうした?」
「姫は塔だよ。当分出てこないから邪魔するなと追い出されてしまってね」
「ダメだろう、邪魔と言われようが目を離しては」
「でもまあ塔にはゾフィー殿が居るし、助手がいるから外側だけ警備していれば問題ないと思ってね」
「・・・助手って何だ?余り身元の知れぬものを姫に近づけるのは」
「例の王子さまだよ?スティア殿。姫自ら助手にするなんて珍しいよね。上手くいくと良いけどねえ」
「・・・・・」
「何だいその不服そうな顔は。君だって密かに応援していたろう?」
「まあいい。姫は塔だな」
「ルウド、いくのかい?二人の邪魔をしては駄目だよ?」
「・・・私は姫に用事があって捜していたんだ」
「急ぐ用事なのかい?後でもいいじゃないか?」
「・・・・・・」
「大丈夫だって。ゾフィー殿も居るし。二人きりではないからそんなに心配しなくても」
「・・・・分かった。後にする」
ルウドは息を吐き、踵を返す。
実に不本意だが姫を捜すのは諦めた。
「実験をするわ」
そうアリシアに言われて訳も分からず付いていったが実際何をするのか分からなかった。
彼女に言われたことをしてから経過を見るだけだ。
しかしーーーーーー
「ああ、ジニアス様、私、私もう待てませんわ。私を早くあなた様のものにして下さいませ。奥さまとはいつ別れるのですか?」
「ああ済まない。私の奥方は気立てが良くて優しくて美しくて料理上手で非の打ち所がなく若さ以外では全て貴女に勝っているので別れることなど出来ないのです。貴女には若さしかなくその寿命もまた短い。一時の戯れなのです」
「そんな!嘘だと言ってください!私との事が一時の戯れだなんて!そんな酷いこと!」
「今更なことでしょう?分かっていて恋に走った貴女も罪。私たちの罪は只の一時、この時が過ぎれば忘れ去られる一時の戯れですよ?」
「そんな!あんまりですわああああ!」
婦人は泣いて去っていった。
「・・・あの二人、不倫だったのね。それはともかく効能がまだ不十分だわ。もう少し濃度を上げてもいいかしら」
「・・・・」
今の二人の会話のどこに薬の効果があったのかがスティアにはいまいち分からなかった。
言う通りにしろと言われるだけで薬の事など説明して貰えない。
体に害はないからと怪しげな液体を散布する手伝いをさせられたが本当に害ではないのかと不安になる。
「どうも個人の差と言う壁は越えられないわね。同じように効き目がないと意味がないのだけれど・・・」
「あのう、アリシア様・・」
「何よ?黙って言うこと聞くんでしょう?余計な事言うならもう使ってあげないわよ?」
「・・・いいえ・・何も」
「ならとっとと先へ行くわよ。まだ検証が必要だわ。いい実験材料があるのを思い出したわ」
「・・・・」
何か怖いことを聞いたような?それ以前に今自分がしていることは・・?
スティアの不安は増大する。
何か今ヤバイことしてないか自分?
とは言え姫に捨てられるのは嫌なので何も考えないように努めることにした。
エルグ国第三皇子マルクス=トゥエルグは同時期に来た他国の皇子たちと張り合ってティア姫を捜し回っていた。
国の威信をかけて何としても誰よりも先にティア姫を見つけなければ!
他にも皇子は沢山いるがあの二人よりも先に姫とお近づきにならなければ。
条件が同じなら姫はまず外見を重視するだろう。外見ならば他の二人よりも自分が一番勝っている。
まだ若い世間知らずの姫ぎみには自分のような風貌の男が一番受け入れやすいのだ。
ーーー勝てる!姫に会いさえすれば!
