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終章からのそれから サンタさんの場合

とある異国の村にて。


『ねえ、ポチほらお座り!』


『ポチお手!』


『ポチ、チンチンかいかい』


『テメェら俺は犬じゃねえ! ぶっ飛ばすぞ!!』


トナカイなのに二足歩行でその上片眼には禍々しい眼帯をつけ、恐ろしい獣の形相をしているほぼ化け物が怒鳴っている中、子供たちは楽しそうに笑っていました。


「…………」


 ただ一人の少女を除いてですが。褐色の肌を持つ少女は村の片隅で膝を抱えて座りながら、生気のない目でただ青く澄み切った空を見つめていました。


『わーポチが怒った! みんな逃げろー』


『真っ赤なトナカイのポチが真っ赤になったー』


『お尻ペンペン』


『デクの坊のポチ!』


『ポチって名前変だよー?』


『……ハハ。まさかここまで言われるとはな。よーしガキ共! テメェら全員拳骨の刑だ!!』


 追いかけているのに楽しそうに怒る化け物もどきのトナカイの声、化け物もどきに追いかけられているのに楽しそうにはしゃぐ子供たちの声。


「…………」


 それは一人で空を見つめる少女にとっては不快以外の何物でもありませんでした。


 褐色の少女の国はつい最近まで戦争が起こっていました。敵の国の兵士は攻めて来て、多くの国の人たちを殺しました。ようやく敵の国との争いが落ち着いたかと思えば、今度は内戦が始まりました。同じ国の同じ言語を喋る国の人たちが殺し合いを始めたのです。


 富を持つ者は全部を自分の物にするために貧富を邪険に扱い、貧富である者は生きるために富をある者も同じ貧富の者たちも関係なく殺し始めました。


 男は自分たちより力の弱い女を自らの性欲を満たすために襲い、女は生きるために生かすためにそして他者を蹴落とすために体を自分から売りに行くのです。


大人は大人だけじゃ飽き足らずに自分たちより弱い子供まで殺し始め、子供は食べるために盗みを働くか大人の女のように富を持つ者に体を売るか、もしくは殺すことでしか生きることは出来ませんでした。


それは地獄だったのです。十歳にも満たない褐色の少女の見て来た世界はあまりにも過酷で悲惨で醜いものでした。


 ただそれでも少女はまだそんな地獄の中では不幸ではなかったのです。なぜならば、


「やあ! 少女ちゃん調子はどうだい?」


 そこで新たな不快な声によって少女の思考は途切れます。


「…………」


 少女はジロッと目を向けるとそこには白髪が少しだけあるハゲて、下品に垂れている目とザラザラとしている無精髭が特徴的なジジイが人の目の前で立って居たのです


「おや? 私を見て黙っているけど何かな? フフ、もしかして私がイケメンだとか? ホッホッホ! 当然かもね。私サンタだもの!」


 少女が睨みつけているとサンタなどと抜かしているジジイは何やら戯言を口にしました。そんなジジイに少女は億劫な心を奮い立たせて、間違いを訂正します。


「うっさい。黙れ。不細工ジジイ。あと口臭い!」


「おうっふ! ぶ、不細工? 口が臭い! ま、まさか~!」


「……キモ」


 一つ付け足し忘れていた言葉を口にするとなぜだか口の臭いジジイは膝から崩れ落ちてしまいました。少女は思います。きっとこのジジイは今まで現実逃避をしていたんだなぁ、と。なんと哀れなジジイなのでしょう。


