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いつか終る命の為にさよならを  作者: 遠里小野
1章 -海底ドロップ-
8/40

探検隊はどこへ行く[2]

路地を歩いていくが、中々表通りに戻ることは出来ない。一本道のはずなのだが、曲がりくねって進むこと十分。未だ都会の迷路の中である。

 ダイスとビリーは歩き疲れたのか、歩くスピードが落ちていた。

 「一旦、休むか。」

 見かねた俺はそう提案すると、二人はすぐに壁に寄りかかって座りこんだ。

 持ってきた水筒を渡してやると、ゴクゴクと飲んでいく。

 ヴォイドは二人に聞こえないように、俺に耳打ちする。

 「少し気味が悪いね。」

 「うん、さすがに異常だ。」

 都市と言ってもここまで曲がって一本道なのに、表通りに触れもしないのは少し気持ち悪い。

 色んな原因を探ってみる。

 何らかの魔法や能力を使われたか?しかし、至って普通の男の子四人にこだわる理由が分からない。強いてあるなら、ショタが大好きな変態か、人を迷わすのが好きな変態かだ。結局のところ、変態しか思い浮かばない。

 通路の敷設の失敗か?しかし、ここまで曲がっているとなると、表通りの地下を通らないと不可能な構造だろう。だが、ずっと空は見え続けている。地下を通っているわけでもないようだ。

 「ラナニキ!」

 ビリーに呼ばれて、振り向くと水筒を掲げて、まだ冒険を楽しんでいる表情でこちらを見ていた。

 「ありがとう。」

 俺は水筒を受け取ると、少し水を含んで飲み込んだ。まだ冷えきった水が喉を震わせた。

 「ラナ兄!あれ!」

 ダイスが指差した方向には、灯りが漏れた小さなテントが張ってあるのが見えた。

 さっきまであっただろうか?

