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第七章 二人と一匹②

「やあ、サトル。少しは落ち着いたかい?」


「……泣いてなんかないよ」


「ハハ、そんなこと聞いてはいないよ。それに君の目が充血しているけど、理由は知らないよ。私はシャワーを浴びていたんだからね」


「いつもはおじさんカラスよりずっとシャワーの時間だなんて短いくせに……」


「あれそうだったかな?」


 サンタの長いシャワーが終わった後、サトルくんたちはリビングに場所を移したのでした。


「…………それでおじさんどうして怪我をしているポチが居るのにここに来たの。そもそもなんでポチは怪我をしちゃったの? 協会から今日まで姿を消していたことだって僕は心配でたまらなかったんだよ」


「ああ、ちゃんと全部説明するよ。まずなぜ怪我をしたポチが居るのに君の前に来たのか。それはサトルに会いに来たからだよ」


「僕に?」


 サンタの言葉はメアリーの時と重なります。つまりポチの怪我は少なくとも自分が関係しているのです。そう思うとサトルくんの心はズシリと重くなります。顔は勝手に俯いてしまいます。


「サトル、顔上げろ。爺さんの話を聞いてやってくれ」


 俯いているサトルくんにポチがそう言います。ポチにそういわれたからには顔を上げない訳にはいきません。サトルくんは落ち込んだ表情でありながらも顔を上げ、サンタの話を聞く体勢になります。


「…………サトル、話を進めるけど、大丈夫かい?」


「うん僕は大丈夫だから話を進めてよおじさん」


「そうかい……。じゃあ次に君は私たちが妖怪に襲われて、そのまま行方不明になったと協会から聞いたんだね?」


「そうだよ。そう聞いたよ」


「なるほどね。確かに一匹の妖怪に襲われたアクシデントは本当だ。ただ協会には悪いが、私たちはそのアクシデントを利用させてもらったんだ」


「利用って?」


「妖怪に襲われた時に私とポチは瞬時に思ったんだ。自分たちにその妖怪の意識を一方的に集中させて、攻撃されれば協会から上手いこと離脱出来ると考えたんだ。そのために隙を見て、協会の人間には見えないように妖怪に洗脳魔法をかけて、一方的に私たちに攻撃させた」


「……おじさん意味が分からないよ」


 淡々と言うサンタにサトルくんの理解は追いつきませんでした。


「協会から脱走するためさ。自由に動くためにね」


「脱走って! それってジョニーさんと同じことしたってこと!?」


 サトルくんはアメリカサンタのジョニーの名前を出しますが、サンタは少しだけ首を横に振ります。


「ちょっと違うね。彼は厳重に警備されている協会を正面突破したんだ。それも警備の人間を素早く無傷で制圧したんだよ彼は。そんな神業は私やポチでさえ出来やしないよ。だからバレないように脱走したのさ」

 

 説明しながらサンタは少しだけ得意げな顔になっています。


「協会では今も私とポチは妖怪に襲われて、生死不明の行方知らずになっているだろうね。……フフ、つまり私たちは今回事故で行方不明になり、今から数時間後には協会に無事生還して帰って来たってことになる。だからジョニーみたいに罰則はなしってことさ!」


「ケッ! 爺さんは昔からせこいからな。洗脳魔法だなんて一体いつ覚えやがったんだか。相棒として恥ずかしい限りだぜ」


自慢でもしているように話すサンタに傷だらけのポチが悪態をつきます。


「恥ずかしいって罰則を受けるよりマシだと思わないかい? 私減給とかお説教とか絶対に嫌だよ」


「確かに罰則が面倒くせえってのは分かるが、爺さんのはまどろっこしいんだよ。わざわざ妖怪に襲われる下手な演技をさせやがって。第一な俺だってジョニーのジジイと同じことくらい出来るぜ」