「……少女ちゃん」


 ジジイは哀れなくせにそれでも少女に声をかけてきます。名前も教えないで罵倒ばかり吐く人間に対してジジイはバカみたいに笑顔を振りまくのです。


「…………」


「この村に来て一か月は経つけど、どうだい居心地は?」


 死のうとした自分を引きずってこの村に連れて来たジジイばバカみたいなことを聞いてきます。あまりのバカさ加減に少女も思わず笑えて来ました。


「…………どうだいって最悪に決まってるじゃない。この村の奴らはみんな大人も子供も笑ってる。あれだけのことがあったのに……。あたしには頭がおかしいとしか思えない」


少女には人がどんなに殺し合う環境であろうが、どれだけ醜い世界であろうがそこに自分の父と母に兄が居れば少女にとってそこはもう地獄ではなかったのです。


 しかし家族は地獄によって破壊されました。父はこの国の兵士に撃たれて死に、母は自分たちを生かすために金持ちに体を売っていましたがある時金持ちの気まぐれによって殺され、兄と少女は絶望して一緒に死のうとしましたがそこでサンタと名乗る男と二足歩行のトナカイに死ぬことを止められました。でもすでに兄は地獄によって狂わされていました。


 兄はサンタを国の兵士と勘違いして、サンタを殺そうとしました。サンタを殺すことに失敗すると今度は狂いきった力で周りの人を傷つけ、その結果兄は一人の少年を殺しました。最後に狂った兄は地獄と一人のサンタによって殺されました。


 そして家族が居なくなった少女はもう一度死のうとしますが、兄を殺したサンタにまた死ぬのを止められて、その後はサンタたちの仲間で作られた争いのない村に連れていかれました。それが一か月前のことです。


 そしてサンタたちの集団によって内戦が終わったのが五日前でした。


「あたしには争いが無くなっても、一日一回は食べる環境を得られても、もうここは地獄にしか感じられない。……生きてる意味がないわ」


 兄を殺した男にそう語ると、


「じゃあ君はどうして今も生きているんだい?」


兄を殺した男は優しさも遠慮もない言葉で訊ねて来ます。


「…………分かんない」


 理由なら少女の頭の中でいくらでも考え付きます。家族が守ってくれた命だから死ぬわけにはいかない。あるいは兄がやってしまった罪を妹の自分が償わないといけないから無責任に死ぬわけにはいかない。他にもきっと理由はたくさんあるのだと思います。しかし少女の中でそれが言葉になって出てくることはありません。胸の奥で何かがモヤモヤしてそれが収まらないのです。


「そうか。じゃあこれから君はどうする?」


「…………」


「答えはないんだね。私はてっきり復讐心でも燃やしているんだと思ったよ」


「バカじゃない」


 ジジイで兄を殺した男はバカみたいなことを言い出します。


「誰に復讐すればいいの? あたしが復讐したい相手はもうアンタたちが捕まえたか殺しちゃったじゃない。あたしにはアンタみたいな殺人者になる勇気はないの」


「ハハ。痛いとこ突くなぁ。そうだね私は殺人者さ。正義のヒーローでもなんでもないただの人殺しさ。君の兄を殺した人殺しだ」


「…………もしかして喧嘩売ってる? だったらあたしは買わないわよ。お兄ちゃんは周りの人を傷つけ、一人の男の子を殺してしまった。あのままだったらもっとお兄ちゃんは人を殺してた。そしてあの場ではお兄ちゃんをもう殺すしか止める状況がないのは子供のあたしでも分かるのよ」


 そうです。少女は理解はしているのです。


「君は聡明な子だ」


 言いながらサンタは少女の横に座り込みます。


「あたしが聡明? ホントアンタってバカね。……あたしのせいなのに。あたしを庇ったから父さんは兵士に撃たれたの。あたしがお腹が空いたって言うから母さんは金持ちに体を売って、その結果母さんは金持ちに殺された」


 少女は自らの愚かさを語り出します。


「……あたしが、……あたしが泣いたからお兄ちゃんはあたしのために頑張ろうとしてくれた。あたしが父さんを殺した奴を殺したいって口にしたからお兄ちゃんはそいつを探し出してその兵士を殺した。今度はあたしが母さんを殺した金持ちが幸せになっているのが我慢出来ないって言うからお兄ちゃんは金持ちの家に入り込んで、その母さんを殺した男も、そいつの家族も皆殺しにしちゃったの。…………結局お兄ちゃんはあたしの頼みを聞くために心を壊して、狂ったの。アンタがお兄ちゃんを殺したんじゃない。あたしがお兄ちゃんを殺しちゃったんだ。お兄ちゃんを壊したの」


