第二話 魔法使いの秘薬
「新薬を開発するわ!」
数日前からそう言ってティア姫は調剤室にこもった。三回の食事以外はここの所ずっと引きこもっている。
その間は周囲に害はなく平和で静かな日々を送る事が出来るが後が恐い。
新薬が出来れば誰かが実験台にされる。
今平和な日常を送る騎士達は内心不安でいっぱいに違いない。
そんな事を思いつつ魔法使いゾフィーも時には魔法使いらしく調剤もする。
王宮専属魔法使いなのでおおむね城内の人達の依頼で腰痛や腹痛の薬なども造るがたまに使用上注意すべき薬品を調剤してみたくなる。
もちろんそういう薬はけして公にせず、こっそり効果を試したりする。
天才と誉れ高い彼の秘かな趣味であり、ささやかな楽しみだ。
「ふふふ、完成だ」
調合した無色透明の液体を緑白色の丸い小瓶に入れる。
「あら、何の薬が出来たの?」
「最高の薬です。これさえあればあらゆる生き物の長きにわたる悩みが解消されるという一品です」
「・・・・・・そう・・・?」
隣のテーブルで調合をしていたティア姫が不満そうに緑白色の小瓶を見る。
「・・・・ねえゾフィー、あなた魔法使いだから基本どんな薬でも造れるのでしょう?」
「はい、まあ何でも造れますよ?一応国専魔法使いの規則がありますから余りヤバイ薬は出来ませんが」
「ヤバイ薬の基準が分からないわ」
「一般に人の命を取る毒物ですね」
「じゃあ人を意のままに操る媚薬とかは良いわけ?」
「うーん、駄目ではないですけど所詮薬ですからねえ。効果が消えた後の事を考えると色々ねぇ」
「記憶を消してしまえばいいのよ」
「それも永遠ではないですよ?いずれ思いだすものです」
「永遠ってないの?」
「それはありません。例えばですね、ティア様が誰かに薬を使って永遠に思い通りに出来たとします。
その誰かはそれで確かに姫の物ですが、姫はそれが薬の効果と最初から知っているでしょう?
偽物であることを知っていて貴女は彼と永遠に過ごせますか?年を重ねるごとに辛くなって心が壊れてしまいますよ?」
「・・・・私そんなに弱くないわ」
「媚薬に頼らねばならないほど苦しんでいる人が強そうには見えませんよ?」
「永遠なんて私には絶対手に入らないわ。薬を使いでもしない限り無理よ。別に永遠で無くてもいいのよ。ただの一時でも・・・一瞬だっていいわ・・・・」
「・・・・ティア様・・・」
いつも元気な姫様に悲しげな顔をされるとゾフィーは弱い。というかおそらく城内外の男全てが弱くなる。
「分かりました。媚薬を調合しましょう。弱い薬ですから効果は短いものになりますが」
「ほんと?有難う」
姫はにっこり微笑む。この笑顔は姉姫様と全く同じだ。
マルス国の白薔薇姫と呼ばれる第三王女ティア様は明るく気さくで冴え渡る美貌と輝きを持つ自国他国の男達の憧れの的だが城内の一部の者達からは意地悪姫と呼ばれて恐れられている。
それでも求婚する男など後をたたないほどで彼女も選り取り見取の筈なのだがよりにもよって彼女の思い人は意地悪姫と言って外見など意に介さない部類の者だった。
何故よりによって彼なんだ?と思うが仕方がない。
彼は元々姫を慈しんで育てたものだ。
「・・・でもそんなものを使う前にきちんと話し合いをされた方がいいですよ?」
「この間すごく怒らせてから口もきいてくれないもの。あれだって私のせいじゃないのに・・・」
「・・・・」
ルウドは自分の口のせいでティア姫の報復を受けたがルウド本人は全然分かっていない。
どうせいつもの嫌がらせだろうと怒り、このところ姫には全く近づきもしない。
二人の仲が余計こじれた。簡単なビックリ玉などを造って姫に差し上げてしまったゾフィーは少なからず責任を感じていた。
あれだって寂しげな彼女を慰めるために造った一品だったのに。なかなか上手くいかないものである。
「ゾフィーどの、いらっしゃいますか?」
外からドアを叩く音がする。
「はいはい、今行くよ!」
ドアを開けると外には騎士が五人ほどいた。
「おや?どうかされましたか?」
「ティア姫様はまだ居られますか?そろそろダンスレッスンの時間なのですが・・・」
「そういえばそうだったわね」
ティア姫が出てきて面白くもなさそうに言う。
「次のパーティのための準備だそうよ。馬鹿馬鹿しい、パーティなんて参加したい人がすればいいのよ、私はちっとも楽しくないわ」
「ひめさま、そんな・・・」
最近姫は沈みがちだ。そんな寂しそうな姫を見て騎士達が次々声をあげる。
「ティア様!私でよければいつでもお相手いたします!」
「お、俺だって何時でも準備できてます!」
「私とて喜んでお相手いたしますよ!」
「僕だって待てます!」
「俺だって!」
「・・・分かったわよもう、うるさいわね」
ティア姫はとっとと魔術師の塔を出ていった。
騎士達も慌てて後を追う。
彼らは元々姫の護衛のために来ていたのだが煩いと言う理由で姫によって入室禁止にされていた。ずっと外で待っていたのだ。
ゾフィーは塔に入り、調剤部屋に入る。
入って何か違和感を感じて辺りを見回す。
「・・・・・?」
今造ったばかりの透明の液体が入った緑白色の小瓶が見当たらない。
・・・・・まさか姫が?