「いやーポチは力が強すぎるからね。ジョニーみたいには行かないんじゃないかな?」


「んだとっ!」


 サンタの言葉にポチはムキになってそのまま言い争いに発展しそうになりますが、


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 そこでサトルくんが止めに入ります。


「どうしてそんなわざわざ脱走までしたの。しかもイブまでギリギリ戻らない上に、ポチは怪我をして帰ってくるし」


「それはね、今回でようやくある妖怪の居場所が分かったからさ。そして私とポチはイブまでにそいつを倒すと決めていたんだ。その結果、ギリギリまで帰って来れなかったけど心配はないよ。脱走する前にイブでの仕事はほぼ終わらせてきたんだ。ポチは今年のイブは休まないといけないかもしれないけど、幸い私はまだ動ける。サンタとしての責任はきっちりと果たすよ」


「何言ってやがる爺さん。俺だってこの程度の傷で休みはし、」


「そういうことを言ってるんじゃないよ!」


 サンタの言葉に反論しようとするポチでしたが、サトルくんはポチの言葉を遮ります。


「どうしてポチが怪我をするような妖怪と戦わないといけなかったの!」


 サトルくんが知りたいのはそれだけでした。どうして家族が怪我をするような強い妖怪とサンタたちは戦わなければならなかったのか。それを知るまではポチが怪我をしてしまった悲しみが上手く整理できませんでした。


「……幽鬼。今回私たちが中国の奥地まで赴いて倒した妖怪さ。日本ではまあ名前の通り鬼として知られているね。この幽鬼は人の死んだ直後の肉を好んで食べ、まだ天に昇る前の魂を体内に取り入れることで霊力を増幅している妖怪さ。強さは多くの魂を取り入れたせいでとんでもない化け物となってしまった。この世界では数少ない神をも殺せる妖怪さ」


 サンタはサトルくんの問いに対して慌てて答える様子はありません。むしろゆっくりとサトルくんに説明するように話します。


 そしてサトルくんも一つサンタの言葉で気になった所があります。


「……死んだ直後の人の肉を食べる」


 それは自分がかつて知っている光景の話です。


「それって……」


 今でも鮮明に覚えています。大きな姿をした妖怪が死んだ母の肉を口に入れ、骨をかみ砕く音。粉々になって骨と混じり合った母の肉を咀嚼する音。母を食べ終えた後に愉悦したように笑うあの顔。まだ生きている自身を見て興味なさげに去る後ろ姿。


 全て覚えていて、あの時の感情は未だに全て体の中に残っていて、そして――、


「――――――っ」

 

 サトルくんは咄嗟に口元を押さえます。今にでも吐き出してしまいそうなのです。同時に気付きます。口元を押さえている手が震えていることに。


「…………。サトル、話の続きをしてもいいかい?」


 そんなサトルくんにサンタは心配する素振りは見せません。恐らくここでサトルくんがサンタたちに気を遣われて助けてもらうようでは、サトルくんがこのままでは耐えられないと判断してこの先のことは話さないのでしょう。


「…………っ! ……ハァー。大丈夫だから続きをお願いおじさん」


 サトルくんもそれを知っているからこそ吐き気を無理矢理抑え込んだのでした。今までの彼ではそこで母のトラウマまで思い出して、聞くのを止めてしまったかもしれません。しかし今の彼はそれではいけないと知っているのです。


彼は好きな女の子に約束したからです。ヒーローになってみせると。ならばここで逃げるわけには行かないのでした。


「本来なら幽鬼を討伐だなんて私たちサンタの仕事の範疇を超えているし、当然命令もされてない。私とポチが個人的に幽鬼に用があって、居場所を突き止めて幽鬼を倒しに行ったんだ」


「…………」


「幽鬼は今回中国に居たが、あの鬼はさまざまな姿形と名前を持ち、一定の場所には留まらない。かつては夜叉という名の鬼に扮していたこともあった。そして長い間調べて、ようやく分かったことがある。幽鬼は日本にも訪れていたんだ。名前もない巨大な化け物に化けて、五年前のクリスマスイブに訪れた」