「……そっか」


 サンタはそれだけ言うと、ただ黙り込んで少女の隣に座り続けているだけでした。


「……アンタはあたしを慰めないんだね。ここの村の大人に一回この話をしたらあたしは悪くないって言ってくれたんだけどね。アンタは優しくないわね」


「例え君が自分のせいだと思っても君のお兄さんを殺したのは私だから。私が言えた義理ではないよ。……後悔してる」


 少女の愚かさを聞いて、サンタもまた自分の愚かさを話し出すのです。


「私はこの国を助けるためにやって来た。多くの人を助けることも出来た。この村を作ったことだってそうだ。それについて私は間違ってないと思う。……ただその平和を作るために私は多くの人間を傷つけてしまった。無力化しようとしてもそれが出来ずに結果的には生きるために殺すという選択肢を取ることしか私には出来なかった」


 サンタが話す声は震えていました。


「今でもこの戦いの中で殺した人たちを頭の中で消えない。この国の兵士や敵国の兵士……殺人鬼となってしまった民間人、この国の王だった男。私が殺したものはみんな多くの命を奪ってきた者たちだった。ただそんな者たちにも家族は居た。家族が居る者を私は殺した。……君のお兄さんだってそうだ。私が取った行動で多くの者を悲しませた。……人殺しなんだよ私は」


 震えた声で言った後、サンタはもう一度立ち上がり、少女に頭を下げます。すまないという言葉を乗せて。


「…………」


 少女はもう一度空を見上げます。青く澄み渡った空には太陽の光を遮るものはありません。その光が妙に暖かく、風が吹くと涼しくておまけに草の香りまで運んで来ます。それらが全部心地良くて、その心地良さが少女には不快で憎くありました。


「……謝ってどうするの? 今更アンタが謝った所でお兄ちゃんは帰ってくるの? どうしてお兄ちゃんを殺したアンタが今あたしの前に居んのよ!!!」


 やっと分かりました。自分が生きている意味を。今まで多くの理由があってもしっくり来なかった胸の中のざわめきの少女は兄を殺した男の言葉でようやく分かったのでした。


 憎かったのです。殺してやりたかったのです。いくら納得した理由があろうとそれでも少女は殺したかったのです。目の前の兄を殺した男を。家族が死んでもまるで関係ないように幸せそうに笑ってる奴らを殺したくて、恨めしくて、許せないのでした。


 必死に抑えていました。ずっと納得しようとしていました。みんなだって辛い思いをして前に進んでいるんだから自分も我慢をしないといけないって思っていたのです。


「もう無理」


 感情が整理出来ずに少女は言葉が勝手に漏れて来ます。そうです。例え目の前の男の行動が正しくても、そうするしかなかったとしてもそんなことは関係ないのです。目の前の男が兄を殺したことに変わりはないのだから。大好きな兄を、自分が狂わせ壊してしまった兄の命を奪ったのです。


 許せない。絶対に許せない。許すわけにはいかない。だから殺す。殺さないともうモヤモヤしたものは一生自分に付いて回る。そして兄のように狂ってしまう。


 それが嫌だからこそ少女は立ち上がって気付けば、今までずっと隠し持っていたナイフを男に突き向けていたのでした。


「…………」


 サンタはナイフを突き向けられても抵抗する様子はありません。村の人間も自分とサンタにまだ目を向けていません。


「…………あたしはアンタを許さない。例えアンタが悪じゃなくても、あたしの方が悪いんだとしてもあたしはアンタが憎い。アンタが死なないと気が済まないの。………ずっと我慢してたのに!! なのにアンタはあたしの前から姿を消してくれなかった。だから許せない。許せないから……殺す」


 殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。


 思考を一つにまとめます。殺すという言葉で。


「うわああああああああああああああああああああ!!!」


 ただそれだけを胸に少女は突き向けていたナイフをしっかり握って、サンタの胸に飛び込むのでした。


「ううっ。ううぅ」

 