具体的な効能など全く教えていないのだから誰かを実験台にすることは間違いない。
「・・・・・」
魔法使いは瞑目した。
もちろんティアは実験した。しかし期待した効果は得られなかった。
あらゆる生き物の悩みが解消されると言うからどんなすごい薬かと楽しみだったのだが・・・。
やはり使い方を聞いておくべきだったか。
目の前の煩い騎士五人ばかりに効能を試してみたがいきなりぱったり気絶しただけで他に変調は見られなかった。面白くない。
「ティア様、居られますか?」
「あらちょうどいいところに。ゾフィー、この薬なんだけど」
部屋に入った魔法使いは中の惨状を見て息を漏らす。
ティア姫の持つ薬は霧吹きに入っているので使われた量も微量。だから気絶だけですんだのだ。
「姫様、それはそのように使う薬ではありません。別の薬と組み合わせて使うものです」
「どう言うこと?」
「例えばですね、猛毒と混ぜれば毒は無効となります。薬と混ぜればそれは毒になります。さらに先日姫が開発した口が滑りやすい薬と混ぜれば無口になる薬となります。媚薬と混ぜれば恐らく強烈な人嫌いになるでしょう」
「つまり混ぜた薬と全く逆の効果を出す薬ってことね」
「分量によっても効果が違ったりしますので確実な効果は余り言えません。ですがそれは単品ではかなりの猛毒です。ちょっと霧吹きでかけただけで彼らのように気絶してしまう。悪くすればショック死です。くれぐれも使用方法を誤りませんよう」
「・・・それは、悪かったわ・・・」
ティアは心配そうに倒れた騎士達を見る。いつも煩い彼らだがいくらなんでも殺す気はない。
「彼ら、このままで大丈夫なの?」
「この毒を中和できれば大丈夫です。何か中和できる薬品があればいいのですが」
「・・・じゃあこれを」
「何ですこれ?」
「口が滑る薬。使えば静かになるかしら?」
「そうかもしれませんね」
ゾフィーは騎士達に薬を嗅がせた。それだけで、彼らはすぐ意識を戻した。
「分かったわ、これからは気を付けるわ」
「・・・えっ、姫様?それ私の薬・・・」
「少しだけよ。あとは返しておくわ。心配無用よ」
ティアは部屋を出て塔の調剤部屋へと向かう。
先日調合した自白薬は確かに成功だった。スパイに使用しまんまと役に立った。
だがそれだけだ。元々口の滑りやすい城の連中にあんなものを飲ませればますます煩くなるだけだ。
新薬に意味はない。むしろ黙らせる薬の方が有効である。
しかしこのゾフィーの造ったこの薬ならもっと色々試せる。使い方を誤らなければ面白い薬である。
「・・・ティア様、お一人ですか?」
途中の廊下で声を掛けられ足止めされた。ハリスだ。
「護衛の騎士はどうしました?」
「全員倒したわ」
「・・あなたの護衛騎士ですよ?そんなことしちゃいけません」
「聞きたいのだけど、五人も必要なのかしら?」
「必要だからつけているのです。何度も説明したでしょう?」
「・・・城内は警備隊が隅々まで始終目を光らせているのに私に五人も必要?私自分の身くらい自分で守れるわ。私につけるくらいならお兄様やお姉さま方にもっと使った方がいいでしょう?」
「ダメです、うちの隊は姫様の護衛を重視します。あなたが狙われている可能性が高いと推測した上での警戒です。ゾフィーどのは魔法使い、自分の窮地は自分で何とか出来るでしょう。でもあなたは別です」
例のスパイ事件以降から三番隊隊長ハリスは神経を尖らせている。以前はこんなに真面目ではなかったのにどうしたのだろう?