この城に来てからろくな情報も得られずに足で捜し回るしかない状況だが彼は楽観していた。
出会うのは最早運命のなせる技だ。そして出会えば必ず彼女は恋に落ちるはず。
マルクスはそれを信じ、ひたすら彼女を捜す。
そして、彼は彼女に出会う。
「ーーーあなたは・・・」
白い薔薇の園に彼女はいた。サラサラの金髪、淡雪の肌、若草のドレス。
白薔薇を愛でる姿は儚く淡く夢のようだ。
それでも近づけば振り向き、緑色の瞳が怪訝に揺らめく。
「・・・私はエルグ国第三皇子マルクスと申します。白い薔薇のごとき姫、一目お会いしたいとずっとお捜ししていました」
「・・・まあ・・・」
「ようやくお会いできて嬉しゅうございます」
世間知らずの若い姫らしくポッと頬を赤く染める。
マルクスは姫がなかなか姿を見せないわけが分かった気がした。
ティア姫は恥ずかしがりやさんで奥ゆかしい方なのだ。なのに皇子が派手に捜し回っているから怖がって隠れてしまったのだ。
まさに噂通りの清楚可憐な姫様だ。
マルクスは彼女が怖がらないように控えめに声をかける。
「ティア姫様、もしよろしければ少しだけ私に時間を頂けないでしょうか?少しだけでも私とお話をして頂けませんでしょうか?」
「・・・え・・」
「私は貴女にお会いするためにこの国に来たのですよ」
「そうですか・・・それじゃ、部屋で、少しだけ・・・」
「お部屋へご招待していただけるのですか?それはこの上ない幸せです」
「それじゃ、こちらへ・・・」
姫は慎ましやかにも薔薇の園を抜け、人目に触れない道を選んで城に入り、とある部屋に入った。
その部屋はシンプルでテーブルと椅子しかない部屋だ。
「ティア様、この部屋は?姫様の部屋ではありませんよね?」
「もちろんよ、ここは客室だもの」
「・・・そうですよね?」
部屋に入って何か姫の声色が変わった気がしたがマルクスは不穏には思わなかった。人目がなくなり二人きりになったので恥ずかしくなくなったのだと思った。
姫はにっこり微笑み椅子の一つを指し示す。
「今お茶でも入れますわ、どうぞお座り下さい」
「そんな、姫様がお茶を?勿体ない!」
「まあ、大切なお客様ですもの。当然ですわ」
マルクスが大人しく座ると、ティア姫がお茶を持ってきた。
「さあどうぞ?」
「有り難うございます。何だか夢みたいだな」
マルクスはお茶を飲む。
すぐ横にいる姫の微笑みを夢心地で見たまま、彼の意識は途切れた。
「少しづつ濃度を上げていくわ。人体がどれくらい耐えられるかきっちり調べておく必要があるのよ」
「・・・くれぐれも、ほどほどに・・」
「今後のためよ、大事な事ってわかるでしょう?」
「・・・それは、そうですが・・」
目を開けるともう一人いた。
「・・・・君は確か・・?何故居るんだ?」
「・・・あっ・・・」
確かスティアと言う名のどこかの国の皇子だ。
マルクスは身体を動かそうとして異変に気がついた。椅子に縛り付けられている。
「何だこれは・・・?」
「あら、お早うございます、皇子様」
「あなたは・・ティア姫?なのか?」
姫はすでに実験用の白衣に着替えていた。
テーブルには沢山の怪しげな薬品と道具類。
「もちろんそうよ、マルクス様」
姫は薬品を持ってにこにこと笑いながら彼に近づく。
「・・・う、嘘だ!そんなわけない!偽物だ!誰だお前は?近づくな!」
マルクスはこの状況から危険を察知して怯えた。
「まあ酷い。自分から近づいてきてその言い様。ティアは傷ついてしまいますわ」
「本物の姫はどうした!この魔女め!」
「・・・・・」
白衣の魔女はマルクスに何かを吹き掛けた。
「うわっ!何をしたこの魔女!返答によっては容赦せんぞ!」
「・・・何が魔女よ、ことごとくバカ男ね。噂を信じて勝手な夢見て現実が思い通りでないと逆ギレ?バカみたい。心配しなくてもあなた一番ティア姫の逆鱗に触れるタイプだわ。何かもう存在するなって感じ?」
「・・・姫様・・・そんな・・」
「きっと今まで顔だけで世の中渡ってきたバカ息子タイプよ。うちの三番隊長みたいな?見てるとイライラして踏み潰してやりたくなるのよ。虫酸が走るわ」
「・・・なんなんだ?」
魔女の横にいるスティアは目が泳いでいる。
「あなた、国に何人恋人がいて?」
「ほんの十人ほどだが」
「じゃあ奥さんと愛人は?」
「妻は五人、愛人は三人」
「お子さんは?」
「三人」
「不倫もしているでしょう?」
「ほんの遊びで三人ほど」
「ちなみに他国で手をつけた女性の数は?」
「二十人は下らないな」
「ーーーーーすごい!」
「スティア!感心してるんじゃないわよバカ!」
「すすすす・・すいません・・」
マルクスは嫌な汗をかいた。
何故こんなにもペラペラと秘密が口から盛れ出るのだ?ありえない。
「ーーーあなた、ここへ来た目的は何?