 一抹の不安と、拭いきれない疑心を心に抱き、頭ではどうか善人でありますように、と祈りながらゆっくりとテントに近づいていく。

 テントは古くさく、ボロボロで適当な布を縫い付けた跡が幾つもある。いかにも怪しいテントである。

 俺たちは暖簾をくぐると、そこは店だった。

 壁一面が紫で所々意味不明な模様が刻まれてあった。周りには、トカゲのしっぽや、黒い不気味な木の実などオカルトらしき商品が並んでいた。

 全員、この非日常な空間に目を奪われていた。

 店の奥にはいかにもな紫のローブで頭まで覆い隠した人物が座っていた。不自然に影が落ちていて、表情が窺えないのでより不気味だった。

 ローブの人物は、女性の声でいらっしゃいませ、と言った。その声は消え入りそうな儚い声をしていた。

 「ここは、なんの店なんですか?」

 俺がそう聞くと、少しの間の後答える。

 「ここは、そうですね……さしずめ、夢を売っている場所でしょうか?」

 どこのネズミのパチモンだよと突っ込みたくなったが、九割通じないので首を傾げるだけに止まった。

 「お姉ちゃん、コレなに?」

 とビリーが水晶玉を持ってくる。

 「これは……そうですね。熟練と手順さえ踏めば、未来が見えてしまう玉です。割れやすいので気をつけてください。手を切るといけないので。」

 「「スッゲェーーー!!」」

 最後の忠告を聞いてない様子の下二人は純粋にローブの人物を見つめた。

 俺は多少安心した。おそらくこの人は善人だと気づいて。

 「あの、ここから出る方法はありますかね??十分間ずっと歩いてきたのですが。」

 「ああ、あなたも迷ってしまったのですね?」

 迷う?確かに迷ってはいるのだが、この人物が言っているニュアンスとは違うように感じた。

 そう、歩き慣れない道を歩いて迷ったとかではなく、もっと見知った道を歩いていたらいつの間にか隣の国を歩いているかのような………………もっと非科学的なもの。

 「ここから出るなら簡単ですよ。迷わなければいい。」

 ヴォイドと見合ったが、二人ともこの人物の言っている意味に気づいていない。

 「わたくしはあなた様たちが何に迷っているのかは存じません。ですので、己の心に聞いてみるべきですよ?」

 三秒固まって、同時に気づき「あっ」と声を漏らした。

 「「誕生日プレゼント!!」」

 完全に息を合わせて、叫んでいた。

 忘れていた訳ではないが、なるほど迷っていたのはそういうことか。

 「とすると、今決めてしまえば。」

 「俺たちは出れるってことだ。」

 お互い意見が一致したことに、ハイタッチしあう。

 「じゃあ、何を買おうか?どんなのが有ったかな?」

 花、雑貨、服やアクセサリーが売ってあったが、どうも詳細まで思い出せない。記憶というものはここまで朧気なのか。

 すると、そこに助け船が来る。

 「ここで、買ってくださってもよろしいのですよ。」

 ここで、一つの疑念が湧いて出る。こんないつ人が通るか分からない店。こいつが迷い込ませたのではと疑いが。

 「……………………まさか、あんたがここに引き込んだとかないですよね?」

 じっと睨み付けたが、ローブの人物は一切動じることはない。

 「まさか、わたくしは迷える人々に松明を渡して、方角だけを教えるだけですよ。」

 余裕そうな雰囲気で穏やかな声で答えた。今回は信じよう。

 「ははっ……あまり覚えていないものだね。この店員さんの言う通り、ここの商品を見てみようよ。」

 「そうだな。」

 周りをもう一度、見回す。見たことの無い文字で書かれた古書や、ありふれた枝にしか見えないが妙な価格設定の魔法の杖が売ってある。グロテスクな色の液体が入った小瓶に吐き気をもよおしながらも、見て回る。

 他にもホルマリンに漬けられたネズミや魚が陳列されている。

 「いかがですか?」

 「うわぁっ!!!!」

 突然、真後ろから儚い声がして、驚きテーブルに体をぶつけ転ける。痛みに悶えながら、後ろを振り返るとローブの人物が立っていた。下から覗いているというのに、光の加減かその顔を見ることは出来ない。しかし、黄金色がキラリと光ったような気がした。

 痛みに耐えながらも、立ち上がる。すると、目の前のローブの人物は自分とほぼ同じ身長をしていることに気づいた。

 顔は見えないが、今度は彼女の黄金の瞳がライトに反射して光っていた。

 「何か見つかりましたでしょうか?」

 「えっ!?ああ、見つから無くて。何か女性に似合いそうな物は有りますか?」

 「女性へのプレゼントですか…………分かりました。少々、お待ちください。」

 ローブの人物は手で首の後ろを探っている。その際、うっすらとフードの奥に黒い髪が見えた。

 ローブから手を抜くと、彼女の手には五芒星のネックレスが握られていた。

 「こちらなんてどうでしょうか?私物で申し訳ないのですが、星のような瞬きをあなたに。精霊様の加護で様々な厄を寄せ付けません。」

 胡散臭いな。それが顔に出ていたのか、ローブの人物はさらに付け加える。

 「当社比です。」

 「当社比ですか。」

 「当社比です。」

 微妙さが増した。購入意欲は下がる一方だ。

 しかし、しっかり見てみると中々に精巧に出来ている。

 五芒星の銀枠の中には幾つもの瑠璃色の石が埋め込まれている。

 アニカにとても似合うのではないかと感じ、着けた時の妄想をする。

 渡して、このネックレスを見たときに、アニカは嬉しそうに目を大きく見開いてから、笑顔を見せる。今着けてと頼むと、少し恥ずかしそうにしながらもネックレスを着けてくれて、「どう?」と上目遣いで聞いてくる。