 その結果、少女が手にしていたナイフは血に染まっていませんでした。ナイフはサンタの左胸に突き刺さる直前で止まっており、殺すという役割を果たすことは出来ていません。


「どうして? どうして抵抗しないのよ」


 少女は震えていた手でありながらそれでもまだナイフを落とさないようにしっかり握ります。あと数センチ、数十センチも動かせば許せない男を殺せるのに少女の手は動きません。


「最初に言っていたじゃないか。君は人殺しになる勇気はないって」


 サンタは先程まで自分も震えていたくせに、ナイフを突き立てられているくせに、少女がナイフを持つ震えた両手を彼は優しく両手で握り締めるのでした。


「……そうだった。勇気がないんだったあたし」


 魂が抜けたように呟くと少女はヘタヘタと腰が抜けて、両膝は地面に付きます。そこで気付きます。自分が居る場所が太陽の光も草の香りを運ぶ風もないただの真っ白の空間だということを。


「少し場所を移動させてもらったよ。もし君が私を殺したとしたら村のみんなは嫌なものを見て、また大きな傷を作ることになるから」


 少女にはサンタの言っていることが理解出来ませんでした。どうして村の人間に見せたくないからという理由でさっきまで居た場所から何もない空間に移動出来るのか意味が分からないのです。ただ一つ分かるのはここには自分とサンタしか居ないことだけは少女にも分かります。


「…………殺そうと必死で念じたの。アンタが憎いから、許せないから殺そうとあたしは必死に自分に言い聞かせた。でも出来なかった。……怖い。お兄ちゃんみたいになりたくない。母さんたちを殺した奴らみたいにはなりたくないの。……ハハ、あたし何言ってんだろう」


 ここに来て、まだ自分は醜くなりたくないなどと思っていることに少女は絶望します。そんなことを思っている時点ですでに醜いのに。


「アンタがあたしに申し訳ないと思っているのならお願いよ」

 

 醜いからこそ少女は最低な願いを憎くて堪らない男に願います。


「あたしを殺して。どんな殺し方でもいいからあたしをちゃんと殺して欲しいの」


 自分で死ぬ勇気も、憎い相手も殺す勇気もない少女。しかしこのまま生きていてもきっと狂ってしまう。ならば、少女には選択肢は限られていました。憎い相手に自分を殺してもらうことです。


 自分の震えた手を握る憎い男に殺してもらえばもう苦しい想いも、辛い思いも何もかもしないで済み、目の前の男は自分の兄と自分を殺した十字架を背負わす事が出来る。


それが少女の考える最善でした。どこまでも他人任せの最低な醜い最善なのです。


「アンタが用意したこの場所でなら誰にもあたしを殺す所を見られないんでしょう? あたしは自分で死んだことにしていいから殺してよ。いいでしょう?」


「……。私が言える義理ではないけれど、それでもあえて言わせてくれ」


 サンタは少女が握っていたナイフをゆっくりと振り解き、奪い取るとそのナイフを彼はあられもない方向に投げて、捨て去ります。


「君の罪は死んだところで償えはしないよ。例え狂おうが、人殺しに堕ちようが君のせいで家族が死んだことに変わりはないさ。そうだろう少女ちゃん?」


 それはきっと嫌みでも励ましでもないただの人を殺してしまった男の本心なのでしょう。男はただ自分の本心を少女に告げるのでした。


「……知ってるわよ。あたしが何をやっても自分の罪を償えないってことは。知ってる。ずっと前から知ってた。だから死ぬしかないじゃない! 罪も償えないで苦しい思いをするならあたしは死ぬしかない。自分で自分を殺せないなら誰かに殺してもらうしかないじゃないの!!」


 どこまでも自分勝手なことを言って、ちゃんと相手に伝わる言葉になっているのか分からないのにそれでも少女は叫ぶのでした。生きることが辛いから。もう罪に囚われたくないから。それしか考えられないから少女は泣きながら叫ぶのでした。


