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いつか終る命の為にさよならを  作者: 遠里小野
1章 -海底ドロップ-
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とうに針は回ってる [1]

 嗚呼、気持ち悪い

 嫌な夢を見たような気がした。産まれた頃から何度も見続けた夢だ。

 内容は覚えていない。ただ、悲しくて苦しかったことは覚えている。そして、これが始まりだったことを覚えている。

 思い出しただけで、頭が痛くなる。

 「あら?ラナ君起きたのかい?」

 声をした方へ振り向くと、いつもの場所。暖炉の前にロッキングチェアに腰掛けるお婆ちゃんが居る。

 「おはよう。お婆ちゃん……」

 寝ぼけ眼を擦って、ベッドから出た。靴に足を入れると、お婆ちゃんの近くに立った。

 「歯みがき行ってくるね。」

 「うん。気をつけるんだよ。」

 棚から一枚麻の繊維を取ると、木製のドアを押し家を出た。

 遠くには半分顔を出した太陽が空を橙色に染めていた。次々と藁の屋根の家から大人たちが出てきて、農工具を担いで村の外へ出ていくのが見える。

 共用の井戸に並ぶ女性と、まだ半分寝ているちっちゃな子が可愛いらしくて、思わず微笑んだ。

 それらを眺めて、川へ向かう。井戸の水を使用してもよいのだが、先ほどの通り並んでいるし、歯を磨く程度なら川の水で問題が無い水の綺麗さだ。十二年生きてきて、これで腹を下したことはないから信用できる。

 川の水で麻を湿らせると、繊維で歯を磨く。

 木の枝の先を裂いて、歯ブラシにするのもいいが、手間なのであまりしたくない。

 歯を磨き終わり、水を掬って一度口の中を漱ぐ。水を吐き出すと、水を掬って今度は顔を洗う。冬のキンキンに冷えた水で一気に目が覚めた。

 朧気な水面に俺の顔が写る。黄色い瞳と温厚そうな目付き。横の黒い髪が耳に掛かっているのと、前髪が眼を覆い隠しそうな程伸びていて鬱陶しい。

 俺は水面に顔を沈めた。耳の中を水が漱いでいく。

 水中で目を開けても、石や砂が転がっているだけで、魚は居ない。どころか生物自体が見当たらない。普段ならば、小さな蟹や貝のようなものが居るが今日はどこにも居ないようだ。

 今度は目を閉じた。耳を漱ぐ音が響く。何故かこの音を聞いていると、気分が楽になる。代わりに何かを失ったそうな感覚も。失った感覚は普段からずっとしているのだが、それがより一層強くなるのだ。