 うん、やはり似合っている。

 「どうでしょうか?」

 ローブの人物のすがるような声に思わずサムズアップをして答えたくなったが、そんなに安直に決める訳にはいかず、意思を保つ。

 しかし、やはりプレゼントとしては魅力的だ。私物と言っていたが、新品のように光沢を放っていて、とても大切にしていたことが分かる。

 「これを売っていいんですか?とても大事にしてらっしゃるみたいですけど。」

 「はい、売らないと死にますから。」

 彼女は切実な声で言った。リアル過ぎて、反応に困る。

 多少の同情心に駆られる。

 「どう?こっちは女性へのプレゼントは無かったんだけど?」

 ヴォイドはダイスとビリーと手を繋いで、困った顔をしていた。

 ダイスとビリーはもう飽きてしまっているようで、しりとりで遊んでいた。

 「あの、一つ聞いていいですか?」

 俺が尋ねると、ローブの女性は少し体を傾けて「はい。」と答えた。

 「もしかして、ここ、女性用のプレゼントってそのネックレスしかありませんか?」

 「うぐぅっ!」

 精神的クリティカルダメージだったようで、カエルが潰れたような声を出した。その場に踞ると、嗚咽が聞こえた。

 「……だってぇ……エーだって……ヒック……突然、師匠からヒック任されただけだしぃ……ヒック。」

 声を上げて泣く。俺は触れてはいけないところに触れてしまったようだ。

 三人の冷ややかな視線が突き刺さる。実にいたたまれない。

 「エーだって……ヒック……もっと可愛い魔術売りたいのにぃ…………ヒックヒック……」

 「なーかしたーなーかしたー!」

 「たーいちょーに言ってやろー!!」

 「止めてくれ……」

 俺がこっぴどく叱られるじゃないか。

 「いえ、もっと怒られる人に……告発してください。」

 「なんて注文してんだ!あんた!」

 この女性図々しくもとんでもない要求をしてきたぞ。こいつ、嘘泣きなんじゃねえか?

 「だったら、アニカ姉に言わなきゃね。」

 「「アニカ姉に言ってやろーーー!!」」

 「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 叱られるどころじゃ済まないぞ、あの人に言ったら。過去に人を泣かせてしまった時、げんなりするほど怒られた。絶対に、怒らせまいと思った時間だった。

 「チクられたくないのならば、これを買うのです…………」

 手の平で顔を覆い隠しながら、ローブの女性はそう言った。

 きっとこの手の平の下はニヤニヤしているのだろう。

 「けど、このネックレスキレイだよ。アニカ姉に似合うんじゃない?」

 「俺もそう思ってはいるんだけどさ……」

 「買います!?買いますか?買いますよね!?むしろ、買って!!」

 超食いついた。彼女の瞳はもう涙はない。顔が見えないというのに、どうして分かったのか。

 「おいくらで?」

 「三十ベレト二百バラムです。」

 高いな……しかし高価なアクセサリーとしては十分な額だ。余分にと渡された分を加えても足りない。

 「足りないね。」

 「そうだな。やはり、今まで通ってきたので決めるか。」

 「おいくら持っているのですか?」

 「限界で出せるのが十ベレトだ。」

 「条件を飲んでいただけたら、五ベレトでお譲りしますが。」

 「「え!?」」

 ガクッと下がったな。足元を見られているみたいで少し不快だが。

 「条件とは?」

 警戒しながら、聞く。危険なことを要求するつもりならば、速攻逃げられる準備をする。

 「危険なことではないですよ。怪我をすることはありません。少し試したいことがあるので、協力していただけますか?」

 「内容によるな。」

 「まあ、そうですよね。では、少々お待ちください。」

 ローブの女性はヴォイドの横を通り抜けると、彼女は最初居た場所まで戻り何かを取り出してから戻ってくる。

 彼女の手には、革が貼られた本を持ってくる。両面の表紙には何も柄は無く文字も彫られていない。

 それなのに、そこはかとなく気持ち悪さがある本だ。何もないはずなのに、空気が重くなり息が苦しくなる。特にそれは、革から不気味さが漂っている。

 「そ……それは……?」

 「そうですね。世間一般で呼ばれているのは魔典でしょうか?」

 「それが…………」

 ヴォイドが絞り出すように声を出した。彼も噂程度には聞いていたみたいだ。

 「そうです。と、話に入る前にこちらのお子さんたちを外に。言い忘れていましたが、あまり長居すると障られてしまいます。」

 ハッとしてダイスらを見ると少し顔色が悪い。その本の気迫に飲み込まれて、周りのことが見えていなかった。

 「じゃあ、僕が二人を連れ出すよ。」

 ヴォイドは二人を連れて、店の外に出ていった。彼もこの障気に当てられたくないようだ。

 「子どもは抵抗力が弱いですからね。」

 「本当に危険は無いんだよな。」

 俺は念押しして聞いてみるが、ローブの女性は首を縦に振るだけだった。詐欺師なら、言葉には出してないからとか言い訳されそうだ。

 「では、話に戻りましょう。この本は魔典。勇者様や、魔のものとは違う、一般人が魔術が使えるように出来る魔法の本です。」

 「魔術?」

 ずっと、魔典から得られるものを魔法だと思っていたが、得られるのは魔術だ。何か言葉の違いがあるようだ。

 「はい、魔術と魔法は異なります。魔術は色んなの工程を経て発動するもの。魔法は、使用者のイメージの具現化から発動するもの。これが一つの境界です。

 そして、魔術と魔法の大きな違いは、奇跡性の違いです。魔法とは世界のルールを覆す奇跡の力。雨が山に降り上流から下流に流れて海に還り空に昇って雨となる。始まりがあるもの、必ず終わりがある。そんな当たり前をも崩壊させる禁忌。それが魔法です。」

