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いつか終る命の為にさよならを  作者: 遠里小野
1章 -海底ドロップ-
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二一の月日

 勇者という存在は信用に足るのだろうか?ずっと、思い続けてきたことだ。

 人間は力を得てしまうと、慢心する。その力が当たり前だと信じて油断し、多くの場合その人物は破滅する。

 真に生き残るのは、今あるものが当たり前だと信じない人間。当たり前だと思わずに変化を続けるものである。

 ということを、この間勇者から聞いた。当の本人が言うのだから、説得力はある。

 「ならば、あんたはどうなんだ?慢心しているのか?」

 心もとない短いロウソクが灯る小さな部屋に俺たちはイスを向かい合わせて座っていた。俺が問いかけると、彼は少し驚いた風だった。少し照れながら頬をかく。白銀のプレートアーマーがカチリと鳴った。

 「当然だ。極自然にこの力は俺の力と信じている。そして、この力で人を救えるのに、快感を覚えているんだ。」

 「快感……ねぇ……?」

 世の中色んなことに興奮する人間がいると聞くが、助ける行為に興奮を覚えるとは変わった人だ。既に彼の心は、もう破綻してしまっているのだろう。

 「そうだ、人を救うことは最高だ!時々、立つものさ。」

 オバーリアクションに手を広げて、表現する。こいつはピエロにでも成ればいいのにと思った。きっと良い就職先となるだろう。今度サーカスを紹介してあげよう。

 「何が立つんだよ。」

 「何が、だよ。」

 明確に答えてこなかったことに安心した。正直、そんな気分でもない。

 「けどさ、もし魔のモノが善だったらどうするんだ?例えば、襲われていると思っていたら、その魔のモノと助けた人がただ遊んでいただけ。お互い、友だちだったらどうするんだ?」

 「ぶっ殺す。そして、その後は俺が善となるだけだ。俺の善を振りかざしただけ。善の敵は悪じゃなくて他の善だからな。」

 「ただの快楽殺人者だな。」

 呆れた風に言うと、彼はポカンとしていた。

 「殺"人"?ははっ、やつらは魔物だから、殺魔だ。けど、違う。俺は快楽殺魔者じゃない。助けるということに快楽を感じているんだから。」

 "魔物"ねえ……?思うところがあるが、今は講義の時間ではない。

 「ああ、そうだね。だったら訂正するよ。あんたは快楽殺戮者だ。」

 「ふぅーん?惨たらしいって言うのか?言い訳する訳じゃないが、これが俺の仕事だ。俺だって殺すことは心苦しいんだよ。」

 「心狂おしいだろ。」

 「はははっ、言ってくれるな。」

 彼は笑うが、俺は笑わない。

 「あんたら勇者はホロコーストを引き起こしているんだよ。きっと向こうも同じだろうけど。」

 「……そうか、お前は魔物側の肩を持とうっていうんだな。誰がどっちの肩を貸そうと、俺は彼女たちさえ居ればどうでもいいんだけど。」

 「肩?俺はどちら側の肩を持たないよ。俺たちは死にたいだけなんだから。」

 「お前は彼女を裏切るんだな。彼女、可哀想に……」

 ヨヨヨと泣き真似をしてみせるが、そういった演技は見飽きた。適当に流す。

 「裏切っていないよ。元々、彼女は赤の他人だ。俺は彼女のことを知らないし、彼女は俺のことを知らない。何にもね。知っていると言う奴なんて、思い上がり野郎だ。」

 「やっぱり彼女が可哀想だな。」

 彼は真顔でそう言った。その眼には、哀れみの色をしていた。幾度となく向けられてきた眼だ。

 「だったら、お前は俺と向き合って何をするつもりだ?俺はお前に興味はないから、回れ右していいんだぞ?」

 彼は後ろを指差す。後ろには俺が入ってきた歪な道が続いている。先は真っ暗で、酷く入り組んでいる。灯りがないと進むことができないだろう。

 「俺もあんたに興味はないさ。そこを通してくれたらいいし。」

 彼の奥には扉がある。ずいぶんと風化していて、いつ頃に作られたものなのだろうと考察したくなる。

 「あー、ダメだ。俺は今から世界を救わなくちゃいけないんだ。お前が通るというなら、俺を倒してからいくんだな。」

 イスから立ち上がると、彼は腰の剣を抜き構えた。眼には爛々と殺意が輝いている。

 その様子に俺は慌てて誤魔化す。

 「勝てる訳ないじゃないか。こんな俺でもあんたが強いってことは知ってるよ。」

 「はぁ……意気地無し。男なら、誰かの為に無理と分かっていても戦いを挑むものだろ?」

 「俺はそういったものが嫌いなんだよ。」

 「そう……それだったら俺は楽にお前を殺せる。」

 剣の先が喉元に押し当てられる。血が剣の先を濡らす。俺は一切動揺しない。

 「殺してやるよ。死にたいんだろ?」

 「俺は死なないよ。俺は死にたくない。」

 彼の殺意に満ちた目は、驚きに変わり、哀れなものを見る目に変わった。

 「??お前はもう自分で言ったことも覚えていないんだね。憐れだ。悲しいとは思わないけど。

 --だから、殺してあげるよ。お前に救いを。」

 彼は不気味に笑う。それを見て、俺も不敵に笑った。

 彼の狂気に満ちた眼にあの日と重ねる。勇者というものはどいつもこんな眼をしているというのか。

 