「…………」


 サンタは話をさらに続けようとします。ただもうサトルくんにはサンタの言いたいことはすでに分かっていました。分かっていても彼は声が出てきませんでした。


「……幽鬼は日本では大きな被害を及ぼさなかった。一人の女の死体を喰い、その魂を己の魂に取り入れる以外には」


「……あ……じゃあ、ポチをボロボロになってまでなんとか倒した妖怪が、その幽鬼で、幽鬼は……っ」


「――――ああ、君の母を食った妖怪は幽鬼だ。間違いないよ。私が実際に対峙した幽鬼の霊力と君の母が食べられてしまった場所での霊力の残骸は完全に一致していた。……そして何より幽鬼を殺した時に出てきたコレが何よりの証拠だ」


 言葉が出てこなくなったサトルくんの変わりにサンタが全てを答えます。全てを答えた上でサンタはサトルくんの前に右手を差し出すとその手の平からゆっくりと光の玉が出てきました。


「……おじさん。これは?」


「魂だよ人間の。幽鬼は人や獣など魂を食べる。特に幽鬼の好物は死んだ直後の天に昇る前の魂。そしてその魂は幽鬼に食べられたからと言って、消滅するわけではないんだ。幽鬼の一部となって存在し続ける。自我すら保ち続けることになる。幽鬼の狂気の中で過ごす地獄が伴うけどね」


「じゃあこのおじさんが持っている魂って……」


「幽鬼の中に君の母親の魂があるのは予想していた。そして幽鬼を殺した際に幽鬼の中にある魂の多くは天に昇ろうとしていた。その中にはサトルに似ている魂の波長を持った魂があった。だから私はその魂だけを一時的に魔法で形状化した。そして確認のためにその魂と対話した。結果、目の前にある魂はサトルのお母さんで間違いないよ」


「…………」


 サンタは話し終えたのか小さく息を吐くとサトルくんの反応でも見るかのように黙って、サトルくんを見つめています。


 しかしサトルくんは反応どころか思考さえままなりません。


「どうして」


 やっと口に出てきた言葉は疑問の言葉でした。それがきっかけでサトルくんはどんどん疑問の言葉とそして非難の言葉が出て来ます。


「……おじさんは前にサンタは争いを少しでも少なくするために必要な仕事だって言ってたよね?」


「言ったよ」


「だったらどうしてこの大事な時期に脱走までしてポチが大怪我するような鬼と闘ったりしたのさ!」


 声は段々と強みの色を帯びてきます。腹が立っているのです。サンタに、サンタの選択に怒りが湧いてくるのです。


「…………」


「答えてよ! どうしてこんなことしたの! どうして母さんの魂を救おうだなんてしたの! 誰もそんなこと求めてないよ。僕のためだって言うなら僕はおじさんがっ! ……おじさんが……っ」


 そこで言葉は止まります。


サトルくんはサンタに憧れていました。自分に無理矢でも生きる気力を湧かした聖夜の奇跡を起こすサンタに憧れと誇りを持っていたのです。何よりも自分と一緒に暮らす日本のサンタのサンタロウを心の底から尊敬していました。


 口ではいつも仕事が嫌だとかいっそのこと人工知能に全て託したいだとかふざけたことを言いながらも自分の仕事を大切に思っているとサトルくんは信じていました。


 だからこそサンタの行為に怒りが込み上げて来るのです。今回のサンタの行動はサンタクロースとしての仕事を蔑ろにしているようにしか思えません。ただそれでもサトルくんにはおじさんが許せないとは言えませんでした。どうしてもこの言葉だけは口にすることが出来ません。


「……サトル、ジョニーはメアリーを連れて君に会いに来たんだよね。わざわざ脱走までしてさ」


 サンタはジョニーとメアリーの名前を口に出すと、サトルくんが疑問の声を挙げる前に言います。


「君に会いに行く前に一度メアリーと連絡を取ったんだよ。ジョニーの脱走の理由は大体孫娘のことだからね。そしてメアリーからも聞かされたよ。君の心の傷をことを」


 サンタはさらに話を続けます。


「知っていた。ずっと君が苦しんでいることは知っていたんだ。知っていて尚私たちには君の傷を癒すことは出来なかった。うなされている君を見ているだけしか出来なかった。一人震える君にかける言葉がなかった。……私やポチはサトルの親ではないから」