」
「それはもう、他国にも噂だかい白薔薇姫を陥落させて私が誰よりもいい男だと言う証明をするのだ。何よりも自慢になるしな」
「ーーー問題外だわ、下らない」
魔女は軽蔑しきった視線で一瞥し、テーブルの薬品に目を移し片付け始める。
「姫様?」
「こんな薄っぺらい男、実験の価値もないわ。人選を誤ったわ」
「それじゃ実験は?」
「他を当たるわよ」
「・・・他、ですか・・」
スティアは落胆した。
「ーーーおい、私をどうするつもりだ?
こんな事をしてただで済むと思うなよ!」
「ーーーまあ何がただで済まないのかしら?恋人十人、妻五人に愛人三人、さらに遊びで不倫三人。他国には二十人は下らないそうね。世間に密告したらさぞかし楽しい事になりそうよね?」
「・・・・・・・!」
「そんな男が白薔薇に手出ししようとしていたなんて聞いたら家の家族も騎士も身内は皆怒り狂いそう。早めに荷物まとめて出ていった方が良いのではなくて?」
「・・・その前にお前の口を封じればいいことだ!」
「まあ怖い、じゃあ踊り死にして捕らえられて叩き出されなさい」
魔女は怪しげな薬品をマルクスに容赦なく振り掛けた。
「何をしたーーーー!」
マルクスは縛られたまま椅子ごと激しく踊り出した。
「うわあああああっ?」
「行くわよ、また実験体捕まえなきゃ。早くしないと煩い連中に見つかるわ」
「・・・・」
非常にもマルクスを置いて二人は出ていった。
ドアが閉まるときっちり鍵のかかる音がして彼は泣きたくなった。
カイン=リィオンは庭園にいた。
姫ぎみの捜索は第一だが庭園での情報収集も重要だ。庭園に集まる様々な人達との交流を図る。ただ走り回るだけでは
能がない。
庭園の護衛騎士達は余り情報を出してくれないが大臣達は割と姫の情報ならペラペラと話してくれる。まるで自分の娘か孫の話でもするように楽しげである。
「第三王女はどのようなお方ですか?」
「ティア姫様か。とてもお元気な姫様で
」
「元気すぎじゃよ、困ったものだ」
「じゃじゃ馬だがいい姫だよ。悪戯が過ぎるけどなあ」
「優しいがあれで嫁に行けるのか心配だな」
「頭がよすぎるのも困り者じゃ、釣り合いのとれる男を捜すのは難しい」
「なまじ恋愛結婚も難しいものだの」
「普通の男にあの姫は無理じゃないか?」
老年の大臣達は言いたい放題だが姫の情報は的確に仕入れることが出来た。
何やら噂の姫君とはずいぶん違いがあるようだ。
ーーーなるほど、頭のいいじゃじゃ馬か。
カインはそこで好奇心がくすぐられた。
ただの噂通りの清楚可憐な普通の姫君なら特に興味も持たなかったが普通でないなら見てみたい。
国主の命令でこの国の姫に求婚するはめになったが実は余り乗り気ではなかった。
他国のお姫様の噂などどこにでもある。それが国の威信と交易のためなら噂は派手に尾ひれをつけて世界中を飛び回る。
派手な噂を信じて直接本人に会うとがっかりと言うこともたまにある。
ーーーおや、あれは・・・?