 「魔法…………」

 きゃー、エリンが師匠みたいです!と何やら喜んでいたが、俺は嫌な予感で気が気でなかった。

 「なあ……蘇生ってのはどちらに入るんだ?死んですぐでの蘇生は?」

 「……そんなの、どんな方法を経ようとも、魔法ですよ。喪ったものは二度と戻ってこないものです。それが生命なのですから。」

 やはり、俺はとんでもない力を手に入れてしまったようだ。

 嬉しい?いや、恐ろしい。俺が世界を変えてしまう能力を得てしまったことが恐ろしい。

 どうして俺なんかが。命を軽視していた俺が。

 あの時どうして拾ってしまったのだろう。どうして出来心で使用してしまったのだろう。

 思考の外で誰かが「それが運命なんだよ。」と告げたような気がした。

 その声は酷く懐かしくて、愛おしい声だった。そして、仄かに左手に温かい感覚が生じて、儚く消え去った。

 

 「お客さん?どうかしたのですか?」

 ようやく現実世界に戻った。全身から嫌な汗が流れ、息が切れていることに気づいた。

 「顔色が悪いようですが、障気に当てられましたか?まあ、気分が悪くとも魔典は押し付けるつもりでしたが。」

 「あんた悪気ってもんはないのか?」

 息も整ってきて、ようやくローブの女性に返事を返すことが可能となった。

 「特に。飽くなき探究心には抗えないので。」

 「さいですか。」

 「また脱線しましたけど、この魔典見てもらうと分かるのですが、表紙裏表紙なにも文字が有りません。本来の魔典は表紙には魔術の名前が彫ってありますが、これにはありません。

 魔典には羊皮紙で魔術の発動工程、それと効果の記載があります。しかし、この魔典は羊皮紙が白紙。最初から最後まで何も書いていないのです。

 つまり、この魔典のことはこれっぽっちも分からないのです。人皮装丁本なことぐらいです、分かったのは。以上のとこを踏まえてOK?」

 「OK……じゃない。人皮装丁本だって?人の皮だって?」

 「そう、それがさらにこの魔典の謎なんですよ。そして、魔術の内容も期待も高まる。」

 この本の気味悪さはこの人の皮を使っていることか。中々に、作った人は趣味が悪い。非現実的だが、恨みや妬みといった負のエネルギーが漂っているのを感じる。

 「わたくしが頼みたいのは、この魔典の使用です。使用して、この魔典の効果を探って欲しいのです。」

 これが条件か。内容は特に疑問はない。しかし一つ、気づいたことがあった。

 「つまり、何が起きるか分からない得体の知れないものを使用して内容を知らせろってことだろ?それって、俺をスケープゴートをしようってことじゃ…………?」

 「はい♪どうぞ、使用してください。」

 「いや、だからこれっていけに--」

 「さっ、使用の仕方は魔典をこうやって胸に抱いて----」

 抵抗する俺の手を握って、無理やり魔典を押し付け胸に抱かせる。女性の割に中々力が強い。

 「----さあ、りぴーとあふたーみー!"汝の力、我に授けよ!エロイムエッサイム!エロイムエッサイム!"」

 「違うから!それ、悪魔呼んじゃうやつ!」

 つい、反応してしまった。無いとは思うが、間違いで悪魔なんて召喚されては大変なことになる。

 そして、勢いのまま口走ってしまう。

 「呪文は"世界に奇跡を!御身に必然を!汝の力を我に授けよ!"だろ!……あっ!」

 しまった、と気づいた時には遅かった。呪文が唱えられた途端、魔典が輝きだし、辺り一面を真っ白に照らしたかと思うと、霧散してしまった。

 光が収まったかと思うと、自分の身体に未知の力が宿っていることに気づく。

 「あれ?呪文知っていらしたんですね。」

 ローブの女性は少し惚けた風に言う。これは計算づくか。恐ろしい女め。

 「では、ではやってしまったものは仕方ないので、どうか効果の方をお調べしてください。」

 実に嬉しそうな声を出して、体を揺らす。仕組んだくせによくもまあここまで白々しい演技ができるものだ。

 まあ、やってしまったことは仕方ない。諦めて、意識を左目一点に集中する。

 「"我、汝に斎く。聞くは喝采、問うは悪名。我が右手は熱を渇望する。迷い行き着くのは、必ず朋友。……始動……!"」

 意識を解放すると、全身に血液が巡る感覚。身体が世界に溶けこんだ感覚。身体が水に浸かるように、何かに包み込まれ、深く沈んでいくような感覚。左目は酷く発熱し、右手には何かが失われていく感覚。