「お願いだから殺してよ。お願いよ。しにたい。もう生きたくなんてない。みんなが居ないのに生きている意味なんてない……」


 願い、憎しみを持つ相手に縋る姿はあまりにも哀れなものでした。それでもサンタは哀れな少女に同情の声などかけません。例え少女に対して申し訳なく思おうが、自分自身だって少女と同じで醜いのだと分かっていてもサンタは揺らぐ訳にはいかないのです。彼はサンタクロースなのですから。


「意味ならあるよ。君は生きなきゃならない。どれだけ辛かろうと狂わずに生きないといけないんだ」


「意味……」


 少女は涙を目にためながらサンタを見上げます。その目にはまだ彼女は生きることの意味を理解していません。だからサンタはその意味を一言で口にするのでした。


「償いさ。君は罪を償わないといけない」


 先程少女はもう償えない罪だと言いました。だけどそれは甘えだとサンタは自分も同じ罪を抱えているからこそ思うのです。


 償えない罪。そんなのは逃げるだけのただの詭弁なのですから。


「……何言ってるの? 母さんも父さんもお兄ちゃんも、お兄ちゃんが殺した男の子も全部もうこの世には居ないのにどうやって償えって言うのよ! 出来るわけないじゃない。だから死ぬの。アタシは死ぬのっ!!」


 その瞬間、少女はサンタからぶたれました。平手で音が出る程頬を叩かれたのです。


「…………っ」


 少女が驚きで反応できないで居ると、厳しい声で少女をぶった男は言うのでした。


「甘えるなよ」


 優しくも何もない言葉をサンタは少女に投げつけるのです。


「償えない? 生きるのが辛い? だから死ぬ? ……ふざけるな。そんなことで自分の罪から逃げるなんて私が許さない」


 荒々しい声でサンタは声を張り上げます。


しかし少女にはやはり分かりません。サンタの言っている意味が。どうして自分がこの男にここまで言われないといけないのか。兄を殺した殺人者のくせに。許せない相手にそう言われたからこそ少女は涙を流しながらサンタに言い返します。


「無理なものは無理だから言ってるんでしょう! 償う方法をアンタが知ってるなら教えてよ。教えられるものなら教えてみなさいよ人殺し!!」


 人殺しと口にしながらも少女はサンタから目を逸らしません。ムカつくのですこの男が。なんでも知ったような上からの目線の言い方にも、存在にも全て許せないのです。だからこそサンタがどんな言葉を吐こうが否定してやろうと褐色の肌の少女はサンタを睨みつけるのです。


「幸せになることさ。それが君の償いであり、生きる理由なんだよ」


「幸せになることが……償い……?」

 

 それはあまりにも予想がない言葉で否定する前にまるでオウムのようにサンタの言葉をそのまま口にしていました。


 ただすぐに我に返ります。あまりにもおかしいのです。サンタが言う償いがどんなに辛い償いかと思えば、幸せになることが償いなどあまりにもふざけています。


 家族はみんな辛い思いをして死んだのに自分だけが幸せになるなど最も許されないことだと少女は思うのです。あり得ないのですそんな答えは。


「おかしいよ。おかしいってそれ!」


少女はサンタに訴えます。


「あたしの家族はみんなあたしのせいで不幸で、最悪な死に方をしたのになんであたしだけが幸せにならないといけないの。あたしだけが幸せになるだなんてそんなのおかしいじゃない! あたしはみんなを裏切ってまで幸せになんてならない!」


 少女の訴えを聞いてもサンタは怯みもしないし、意見を変えることもありません。


「裏切り? 君は一体何を言っているんだい? 今君がやろうとしていることの方がよっぽど家族を、君の家族が殺した少年を裏切っているじゃないか? もしかしたら君の家族は死ぬ間際に君を恨んで死んだのかもしれない。君の兄が殺した少年だなんて間違いなく君を憎んでいることだろう」


 断言して、サンタは話し続けます。


「それでも、それでもだ。みんな生きたかったに決まっている。幸せになりたかったに決まっている。死にたいなんて思ってなかったはずだ。君だって知っているはずだ。それなのにそれを知っていながらまだ生きている君は死んだ者たちを理由に不幸に、死ぬ理由にしている。ふざけすぎている」