 苦笑しながらサンタは言います。


「それでも私たちは君の家族だ。そして魔法しか出来ない私や脳筋のポチではたぶん君の心の傷は治せない。だったらその傷の元凶の人物に解決してもらうしかないと思ったんだ。そのために私はその元凶を手に入れるために幽鬼を数年間捜し続け、ようやく中国のサンタの情報から場所を特定出来た。……まあ確かに時期が悪いというのは否定出来ないけど、私たちにとってそれは大きな問題ではなかったんだよ」


 サンタはそのままゆっくりと頭を下げます。


「サトル、私の魔法なら君のお母さんの魂を天に昇る前にもう少し時間が作ることが可能だし、君とお母さんを実際に対話させることが出来る。どうか彼女と話をしてくれないか?」



「……何それ。やっぱり分かんない」


 サトルくんはサンタの言葉を自分なりに解釈して、その上でサンタの言葉が理解出来ません。理解をしようとしないのです。


「……おじさんの気持ちは嬉しいよ。でも母さんの魂があるからなんだって言うの? 母さんは僕を残して自分で死んだ事実は変わらないし、僕は妖怪に怯えて母さんの体を食べられているのに何もしなかった。……僕たちはどっちも最低だよ。僕たちは親子としての資格なんてもう消えちゃったんだ」


 今でも母を愛しているのか憎んでいるのか判断が付かないのに母に会っても自分はパニックになるくらい混乱するだけだとサトルくんは想像が付きます。何より母だって自分には会いたくないはずだとサトルくんは思います。


 母を不幸にしたのは自分だから。


 自分がお腹に宿ったから母は好きな人に捨てられて、自分が生まれたから母は自分を育てるために夢を捨て、自分が弱くて邪魔な存在だから母が付き合っている男に殴られて、それのせいで母は男と寄り添って生きていくことを捨てました。そして自分が母を苦しめるから母はその苦しみから逃れるために酒に溺れ、自身を傷つけたのです。


 それもこれも全部自分のせいだとサトルくんは自信を持って言えます。母を殺したのは自分だとさえ思っているのですから。


 そんな自分が母に今更あった所で何を言えばいいのでしょうか? きっと出てくる言葉だなんて罵倒か意味のない謝罪くらいのものでしょう。きっと母だって自分と同じような言葉かそれ以上に恨みつらみの言葉を投げかけてくるかもしれません。何しろ自分は母に愛されてはいないとサトルくんは悟っているのです。


 だからこそ彼は母との過去の傷を、トラウマをどうにかしようだなんて考えていません。受け入れるしかないのです。


 少し前まではその傷に苦しみ、周りの目から怯えていました。それでも彼はサンタやポチにメアリーなど大切な人が居て、その幸福のために我慢しようと耐えると決めたのです。それなのにサンタが今更母と話せだなんて言うのは理解出来ません。


 母からこれ以上傷つけられろと言うのでしょうか? それだけは嫌なのです。今でも限界なのにこれ以上耐えられる自信がサトルくんにはないのです。


「……僕には母さんと会う資格はない。母さんだってもう僕と話す資格だなんてないんだ。おじさんとポチが僕のためにやってくれたのは本当に感謝してるよ。でも僕のためを思うなら今すぐ母さんの魂を開放してやってよ。……それが僕と母さんのためなんだ」


「……フフ」


 サトルくんの訴えにサンタは口を歪めて可笑しそうに笑います。


「何が可笑しいのさ?」


「サトルよ、おめえは勘違いしてんだよ」


 サトルくんの問いにサンタではなくポチが答えました。サンタもポチに続けて言います。


「私やポチはサンタの仕事をやっている。それは人に役に立っている仕事だと私は思うよ。誇りもある。でもね、サトル私は誰かのためにサンタをやろうと思ったことはない。自分のためにサンタをやろうと思ったんだ」