 身体の感覚が全て消え去ると、俺は意識を失った。

 意識が途切れる寸前、左の眼には"CQ"の文字を見たような気がした。

 

 しばらく空白が続き、揺り動かされたことで俺は意識を取り戻した。

 何故だか頬ヒリヒリする。少し腫れているようにも思える。

 「…………痛い……」

 「気のせいですよ。」

 「……はははは……」

 いつの間にか入って来ていたヴォイドが力なく笑っている。その微妙な笑顔に全てを悟った。

 「大丈夫かい?ラナ。この人から話は聞いたけど、ははは……災難だね。初めてでしょ?魔典なんて触るの。」

 「…………そうだね。」

 テーブルに右手を付いて立ち上がった。まだ少しふらふらするが、すぐに治った。

 ローブの女性はそれを確認し、問いかける。

 「大丈夫そうですね。では、どうでした?魔典に関しては。」

 「えーーっと…………何も覚えてないや。」

 「使えないですね。」

 ぐうの音も出ない。魔術の名前も確認出来なかった。意識を失った後に何かあったような覚えもあるが、霧がかかったように思い出すことが出来なかった。唯一、何か覚えているとすれば久しぶりに感じた右手が何かを求めていることを思い出したことだ。しかし、本件に関係あるとは思えない。

