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第六章 犯人はサンタさん

むかしむかしある所に一人の少年が居ました。少年は不幸でした。父親は少年が生まれる前にはどこか別のとこに行ってしまい、母親には暴力を振るわれたりしていました。


 そんな暴力を振るう母親でも少年にとっては唯一の繋がりでした。だからこそ母親に少年は縋っていました。しかし母親は山奥で自ら死んでしまいました。死んだ肉体は怪物に食べられてしまいます。


 少年は泣いた後、しばらく動きませんでした。動こうとしなかったのです。頭は真っ白です。ただそれでも山の中は寒くて、自分の体が冷えていくことが分かります。


 少年は何も考えないまま死なないために動き出します。しかし山奥でどうやって帰ればいいのか少年には分かりません。時間が経つにつれて少年の体力はどんどん減っていきます。お腹も空きました。喉だって乾いています。でも木の実があってもそれを食べていいのか分かりません。水だってどこにも見当たりませんでした。


 ついに少年は倒れます。もう動けないのです。


もういいやと少年は思いました。


母が死んだ今もう生きていても意味がないと思うのです。だったらこのままずっと眠ってしまった方が楽なのだと悟ります。


そうなると今まで背負っていたように重かった胸のモヤモヤは消えていきます。少年は生まれて初めて楽だと感じます。あとはこのまま意識を閉じればこの楽という感情のまま生涯を終えることになるのでしょう。そう考えると少年は自然と笑顔が生まれ、そのままゆっくりと目を閉じるのでした。


 しかし不意に一つの柔らかな粒が少年の頬に当たります。やけに暖かい粒でした。その粒はどんどん空の上から降って来て、少年の体に当たっていきます。まるで眠りを邪魔するかのように。


 どんどん降ってくる粒が邪魔で仕方がなかった少年はしばらく無視していましたが、やがて我慢出来ずに顔だけ上げて、空を見ました。


 そこで粒の正体が分かります。


 粒は雪でした。雪は光っていました。綺麗に周りを輝かせて雪は降ってくるのでした。これも見て少年は今日はクリスマスイブなんだと思い出します。サンタたちが光る雪を降らせているのです。


 少年は寝ころんだ状態で今年は最悪なクリスマスイブだなと心底思います。本当に死にたいと思いました。だからこのまま眠ってしまおうとするのにそれが出来ません。光の雪を浴びていると自分が惨めになってくるのです。


 なんで自分だけがこんな目に合わないといけないのかと。他の子どもたちはちゃんとした両親が居るのにどうして自分だけ辛い目に合わないといけないんだと思うと悔しく悔しくて涙が流れてきます。


 もっと幸せになりたかった。もっと生きたかった。死にたくなどない。気付けば少年は立ち上がり、ボロボロ泣きながら再び歩き始めました。


 このまま死んでたまるかと動かない足を動かし、空腹を渇きを食べていいのか分からない木の実でごまかして、少年は歩き続けるのでした。空の上には相変わらず光る雪が世界中を覆っているのでした。


 それから年も明けて、しばらくした頃少年はなんとか生き抜き、やっと山から抜け出すと安堵と強烈な疲れから倒れてしまうのでした。


 そんな少年を一人の冴えないおじさんと二足歩行のトナカイが見つけ、やがて少年はその冴えないおじさんの元で暮らしていくことになるのでした。






「…………今日は久しぶりに別の夢を見たな」


 眠りから覚めたサトルくんは誰も居ない自室で呟きます。時計を見ると午後十一時四十八分。あと十二分もすればクリスマスイブとなります。


「ああ、だからかぁ」


 いつもならこの時期はいつも母との苦しかった思い出でうなされているはずでしたが、今日に限っては苦しいというよりは疲れる夢を見てしまいました。


 クリスマスイブに母が死んでからそれから絶望して、死んでしまおうとした自分に生きろと説教でもするように降ってきた光の雪。


 あの雪のせいでたくさん歩かされました。あの雪のせいで変な木の実を食べて、お腹を壊してものすごい痛みに襲われる羽目になりました。あの雪のせいで現在も過去の傷に苦しみながらもこうして生きているのです。


「…………」


 サトルくんは無言で布団から出ると疲れた夢を見たせいか喉が渇き、キッチンに向かいます。


 キッチンに着いて冷蔵庫から麦茶を取り出して、コップに一杯入れて、口につけます。よく冷えた麦茶を喉に通らすと体がさらに冷えた気になります。


「……ふぅ」


 麦茶を飲み終わり、一息ついたその後にすることと言えば――――


「どうしよう。本当にどうしよう。もうイブだよ」


 ――――ええ、頭を抱えることです。


 サトルくんはフラフラと茶の間までたどり着くとそのままちゃぶ台に肘をつき、頭を押さえます。


「……どこに行ったんだろうなぁ」


 疲れた声でサトルくんは呟きます。彼が今悩んでいることは単純明快です。


 彼の家族であるサンタのサンタロウとトナカイのポチがサンタ協会の任務中に行方不明になってしまったのです。サンタ協会が言うには今の所は脱走というよりは任務中に怪物に襲われた際にそのまま離脱してしまい、なんらかの理由で協会に帰って来ることが出来ない可能性が大きいとのことです。