 少女を非難するサンタの顔に迷いは一切ありません。


「自分が辛いからって、狂ってしまいそうなくらい苦しいからって彼らを、まだ生きていたかった者たちを理由に押し付けて死のうなんてするんじゃない。そんなのただの裏切りだ。死んで行った者たちを自分の都合で利用するな!」


「…………っ」


確かにそうなのかもしれない。この男が言っていることの言う通りなのかもしれない。でもそうだとしても少女にはもう分かりません。何も考えたくないんです。もう楽になりたいだけなのです。楽になって家族のことも自分の罪も全て消し去りたいのです


「じゃあどうすればいいのよ」


 少女は力のない声で訊ねます。


「一体どうすればあたしは幸せになるのよ。こんなに苦しくて悲しいのに。どうすればこの気持ちは消えるの」


 少女はサンタに答えを求めます。少女は未だにサンタが憎いのにそれでも心のどこかで期待してしまうのです。結局少女もサンタも全部自分のために動いていたのでしょう。しかも少女はそれだけではなく、自分が一番の被害者で、自分以外の全てを恨み、何より自分に同情したかったのでしょう。可哀想な自分に。


 どうしようもなく汚い感情です。だからこの気持ちを消すために少女は死にたかったのです。この悲しみを消したかった。自分と同じ罪のサンタならばこの気持ちを消してくれるんじゃないのかと少女は最後の最後まで誰かに縋るのです。


 でもサンタの答えは少女の求めた答とは違いました。


「消えないよ。絶対に」


 その響きはどこまでも優しくなくて、同情心など微塵もありません。だけどなぜか少女は家族である兄を殺した男の言葉に聞き入ってしまうのです。


「消せるわけがない。君のこの感情は、傷は消すことは出来ないんだ。この悲しみは消す事なんてしてはいけない。私には君の傷も罪も全て分からない。それでも家族が、家族が消した命が君のせいであるならば君の罪は死ぬことでも復讐でもない」


 そこでサンタはまるで自分の子供にするみたいに少女の頭に手を軽く乗せて、おとぎ話を読み聞かせるような声で言います。


「背負うことだ。亡くなった家族や家族が殺してしまった命の想いを背負って生きていくことだ。その事で何度苦しんだっていい。何度だって泣けばいい。それでも君は生きなきゃならない。君のせいで死んだ人たちの分のこれからの幸せを譲り受けて、笑うんだ。悲しくてもいいから笑って生き続けるんだ。……というよりも生きてくれ。頼むから死なないでくれ。君にまで死なれたら私だってもう限界なのに耐えられないんだ。……だから一緒に生きてくれ」


 途中から人殺しの男は自分本位なことしか言ってません。なんて勝手な男なのでしょう。やはり許せません。殺してやりたいと少女は思います。なのに――


「なんで……」


 この男は兄の敵だ。人殺しだ。挙句の果てには自分をどこまでも追い詰める鬼畜でブサイクでデブで臭い最低最悪なクソジジイだ。


「――――なんでアンタは頭を撫でる時だけは父さんみたいに撫でるのよ」


 言いながら少女は殺したい男の胸に崩れ落ち、どこまでも悲しみを帯びた声で赤ん坊のように泣き喚くのでした。




あれから二日が経ちました。少女がさんざん泣き喚いているといつの間にか二人しか居ない真っ白な世界は崩れ去り、見慣れた風景の村の中に居ました。


泣き喚いている少女を見て、村の人間はサンタが少女に酷いことを言ったのだと思って、サンタに怒りながら詰め寄りました。サンタはすぐに弁明しようとしますが結局ロリコン変態野郎としばらくの時間勘違いされて、村中の男に追いかけ回されるのでした。


 少女は少女ですぐには泣き止むことなど出来ず、おまけに村の女性や子供たちに優しい言葉で慰められると余計に涙が出て来て、村中の人間に泣いている姿を見られる形になるのでした。


