夏祭り、ひと夏の‘恋’
それはきっと、頰がとけるほど甘くて、だけど溶けきってしまう瞬間、とても悲しくなるんだろう。
「ねぇ由美ちゃん、夏祭り一緒に行かない?」
さりげなく、いたって普通に、世間話でも持ち出したかのような体で少女は話しかけた。ふわふわの癖毛に可愛らしい花の髪飾りをつけた、いかにも女の子らしい少女。
放課後の教室、残る生徒も数人という中での出来事。誰も不思議に思う者はいない。なぜなら二人は、普段から仲良しな女友達だから。
「いいよ、近所のやつでしょ。ていうか毎年行ってるじゃない」
答えたのはショートヘアがよく似合っている、落ち着いた雰囲気の少女だ。
「そうだけど、予定とか入ってたらどうしようかと思って」
「大丈夫だよ、瑠花と行くためにちゃんと空けてあるから。じゃあ私部活行くね」
「あ、うん。バイバイ」
瑠花は少し寂しそうに手を振った。由美はそんな瑠花の様子には気づいていないのか、足早に教室を去っていく。
残された瑠花は、一人ため息をついた。
「瑠花ちゃん、一緒に帰ろ」
「あ、うん。帰る帰るー」
まだ教室に残っていた女の子に話しかけられ、瑠花は瞬時に笑顔を作り答えた。しかしその声に、感情はなかった。
一学期期末テストが終わり、なんやかんやしているうちに、中学校は夏休みに入る。部活に入っていない瑠花は、美化委員の仕事でたまに学校へ行くだけだが、テニス部に所属する由美はほとんど毎日学校へ行った。
だから瑠花は、毎日暇していた。課題のノルマを終わらせると、つまらならそうに窓の外を眺める。夏休みも終盤になれば、課題テスト勉強会という名の、由美が瑠花に課題を写させてもらう日が訪れ、毎日由美に会えるのだが、それまではしばらく由美と話せない。
そう考えると、瑠花の気は沈む一方である。夏祭り、それが唯一夏休みに由美と遊べる日なのだ。
「小学生の時は毎日遊んでたのに、中学生ってなんてつまらないんだろう」
セーラー服が着れると大はしゃぎしていた去年の自分を思い出し、苦笑する。一年も着れば、真新しいかった制服ももうくしゃくしゃだ。由美のスカート姿だって、当時は珍しいなと思っていたのに今では慣れてしまった。
「早く夏祭りの日にならないかな」
そう呟きながら一つあくびし、瑠花はそのまま寝てしまう。それが毎日のように繰り返されていた。
待ちに待った夏祭り当日。
瑠花は母親に浴衣を着せてもらい、精一杯おめかしをして由美の家に訪れていた。しかし、由美はまだ部活から帰ってきていないらしい。仕方なく、家に上がらせてもらい、リビングで待つことにする。
数十分後、全速力で帰ってきたらしい由美が息を切らせながら玄関の扉を開けた。
「ごめん瑠花! すぐにシャワー浴びて着替えてくるから」
挨拶もほどほどに、由美は慌ただしく支度を始める。
本当は、会った瞬間に可愛いねって言って欲しかった。
そんな思いをどうにか抑えながら、ゆっくりでいいから、と曖昧に笑いつつ言う。由美は、髪も乾かさないまま二階から鞄を掴み降りてくると、リビングのソファーに腰掛ける瑠花の前に立ち、両手を合わせ謝った。
瑠花は、気にしないでと微笑む。その瞳の奥に、深い青の悲しみを宿しながら。
「いこ、由美ちゃん」
「そうだね。急がないと花火始まっちゃうし」
二人は手を繋ぎ、夜の街に駆け出した。下駄の音一つ、響かせながら。
二人が夏祭り会場となっている川辺に着くと同時に、一発目の花火が上がった。地元の小さな夏祭りにやる花火だ、それほど長く上がるわけではない。二人はなんとか間に合ったと胸を撫で下ろした。そして瑠花は、そっと下駄から足を引き抜く。
「人いっぱいだね。もう少し前の方行く?」
