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第三章 自由な国の自由な彼らの自由なニッポン観光。+一人と一匹の脱走計画

「それでもう一度聞きますが、お二人はなぜこんな真夜中に騒音を鳴らしてやって来たんですか? 村のみんなだって迷惑なんですよ。しかもサンタロウおじさんの家を壊して。どう責任を取られるんですか」


 アメリカサンタのジョニーとその孫娘メアリーの登場から一時間程が経ちます。その間にサトルくんはサトルくんを心配してやって来てくれた人たちに事情を説明し、割れてしまった窓ガラス等を掃除した後、ただいまお説教中です。例えいい子なサトルくんでも怒るときには怒るのです


「オイオイサトル勘弁してくれよ。こっちはサンタの協会の連中から逃げ延びるために相棒に無理させちまった挙句に相棒がぶっ壊れたんだぜ。これ以上の追い打ちは残酷というものだぜ」


「サンタのジョニーさんがサンタ協会から逃げる時点でおかしいことに気付いてください! それに壊れてしまったバイクに乗らないでくださいよ! ジョニーさんだけじゃなくメアリーにまで何かあったらどうするんですか」


「ヒュー。メアリーどうやらサトルはお前にお熱のようだぜ」


「んなっ!?」


 お説教されている自覚はないのかジョニーはサトルくんに正座をさせられたままからかってきます。


「ええ、知ってるわおじいちゃん。サトルがアタシを大好きだってことを」


「ええっ! 大好きって……いや確かにメアリーのことは大切な友達だと思ってるけど、でも、その、大好きだなんて……その」


 サトルくんは実は女の子のことでからかわれるのが得意ではありません。否定も肯定もしないで顔を真っ赤にしているままです。


「サトルなんで俯いちゃうの?」


 サトルくんが真っ赤にしている間にメアリーはすぐ目の前まで近づいてきていました。


「あっ……いやその……」


「サトルはアタシのこと嫌いなの?」


「…………っ」


 サトルくんは声が出ませんでした。メアリーの深く青い色の瞳を見てしまうだけで胸がドキドキして、頭の中は高揚となんとも言い表せない感情が暴れまわり思考停止になってしまいます。


 昔、メアリーに初めて出会った時からこの症状は現れました。これは恋という感情なのかはサトルくんにはまだ分かりません。


 ただこれが恋だというなら自分の恋はきっと叶いはしないだろうなとサトルくんは思います。何しろ今目の前の彼女の瞳を見てしまっただけでこんなにも罪悪感と羞恥が出てくるのですから。


 彼女の瞳にサトルくんは自分を入れて欲しくはありませんでした。自分は醜い人間だと分かっているからです。


「サトル? どうしちゃったの黙り込んで? そこまで考えること?」


 気付けばメアリーに声をかけられます。どうやら彼女を待たせてしまったようです。サトルくんは少しだけメアリーと距離を取って、目線を若干逸らします。


「メアリーを……きみを嫌いだなんてことはないよ。きみは僕の友達なんだから」


 サトルくんはちゃんと否定します。例え自分が醜くてもメアリーには嫌われたくないのです。

 

 サトルくんの答えを聞くとメアリーは満足したのかうんうんと頷きます。


「まあそうよね! アタシは可愛いってパパやママにも言われてるし、おじいちゃんにも世界一の美少女を争う大会があればナンバー1を取れるって言ってたものね。やっぱりアタシってすごい! あなたもそう思うでしょ? 答えなくてもいいわ。答えは分かってるから!」


「……メアリーそれ自画自賛しすぎ」


 メアリーは常に自信満々で好奇心旺盛でおまけに図々しいのでサトルくんとは正反対の少女です。


 少年少女で交流をしている中、アメリカサンタのジョニーはバイクのシートの中をごそごそと何かを探していましたが、目的の物を見つけたのかジョニーはそれを取り出すとサトルくんに差し出します。


「Heyサトル! お前に会うために持ってきたグリーンランド土産だ」

「ジョニーさん。そんな脱走で忙しい中わざわざ……」


 サトルくんはサンタ協会を脱走した挙句、騒音を鳴らしながら人の家を破壊したジョニーをわずかに軽蔑していましたが、わざわざお土産を用意してくれた優しさに暖かな気持ちになります。お土産を受け取って確認すると、


「博多めんたい?」


 差し出されたのは福岡の博多の町で有名な店の明太子でした。真っ赤で細長く絶妙な辛みの塩っ気がご飯に持って来いで、パスタなどにも活用出来る食べ物を差し出されました。


「HAHAHA! どうしたサトル。ハトが豆鉄砲を食らった顔をして」


「いえ、その……ありがとうございます。でもグリーンランド?」


 ええ、これは確実にグリーンランドのお土産ではありません。何しろ博多とはっきりと日本語で地名が書かれているのですから。ジョニーもこの失態にはデコを大げさに叩き、自身の失敗を恥じます。