 自分のためとサンタははっきりと言いきります。


「私がサンタになろうと思ったのなんて最初は好きな女の子に認めてもらおうと思ったからさ。そのために私はサンタになったし、それ以前に魔法を覚えようだなんて考えたのだって女の子の服が透ける魔法を生み出したくて魔法の勉強を始めたのさ」


 サンタが自分のことを話し終えると今度はポチを指さします。


「そこに居るポチだなんて今はこうして私の相棒で居るけどね、私と出会った当初は魔法をかけられたトナカイとして無駄に知識を付け、その知識を今度は強さを得る糧にして、さらにその強さを自身の戦闘欲を満たすためだけに振るっていたとんだ迷惑な戦闘狂さ」


「ああ、そうだな。昔の爺さんの相棒だった母ちゃんに頼まれてアンタは暴れる俺を止めに来たな」


「そうだね。あの時私に敗れたポチは、私からもっと強さを得る方法を教わるために私の新しい相棒になったんだったね。いやー懐かしいね。あの時私あばらの骨が二本折れて、右腕も君に折られたんだったね。本当に痛かった。角で私の体を貫くし」


「……爺さんだって俺の角を折りやがったじゃねえか。どっちにしてもアンタの言う通りだよ。俺は強くなるために、強いやつと戦うために強いアンタの相棒になって、今も爺さんの仕事を手伝ってるんだ。全部俺自身の目的のためだ」


 サンタはポチとの昔話を終えると今度はサトルくんに指を向けて言います。


「そしてサトル。私はボロボロになった君を拾って、育てて来たのももちろん君のためではない。全部自分のためさ」


「……自分のため?」


「そうだよ。だってボロボロになった君を拾ったのはそのまま放って置くのは罪悪感で一杯になるから君をとりあえず家に連れて来ただけだし、君を育てようと思ったのだってきっと私は寂しかったからだと思うよ。妻に先に死なれてからずっと心に大きな隙間が出て来た。その寂しさを埋めるために私は君を育て見ようと思ったんだ」


「……それが僕が今ここに居る理由なの?」


 サトルくんの言葉にサンタはしっかりと頷きます。


「ああ。どうだい? 全部自分のためだろ?」


「……うん。とても自分勝手だなと思うよおじさん」


 サンタの言葉はサトルくんにとってなかなかに衝撃的でした。まさか今更自分がこの家に来た理由がサンタの奥さんの代わりだなんて。本当に自分勝手な理由です。


 ただ不思議と嫌な気持ちにはならないのです。


「おじさん、僕はおじさんが同情で僕を育てくれていたんだと思っていたんだ。でもおじさんが亡くなった奥さんの代わりに僕を育ててくれてたなんて思ってもいなかったよ」


「幻滅したかい?」


「ううん。僕が今ここに居て生きてられるのはおじさんのおかげなのは変わらないし、よく分からないけどなんだか逆に少しだけ安心した」


「……そう言ってくれると助かるよ。それを話して君に嫌われるのが私は怖かったんだ」


 サンタは少し安堵したように息を吐くと、そう言って懺悔のように話し続けます。


「最初は心の隙間を埋めるために君を育てることにした。いつか立派な大人になって恩返しでもしてくれたらいいなくらいにしか思ってなかったよ。でも子育ては想像以上に大変だった。最初は君はしばらく心が壊れたみたいに殻に閉じこもっていた。それを見るたびに私やポチだって心を痛めたよ」


 サンタの言う通り、サンタに拾われた当初はサンタのことを信じられず、自分に危害を加えるかもしれない大人として見ていました。


「そしてようやく私を少しは認めてくれた君は今度は殻を壊して、自分から私に歩み寄ろうとしていた。あれは嬉しかった。とても。だけど私に近づいてきてくれた君は必死に私の機嫌を取ろうとしているのが見て分かった。いつも笑って、自分から率先して手伝いを行い、不満も何も言わない。ただどこかに不安を感じているのが分かる君の笑顔を見ているのはとても辛かったよ」