ふと顔を上げるとキラキラと流れる金髪が目に映る。人々の間を抜けて消え去っていく。
「・・・ティア姫?」
カインはすかさず後を追う。金髪の女性はカインの前から消えたり現れたりしながら人の間をすり抜け、小道をすり抜け、城に入って逃げていく。
「・・・お待ちください!」
まるでカインを誘うように彼女は逃げていき、そしてとある一室に入っていく。
「失礼、入りますよ」
中へ入ると金髪の女性がいた。
カインは勝ち誇ったように笑う。
「ティア姫、やっと見つけた。はじめまして、私はカイン=リィオンともうします」
「・・・そう」
姫は詰まらなさそうにカインを見る。
清楚可憐な白薔薇姫、確かにその姿は噂通りの姫のようだ。
「姫様、一目お会いしたいとずっとお捜ししておりました。是非私とお話を・・・」
「いいわよ、ただし・・」
「えっ・・・?」
姫が何かの液体を軽く吹き掛ける。
途端カインは目眩がして気を失った。
目を開けるとカインは吊るされていた。腕と腰がくくられ吊り上げられている。
驚いて周りを見ると金髪の青年と目があった。青年は憐れな視線を何故か向けてくる。
「・・君は確か、フィリップ?」
彼は苦笑い、フッと視線を逸らす。
「・・君?何を・・?」
「・・・私は無力なんです、勘弁してください」
「何を言って・・・?」
「スティア!試験体と馴れ合うんじゃないわよ!情が移るじゃない」
スティアの反対側を見ると白衣姿の女性がいた。声からティア姫と分かる。
いやそれよりも・・・、試験体?
眼鏡とマスクをした白衣の女性が怪しげな薬品をもってカインの側に近付いてきた。
この状況から自分の身に迫る危険を察知し自然身体が緊張する。
「何をする気だ・・?」
「お話がしたいのでしょう?いくらでも話させてあげるわよ?」
彼女は怪しげな薬品をカインに吹き掛けた。
「何だこれは?何をした!」
「すぐに効果が現れないのが難点かしら。これも個人差があるのよね」
「その個人差を薬品の強弱で埋めるわけですか?」
「そうできたらいいけど、いちいち調べないと分からないでしょう?余り強いとショック死する人も出るわけだし、難しいのよ」
「・・・やはり団体の席で使用するのは無理があるのでは?」
「・・・まあ考えるわ」
二人はカインを無視してよく分からない会話をし、結論が出るとカインに目を移す。
「な、なんだ?」
「そういえば名前を聞いていなかったわね」
「カイン=リィオンです。先程言ったではないですか?」
「そうだったかしら。覚えてないわ。それで何をしに来られたのだったかしら?」
「噂の姫を見るためですよ!王の命令で姫を落としてこいと言われたのです。噂の姫になど興味はないですがほんの遊びのつもりですよ。田舎娘にもたまには掘り出し物がありますからね。都会の女にも飽きてきたところだしたまには違う畑のものも味わってみたいじゃないですか」
「・・・へえ、そういうものなのね」
姫の目が据わっている。カインは自分の口を押さえたかったが手は縄で縛られたままだ。
「家の者から大分情報を貰っているようね?」
「この国の大臣はおおらかで国政に関することは呆れるほど口が固いのに姫様方の事になると聞かないことまで喋りますよ。皇子は奥手で控えめすぎて遊びが足りないとか、アリシア王女は本の読みすぎで運動不足だとか、ミザリー姫は食べ過ぎでまた一段とふくよかになったとか、ティア姫の悪戯は最近酷すぎるとか」
「・・・・・」
「庭師がちゃんと監視していないから姫は意地悪を止めないのだ、全く最近の若いものは根回しが悪くていかん。管理不行き届きもいいとこだ、とか」
「・・・・へえ、ところであなた、スパイからこの国の情報を買ったことはある?」
「あははは、そこまでする情熱は私にはありませんよ。この田舎に何があるのです?」
「・・・そんな感じね・・」
姫は溜め息を吐く。その姫をスティアがおろおろと見ている。
「・・・もういいわ・・」
「えっ、それじゃ、縄を解いても・・」
「何を言うのよ?まだ試していない薬品がこんなにあるのよ?順番にいくわ」
「・・そうですか・・」
見ると姫の後ろのテーブルには怪しげな小瓶が沢山ある。
「まさか・・あれ全部・・?」
「大丈夫、死にはしないわよ。ちょっと役に立ちなさい」
「ーーーー・・・!」
彼はさらに薬品を吹き掛けられる。
暴れても縄は取れない。彼女の助手らしい彼は憐れな視線をこちらに向けるだけで助けは期待できない。
カインは自分の憐れな末路を悟ってしまった。
ーーーおかしい・・・
バルト=エルガルドは異変に気づいた。つい先程まで一緒に姫を捜し回っていたマルクスとカインがいない。
三人は先を争って姫を捜していたのでバルトとてあの二人の目のいかない場所などをこそこそ嗅ぎ回っていたのだ。
その間にいつのまにか二人の姿が見えなくなってしまった。
「・・・・・」
二人が姫を見つけ出し、バルトに隠れてこっそり会っているのかと推測すると気が逸る。
あの強引な二人に迫られて姫は今ごろ困っているのではないか?