「Oh。確かにこりゃあグリーンランドじゃねえな。日本に来る前にメアリーをバイクで掻っ攫って行ったからなぁ。アメリカにも寄ったんだった。ほらアメリカ土産だ」


 そう言って差し出されたのは明太ふりかけです。明太子ふりかけとはご飯にふりかけるだけで明太子を味わうことが出来る上にふりかけにしたことでパラパラとした明太子とはまた違う触感を味わえる完璧なふりかけです。ちなみにこれも博多と地名が書いています。


「だからこれも博多って……」


「オイオイアメリカンジョークさ。全く日本人はユーモアが分かってないな。ほらこれが本命さ」


 渡されたのはかぼすクッキーと別府温泉がデカデカと乗った旅館雑誌でした。


「………………」


「おっと。この雑誌は返してもらうぞ。旅行の大事な思い出だからさ」


 言いながらジョニーはサトルくんの手から雑誌だけ抜き取ります。


「完全に九州旅行してるじゃないですか! なんですか博多明太子とふりかけにかぼすクッキーって!」


 サトルくんが言うようにこれではまるでジョニーがサンタ協会を脱走して、そのままメアリーを連れて九州に旅行に行き、ついでに日本に居るサトルくんにでも会っておこうみたいな感じにしか見えません。


「ほらおじいちゃん。サトルはやっぱり食べ物より物の方がいいって言ったでしょ」


「メアリーそういう問題じゃないから。僕が言いたいのはなんでサンタ協会を抜け出して旅行なんて行ってるのか聞きたいんだ。どうなんですジョニーさん?」

 

 サトルくんは言葉に棘を含ませながら訊ねますが、ジョニーは全く気にしません。


「誤解さサトル。今回お前に会いに来たのは本当だぜ。ただ俺とお前は昔から面識があるからな。真っ先にお前のとこに行くとすぐに疑われちまう。だからまずは九州で身を潜めていたのさ。辛い潜伏だったぜ」


「おじいちゃん『スペーステンボス』はすごかったわね」


「……思いっきり楽しんでるじゃないですか」


 スペーステンボスは福岡のアレと長崎のアレが合体した感じのテーマパークで、どうやらこの異国の二人は完全に日本を楽しんでいるようです。


「はぁー。九州に旅行ってことはジョニーさん一体どれだけサンタ協会から脱走しているんですか?」


 以前サトルくんはサンタ協会をサンタの身分で脱走すると大きな罰則を受けると聞いたことがあります。いくらジョニーが人の家を破壊する特攻野郎でもさすがに心配になります。


「ん? ああ、な~にたったの四日さ。まだ五日も経ってない」


「おじいちゃん今日で五日目になるわよ」


「ああ、そうかい。じゃあ五日脱走したらしい」


「めちゃくちゃ脱走してるじゃないですか! 罰則は大丈夫なんですか!?」


「大丈夫大丈夫。ちょっと長いお説教となかなかな罰金がやってくるだけさ。何より協会も俺が居ねえ程度で訓練もままならないならそんな組織はない方がいい。俺にとっては孫と遊ぶ方が世界平和よりよっぽど重要よ!」


 ジョニーは不安がるどころか逆に笑っています。この図太さにサトルくんは少しだけ羨ましくなりますが、一応サンタの身内として注意だけは続けます。


「でももう充分遊んだでしょ? だったら早く戻った方がいいですよ」


 サトルくんがそう言うとジョニーとメアリーは顔を見合わせた後にまるで打ち合わせをしたかのように両手を肩まで上げ、首を振りながらため息をつきます。


「はぁー。サトルあなたおじいちゃんより若いのにもう物忘れが酷いだなんてアタシあなたの将来が心配」


「フゥー。全くだね」


「……物忘れなんてしてないよ。バカにしないでよ」


 二人の態度にサトルくんは少々ムッとした顔になり、反論します。


「いいえ。忘れてるわよ」


 メアリーはサトルくんの反論を受け付けないで、そのままサトルくんの手を握ります。サトルくんはメアリーの手に触れると彼女の柔らかさと温度を直に感じ、再び真っ赤になります。


「な、ななな、なにゃぃ! ち、痴漢!?」

 

 思考も停止しているのでサトルくんは意味の分からないことを言い出します。


「Why? サトル意味が分からないわ。あなたやっぱりバカね」


 サトルくんがおかしくなったことにメアリーは自分が原因だとは知らず、憐みの目を送ります。対するジョニーはサトルくんの様子を見て、お腹を抱えて笑います。


 サトルくんはメアリーには羞恥で目を合わせられなくなり、対してジョニーにはこの人警察にマジで突き出す五秒前までの苛立ちを覚えます。


「と、とにかくっ! 二人は結局何がしたいの!」


「うーん。全くサトルはぁ……。おじいちゃんとりあえず魔法でバイクと窓を直して」


「HAHA! そんなのとっくにやってるさ! 準備完了だぜ!」


 ジョニーはサムズアップしながら家の中なのに再びバイクをのエンジンをつけます。魔法って便利ですね。


「OK! じゃあ行きましょうサトル」


「ちょ、ちょっとどういうこと!?」

 