 サンタの言う通り、サトルくんはサンタを信用出来る大人として判断したら今度は母の時みたいに捨てられないように媚びを売っていました。いつも笑顔を浮かべて、言い付けを守り、自分から手伝いをする良い子に。そうでもしてないと不安で溜まらなかったからです。


 今でさえ完全に打ち解けた仲でも笑顔を浮かべる自分を演じようとしています。そんな自分がサトルくんは大嫌いでしたが、メアリーと話してからはそんな自分ですら受け入れようと決心していましたが、まさか自分の行動でサンタたちを傷つけているとは考えてもいませんでした。


「……おじさんごめん。でも僕は……」


「分かっているよサトル。君の不安は分かっていたつもりだ。私たちにまだ気を遣っているということは。君が悪いんじゃない。ただ私が君の傍に居る大人としてただ一言『大丈夫』だと言ってあげれば良かったんだ。……ただね、その言葉を口にするのが私も怖かったんだよ」


「怖かった?」


「そうさ。その言葉を口にしたとしても君が私を信用してくれるか分からなかったから。サトルの傷の原因が母親等の大人たちで、私はその大人だ。だからこそ私が大丈夫と言ってもサトルに信用されないで拒絶されるかもしれない。それが怖くて、私はずっと言えなかった。苦しむ君を見ているだけしか出来なかった」


「っ! そんなことな……」


 そんなことない! サトルくんはそう言おうとした所で声が出て来ませんでした。確かにそうだろうかと自分でも考えてしまったからです。


 サトルくんはメアリーと話せて、改めて周りの人たちがかけがえのない存在だと再確認しましたが、そのメアリーにサトルくんははっきりと言いました。口だけじゃどうだって言えると。


 彼は好きな人に傷つけられるのが怖くて、いっそのこと一人で居た方が楽だとさえ思っていました。少なくともメアリーと話す前までのサトルくんではサンタの言葉を聞いて感謝は出来てもサンタが自分を裏切るかもしれないと考えていたことでしょう。


 だからこそ彼は何も言えません。


「…………。そしてその恐怖はサトルとの思い出が増えていくたびに強くなっていったよ。君が初めて私の名前を呼んでくれた時。君がポチと一緒にドロドロになって帰って来た時。君が私が作ってくれた料理をおいしそうに頬張ってくれた時。君が初めて友達を私たちに紹介してくれた時。……君と暮らし始めてから私は毎日が楽しくなった。君が居てくれるから、君が私を尊敬してくれるから私はサンタとして頑張ることが出来た」


 サンタは自身の想いを吐露していきます。きっとこの男の言葉に嘘はないのでしょう。


「だからこそ君に拒絶される恐怖に勝てないで私は君の苦しみから目を背けてしまった。ポチを付き合わせてね。その罪悪感を消すために私は君の亡くなったお母さんの魂を持つはずの幽鬼を捜し続けた。君のお母さんが君を傷つけたんだから君のお母さんがなんとかするのが筋だって言い訳して。それが私たちの出来ることだと思っていたから」


 そう言うサンタは実際にサトルくんの母親の魂を手に入れたのです。しかしそれなのに男の顔は晴れません。ポチも顔を曇らしたままです。


「でもさっきも言ったけど、私は少しメアリーと電話で話したんだ。彼女の話を聞くためにね。その時も今のようにこの話を彼女にまるで懺悔でもするように話したんだ。彼女はサトルにとって大事な人間だったからたぶん彼女の言葉を私は聞きたかったんだろうね」