それはいけない、早く助け出さねば。
この国へ来て城内の人達に聞いたところティア姫は噂通りの淑やかで優しい方らしい。
白薔薇のような真っ白で清楚で大人しく、それでいて可憐な姫ぎみ。
バルトの理想通りの姫だ。噂を聞き付け是非にと王に頼み込んでこの国へ来た。
今まで他国も自国も渡り歩いて様々な姫に会ってきたが恐らくティア姫ほどバルトの目にかなう姫はいないだろう。
一度遠くから見かけたが噂通りの姫だった。
これは運命だ!お会いして必ず姫を手にいれる!
バルトは近くの騎士に尋ねる。
「マルクスとカインを見かけなかったか?見当たらないんだが?」
「ーーーええっ?それは大事ですね、今上官に報告してきます」
彼は近くにいた上官に報告する。上官の彼は確かルウド=ランジール隊長だ。
彼は慌ててバルトの元へ駆け寄ってくる。
「つい先程までいらしたのに、おかしいですね。警備はあちこち配備されていますので誰かの目には入ったはず・・・すぐに調べます!」
「待て隊長、あの二人は姫を捜していたのだからティア姫の所にいるかもしれない。私もいく、姫が心配だ」
「・・・えっ、しかし・・」
「緊急事態だぞ、姫があの二人に困らされていたらどうするんだ。早く助けて差し上げなければ可哀想だろう?」
「え・・・分かりました・・・」
ルウドは困ったように足を止めたが戸惑いながらも先へ進む。
複雑な顔で走っていくルウドの後を追いつつも、バルトの脳裏には困っている姫を助ける頼りがいのある自分、という構図が出来上がり自然と顔がにやけた。
「うわああああああああっ!ああああああっ!」
その異常な光景にルウドは苦々しく顔を背け、バルトは驚いて釘付けになった。
椅子に手足を縛られたままのマルクスは椅子ごと激しき踊り狂う。何故かぐるぐると回転して全身でごろごろ転がる。
「はあっ、はあっ、も・・許し・・・」
マルクスは涙と汗でびしょびしょでしかもあちこち血が滲んでいる。
幸い魔法使いにもらった薬が残っていたのでルウドはそれを彼に吹き掛ける。
すると彼は次第に動きを静めていき、最後に椅子ごと床に伏した。
「・・マルクス様、あの・・・」
とにかく椅子の縄を解いた。何となく詳細が分かってしまったのでなんとも声が掛け辛い。
「くっ・・!魔女が・・!あのふざけた魔女が!」
「少し安静にされてください、マルクス様」
「魔女って何だ?姫はどうした?」
バルトが部屋の中を見回すが痕跡もない。
マルクスの背をさすりながらルウドは背筋が寒くなる。
魔女って・・・。どうするんだ?誰か代わりに説明してくれ。
普通にそれが姫だと言えば国際問題だ。
「どういうことだ?この城には魔女がいるのか?魔法使いはいるときいたが?」
バルトが怪訝そうにルウドを見る。
これは知らないでは済まされない。
「・・・・・魔法使いの数十代前の魔女が場内に現れては誰かを実験するという噂は頻繁に聞きますが・・・犠牲者に会ったのははじめてです」
ルウドは苦しい言い訳をした。
「何でも大変な美女だそうで、城内で実験中にお亡くなりになったとか・・・」
「ほほお、美人の幽霊か、マルクス、どうだった?」
「・・・幽霊なのか・・・?確かにティア姫と思い込んで着いていったが本人から名を聞いたわけでもない、美人だったから姫と思い・・・?」
まだ薬の効果があるのだろう。マルクスはまんまと混乱した。
「とにかくお疲れでしょう。部屋に戻ってお休みください」
いまいち納得いかなそうなマルクスはルウドの部下に送られていった。
しかしまだもう一人いる。ルウドはとても嫌な予感がした。
「まだカインが見つかっていない」
バルトが厳しい視線をルウドに送る。
「・・・後は私が捜しますので、お部屋にお戻り下さい」
「いいや、そんなわけにはいかない。カインが姫のところにいるかもしれない」
「・・・そうですね」
まずい、きっと彼もろくな目に遭ってはいない。どうやっていいわけするんだ?