「最悪だ……」


 その羞恥心は二日たっても未だに消えずに少女は村の外れにある小さな裏山の頂で、村中の景色を見ながら膝を抱えて自己嫌悪に陥るのでした。


「おっ。居た居た」


 しばらくは一人になるために裏山のてっぺんに居るのにそんな機微など到底察することが出来ない男が現れました。だからいつまでもモテないのです。


「やあやあ。調子はどうだい少女ちゃん」

 

 いつまでもそんな呼び名で呼ばないで村の人間に名前でも聞けばいいものをこのジジイはしつこいのです。だからいつまでもモテないのです。


「……最悪よ。アンタのせいで生き恥を晒したのよ」


「そうかい。私も君のせいで変態扱いをされたんだけどね」


「…………」


 それは元々でしょうと言う気力もない少女は気力がないからサンタが隣に座り込むのも何も言いませんでした。


「いい景色だねここ」


 サンタは呑気にそう言います。ただそれは事実です。この小さな裏山から村の人々の暮らしも他の村の場所まで分かります。その上風の音とその風で草木が揺れる音に青空を飛び回る鳥たちの鳴き声も聞こえるこの場所はこの村に来てから少女のお気に入りの場所になっていました。


「それで何しに来たの?」


少女は膝を抱えたままチラリとサンタを見た後にすぐ顔を逸らしながら自分のお気に入りの場所に訪れた訳を訊ねます。


「まあそうだね。私とポチは今日でこの村を離れて日本に帰るよ」


「……。…………そう」


 少女は素気なく言いますがその後に、


「なんで?」


 居なくなる理由もちゃんと聞くのでした。


「なんでと言われてもどうしようもない理由だよ。副業でやっている仕事が溜まっていてね。そろそろ帰らないとやばいから帰るだけさ。遠くの学校に通っている私の家族の子も手紙をウチに寄越してくれているかもしれないし」


「あっそ」


「ああ、そうさ」


 互いに素っ気なく返すと、少女と老人はしばらく黙り合っていましたが、老人の方から口を開きます。


「もう一度だけ君に質問をしてもいいかな?」


「……勝手にすれば。答えたくなかったら答えないだけだし」


 憎まれ口を叩きながらも少女はサンタが質問することを認めます。というより大体はサンタが言おうとしていることは予想できます。


「君はこれからどうする?」


 その質問の前回の少女の答えは無言でした。しかし今回は、


「生きる。とりあえず生きるわ」


 無言ではありませんでした。


「生きるね。……もう死にたくはないの?」


「バカ。そんなこと聞かないでくれる? 死にたいに決まってる。今も辛いし、苦しい。それでもあたしは幸せになるかは分からないけど、生きるわ。生きていつか憎いアンタに痛い目を合わせてやる。もうボコボコよ。……それがとりあえずあたしの生きる理由」


「ハハハ。君らしいね」


 少女が出した答えにサンタは楽しそうに笑いますが、少女にとってはムカついてたまりません。


「君らしいってアンタがあたしの何を知ってるの。クソジジイ」


「それはそうだ。しかし私をボコボコにするか? それはいいけどさ、君は私の家の住所とか知っているのかな。そもそも日本のどこで住んでいるかも知らないだろう?」


「…………ッ」


 サンタのしてやった顔が少女には凄く癪に障ります。


「……教えなさいよ」


「フッ。わざわざ恨まれている相手に教えるバカがどこに居るのかな?」


「調べるもん」


「君みたいなお子様は知らないけど、個人情報の保護でなかなか調べるのは難しいと思うけどね」


 ぶん殴りたい。少女はその衝動を抑えるためにとりあえずサンタの肩に二、三発パンチをします。


「痛っ! 痛いって。痛いよ少女ちゃん。…………全く。でもアレさ。私の場所が分からない以上君と私はもう会うことはない。つまりこの勝負私の勝ちさ。フハハハ!」


「~~~~っ!!」


 これを言うためだけにこんなとこに来たのならサンタはなんて性格が悪いのでしょう。少女は悔しくてサンタの肩にさらに五、六発パンチします。


「だから痛いって。痛いよ少女ちゃん! 君、暴力的だね。そんなに悔しいのなら一つ選択肢をあげなくもないんだけど」


「……は? 選択肢?」


 少女は肩パンを続けながらサンタの言葉に興味を持ちます。


「何よそれ?」


「ん~もう痛いってば。はいストップ肩パン終わり! ……痛てて。本当に君は乱暴者だ。ったく。つまりだね。君が憎い私にいつか復讐をしたいなら一番手っ取り早い方法があるのさ。…………私と一緒に日本に来なさい」