「おじさん……」


「話を聞いた彼女の第一声が大きな声で『バカ!』だったよ。電話口に耳を当てていたから耳がキーンとなったよ」


 サンタが困ったように笑います。


「……メアリーらしいね」


 サトルくんもメアリーの声を実際に想像して少しだけ笑います。


「その後はまあアレさ。彼女からの説教はとても長く続いたよ。でも彼女の言葉は簡潔だった」


 サンタは続けます。


「彼女はサトルを大事に思っているならなぜ大丈夫だと言ってやらなかったのかと。拒絶されても私たちがサトルを想っている事実があるならそれを誇りに思って何度でも大丈夫だと言えばいいと。抱きしめて大丈夫だって言ってあげればいいと。その後に愛していると言えば、サトルは絶対に嬉しくなるからって。大好きな家族にそう言われて、喜ばないならアタシが日本まで来て今度はサトルが目を覚めるように引っぱ叩いてあげると彼女は言ったよ」


「……メアリーに叩かれるのは少し嫌だな」


 サンタからメアリーの話を聞いての第一声がこの感想でした。


「フフ。そうだね。彼女はジョニーの孫だからとても力が強いはずだよ」


「うん。……おじさん?」


「なんだい?」


「おじさんはつまり僕の母さんの魂を取り戻したのも、その母さんと僕を話をさせたいのも全部自分のためで、それで僕の傷が少しでも癒えたらいいなって思っているんだよね」


 サンタの話を聞いて、サトルくんは短くまとめてそう言います。


「そうだね」


「ポチもおじさんと一緒の考えなの?」


「……おう」


 ポチにも訊ねて、ポチの言葉を聞いてサトルくんは一瞬だけ言うのを躊躇う様子を見せますが、それでも口を開きます。


「じゃあさ、僕が母さんと会ってさらに傷ついたらどうするの? おじさんたちで僕が立ち直れないくらい傷ついたらどうするの? 僕はもうこれ以上母さんに傷つけられたくないのに、耐えられる自信がないのにそれでも母さんに会えっておじさんとポチは言うの?」


 あえて辛辣な言葉をサトルくんは選びます。彼はもうサンタたちの言葉を疑おうとは思いません。大好きな彼らが言う言葉なら不安で怖くても信じてみようと思っているのです。だからこそ彼らの言葉を聞くためにサトルくんはあえて辛辣な言葉を口にしたのです。


 そしてサンタから返って来た答えは――――、


「その時は私とポチも傷つくよ」


――――なんとも簡単なようで意味がよく分からない答えでした。


「え?」


「サトル、確かに君のお母さんが君の心を癒してくれるとは限らない。私も彼女の魂と少しだけ会話をしたが、私が話しかけるだけで彼女はずっとうな垂れていたから。私には君のお母さんがどういう人間か判断出来なかった。それでも私は君がお母さんに会って欲しいと願っている」


「どうして?」


「可能性があるなら動かない訳にはいかないからさ。君の傷がお母さんと話して少しでもマシになるかもしれないなら例えリスクがあろうが私は君にそうして欲しいと思っている。嫌なんだよ君が大きな傷を抱えたまま成長してしまうのが。私が嫌なんだ」