「早く行こう、姫が困っているかもしれない」
「・・・・はい」
ルウドは重い腰をあげる。バルトはとにかく姫に会いたいらしくとてもルウドには止められない。もうなるようになれと思うしかない。
「ルウド」
城内を歩いているとハリスがやって来てバルトに聞こえないように耳打ちする。
「カイン様が見つかった。空いていた客室で吊るされていた。体に異常はないがあれは姫にやられたようだ。部屋に戻して今ゾフィー殿に見てもらっている」
「分かった・・・」
「どうした?」
バルトが怪訝そうに二人を見る。
「カイン様が見つかりました。お部屋にいかれますか?」
途端バルトが苦々しい顔になった。
「いや、いい。それより姫の居場所は・・・」
「私はカイン様の様子を見てまいりますので、バルト様は部屋へ戻られては?」
「・・・園に戻る」
「そうですか?ではお気を付けて」
宛の外れたバルトは仕方なく踵を返す。
とりあえずバルトへの言い訳は逃れることが出来たがカイン宥める仕事が残っている。
「あの姫は何がしたいんだ?全く面倒ばかり起こしてくれて。目なんか離すべきじゃなかった」
「すまない、スティア皇子がいるから早々悪さなどしないと思っていたのだが」
「ティア姫が他国の皇子をいちいち気遣ったりするのか?もっとよく考えるべきだった」
「・・・・」
カインの部屋に行くと彼はもがき魘されていた。
「ああああっ、魔女・・・魔女がああああああっ!うわああああっ!もうやめてくれええええっ!」
「カイン様、しっかりなさってください、落ち着いてください」
ゾフィーにしがみついてカインは怯える。
「腸が裏返るような得たいの知れない猛毒を次々と!俺は・・・俺の体はもう、黒い虫にたかられたように穢れてしまったああああっ!もうお婿にいけない!」
「落ち着いてください。虫なんかいませんよ。魔女もいません。すべて幻覚ですよ?悪夢です、悪夢を見たのでしょう?」
カインが驚いたようにルウドを見つめる。
「・・・夢、なのか?」
「そうですよ、悪夢ですよ、早く忘れた方がいいです」
「夢・・・・」
カインは少しばかり落ち着き、ぶつぶつと下を向いて呟く。
「弱味を次々吐かされて、全ての個人情報を暴露されたあれも・・?」
「・・・・」
ルウドとハリスは部屋を出る。カインは少し休めば落ち着くだろう。
「ーーー少し目を離しすぎたのではないかハリス?あの姫に遠慮なんかしていてはとんでもないことになる。一体何を目論んでいたのかは知らないが野放しにすべきではなかったんだ」
「・・・悪かったよ、姫に関してはもう君に任せるよ。私は周囲の厳重警戒に専念するから」
「とにかく姫を捕まえてくる」
「うん、頑張って」
ルウドは心なし元気になって走り出す。
魔術師の塔でスティアは困っていた。
アリシア姫は隣室で調剤中である。
スティアは調剤の役には立たないので客室で休んでいるのだが気分的には全く休まらない。
何だか姫について誤解が多々ある気がする上に明らかに悪事以外の何者でもない行為の助手をしてしまった。
これは大丈夫なのか?後が怖くないか?皇子達に危害を及ぼすなど・・・。
いやしかし姫は彼らの弱味を大量に掴んだ。あれだけの事をされればもう関わりたくないはずだ。
ーーーどうしたらいいんだ?