「ちょっと気の張りすぎじゃないかしら?狙われているなんてわからないし、今日明日の話じゃないでしょう?あんまり張り切りすぎると疲れて気を抜いた時に狙われるわよ?」
「ご忠告有難うございます、気を付けます」
ハリスは全く聞き入れていない。ティア姫は諦めた。
「騎士達なら体が動くようになったら追いかけてくるでしょ?」
「どこへ行かれるのです、お供いたします」
ハリスが真面目な顔でついてきた。いつものヘラヘラした空気がない。いつもはそれが苛ついていたが真面目に着いてこられるのも微妙である。
「・・・悪かったわね」
姫の護衛は彼らの仕事である。迷惑だからと拒まれても彼らが困るのだろう。
仕事でなければ意地悪姫の護衛など誰もするわけがない。
「・・・ねえハリス、ルウド、まだ怒ってる?」
「え、まさか。そんな大人げない。いつまでも怒ってはいないでしょう」
「でも最近全然見かけないわ。きっと私が嫌いで姿を見せないのよ」
「彼には別の任務があるのですよ。あなたが嫌いなんてそんな馬鹿なことあるはずないでしょう?」
「嘘よ、そんなの信じない」
「・・・・姫様・・・」
ルウドが冷たい。数年前まで傍で口うるさかったのにいつの間にか一定の距離をおかれている。ティアが近づいてもはねつける様な言動で、関わりたくもなさそうだ。
ーーーーーきっと白薔薇姫が不良品で気に入らないのよ・・・
ルウドは現在騎士をしているが元々庭師の息子だ。庭師の薔薇造りを見たり手伝ったりして薔薇造りも好きだ。
そんな彼に任されたのが白薔薇の苗と三番目の姫君。
薔薇の世話と姫君の護衛が仕事となったが、白薔薇姫の教育に失敗した。
失敗作を目にすると彼は目をそらす。
「・・・ねえハリス、庭師に見捨てられた薔薇はどうなるのかしら?」
「・・・ティア様・・・?」
もうどうしていいかわからない。庭師は薔薇を見てくれない。
もう永遠に、確実に、気持ちだけ置き去りにされて・・・。
王族一家の晩餐は全員揃って始まる。時間はしっかり決まっているし、皆滅多に遅れることはないのだが珍しくティアが遅れてきた。
「遅いわよティア。もう待ってらんないわ」
「悪かったわ・・・」
第二王女ミザリーが文句を言うとティアは素直に謝った。
いつもは毒の一つ二つ吐く姫なのでミザリーが驚いて黙った。
そして晩餐が始まる。
ここのところティア姫は元気がなかった。日に日に沈んでいくので気にはなっていたがこの日はもう一家全員が気づいていてどう声を掛けていいのかわからずに静かな食事が続く。
息が詰まる。気まずい空気を感じながらスープを飲んでいるとふと視線を感じて顔をあげる。するとティア以外の全員と目があった。
「・・・・・」
つまりここは長男として王子として口火を切れと言うことか。
第一王子パラレウスはごくりとスープを飲み込み、ティアを見る。
「・・・ティア、最近どうだい?」
「なにがです?お兄様」
「魔法使いの塔に入り浸っているのだろう?また何かの新薬などを開発したのかな?」
「・・・そんなことをお聞きになってどうなさるの?分けてなんてあげませんよ?まあ新薬は一応出来ましたけど」
「別に分けてほしいわけではないが・・・出来たのか・・・・」
王子はショックを受ける。また犠牲者が出ると思うと切ない。
王子の様子にため息をついたアリシアがティアに声をかける。
「ティア、何かあったの?元気がないって皆心配しているわ」
「なにもありませんよ。ただ少し疲れただけです」
「パーティの準備はできて?ダンスのお相手は決まったの?」
「どうでもいいわ。相手なら身近で適当に決めるからいい」
「まあティア、それはダメよ。何のためにレッスンしているの?きちんと相手を決めてお誘いしないと」
「興味ないわ」
「まあ、そんなこと言うなら私が決めてしまうわよ?それでいいの?」
「構わないわ、何でもいい」
王と王妃が心配そうに顔を見合わせている。アリシアは困ったようにティアを見つめる。
ティアはぼんやりと生気のない顔をしている。
「・・・本当になにもないのか?」
さすがに王子も心配になった。
「・・・何もないわ。食欲ないから先に下がらせていただくわ」
ティアは席を立つ。
「ティア、あとで私の部屋へいらっしゃい。話があるわ」
「分かりました・・・」
アリシアの言葉にもティアは無気力に返事をした。
アリシアの部屋はいつも色とりどりの花と贈り物、高価な宝飾などが飾ってある。
全て婚約者とそれ以外の者達の贈り物だ。
部屋に入ったティアは相変わらずの珍しい置物などを眺める。
「お姉さまもよくやるわね、せめて婚約者とそうでないものの贈り物は分ければいいのに」
「ふふふ、頂き物に区別はつけない主義なの。あなたの部屋は思い人の贈り物しかないものね」
「・・・・お話って何ですか?」
アリシアはソファーに座ったティアにお茶をいれて出す。
「ティア、気晴らしに明日遊びませんか?」
「・・・遊ぶって何を?」
ニヤリとアリシアは笑う。その顔は悪巧みを考えるティアと瓜二つである。