 白い光が目についた。ゆっくりと目を開けると、窓から昇りかけの太陽が俺を明るく照らしていた。

 周りを見ると、光が当たっているのは俺の所だけのようでなんとも不快だ。

 雑魚寝している人と人の間を通り抜けると、部屋を出て近くの水辺まで歩いた。

 道中に荷馬車に荷物を積んでいるエストレアさんを見かける。俺はこちらへ近寄った。

 「おはようございます。」

 「お?おはよう、リーベ君。」

 「手伝いましょうか?」

 「そうだなよろしく。そこのを運んでくれ。」

 言われた通り、近くにあった木箱を持ち上げる。中の瓶がカランと鳴った。

 そういえば、今まで何を売っていたのかあまり気にすることがなかった。最初の方には、聞いたことがあったけれど、それ以来だ。あの時何を売ってると答えくれたっけか。

 木箱の隙間から中を覗くと、いくつもの瓶に栓がされてあり、瓶の中は赤い液体で満たされていた。

 なんだろう?これは?トマトジュース?

 「おーい?どうかしたかい?」

 「いえ、単に中身が気になって。」

 木箱を運び、エストレアさんに渡す。

 「……ああ、これの中か。今回はジャムだよ。」

 なんだ、ジャムか。ジャムと言われて円柱状の瓶を思い浮かんだが、ここでは飲料が入っていそうな瓶のようだ。あの円柱に瓶の密封性の高さは認めるが、どうしてああも固く閉まるのだろう。

 「ジャムですか。何ジャムなんです?」

 「あぁ……イチジクだ。」

 「あー、美味しいですよね。」

 次々と木箱を運び入れ、全て積み終えた。

 エストレアさんは指さしで確認していく。その度に、青いパワーストーンのブレスレットが微かに鳴った。確か、エリンが初めてプレゼントしてくれた物だそうで、とても大切にしていた。

 「OK……OK……OKっと。手伝ってくれて、ありがとう。」

 「どういたしまして。」

 「あと、二、三日でマルバスに着くからもうちょっとだけ頑張ってくれ。」

 「はい。」

 「さて、私はみんなを起こしてこよう。」

 俺が来た道をエストレアさんは歩いていった。

 俺は今度こそ水辺に向かう。顔を洗いたかったのだ。気持ち悪くてしょうがない。

 川へ向かうとすでに、彼女がいた。

 「おはよう、アニカ。」

 「……あっ、ラナ! おはようなのじゃ。」

 彼女は、洗顔や歯磨きはもう終えたようでもう帰ろうとしているようだった。というか、髪が濡れている。……ちっ、ニアミスか!

 「何か、不純な感情が見えたような気がするのじゃが。」

 「…………そんなことないよ。今日もアニカは可愛いね。」

 「おだてなきゃ、隠し通せたものを……」

 まだ何か言いたげのようだった。『バカじゃの』とでも言いたげのようだ。

 もう彼女とは、言葉を交わさずとも通じることが多くなってきた。

 それでいい点が多いのだが、このように気づかなくてもいいことも気づかれてしまう。さっきのだって、おだてなくてもきっと分かっていたのだろう。

 川の水を掬って、冷たい水を顔に打ち付ける。彼女はもう帰ってもいいはずだが、律儀にも待ってくれているようだ。

 「もう少しで、マルバスに着くんだって? とはいえ、あと二、三日だけど。」

 「そうじゃの。私も行ったことないから、楽しみなのじゃ。」

 あざと可愛い仕草で、俺の心を狙い撃ち。危うく、来てしまうものがあった。

 「どんな街だったか? たしか、港街なんだよな。」

 「そうじゃの、王都でも見たことないものがいっぱいあるかもしれんの?」

 あの王都でもないものか。中々思い浮かばない。

 「米……ある、かな?」

 「あるじゃろ。米自体色んなところで見るからの。」

 「だといいけど。」

 まだ見たことのない、食べ物があるかもしれない。結局は食べ物である。

 港街ということは、さまざまなものが輸入されてくるわけで。この国は、魔物に苦しめられている。つまり、その輸入品の中には武器になるものがあるだろう。それに、奴隷などもあり得る。

 それに、特に思わない。それが生物なのだろう。強い者が弱い者を従わせる。弱肉強食の世界。

 そして、俺はその弱者と呼ばれる部類に入るだろう。他の誰かを守れるほどの余裕もなく、強者や逆行に抗う力も勇気もない。昔だってそうだ。

 「そんなにもお米が食べたいのかえ?」

 「え??」

 また、自分の世界に入りこんでいた。ダメだ。ふとした瞬間にぶり返す、手の喪失感と後悔。最近はあまりなかったがまだ、心は痛みを忘れてくれることはないようだった。

 いつ忘れることが出来るのか。どうして、死んでもまでこんな痛みを知らなければいけないのか。きっとそれが、天罰だからだろう。

 「いや、今日の晩御飯なにかなー? って」

 「ふふふ……気が早いの! うふふっ、あははははっ!」

 「そんな笑わなくてもいいだろ。」

 赤面し、彼女を睨むがそれが余計にツボに入ったのか笑いを止めることはない。

 「う……ふふ、うん。今日も美味しいものを作るのじゃ。楽しみに待っていて欲しいのじゃ!!」

 笑いで潤んだ瞳に吸い込まれてしまいそうだった。どこまでも、紅蓮な色は俺の心を熱くときめかせた。

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