「…………はあ?」


 あまりの驚きに思わず少女は肩パンをやめてしまいます。何しろ自分の兄を殺した男がその兄の妹である自分に一緒に付いて来いというのですから。頭が沸いているとしか思えません。


「つまりだ。君をこの村から私が引き取るということさ。形だけなら私は君の保護者として君の日本での生活の面倒を見るということだよ。すでに村長さんとは話をつけて来た」


「……アンタに得があるとは思えないんだけど。何よりあたしにとっては許せないアンタみたいなジジイとおまけに化け物もどきのトナカイと暮らすなんて地獄じゃない」


「どっちみち君は今この村に住んでいても辛いし、地獄なんだろ?」


 その言葉に少女は顔を顰めます。二日前にサンタに言った言葉だからです。


「同じ地獄ならば、君は自分の目的を果たせる地獄を選んだ方がいいと思うよ」


「……あたし日本語だなんて分からないし」


「いい先生を紹介してあげるさ。それに日本語を覚える間までは魔法で誤魔化してあげるよ」


「ズルじゃんそれ。大体日本だなんていきなり過ぎるし、あたしはアンタをつい包丁でザクッと行っちゃうかもしれないよ。アンタのこと恨んでるし、嫌いだし」


「えー包丁ってリアルだね君。……まあいいよそれでも」


 サンタは顔を青ざめながらも迷った様子はありません。


「……意味分かんない。アンタってバカだと思ったけど、ここまでバカなの? あたしはアンタの足を引っ張ることは合ってもアンタの役に立つことなんてしないし、出来ない」


 少女は自分の価値などほとんどないと思っています。それこそサンタが本当にロリコンの変態ジジイじゃない限りは可愛げのない上にそのジジイを恨んでいる穀潰しでしかない子供を引き取ろうとするサンタの気持ちが少女には本当に理解出来ません。


「私だってそれは同じさ。何せ私は君に恨まれる人間だから。それだからこそ私には責任がある。君の家族を殺してしまった私には君の成長を近くで見る必要がある。君がどんな大人になるか、何をするような人間になるかを。……その結果、君に殺されようとも私は構わない。私を殺し、人殺しになる資格だって君にはあるんだから」


 そう言って、サンタは立ち上がると少女に手を伸ばします。


「私の名前はアンタじゃない。サンタロウさ。君の名前は?」


 そこで改めてサンタは自分の名前を言った後、少女の名前を訊ねます。


「…………」


 少女は思います。この手を取れば、もうこの変態ジジイのことだからなんやかんやで日本に連れて行かれるんだろうなと。そもそもこのままジジイの言いなりになるのはものすごく府に落ちないというかムカつくのです。


「はぁー」


 まあでもしかしです。これは布石なのです。


このジジイを将来的にはボコボコにして泣かせてやるために少女は自分の生まれ育った国を出て行こうが、化け物もどきなトナカイが居ようが、大嫌いで憎い変態ジジイと一緒に居ることになっても恨みを果たすために歯を食い縛って、付いて行ってやろうと自身に誓います。


「フン! 一回しか言わないからね。よく聞いておきなさい。あたしの名前は――――」


 そうして今はもう居なくなってしまった家族が付けてくれた名前を口に出しながら変態ジジイの手を取るために褐色肌の少女は手を伸ばすのでした。


 サンタさんちのお話はこれで終わりではないのです。彼らが生き続けている限り、決して終わることはありません。


褐色肌の少女と変態ジジイとそのおまけの二足歩行のトナカイに『破壊神に破壊されない男』などと厨二病の異名を持つ青年との家族の物語はこれから始まって行くのですから。

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