「ふふふ、前々から一度やってみたかったのよ。あなたもずっと同じところで閉じ籠りきりも体に悪いわ。軽い気持ちでやってみるのもいいと思うの。ほら、視点が変わると見るものも変わると言うし、ね?」
「・・・ね、ってまさか」
アリシアが断り拒否の笑顔で言う。
「出来るわよね?出来ないわけはないわ、私の妹ですもの。私だって完璧に出来るわよ?なんならどちらが先にばれるか勝負しましょうか?」
「・・・お姉さま・・・・」
もちろんこの姉に逆らえるはずもなかった。
翌日、魔法使いゾフィーは大変困っていた。
いつものように朝食を終えてからティア姫様がやってきたがいつもと様子が違う。
いや確かに最近彼女は塞ぎがちで様子が違っていたがそういうことではなかった。
「まあ、これが有名な安眠枕ね?あっ、こっちが音を聞かせる貝?素敵、本当に音が聞こえるわ!」
彼女は貝を耳にあて嬉しそうである。
「あら、この棚の小瓶は何かしら?かわいい形ね?」
「あっ、それは危険な・・・」
「まあそれじゃこちらの瓶は何かしら?いい香りがするわ」
「それはまだ試薬の・・・、迂闊に触られては・・・」
「まあそれじゃ・・・」
「ーーーー姫様!美味しいお茶があるのです、いれて差し上げましょう!さあこちらの部屋へどうぞ!」
調剤部屋は危険なので姫を隣の部屋に移した。調剤部屋は鍵をかけた。
姫を移した部屋はお客を入れる部屋である。いつもここで相談や依頼などを受ける。
お茶をもらったティア姫はなぜだか不満そうだ。
「ねえゾフィー、惚れ薬とか造れるの?」
「造れはしますよ。一応魔法使いなので何でも出来はします」
「出来るのにやらないってもったいない気がするわ」
「してはいけないこともありますから。王国に雇われている以上その禁忌は守られ続けるべきと知っているのです」
「それもそうね、魔法使いが禁忌を破ったら酷いことになりそうだもの」
「そうですよ。ところで・・・、本日アリシア様はどうされているのでしょう?」
「・・・変なこと聞くのね?アリシアお姉様に興味があるの?」
「あははは、そうですねえ。興味はありますかねえ・・・」
姫の柔らかな視線が何かを疑うように突き刺さり、ゾフィーは焦る。
「ティア様、本日は調剤はお休みにしてお城の散策などをしてみてはいかがでしょう?とてもよいお天気だし気晴らしになりますよ?そうそう、湖の方に珍しい花が咲いておりました」
「まあそうなの?じゃあせっかくだし行ってみようかしら?」
「それがいいです、近くですからすぐに戻れますし、ゆっくり休まれて下さい」
にこにこ愛想笑いをしながら姫を外まで見送る。
「それではお気をつけて」
姫と騎士達を体よく追い払った。
ハリス=ローアンと姫の護衛騎士達は困惑していた。
朝からずっと護衛についているわけだが今日の姫はおかしかった。いや様子は最近ずっとおかしかったがそう言うことではない。
朝食後に魔術師の塔に行ったがあっという間にゾフィーに体よく追い払われた。
そして彼女は西の湖の周辺の花畑に向かった。
「まあ素敵、こんなところでお昼寝もいいわねえ」
何故昼寝?
「嫌なこと忘れて踊れたら最高ね」
最高なのか・・・?
「そうだ、ハリスさんお相手してくださいます?」
「・・・・ハイ」
朝からティア姫の様子がおかしいと聞いてついてきたハリスは大変困惑したが愛想笑いでごまかした。
姫様の手を取ってダンスの練習などをする。
「・・・あの、ティア姫様?」
「何かしら?」
「本日アリシア様はどちらに?」
「・・・何故お姉様の事を聞くの?」
「ちょっと気になりまして・・・」
ティア姫はハリスの手を離す。目が据わっている。
「あの?姫様?」
「ーーーーー面白くないわ!」
「えっ、何か失礼を?」
「もういいわよ皆して!私一人バカみたいじゃないの!やってられないわよ!」
「えええ?あの・・・?」
「朝から誰一人ティアを間違えないのに誰一人それを言わないで!気を使われて腫れ物扱いの私の立場はどうなるのよ?冗談じゃないわ!」
「・・・アリシア様、皆そんなつもりでは・・・すいません」
「謝らないで。もういいわよ。それが目的ではないし」
「それではやはり・・・?」
「今ごろ護衛騎士と二人きりよ?読書の時間だけれどきっと集中できないわね」
読書なんて柄じゃない。しかも読む本はバリバリのロマンス小説。眠くなりそうだ。
しかしそれもいいかと思い直す。このところ全く眠れない。時々息が苦しくなるくらい辛くなる。こんな眠くなる状況なら眠れるはずだ。
そう思って本を読み始めたらすぐに護衛騎士が入ってきた。
二番隊はアリシアの担当で人手不足のため隊長も護衛に入っているらしい。
だからといって護衛など気にするものでもない。
ティアは知らぬ顔で読書に集中しようとする。だが集中は簡単に切れる。
ティアの座る椅子から正面の方のドアの横に彼の姿があるのだ。嫌でも目にはいる。
銀髪青眼、騎士の白い制服を着て
まっすぐ立っている。その顔が何だか曇っているように見える。
どうかしたのだろうか?