 サンタの言葉をなんとも自分本位です。


「だったらそれで大きな傷がさらに大きくなったら?」


「……その時はさっきも言ったけど、私とポチも一緒に傷つくよ。君の傷を一緒に分け合うよ」


「そんなこと出来る訳な……」


「出来るよ!」


 サンタはサトルくんが言う前にはっきりと言い切ります。かつてないほど彼は自信満々に言うのでした。


 そんなサンタの様子にサトルくんは一瞬だけ面を喰らってしまい、気付けば背後に二足歩行のトナカイが居ました。


「ポチ?」


 ポチはサトルくんの頭に蹄を軽く乗せたまま何も言いません。


「……サトル。私やポチもずっと今まで怖くて言えなかった。…………自分よりずっと年下の少女に言われるまで目を背けていたことを言わせてくれ」


 サンタはそう言って、サトルくんに近づいていき、


「大丈夫だよ。私は君と一緒に居る。どんなことがあっても君を大切にする」


 そしてサトルくんを抱きしめました。強く強くサトルくんを息子のようにサンタは抱きしめたのでした。


「…………ホントに?」


 サトルくんは抱きしめられたまま問います。自分の頭に蹄を乗せて来るトナカイに、自分を抱きしめて来る男に問うのでした。不安げな子供のように声を震わせて。


「ああ、俺はお前と爺さんをこれからの人生を賭けて守ってやる。お前が一人前の男になるまで残った目でお前を見ていてやるよ」


 トナカイはこの場の誰よりも人間臭い言葉で宣言するのでした。そして少年を抱きしめている男も言います。


「サトル、愛してる。私は君を愛している」


 その短い言葉が男の全てでした。


「ポチ、サンタロウおじさん」


 少年は二人の名前を口にしますが、これ以上はなかなか喋れません。このまま口を開けば緊張が解けて泣いてしまいそうで、なかなか次の行動に移せないのでした。


「……私とポチは君を愛している。だから君が傷つけば私たちも辛いし、傷つくよ。でも例え君がボロボロになって絶望しようが私たちは君を絶対に一人にはしない。君がボロボロになったら一緒に笑ってボロボロになるよ。君が絶望するなら私が魔法だろうが物理だろうが誰に頼ろうが君を絶望から引きずりあげるよ。それが傷の舐め合いと言われようが、馴れ合いだと言うならそんな奴はポチがぶん殴ってやるさ」


 サンタは最後のポチの部分だけは強気に言います。どこまでも他人任せに弱気な男です。でもサトルくんはきっとそんなサンタだからこそ救われ、憧れ、そして家族として愛してしまったのでしょう。


「それを全部ひっくるめて私のために君のお母さんと話してくれないかい? 私のために傷ついて戦ってくれないか?」


 サトルくんはサンタの言葉を聞いて、思わず小さくですがため息を一つ吐きます。自分の愛する家族は酷いことを言うものです。私のためにお前は傷ついてでも戦えだなんて本当に酷いなとサトルくんは思います。


 同時に文句まで頭の中にたくさん浮かんできます。こっちはどれだけ怖いのか知っていて、そう言うならこのサンタロウという男は鬼畜で最低で本当にド変態ジジイだなと思わずにはいられません。


 そう思うとなんだかムカついてまで来ました。だからこそサトルくんはサンタに堂々とはっきりと言ってやります。


「やだ」


 二文字の言葉をサンタと自分の頭に蹄を乗せているトナカイにしっかりと突き付けてやりました。


「……そうか」


 サトルくんの言葉を聞いて、サンタは静かに返事をします。サトルくんはサンタに抱きしめられているのでサンタの表情が見えませんが、きっとがっかりした表情をしているのでしょう。


 ただまだ少年の言葉は終わっていないのでした。


「おじさん、僕はおじさんやポチのために母さんとなんて会ってあげないよ。誰かのために傷付くんじゃない。自分のために僕は傷つくよ。自分のために母さんに会う。自分のために過去と戦ってくるよ」


「サトル……」


 サンタの呟いた声を聴きながらサトルくんは少しだけサンタから体を離して、サンタとポチの顔を見えるようにします。一人と一匹の顔はなんとも不安げでした。


 これから母と会うのは自分なのに自分より心細い顔をされると少し困るなとサトルくんは思います。


 だから彼は最後に満面の笑みと楽しい声を作り、言うのでした。


「サンタロウおじさん、ポチ。僕が母さんと話し終わったらさ、協会に行く前に少しだけ僕の話を聞いてくれないかな? 夢が出来たんだ。それをおじさんたちに聞いてほしいんだ。いいかな?」


「夢? ハハ、それはぜひ聞かないととても仕事なんていけないよ。だから君が話し終わるまでちゃんと待っているよ」


 サンタも下手くそな笑顔を浮かべます。


「ホントだね?」


「たりめーだ。俺と爺さんは最強のサンタコンビだ。焦る必要はねえ。朝飯を食いながらサトルの話をちゃんと聞くさ」


 ポチは相変わらず凶悪な笑顔です。


「……約束だよ」


「ああ」


「おう」


 こうして二人と一匹はゆびきりも握手もない言葉と不自然に作られた笑顔だけの約束をするのでした。



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