気を利かせての提案だったが、瑠花にはもうそんな気力は残っていない。足の指に走るじりじりとした痛みをこらえながら、大丈夫と答えるので精一杯だった。
「あっ、あの花火ハート形だよ! でも斜めってる、残念」
「けど、綺麗。由美と見にこれてよかったよ」
そんな言葉を合間合間に挟みながら花火を楽しむ二人。しかし、いつもより瑠花の口数が少ない。由美もそれには気付いており、どうにか話を続けようと懸命に言葉を探すが、なぜかすぐに途切れてしまう。
ふと頭をよぎる日頃の瑠花の姿。いつだって瑠花は笑顔で自ら話題をふってきて、楽しげに言葉を紡いでいた。喋るのは、瑠花の専門だったはず。
だけど今日の瑠花は、一瞬で散ってしまう花火をじっと見つめるだけで、返事はすべて上の空。花火の光に当てられた横顔が、まるで泣いているようだ。
「瑠花、やっぱりちょっと怒ってるよね。ごめん、遅れちゃって」
由美は俯いて、力なく呟いた。
「何言ってるの、部活なら仕方ないよ。怒ってないって」
瑠花は胸の前で手を振りながら、由美をなだめるも、やはり普段の明るさは感じられない。
「来年はさ、ぜーったい遅刻しないから」
その言葉に、瑠花は動きを止める。
「ね、だからゆるし」
「最後だよ」
「え?」
瑠花の言葉の意味を捉えかね、由美は間抜けな声をあげた。
「だから、今年で最後。二人でくるのは、もうやめにしよう」
口元に笑みを浮かべ、感情なく言われたその台詞に、由美は困惑する。
「どうして急にそんなこと言うの。そんなに私が遅れたの嫌だった? もう私のこと嫌いになった?」
「違う、違うよ由美ちゃん」
「じゃあどうして!」
瑠花はそっと、由美を抱きしめた。その肩は小刻みに震えている。
「私はずっと、由美ちゃんのこと好きだったよ。この後も死ぬまで、好きでいると思う。だからって、私が由美ちゃんを縛りつけてちゃダメなんだよ」
「瑠花……」
由美も瑠花の背に手を回し、弱々しいその小さな体をさすった。
「由美ちゃん、部活の先輩のこと、好きなんでしょう。だから来年は、先輩を誘いなよ。ね?」
「どうしてそれを」
「友達だもん、分かるよそれくらい」
どーんと上がった大きな花火を最後に、夏祭りは終了する。人が各々帰路につき、疎らになる。
どんなに仲が良くでも、離れなければいけない時はある。
この気持ちは、なんだか恋に似ているな。
甘酸っぱくて、嬉しくて悲しい。けど、この恋は、叶ってはいけない。
部屋の中、遠く響く花火の音を、一人静かに、聞いていた。あの夏の日、足に広がる僅かな痛みを思い出しながら。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。「夏祭り」をテーマに淡い青春物語を書かせてもらいました。
これは別にガールズラブとか意識して書いたわけではありませんが(意識してないとは言ってない)、どう受け取るかは読み手の自由だと考えています。気分を害された方がいらっしゃいましたら、ここで謝らせてください。
少女ならではの、恋じゃないけどただの友情とは違うような、友達だけど大好きな気持ちってあるんじゃないかな、と思いながら執筆を進め、結果こう落ち着きました。私の勝手な妄想ですが、この二人はここで一度離れてしまいますが、同窓会や成人式で立派な大人になり再開した時、また昔のように笑いあえるのではないでしょうか。
皆様も、喧嘩別れした友人に久しぶりに再開し、なんだか曖昧なまま笑いあい、昔のことを話したなんて経験、ありませんか?
私はないです。もう少し大人になったらあるんじゃないかと期待してます。
それでは、また。
2016年6月25日(土) 春風 優華