第一王女の護衛が仕事ならここしばらく姿が見えないのは無理もないことだ。
アリシアの生活はほとんど城内の自室とその周辺。外にはあまりでない。
行動範囲が著しく少ないがそもそも姫とは普通そう言うものなのだと説教されたこともある。
ーーーールウド・・・
このところ姿を全く見ていなかった。声も聞いていない。
愛しさが込み上げて近づいて抱きつきたくなったがそんなことはできない。
ここから動けもせずに声すらも掛けれなくて苦しくて息が詰まる。
「ーーーー・・・っ・・」
「姫様?どうされました?」
ルウドが慌てて駆け寄ってきた。苦しそうなティアの背を擦ってくれる。
「なんでもないわ。平気よ」
「全くそのようには見えません。医者を呼びましょう」
「・・・少し横になっていれば大丈夫だから」
「・・・・姫・・」
心配そうにルウドが見つめる。
アリシアだからこんなに優しいのか、ティアだったらこんな顔をしないだろう。
「ルウド、手、貸して」
ルウドの手を取って嬉しそうに顔に寄せる。
「気持ちいい・・・」
「・・姫・・・」
何だか心地よくて睡魔が襲ってくる。ルウドが傍にいてくれるので安心して楽になる。例え彼が今見ているのがアリシアであったとしても。
「・・・ねえルウド・・」
「・・・はい?」
「白薔薇姫、そんなに嫌い?不良品だから・・・」
「・・・何を・・?」
「いらないの?消えてしまった方がいいの?」
ルウドの目が驚愕したように見開かれ、言葉もなく姫を見つめる。
ティアはずっと言いたかった言葉を吐き出し、気分が楽になって眠りに落ちる。
「・・・ティア様?・・なんでそんな?馬鹿な・・・・?」
ルウドは困惑して混乱した。
「ハリス、ティア姫が・・・」
「ルウド、どうしたんだ?姫の護衛はどうした?」
「数人つけてきた。姫は今眠ってる」
まさか任務を放棄して逃げてきたわけではないだろうがハリスは自然苦々しい表情になる。
「多少意表を突かれただろうが任務は任務、本日はこのままで行って貰うぞ」
今回の護衛任務の指揮権はハリスにある。二番隊は借り受けの形だ。
「喧嘩しようがなんだろうが彼女から目を離さないでくれ」
「分かっている。だが何故ティア姫はあんなに弱っているんだ?何かの病気なのか?」
「弱ってって・・・君・・・」
「いらないとか、嫌いとか、何でそんなことを言うんだ?」
「・・・ルウド・・」
君が構ってあげないからだ、と言いたかったがハリスは黙る。
姫の内実などハリスが言うべきことではない。
「本当に医者を呼ばなくていいのか?」
「だったらちゃんとついててあげればいいでしょう?」
「・・・アリシア様・・」
金髪の姫様が隣の部屋から出てきた。ティア姫と瓜二つだがやはり雰囲気が違う。
「ティアは強そうに見えて結構脆いわよ。しっかり傍で見ていてあげないとたちまち弱って消えてしまうわ」
「アリシア様、怖いこと言わないで下さい・・・」
「薔薇は庭師がこまめに見て守っていないとあっという間に枯れ落ちてしまうのよ?それでいいの、ルウド?」
「・・・任務に戻ります」
ルウドが颯爽と去っていった。ハリスはにが笑うしかない。
「ちょっと大袈裟ではないですか?消えるなんてそんな・・・」
「それだけ思いが深いのよ、見ていればわかるでしょう?ずっとほっておいたけど命に関わるならもうほっておけないわ」
「・・・・そんな命に関わるなんて」
「全くおバカさんねハリス。だからあなたはダメなのよ。恋をなめるんじゃないわよ」
「・・・すいません」
さすがはティア姫の姉姫様、気性は穏やかな方だが言い方はきつい。やはり姉妹と言うところか。
目が覚めるとルウドがいた。心配そうにティアを見ている。
「ご気分はいかがですか?どこも苦しくないですか?」
上体を起こしてくれて、飲み物と薬を渡された。
「医者に相談して軽い安定剤をいただいてきました。飲んでください」
「・・・有難う・・」
ルウドが甲斐甲斐しく世話をやいてくれる。そう言えば今のティアはアリシアだ、だからこんなに優しいのか。
何だか複雑な気分で笑えてきた。ルウドがいると知っていればこんな遊びは引き受けなかった。全く馬鹿馬鹿しい。
「ルウド、有難う。もういいから下がって頂戴」
「何を言うのです姫様。あなたの護衛が仕事ですよ?けして目を離すなと言われております」
「隊長のあなたが誰に?」
「この件の指揮権は三番隊長にあるのですよ。だから本当に今回彼は人が変わったように真面目にきりきり働いています」
「・・・・」
それも気になる。特に何かが起こったわけでもないのにハリスが神経を尖らしている。
何かティアの知らない情報を隠し持っているのかもしれない。
「気になるわね・・・」
ちらりとルウドに視線を向ける。彼に聞いた所で知っていても教えてはくれないだろう。大体あの口の軽い男が黙りこくる情報って?