 「……ふぅ……しょうがないですね。だったら、別の研究をしますかね。」

 「力になれなくて申し訳ない。」

 俺が頭を下げると、軽く頭を小突かれた。

 「まあ、いいですよ。知らない人に任せた自分も悪かったです。すいませんでした。」

 彼女も頭を下げた。申し訳なさが増してしまう。

 「本当にごめんなさい。」

 「もういいですよ。協力はしてくれたので、えーっといくらでしたっけ?」

 「十ベレトだ。」

 ヴォイドの眉が少し動いたのが見えた。目配せでお詫びということを伝える。が、上手く伝わっていないようで、渋い顔をした。

 俺はポケットから麻袋を取り出して、口をひっくり返して硬貨を出す。全部出たのを振って確認すると、全てローブの女性に渡す。

 「そうでしたね。十……ベレトありますね。では、お釣が、二ベレトです。」

 「え!?」

 「嘘が下手なご様子で。それとも、記憶力が悪いのでしょうか?値段は、十ベレトです。この三ベレトはお詫びのチップということで。」

 ローブの女性は、クスクスと嗤う。

 目配せを送る相手を間違っていたようだ。

 俺は彼女から五ベレトを受け取ると、麻袋に戻した。

 「では、ラッピングしてきますので。」

 ローブの女性は店の奥に引っ込んでしまった。

 「目配せ通じなかったな。」

 「目配せだったんだね。見られたのは分かったんだけど。」

 「まあ、そう簡単にはいかないか。アイツじゃないし。」

 「アイツ?ああ…………」

 「何を納得してるか分からんが、絶対に違うぞ。アイツもう居ないし。」

 「あっ……そうなんだね。ごめんね。」

 「謝ることじゃないよ。遥か昔の話だしね。」

 「お待たせしました。」

 ローブの女性は、ネコ柄の可愛らしい紙袋に入れて帰ってくる。

 「では、どうぞ。」

 両手で差し出された紙袋を両手で受け取る。

 「ありがとうございました。」

 営業お辞儀を見て、俺たちは店から出た。後方から、「またのご来店をお待ちしています。」と言う声が聞こえる。

 外には、疲れて眠りこけているダイスとビリーが居た。

 俺たちは見合って微笑むと、俺はビリーをヴォイドはダイスを背負って道を進んだ。

 しばらくすると、あっけなく大通りに出ることが出来た。空はもう日は傾き、オレンジ色にノスタルジックな気分になった。

 様々なところで、店をしまう寸前の駆け込みの大きな声が聞こえる。一部はもう、片付け始めていた。

 「あれ?」

 ヴォイドが不思議そうな声を出して、彼に振り向くと彼は後方を指差した。後ろを振り向くと、先ほどまで歩いて来た路地はなく、そこにはレンガの壁があるだけだった。

 「化かされたのかな?」

 「迷子だったんだろ?」

 二人笑い合うと、キャラバンが泊まっている所まで帰ることにする。

 帰った後に、四人でこのことは秘密にすることを誓い合った。理由はその方が楽しいからだ。ビリーとダイスは嬉々としていた。

 そして、プレゼントはちゃんとアニカに渡した。

 紙袋を開けて、星のネックレスを見たアニカは目を輝かせ、嬉しそうに「かわいい!」と呟いた。

 袋からネックレスを取り出すと、色んな角度からネックレスを観察すると心を抑えれずに、「着けていい?」と聞いた。

 「もちろん」と俺たちが答えると、少し照れながらも嬉しそうにネックレスを着ける。そして、俺たちに見て!と言わんばかりに笑顔を見せた。くるくると回り、俺たちが見ていることを思い出すとピタリと静止し、顔を紅潮させると「ありがとう!」と伝えて無邪気に笑った。

 

 あたしは、頭を下げて「またのご来店をお待ちしています。」と言った。彼らは店を出てしまったが、まだ聞こえているだろう。

 あたしはローブのフードを脱ぐとローブ裏に隠していたポーチからハンカチを取り汗を拭った。

 額に貼っていた紙を取る。その紙には認識齟齬の魔法陣が描かれている。意外と書くのに苦労した。いちいち、手順が面倒くさいのだ。紙をくしゃくしゃに握り潰すと、椅子の後ろのゴミ箱に捨てた。

 椅子に座り、テーブルの引き出しから手鏡を取ると、髪を整えた。

 銀杏色の瞳に黒い前髪が掛かって少し鬱陶しい。引き出しから鋏を取り出すと、左手に手鏡、右手に鋏を持って前髪の長さを整える。

 少し切って満足がいくと、手鏡と鋏を引き出しにしまいこんだ。

 「さて……研究に戻ろう。」

 足元から一冊の本を引っ張り出すと、ホコリを払った。

 その本の表紙裏表紙には文字は無く、表紙は人の皮でできていた。内容は白紙が続くのみで何も書いていない。

 あたしは本を胸に抱くと、詠唱を始める。

 「"世界に奇跡を。御身に必然を。汝の力を我に授けよ。"」

 あたしは目映い光に包まれたかと思うと、魔典は消失した。

 全身に流動的な何かが全身を巡った。身体に力が宿ったことを実感する。

 力を得ることが叶ったのならば、次はその力を試す番だ。

 右目に意識を集中させて、一点に収縮させていく。頭に浮かんだ様々なワードを浮かぶシャボン玉を扱うように丁寧に選んでいく。ワードを選んで、並べて揃えて、出来た物を言葉に紡ぐ。

 「我、汝に斎く。聞くは悪名、問うは喝采。我が左手は熱を渇望する。迷い行き着くのは、必ず朋友。……始動……」

 右目が発熱を始め、目の内側から焼かれているかのようだ。左手には何か失われた感覚が増していく。

 椅子に座っているはずなのに、お尻の下は底の無い沼のように沈んでいく。視界がどんどん低くなり、あたしは意識と体が離れていることに気づいた 。気づいた所で何かをすることも出来ない。

 そのまま、地面に吸い込まれると、意識は遠くに飛び、体は人形のようにしなだれてしまった。

 現実世界でどれ程の時間が経っていただろう。眠りから起きるように、あたしは意識を取り戻した。

 テントの入り口から外を見ると、外は真っ暗のようで、近所で灯りを焚いているのはこの店ぐらいだろう。

 寝ぼけた意識は徐々に明確となり、魔術を使った後のことを思い出す。そして考察を重ね、やがてこの魔術について理解した。

 「ふぅん?思っていたほど、しょうもな過ぎる結果ね。一応、想定内だったけれど。どうりで、彼は何も分からなかったわけだ。研究結果は、見た目は必ずしも内容と比例しないということね。後でレポートに纏めておかなきゃ。欲しかった結果は得られたって。」

 あたしは、店の灯りを全て消す。辺りを静寂と暗闇が包んだのを確認すると、店の裏から外へと出ていく。

 あんなに渇望していた左手は、まだ右手の温かさを求めていた。

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