 サトルくんもう訳が分かりません。


「だーかーらー! アタシたちは旅行が目的じゃなくてあなたに会いに来たって言ってるでしょ! これで三度目よ。日本人なら三度目の正直なんだからねっ!」


「ああ! そういうことかぁ……じゃなくて! それでどうして今家の中でバイクを鳴らしてメアリーは僕をバイクに乗せてるの!?」

 

 メアリーに手を引かれて、気付けばサトルくんはバイクに乗せられてジョニーの背中が目の前にあります。


「あなたって本当一から百まで言わないといけない人ね! アタシたちがあなたに会いに来たらやることは一つでしょ?」


「オールで遊ぶことさ!」


「えー!」

 

 メアリーはまるでお人形遊びの達人のようにサトルくんにヘルメットを装着させ、コートも上にかけ、自分自身もヘルメットを被るとサトルくんの後ろに座ります。


「唐突すぎるよ! それに今は深夜だよ!? 遊ぶとこなんて!」


「オイオイ。サトル日本にも『ラウンドツー』ってナイスな場所があるだろう。そこに行くのさ」


 ラウンドツーとは運動やカラオケに漫画にゲームセンターも出来て、深夜も営業している日本中のイケイケな若者が利用する場所です。略して『ラウツー』です


「ラウンドツーって……ジョニーさん!? 言っておきますけど、僕やメアリー十八歳以下だから深夜に利用できませんよ!?」


「NONO! そんな道理はサンタの俺がぶっ飛ばしてやるさ! サンタは子供の味方さ!」


「GOGOおじいちゃん! カラオケ! ボーリング! ジャパニーズコミック!」


 この二人めちゃくちゃです。あまりの奔放な行動にサトルくんビックリです。さすが自由の国の人間なだけはあります。


「ジョニーさん! それむしろサンタがやっちゃいけな……うわあああああああああああ!」


 サトルくんが言う前にバイクは開かれた窓から外に飛び出し、そのまま空を飛びます! 空飛ぶバイクです。


「サトル、メアリーちゃんと掴ってろよ! ぶっ放すぜ!」


「イエーイ!」


「めちゃくちゃだあああああああああ!」


 メアリーのはしゃぎ声とサトルくんの絶叫をBGMに空飛ぶバイクは風を切りながら真夜中の空を走り出すのでした。





 場所は変わって、グリーンランドのサンタ協会。世界最大の島と呼ばれる場所の奥深くにサンタ協会はあります。そのサンタ協会内の自室でサンタは頭を抱えていました。


「ああ、全く彼はどうしてあんなに破天荒なんだろう」


 サンタは呻き声と一緒に嘆きます。協会内は今管理がものすごく厳しいサンタ協会を抜け出したジョニーの話題で持ちきりです。

 

 ジョニーの友人であるサンタもさっきまで脱走に協力したのではないかと尋問されていました。


「ったく! あのファッキンジジイのやりそうなことだぜ」


 サンタと同室のトナカイのポチは舌打ちしながら言います。


「ああ、全く彼は本当に懲りないね。これで脱走したのは三度目だよ。私はジョニーの古くからの友人だけど彼の思考回路は理解不能だね」


「本当クレイジーな野郎だ」


 訓練と食事も終え、あとは寝るだけの一人と一匹ですが彼らにはまだやることがありました。


「それで? 爺さん本当に奴の居場所は分かったのか?」


「ああ。確かな情報だよ。同国の中国サンタのテイシュウにも確認したらその噂は前からあったようだね。そして今回の情報。間違いないよ。奴は今中国に居る」


「チッ。イブまで時間もない上にジョニーのクソジジイに『脱走』を先にやられちまうとはな。協会の警備がさらに増えるじゃねえか」


 ポチは珍しく愚痴を吐きます。そんな相棒にサンタは落ち着くようにゆっくりはっきりとした声で話します。


「ああ。しかし私たちがやることは変わらないよ。今年のクリスマスまでには必ず返してもらわないとね。それが親じゃない私たちが出来るあの子を救える唯一の方法さ」

 

「……死ぬかもしれねえぜ。そんくらいの覚悟は?」


 ポチはいつもとは違い、緊迫した声の調子でサンタに訊ねます。


「それね……。はあああああー。怖いさ。怖すぎて私心臓が止まりそうだよ。正直命はかけたくなんてないけど、……でもしょうがない。私はあの子のために命を賭けるさ。もちろん賭けには私が勝つつもりだけどね」

 

 サンタの声には自信と不安が混ざりながらも決意がはっきりと分かります。


「ヘッ! カッコいいね。爺さんがそう言うなら俺の命も賭けるしかねえわな」


「……頼むよ相棒」


「テメェもな相棒!」


 一人と一匹はサトルくんが知らないところで拳と蹄をコツンと合わせて、静かに決意表明をするのでした。



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