「・・・あの、姫様、何かいけないことを企んでいませんか?余り無体なことをなさらないで下さいよ?」
「・・・まさか、悪さなんてするはずがないわ。ティアじゃあるまいし、ほほほほほ!」
「・・・そうですか・・・」
ルウドが何故か落胆した。
やはりあの薬を使うとしたらルウドではなくハリスだ。確実に何かを隠している。
この状況を打開するにはまず情報を手に入れることが先決だ。
明日にでも彼を吐かせよう。
「ところで姫様、先程言っていたことですが」
「なにかしら?」
「白薔薇姫が嫌いとかそんなことは絶対ありません。不良品などと失礼な事、思った事はないしましてや消えてしまったら悲しいに決まっているでしょう?二度とそんな馬鹿なことを言わないで下さい」
「・・・そう、でも怒って避けていたじゃない」
「避けてはいません、真面目に仕事していただけです。先日は受かれて異変の一つにも気付けませんでしたので」
「・・・・」
「それに悪質ないたずらに怒ってはいましたがいちいち根に持ったりはしませんよ?子供のいたずらにいちいち過剰反応してどうするのです。
まあティア姫には多少のお仕置きが必要かと思っていますが」
「・・・へえ・・・」
「全くなんだってあんな危ない薬物を扱う趣味をお持ちになってしまったのか。アリシア姫様のような部屋で音楽や読書など嗜むたおやかな姫になって欲しかったのに。それも世話したものの責任と言われてしまえばそうですが」
この男、やはり酷い。
相手がアリシアだと思っているのかペラペラとルウドは愚痴る。
「全く姫の造った怪しげな薬で実験される者達の身にもなって欲しいですよ。何かの役に立つならまだしも迷惑しかかからないでしょうに。
つまらない薬を造って悪名広げるより、よいお相手を見つけるための方策など練っていらっしゃればよろしいのに。
このままでは引き取り手が現れませんよ、大切にお育てした姫様がそんな恥さらしなこと、私は許せませんね」
「・・・・もう黙んなさい・・・・」
ティアは黙らせる薬を使ってルウドを黙らせた。
「・・・ルウドって、あの口なんとかならないのかしら?」
「なりません。アリシア様、覗き見はやめませんか?」
「嫌よ、気になるじゃない、ティアが」
「ですがもういいでしょう?ほら、ティア様ふて寝してしまいましたよ」
「ああもう詰まんない。押しが弱いんだから私の妹なのに」
「・・・」
護衛のハリスは黙ってアリシアに付き従う。
「・・・ねえハリス、何か隠していることがあるの?」
「・・・なんの事ですか?」
「妹の事なら私にも聞く権利はあるでしょう?」
「・・・」
翌日、ハリスの口を割らせようと画策していたティアは出鼻をくじかれた。
「ちょっと、何でルウドなのよ!ハリスはどうしたの?」
「本日から入れ替わりました。すいませんね私で」
「・・・・・」
逃げられた。しかし諦める気はない。
ティアはハリスの駐留部屋へ向かうべく立ち上がる。
「お待ちなさい、どこへいくのです?」
「どこへ行こうと私の勝手よ!護衛は黙ってついてくればいいのよ」
「そんなつもりはありません。人手不足なのですからこれ以上人でも増やせないのです。
姫にちょろちょろ歩き回られると迷惑なのです。今日から当分私が付きっきりであなたの管理をさせていただきます。
逃げても時間の無駄ですのでそのおつもりで」
「・・・なんですって?」
「食後は魔法使いの塔へいく予定でしょうけど当分はお控えください。代わりに色々とためになる本や面白そうな本を沢山用意いたしました。
さあ、お茶をいれて差し上げますから大人しく読書に勤しみましょう?私もお付き合いいたします」
「・・・・・」
テーブルに分厚い本を山積みに置いてルウドがにこやかに言う。
それは堂々とした、紛れもない監禁だ。一体城内で何が起こっているのだ?