 その情報を聞かされたのはメアリーが帰ってしまった後に協会の人間から伝えられたことです。


 もうあれからまもなく二週間で、もうすぐサンタたちが一年で一番忙しいクリスマスイブが始まるのです。


「大丈夫かなぁ」


 サトルくんは心底心配そうにそう口にします。別に彼らの命に関しては全く心配していません。


 何せトナカイのポチはそこら辺の妖怪では束になってもとても敵わない程強い化け物より化け物と呼ばれるトナカイです。たかが一匹の怪物に襲われた程度で命を失うはずがありません。サンタはサンタであのサンタはその気になれば世界を改変もしくは崩壊させることの出来る天才魔法使いです。彼もポチと同じく今更ただの怪物に襲われた程度で命の危機に陥るとは考えにくいことです。


 何よりこの一人と一匹のコンビはサトルくんが知っているだけでもすでに三回はこの様に行方不明になっているのです。そして行方不明になるとたいていサンタたちは王国の危機を救う羽目になったり、異世界に召喚されて魔王と勘違いされて勇者と戦わされたり、色々な厄介ごとに巻き込まれているのです。


 だから行方不明くらいならサトルくんもそんなに心配になることはないのです。ただいつもはいくら行方不明になってもイブまでにはサンタが仕事したくないと駄々を捏ねながらもポチに引きずられて戻ってきていたのです。でも今回はイブになっても全く連絡がないとのこと。


 そんなの心配しない訳がありません。何しろサンタのサンタロウは、


「おじさん……。今回はついにバックレたんじゃ……」


 超仕事嫌いだからです。サトルくんはサンタはいくら仕事が嫌いでもサンタとしての役割の大切さを誰よりも理解しているので途中で投げ出すことはないと思いたいのですが、連絡がないと何も言えません。


「……でもおじさんバックレるなんて変に真面目で小心者のおじさんが出来る訳ないよね? ポチも一緒に居るだろうし」


 一人自宅でブツブツとサトルくんは呟きます。


 先程は命の心配はしていないと言いましたが、もしもです。妖怪でもただの妖怪ではなくとても強い妖怪に襲われたりしていたら……。それに妖怪などではなくともサンタの命を狙うテロリストやその他の危険な団体に捕まってしまったり、何より事故で大怪我しているのではないかと考えだすと不安はどんどん高まっていきます。


「大丈夫大丈夫」


強がるようにそう呟いても誰も返事を返してくれません。この家には今サトルくんしか居ないのですから。


「…………会いたいな」


 サトルくんは大きなため息と共にこの言葉を吐き出します。彼らの姿さえ見ればすぐにこの不安な気持ちも消えるし、母との過去も一瞬だけですが忘れることが出来ます。ただ思っていても願いが叶うわけではありません。


 今はただ待つしかないのです。茶の間のある時計を確認すると、いつの間にかもう二十四日になっていました。


「はぁー」


 もう一度大きなため息をつくと、眠るために寝室に行こうとサトルくんは立ち上がります。


 二階にある寝室に行くために階段を上ると、サトルくんの部屋の方から突然大きな爆発音が聞こえます。


「っ!?」


 何事かと思い、すぐに部屋のドアを開けるとそこには、


「ハッピーメリークリスマス」


「ひいぃぃぃぃぃぃぃイイイ!」


 元々は白かったであろう服が血で全身が真っ赤に染まっており、顔もまるでハチに刺されたかのようにボコボコになっている不気味な男が目の前で立っており、おまけにハッピーメリークリスマスなどと意味の分からないことを言い出すのです。


 これは完全に快楽殺人者の特徴ピッタリなのです。


 サトルくんも思わず、悲鳴をあげます。しかし彼も伊達にサンタの家で育ってはいません。ポチからはさまざまな格闘術を習っており、今では小規模なテロリスト組織くらいなら彼一人で壊滅させることも可能なくらいには強くなっています。


 だからこそまずは悲鳴を上げながらも血まみれの男の金的に一発蹴りを入れます。


「とりゃあ!」


「ふぐっんが!」


 相手が怯んだら今度は肘で鳩尾です。これで大抵の相手は気を失うとサトルくんはポチに教わりました。


「うぎゃごん!」


 相手はうめき声をあげますが、どうやらまだ元気のようです。こんな時はアレです。トナカイのポチから習った必殺眉間突きで相手を三日間完全に動けなくする技を繰り出せばよいのです。


「飛天流水打破!」


「ちょ、サトル待った待った! 私だよ私!」


「?」

 

 そこでサトルくんの飛天流水打破を繰り出すための動きは止まります。どうにも聞き覚えがある声なのです。しかも顔をよく見ていれば確かにボコボコになっていますが、その下には慣れしたんだ顔と頭もなぜだか見覚えのある哀愁のある黒髪、何よりポッコリとしたお腹には愛着すら感じます。


「あ……え……あれ?」


 途端にサトルくんは血の気がサッーと引き始め、一気に顔は真っ白です。ただ汗だけは不思議とダラダラと噴き出してくるのです。決定的なのは、


「何やってんだお前?」

 

 乱雑ながらも相手を若干気遣っているような声の主を確かめるために部屋の奥に目をやるとそこには二足歩行のトナカイが居ました。


「ポ、ポチ?」


「ん? どうしたサトル。幽霊でも見た顔しやがってよ」


「…………じゃあその血まみれ快楽殺人者もどきのこの人は……えっと、その、サンタロウおじさん?」


「……私金玉蹴られた。みぞも肘で。そして快楽殺人者もどきって……私もう嫌」


 この嘆き方でサトルくんは全てを察します。彼らはサトルくんの家族であるサンタのサンタロウとトナカイのポチなのでした。


「…………えええええええええええええええっ!」


 サトルくんは一人大空に向かって絶叫するのでした。


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