逃げた方がいいかもしれない。だがスティアはそんな事をするために来たのではない。
悩んでいると外から声がした。入り口を開けるとルウド隊長がいた。
「スティア殿、ティア姫はおられるのですか?」
「・・・ティア姫、ですか?」
「そうです、居るのでしょう?ーーー出てきなさい!姫!」
ルウドは中に入って調剤部屋のドアを叩く。
「出てきなさい!逃げても無駄です!全くまた訳の分からない悪さをして!何故そんなことばかりするのです!他国人にとんでもないことをして!今度という今度はもう許しませんよ!なに考えているのです!大人しく投降しなさい!」
「あああああ、ルウド隊長、私も悪いのです。黙って協力したのですから」
「とんでもない。悪いのは姫だけです。貴方は手伝わされただけでしょう?いいのですよ姫を庇わなくても。責任の所在ははっきりさせなくては。悪いのは姫だけです」
「そんな・・・」
「ティア姫!」
「・・・うるさいわね、騒がないでよルウド」
調剤部屋のドアが開いて姫がノロノロと出てきた。ちらりとスティアを見てボソリと呟く。
「悪かったわね、噂通りのティア姫でなくて」
スティアはどうとも言えない。
ルウドはバン、と姫を挟んで壁に手を付く。
「ーーーそれで、姫?今回の所業は何なのですか?言い訳があるなら言ってみなさい!」
「まあルウド、怖い顔。怒っているみたい」
そっと彼の頬に手を添えようとするティア姫の手をルウドは無情にもペッとはねのけた。
「怒っているのです!今度という今度はもう許しません」
「許さなかったらどうなるの?」
「監視を徹底します、もう手加減なんか絶対しません」
「・・・手加減、道理で大人しいと思ったわ」
「お二人のお邪魔をしてはいけないと思ったのが間違いでしたね。邪魔でも何でももう目を離しません」
「二人って・・彼只の助手なんだけど?」
「助手でも何でもあなたみたいな意地悪姫の相手してくださる貴重な方ですよ。今度のダンスの相手もして下さるのでしょう?大切になさい」
「そんなつもりは・・・」
「私ももういい加減あなたのお守りから解放されたいですよ。とりあえず次のダンスの相手はしなくてすんでせいせいしますね」
「どういうことよ?」
「アリシア姫から頼まれていたのですが相手がいるなら必要ないですから」
「・・・・・・・酷い・・」
「姫?」
「・・・あの二人はシロだったわ。もう一人いるけど期待は薄そう。何だか頭悪そうだったしつまんない噂流したらすぐ帰りそうだもの」
「・・・何・・?」
「私だって始終ルウドの監視なんてごめんよ。早く終わらせて。もうほっておいて」
ルウドの腕をはねのけて、ティア姫は調剤部屋に籠ってしまった。
スティアはおろおろするしか出来なかった。
姫が調剤部屋に籠ってしまったのでスティアが説明する羽目になった。
だが説明と言ってもスティアは姫の助手をしていただけなので細かい事情など分からない。
「ティア姫は薬品の実験をされていました。実験対象に様々な質問をされていましたが薬品の効果を調べるためと思っていました」
「まあ大方そうですよ。少しだけ別の意図があったかもしれませんが」
ルウドが困ったように笑う。
質問をされているスティアの方が何か知らないことがありそうでスッキリしない。
「ティア姫様はやはり求婚者すべてが迷惑なのでしょうか?」
「えっ?そんなことは・・・」
「最初から名前も教えて下さらなかったし、色々私の知らないことがあるようですね、ルウド隊長」
「・・・そ、そんなことはないですよ?ただ今回のあの三人は、内密ですがある嫌疑がかかっていまして警戒が強くなっていただけなのです。
姫は監視体制に不満があったのでしょう。それであの三人が潔白ならば状況を打開できると思ったのですね」
「そんなことが・・・」
「まあ警戒体制は変わらないし姫の監視も変わりませんが」
「監視なんて。嫌がっていましたよ?」
「姫の監視はいっそう厳しくします。野放しにしていたらろくなことをしない。何より姫の身を守るためです、手は抜きません」