 息が苦しくなって、顔を上げた。自分が思っていた以上に、限界だったようだ。何度も空気を求めている。

 そのまま死んでしまうんだじゃないかという恐怖と、そのまま死んでられたら良かったのにという後悔が襲ってきた。けれど、依然として喪失感は消えることはない。

 動悸が収まると、一息吐いて立ち上がった。

 「嗚呼、気分が悪い。」

 村に戻ると、井戸に並ぶ人は少なくなっていた。その中の一人の女性と目が合って、思わず目を逸らした。

 「……!!」

 逸らす寸前、視界の端にはその人の少し申し訳なさそうな顔が映った。

 そんな顔をされても困る。俺だって、あなたとどう接すればよいのかが分からない。

 心臓がバクバクと脈打って、聴覚が収縮した。

 あなたがそこまで、気を病むことはない原因は間違いなく俺なのだから。

 だから、捨てられたことは全く気にしていない。

 そう伝えたいのに、どう伝えたらいいのかが分からない。

 分からないから、見ない振りをする。逃避だと知っていながらも、知らんぷりをする。

 ごめんなさい、と心の中で呟いて気づくと家の中に走って逃げていた。

 今日は朝から災難だ。こういう事が起きると、一日不幸が起きそうな予感がして、さらに気が滅入る。

 「おや、帰ってきたの?だったら、朝ごはんにしよう。手伝ってくれるかい?」

 「う、うん、お婆ちゃん。」

 お婆ちゃんを補助しながら、朝ごはんを作った。

 お婆ちゃんは、眼が見えない。それは俺がこちらの家に移る前からのようで、よく赤ん坊の俺を育てられたと尊敬していた。

 だから、大きくなった今、そしてこれからもお婆ちゃんを助けたかった。

 「さあ、できたよ。運んでおくれ。」

 皿をいつも通り、机に運ぶとお婆ちゃんと向き合う。俺は手を合わせていただきます、お婆ちゃんはしきりに祈りを捧げてようやく食べ始める。

 昼食の卵料理を早々に食べ終えると、皿を洗う。

 ここから先は自由時間だ。畑に行って、大人たちの畑仕事を手伝うのもよし、近所の子どもたちと一緒に遊ぶのも良いだろう。

 まあ、それは外に出て決めるのが一番だろう。

 「じゃあ、お婆ちゃん外行ってくるね。」

 「うん、行ってらっしゃい。元気に遊んでおいで。」

 お婆ちゃんはいつものようにロッキングチェアに揺られ、ニッコリと微笑み手を振る。

 俺は外へ出ると、すっかり昇った太陽光が眩しかった。

 井戸には、もう列はなく誤って落ちてしまわないように蓋がされていた。その周りに同年代の子どもたちが走り回っている。

 「キャハハッ!キャハハハハハっ!」

 あの中に混ぜて貰おう。今日はめ一杯遊ぼう。

 「おーーい!まーーーぜーーてーー!!」

 俺は子どもたちに向かって走りだしたが、周囲の確認を怠った。

 「危なッッ!!」

 俺は勢いよく馬に蹴り飛ばされた。馬はまだあまり速度を出していなかったが、それでも小さな子どもを飛ばすには十分だった。

 大きく飛んで、何度も転がり民家にぶつかってようやく止まることが出来た。

 目が回って、吐き気がして、俺は吐いた。さっき食べた卵料理がそのまま出てきた。吐いて、吐きまくって、胃が空っぽになっても吐き気は止まない。何度も咳き込み、えずく。

 全身が痛い。蹴られた脇腹もズキズキして、苦しい。擦った腕から血が垂れているのを確認してしまったことが、より痛みを増幅する。他にも、血が流れているだろう。幸運にも頭は打たなかったが、それでも苦痛に悶えるのは変わらない。

 俺が痛みに耐えていると、誰か近寄ってくる足音がした。来る前から知っている。こいつは村の人ではないと。

 「おい、おーい?大丈夫かぁ、坊っちゃ~ん?しっかりしろぉ?」

 目の前に立つ男は心配の言葉は掛けているが、その言い方から一切の反省はなく、嘲笑が多いに混ざった口調だった。

 男は俺の前髪を掴むと、無理やり顔を上げさせた。額から流れる血が目に入る。

 男を止める者は誰一人ともこの村には居ない。

 「なあ?坊っちゃんが飛び出してきたおかげで、俺の馬が怒っちゃて動こうとしねぇんだよ。これじゃぁ、勇者様が魔王退治に行けねぇじゃあねえか。どうしてくれんだ?ああぁんっ!?」

 何が勇者様だ。そこらのチンピラと変わらんじゃねえか、と心の中で嗤う。

 掴んだ髪を何度も引っ張り上げ、人目も気にせず威嚇する。こういう虚勢には慣れている。この暴力もだ。久しくやられてなかったが、やはり魂が対処法を覚えていた。

 ただ時間が過ぎさるのを待つ。相手が、気が済むまで痛みに耐え抜き、ただの人形と化す。

 それが、昔俺が知ったものだった。

 ただされるがままになっていると、村の腕っぷしの強い男性が三人やってくる。

 しかし、彼らの眼は明らかに俺を下に見ている眼だった。

 言わずとも解る。余計なことをしてくれて、とでも言いたいのだろう。

 男性の一人が、頭をかきながら言う。

 「ゆ、勇者様。コイツにはきつーーーく言っておきますのでどうか…………」

 勇者?そうか、そう言えば俺に暴力を奮っているのは勇者だったか。

 所詮、王に選ばれただけの人間だ。そこに人格などは一切加味することはなく、ただ純粋に魔王が倒せるだけのポテンシャルがあるかどうかだけが重視される。

 さすがの勇者様と言えど、男三人では敵わないと気づいたのか小さく舌打ちをした。

 「チッ……てめえらぁ!俺が帰って来るまでに、馬を静めとけ!」

 俺を投げ飛ばすと、唾を吐き掛け、我が物顔で鎧を鳴らして村の外へと歩いていく。

 あの方向は魔物がよく出る森の方面だ。きっと経験値でも稼いでくるのだろう。

 勇者が居なくなると、村中から一斉に安堵の声が漏れた。

 すると、続々と俺を心配する人が大勢近寄ってくる。さっきまで、俺を助けようとはしなかった癖に。

 「気持ち悪い…………」

 一瞬、大人たちは固まったが、すぐにまた上っ面だけの心配する顔に戻る。

 こんなことではいけないのだろうけど、イライラする。大人たちが掛けてきてくれた言葉、一語一句が俺の気分を害してならない。

 これが、火に油を注ぐようなものなのか。一周して、そんな冷静な考えが頭を過る。

 「あの。大丈夫なんで。心配してくれることないんで。ありがとうございました。では。」

 早口でまくし立てると、サッと立ち上がってそそくさとその場を離れた。

 何人か付いてこようとしていたが、周りの人たちが止めるのが後方から聞こえた。

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