これはただ事ではない。
ティアは外へ出ようとするがドアが開かない。
「外から鍵をかけさせました。今日一日部屋で大人しくしていてください」
「ちょっと!こんなの嫌よ!許さないわ!誰か!開けなさい!」
「誰も開けはしませんよ?ちなみに陛下の許可は取ってあります。さあ心置きなく勉強しましょう」
にこやかに笑うルウド。何だか不気味だ。
ティアはさらに慌ててドアを叩く。
「ちょっと!開けないと後が酷いわよ!何でルウドなのよ!冗談じゃないわ!開けなさいよバカーーーっ!」
「姫様、そろそろ諦めなさい」
「嫌よーーーっ!開けてよーーー」
「そんなに私と二人きりが嫌ですか?昨日は寂しがっていたのに、全く・・・」
ルウドはティアの傍に行き、肩を掴む。
「ななななな、何するのよーーー?」
「さっさと席に着きなさい。ついでにここ最近のあなたの悪行の説教もして差し上げます」
「嫌ーーーーー!」
ルウドをティアのもとにやって当分部屋で監視と言う提案を出したのは他でもないアリシアだ。
その為護衛はハリスに入れ替わった。
ハリスはまんまとティアに吐かされる危機を逃れたが今度はアリシアに責められる難を背負った。
部屋で二人きりで睨まれれば吐かずに済ませられない。
「さあ話なさい。こんな状況ティアでなくたって嫌よ。納得できなきゃ回避するわ。それで何かあったらあなた責任とれるわけ?」
「・・・勘弁してください。話しますけど機密なのでここだけの話にして下さい」
「わかったわ」
「じつはティア姫様に見合いの話があるのです」
「それのどこが機密なの?」
「ええと、先日スパイが紛れ込んでいたと言う話は?」
「ティアが言っていたわ。身元保証があっても信用できない人物もいるとか」
「その通りです。スパイはティア様がたまたま見つけたのですが結局逃げられてしまいました。身元保証があったので調べましたが全部でたらめでした。保証人の王妃様のご友人の方も知らないと申されまして」
「保証手形を簡単に手に入れる方法があるってことね。何だか怖い」
「唯一彼女と接点のあったグルエリ卿を問い詰めたところ彼女はスパイ、と言うことしか知らないと言われまして。何でも国を渡り歩くスパイだとか」
「ほんとにいるのねえ、そんな人。すごいわ」
「アリシア様、問題はそこではありません。彼女が持ち帰った情報です。
彼女は誰かの依頼を受けてここに来たのです。どこかの国の誰かに、です。
そして彼女が消えて一月、他国からの打診がありました。それも三件、別々にです」
「それがお見合い?」
「他国の王子様がよりにもよってティア様に。同時に三件も。不審すぎます」
「ティアの見合いなら前々から何件も来ていたわよ?噂高い白薔薇姫だもの」
「最近は悪名ばかりが噂されて陰では恐ろしい魔女などと囁かれて敬遠されていましたが。そもそも一度会った人は二度と会いたいとは言わないそうで」
「・・・あの子にお見合いって無理よね。そもそも家はそういうの進めない主義だし」
「そうです。ですから陛下は常のように姫と結婚したければ姫の心を射止めることだと返答したのです」
「じゃあ来るの?この城に」
「来られますよ、スパイを使って下調べし、ヤバイ薬を造る姫の情報を買い、姫様を手に入れようと目論んでいるかもしれない人達が」
「気を付けないと誘拐されるかも」
「ティア姫には当分大人しくしていてもらいたいのですが」
「ルウドがついてて何とかなるといいわね・・・」
ルウドと二人きりで監禁されても全く嬉しくない。むしろ嫌だ。
「全く最近のあなたは何です?あちらこちらに迷惑ばかりかけて。人の幸せの邪魔をするどころか、爆弾を投げ込むわ、おかしな薬で人を弄ぶわ、全く落ち着きのない。
何なのですか?何が不満でこんなことばかりしているのですか?
他にやることあるでしょう。あなたお姫様なのですから。
読書とか花嫁修行とかお相手探しとか、もっと時間を有効に使ったらどうなのです?
薬品の製造が何の役に立ちます?あなた別に医者になるわけでもないでしょう?変なものばかり造っては人に迷惑ばかりかけて。
もう少し姫様らしい生活が出来ないのですか?一体何を考えているのです?」
「・・・・・」
「幼少の頃から大切にお預かりして見守ってきた姫様がこんな悪さばかりする姫になってしまって私は悲しいですよ。陛下にも会わせる顔がない。
姿ばかりがアリシア様とそっくりなのに性格だけ正反対なんて。それもこれも私の育て方が悪かったといえばそれまでなのですが」
「・・・・・」
「聞いているのですか姫!何か私に不満でもあるなら言ってくださいといつも言っているでしょう?何なのですか?ハッキリ言いなさい!」
不満ならあるに決まっている。いつもいつも何かと言えば姉と比べて、ティアの気持ちなんか何一つ分かっていない。
そもそもこんな関係だから鈍いルウドが分かるわけない。
ズバリ言ってやればいいのだがそれで分かってくれるかどうかなんて分からない。
この彼が答えてくれるなどとは思っていない。
「聞いているのですか?姫様?」
「・・・聞いているわよ、うるさい教育係さん」
「何ですその言い方」
「言った通りよ、いつもいつもべらべらと煩いったら。そんなだから持てないのよ。デリカシーの欠片もないし。このままじゃずっと独身ね、可哀想。
私の心配なんかしている場合じゃないわねえ」
「ーーーなっ、余計なお世話です!私は騎士なのですから別に妻など必要ないのです!薔薇の世話で忙しいのですからほっておいてください」