ルウドは笑っていたがその笑顔が尚いっそう非情に見えた。
そして彼は報告のために魔法使いの塔を出ていった。
「・・・・・」
スティアはますます思い悩む。部屋に引きこもった姫は妙に静かだ。
ーーーなんだろう?何かが引っ掛かる。
今日一日の姫の行動、言葉などに意味がなさそうでも何かある。
「ただいま戻りました」
魔法使いゾフィーが戻ってきた。彼を見てスティアは深刻な顔になる。
「あの、カイン殿は?」
「大分落ち着きましたよ。体に異常はないのですから大丈夫ですよ」
「そうですか・・・」
しかし彼の精神的な痛手は相当なものだろう。
「姫様はどうされました?」
「隣室に引きこもってしまいました。ルウド隊長が来ていたのですが、彼のお叱りが効いたのでしょうか・・・?」
「・・・・・」
「この国の護衛隊長はずいぶんと姫様に遠慮がないのですね。監視なんてそんなはっきりと。この国の人達は皆そうなのでしょうか?」
「いいえ、そんなことはないですよ。あの姫様とルウド隊長が特殊なのです。
ルウド隊長もあの姫様でなければそんなにずけずけ言いませんから!警備隊などは隊長ほど姫様にモノを言えませんからいつも泣き寝入りです」
「ティア姫様とルウド隊長が特殊ですか?どういう関係なのです?」
「・・・あ、ええと、ティア姫?」
「隊長がそう言っていました」
「・・・そうですか」
ゾフィーが肩を落とす。
「何となくそんな気がしていたので大して驚きませんでしたが、ルウド隊長の態度の方が驚きました。
ダンスの相手をしなくてすんでせいせいするなんて、ティア姫相手に簡単に言えませんよね?」
「ルウド隊長はまたそんなことを・・・」
「お守りはごめんとか言っていましたが?」
スティアはゾフィーを見上げる。
ゾフィーは困ったように口を開く。
「・・・ルウド隊長は元々庭師でティア姫の守り番です。薔薇園の白薔薇と同じように大切に姫様を守ってきたのですが、最近姫様が反抗期で・・・」
「反抗期・・?」
「ルウド隊長を怒らせることばかりしているのです」
「それはまた何故?」
「・・・私には分かりません」
ゾフィーは調剤部屋のドアを叩く。
「・・・姫様、ティア姫様」
「・・・何よ?」
「例の薬、出来ましたよ?どうします?」
「・・・ちょうだい」
「分かりました」
客室に戻るとスティアの白い視線と合った。
「また薬ですか?」
「・・私は姫様の味方なのですよ。悲しい顔をされるのが嫌なのです」
「悲しい顔、ですか?」
するとバンと調剤部屋のドアが開いた。
「ゾフィー!余計なこと言うんじゃないのよ!」
「・・・姫様」
「スティア!あなたもういいわ。あの薬は広範囲には使えないもの。助手は必要なくなったのよ」
「そうですか、でも私はまだティア姫様に用があります」
「私は用なんかないわ」
「私はあなたに求婚しに来たのですよ」
「ダンスの相手ならいらないわ。何が求婚よ、私の事なんか知りもしないで。無駄だからとっとと国へ帰りなさい。私は結婚なんかしないわ」
「・・・ティア姫・・」
姫は魔法使いから薬を受けとるとさっさと塔を出ていってしまった。
「・・・手強いな」
スティアは苦笑する。
ゾフィーは心配そうに彼を見る。
「あの、姫様は今不安定な状態ですし反抗期真っ盛りですけどそれでも・・?」
「何となく状況は分かりましたし姫の事も少しは分かりました。ダンスのお相手は今回は諦めましょう。一度国へ帰って報告せねばなりません。
それからまた改めてティア姫様にお会いしに伺うことにしましょう。姫を諦める気はないですから」
にこりと彼は笑う。
騙されてこき使われて悪事に荷担させられて、結構酷い扱いをされていたにもかかわらず全く怒る様子もめげる様子もない。
スティア殿下も姫に劣らず手強そうだ。
ーーー先程渡した媚薬、姫は誰に使う気だろう?
ゾフィーはますます思い悩む。
部屋でこっそり泣く姫が不憫でつい何でも姫の望みを叶えてしまう。
あの薬が更なる混乱を引き起こしそうな予感がした。
<第三話終了 四話へ続く>