「負け惜しみね。毎日パーティのお客様だって沢山素敵な人いるでしょうにお気の毒」
「姫だって毎回つれ歩くのは手近の騎士でしょう?いい加減他国の方と友好を深めてはいかがですか?」
「余計なお世話よ。なによ一緒に踊ってくれた事も無いくせに!毎回出たくもないパーティに出て見たくもないもの見せられる私の気持ちなんてあなたに分かるものですか!交流なんて兄と姉がやっているわよ、どうでもいいわ」
「どうでもいいわけありますか!あなたとお会いしたくてわざわざやって来る方々もいるのですよ?少しくらいお相手して差し上げてもいいではないですか」
「差し出がましいのよ!そんな気になれないって言っているでしょう?」
「何故アリシア様のように普通にお相手を見つけることが出来ないのですか?普通に恋でもすれば少しは落ち着くでしょうに・・・」
「・・・・・」
ティアは情けなくて笑えてきた。
この男はどこまでティアを見ていないのだ。人を恋も知らない子供扱いして・・・。
「・・・も・・・いいわ・・・」
「・・・姫様?」
「何も分かっていないルウドなんか嫌い。もうほっておいて」
「・・・ティア様・・・!」
突然薬品を嗅がされてルウドは倒れた。
薬品は分量さえ間違えなければうまく使える。ゾフィーの造った薬品だが嗅がせるだけなら害にならない。
「・・・・馬鹿・・・」
椅子に寄りかかったまま眠るルウドの銀髪をそっと撫でる。
傍にいてもいなくても苦しくて仕方がない。どうしようもない。
ドオン、と物凄い音がして慌ててその方向へ向かうとティア姫の部屋だった。
ドアが壊されている。
「うわあああっ、隊長!大丈夫ですか?」
中ではルウドが椅子の上で気絶していた。
「ルウド・・・・とにかくティア姫を捜せ!急げよ」
隊員がバタバタと廊下を走っていく。
ハリスはルウドの側へ行き顔を軽く叩く。
「ルウド、大丈夫か?」
「・・・ハリス・・・私が何を分かっていないんだ?」
「何?」
「ティア姫に言われた」
「・・・喧嘩したのか?」
「・・・大人げなかった」
ばつが悪そうにルウドが言う。
「ついムキになりすぎた」
「そうか、今姫を捜しているから、早く謝るんだぞ?」
ハリスも姫を捜すべく部屋を出る。
姫の行くところと言えば魔法使いの塔だが今は行かないだろう。とすると薔薇園とか庭園とか。
ハリスは薔薇園に行ってみる。薔薇の間を進んでいくと何かが足に引っ掛かった。
「ーーーえっ?うわっ?・・・網?」
ハリスの足に絡み付いているのは白い網だ。網はハリスの両足に絡み付き引っ張られる。
「ーーーえええっ?」
「やっと捕まえたわ、もう逃がさないわよ、ハリス」
「・・・ティア様・・・怖いなあもう・・・」
へらりと笑って見せるが背中に冷たい汗が出た。
怖い笑みを見せるティア姫だがちょっぴり目尻が赤い気がする。しかし余計なことは言わない方が賢明である。
ティア姫が何やら怪しげな薬品を持って近づいてきた。
「ふふふ、手っ取り早く吐いてもらうわよ?何日もあんな状況真っ平なのよ!」
「・・・一日も持ちませんものねえ。毎日ドアを壊されてはたまりませんし」
しまった、姫の額に青筋が見える。
「全く口の軽い男ねえ・・・そんなのに使う薬が勿体ないわ」
「だったらやめてくださいよ?」
「肝心なことは喋らないじゃない」
「・・・そんな・・・」
ハリスは怪しげな薬品をかけられ、いつもにも増してぺらぺらと喋りまくった。
「それで私が狙われているって?迷惑だわ」
例の機密を聞いたティア姫の感想である。
「でもまああのスパイの一件のお陰で色々対策もとれますし心の準備も出来ますし大丈夫ですよ。ルウドにも言ってありますし安心してパーティに出ていらしてください。
ルウドも大切な姫様の事ですから気を引き締めて護衛にあたるでしょう。
良かったですねえこれで始終ずっと一緒にいられますよ。ルウドを独占できてもう寂しくなんかないですねえ。
この件が済むまで仲良くしてくださいね」
笑うハリスはじわりと汗をかく。口の滑りがよすぎて姫様の逆鱗に触れる言葉ばかりがボロボロ出てくる。
「早く姫様の気持ちが彼に通じるといいですねえ」
「薬が切れるまでそこでぶら下がってなさい」
ハリスは網ごと木に吊るされ、ティア姫にとっとと立ち去られた。
あの方向は魔法使いの塔だろう。
バン、とドアが開いてティア姫がどかどかと入ってきた。
「悔しいいいいいっ!優男にまで馬鹿にされてなんなのよ!大体ルウドが悪いのよ!デリカシー無さすぎ!」
ティア姫が暴れている。またか、とゾフィーは思った。
「きいいいいいいっ!何が求婚者よ馬鹿にして!みんな大嫌いよ復讐してやるわ!」
全部姫の誤解で妄想である。誰も馬鹿になどしていない。
だが姫は結局ルウドの言う事しか聞かない。そのルウドは無責任にも適当な事しか吹き込まない。どうせまた姉姫様と
比べたに違いない。
「くうううっ、こうなったらもうあれよ!あれを試してやる!みんな困ればいいんだわ!」
なんだろう?ゾフィーは不安になり、ティア姫のいる部屋をちらりと見る。
「ふ、ふふふふふ!先日開発した新薬!これなら皆正直者になれるのよ!皆が皆ルウドみたいな正直者になったらどんなことになるか、楽しみだわ、うふふ、あはははっ、ほほほほほほ!」
姫が新薬を持って高笑いしている。狂化学者だ。
頼むから周囲を巻き込むのはやめて欲しい、とゾフィーは心の中だけで懇願した。
<二話終了 三話へ続く>